真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは…   作:五十貝ボタン

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1-06_夜空ノムコウ

 アームターミナルのケーブルを引き出す。半円形のボディを四脚で支えるマシンの基板部に接続すると、モニターに情報が出力された。

『T95C/P』

 それが、このマシンの名前らしい。白と青の塗装は剥げかかっていて、素体のにぶい銀色が覗いている。

 

 内部のエネルギーは(EMPTY)だ。システムを起動するには、ターミナルからマグネタイトを供給する必要があった。

 さいわいにも、マシンの制御プログラムはマッシュのよく知った言語と形式で書かれている。だから、侵入するためのプログラムをその場で組み上げることは簡単だった。

 

(テクラはこのマシンとなにか関係があったのか? 東京が滅びる前、警察のためにプログラムを作っていたとか……)

 システムに侵入しながら、ふと考えた。プログラムが、あまりにも見なれたものだったからだ。

 新宿のターミナル・サーバーを保守していたテクラ。自分の親代わりでもあり師でもある男がどんな出自を持っていたのか、マッシュはまるで知らない。

 

(テクラはオザワや長官と古い知り合いだった。でも……新宿を支配している連中は、いったいどこから来たんだ?)

 自分が生まれるよりも前のことだ。東京が在った時代。人間や動物が、たくさんいた世界。

 

(よそう。考えても仕方ない)

 聖女を新宿まで送り届ける任務を終えれば、オザワに近づける。もしオザワが知っているなら、それから聞けばいいことだ。

 老人はみんな、昔話が好きだ。クロダがそうだったように。

 きっと、オザワも話してくれる。希望的観測なのはわかっていたが、希望にすがるしかない。

 

(今は、生きて新宿に帰り着く。その後のことは、その後で考えるんだ)

 プログラムに向き合っている時だけは、雑念を振り払うことができた。

 

 セキュリティの突破には多少の時間が必要だったが、警報システムを切断してエネルギー供給を支配しているのだから、何度でも挑戦することができた。

 再起動を繰り返して何度も侵入(ハック)していくうちに、マッシュはすっかりマシンのシステムを掌握していた。

 

 没頭していた。

 

「このまま新宿につれていくこともできそうだ」

(いや、それは現実的じゃない)

 ひとり言と内面とで葛藤するようにつぶやく。

「内部システムを動かすだけならほんの少しのエネルギーで済む。でも、ハードウェアを動かすとなるとマグネタイトを大量に消費する」

(残念だ。運ぶことさえできれば、新宿の警備に使えそうなのに)

「でも、使えるデータはたくさんある。役に立ちそうだ」

 

 マシンが現役だった時代のデータが大量に内部に残っている。ターミナルの容量には余裕があるから、片っ端からダウンロードしておいた。

 新宿の外の世界の地図。マシンのハードウェア構造。かつての警官が使っていた暗号もあった。

 かつてのネットワークにアクセスするためのパスワードらしきものもあった。いつかどこかで役に立つかもしれない。

 

「それに……これは使えそうだ」

 データ群の奥深くに、デジタル化された魔貨(マッカ)も見つけた。マッシュの月給の数倍にもなりそうな額だ。

(マッカは悪魔達との交渉に使える。新宿まで生きて帰れる可能性がぐっと上がった)

 

 悪魔召喚プログラム。それにマッカ。すでに契約を結んだ仲魔もいる。プリンとミクミク、ふたりを守りながらでも帰れる目算がついた。

 コードの接続を解除しながら、マッシュはここが危険な場所であることをすっかり忘れていたことに気づいた。

 アルファベットと数字と記号が織りなす複雑な世界に心が入り込んでいた。集中していたし、驚くほど気持ちが落ち着いていた。それほど、プログラムとの格闘にのめり込んでいたのだった。

 

(俺は技術者なんだろう、たぶん)

 これが性根に合っている、と思った。

(警官なんてガラじゃない。悪魔に立ち向かうなんて、本当は二度とゴメンだ)

 コンピュータと音楽があれば、満足する人間なんだ、と思った。だが、《大破壊》でどちらも失われてしまった。だから、ほんのわずかな遺産にすがって生きている。

 

「こんなところか……」

 ターミナルが示す時間は、すっかり深夜だ。

 長くかがみ込んでいたせいでこわばった腰を伸ばしながら、ふとマシンを見下ろす。

 建物――警察署――を守るためにしているマシンは、まるで飼い主に言われるがままに給餌を待ち続けている番犬を思わせた。

 

