真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは…   作:五十貝ボタン

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1-07_WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント~

 脳裏に駆け巡る記憶。一瞬のうちに、マッシュはこれまでの旅を思い出していた。

 オザワに取り入り、新宿での地位を高めようと思ったこと。

 クロダの運転で、はじめて車に乗ったこと。

 ミクミクが勝手についてきたこと。

 聖プリンシパリティと出会い、彼女を連れて帰ると決めたこと。

 

 走馬灯のように再生(PLAY)された記憶が現代に追いついた。

 目の前には熱気をほとばしらせる男が立っていた。手のひらには赤い炎が宿っている。硫黄結晶のようにギラギラした瞳がマッシュを見ている。抑えきれない怒りと破壊衝動がたぎっていた。

(弱いやつは死ぬしかない)

 それはこの新宿において、不変のルールだった。そして新宿を出て目にした東京でも同じ。いやむしろ、さらに過酷だった。

 

(死にたくない。でも……)

 アームターミナルのデータが、男の力量を示している。体内にため込んだ魔力(生体マグネタイト)の量が、マッシュが従えている悪魔たちとは段違いだ。死力を尽くして戦っても、勝つ見込みはない。

(受け入れるしかない)

 一瞬だ、と男は言った。苦しみながら死ぬよりも、地獄のようなこの世界から去れるのなら、そう悪くないかも知れない――

 

 そうおもったとき。

 

「やめて!」

 開きっぱなしになっていた背後の扉から、小柄な影が飛び出してきた。

 お団子頭にぶかぶかのパーカー姿。ミクミクだ。

「なんだか知らないけど、もう十分でしょ!」

 あろうことか、ミクミクは両腕を広げてカオスヒーローとやらの前に立ちはだかっていた。マッシュよりもちいさな体で、幼なじみをかばっている。

 

「へえ」

 それまで怒りに満ちていたカオスヒーローの表情に、別の色が混じった。興味か、驚きか。それとも……哀れみか。

 鎧武者のような兜の奥で、その瞳が光る。一歩、二歩、とミクミクへの距離を詰めていく。熱気は収まっていた。

 

「な、何よ」

 少女は精一杯に虚勢を張るが……力の差は明らかだ。この男が腕一本振るっただけで、細い体をバラバラにされてしまう。それでも、ミクミクは男に向きあっていた。

 勇気というよりも、意地に近い。飛び出してしまった以上、逃げるわけにはいかなかった。

 カオスヒーローがミクミクの瞳をのぞき込んだ。紫水晶のような輝きを見つめてから、面白がるように目元をゆがめた。

 

「お前は、悪魔との混血(ハーフ)だな」

「っ……!?」

 ミクミクが驚きに身をすくませたのがわかった。

「俺は自分から悪魔になったが、そうか。生まれつきとはな」

「どっ……どうでもいいでしょ」

 ミクミクの声はわずかに震えていた。マッシュはその細い肩に手を置いて、再び自分が前に出た。

 

「そうだ、関係ない。ミクミクは人間として生きているんだ。悪魔じゃない」

「それは考え方次第だろう」

 カオスヒーローは肩をすくめた。

「どっちにしろ、俺の興味は強いか弱いかだけだ」

 その顔からは、先ほどまでみなぎっていた怒りが消え失せている。

 

「弱いやつは殺すんだろう?」

「俺の気が向いたらな。だが、そんな気分じゃなくなった」

 カオスヒーローの言葉は、そのまま気分次第で好きなときに殺せる、と言っているのと同じだった。

「お前たちはここで利権をむさぼっていた連中とは違うようだ。これからもっと強くなるかも知れない」

 血まみれの室内をぐるっと指さしてから、悪魔人間は歩き出した。マッシュたちを迂回して、出口に向かっていく。

 

「次に会ったときに今より強くなってなかったら、そのときは殺してやるよ」

「……待て!」

 余裕の足取りで部屋を出ようとする男に、マッシュは声をかけた。ギラリと、硫黄結晶のごとき輝きがマッシュに向けられる。

 

