真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは… 作:五十貝ボタン
《ヒーホー! 若い人間の肉は美味いんだホ!》
暗闇のなかに、オレンジ色の炎が踊りながら現れた。すぐに、それを掲げている悪魔の姿も見えた。ぽっかりと中身がくりぬかれたかのようなカボチャの頭。目の形にくりぬかれた穴の奥に、言い知れぬ光が宿っている。
(この声は、どこから聞こえてくるんだ……?)
悪魔に対する恐怖もあった。だが、マッシュの気がかりは別にあった。自分のすぐそばから、小さな声が聞こえるのだ。その声が悪魔が出しているものだという確信めいた直感があった。
「ま、マッシュ、どうするの!」
車のトランクから顔を出したばかりのミクミクが、マッシュの袖を掴んでいる。当然、悪魔を見るのはこれがはじめてだ。
「私たちの数が少なくなったから、人間を恐れずに近づいてきたんだ……」
後部座席から、
(逆に言えば、さっきの悪魔……堕天使ベリスほどは強くない。でも、俺ひとりで戦えるか……? まともな武器もない。戦う以外の方法で、なんとかできないか?)
焦るうちに、さらに悪魔の姿がはっきりと分かった。カボチャ頭の下には、布きれがまとわりついている。そこにどんな体が隠されているのかは、分からない……脚がないのだ。いや、それどころか、布の中に体があるのかどうかも分からない。手だけは、布の中から突き出し、ちろちろと揺れる炎を宿した
《3人もいるから焼き具合を比べられるホ。レア、ミディアム、ウェルダン……どれをどう焼くか迷うホ~》
「俺たちは試食コーナーじゃない。焼き具合のお試しに使われてたまるか」
聞こえてきた声に思わず言い返すと、悪魔は驚いたように目を見開いた。カボチャにくりぬいた目が見開かれることに驚きたいのはこっちだ。
《ヒホ!? 人間にオイラの言葉が分かるホ!?》
また、声が聞こえた。マッシュは耳に意識を集中して、その音の出所を探っていた。
(もしかして、これ……か?)
マッシュの左腕に着けたアームターミナル。さらに、そこに搭載されたMDプレイヤー……そこから伸びるイヤホンだ。モノラルのイヤホンを引き出すと、直接耳に当てる。
《そういえばそのキカイ、なんとなく知ってるホ! きみ、悪魔使いだホ!?》
今度は、はっきり聞こえた。間違いない。イヤホンから悪魔の声がしている。
(なんで、俺のイヤホンから……どうなってる?)
アームターミナルのコンソールに指を滑らせた。キーを叩いた瞬間、モニターには見たこともないインタフェースが表示された。表示されている文字列が、
悪魔召喚プログラム。
(いつの間にか、俺のアームターミナルに悪魔召喚プログラムがインストールされてる。その上、悪魔の言葉を翻訳して、音声化してイヤホンから流している……)
そうとしか考えられない。疑問は山ほどあった……だが、その疑問をひとつずつ解決していられる状況ではない。
「そうだ。俺は悪魔使いだ」
口から出るのに任せて、答えた。
「マッシュ……悪魔と話してるの?」
トランクに体を隠しているミクミクが、見上げてきている。マッシュは一瞥だけを向けて、小さく頷いた。
《これはまた、珍しいホ。ここのところ面白いことがなかったから、退屈してたんだホ》
悪魔が興味を向けたようだ。攻撃的な雰囲気が和らいでいる。
「戦いたくはない」
《それじゃあ、力を抜いて楽にしておくホ。優しく食べてあげるホ》
「食べられたくもない」
《わがままだホ~》
「そうかなあ……」
悪魔との会話は人間を相手にするのとは勝手が違うようだ。言葉をそのままの意味で受けとるし、思考が野放図だ。もっと話を続ければ、癖が読めるかもしれない。
(悪魔使いは悪魔と交渉をするって聞く。何かを渡して見逃してもらったり、逆に自分と契約させることもあるらしい。うまくやれば……悪魔と戦わずに済むはずだ)
コンソールに指で触れて、悪魔召喚プログラムの状態を確かめる。「
妖精ジャックランタン。それが悪魔の名前だ。
「ジャックランタン、何か欲しいものはないか? 俺たちに出せるものがあるかもしれない」
とにかく話をしなければならない。ダメで元々だ。話さえ続ければ、悪魔の気が変わるかも知れない。
《ヒホ? それならオイラ、魔石が欲しいホ!》
腕を振り上げて、ジャックランタンが主張する。
「魔石……って、何か分かるか?」
マッシュは後ろに目を向けて、聞いた。
「悪魔が好む鉱石です。生体エネルギーの元になる……みたい」
車のドアを開けて、プリンシパリティが降りてきた。ツートンカラーの髪は黒が闇に溶け込み、金が浮かび上がる。彼女がいるだけで、錯視じみた光景に思える。
「持ってるか?」
プリンシパリティは首を振った。念のためにミクミクを見たが、黒髪のお団子頭も横に振られた。
「魔石はない」
《なんだとお?》
ジャックランタンの瞳にぼおっと光が浮かんだ。
(まずい、怒らせたか……!?)
