真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは… 作:五十貝ボタン
東京に吹く風はいつも同じ向きなのだろうかと、マッシュは考えていた。
雲はいつも同じ方角に流れているのか。夕暮れの空から星々が現れる時、順番はいつも決まっているのか。
はるか昔、人類の祖先も、空を見上げて同じことを思ったのか。
「ぼーっとするんじゃないよ」
隣を行くナナが声を張り上げた。
因縁ぶかい明治通りを、マッシュとナナは北へ走っていた。走るといっても足は動かしていない。処刑ライダーから奪ったバイクを使っているのだ。
「処刑ライダーどもみたいに、スピードを出さなくてもいい。歩くよりは速いんだからね。それより、手元を狂わせて転ばないようにしな」
ナナが大声をあげるのは、バイクの排気音に負けないようにだ。エンジンはみんな音が大きいのかと思ったが、ナナによれば、「音が大きくなるように改造している」らしい。悪魔を威嚇するためだろうか。
「すまない」
空に見とれていたことに気づいて、ハンドルをしっかりと握り直す。
「次を右に曲がる。そうしたら、小学校とやらがあるはずだ」
ナナが頷いた。
マッシュは気が乗らなかった。クロダと最後に会った場所……神宮前の小学校に近づくにつれ、無力感が増してくる気がした。
(あのときより少しは強くなったけど……)
悪魔召喚プログラムを手に入れた。戦いの技も身につけた。それにバイクにも乗れるようになった。
だが、同じ状況になった時、今度は皆を守れるだろうか。
自分より強い悪魔に立ち向かう勇気があるのか……。
クロダのカローラは、変わらない姿で同じ場所に残っていた。
「なるほど、これが新宿のオザワが使ってた車か」
ナナは白いカローラのボンネットを開けた。なかには複雑な機械が絡み合っている。
「いい状態だ。きっと運転手がきっちり整備してたんだね。ムダにはしないよ」
マッシュにはどの部品がなんのためのものなのかよく分からなかった。コンピュータなら見れば用途を理解できるのだが。
「分解するよ」
「手伝おうか?」
「悪魔が近づいてこないよう、見張っててくれ。エンジン以外にも、使える部品がありそうだ」
マッシュは素直に頷いた。機械工作はナナの専門だ。自分にできることは少ない。
妖鳥コカクチョウを呼び出して、上空をくるくると飛び回らせた。他の悪魔を威嚇しているのだ。コカクチョウより強い悪魔が現れれば、大声を出して知らせる手はずである。
これで、以前のように頭上から不意を打たれる心配はない。
(失敗から学ぶことはできる。失敗する前に学べれば、もっといいんだけど)
マッシュはアームターミナルを操作しながら胸中でつぶやいた。
(さっきのガイア教徒、気になることを言っていた。モリっていうリーダーが、堕天使オセの力を得ているとか……)
堕天使オセ……ターミナルに収められた
(強い。もしこの堕天使が現れたら、今の俺では敵わないな)
いまのマッシュがかなう
思い出される。小学校でクロダたちを全滅させた堕天使よりも、さらに高位の存在だ。
「……おい、聞いてるのかい?」
考え事はナナの言葉で中断された。
「いや……すまない、考え事をしてた」
「まったく、あんまりぼーっとしないでくれよ」
「見張りは悪魔がやってくれてる」
「そうじゃなくて……」
ナナは呆れた様子で、モンキーレンチで自動車を示した。すでに、ボンネットからいくつかのパーツが抜き取られている。
「車の裏側を見る。力自慢の悪魔を呼び出して、持ち上げさせてくれ」
「わかった。……モムノフ!」
召喚プログラムを走らせると、今度は古めかしい甲冑を着た悪魔が現れた。悪魔は大きな体格にふさわしい力を発揮して、カローラのフロントバンパーを掴み、ひっくり返さんばかりに持ち上げた。
「いいね。しばらくそのままにさせてくれ」