「オザワに何があったか知ってるのか?」

 オザワが住むビルでの爆発。それと、この男が無関係とは思えなかった。たった今、オザワの腹心を殺したのだから。

「オザワは死んだ」

 マッシュにもなかば答えはわかっていた。この男がどこから来たのかはわからない。だが、何をしに来たのかは、肌でわかっていた。

 新宿に混沌(カオス)をもたらしに来たのだ。 

 

「俺たちが殺した」

「俺たち?」

 ミクミクが問い返すと、カオスヒーローはわずかに、さびしげに笑った。

「仲間がいた」

 その仲間がどうなったのか、聞くことはできなかった。カオスヒーローは背中を向けて、扉をくぐった。

 耳をそばだてていたプリンを一瞥したが、たいした興味は示さなかったようだ。

 

「オザワが死んだ今、この街を守るものはない」

 最後に振り返り、いかにも面白そうに男は笑った。

「悪魔が新宿にやってくるぞ。せいぜい生き延びることだな」

 

 

▷▷

 

 

 新宿地下街、西口――

 

 ふたりの警官が並んで立っている。

 どちらも二十代半ばといったところだろう。つぎはぎされた警官の制服に身を包んでいる。同じ制服がもう手に入らないので、他の警官の「お下がり」を直しながら使っているのだ。

 言うまでもないが、誰かに制服が譲られるのは制服を着る警官がひとりいなくなったときだ。つまり、一人警官が死ぬと、その警官が使っていた制服を着る警官が一人補充される。

 この制服の数が私設警察の人数の上限を決めていた。

 

「ヒマだな」

「いつものことだろ」

 文句がましく、警官たちが話している。もう二時間以上も立ちっぱなしなのだ。

 新宿と外部の監視は、二等警官の役目だ。交代制で、新宿の外から勝手に入ってくるものがいないか見張っているのだ。もちろん、内側から出ていくものも。

 とはいえ、新宿がオザワによって守られていることはよく知られている。鬼神タケミナカタという強力な悪魔がオザワと契約し、新宿全体に一種の結界を張っているのだ。

 だから、ほとんどの悪魔は新宿に近寄りもしない。ときどき近づいてくる悪魔がいても、オザワとタケミナカタの名前を出すだけで震え上がって逃げていく。

 

「さっきから気になってたんだけど……それ、ベレッタか?」

「おっ、そうなんだよ。見ろよ。ピカピカだろ」

 一方の警官が腰に着けていた拳銃を取り出し、掲げてみせる。陽光を受けて、磨かれた表面がぴかぴかと輝いていた。

 新宿の内部を警邏する三等警官とは違い、二等警官には銃の携行が許可されていた。

 といっても、私設警察が銃を用意してくれるわけではない。ほとんどの警官は死んだ警官が使っていたものを引き継ぐか、もしくはなけなしの給料で、どこかから流通してくる銃を手に入れるのだった。

 そのほとんどは、大破壊前の警察が使っていたというニューナンブM60だ。警官が見せつけているのは、それより高値で取引されているベレッタ92である。

 

「偶然、ジャンク屋に流れてきたみたいでな」

「おまえ、そんなにため込んでたのか?」

「ばーか、ローンだよ。おかげでこの先、半年はカツカツだよ」

「それじゃ、俺たちが見張ってるときに金持ちが来たら、そいつで脅してカネをせしめてやろうぜ。通行料つってな」

「お、いいねえ。オザワ様に上納するマッカがちょっとくらい俺たちの懐に入ったってわかりゃしねえよな」

 

「ねえっ」

 警官たちが話しているところに、不意に人影が現れた。いや、人ではない。悪魔だ。

 血の通わない白い肌。長い髪は風に揺られてぼうぼうとたなびき、極度に裾の短い、体型を強調した(ボディコンシャスな)服。

 幽鬼マンイーターである。

 

