「あ、お目覚め?それは結構。大事がなくて何よりだわ」
「は…………?」
朝、目を覚ますと目の前に遠坂が居た。
「~~~~~~っ!」
布団から跳ね起きる。
そのまま壁際まで飛び退き、遠坂から距離を取る。
「とととととと遠坂!?ななななんで、お前が俺の部屋に………!!??」
ぐるぐると思考がまわる。
俺は確か燃えさかる墓地にいた筈で、近くにいたのはセイバーで、どうして自分の部屋で眠っていて朝になって……!?
「遠坂、どうしてお前がここにいて、俺は何してたんだ!?」
「驚くならどっちかにしときなさい。どっちも取れるふぉど器用じゃないでしょ、衛宮くんは」
「む」
混乱している頭に冷水をかけられた気分になった。
急に目の前に遠坂の顔があって驚いたが、裏を返せばつまり、
「ああ、そうか。状況を見ると、気を失った俺をここまで運んでくれたんだな、遠坂」
「へぇ。意外と頭の回転は速いんだ。混乱しているようでちゃんと物事は考えてるのね。面白い面白い」
「なんか反応に困るが。つまり、あれから半日ぐらい経って、俺ん家まで運んでくれたって事は、人目につかずに逃げ切れたのか」
「ええ、そういう事。話が早くて助かるわ」
遠坂は俺に反応に満足したのか。
立ち上がって、遠坂は歩き出す。
「ん?どこ行くんだよ、遠坂」
「貴方、まだ寝ぼけてるの?どこに行くも何も、ここは貴方の家。敵である私がいつまでも居ていい場所じゃないわ」
それは、そうだ。
戦うと決めた以上は衛宮士郎と遠坂凛は競い合う関係でしかない。
「そうだな。すまない遠坂。それと、今更だけどありがとう」
「………待った。どうしてそこで礼なんか出るの」
遠坂は足を止めて、睨みつけてくる。
「なんでって、助けて貰っただろ。敵同士なら尚更ありがたいだろ」
「はぁ。いい?まだ解ってないようだけど、そんな考えじゃ死ぬわよ、貴方」
「?そんな考えって?」
「だから、敵に間違ってもありがとうなんて言うなってコトよ。そんなのをいちいち気にしてたら命が幾つあっても足りないわ」
敵はあくまで障害なのだと遠坂は告げる。
それは確かにその通りだ。
戦うと決めた以上は、相手は倒すだけのもの。
遠坂の言い分は理解出来る。
だけど……、
「ちょっと、聞いてる!?聖杯戦争は殺し合いなんだから相手は例え肉親でも叩き潰す対象と割りきりなさい。こんなのはマスターとしての第一条件じゃない」
「それは判ったけど、ならなんで遠坂は俺を殺さなかったんだ?意識のない相手を殺すぐらい訳ないだろ」
「そ、それは……」
遠坂は戸惑うように不愉快そうに喉を鳴らすと、
「ふん。単に気が乗らなっただけよ。寝込みを襲うなんてフェアじゃないし」
「いや、それさっき言ってたことと矛盾してないか?」
「そうよ。これは私の失点。あなたよりもわたしの方が強いから生じた油断かな。言うならば、心の
「心の贅肉?つまり遠坂が太ってるってコトか?」
「ふふふ。面白いこと言うのね、衛宮くんは」
その遠坂の笑みには思わず身を引くほどの恐ろしさがあった。
「……ふん。後は自分のサーヴァントにでも訊きなさい」
遠坂はそう言うと、止める間もなく歩いていく。
「じゃあね。今度会ったら敵同士だから、その時は覚悟なさい」
それで遠坂の気配は消えた。
本当に気紛れでしてくれただけなのだろう。
あいつは特になんの感情も抱かずに去っていった。
***
遠坂が去ってから昨日のことを思い返す。
校庭でランサーとアーチャーが戦っていて、その時にもう一つ人影があったけど、あれはつまり遠坂なのか。
それからランサーに刺されて、誰かに助けられて……。
家に帰ったら、またランサーに襲われて、土蔵に吹き飛ばされて。
そこでセイバーに助けられた。
その後、遠坂と会って、教会に行って、胡散臭い神父の前で戦うと誓って。
そして、黒い巨人と共にあの子に会ったんだ。
『ねぇ、お話は終わり?』
『こんばんはお兄ちゃん。会うのは3度目だね』
『はじめまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』
『じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー』
そうして、彼女の従えるサーヴァントと共に襲いかかってきたんだ。
幼い少女。
だけど、彼女はれっきとしたマスターだ。
それに躊躇なく俺たちに襲いかかった。
だから、俺の倒すべき敵、ということになる。
なる、筈なんだが。
「なんかそんな感じがしないんだよな」