「もう少しだけ、見張っていてくれ。今夜だけでいいから」

 もはや吠えることのない番犬の外装を撫でてから、マッシュは旅の連れ合いの待つ場所へ向かった。

 

 

▷▷

 

 

「時間が掛かったね」

 ジャックランタンの持つ灯りを目印に『取調室』へやってきたマッシュを、ミクミクが出迎えた。暗い場所では、紫色の瞳がますますイタズラっぽく輝くように思えた。警察署の中は驚くほどに静かだった。

「何か見つかりましたか?」

 クッションを抱えて、鉄製の扉からプリンが顔を覗かせた。金と黒、ツートンの髪。この髪が生まれつきなのか、それとも『メシア教の聖女』の神性を見せつけるために染めているのか……聞き出すのは少々気が引ける。彼女自身にとって、本意なのかはわからない。

 

「地図をダウンロードした。これで新宿までの道のりがわかる。それに、マッカもあるから悪魔とも交渉しやすくなる」

「食べものは……ないんですか?」

 プリンの表情が、露骨に落胆の色を増した。

(さっき食べただろう。豆大福を)

 聖女の食い意地には驚かされるが、それだけ飢えになれていないということだろう。マッシュやミクミクにとっては丸一日なにも口に出来ないことなど珍しくはないが、プリンにとってはそうではないのだ。

 

「まあまあ、そんな顔しないでよ、プリン」

 ミクミクが進み出て、大きく胸を張ってみせる。

「こんなおおきな建物だったら、どこかに何かあるんじゃないかと思って調べてたんだよねぇ」

 そして、どうやって隠していたのやら、金属製の缶を取り出した。

「いつの間に」

「鼻がきくってやつかな」

 ミクミクが缶を振ると、カラカラと乾いた音がした。その表面には、文字が書いてある。これはマッシュにも読めた。

 

 カンパン。

 

「乾いたパン、ってことでしょうか」

「あんまりおいしくなさそうだけど……」

「保存食なんだろう。おかげで、今まで残っててくれたわけだ」

 当たり前のようにミクミクが缶を渡してきたので、マッシュはプルトップに指をかけて、その缶の口を開いた。その中には褐色のビスケットのようなものが詰まっていた。水気はない。うっすらと小麦のにおいがした。もうずいぶん嗅いでいないから、嗅覚が鋭敏に嗅ぎ分けた。

 

「あんまり美味しそうじゃないけど……貴重な食料だ。分け合おう」

「マッシュの体が大きいんだから、多めに食べたほうがいいんじゃない?」

「俺は慣れてる。ミクミクは新宿から離れるのなんて初めてだろ」

「マッシュもでしょ」 

「とにかく、食べるんだ」

 

 マッシュは缶を床に置いて、取調室に敷かれた毛布の上に座った。ミクミクとプリンもそれにならってぐるっと缶を取り囲む。

「オイラは……」

「見張りを頼む」

 部屋の中をうかがうように見ていたジャックランタンに告げる。食事は必要ないはずだが、悪魔は恨みがましそうににらみつけてからそっぽを向いた。

 

「うん。結構イケるよ、これ」

 さっそくビスケットを口に運びながら、ミクミクがつぶやく。少しずつかじって食べる様子は、どことなく小動物っぽい。

「たしかに、活力になりそうだ」

 マッシュも一つかじってみた。ガリガリと固い感触。飲み込むために噛んでいるうちに唾液と混ざって、ほのかに甘みがわいてくる。

 

「氷砂糖!」

 ふいに、プリンが声を上げた。ビスケットに埋もれるように、いくつかの白い塊が入っている……その一つをつまみあげて、聖女が「信じられない」というように目を輝かせた。

「ああ、こんなところで甘いものが食べられるなんて。メシアに感謝します」

 胸元で祈る仕草を見せるが早いか、聖女はそれを口の中に放り込んだ。声をかける隙も与えない早業だった。

「甘い……」

 聖女は泣き出しそうなほどに感動しているようだった。

「甘いものが好きなんだな」

 マッシュは、「校庭」での彼女の様子を思い出していた。あまり思い出したくないが、豆大福を見るなり口に詰め込んでいた姿はなかなか忘れられるものではない。

 

「あ、いえ、まあ、そのー……つい」

 指摘されたプリンは、はっとしたように口元を抑えていた。もじもじと周囲に視線を踊らせてから、はぁ、と息をつく。

「五年の間、品川の大聖堂で過ごしました。私だけではなく、たくさんの女の子がいて。彼女たちとともに、メシア教の教えや読み書き、他にもいろいろなことを学びました。それに、訓練も」