「うおっ。なんだ?」

「君たち、美味しそうね。お姉さんたちと遊ばない?」

 見れば、マンイーターの後ろにはぞろぞろと同じようなボディコン姿の悪魔が続いている。

「おい、近づくな。新宿は悪魔立ち入り禁止だ」

 もとは人間だったからだろうか。マンイーターは人間の言葉が通じるようだ。

 

「あら、遅れてるのね」

 マンイーターたちは顔を見合わせて笑い合った。

「遅れてる?」

「オザワはもういないのよ」

 最初に声をかけた悪魔が、警官の一人を抱きしめた。有無を言わさず唇を重ねる。

 

「むぐっ!?」

 悪魔のキスにとろけるような愉悦を味わったのもつかの間、警官の体内からみるみる生命力が吸い出されていく。男はジタバタともがくが、女悪魔の筋力がそれを押さえつけていた。

 男の体が空気の抜けた風船のようにしぼんでいく。骨と皮だけになった姿で、地面に崩れ落ちた。

「おいしそう。私が目玉をもらうわ!」

「ずるい! それじゃあ私が心臓よ!」

「ねえ、二つぶら下がってるのを分け合わない?」

 男の体に、悪魔たちが群がっていく。そして鋭い歯を覗かせ、ガツガツと食いついていく。

 

「や、やめろ! お前ら、新宿私設警察に逆らったらどうなるかわかってんのか!?」

 残った警官は銃を抜いた。新品のベレッタが「ぱんっ」と乾いた音を立てて、9mm弾が発射される。

 だが、もとより死体であるマンイーターの腹に弾痕を作っただけだ。人間と違って出血もしない。傷つく内臓もない。

「あら……」

 悪魔の、生気のない暗い瞳が男を見据える。

 

「ひっ……」

 警官には、悪魔と戦った経験などない。当たり前だ。私設警察はオザワに守られている。オザワの権力を使って、市民をいたぶることが彼らの仕事なのだ。

 男はパニックに陥り、無我夢中で引き金を引いた。カチカチという音を聞いてはじめて、弾切れに気づいた。

 だが悪魔は平然とそれを受け止めていた。銃弾で死体は殺せない。

 

「おイタが過ぎると……お仕置きしちゃうわよ♡」

 弾痕だらけの悪魔が鋭い牙をむき出して笑った。

 

 10分以内に応援の警官が駆けつけたが、すでにバリケードは突破され、二等警官の乾いた死体が転がっていた。

 新宿地下街に、悪魔がなだれ込んでいく。

 

 

▷▷

 

 

 新宿地下街東部。メシア教会前――

 

「悪魔が地下街に! どうして!?」

「私設警察は何をしてるんだ!」

 悲鳴と怒号が入り交じって、低い天井に反響している。新宿市民は逃げ惑い、その後を悪魔たちが追い回していた。飢えを満たそうとする幽鬼、面白がってふざける妖精。生け贄として血肉を求める堕天使もいた。

 

「待ちなさい!」

 悪魔たちの前に立ちはだかるものがあった。メシア教のシンボルが描かれた旗を掲げた偉丈夫。メイガスのアクター神父である。

「新宿への立ち入りは禁じられているはず。なぜ地下街で人を襲うのか」

 神父の問いかけに、悪魔たちは笑った。そして、再び人間たちへ襲いかかろうとする。

 

「やはり話は通じないか……。ならば!」

 神父が懐からロザリオを取り出す。メシア教会の聖なる水で清められた十字から、破魔の力が光となって発せられた。

「いやぁ! もっと踊りたいのに!」

 口元を真っ赤な血で染めた幽鬼マンイーターたちが、悲鳴を上げながら崩れていく。

 

「神父さま、いったい何が……」

 悪魔に襲われた市民は血を流している。そのにおいに惹かれて、ますます悪魔たちが集まってくるだろう。

「今のうちに教会の中へ。手当を受けてください。ここはメシア教会が守ります」

 修道士(ネオファイト)たちが市民を教会の中へ誘導している。アクター神父は傷ついた男を抱き起こし、彼らにその身を預けた。

 