マッシュは頷いた。モムノフは文句もなく従った。
カブトムシの裏側を思わせる自動車の車体をナナは眺め、いくらか部品を確かめていた。マッシュには何をやっているのか分からないので、また悪魔のデータベースを眺めることにした。
「あんた、腕利きの悪魔使いだろ」
背中を向けたままだ。マッシュもデータベースを確かめながら応えた。
「少しは。でも、もっと強いやつはたくさんいる」
「十分だ。上野や池袋には、腕利きの賞金稼ぎたちが集まってるらしいけど、そんな恐ろしい連中と戦おうっていうんじゃない。でも、あたしたちにだって敵はいる。私たちが使ってる鉄や宝石を狙ってるんだ」
「それにマッカも」
「まあね。今のところ、メシア教はあたしたちをいい取引相手だと思ってくれてる。でも、あいつらが作ってる何かが完成したら、どういう扱いを受けるかわかったものじゃない」
「何かって?」
「
その言葉には、背筋をぞくぞく震わせるような、妙な予感があった。
「目下の所、メシア教はそれを作ることに夢中らしい。人間もマッカも惜しみなくつぎ込んでる。あたしとしては、東京をいたずらに荒らしてるガイア教の連中よりははるかにいいと思ってるよ」
マッシュは黙って話を聞いていた。頭上のコカクチョウは輪を描いて飛び続けている。威嚇するような強い悪魔は、あたりにはいないようだ。
「だから、あんたがメシア教のためになることをしてるなら、力を貸すよ。でもさ、うちだって余裕があるわけじゃない。あんたみたいに有能なやつが仲間になってくれたら……」
「プリンを東京タワーまで連れていかないと」
「わかってる。その後でもいいよ。あんたは悪魔も使えるし、ソフトウェアに詳しい。それに、バイクの扱いも筋がいい。うちには戦えるやつが少ないんだ」
世田谷は、今や東京の片隅と言っていいだろう。大崩壊を生き残ったビル群からは遠く離れている。新宿や渋谷のように、街を一種の要塞として守るのは難しい。
メシア教徒ガイア教、双方から役に立つと思われているから襲われていないだけだ。彼らがその気になれば、暴力で従わせることもできるはずだ。
それぐらいのことは、部外者のマッシュにも想像できた。
「……考えておくよ」
世田谷ベースが自分の居場所になるだろうか。マッシュは未来に思いをはせたが、プリンを無事にメシア教に引き渡したあとのことは想像もできなかった。
「よし。いよいよエンジンを外すよ。車をおろしてくれ。そっとだよ」
クロダのカローラは、ひとまわり小さく見えた。
▷
日が沈みはじめていた。
「今日は終わりだ。夜間作業はやめろ! 安全第一!」
ロッコウが手に持った鈴をガランガランと鳴らしながら怒鳴り声を上げた。世田谷ベースの職人達は親方の手ひどい罰則のことを思い出し、次々に手を止めた。
「飯にしよう。今日の成果を聞かせてくれ」
食堂、と呼ばれている場所に数十人の人間が集まっていた。職人と見習い。男も女もいた。
「紹介するよ。俺の嫁だ。こっちがアキコ、こっちがカコだ」
プリンとミクミクに、ロッコウは二人の女性を引き合わせた。アキコと呼ばれたほうは、食堂を仕切っているらしい。世田谷ベースの料理長というところか。カコのほうは、まだせいぜい二十代に見えた。
「まあ。カコちゃんより若い子なんて何年ぶりやろか。たくさん食べなさいよ」
根菜を煮込んだ汁を器に注いで、アキコがさしだした。
「ほんとにふたりと結婚してるの?」
両手でその器を受け取りながら、ミクミクは聞いて見た。
「まあ、いろいろあって……ね」
カコは寡黙なタイプらしい。
「この子のお兄さんがうちの人に弟子入りしに来はったんやけどね。女も手に技つけなあかんって言うて、色々教えてあげてるうちに……」
大して、アキコは新しい話し相手が嬉しくて仕方ないらしかった。
「話は食いながらでいいだろ」
「はぁーい」
一日働きづめの職人達に、アキコたちが料理を配っていく。
