「暑いな……」
うだるような熱が蜃気楼のようにゆらめく。
見渡す限り土気色の砂の丘。そこに部隊のテントが展開されているのだ。
テントは砂漠と同化するくらい抑えた色の繊維作られている。
その入り口のたれを掻き分け、這うように外へと出るが案の定、そこは砂埃舞う『大荒れ』の風景だった。
「これでは進めないな」
ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ。愛称はティナ。階級は大尉。
長身にそぐわず、折れそうなほどすらっとしたスレンダーな身体。
そして近頃また伸びてきただろうか純白めいた長い髪、これは非常に美しいと評判のものだ。
「……仕方ない」
額に装着されたゴーグルをぐい、と目元までずらし、マルセイユは背中にさげた袋から金属塊のようなものを二本取り出した。
やがて二本ともがほんのりと淡い光を生じ始め、ゆっくりと中に通していくマルセイユの両の足にそのままピッタリと密着、適合する。
それは軍の関係者誰もが見たことのあるような既知のものであるが、それこそが『ストライカーユニット』なのである。
……魔女が、魔女たる最大の理由。
そして鳴り響くのは、風切る音。
まるで大気を押し退けたような揺らぎを振り撒きながら、気高く、大きな翼が宙を舞った。
ユニットを装着したマルセイユが『飛んだ』のだ。
マルセイユ達の所属する部隊とは、第31統合戦闘飛行隊。
――人は彼女らを『ストームウィッチーズ』と呼ぶ。
――高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない――
"Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic."
では『高度に発達した魔法』ならばそれは一体何にあたるというのだろうか。
我々に興味は尽きない。
……それはさておき。
*
人類と対立するネウロイとの泥沼の戦役も冷めやらぬ中、そんなとある日のことだ。
「おいルッキーニ! 逃げるぞ!」
「うぇぇ~っ!」
開け放たれたテントの入り口の向こうで、土煙を舞い散らせながら一目散にひた走るふたつの影が見えた。
ここはサバンナの北に位置する、現地の言葉で『砂漠』を意味する領域。
赤道も近いので非常に蒸し暑く、そのくせ夜は尋常では無いほどに寒くなる。
要するに、人の住めたものじゃない。魔女、つまりはウィッチ達にとってもこれは誇張ではない。
「……何をやっているんだあれは」
テントの外が妙に騒がしい。マルセイユはまだ眠い目をさすりながら、顔にかかる長い髪を手櫛で払いのける。
様子でも見に行こうかとため息をつきながら立ち上がると、……突然誰かがテントに顔を突っ込んできた。
「こらあなた達! ちゃんと任務を果たしなさい!!」
『ケイ』こと……加東圭子。階級は少佐だ。
彼女はマルセイユと同じように額に特徴的な防塵用のグラスを装着している。
実にあどけない顔をしているが、こう見えて『扶桑海の電光』と称される高名な元ウィッチなのだ。
「ここには私以外いないよ」
マルセイユは以前に扶桑の国の伝説上の怪物、鬼、もしくはナマハゲというものを聞いたことがある。今まさにカトーの表情はその伝承と見事に一致している。
「それにしても……またなのか……」
……どうやら『また』逃げたらしい。誰が、と言えば最近ストームウィッチーズに混じった新しい顔、フランチェスカ・ルッキーニ少尉と大尉のシャーロット・E・イエーガーのふたりしかいない。
彼女たちもマルセイユと同じ、現役のウィッチである。
特にシャーロット。マルセイユにとって非常に馴染みのある名である。
理由は色々とあるのだが……。
「まったく……あのふたりは」
非常に不真面目。一言で形容するならつまりはそういうことである。
彼女らは自分たちの仕事から逃げたのだ。
「あ! いた!!」
ケイが駆け出す。ちょうど遠くの方に見えたのだろう。