「訓練って?」

 口を動かしながらミクミクが聞く。ゆっくり味わっている様子のプリントは違い、ミクミクは氷砂糖をガリガリと噛んでいた。

 

「魔法です。治癒や破魔の術……私には治癒の力があるようで。多くの人を治療してきました」

「けがを治せるのか?」

「天使たちにやり方を教えてもらいました。勉強でも魔法でも、うまくできたときには神父様からご褒美がもらえたんです。バターサンド、スポンジケーキ、たいやき、モンブラン……」

「プリン、よだれが」

 味を思い出していたのだろうか。唇の端から伝う唾液を指摘されて、聖女は恥ずかしそうに口元を抑えた。

 

(甘いものはがんばったご褒美ってわけか)

 さすが、東京を二分する勢力を持つメシア教というところか。新宿では聞いたこともないお菓子の名前をプリンが並べ立てるのは、どこか遠い世界の話を聞かされているような気分だった。

「……とにかく、甘いものを食べられるのは特別なときだけで。それに、みんなが食べられるわけでもなかったから……」

「早く食べないと、他の子に食べられちゃう?」

 ミクミクが冗談めかして問いかけた。同性から見ても、メシア教の聖女の食欲は意外だったのだろう。その原因に興味津々だ。

「そんなこと。分け合えればよかったんですけど、私が食べなかったからと言って他の子に与えられるわけじゃなかったから。食べられない子のぶんまで、味わいなさいと教えられました」

 

(メシア教のエリート教育か)

 マッシュは新宿の警官として、メシア教と付き合いがあった。だから、彼らのやり方をいくらかは知っている。

 アクター神父のように優れた指導者がいるのは、メシア教の優れた教育の賜物だ。品川には『大破壊』の以前から残されている書物や記録媒体(ストレージ)がある。それらに保存された高度な技術を、今もメシア教会は伝えている。それは東京におおきな利益をもたらしていた。一方で、教会はけっしてその知識を外部には開陳しない。少数のエリートによって知識と技術を独占し、大衆を導くのはあくまで自分たちだというスタンスを保ち続けているわけだ。

 

「……私だけが美味しいものを食べることに罪悪感はあります。でも、目の前にするとどうしても我慢できなくて」

「わかる気がする。食べちゃいけないと思うものほど美味しいもんね」

 ミクミクがどれぐらいプリンの内心をおもんぱかっているのかはわからない。

「今は遠慮しなくていい。どうせ、これだけだしな」

 噛むのに時間がかかるビスケットも、話しながら食べているうちにどんどん減っていく。食への貪欲さを隠さなくなったプリンが最後のひとかけをとった。

 

「休みましょう。ここで夜を過ごして、明るくなってから動いたほうが安全です」

 もぐもぐと咀嚼しながら、目元だけはきりりとさせて聖女が言う。

「ほんとうに明るくなるのか?」

「えっ?」

 マッシュの質問は、彼女にとって相当に予想外だったらしい。ぽかんとして顔を見返される。

 

「俺たちは地上に出たのは初めてなんだ。夜になるところは見たけど、夜が終わるのは見てないんだ。だから、どうも……実感がなくて」

「マッシュ、プリンが困ってるでしょ」

「すまない。つまり……夜は終わるんだな?」

 ミクミクの、プリンをかばうような態度に若干の疎外感があった。マッシュは自分がおかしな質問をしていることを恥じた。不安から来る恥じらいだったのだが、極力そぶりには出すまいとしていた。いまはマッシュが彼女たちを守らなければならないのだ。

 

「だいじょうぶ、安心して」

 ところが、不安はプリンに筒抜けだった。白く細い手がマッシュのグローブに添えられると、思わずどきりとする。

「朝が来れば日が上ります。悪魔は夜のほうが活発ですから、私たちは明るいときの方が動きやすくなるはずです」

「……わかった」

 それとなく手を引きながら、マッシュは頷いた。

 

「いつの間に仲良くなったんだ?」

 マッシュの問いかけに、プリンとミクミクは一瞬、顔を見合わせた。それから肩をすくめる。

「ちょっとね」

 このとき、マッシュはいつの間にか二人の少女の間で同盟が交わされ、自分がその外にいることに気づいたのだった。

 

「休もう。明日になれば状況がよくなるはずだ」

「オイラは?」

「見張りを頼む」

 入り口の隙間から顔を覗かせるジャックランタンに、マッシュはあっさりと告げた。悪魔には疲れもないはずだあ。だが、やはり悪魔は苦々しげに目元をゆがませるのだった。

 

