真・女神転生▷《プレイ》世界が終わるまでは…   作:五十貝ボタン

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1-08_揺れる想い

「だめだ、DJ!」

 兄同然の幼なじみが悪魔を呼びだした時、マッシュの脳裏に浮かんだのは、まず何よりも、止めなければ、という思いだった。

(悪魔召喚プログラムには召喚者を守る機能がない。自分より強い悪魔を呼びだしたら、殺される!)

 DJが召喚した悪魔はすでにマグネタイトから実体を持ち始めている。ひときわ大きな体躯と、発せられる熱量からして、新宿でいま暴れている悪魔たちなど比較にもならないような強大な悪魔に違いない。

 対して、DJは杖がなければ歩けないような状態だ。技術者としての腕はマッシュ以上だろうが、プログラミングの腕前を悪魔が頓着してくれるわけではない。

 

「このために準備をしてきたんだ」

 DJは頭蓋骨の形が浮かぶような顔に笑みを浮かべてみせた。プログラムの実行はキャンセルされない。陽炎を身にまとった魔犬ケルベロスが姿を表した。

《ダレダ オレサマヲ ヨビダシタノハ……》

 イヤホンを通じて、悪魔の叫びが伝わってくる。魔獣は赤い瞳で周囲をぐるりと見回した。新宿東口を巡って争っていた悪魔たちやメシア教徒も、その圧倒的な存在感を目にして動きを止めている。

 

《キサマカ!》

「そうだ」

 DJは堂々と答えた。あたまから丸呑みにされそうな獣の偉容を前にしても、たじろぐ様子さえない。

《オレサマ ヨワイヤツニハ シタガワナイ!》

 ケルベロスがあぎとを開く。真っ赤な熱気がその中からあふれ、逆巻く炎となってこぼれだしていく……

 

「やめろ!」

 マッシュは兄弟子を守るため、警棒を抜いて魔獣に殴りかかった。だが、腹部を守る獣毛は鋼のように硬く、まともな手応えさえ感じられない。

 (カッ)と炎がひらめいた。DJの全身が赤い炎に包まれる。冥界の炎は、痩せぎすの男の体など、一瞬で灰に変えてしまうだろう……

 と、思ったその直後。

 

「無駄だ、ケルベロス」

 炎がはれると、その中から平然とした顔のDJが現れた。

「俺が契約主だ。俺に傷はつけられない」

「えっ……ど、どうなってるの?」

 マッシュの後ろに隠れていたミクミクが目を白黒させる。

 

(悪魔召喚プログラムは、契約の儀式をコンピュータ上で実行する。でも、そのために儀式の一部を省略している……たとえば、昔は召喚者の身を守る魔方陣を書くとかして、悪魔に襲われないようにしていたらしいけど。プログラムだけじゃそんなことはできないから、自分より強い悪魔を召喚しないのが原則だ)

《グル……》

 ケルベロスも、炎の中からけろりとした顔で現れた人間に戸惑っているようだ。

「DJは魔方陣を書いたのか? 悪魔に襲われないように」

「そうだ。さすがマッシュ、よくわかってるな」

 なぞなぞの答えを明かすような表情で、DJは大きく頷いた。

 

「新宿の地下には俺が管理しているサーバーがある。そして、ケーブル網が新宿中に張りめぐらされている。長年の保守作業をしながらケーブルにプログラムを走らせ、古めかしい魔方陣を再現した。その効力は、新宿地下街全体に及んでいる」

 DJが自分の腕に取り付けた小型ターミナルを示した。五芒星がチカチカと点滅しながら浮かんでいる。

「つまり……どういうこと?」

 ミクミクが大きく首をかしげている。彼女は、テクラの庇護下にはいたが、プログラムも魔術儀式も学んでいないのだ。

 

「新宿にいる限り、DJは悪魔によって傷つけられることがない」

「だから強い悪魔をいくらでも呼び出せる。そして、みんな俺の言うことを聞くしかないわけだ」

 冷徹に、DJの目がマッシュを射すくめた。

(そういうことか……)