思わず身構えた瞬間、ジャックランタンは声音をがらりと変えた。
「じゃあ、マッカが欲しいホ。212マッカでいいホ」
(世界が崩壊する前にも、カネはあったんだろうか……)
アームターミナルに備えられたMDプレイヤーを見ていると、つい思考が引っ張られてしまう。ダメだ、悪魔と戦わず、生きのびることに集中しないと。
「わかった。ここにある……持っていけ」
懐を探って、カネをさしだした。妖精がどこから生えているのかよく分からない手でそれを受けとった。
《やったホ! いい人間ホね》
悪魔が何にマッカを使うのか知らない。単に、たくさんあればあるほど嬉しいものなのかもしれない。
「なけなしの給料でしょ。あー、もったいない……」
「仕方ないだろ。カネより命だ」
同じ地下暮らしのミクミクが、悪魔の手にわたる額を名残惜しげに見ている。彼女のものではないのだが、ジャンク漁りやウェイトレスで稼げる額は、マッシュの日給よりもさらに少ないのだ。カネにうるさくなるのも仕方ない。
《じゃあ、次は……》
「待て、マッカは払っただろ。見逃してくれよ」
《ヒホ? カネを払ったら見逃すなんて誰も約束してないホ。証拠あるんか? 何時何分何十秒、金星が何回夜明けに輝いたときだホ?》
「うぐ……」
子供のようなだだをこねる悪魔。だが、思い返してみれば、たしかに「マッカの代わりに見逃す」という約束はしていない。悪魔の狡猾さに歯がみする思いだ。
《それじゃあ、もうひとつオイラが欲しいものを出してくれたら見逃してやるホ》
イヤホンから流れる悪魔の声。今度の提案ははっきりと「見逃す」と言っている。
「……わかった、何が欲しいんだ?」
ジャックランタンは灯火を掲げて、くりぬかれた口でニタリと笑った。
《イケニエが欲しいホ》
「なに?」
思わず聞き返すと、ジャックランタンはその明かりをゆらゆらと横に振った。
《三人いるんだから、一人くらいいなくなっても構わないホ。オイラの要求は
悪魔の笑みにあわせて、目の奥の光が揺らめいた。
《その子か》
悪魔のランタンが車のサイドを照らした。金と黒のツートンの髪、白い衣装を黒いベルトで留めた少女が緊張した表情を浮かべている。
《その子を》
悪魔のランタンが車のトランクを照らす。黒髪のお団子頭。少女は状況が飲み込めているのかどうか、不思議そうに首を傾げいる。
《オイラに食わせるホ》
悪魔の表情は、冗談や言葉遊びとは思えない。イエスと答えれば、本当に少女のうちどちらかを頭からむさぼるつもりだろう。
「マッシュ、なんて言ってるの?」
そうとは知らず、ミクミクの声音は気楽だ。先ほどの惨状も見ておらず、状況が分かっていないのだろう。
(どちらかを差し出せば、少なくとも俺は助かることができる……)
答えられずに、マッシュは押し黙った。
(それは、俺がたまたま悪魔と会話できるからだ。決断できるのが、たまたま俺だけだからだ。もし、自分がミクミクやプリンシパリティの立場だったら……自分に権利がなかったからって差し出されて納得できるわけがない)
迷った。悩んだ。だが、けっきょくは正直に伝えることに決めた。
「誰かが生贄になれば残りを見逃す、って言ってる」
「生贄!?」
驚きに目を見開いて、ミクミクが叫んだ。
「そ、それって、あの悪魔に殺されるってこと?」
《指さすんじゃねーホ》
悪魔がぼそりと言った。悪魔召喚プログラムの力だろうか。どうやら、周りの人間が話していることは悪魔にも伝わっているらしい。
「やだやだ! 言葉も通じない悪魔に食べられるなんて絶対やだ! あんなふざけた頭の悪魔なんか倒しちゃってよ!」