「ここの人たち、すごいエネルギーね」
食事中も冗談を飛ばし合う職人達を遠巻きに見ながら、プリンとミクミクは隅に腰を下ろした。
「ほんと。新宿の人が元気になるのはディスコだけだったのに」
「ディスコで踊り疲れて普段は暗くなっちゃうんじゃない?」
「言えてる!」
エネルギーにあてられたせいか、ふたりの口ぶりまではつらつとしている。
「まあ。若い子だけで話してはるの?」
アキコが割烹着を畳みながら様子をうかがいに来た。その後ろでロッコウがちらちらと様子をうかがっている。なるほど、こうして夫婦で協力して話題を伺っているのだろう。
「私たち、新宿から来たものですから。こことはずいぶん雰囲気が違って驚きました」
「そうかもしれんねえ。うちらは半分外で暮らしてるようなものやから。地下暮らしのお人らとは、ずいぶん感じが違うやろうね」
そう言って、アキコは窓の外を示した。世田谷ベースの外にはテントがいくつも張られている。そこで寝泊まりしている職人もいるらしい。
「外に出たら悪魔に襲われるぞって言われて育ってきたけど、地下に閉じこもってるほうが悪影響だったかもね」
「ま、まあ、おかげで無事に過ごすことができたわけだし……」
プリンの語尾が小さくなっていく。悪魔との戦いを避けてきた新宿も、けっきょくは戦いから逃げることはできなかったわけだ。
「うちらも、なんとかやっていけてるのは、悪魔使いが手伝ってくれてるおかげよ」
アキコは食堂のなかを見渡しながら言った。そのなかにも、幾人かの悪魔使いがいるのだろう。
「最初の頃はしょっちゅう悪魔やガイア教徒が襲ってきてたし、メシア教からも手下になるように言われててね。こうやって安心してご飯が食べられるようになるのに10年はかかったんよ」
「なんというか……」
プリンは思わず胸のロザリオに手をかけた。メシア教徒としては気まずい話である。ミク三雲それとなく眼を伏せていた。彼女はガイア教徒だ。
「昔のことは、まあええやないの。いつまでも昔にこだわってたら仕方あらへんよ」
「そうかな。でもこの時間だって明日には過去になってるんだよ」
ミクミクがつぶやくと、アキコはゆっくり首を振った。
「明日はきっと、もっといい日になる」
「そうなるといいんですが……」
「そう信じるしかあらへんよ」
その時だ。ふと視界の隅で、赤いものが立ち上がった。
それがあまりにとつぜんだったので、窓際にいた三人は同時にその方向に目を向けた。
炎だ。世田谷ベースのテントに炎が上がっていた。
「ロッコウ! 火が!」
アキコが叫んだ。職人達が一斉に立ち上がる。
「誰か消し忘れたのか?」
「そんなわけない、テントには子ども達もいるんだよ!」
「消火器持って来い! おい、子どもらを安全な場所へ!」
穏やかな食事が一転する。だが、職人達は火の扱いには慣れているらしい。テントの延焼も、一度や二度ではなかったのだろう。消火の準備が進められるが……
職人達がまだ経験していないのは、この先だった。
ぱっ、ぱっ、と火花を散らすように炎があちこちで上がった。プリンとミクミクがいる窓のすぐ前にも赤い炎が飛んできたかと思うと、ガシャンと砕けた。地面に炎が広がった。
「火炎ビンだ!」
「誰かが火を付けてやがるんだ! クソッ!」
ブゥウウウウウウウン!
唸るような轟音が、静かな夜に響いた。
燃え上がる炎から、一台のバイクが飛び出して来たのだ。
装甲バイクに跨がっているのは、大柄な男だった。フルフェイスのヘルメットをかぶっている。何を思ってか、ヘルメットのバイザーには赤い丸が二つ描かれていた。
「モリ……!」
ロッコウがその男を睨んでいた。
「モリって、暴走族の?」
「あの野郎、まだゾクやってやがったのか。年甲斐もなく……」
炎のただ中にバイクを止めた男は、校舎にいる職人達に向けて叫んだ。
「処刑ライダーをナメるんじゃねえ!」
ブゥウウウウン! ブゥウウウウウウウン!