「神父様、悪魔がどんどん増えていきます」

「ここを突破されるわけにはいかない。全力で守りなさい!」

 力を失ったロザリオの代わりに、聖水を振りまく。悪魔を払いのける役には立つが、高位の堕天使には通じない。

「血に飢えた悪魔どもよ、この先に進めると思うな!」

 神父の掲げた旗から、衝撃(ザンマ)が噴き出す。フリスビーのように吹っ飛ばされた堕天使が分厚い壁に激突し、マグネタイトとなって崩れ落ちた。

 

 神父を筆頭に、メシア教徒たちは教会に市民をかくまい、よく戦っていた。だが、なだれ込んでくる悪魔の数にはキリがない。一方で、教会が持つ聖水やロザリオには限りがある。

(オザワに何かあったのか……)

 街を守っているはずの力が失われたとしか考えられない。突然の襲撃に、教会は準備ができていなかった。

 どれだけ戦えばいいのか、思いをめぐらせたとき……

 

「神父様、後ろ!」

「なにっ……!」

 反射的に身をかがめた瞬間、背中に熱い痛みが走った。斬りつけてきたのは、アクター神父が小柄に見えるほどのおおきな悪魔……古代の鎧に身を包んだ妖鬼モムノフだ。

「なぜ後ろから……!」

 東口から突入してくる悪魔たちと戦っていたはずだ。その背後を突かれたということは、西口からやってきたのか……いや、それはさすがに早すぎる。

 

「まさか、新宿の中からも……?」

 いぶかるうちに、妖鬼が剣を振り上げた。悪魔の言葉でなにかを叫んでいる。

「まずい!」

 考えているうちに反応が遅れた。飛びすさろうとするが、痛みで引きつる体が言うことを聞かない。

 アクター神父の血をまとわりつかせた剣が振り下ろされようとしたとき……

 

《ジオンガだぜーっ》

 電撃がほとばしった。大柄なモムノフの背中に直撃し、しびれた悪魔の背筋をがつ、と硬いもので叩く音がした。

 マグネタイトとなって崩れ落ちる悪魔の背後に、見慣れた制服姿があった。

「アクター神父!」

「マッシュくん」

 若き警官がアームターミナルを操作すると、彼が従える悪魔たちが威嚇の声を上げた。地霊ブッカブーと妖鬼ボーグルだ。この悪魔を使って、モムノフを撃退したらしい。

 

「君が助けてくれなければやられていた。ありがとう」

「助け合わないとまずい状況です。アクター神父に会わせたい人がいて」

 マッシュに遅れて、ふたりの少女がやってきた。一方は見覚えがある。ディスコのウェイトレスであるミクミクだ。もう一方は……

「あなたは、まさか……!」

 金と黒、ツートンの髪を持った少女はマッシュの横を駆け抜け、アクター神父の背に触れた。

 

「すぐに癒やします」

 少女の手からあたたかい光があふれた。見る間に、モムノフに斬りつけられた背中の傷が塞がっていく。

「この癒やしの力。(サン)プリンシパリティ様とお見受けしました」

「はい。アクター神父、ようやくお会いできました」

 少女が微笑むと、その周囲まで清らかになったように思えた。危機的な状況に、まさに光明が差し込んできたようだった。

 

「教会のネオファイトたちを迎えに送ったはずですが……」

「彼らは……合流地点で悪魔に襲われ、そのまま」

「そうでしたか」

 聖女護衛のために送り出した修道士たちひとりひとりの顔を思い浮かべて、アクター神父は略式の祈りをささげた。

 

「代わりに、俺が彼女をここまで」

「感謝します。教会のために素晴らしいことをしてくれました。これが片付いたら、君をテンプルナイトに推薦しますよ」

「い、いや……」

 なぜかマッシュは気まずそうだった。地下街の警邏担当のはずのマッシュがなぜ外にいたのか……ということを神父は察さないでもなかったが、それを議論している場合ではない。