生憎とここは砂漠であるので、逃げおおせたとしても見通しが届く所までしかとてもじゃないが逃げきれはしない。
……もしくは、はぐれてそのまま帰って来られなくなるか。
砂漠とはかくも厳しいものなのだ。運よく脱走できたとしても最悪、遭難して死んでしまう。
「我ながら、冷ややかに考える傾向があるな」
……駄目だ。歴戦の疲れで頭がまいっているのか。
マルセイユはそう思って自虐の笑みを浮かべた。
そして、ふと脇の時計を見やる。
現在午前の5時12分。合わせたばかりだからまだ時間はズレていないはずだ。
固有であるテント内部の家具は少ないながらも必要最小限のものは揃っている。
反対にいうならば必要最小限のものしか、置いていない。
ケイには「もうちょっと可憐な乙女っぽくしてもいいんじゃない?」と、よく言われる。
「さあ、やっと捕まえたわ」
ケイといえば……まだやっていた。
「えぇぇ……」
「くそっ、最速のストライカーユニットさえ着けていれば……」
マルセイユが外に出て優雅に伸びをしていると、視界の外からケイが猫を掴むような格好でウィッチふたりを拘束しているのが見えた。
ひとりは文字通り首元を掴まれて。もうひとりは首ごと地面を引きずられて。
髪をツーテールに纏めた小さいほうがルッキーニ、暖色系の見た目に包まれた長身でボディスタイルのいいほうがシャーロットことシャーリーである。
「おはよう。雑用係」
ウィッチたちの朝は早い。
そしてこれから彼女たち新参のふたりにはやってもらわなければならないものがあるのだ。
歴戦の魔女と言えども、女である以上それは必須のものである。
「いやだぁぁぁぁ」
「こらルッキーニ! いい加減諦めろ! あたしは諦めた」
「おとなく洗濯しろなんてやだよぉぉぁぁぁ!」
洗濯である。上はシャツから下はズボンまで、きっちりピカピカに洗ってもらわなければならないのだ。
なにしろここは砂漠である。
いくら防塵の装備をしようにも、向かってくる砂の粒がすべて遮られるわけではない。
汗もかく。
匂いは……砂漠なのであまり感じないが、総合的に環境のすべてが気持ち悪くて仕方ないというのがこの部隊の総意だ。
そしてその重要度から責任はまた重く、洗濯行為そのものから脱走者が出ることなど日常茶飯事である。
……ようするに、これはいつもの光景である。
「あら? 水が切れてる?」
洗濯の準備を手伝っていたケイが何かに気付いたらしい。
「やったー!! じゃない……えぇぇぇ」
「言い直すなよルッキーニ、残念だけどもう周りに聞こえてる」
とりあえずの捕縛から解放されたふたりが何やら言っているが、耳には通さない事にする。
「何? ……補給はまだなのに」
マルセイユの背後から声が挙がった。
この口ぶりは……ライーサだ。
ライーサ・ペットゲン。少尉にしてマルセイユの僚機を務める。
「水か」
近頃、何か大量に水を使うようなことがあっただろうか。
心当たりは皆目ないが……。
先にライーサの言った通り、補給はまだまだ先の話である。
「ううむ……どうやって調達したものか……」
とりあえずは。
「誰か北に戻って海水を使ってみるとか」
ケイはそう提案するが。
「ダメだ。塩分ってのは想像以上に厄介だよ」
マルセイユがぴしゃり、とそれを打ち消すと「はぁぁぁ」とチカラが抜けるような声がする。
その場にヘタリ込むようにダウンしたのはシャーリーだった。
……しばらく、マルセイユたちは頭を捻っていた。
そこへケイが思い出したように両手を打ち付ける。
「じゃあ、現地の人にオアシスの場所でも聞いてみるとかは?」
「それだ」
シャーリーの顔が急に明るくなった。
「ネウロイは……今は平気か」
そしてマルセイユたちストームウィッチーズもケイのその場凌ぎの案に同意する運びとなった。
水の確保。
ストームウィッチーズにとってのひとまずの次の……作戦である。
*
そんな中、にわかにルッキーニが大声で泣き始めた。
「あたし、シャワーなんてしてないからっ!!」
『おまえか! ルッキーニ!!』
……激昂したウィッチたちが渾然一体となった。