 兄弟子であり、幼なじみであるこの男が考えていることを、マッシュはようやく理解した。

 

 DJはサーバーの管理権を持っている。そして、ターミナル以上のスーパーコンピュータのパワーを使って、自由に悪魔を呼びだすことができる。そのうえ、自分だけは安全なようにプログラムを作り替えることにも成功した。

 だが、脅威がひとつある。マッシュだ。

 マッシュはDJと同じように、サーバーの管理権を与えられている。そして、プログラムにアクセスし、内容を書き換えることもできる。

 つまり、DJにとっては、今やメシア教会やガイア教団以上に、マッシュの存在が脅威なのだ。

 

「俺を殺すつもりなのか?」

「俺たちは兄弟みたいなものだろ。殺すなんてことはできないよ。でも、清算する必要がある」

「清算……?」

「俺が牢に繋がれ、お前が自由を謳歌していた五年のぶん。対等な関係に戻るために、今度はお前に不自由を味わわせないと」

 DJの瞳に宿る色は憎悪だった。鎖に繋がれ、孤独にさいなまれている間、その怒りは牢に繋いだオザワや署長ではなく、同じ立場でありながら牢の外にいたマッシュに向けられていたのか。

 

「やれ、ケルベロス!」

《アオーン!》

 悪魔が身を躍らせる。攻撃が通用しないDJを、召喚者として認めてしまったらしい。

「っ……」

 巨体が猛烈な勢いで突進してくる。判断は一瞬でおこなわなければならなかった。

 警棒で防御。無理だ。魔獣の爪は合金の警棒などやすやすとへし折ってしまうだろう。悪魔を使って突進を受け止める……これも無理だ。ジャックランタンもボーグルも、ケルベロスの強さにとてもかなわない。

 

 床に転がって攻撃をかわす……これしかないように思われる。だが、マッシュの背後には、未だに状況が飲み込みきれず、混乱した様子のミクミクがいた。

 マッシュが身をかわせば、悪魔の突撃は少女が代わりに受け止めることになる。それだけはできない。

(DJは、俺を殺すつもりはないらしい……)

 加速する思考のなかで、そんな打算があたまをかすめた。

(いいさ、手足がなくなるくらい。ミクミクがいなくなるよりましだ)

 両腕で頭をかばう。魔獣の爪が骨まで引き裂くだろう。それでいいと思えた。いま新宿でもっとも強いものがあ、これからどうなるのかを決めればいい。今までとそう大きくは変わらない。また、弱者なりの役割が与えられるはずだ……

 

 覚悟を決めて目を閉じた。だが、不意に横からの衝撃でマッシュは床に突き飛ばされた。

「ぐっ……!」

 白い装束が見えた。それが、どっと赤く染まっていく。

「……アクター神父!」

 マッシュの眼前に、メシア教のメイガスが立ちはだかっていた。神父はマッシュを突き飛ばし、代わりにケルベロスの突進を受け止め、その牙によって左肩の肉を食いちぎられていた。

 

「悪魔よ去れ!」

 神父が最後のロザリオを掲げた。白い光はケルベロスを消し去りはしなかったが、たじろがせることはできた。

《マズイ!》

 神父の肩からえぐり取った血と肉を吐き出し、ケルベロスは新宿地下街の入り組んだ廊下を駆けだしていった。

「ちっ、まだ命令に従わないか……」

 逃げ出した悪魔へ毒づき、DJはその後を追う。

 

「アクター神父!」

 マッシュは神父に駆け寄る。まだ息があることを確かめ、

「誰か来てくれ! 神父様をプリンシパリティのところへ!」

 教会の裏手で起きていた戦いを察して、ネオファイトたちが集まってくる。メシア教会に運べば、まだ命は助かるかも知れない。

 