 

「それより、伝えることがあります」

 マッシュは悪魔に命じて戦わせながら、アクター神父にささやくように声を低めた。

「オザワが死にました」

「やはり……そうでしたか」

 意外なことではなかった。悪魔たちが新宿に侵入してきた理由を考えれば、当然の帰結とさえいえる。

 

「オザワがいなくなったから悪魔たちが新宿に入ってくるのはわかるけど。どうしてこんなにいっぺんに襲いかかってくるの!」

 ミクミクはなかば怒りで我を失っているようだった。この地下街で育った子だ。故郷を荒らされて怒るのは当然だろう。

「長らく禁止されていたことが解禁になったのです。お祭り騒ぎみたいなものでしょう」

 旗を掲げ続ける。地下は見通しがきかないが、それでもこの旗を目印に人々が集まってくるはずだ。

 

「お祭りって。人を殺すのが?」

「悪魔にとってはな」

 マッシュの口調は冷めたものだった。悪魔召喚士として、短い時間で悪魔のことを理解しはじめているのだろう。

「だとしたら……この状況は長くても一晩でしょう」

 神父の内心には確信があった。

 

「悪魔たちは一種の狂乱状態に陥っています。満月の夜には、似たようなことが起きます。ですが、今は勢いに任せて盛り上がっているだけ。流行、ノリ、バイブス……に身を任せている状態です」

「そのうちに収まるはず……ということですか?」

 聖女の問いかけに、アクター神父は大きく頷いた。

「新宿を攻めるのがたやすいことではないとわかれば、秩序が回復するはずです。それまで、東口は必ず私たち、メシア教会が守ります」

「でも、新宿にはもうひとつ入り口が」

 プリンが不安げに後ろを振り返った。新宿地下街のもう一つの入り口……西口のほうを。東口が突破された以上、そっちは警察隊が持ちこたえてくれていると期待するのは難しいだろう。

 

「問題ないでしょう」

 アクター神父は冷静に答えた。

「ガイア教団が守るはずです」

「ガイア教を信用するのですか?」

 聖女の表情には驚きとためらいがあった。異教徒への不信を教育されてきたのだ。当然の反応だろう。

 

「この街で私たちとガイア教団は同居してきました。直に対面し、幾度も言葉を交わして、彼らのことを少しは知っているつもりです。法と秩序に背を向け、力と混沌を奉ずる者たち……」

「彼らの自分たちが助けるためにこの街を捨てて逃げるかもしれません」

「そんなことない」

 プリンをさえぎるように、ミクミクが強い調子で答えた。

 

「ガイア教団は自由のために戦ってる。自由って、自分の決めた通りに生きるってことでしょ。教団はこの街で生きてくって決めたんだ。なのに、この街で一緒に生きてる仲間を見捨てるわけがない」

 神父はミクミクの言葉に耳を傾けていた。5年前、行く当てのなくなった彼女をメシア教会は受け入れることができなかった。ミクミクに悪魔の血が流れていたからだ。ほんとうは彼女を柔らかい毛布で受け止め、聖水を額に垂らしてあげたかった。だがそうすれば、彼女を苦しませてしまう。

 みなしごだった彼女を引き取り、育てたのはガイア教団だ。メシア教の外に、それを補う勢力があることに神父は奇妙な安心を覚えていた。

 

 メシア教に救われぬものにはガイア教があり、ガイア教に馴染めないものにはメシア教がある。

 東京の覇権を巡って争う二つの勢力だったが、この新宿でだけは、そうした奇妙な共存関係が成立していた。

 

「でも……」

「聖女様、ここでは私の指示に従ってください」

 まだ納得しきれていないプリンの前で指を立て、アクター神父は告げた。

「東口はメシア教が、西口はガイア教が守ります。そう信じるしかありません。教会だけでは、両方を守り切ることはできません」

「……わかりました」

 渋々ながら、プリンは神父の言葉を受け入れた。

 