腑抜けている、と言われれば反論は出来ない。
だけど、彼女をそういう風に思うのはどこか憚られた。
アインツベルン、って単語も前に間桐のお爺さんに聞いたし。
それに……。
……彼女を見ていると誰かを連想しそうなのだ。
その誰かは分からない。
でも、それは多分大切な誰かなのだと、漠然と考えた。
***
セイバーを探して屋敷を歩き回る。
人が居そうな客間は全て見てまわったが、セイバーの姿はなかった。
「おかしいな……あの格好だったらすぐに判りそうだけど」
そうして歩きまわって、道場の方に行く。
「……あ」
セイバーがいた、が、その姿は昨日までの彼女とは違う。
板張りの床に正座をしていたセイバーは鎧を纏っておらず、上品な洋服に着替えていた。
思わず見惚れる。
彼女はサーヴァントだろうとなんだろうと、彼女は聖なるものなのだと思う。
なら……、きっと大丈夫だろ。
「セイバー」
声をかける。
セイバーはゆっくりと目を開けて、視線を返す。
「目が覚めたのですね、シロウ」
「ああ、ついさっき目が覚めた。セイバーはここで何を?」
「体を休めていました。私ではシロウの手当ては出来ませんから」
そのセイバーの仕草に思わず緊張する。
しかし、なんでこいつは着替えてるんだ。
鎧の時は現実感がなかったけど、普通の服を着られると現実感がありすぎて、否応なしに異性として意識してしまうのだ。
あまりに落ち着きがなさすぎたのか、セイバーは不思議そうな顔をしている。
「シロウ?」
「ああ、いや、こっちのことだから気にしないで大丈夫だ」
緊張はする。
だが、この黙っている訳にもいかない。
「よし。いいかなセイバー。こうやって落ち着いて話すのは初めてだけど……」
そこからはセイバーの説教から始まり、セイバーとの関係の確認、それから、聖杯戦争についての具体的な説明を受けた。
7つのクラス。
セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカー。
それぞれのクラスの戦い方。
宝具のこと。
後はサーヴァントの情報の確認の仕方なんかを教えてもらった。
「マスター。簡略しましたが、私にできる説明は以上です」
「ああ、駆け足だけど合点はいった。すまなかったな、セイバー」
「……すまなかった、ではありません。状況が判ったのなら、今後の方針を決めるべきではないですか」
身を乗り出して問いただしてくる。
しかし、行動も何も、まず何をすべきかが判らない以上、簡単には決められない。
「しばらく様子を見る……って場合でもないよな。他のマスターがどんな奴らかはまだ判らないし、イリヤって子のことも気になる。……他のマスターを捜すくらいはすべきなんだろうが」
あてもなく街中を歩くのは危険な気がする。
「イリヤ……?バーサーカーのマスターがどうかしたのですか、シロウは」
「え……?ああ、いや。そう、どうして俺たちの事を狙ってるのかなって気になったんだ。昨日が初対面じゃなくて、前にすれ違った事もあるし、アインツベルンって名前にも覚えがあるんだよ」
「………」
と。
アインツベルンと聞いて、セイバーは難しそうな顔をした。
「セイバー?なんだ、おまえもアインツベルンって名前を知ってるのか?」
「……知っています。逆に問いますが、シロウはその名に覚えがないのですか」
「いや、前に全然関係ないヤツにアインツベルンの娘は健在か、なんて聞かれただけなんだ」
「……そうですか。では、シロウは何も聞かされていないのですね」
セイバーは一度目を閉じて思考すると、
「これも何かの因縁でしょう。アインツベルンについて知りたいのなら、もう一度教会に赴くべきです。あの神父ならシロウの疑問にも、これから取るべき道にも示唆を与えてくれる筈ですから」
「教会っってあの教会か?でも、もう教会には行っちゃいけないって言われたぞ」
「それはあくまで魔術協会の建前としてのルールを伝えているに過ぎません。シロウが協会に属しているのなら従う価値もあるでしょうが、所属していないのならば何の価値もありません」
「む……」
それは確かにそうか。
「けど、出来れば避けたいな。なんていうか、あの神父にはあんまり会っちゃいけない気がする」
「シロウの気持ちは判ります。私とて同感です。私も出来るならあの神父とは関わりたくない」
「?」
それは意外だ。
英霊であるセイバーが人間相手に苦手意識を持つこともそうだし、
「どうしてセイバーが苦手なんだ?そもそもセイバーはあの神父と顔合わせさえしてないだろ」