「あ……っ……」

 ミクミクは立ち尽くしていた。マッシュが教会へ向かう。DJの背中が見えなくなりそうだ。

 長い逡巡があった。五年をともに過ごしたマッシュと、五年会うことができなかったDJ。悪魔に対し、マッシュと自分を襲うように命じたDJは恐ろしかった。

(でも……)

 彼の心中で何が起きたのか、少女にははかり知れない。五年という時間は、あまりにも長すぎた。

(でも、DJは独りなんだ)

 どんなに寂しく、怖く、悲しかっただろう。ほんのわずかの同情が、ミクミクの心の天秤をDJへと傾かせた。

 

「わかってる」

 マッシュは短く答えた。DJのほうが強いのだから。ミクミクにとっては、彼といるほうが安全だ。だったら、それを止めることなどできるわけがない。

「DJに悪魔を止められないか、言ってみる」

 そして、ミクミクは駆けだした。

 

 マッシュはその背中を一度だけ見つめてから、担架を運んでくるネオファイトたちを守るよう、仲魔に命じる。

「神父様を教会の中へ。東口の門じゃなくて、教会を拠点にして戦うんだ!」

 悪魔との戦線がわずかに下がることになる。被害は拡大するだろう。

(ミクミクがDJを説得してくれることを祈るしかない)

 

 

▷▷

 

 

「神父様!」

 装束を血で染めたアクター神父が担ぎ込まれてきたのを見て、プリンが悲鳴を上げた。

 すでに、メシア教会の中にはけが人が運び込まれている。聖女はその負傷が深刻な順に治癒の力で癒やしていた。

 悪魔との戦いで傷ついたネオファイトたちや、突然の襲撃で傷を負った市民にとって、メシア教の聖女の力はまさに奇跡だった。手をかざすだけで傷が癒やされていくのだ。

 普段は排他的な新宿の住民も、この状況にあってはプリンを受け入れ、どころか崇めはじめていた。

 

「いったい、何が?」

 青ざめた表情で神父のけがを確かめるプリンに、マッシュは目を伏せながら答えた。

「悪魔を呼びだして、戦わせているやつがいる。そいつが呼びだした悪魔から、俺をかばって……」

「その悪魔は……」

「まだ新宿にいる」

 聖女は愕然としたあとに、すぐに表情を引き締めた。アクター神父がこの状態では、自分がしっかりしなければ。

 

「治せるか?」

「やってみる」

 プリンは額の汗を拭い、両手をあわせた。アクター神父のえぐれた肩に手をかざし、祈祷をつぶやく。

「主は常にあなたを導き、焼け付く地であなたの渇きを癒やし、骨に力を与えてくださる。あなたは潤されたその、水の涸れない泉となる」

 マッシュにはその祈念の意味はわからなかったが、プリンの手から強い光があふれ出し、見る間に出血が止まっていく。その力は、彼女自身の体内からあふれ出しているように思えた。

 

(祈ることで魔力や集中力が高まるのか。俺がプログラムを打っているときに我を忘れるのと同じだ)

 マッシュはメシア教の洗礼も受けていないし、ミクミクのようなガイア教の修行もしていない。だが、プリンのこの(わざ)を見れば、信仰心がもたらす力を認めないわけにはいかなかった。

「……くっ」

 魔力を限界まで使ったのだろう。プリンの体が大きく傾いた。

 マッシュはとっさにその体を支えた。発熱しているかのようだ。二色の髪が汗でうなじに張り付いていた。

 

「なんということだ……」

 アクター神父が、低くうなるようにつぶやいた。傷が癒やされて、意識を取り戻したようだ。

「神父様、しっかりしてください」

「あの……悪魔が、新宿を……」

 のぞき込むプリンが見えていないかのように、神父の目は虚空をにらみつけていた。

 

「教会を……守らなければ」

「神父様」

 戦いが続いている。ネオファイトたちは教会の入り口にバリケードを急造して悪魔を食い止めている。だが、東口を守ることはできなくなった。新宿の外からなだれ込んでくる幽鬼や死霊が、徐々に地下街に広がっていく。