「とにかく、一晩耐えればいい。この悪魔たちは誰かが指揮してるわけじゃないんだ。追い返してやればいいだけさ」

 マッシュはターミナルが表示するデータを確かめながらつぶやく。

 悪魔たちの行動はバラバラだ。作戦や戦略のようなものは見られない。それだけに予測がつきにくいが、互いをかばい合って戦うメシア教徒たちのほうが、いくらか優勢だろう。

 

「新宿を、人々を守るのです!」

 アクター神父が信徒を鼓舞する。神父が立って戦っているうちは、彼らの士気もくじけない。

「けがをした方は、私が癒やします。皆さん、命を大事にしてください」

 メシア教の聖女がともにいるとなればなおさらだ。

 東口の悪魔たちは今や押し返され、地下街への侵入を拒まれている。

 

(この調子なら問題ない。だが……)

 神父の内心には、いまだ払拭されない疑問が渦巻いていた。

(あの妖鬼は新宿の内側から現れた。一体誰が?)

 

 

▷▷

 

 

「なるほど、おもったよりやるな」

 その声は、通路中央から聞こえた。

 マッシュにとっては、よく知った声だった。

 

「DJ……」

 剃り上げられたスキンヘッド。痩せ細った身体を支えるために杖をついている。

 マッシュの兄弟子にして新宿地下街の主任技術者。地下サーバーの管理者であるDJだ。

 

「DJ、外に出られたの!?」

 ミクミクの表情がぱっと明るくなった。戦いのさなかであっても、五年ぶりに幼なじみと出会えたのだ。喜びもひとしおだろう。

 駆け寄ってくる少女に、DJはこけた頬にしわを刻むように笑いかけた。

 

「オザワや署長がいなくなったから、もう俺を拘束する命令は無効だ。無罪放免だよ」

「でも……どうやって拘束を外したんだ? 誰かが助けてくれたのか?」

 鎖に繋がれていたDJが、自力で脱出することなど不可能に思える。ましてや、長年の拘束により、彼の足は杖がなければ歩くことも困難なほどなのだ。

 

「実は、な。外そうと思えばいつでも外すことができた」

「そ……そうなの?」

「俺にはテクラが残したあのサーバーがあった。わかるだろ、マッシュ。あの中には悪魔召喚プログラムも搭載されている」

 低くかすれた声。杖でコンコンと床を叩き、地下サーバーを示す。

 

「悪魔を呼び出して、鎖を外させたのか」

「そう。署長に監視されている間はできなかった……呼びだした瞬間に撃たれていただろうからな」

 ふらつくDJを、マッシュが支える。やはり足の力は戻っていないようだ。

「マッシュ、お前もわかるだろ。悪魔の力は偉大だ」

「……知ってたのか」

「サーバーに誰かが接続したら、プログラムをコピーするように設定しておいた。俺以外でアクセスするのはお前だけだからな。助けになりたかった」

「助け?」

 

 DJはマッシュの肩を支えに、疲労感を抑えるように大きく息を吐いた。

「ほんとうなら、もっとゆっくりやるつもりだった……。お前に悪魔召喚プログラムを渡し、強くなってくれるまで待つつもりだった。でも、まさかふらっと現れたよそ者がオザワを殺してしまうなんてな」

「誰がオザワをやったのか、知ってるのか?」

「ああ。新宿の監視カメラは俺の支配下にある。でも、誰がやったかは問題じゃない。問題なのは……」

 DJがさらりと腕をなでる。そこには、小型化されたCOMP(アームターミナル)がある。無線通信で、もっと大きな本体に入力をおこなうためのものだろう。

 