「んん」
言葉に詰まるセイバー。
彼女は酷く悩ましげな表情をしたが、キッパリと視線を上げると、
「彼は前回の聖杯戦争に参加した人物です。どのサーヴァントのマスターかは判りませんが、切嗣は最後まであの神父を重視していた」
「……え?」
セイバーから不可解な情報がもたらされる。
「セイ、バー。なんでお前が
「私は切嗣のサーヴァントだった、と言ったのです。前回の聖杯戦争のおり、衛宮切嗣はマスターの一人として、私は彼のサーヴァントととして、協力して聖杯戦争に挑み、最後まで勝ち残りました。あの神父はその最中で切嗣が最大の敵として捉えていました」
「………」
待て。
それじゃあ、
「嘘だ。それならどうして言峰は俺たちに黙ってたんだ。なんで切嗣は俺に何も言わなかったんだ」
「それは私の知る所でありません。私は切嗣と話など出来なかった。けれど、あの神父は訊かれなかったから黙っていたのでしょう。あの男は問われれば答える人間です」
セイバーはじっとこちらを見つめる。
その目は衛宮切嗣の真実を知りたければ、自分の遺志で教会に向かえと言っていた。
***
教会に足を運ぶ。
セイバーは護衛をするためなのか、セイバーは同じ服装のままついてきてくれた。
心の準備はまだ出来ていない。
神父に十年前の出来事を尋ねる気概が生まれない。
「マスター、私はここで待機しています。あの神父とは貴方一人で向き合ってください」
「……わかってる。ここまで来たんだ、いまさら帰るなんて事はしない」
「私が召喚されたことは内密に」
「ああ。あいつには切嗣の事だけ問いただす。すぐに帰ってくる」
「シロウも注意してください。あの神父はどこか不吉だ。少しでも気を抜けば、貴方の身に何が起こるか判らない」
「同感だ。大丈夫、何か起きたらすぐに逃げ出すし、セイバーを呼ぶよ」
冬の寒空の下、セイバーを一人残して協会へ踏み入った。
礼拝堂には神父の姿はなく、代わりに金色の髪をした人がいた。
おそらくは礼拝しにきた外国人さんだろう。
「すみません、言峰神父はいらっしゃいますか」
男はゆらりと立ち上がる。
「ん」
男のその動作に筋肉が硬直する。
ただ歩み寄ってくるだけなのに、殺されることを覚悟させられる。
男は興味深そうにこちらの様子を見ると、
「なるほど。よくないものに魅入られてるな」
と、こちらから離れていく。
それが普通だ。
殺されるなんて思っているこっちがおかしいんだ。
「そこで待っていろ。言峰に用があるのだろう」
男はそう言って、祭壇に向かっていった。
男が居なくなってから、ふと場違いなことを思う。
「あの男の人。外国人に見えたけど、随分と流暢な日本語だったな」
……本当にただただ場違いだな。
これから何を話すつもりだと思ってるんだ。
そうして、数分ほど待たされたあとで言峰は現れた。
「驚いたな。まさか半日足らずでリタイアかね、衛宮士郎」
「そんな訳ないだろ。単に聞きたい事があるからきただけだ」
「それは結構。それで質問はなんだ?」
「っッ」
この男はただ立っているだけで己の弱さを意識させられる厳格さを感じられた。
「どうした?挨拶などする仲でもないだろう」
「……
「何故も何もないだろう。お前の父が前回のマスターであったことがお前に何の益になる。衛宮切嗣の功績は衛宮士郎には無関係だ」
言峰の返答は間違っていない。
仮に切嗣が優れたマスターだったとしても、それは俺に何も与えはしないからだ。
だが。
「いや、関係はある。俺がマスターになったのは、切嗣の息子だからなのか?」
「それは私の知る所ではない。遺伝によるマスター継承など知らぬし、そもそもお前は切嗣の息子ではないだろう。それに、何の準備も覚悟もない人間がマスターに選ばれる事は稀だ。本来は魔術師であっても、聖杯を知らぬものに令呪が宿るんからな」
「……それじゃあ、本当に
純粋な善意で、子どもを助けたかっただけだと。
「私が知る限りではな。だが、衛宮士郎がマスターに選ばれた事をただの偶然と切り捨てるには、少なからずの因果を感じる。聖杯は、聖杯を否定した衛宮切嗣の息子に贖罪を求めているのやもしれん」
「
「そうだ。お前の父は聖杯を手に入れる為だけにこの町を訪れた。ヤツは純粋な自身の願いの為に聖杯を求めた。……だが、ヤツは聖杯を裏切った。ヤツは聖杯戦争を終わらされる為に、聖杯と自身の宿願を裏切った」
「聖杯を、破壊した……?」
確かにそれなら聖杯は切嗣を認めないだろう。