ミクミクの言うとおり、もう一つ手はある。マッシュが悪魔に襲いかかり、その間に二人を逃がす……だが、それはその後のことに対して責任を負わないということだ。勝てる確信があればいいが、マッシュは悪魔と戦ったことなどない。警官としての訓練が悪魔にどれぐらい通用するのか、分からない。
「分かりました」
叫ぶミクミクを尻目に、プリンシパリティが進み出た。自らの胸に手を置いて、彼女は毅然と言った。
「私を生贄にしてください」
「なっ……」
あまりにもいきなりの言葉だったので、マッシュは言葉を失ってしまった。
「何言ってんの! あなた、その格好からしてメシア教の司祭か何かでしょ。そんな立場ある人がいきなり自分を犠牲にしようなんて、教徒が悲しむよ!」
ミクミクがトランクを乗り越えて、飛び出してきた。
「マッシュ、この子のためにここまで来たんでしょ? だったら、あたしを生贄にするしかない。二人で新宿に帰り着けば、もっと自由になれるんでしょ?」
ぐっとマッシュに迫るように身を乗り出して、ミクミクが主張する。紫がかった瞳にすぐそばで見つめられて、おもわずマッシュは仰け反った。
「いや、でも……」
答えに窮している間に、ミクミクはさらに言葉を続ける。
「あたしなんて、勝手についてきただけだし。外に出るために車に乗ったときに、もう覚悟ができてる。マッシュの役に立てるなら、無駄じゃないってことだもん。あたしを差しだして」
「いいえ!」
別の声が割り込んだ。プリンシパリティだ。
「仰るとおり、私には立場というものがあります。迷える人々のため、この体を
プリンシパリティが詰め寄ってくる。
「はぁ? 罪を他人に着せるのはいいってわけ!? あなたたちっていつもそう。自分に都合のいいように善悪を解釈して、けっきょく言い訳を重ねて行動を正当化したいんでしょ。自分の立場を考えてものをしゃべってよね。あたしみたいな場末のウェイトレスより、メシア教の聖女様とやらが生き残ったほうができることが多いに決まってるでしょ!」
ずい、とミクミクが進み出る。
「私だってなりたくて聖女なんかになったわけじゃないですよ! 生まれつき力があるからってアクター神父に見いだされて、品川につれていかれて毎日毎日教会でお祈りと、じめじめした地下室で勉強ばかり! 久しぶりに新宿に戻れると思ったら、仲間がみんな死んじゃって! こんな思いを味わわされるくらいなら、悪魔の生贄になったほうがずっとマシ!」
ずずい、とプリンシパリティが踏み出した。
「それが無責任だって言ってんの! それじゃ、ようやく教会から離れて自由に動ける立場になったってことでしょ。自由になって最初にやりたいことが死ぬことなんて、聖女が聞いて呆れるわ!」
「だったらあなたはどうなんですか! 自分は聖女じゃないから死んでもいいとでも? この悪魔使いとあなたは知り合いなんでしょう。知り合いが目の前で悪魔に殺されるところなんか見せて、彼がどんな思いをするか考えられないんですか。私が死んでも彼が負う傷は浅いと思って言ってるのに、自分勝手なことを言ってるのはどっちですか!」
「どーーーーーせあたしは半分悪魔なんだから、こんなところで死んだって気に病まれないわよ!」
「おい、ミクミク……」
売り言葉に買い言葉というやつか。いきなり重大な告白をする幼なじみを制止しようと手を掲げるが……
「人の言葉をしゃべり、同じように怒ったり泣いたりする相手を切り捨てられるものですか!」
「泣いてない!」
「泣いてます!」
二人の口論はますますヒートアップしていた。口論と言えるのかどうかはともかく。
《こういうとき、普通はどっちが生き残るかでケンカするんじゃないホ?》
「いや、まあ……普通はそうだと思うけど」