 私設警察はカオスヒーローによって壊滅状態。中心部にはケルベロスがうろついている。

 

「聖女様」

 震える手がプリンの細い手を握る。血の気が失われた手のひらは冷たい。

「もはや私は助かりません」

「そんなことは……っ!」

 プリンが悲鳴じみた声を上げる。だが、マッシュにはわかっていた。出血が多すぎる。それでも、普段の状況なら……メシア教の施設で時間をかけて治療することもできただろう。だが、今の状況ではとても無理だ。

 

「秘儀を……使う……」

 アクター神父の目配せを感じ取り、ニオファイトが周囲を取り囲んだ。それぞれの手に祭具らしきものを持っている。

「駄目です、そんなことをしては、神父様の命が……!」

 プリンがすがりつくようにアクター神父の手を握る。だが、返事の代わりに神父は聖句を唱え始めた。

 神父の詠唱を、ニオファイトたちが繰り返す。異様な雰囲気がメシア教会を包んだ。

 

「プリン」

 マッシュはそっと聖女の肩に触れた。神父の唱える聖句の意味はわからなかったが、彼らの儀式の目的は召喚士として察せられた。

「止めるべきじゃない」

「でも……命を引き換えにする儀式なんて」

 すがりつくように、聖女が握る拳がマッシュの胸に添えられる。震えていた。

 

「自分の命の使い方は、アクター神父が決めることだ」

 (サン)プリンシパリティは声もなく泣き崩れた。止められないことはわかっていた。止めたところで、神父は助からない。

「父と……子と……聖霊の……御名に……おいて」

 弱々しく、聖句の最後を唱える。それが神父の最後の言葉になった。ニオファイトたちが唱和した直後、その肉体が白い光に包まれる。

 

 命の光。メイガスの体がマグネタイトに変換されていく。その手順は方法の違いがあるとはいえ、悪魔召喚プログラムが実行するのと同じことだった。

 異界への扉が開かれる。メシア教徒たちの助けを求める声に応じて、光に包まれた天使が姿を表した。

《私は、天使アークエンジェル》

 剣を携えた天使は輝く瞳で周囲を見回した。メシア教徒の中に混じった悪魔使いに一度目を留めたが、すぐに興味を失ったようだ。

 

《この教会を守護しよう》

 言うが早いか、光芒を残して教会の出口へと飛び出していった。輝く銀の剣を振るうと、教会へと押し寄せようとする悪魔たちを次々に切り伏せていく。

「おお……なんと神々しい!」

「天使様が私たちを助けてくれるぞ!」

 教会へ逃げ込んだ市民が、めちゃくちゃな形に手を組んで祈りを捧げる。困ったときの神頼み、というやつか。

 

 新宿に押し寄せる悪魔たちのなかで、数が多いのは幽鬼や死霊たちだ。『大破壊』からさまよい続けてきたのだろうか。その悪魔たちに大して、天使の力は覿面に効果があるようだ。輝く光を浴びると、破魔の力で悪魔の体が崩れていく。

(ここは天使に任せるべきだ)

 その戦いに巻き込まれて、仲魔が倒されてしまってはたまらない。マッシュはCOMPを操作し、悪魔たちを送還した。

 

「これでもう安心だ。ありがとうございます、天使様!」

 市民は跪いて天使を崇めている。だが……

(この場所は、しばらくは安全だろう。でも……さっきの魔獣が現れたら、あの天使では勝てない)

 悪魔召喚プログラムの解析(アナライズ)は正直だ。アクター神父が命と引き換えに呼びだした天使よりも魔獣ケルベロスは強い。

 