その叫びに呼応するように、いくつものエンジン音が鳴り響き、ヘッドライトが点灯した。
「二〇人はいるよ!」
「俺たちを殺す気だ!」
「戦うための悪魔なんかほとんどいねえってのに!」
慌てふためく職人達の姿を見て、処刑ライダーは笑っていた。顔は見えなくても、それが分かった。
「モリ! 何しに来やがった!」
ロッコウは職人達に目配せしてから、窓枠を乗り越えて火が上がる校庭に飛び出した。その間に、職人達はテントの火を消しに向かう。だが、今や世田谷ベースが使っている旧工業高校の周囲は、処刑ライダー達のバイクに囲まれていた。
「ロッコウ……」
処刑ライダーの頭目はひと言つぶやいてから、両手を強く握った。あまりに強く握るので、グローブがギシギシと軋んだ。
そして、とつぜん振り返ると、バイクに無理やりくくりつけた年代もののステレオのスイッチを押した。
最大音量で、ガサガサのテープが再生された。
君は見たか愛が 真っ
「なに? この歌……」
ミクミクはただうろたえていた。それから、自分のポーチに入っているベレッタのことを思い出した。処刑ライダーたちが世田谷ベースに敵意を向けているのは明らかだった。もつれそうになる手で、なんとか拳銃を取りだした。
「燃えてるのはあんたたちが火を付けたからでしょ!」
熱く燃やせ 涙流せ 明日という日に
モリは握っていた手を振りまわした。それは一種の儀式に違いなかった。
「処刑ライダー……BLACK!」
カッ、と光が輝いた。怪しげな燐光をまとったイバラのようなものがヘルメットの上に絡みつき、冠のようになった。
「ふざけるなーっ!」
ミクミクはまっすぐにベレッタを構えて引き金を引いた。9mm弾はヘルメットの中央に突き刺さった。
「やった!」
顔のド真ん中に銃弾を受けたモリは、ひび割れたバイザーを引き剥がして放り捨てた。 血走った目がミクミクを睨み、シュウっと鼻息を鳴らした。
「嘘でしょ……」
弾丸はモリの眉間に突き刺さっていた。だが、モリはそれを指でつまんで放り捨てた。皮膚が焦げ付いていたが、それだけだった。
「オセ様の力だ!」
「うおおおおっ! 処刑ライダー最強!」
エンジンを噴かして処刑ライダーたちが叫ぶ。そのバイクが、世田谷ベースのテントを踏みつけていく。
「やめろ! 子どももいるんだぞ!」
ようやく、職人達が消火器を持って校庭に出たところだった。だが処刑ライダーたちがニヤニヤしながら銃を向けている。にらみあいになった。すぐに職人のひとりが堪えきれなくなり、消化剤を噴射した。
バンッ!
ライダーのひとりがショットシェルを発射した。職人は足を撃たれたが、それでも火を消そうとしていた。
「今まで見逃してやってたが……」
モリは鼻息をシュウシュウならしながら、ロッコウをにらみつけた。
「今日こそは許さん!」
ボッ!
拳がロッコウを打ち据えた。職人の体はその衝撃で浮き上がり、壁際まで吹っ飛ばされた。
「やめろー!」
ミクミクはベレッタの引き金を幾度も引いた。驚くべきことに、半狂乱の状態でも弾丸はすべて性格にモリに当たっていた。だが、その全てがダメージにはならなかった。
「銃弾が効かない!? どうして……」
「今の俺は無敵の処刑ライダーBLACKだ!」
モリは鼻息荒く叫びながら、拳を振り下ろした。ロッコウが転がってかわすと、その拳はコンクリートを砕いて突き刺さった。
「モリ、お前……悪魔の力を……」
「ロッコウさん!」
殴られた腹を押さえながらうめくロッコウへ、プリンが駆け寄る。掌から癒やしの光をかざし、その傷を癒やしていく。
「メシア教の聖女か。運がいい」
モリがヘルメットからギラギラと光る目を向けて笑った。
「お前を殺してガイア教に首を差し出せば、三万マッカも手に入る」
「……っ!」
新宿の大事件で、メシア教の聖女の存在は東京じゅうに知られることになった。ガイア教は敵対勢力の重要人物が品川大聖堂から離れている機会に消すつもりだ。
「に、逃げろ」
ロッコウが呻いた。
「モリとは長い付き合いだ。性格は分かってる。あんたが逃げれば、先に俺を狙うはず……」
「逃げません」
胸のロザリオを握って、プリンは首を振った。
「ここで待つ約束ですから」
処刑ライダーたちが放つ銃弾の音がいくつも重なった。悲鳴。怒号。職人たちも撃ち返している。あるいは、悪魔使いが悪魔を使って戦っていた。
「全員、“
モリが鼻をならした。ヘルメットの頭頂に絡みつく魔力のイバラが輝く。
「あぶない!」
ミクミクは無我夢中で引き金を引いた。だが、すでにベレッタの弾倉には弾がない。
「なんでも試してみろよ。銃も炎も俺には通じない!」
火炎瓶が巻き上げる炎のなかに、モリは自ら突っ込んだ。赤い炎に全身が包まれる。だが、モリは笑い続けていた。
(どういう仕組みか分からないけど、この人は悪魔の力に魅せられてる)
ミクミクには直感的に理解できた。自分にも同じような経験がある。
(だったら……!)