 

▷▷

 

 

 眠りに落ちるのはいつも不安だ。

 眠っている間も、起きているときと同じように時間が流れているはずだ。それなのに、その時間を自分はうまく認識できないのだ。

 自分が意識を手放している間、無防備な身体がそこにあるのだと思うとぞっとする。

 新宿地下街には悪魔はいないが、よからぬことを考える人間はいくらでもいる。すみかを持たず、路上で寝泊まりする者が襲われたり、ものを盗まれたりすることはよくある。警官であるマッシュはよく知っている。

 

 ましてや、ここは新宿ではない。

 悪魔がはびこる荒野のただ中だ。人間のにおいを嗅ぎつけた悪魔が警察署の中に入ってきたら、自分が戦って少女たちを守らなければならない。

 マッシュはアームターミナルを身につけたまま横になった。これがなければ、自分が従えている悪魔さえ何を言っているのか理解できないのだ。

 

 眠れないでいると、ミクミクが毛布の上をもぞもぞと這ってきて、手を握ってきた。

「寝て、マッシュ」

 かすれ気味のささやきが引き金になったように、マッシュは眠りに落ちた。

 

 夢は見なかった。

 

 

▷▷

 

 

 鉄格子がはめられた窓から、光が差し込んでいる。

 目覚めて最初に、マッシュは違和感を覚えた。窓から入り込んでくる明かりだけで、部屋中の隅まで明るくなるほどの光量。明かり取りの窓だけで、こんなに明るくなるなんて信じられなかった。

「……これが朝なのか?」

「そう、夜は終わりました」

 部屋の壁一面を閉める鏡に向かって、プリンが髪を櫛でとかしていた。ツートンカラーの髪が、窓から差し込む光にきらめいて見えた。

 

「おはよ、マッシュ。よく眠れた?」

 ミクミクは黒い髪を慣れた手つきでまとめ上げ、いつもの「お団子」にしているところだった。マッシュがいちばん遅くまで眠っていたらしい。

「ああ……たぶん」

 戸惑いながら、ジャケットの緩めていたベルトを締め直した。現実感がないような気がした。

 

 マシンは相変わらずそこにいた。陽光に照らされると、塗装がはげたところだけが光を反射してきらきらと光った。

 外の世界は驚くほどに明るかった。昨夜みたのと同じようながれきの街が立体的に照らされ、光と影のコントラストを作り出していた。不気味な凹凸がそびえ立っているようにしか見えなかった景色が、今ではここで育った文明の偉容をありありと主張している。

「東京は大きいんだな」

 誰にいうでもなく、つぶやいていた。心の隙間から漏れ出したような感想だった。

 

「広いですよ、東京は」

 風が吹いてプリンの髪がさらりと流れる。通風口もないのに風が吹いているのが不思議だった。そして、砂埃を含みながら舞う風が少女の二色の髪を舞いあげることが、何かの奇跡のように思えた。

「いや……大きい。大きいよ」

「マッシュ、しっかりして」

 心を奪われているマッシュを引き戻すように、ミクミクが袖を引いた。

 

「新宿まで帰らなきゃいけないんでしょ。まぶしいからってぼーっとしてちゃだめだよ」

「ああ……そうだな。わかってる」

 深呼吸して、気合いを入れ直す。腹を膨らませて息を吸ったあと、三つ数えて、今度は腹をへこませて息を吐く。気持ちが落ち着くと同時に、新宿に行かなければ、という気持ちを思いだした。

「警察署で地図を手に入れたから、迷わなくてすむ。昔の地図だけど、道の形や向きは今でも使えるはずだ」

 COMPを操作して、モニタに3D描画された東京の地図データを表示した。幅広の押しピンのようなマークが、いまいる場所を表していた。

 

「まっすぐ北に向かう。北は……」

「日が昇るのが東だから、こっちの方角ですね」

 プリンが、手でひさしを作りながら太陽の位置を確かめて別の方向を指さした。

「わかるんだな、そういうことが」

「決まりを知っていれば、導いてくれるものですから」

「出発しよう」

 

 夜の方が悪魔が活発だというのは確かなようだ。

 できるだけおおきな通りを選んで進んでいった。悪魔が影から飛び出してくる危険性が少ないからだ。

 はるか上空には妖鳥たちが飛び回っている。時折獲物を見定めて襲ってくるが、マッシュは召喚した悪魔に命じて撃退した。

 妖鳥を追い払いながら。あるいはひたすらに歩きながら、マッシュは空を見ていた。

 