「DJはあの魔獣をコントロールしきれていない。でも、これだけ派手に戦っていれば、気を引いてしまうかも知れない……」

 行動するなら、早くしなければ。すでにケルベロスが血に飢えて市民を襲っているかもしれないのだ。

「プリン、みんなを励ましてやってくれ。俺はDJを止めないと」

 アクター神父なき今、聖女と天使がニオファイトたちの支柱だ。ここにプリンがいることが、彼らの精神に闘志という炎を燃やすエネルギーになっているのだ。

 

「でも、どうするのですか?」

 プリンは白い頬をおさえている。アクター神父の死によるショックに加え、魔力の消耗が激しい。いずれにしろ、休ませる必要がある。

「ガイア教団の力を借りる。それしかない」

 

 

▷▷

 

 

「待って、DJ!」

 ミクミクの声は地下街の長い通路に何度も反響した。東西の入り口では大混乱が起きているというのに、中央部は奇妙なほど静かだった。

 住民のほとんどは狭い部屋に閉じこもって息を殺しているか、メシア教やガイア教を頼って逃げ込んだのだろう。ほとんど人気(ひとけ)が感じられない。

「ミクミク……」

 DJは壁に手をつき、肩で息をしていた。歩くことに体が慣れていないのだ。

 

「無理しないで。ずっと閉じ込められてたのに」

 少女が手を取る。DJは壁に背中を預けて立ち止まった。

「くそ、この程度で……」

 五年ぶりの再開だった。やつれてはいるが、面影がある。静かな地下道で二人になると、妙に懐かしい気持ちがあふれてきた。

 

「ねえ、こんなことやめようよ。悪魔はDJに手を出せないんでしょう? だったら、こんなことしなくても新宿のリーダーになれるよ」

「駄目だ。新宿にいる限り悪魔は俺を殺せないが、人間は手出しできる……」

 男の目は油断なく通路を見回している。他の人間を恐れているのだ。

「だったら、助けを借りればいいでしょ? 他の人と協力して街を守れば……」

「そんなことはできない」

 DJの口調には、はっきりとした確信があった。

 

「人間は心変わりする。一時は正しいことをしようと思っても、仲良くしようと思っても、状況が変われば正義を信じられなくなる。仲間もだ」

「でも……」

「知ってるはずだろ、ミクミク」

 低いささやき。かつては少年だった青年の言葉は、背筋を冷やすような響きがあった。

 

「テクラのことを忘れたわけじゃないだろ。あいつは俺たちを育ててくれた。いい人だと思ってたよ」

「そう……だったと思う。でも、あのとき……あたし、たぶん、チカラが……」

 少女の声が震える。紫の瞳に涙がにじみ、かっと目元が熱くなった。

「わかってる。ミクミクが悪いわけじゃない」

 テクラの骨張った指が頬に触れる。細く長い指。この指が新宿地下街に悪魔を呼び込んだなんて信じられない。

 

「今は、魔力を使いこなせるようになったんだろう?」

 DJの目が紫の瞳をのぞき込む。思わず、ミクミクは目をそらした。

「やめて。自信がないの。時々、自分が信じられなくなる」

「力を持っているのにそれを使わないなんてこと、すべきじゃない」

「夢魔のチカラなんて要らない!」

 思わず叫び、DJの体を突き飛ばしそうになったのをぐっとこらえた。代わりに、その腕にぎゅっとしがみついた。

 

「時々、誰かに甘えたくて仕方なくなるの。それに、からかって遊んだり。急にキスしたくなあることもある。どれが自分の気持ちで、どれが夢魔の本能なのかわからない。ダメって思っても、止められない」

「魔力を使ったのか?」

「少しだけ。マッシュが新宿を出るって聞いて、遠くに行っちゃうみたいに思えて……見送ろうと思ったの。出口のところで。でも、車があって、乗ってるのはひとりだけだった。そのとき、あたしも一緒にいけるんじゃないかと思って。気づいた時には、眠らせてた。それで、トランクに潜り込んで……」