けど、あらゆる願いを叶える聖杯はそれを求めて魔術師たちを殺し合わせる、言ってしまえば、争いの火種だ。
なら、それを破壊するのは正しいことの筈だ。
「……裏切ってなんかいない。切嗣は聖杯を不要と思ったから破壊したんだろう。だから、切嗣は何も裏切っていない」
「ふむ。そうだな、おまえはおまえと出会う前の切嗣を知らないのだったな。いいだろう。衛宮切嗣の正体を教えてやる」
神父は不吉な笑みを浮かべて、愉快そうに口元を釣り上げた。
そうして話されたのは、切嗣の過去。
衛宮切嗣がアインツベルンという聖杯戦争の原因とも言える魔術師の血族に、最高のマスターとして雇われたこと。
アインツベルンの魔術は本来戦闘向きではなく、だから協会に属さず、殺し合いに長けた衛宮切嗣を選んだこと。
そして、衛宮切嗣は前回の聖杯戦争において、多くのマスターを倒し、その中で生き残ったのは目の前にいる言峰だけだということ。
切嗣は情け容赦せずに、相手の弱みを握り、反撃の余地を残さず、敵の肉親や友人を利用したこと。
そして言峰は切嗣を機械と称した。
もし、今回切嗣が参加していれば、俺が最も嫌悪するマスターであるとも。
しかし、当然そんなことに納得などいく訳もなかった。
「どうした、納得がいかないか?判っている。無論、衛宮切嗣は機械などではない。ヤツは目的の為に私情を切り捨てただけだ。だが、ヤツは結局土壇場になって、聖杯もヤツに願いを託したアインツベルンも、そして自身の願いさえも裏切った。それが前回の聖杯戦争の結末であり、お前が父と記憶している、一人の魔術師の正体だ」
「………」
正直、実感は持てなかった。
切嗣のことも、アインツベルンのことも、すぐに受け止めきれるものじゃない。
判っているのは、今の話に嘘がないことと、
「言峰。アンタは切嗣を嫌っていたのか」
「当然だ。ヤツと私は対極だった。マキリやアインツベルンからは同類として映ったらしいが、私たちは互いを天敵と認めた」
「?
「警戒ではない。互いに無視できない存在だっただけの話だ」
そうして、言峰は切嗣のことを聖人と言った。
十の命の為に一を切り捨てるのなら、それを速やかに自分の手で実行したのだと。
皆が笑える理想郷を願いながらも、最低限の生贄を用意するのだと。
言峰は言った。
自身と
切嗣は傷つかず、しかし、傷しかなく、作為的な人でなしだと。
「そうだな。衛宮切嗣のあり方は反英雄と呼ばれるものに近しいだろう」
「反英雄って、なんだよそれ」
「字の如しだが?英雄の反対、度し難い殺人者という意味だ」
「俺のコトを馬鹿にしてないか?それじゃあ、ただの殺人鬼じゃないか」
「私はお前を歓迎しているぞ?なにせ、仇敵の息子に頼りにされるなど、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか心が定まらん」
真意は読めないが、少なくとも退屈してないようだった。
「反英雄の話だったな。言ってしまえば、存在そのものが悪とされ、そしてその悪行によって
「……それ、戦死したら恩赦で階級があがるとかって話か?」
「大きく違う。半英雄は被害者でありながら、究極的な加害者でなければならない。人が生み出したモノでありながら、決して人の手が混ざらずに成長するモノ。だからこそ、あらゆる抑止の圧力を受けない世界の敵になる。もっとも、純粋な反英雄などそうはいないが」
「……?」
「ようするに叶うことのない綺麗事だ。おまえも切嗣も正義の味方を目指しているのだろう?ならば、立派な反英雄という事だ。どうだ?聖杯に願う望みは、いっそ英雄にして貰うというのは」
「英雄と正義の味方は違うだろ」
「ほう、どう違うのだ?」
「そ、そんなこと知るか!それに、英雄はなるものじゃなくて、終わった後になるものだろ。聖杯に用意できるのは結局、分不相応な力だけじゃないのか」
「なるほど。血は繋がらずとも親子は親子か」
神父はさも愉快そうに笑う。
「結局の所、ヤツが求めたのは”平和”だ。だが、この複雑な社会ではそのシンプル過ぎる願いを叶えるには余分を切り捨てる他ない。だが、ヤツはそれを許容できなかった。完璧を求めながらも、余分も救いたかった。……だが、それは人の手に余る奇跡だ、だからこそ、ヤツは聖杯を求めたのだ。衛宮切嗣の夢は、聖杯という”あり得ないもの”でしか叶わないものだった魔法だったというだけだ」
争いのない世界。
そんなものを
その為に多大な努力し、現実との齟齬に追い詰められ、それでも信じ続けた。