両手の指が長く伸びて、男の体の中に入り込むことをイメージした。その指で心臓をつかまえて、最も弱い部分をいましめる。ただの夢想でしかないが、ミクミクには夢想を叶える力があった。
魔力だ。
「《シバブー》!」
魔界の言葉を口にすると、目には見えない魔力の糸がモリの体を縛り上げた。
「ぬっ……!」
炎に包まれたモリが苦悶の声をあげた。二の腕が盛り上がるほどに力を込めても、その魔力を破ることはできない。
「本当にホントの無敵じゃないんだ!」
「こんなもの、痛くもかゆくもないぞ! 傷を付けられない以上、俺は倒せん!」
「でも動きは止められる! 今のうちに他の連中を倒さないと」
処刑ライダーが乗り回すバイクが校庭を走り回っている。他人を襲って奪うことが生きがいの暴走族くずれどもが、職人たちを相手に暴れ回っている。
「任せて」
ロッコウの治療を終えたプリンは、握ったロザリオを胸の前で構えた。カッと白い光が迸る。
「アークエンジェル!」
ロザリオから放たれた光が、天使の形になって飛翔した。現れた
「あ、あんた天使を召喚できるのか?」
「今は説明してる時間がありません。職人さんたちに言って、ケガをしている人をどこかに集めさせて。私が治します」
聖女は逃げるのではなく、戦うことを選んだ。ロッコウは戦女神のような横顔を見つめてから、起き上がった。
「体育館へ行ってくれ。あそこなら丈夫だし、人を集められる」
「はい!」
「俺を忘れるとは、許さん!」
燃えさかるモリが叫んだ。ミクミクのかけた
「お前達は全員、“
ドゴッ!
そのとき、横から飛び込んできたバイクがモリを
「ぐおおおおっ!」
モリの巨体が数メートルも地面を転がった。
「……やりすぎたか?」
「マッシュ!」
ミクミクは、炎に照らされたその横顔を見て思わず叫んでいた。
「火が見えたから急いで帰ってきたけど……嫌な予感がしたんだ」
「マッシュ、ここは頼みます!」
プリンに親指を立てて答える。ロッコウの呼びかけで、職人たちは体育館に集まりつつあった。
「こいつがモリか」
処刑ライダーたちを相手に、アークエンジェルや世田谷ベースの悪魔たちが戦っている。となれば、マッシュは最強の敵に対処するのが役目だろう。
「お前か、手下を襲ってバイクを奪ったのは」
処刑ライダーのボスは、焼け焦げたジャケットを脱ぎ捨てて起き上がった。キズひとつない。
「いや、襲われたから奪ったんだ」
「同じことだ!」
モリが怒りにまかせて突進する。マッシュはバイクのアクセルを噴かしてモリに向かわせ、自分は飛び降りる。
「ぐんぬうううううううっ!」
暴走族の
「なんて力だ」
マッシュは舌を巻いた。
「本当に悪魔の力を身につけているらしい」
「気をつけて。あいつ、銃が効かないんだ!」
ミクミクはマッシュの隣に並びながら、ようやく弾倉を交換したところだった。
「そうさ。無敵の処刑ライダーBLACKにはどんな攻撃も通用しない」
マッシュは腰の散弾銃に伸ばしかけた手をターミナルに動かした。
「何か手はないのか?」
「金縛りなら。でも、倒せるわけじゃない」
ミクミクは再び金縛りの魔法を実演して見せた。モリの体が再び見えない力にいましめられる。だが、処刑ライダーは笑い続けていた。
「こんなことをいくらしても俺にはキズひとつつけられないぞ!」
「いや……わかった。来い、ナイトメア!」
「あいつを金縛りにしろ。何度でもかけ直せ」
《がっちゃ!》
了解、の意味らしい。召喚された夜魔は魔力を操り、モリを縛り付けた。
「それから……どうするの?」
ミクミクとナイトメアが二人がかりで金縛りにしている。モリはひたすらもがき続け、脱したところですぐにまた縛られる。
「手下が全員やられても、俺がお前ら全員を殺す! こんなことは時間稼ぎにしかならないぞ!」
「あんたの手下から聞いたよ。堕天使オセと契約して力を借りているらしいな」
ナイトメアへの命令を続けながら、マッシュはアームターミナルを操作した。
「さいわい、俺のCOMPにはオセのことが乗っていた。オセは恐ろしい悪魔で、王にも等しい力を人間に与えてくれるらしい」
モリのヘルメットには、イバラのような輝きが宿っていた。それはたしかに、いびつな王冠のようにも見える。
「そうだ。だから俺は無敵の王、処刑ライダーBLACKに……」