黙って眺めていたジャックランタンが、不思議そうに首をかしげている。
「死にたくないなら正直に認めたらどうなの!」
「それはこっちのセリフです!」
火花を散らした二人が、直後、マッシュへそろって目を向けた。そして声を合わせて、叫ぶ。
「どっちにするの!」
あまりの剣幕に圧されて、マッシュはたたらを踏んだ。ミクミクが泣いているかどうかは、暗くてわからない。
「……わかった、決めたよ」
二人の声が止まると、途端にあたりに静寂が戻った。ここは新宿地下街ではない。悪魔が巣くう魔の世界だ。
「ジャックランタン。生贄は……」
二人の前に進み出て、悪魔と向き合う。それから、意味を取り違えられないよう、ゆっくりと、しかしはっきりと告げる。
「出さない。誰も生贄にはしない」
「マッシュ!」
「何を……」
二人から非難するような声が上がる。だが、振り返らない。
《オイラが見逃すと言ってるのに、助かるチャンスを棒に振る気かい?》
「そうだ。これ以上誰かを犠牲にして助かるつもりはない。お前のほうが俺より強くても、お前の言うとおりには従わない」
カボチャ頭にどんな表情が浮かんだか、マッシュには分からなかった。いつでも、腰に差した警棒を抜く準備をしていた。
だが……
《分かったホ。生贄は諦めるホ》
あっさりと、悪魔は引き下がった。
「え……いいのか?」
思わず面食らうマッシュに、悪魔はごく当然というように頷いた。
《魔石だって諦めてやったホ》
「たしかにそうだけど……」
人間の命も、石も悪魔にとっては大した違いはないらしい。愕然とするマッシュに対して、悪魔は踊るように布きれのすそを揺らした。
《それより、オイラを仲魔にしない? キミたちといれば退屈しなさそうだホ》
「……なに?」
面食らうのは一度ではなかった。
《さっきの話、聞かせてもらったホ。ヒジョーに興味深いやりとりだったホ。オイラもこのあたりをナワバリにして長いことやってきたけど、そろそろフリーランスにも飽きてきたところだホ。しばらくの間、ニンゲンに連れられてやってもいいホ》
「それって、俺と契約して……助けてくれるってことか?」
《そう言ってるホ》
マッシュは耳を疑った。悪魔が自ら助けてくれると言っているのだ。はるか古代の悪魔使いのように、この妖精を使役して戦わせることができる。噂に聞く
「……契約しよう」
《ニンゲンよ、力が欲しいか……》
「お前のほうから言ってきたんだろ」
《いちど言ってみたかったんだホ》
マッシュはコンソールに手を触れて、悪魔召喚プログラムを操作する。悪魔との契約にはおおよその見当がついていた。簡単な操作と実行キーを押すと、目の前の妖精との間に契約が結ばれて……
《オイラは妖精ジャックランタンだホ。今後ともよろしホ!》
悪魔の体がデジタルデータに分解され、アームターミナルのメモリーへと吸い込まれていった。
「信じられない……」
契約が完了したことを示すメッセージが表示されてはじめて、実感がわき上がってきた。
助かった。
乗り切った。
悪魔の力を得た。
「いったい……どうなったの?」
プリンシパリティとミクミクが顔を見合わせている。マッシュは唸りながら、状況をまとめようとした。
「二人とも、死ななくていい。悪魔は俺を助けてくれるそうだ」
「やったぁ、マッシュ、すごい!」
歓喜の叫びを上げて、ミクミクが抱きついてくる。
「お、おい……」
パーカーの中の柔らかな体の感触がわずかに感じられる。死を目前にした緊張感で研ぎ澄まされた神経は、少女の体をはっきりと感じ取っていた。
▷▷
「これから、どうするのですか?」
プリンシパリティが問いかけてくる。ミクミクをなんとか引き離しながら、マッシュは考えた。