摩耗し、理想と乖離していき、それでも
「でも、結局切嗣は聖杯を破壊した。願いは叶えられなかった」
「そうだ。さっきも言ったように最後にヤツは自身を裏切ったのだ」
それが衛宮切嗣の歩み。
いつかどこかで俺自身が味わうであろう歩み。
「さて、話はここまでだな。衛宮切嗣がマスターだったかどうかという質問には十分に答えただろう」
「え、いや、聞きたかったのはそれだけじゃない」
「他に質問があるなら手短に済まそう。今のは随分と時間を取ったからな」
「……さっきの話に出てきたアインツベルンって言うのはなんなんだ?」
「アインツベルンはこの聖杯戦争という魔術儀式を仕組んだ3つの魔術師一族の一つだ。二百年前、この地の霊脈に歪みがあると知った魔術師たちが互いの秘術を提供しあい、聖杯を起動させる陣をこの地の深くに作り上げた。それが聖杯戦争の発端だ。アインツベルン、マキリ、遠坂。始まりの御三家、私やおまえでは太刀打ちできぬ歴史よ血筋を誇る者たちがそれだ」
「……ん。つまりアインツベルンってのは、聖杯戦争で一番偉いヤツって事か?」
「かつてはな。だが、今となっては聖杯の器を作るだけの参加者の一人に過ぎない。マキリや遠坂も同様だ。今の彼らはマスターに選ばれやすい、ただそれだけの家系だ」
その後も言峰の説明は続いた。
一千年の歴史の中、ただ聖杯だけを求め続けた一族。
熱狂的でも偏執的でも狂信的でもなく、ただ無意味を繰り返した。
ただの一度も道を違えず、交わらずに歩んできた一族。
しかし、それでも自分たちだけでは聖杯に届かず、他の者の手を自分を殺す気概で遠坂とマキリの手を取り、そして
けれど、結局
それがアインツベルンと衛宮切嗣の関係。
……確かにそれなら、俺を真っ先に狙うはずだ。
裏切り者の息子がマスターになったのなら、それは許せるものじゃない。
「理解できたか。マスターになる者は何らかの業を背負っているが、中でもマキリとアインツベルンは五百年と一千年だ。その執念は言葉で言い表せるものではない」
「………」
「落ち込む必要はない。衛宮切嗣は己が願いの成就の為に一千年の怨霊を向こうに回した。自分の裡に沈むあらゆるものを捨ててな。それは十分に誇れる事ではないかね?」
……言峰の言葉を鵜呑みにしていい訳ではないだろう。
だが、もしそれが正しいのなら。
それなら俺は、
「どうした衛宮士郎?一千年と聞いて戦意が削がれたかね」
「削がれてなんかいない。俺は戦うと決めた。他のマスターが何を考えようが、十年前のようなことは起こさせない」
「十分だ。己が命を天秤にかけて戦うがいい」
神父は満足そうにそう述べた。
聞くべきことはもうない。
神父に背を向けた。
そうして、教会を後にした。
***
帰宅後、今後の方針とセイバーの魔力量の確認をした。
方針としてはやはり夜に町を出ることにした。
俺には魔術師の探知は出来ないけど、セイバーはサーヴァントの気配を感じ取れる。
他の魔術師もこの聖杯戦争を勝ち抜く為にただ待つだけのことはしない。
それ相応の準備や仕掛けをする。
その際に残る魔力の後を辿るということで話は纏まった。
セイバーの魔力量に関しては、まぁ、俺が思うよりも凄いということはよく判った。
なので、そこら辺は口論にはなりつつもどうにか纏まった。
そこはいいとして、
「…………」
「…………」
「…………」
この沈黙だ。
藤ねぇと桜とセイバー。
全員が黙り込んで、淹れたお茶も飲まずに沈黙を貫いている。
「
「………ふぅ。まぁ切嗣さんの知り合いなら仕方ないか。外国に親戚がいるとは言ってたし、セイバーさんもしっかりしてるようだし」
「……あの、藤原先生。それは」
「桜ちゃんの気持ちは判るんだけど、ここは切嗣さんの家だから。それに最近は物騒だから、こんな可愛い子を追い出せないわよ」
「………」
桜はその後も納得してはいなさそうに渋々ながら了承してくれた。
そうこうしている内に夕食になった。
豪勢というか、節操のない感じになってしまった夕食はしかし、客と弟子には不評のようだった。
まぁ、その分藤ねぇがリアクションをしてくれたのだが。
その後は藤ねぇとセイバーは部屋の準備をして、俺と桜は夕食の片付けをしていた。
ただ、桜の様子がどこかおかしかったのが気になったのだが。
***
明かりが消える。
午後十一時。
セイバーと共に外に出る。
「ではシロウ。とりあえずこの町の中心に向かいますか?それともあちらの町に行ってみますか?他のマスターが居る可能性もあちらの方が高そうですが」