「問題なのは、誰がオザワに成り代わるかだ」

「オザワみたいになるつもりなの?」

 驚いたように、ミクミクが聞き返した。

「オザワは悪魔との契約で街を守っていた。俺も同じようにする。この新宿には、ターミナルシステムのサーバーがあるんだ。その中身を知っているのは俺たちだけだ。あれを使えばどんな悪魔でも使役することができる。だったら、マッシュ……俺とお前で、新宿を支配すべきだ。そうは思わないか?」

 

 マッシュはじっとDJの顔を見た。痩せた男の眼光には、欲望と怒りが渦巻いていた。今まで閉じ込められてきたこと。その復讐の相手が突然いなくなってしまったこと。そのフラストレーションを、支配欲に変えようとしているに違いない。

 兄弟同然に育ってきた相手だ。彼のことはよく知っている。そして、DJもマッシュのことをよく知っている……つもりだろう。

 なのに、彼と同じものを欲しいとは、マッシュは思えなかった。

 

(DJも、新宿から出たことがない……)

 たった一晩の経験の違いだ。

(新宿にずっといるより、もっと広い世界を見てみたい)

 マッシュは知ってしまった。空の青さを。星の瞬きを。文明のかけらが東京のあちこちに眠っていることを。

 マッシュの心は、いまや新宿への執着を失っていた。いちど巣を旅立った小鳥が、もう二度と親鳥の巣には戻ってこないのに似ていた。

 

「オザワがいなくなって、みんなが混乱してる。俺も……みんなを守れるのはDJしかいないと思う」

「たしかに! オザワの手下も、警察官も役立たずばっかりだし。あっ、もちろんマッシュは別だけど」

 ミクミクは軟禁されていたDJが自由になったことを誰よりも喜んでいるようだ。

「ねえDJ、悪魔と交渉できるんでしょ。あいつらに帰るように言ってあげて」

「だめだ」

 かすれた声で、DJが答えた。

 

「もっと苦しませる必要がある。悪魔の脅威を、身にしみて理解させないと」

「なに言ってるの、このままじゃ、誰か死んじゃうよ!」

「もう何人も死んでるよ。でも、必要なことなんだ。誰かがいなくなって、残ったものが強くなる……」

 DJの節くれ立った手が、ミクミクの頬に添えられる。妹に言い聞かせる口調だ。

「わかるだろう、ミクミク。俺たちと同じだ」

「っ……やめて、そんな言い方!」

 

 ぞっとしたものを感じて、ミクミクは思わずその手を払いのけた。DJは数歩たたらをふみ、杖をついて体勢を整える。

「テクラがいなくなって、俺たちの絆は強まったんだ。俺がお前たちを守っていた……この街も同じだ。オザワがいなくなって、たくさんの血が流れる。そこに俺たちが現れて、みんなを守ってやるんだ。じゃないと、絆が生まれない」

「やめてくれ、DJ。そんなことをしなくても、受け入れてもらえる」

「マッシュ、お前は子供だからまだわからないだけだ。メシア教会やガイア教団は必ず増長する。最初に誰がいちばん強いかをわからせてやる必要があるんだ。オザワはそうしてた。だからうまくいってたんだ」

「うまくいかなかった。けっきょく、どこかからもっと強いやつが現れて奪っていくだけだ」

「俺は誰よりプログラムを理解している。俺はもっとうまくやれる!」

 DJがCOMPを叩くように操作した。マグネタイトの赤い光が、大きな悪魔の形を作っていく。

 

「急なことで混乱してるのはわかるよ、マッシュ。でも、俺は今までずっと準備してきたんだ。必ず俺の言うとおりになる。お前たちにも、誰が群れのアルファ(リーダー)なのかを教えてやる」

 DJの隣に、硫黄のにおいをまとった獣が現れた。白い毛並み。燃えさかるような赤い瞳。鋭い爪が、タイルにあっさりと食い込んで深い傷をつけた。

 

「魔獣ケルベロス」

 DJが悪魔の首筋を叩いた。目に宿る怒りは憎悪となって、マッシュを見据えていた。

「殺すなよ。足を食いちぎってやれ」

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