(ほんとうに青いんだな)

 

 その色はマッシュが見たことがない色合いだった。

 塗りつけて色を増やしているのではない、透明な青。同じ色が一面に広がっているように見えて、目をこらすとその中にも複雑な色の違いがある。光が空気の中で反射して青くなっているのだと聞いた気がした。無数の青色が重なり合って、この空を作っているのだろうか。

 

(外はいいな)

 

 壁がないことの不安はすっかり薄れていた。青い空を見ていると、どこまでも歩いて行ける気持ちになる。

 悪魔たちがうごめく廃墟の東京も、親しみを感じられる気がした。

(新宿に戻ったら、東京に出られるような役職につけてもらおう)

 オザワの運転手だったクロダがいなくなった。生きて帰ってきたのはマッシュだけだし、聖女の身柄を無事に新宿に送り届ければ、オザワはメシア教に対して有利に働きかけることができる。新宿が得る利益を考えれば、マッシュにもそれなりの待遇があるはずだ。新宿の外に出ることができる権限を手に入れたら、今よりももっとできることが増える。

 

「あとどれぐらい?」

 地図を確かめるマッシュに、ミクミクが問いかける。顔を上げると、陸橋が目に入った。

「今のが首都高だ」

 高い位置に作られた道路には見覚えがあった。クロダの運転で下を通ったことを覚えている。首都高は新宿のすぐ近くだ。陸橋の下をくぐると、ビル群の立ち並ぐ新宿の姿が見えた。

 

 大破壊を経ても、新宿はそれほどおおきなダメージを受けていない……らしい。

 いくつもの建築物が、昔の姿のまま残されている。特に、地下街の上層にあたるビルは太陽を受けてキラキラと輝いている。

「ここが新宿? 地上は真っ平らなんだとおもってた」

 地下から出たことのないミクミクが、その光景に目を丸くしている。

 

「オザワの仲間たちだけが地上にいる。ごく一部の特権階級だけが太陽を目にすることができるわけだ」

「……」

 プリンがもの言いたげに口をつぐむ。マッシュは気づいていないふりをして、新宿地上層のひときわ立派なビルを指さした。ガラス窓が欠けることなくそろい、太陽光をピカピカと反射している。

「あのビルにオザワがいるはずだ」

 

(俺の役目はプリンをオザワの元まで連れて行くこと。そうすれば、これで彼女との仲は終わりだ)

 太陽の下で輝かんばかりの白いおもてを盗み見る。砂埃まみれの道を歩いてきたにも関わらず、きめの細かい肌は磨いた大理石のように白く感じられた。

(その後、どうなるかは……まあ、俺の知ったことじゃない)

 彼女がどうなってもかまわない。マッシュにとって大事なのは、その見返りに彼自身が何を手に入れることができるかだけだ。

 

「あそこまで行く。さあ……」

 指さしたビルに向かって歩き出そうとしたとき……

 

 ボンッ!

 

 その指さした先のビルの窓が吹き飛び、空気がビリビリと震えた。

「……なんだ!?」

 ビルの上層階で電光がひらめき、火炎が踊っているのが見えた。新宿の王オザワがいるはずの場所で、戦いが起きている!

「……行くぞ!」

 マッシュは走り出した。何が起きているのか想像もつかなかったが、何かがおきていることはわかった。

 

 取り返しのつかない何かが。

 

 

▷▷

 

 

「止まれ、止まれーっ!」

 新宿地下街の入り口のひとつにたどり着いたとき、警棒を振りかざした警官がマッシュたちを呼び止めた。

「検問だ。お前たち、いったい何だ?」

「マッシュ三等警官だ。オザワ様の特命で、メシア教の聖女、(サン)プリンシパリティをお連れした」

「そうか、ご苦労だったな。通っていいぞ」

 バリケードの通り道を示して、警官が言う。マッシュの制服と、その後ろにいるプリンの常人ならざる雰囲気を見て理解してくれたのだろう。

 

「何も聞いていないのか?」

「何って?」

 きょとんとする警官に、説明すべきか迷った。

(もしオザワが襲われたとしたら大事だ。でも……末端の警官が騒いでパニックにならないようにしてるのかも)

 思考をめぐらせる。新宿の支配者たちが何を考えるか、どういうシステムを敷いているか……いち警官にすぎないマッシュにわかるはずがない。

 