「そうだな。まずは足場を固めた方が良いと思う」
「分かりました。……どちらの町にも言えることですが、地脈の流れに僅かな支障が起きています。他のマスターが行動を起こしているのは間違えないでしょう」
「いきなりマスターと戦うかもしれないってことか。……けど、もし相手があの子だったらどうするんだ。戦う場所が前みたいに遮蔽物がある所とは限らないんだし。……あいつの宝具も判らないだろ」
「ええ。おおよそ蘇生する類の宝具であることは判りますが、それがどれだけの強度で何度蘇生出来るのかは現状判断は出来ません。下手に宝具を使って倒しきれなければ危なくなるのはこちらですから、イリヤスフィールの場合は撤退しましょう」
「………」
セイバーが警戒しているのはバーサーカーだけだ。
遠坂と出会った時の話を彼女はしない。
セイバーにとって遠坂はあくまで倒すべき敵でしかない。
それは判ってはいる。
けど、
「セイバー。確認していいか?」
「大丈夫です。相手が降伏した時は戦いを止めて、令呪を使い切らせてマスターでなくすと。……ですがシロウ。敵がこちらの申し出を受け入れない時は」
「……ああ。その時は聖杯戦争のルールに従う」
そうして、深山町に向かう。
うちの側に異常はなかった。
あとは洋館側の丘と、柳洞寺にまで足を運んで、
「え?」
背中から悪寒が湧き上がってきた。
「セイバー!」
セイバーは新都の方角に視線を向ける。
感じたのは誰かの悲鳴であり、強い魔力の余波だった。
しかし、俺の頭は麻痺していた。
くそ、自分が殺される覚悟はしてるのに、相手を殺す覚悟をして、
「悲鳴が止みました。感じ取れる気配も消えかけています。急がなければ、襲われた者は助からないでしょう」
「………」
セイバーのその言葉で痺れが解けた。
殺し合いをするのだ、という恐れは、誰かを見殺しにする、という恐れにかき消された。
「すまん、セイバー……!」
自分の不甲斐なさを詫びて、全力で走り出す。
正直、まだ覚悟は出来ていない。
けれど、目の前で誰かを見逃すのは駄目だ!
そうして、全力で走った。
***
結論から言うなら、今夜の俺たちは戦闘を行わなかった。
着いた先の路地裏では、既に戦闘が終わった後のようだった。
パイプや壁には何かが切り裂いたような跡や打ち付けて割れた跡が残っていた。
周りを見ても、人影はない。
戦闘を行った誰かたちは既にどこかに去っていたようだ。
「襲われた人も見当たらないな」
「ええ。考えられる可能性は3つ。魂喰いによって食されて体が残っていないか。誰かが襲った後にその遺体をどこかに動かしたか。3つ目は誰かがギリギリで助けて治療したか」
「……3つ目であることを祈るしかないな」
セイバーは苦々しい顔でそう述べた。
しかし、現状で俺たちに出来ることはない。
既に手遅れかどうかさえ、判断がつかないのに。
「あれ……?」
何かが光ったような気がした。
光ったような場所に近づくと、
「これ……」
そこには無骨な白い剣が落ちていた。
綺麗な、混じり気を感じない剣。
その剣を拾う。
「それはアーチャーの使っていた剣ですね」
「知ってるのか、セイバー」
「ええ。昨日、少し戦った時にアーチャーの持っていた剣は確かにソレでした」
セイバーは怪訝そうな顔をする。
「ですが妙です。もしもこれがアーチャーの武器なら、ここに置かれたままというのはおかしい。ただ消費するだけの武器、例えば投げナイフや矢などであれば外したものが落ちているということはあり得るでしょう。ですが、剣を消耗品として使い捨てるということはしないでしょう。剣というのは、それだけで英雄の象徴にもなり得る武器なのですから」
「………」
昨日のアーチャーの弓を思い出す。
昨日、あの墓場に向かって放たれた弓。
俺やセイバーをバーサーカーごと吹き飛ばそうとしたあの矢。
あれを俺は
「どうしたのですかシロウ?」
「……なあ、セイバー。剣を矢として扱う英霊に心当たりないか?」
「剣を矢に、ですか」
セイバーは目を瞑り、少しの間考え込む。
時間にして数分経って、目を開けると、
「前回の聖杯戦争に、確かに剣を射出する
「そうだよな。ともかく、結果については判らないけど、少なくともここで戦っていたのは遠坂だった。そして、遠坂は魂喰いなんて選択はしないだろうし、無意味な犠牲を良しとすることもないだろうから、襲われた誰かは無事である可能性も高いかな」