「安全な場所へ行かないと。またいつ悪魔に襲われるか分からない」
「となると、渋谷か新宿へ……」
「新宿だ」
オザワから与えられた使命はまだ続いている。マッシュは、プリンシパリティを新宿へ送り届けなければならないのだ。もし渋谷に行って、彼女が新宿へ行くのをやめると言い出したら、その指令に失敗したことになる。
(オザワに取り入って、もっと強くなるんだ。今はその途中。気を抜くな)
自分に言い聞かせながら、周りを見回す。
「でも、夜中に歩き回るのは危険だ。どこか、休めそうな場所を探そう」
「しかし、こんなに暗くてはどこに何があるか……」
プリンシパリティの言葉の通り。地下街はいつでも蛍光灯が灯っていたが、地上には電灯はない……あったのかもしれないが、生きてはいない。暗闇を照らすのは、半月と星々のわずかな明かりだけだ。
「さっきの悪魔が明かりを持ってたんじゃない?」
「それだ!」
ミクミクの提案に乗って、マッシュはコンソールを叩いた。悪魔召喚プログラムを起動。
いちどデジタルデータに分解されたジャックランタンが、生体マグネタイトで再び呼び出された。代償に、データとして蓄積されたマッカのいくらかが失われていく。
《ヒホ? いきなりなんだホ》
「わあ、しゃべった!」
今度はイヤホンではなく、ジャックランタンの口のあたりから声が聞こえた。カボチャ頭の口が本当に口なのかは、怪しいところだが。
「契約した悪魔の言葉は、プログラムが訳してくれるのか。いったいどういうプログラムを書けばこんなことができるのか……」
《それより、何の用だホ?》
先ほど契約したばかりで級に呼び出されたとは思っていなかったのだろう。急かされるのはお気に召さないらしい。だが、契約している悪魔が襲いかかってくることはない……ほとんどの場合は。そのように、プログラムを通じて取り決めがなされているのだ。悪魔が契約に反した行動を取ることは、まずないと言ってもいい。
「ああ。そのランタンで道を照らしてくれ。俺たちは暗いとよく見えなくてな」
《お安いご用だホ》
ジャックランタンが手の中の角灯を掲げると、明かりが道を照らした。明かりではっきりと見えるようになるのはせいぜい十数メートルだが、ないよりははるかにいい。
「すごい! あなたって役に立つのね!」
ミクミクがぺたぺたとカボチャの頭を撫でる。
《やめるホ! 帽子がズレる!》
三角帽子がどうやって乗っているのかも不明だが、とにかく動くことはできそうだ。
「行こう、狭い道を通ったほうが良さそうだ」
明かりは、他の悪魔からもよく見えるに違いない。広い場所では見つかりやすいはずだ。大通りを避けて、一行は歩き始めた。
▷▷
「でも、プログラムは入ってないって言ってなかったっけ?」
歩きながら、ミクミクが不意につぶやいた。
声を出すなと言おうかとも思ったが、無言で歩いていたら気分が沈みそうだ。何か、気が紛れるようなことを話したほうがいいだろう。
「そのはずだったんだけど……いつの間にか、俺のアームターミナルにこのプログラムがインストールされてた」
一番前をジャックランが進んでいる。脚はないから、胸ほどの高さに浮かんでいるのだ。悪魔が持つ明かりが届く範囲に、マッシュとふたりの少女は並んでいる。ミクミクはマッシュのすぐ隣に、少し後ろをプリンシパリティが進んでいる。
「いつの間にかって……そんなことある?」
「いや、でも……事実なんだ」
身に覚えがない。ふつうなら、これだけ複雑なソフトウェアをインストールしようとしたら、そのデータがある別のコンピュータに接続しなければならない。
(接続……?)