「いや、なんでもない。まずは署長に合わせてくれ」

 警官たちは「おう」と答えた。

 マッシュは不信に思われないように、できるだけ歩く速さを抑えながら地下道を進んでいく。

「署長のところに行くの?」

 緊張したようにミクミクが尋ねる。

「オザワに何かあったとき、最初に連絡を受けるのは署長のはずだ。私設警察たちが知らないってことは、署長が情報を止めてる……だったら、まずは署長に報告するべきだ」

 

 オザワは強力な悪魔を従えていると聞く。誰かに襲撃されたのではなく、その悪魔が暴れ出したのかもしれない。そうだとすれば、オザワは隠したがるだろう。

(たぶん、そうだ)

 オザワの飼っている悪魔が暴走し、暴れ出した。それを隠したまま、なにもなかったかのように処理したがっている……そう考えれば、誰も騒いでいないことに納得がいく。

(そのことを俺たちだけが気づいているなら、むしろチャンスだ。オザワは俺を黙らせるためにマッカを払うかもしれない。運が巡ってきてるかも……)

 

 新宿地下街の中央部、私設警察署にたどり着いた。あたりは静かで、なにも起きていないとことさらに主張しているかのように思えた。

「大丈夫ですか?」

 プリンが心配げに問いかけてくる。マッシュはすっかり落ち着いていた。

 

「平気だ。署長から褒美をもらえるかも知れない」

 マッシュは警察署の入り口に向かって、できるだけ自信満々に、扉を開いた。

 

 最初に目に入ったのは、赤い色だった。なぜなら、目に入るものすべてが赤だったからだ。

 

 部屋は赤く染まっていた。

 

 壁といわず、床といわず、見渡す限りの場所が、そこに生物が()()()()()証で埋め尽くされていた。不規則な血だまりが幾つも並び、怪奇な呪文を刻印しているかのようだった。

 血だけではない。肉片。砕けた骨。臓物。入口のすぐそばでは、()()()()()()()が壁に叩きつけられて頭蓋骨の右半分がつぶれ、ひしゃげた目玉がだらりとこぼれだしていた。

 別の一角には、焼け焦げた死体が無造作に転がっている。焼けただれた肌が不気味に変色し、体のどこかでくすぶった残り火が煙を部屋の中に広げていた。快いとはとても言えない、吐き気を催すにおいが、換気の悪い地下室に漂っている。

 

 死が空間を支配している。

「まだ残ってたか」

 

 その男は異様な姿をしていた。体と半ば一体化した甲冑を纏っている。鎧武者のようだ……だが、202X年に武者なんて、ばかげている。

 男は硫黄結晶のような危うい光をたたえた双眸でマッシュを見据えると、獲物を前にした狼の笑みを浮かべた。

 

「その腕の機械、お前は悪魔使いだな? すこしは歯ごたえがありそうだ」

 顔についた返り血を拭いながら、男が振り向く。濃密な魔力(生体マグネタイト)が、熱となて立ち上っている。

 

「あんたが……やったのか」

 逃げられない、と本能でわかった。背中を向けた瞬間に、のど元に喰らいつかれる確信があった。

「くだらないことを聞くな」

 一等警官を皆殺しにした張本人は、余裕を見せつけるように笑っていた。

 

「何者だ……」

「今度はまともな質問をしたな」

 マッシュには、その口が耳元まで裂けているように見えた。

混沌の主体者(カオスヒーロー)

 地獄の支配者となった悪魔たちと同じ色で、男の瞳がひときわ強く輝いた。

 

「こいつらは力で新宿を支配してきた。ハッ! 悪魔におびえる市民たちを従わせて、さぞかし楽しかっただろうな。だが、この連中よりも俺のほうが強かった。だったら、俺に殺されても文句は言えない。そうだろ?」

「全員が望んでやったわけじゃない。逆らったら何をされるかわからなかった……」

 マッシュの反論が、男の逆鱗に触れた。

 

「逆らう力がないなら同罪だ!」

 男の魔力が掌に集まり、(ゴウ)と炎へ変わった。熱気が部屋の中に一気に広がり、赤い血以上に赤い炎が天井を嘗める。

(俺は死ぬのか)

 恐怖がマッシュの体を駆け巡る。

(弱いからってだけで、死ななきゃいけないのか)

 目を閉じた。恐怖の主体から逃れようとする本能的な反射だった。

 

「祈るなよ。祈るやつは嫌いだ」

 カオスヒーローとやらがそうつぶやくのが聞こえた。

「一瞬で楽にしてやる」

 熱気が再び、部屋の中に広がっていった――

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