「今はそう信じるしかないでしょう。ひとまずはここを離れた方が良いでしょう。ここでの戦闘は他のマスターも気づいているでしょうし、この狭い空間の中で複数に囲まれるのは危険だ」
「そうだな」
そうして、ここから離れようとする。
ふと手元を見ると、さっきまでそこにあったアーチャーの白い剣は綺麗に消えていた。
***
interlude
アーチャーを連れて新都の探索を行った。
新都の方で起きていた昏睡事件。
犯人はキャスターによるものであろうというのが私とアーチャーの見解となった。
キャスターが遠くから人々から生命力を吸い取り、魔力に還元している。
その遠くとは柳洞寺だ。
あそこに魔力を集めている。
「しかし、あそこまで広範囲に網を張られているのならこちらの手の内も知られているだろう。にも拘らずバーサーカーは倒せずにセイバーさえ見逃している」
「あの時はアレが最善でしょ。他に取れる選択肢はなかったんだし」
それにしても、あの時のアーチャーの放った矢には些か疑念があるのだけれど。
「ともかく、まずはキャスターを追うべきでしょう。尻尾ぐらいは掴みたいしそれに…」
「喧嘩を売らないと気が済まない、か。やれやれ。最も倒しやすい敵を放って、最も倒し難い敵を追うとは」
「いいのよ。あんなのいつだって始末できるんだから。放っておいても大きな問題にはなり得ないわよ」
「では、マスターの自覚もないまま衛宮士郎が目の前に現れたらどうする?」
「その時は殺すわ。そんな事も判らないヤツに、かける義理なんてない。ともかく、私たち……!」
悲鳴が聞こえた。
それと同時に強い魔力を感じる。
「アーチャー!」
「了解した」
空中へと飛び出し、悲鳴の地点へ跳んでいく。
近くのポイントまで行くとそのまま飛び降り、着地をアーチャーに任せた。
体に負担がかからないようにアーチャーは着地する。
そうして降り立った先には、まるで吸血鬼のように女の人の血を吸う黒装束の女の姿があった。
「ライダー、ね」
「そのようだ」
頭に血が上るのを感じる。
アーチャーが私の前に立つ。
ライダーを血を吸っていた女性をゆっくりと地面に置くと、視線らしきものをこちらに向ける。
「なんだ、遠坂じゃないか」
嫌な声色と共に階段を降りる音が聞こえる。
そこに降りてきたのは間桐慎二だった。
「まさか、こんな所で会うなんてね。そっちも食事目当てか?」
「食事?何を言ってるのかしら」
「何って、そいつらは魔力がなきゃ消えるしかないだろ。だからその為の食事をしてるんだよ。仕方なくね」
「はあ……」
ため息をつきながら、慎二が今手に持っている本を確認する。
……あれは偽臣の書。
令呪の一つを用いて、マスターの権限を譲渡する令呪のシステムを作った間桐だからこそ行える裏技。
つまりは間桐慎二は最初から正当なマスターではない。
「なんだよ。何がおかしいんだよ」
「呆れてるのよ。そもそも普通の魔術師ならここまでバレバレのやり方は取らないし、基本的にサーヴァントの扱う魔力量なんて魔術師なら十分に確保出来るから」
「な、なに!?」
「この様子だと、校舎にあの結界を張ったのもあなたね。あんな簡単に異常が判るなんてどんな3流魔術師なのかと思ったけど、3流以前に魔術師でさえなかったのね」
「な、なんだと!?」
「そうね、普通はそうしようなんて思わないけど今回は特別よ。慎二。さっさと令呪を使い切りなさい。そうすれば、命は取らないわ」
「ふ、ふざけるな!!やれ、ライダー!遠坂を殺せ!!」
頭に血を上らせた慎二はライダーを差し向ける。
「凛」
「ええ、やっていいわアーチャー」
私の許可と共にアーチャーとライダーが地を蹴る。
ライダーはアーチャーのいる所から外れるように鎖のついた杭を周りに突き刺していく。
ライダーは手に持った杭のようなものをアーチャーに突き刺そうとする。
だが、アーチャーはそれに合わせるように右に避け、自身の手元に用意した剣でライダーを切り裂きにかかる。
ライダーはギリギリでそれを上に回避すると、張り巡らせた鎖を足場に再びアーチャーに肉薄する。
アーチャーは杭の攻撃を片方の剣で弾き、もう片方の剣でライダーを裂きにかかる。
それをライダーがギリギリで避け、再び攻撃の体勢に入り、アーチャーの元に飛び込む。
幾度かのそれを繰り返し、互いに会話はなく、ただ金属音だけが響く。
しかし、あるタイミングでライダーはアーチャーの白い剣を弾く。
そして、そのチャンスを逃さぬように突っ込む。
だけれど、私は知っている。
「ぐぁっ……!」
「へぇ?」
次の瞬間、吹き飛ばされた。
ただし、ライダーがだ。