その時、ふと思い当たった。
「あのとき……そうだ、たしかに接続してた」
「なんのこと?」
「DJと一緒にサーバールームに入ったんだ。保守のためだよ。その時に、サーバーがエラーを起こした」
「げっ! それ、平気なの?」
「平気……と言いたいけど、ちょっと危なかった。このアームターミナルをサーバーに接続して、エラーを解析した。電源を切ったから収まったけど……」
その時、たしかに東京に広がるネットワークに、アームターミナルを接続した。
だが、やったことはサーバーの情報を閲覧しただけだ。ソフトウェアのダウンロードもインストールもした覚えはない。
「もし、このソフトウェアがダウンロードされたとしたら、その時しか考えられない……でも、繋いでたのは一分足らずだ。あっという間だったのに、その間に侵入してきたのか?」
マッシュも、若いが
(でも、他にダウンロードできるようなタイミングじゃない。コンピュータが接続したら、一方的にソフトウェアを送り込むような仕掛けがされていたのか? いったいどうすれば、そんな風にプログラムを組めるんだ……?)
「でも、とにかく……そのプログラムのおかげで助かりました」
プリンシパリティが、小さくつぶやいた。
「選り好みしていられる状況ではありません。新宿に辿り着くまで、その力に頼るしかない……」
「その通りだ」
マッシュは頷いて、アームターミナルを着けた腕をさすった。
音楽を聴いて心を落ち着けたかったが、悪魔と会話するためにイヤホンは必要だ。音楽を聴きながら、会話もできるのかは分からない。ぶっつけ本番で試してみる気にもなれなかった。
「得体が知れないけど、使えるものはなんでも使う」
《それって、オイラのことかい?》
ジャックランタンがぼそりと言った。
「まあ、そうだな」
《ひどいホー。この世は悪魔の天下なのに、ニンゲンはいつまでもえらそうにしてるホ》
「契約したのに、生意気なやつだなあ」
《口を閉じる契約はしてないホ》
「そうでしょうね」
肩をふるわせて、プリンシパリティが笑っている。
「ねえ、さっきはごめんね、あたし、ひどいこと言っちゃった気がする。必死だったからあんまり覚えてないけど」
ミクミクが歩調を落として、プリンシパリティに並んだ。空気が和らいだところで、声を掛けやすくなったのだろう。
「ううん。私も……お互い様だから。こっちこそ、ごめんなさい」
ツートンカラーの頭が深々と下げられる。
「わ、ちょっと。そんなに謝らないでよ。……そうだ、あたしはミクミク。あなたは……」
「
「ちょっと長いね」
「そうでしょうか」
「まあ、俺たちはあんまり長い名前に慣れてないな」
地下街には、そこまで長い名前の住人はいなかった。そんなに長い名前が必要になるほど、住人がいない、というほうが正しいのだが。
「聖っていうのはなんとか『さん』みたいなものでしょ。ずっと着けてるのも変だし……じゃあ、縮めてプリンっていうのは?」
「プリン……」
繰り返した聖女が、ごくっと喉を鳴らした。
「一度、口にしてみたい……」
「よく分からないけど、気に入ってくれたみたいだね!」
「そうかあ?」
聖女……プリンが言い返さなかったので、もうミクミクの中では決まってしまったようだ。
「そういえばプリン、聞きたいことがあったんだけど」
「あっ、そういえば、私もミクミクさんに聞きたいことが」
「ミクミクでいいよ。さんなんて、むずむずしちゃう」
雰囲気は明るくなったようだ。マッシュは安心して、前を向いた。
《オイラの名前も長いホ?》
「ジャックって呼んだら、ややこしいんじゃないか? なんとなくそんな気がする」
首を傾げているジャックランタンと気楽に話をする程度には、マッシュにも余裕が出てきた。
「新宿にいたって……」
「半分は悪魔って……」
うしろで少女たちがそれぞれに疑問を口にしようとしたとき……
「待て、何かいる!」
マッシュが鋭く叫んだ。ジャックランタンが掲げる明かりの中に、いつの間にか暗い影が現れ始めていた。
《オォォォォォォォオオオォォ……》
粘ついた木が擦れ合ってざわめくような、不愉快な声がイヤホンから漏れ出してきた。悪魔召喚プログラムの翻訳機能を介しても、その意味はうかがい知れない。
「まずい。いつの間にか悪魔の群れに囲まれている……」
暗闇の中で、さらに濃い影がいくつも立ち上がる。細い道を選んだことが返って仇となった。
行く手も、逃げ道も防がれている。
安全な場所にはほど遠い。戦いは避けられなかった。
メガテン二次創作あるある:最初に仲魔になる悪魔がだいたい妖精