「だが、その力は一時間しか保たない」
データベースから呼び出したオセの情報を眺める。その情報が、マッシュの力だった。
「だから時間稼ぎをすればいい。もう俺たちが勝ってるよ」
――二〇分か、三〇分か、四〇分か。
ひたすら金縛りにかけ続けるうち、やがてモリのヘルメットに絡みつくイバラの王冠は消えた。同時に、モリの体にみなぎっていたエネルギーも失われた。まるで空気が抜けていくゴム人形のようだった。
処刑ライダーたちはアークエンジェルがけちらしていた。彼らはモリに助けを求めようとしたが、
火はなかなか消えなかった。だが、職人達と家族は……少なくとも生きているものは……体育館に避難し、プリンの治療を受けることができた。
「くそ、くそっ! 誰だ、オセの名前を出したのは。間抜けな手下のせいで……」
「いや、あんたがここを襲わなきゃよかったんだ」
マッシュは腰の散弾銃を抜いて、モリの額に銃口をつけた。
「やめろ……」
モリが怯えをにじませて、マッシュを見上げた。
マッシュは首を振った。
▷
朝になった。
世田谷ベースの校庭は焼け跡で見るも無惨な姿になっていた。生活に必要な物資の多くが失われていた。
火の手が強すぎて、消火は間に合わなかったのだ。
「すまない、俺たちが処刑ライダーどもの怒りに触れたんだ。たぶん」
「いや、俺たちを守るために戦ってくれたんだ」
夜通し火の始末をしていたロッコウが顔の煤を拭いながら、マッシュの肩を叩いた。
「それに、どうせいずれはやるつもりだったんだろう。モリにとどめを刺してくれてありがとよ。俺にはずっとできなかったことだ」
体育館のなかにいる職人たちは、生きる気力を失っていなかった。技があれば、必ずやり直せる……そう信じているようだった。
「マッシュ、こっちに来てくれ」
ナナだ。帰り道では、バラした自動車のパーツを急ごしらえの台車に乗せてバイクで
結果としてナナは戦いに巻き込まれなかったのだが、本人はかなり悔しがっていた。
「グラスファイバーのボートにエンジンをつけた。これで
四人乗りの小型ボートだ。本来は手こぎ用の船の背部に、強引にエンジンとスクリューが据え付けられている。
「作ってくれたのか?」
「約束だったからね。何かしてやらないと自分が情けなくて」
ナナは肩をすくめて、改造ボートを示した。
「海辺まで運ぶのは力持ちの悪魔にやらせてくれ」
「ああ」
「旅が終わったあとどうするか迷ったら、世田谷に戻ってきておくれ」
マッシュが返事をする前にナナは寝袋を引っ張り出した。
「それじゃ、あたしは寝るから」
「職人はみんな口下手なんだよ」
ロッコウがつぶやく。ナナは寝ころんだまま中指を一本立てた。
▷
エンジンがけたたましく音を立ててスクリューを回し、ボートが前進する。みるみるうちに加速し、あっという間に陸から離れていく。
「すごい。こんな機械もあるんですね」
プリンがブルブルと震えながらスクリューを回すエンジンをおっかなびっくり見つめている。波風に吹かれて、二色の髪が乱れるのを手で押さえていた。
「さすがだ。これならすぐに東京タワーの方まで行けるはずだ」
ターミナルの中のマップを確かめる。六本木と品川の間は大破壊によってできた亀裂に海が流れこんでいた。ふつうなら渡るのは面倒なところが、ナナの改造モーターボートならむしろ好都合なくらいだ。
「そうだ! アキコさんにパンもらったんだ。マッシュ、食べさせてあげるよ」
ミクミクが抱えていた袋から硬そうなパンを取りだした。旅の間の食糧を管理するのは彼女の仕事だった。プリンに任せると食欲に負けてしまいそうだからだ。
「お、おい……」
マッシュは船の舵を取っていた。舵といっても、スクリューの後ろについた板を動かすだけだが、押さえていないとどっちに向かうか分からない。乗っている間、マッシュは手を離せないのだった。
ミクミクが面白がってパンを口元につきつけ、プリンは楽しげにそれを眺めていた。
その時……
「船を止めろ」
一行の誰でもない、第四の声があがった。
「ここから先はボクの土地だ。勝手に上がらせるわけにはいかない」
いつの間にか、ボートの
「誰だ!?」
反射的に叫ぶマッシュを見下ろしながら、銀髪の人物は腰の剣に手をかけた。
「ボクは……」
その剣には刃がなく、代わりに光が刀身のように伸びていた。
「妖精騎士、タムラ・リン」