アーチャーは弾かれた剣はそのままに全く同じ剣を再び持ったのだ。
これはランサーと戦ったときにも見ていた。
そうして持った新しい剣にライダーは対応できずに剣で切り裂かれ、吹き飛ばした。
「おい、何勝手に負けてるんだよ。誰が負けていいっていったよ!これじゃあ、まるで僕が弱いみたいじゃないか!」
「っ。あっ」
「その通りよ、慎二。ライダーが弱いんじゃない。まともな魔力補給も出来ずにステータスも貧弱になるようなマスターじゃ本領の発揮なんて出来ないもの」
初めから勝負になんてならなかった。
ただ当たり前の結果がそこにあっただけだ。
慎二は無理をしてライダーを動かそうとする。
しかし、偽臣の書は燃え、ライダーは消えた。
「アーチャー、ライダーは?」
「深手は負わせた。殺しきれてはいないが、普通にしていれば後数十分で消滅するだろう」
「そう」
当然、今の説明はあくまで慎二がマスターである場合だ。
本来のマスターに戻っているのなら、復帰出来る可能性も十分にある。
だとすれば、本来のマスターを慎二から聞き出す必要がある。
「さて慎二。色々と答えて貰うわよ」
「ヒィッ。く、くるな!」
「そこまでだ。どうやら宝の持ち腐れだったようじゃな、慎二」
突然、しわがれた老人の声が割って入った。
「……やれやれ。見込みがないと思っていたが、よもやこれほどとは」
「……どういうつもり、間桐の御老公」
間桐臓硯。
隠居を気取ってはいるけれど、恐らくは間桐を支配している老人。
「なに、このような一族の面汚しといえども、可愛い孫でもあるのでな。こうして、少々出張ってきたのじゃよ」
「な、なに言ってるんだよ、お爺さま。ぼ、僕はまだ負けてなんか……」
「折角のサーヴァントをこうもあっさり殺しかけおって。無駄な増長ばかりをしおって。話にもならんわ」
「な……」
アーチャーは警戒を解かずに、剣を握り締めたままでいる。
「……ふむ。そう高名な英霊とは見えんが、しかし、幾度の戦いをくぐり抜けてきたものと見える。ライダーが十全であれば判らぬだろうが、こうも弱った状態では勝てぬのも道理じゃな。さて、となるとワシはここで死ななくてはならないだろうな」
「驚いた。あなたに肉親の情なんてあるのね」
「カカ。まっこと厄介なものじゃよ。しかし、お主ならそれも判るじゃろ、遠坂の娘」
「……そうね、慎二がこれ以上余計なことをしないなら見逃していいわ」
「だ、そうじゃ。早々に立ち去れ。契約の書も燃え、マスターでなくなったのだ。もう、ここにいる意味もあるまい」
「っっ!」
慎二は苦々しそうに老人を見ながら、路地裏から出ていった。
アーチャーは追わない。
それよりも目の前の老人を警戒しているようだ。
「それで、慎二にサーヴァントを与えたのはあなた?」
「そうじゃよ。現役からとうに退いた。だからアヤツに与えたのだが、いやはや、あそこまでの出来損ないとは」
「桜は?」
「桜、か。10年も前に別れた姉妹といえど、それでも情はなくならんと見える」
老人は少し邪悪そうに笑うと、
「何、ワシは初めから今回の聖杯戦争はパスするつもりじゃった。スパンも短く、まともに準備も整っておらん。孫が盛んな為にサーヴァントを与えたまでじゃ。桜も戦いを望む
「そう。なら、桜は無関係なのね」
「そうじゃよ。ライダーもアレでは保つまい。これで今回の聖杯戦争、間桐は敗退じゃ。大人しく引っ込むことにしよう」
老人はそう言って、姿を消した。
魔術的な気配は感じられない。
隠れて見ているということもないだろう。
「アーチャー、どう思う?あの老人が本当のことを言ってると思う?」
「そうだな。君たちの事情については私の預かり知らないことなので判らないがおおよそは事実であるだろう」
アーチャーはそう区切ると、眉間にシワを寄せた。
「……だが、あの手の手合が正しいことのみを述べることはまずあり得ん。何かしらの嘘偽りはあると考えるのが筋だろう」
「……でしょうね。あんなに怪しさむんむんなのを信じる方が難しいわ」
桜が聖杯戦争と無関係であるか否か。
無関係でないとしたら、放っておくわけにはいかない。
例え、肉親であっても切り捨てる。
それは朝にあいつに言ったことなのだから。
「……明日、間桐家を偵察に行くわよ。キャスターも放っておけないけど、大事の前の小事を片付けないと足元掬われるわ」
「了解した」
「取り敢えず、これ以上ここに居るわけにもいかないし、そこの女性を教会まで運ぶわよ」
基本的に沿う形式になる自分の癖をどうにかしたい。