「催眠か」

 DJが体を起こす。片手には杖を持ち、もう片手をミクミクの肩に回していた。ミクミクはその体の軽さに驚き、なぜそう思ったのかを反芻した。マッシュと比べたからだ。

 

「その力があれば、他の奴らを支配できる」

「あたしがやらなくても、DJは悪魔の力を借りられるんでしょ?」

「好きなんだな、マッシュのことが」

 とつぜん指摘されて、ミクミクがぎくりと背筋を震わせた。

 

「なに言ってるの、いきなり!」

「マッシュと一緒にいたくて、力を使ったんだ。夢魔はそういう気持ちのためにエネルギーを使うことを惜しまない」

「あたしのこと、悪魔だと思ってるの?」

「その血が流れていることは消し去れない。だったら、自分の一部として受け入れるべきだ」

 DJが歩き始める。ミクミクはその体を支えて、一緒に歩く。DJの言葉はショックだったが、どうしても見捨てられなかった。

 

「お前が欲しい」

 DJの声は一面では力強く、一面では弱々しかった。ミクミクが断れないことを確信している一方で、助けてもらわなければ生きていけないのだと懇願もしていた。

「他の奴らは信用できない。でも、お前の力があればいざというときに言うことを聞かせることもできるはずだ」

「うまくいかないよ……そんなの」

「俺は悪魔使いだ。悪魔の力の使い方を、教えることができるはずだ」

 

「でも……」

 悪魔として他人から求められるなんてことを考えたこともなかった。半悪魔として虐げられてきたのだ。テクラが死んでから……目の前の青年に育ての親が撃ち殺されてから、ガイア教団に引き取られ、悪魔の力を抑える修行をしてきた。人として受け入れられてきた。

 驚きや悲しみとともに、どこか安心しているのを感じていた。

 今まで誰にも認められなかった力を、幼なじみが求めてくれているのだ。

 

「でも。あたしたち、家族だと思ってた」

「また家族になれるさ」

「マッシュも?」

「ああ。でも、俺がいちばんだ。家族には順序が必要だから」

 DJが地下室に向かっているのがわかった。そこにあるサーバーで何かをするつもりなのだろう。ケルベロスを制御するのか、それとも新しい悪魔を召喚するつもりかもしれない。

 

「マッシュを閉じ込めるって、本気なの?」

「サーバーやターミナルを管理するために、俺のサポートが必要だ。それができるのはマッシュしかいない。でも、マッシュが俺に逆らったら、その時はどちらかが死ぬまでやり合うしかないだろうな」

「イヤだよ、そんなの。仲良くして欲しい」

「ああ、俺もだ。でも、マッシュが変な気を起こすかもしれない」

「そんなことないよ。マッシュはDJを裏切ったりしない」

「ミクミクには、そう見えるんだな」

 地下へ降りていく階段の手摺りに手をかけて、DJが振り返って少女の顔を見据えた。

 

「マッシュには監視をつける必要がある。なあ、ミクミク。俺と契約しないか?」

「契約って、悪魔として?」

「そうだ。そうすれば、お前は俺に逆らえない。そして、お前がマッシュを監視していれば……」

「マッシュも逆らえない……って、こと?」

「ああ。変わらないな、賢い子だ」

 DJが暗い地下へと降りていく。このまま下へ降りていったら、彼に従うことになる……。

 

「そうしたら、また家族に戻れるの?」

「ああ。俺がお前たちを守ってやれる。ずっとマッシュと一緒にいられるぞ」

(昔みたいに?)

 ミクミクは階段の入り口に立ち尽くしていた。DJが一段ずつ階段を降りていく。暗い深淵に、彼が向かっていくのを呆然と見ていた。

(あたしが悪魔になって、DJに使われることを受け入れさえすれば……)

 ずっと昔のことが思い出される……

 

 家族だった頃。

 テクラがいた頃。

 新宿が、大きく変わってしまった頃。

 

 ずっと心に引っかかっていた思い出が、堰を切ったようにあふれ出してきた。

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