魔女達のアフリカ戦線―食後のデザートアイ―   作:ここの色。

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――標的はトマト――

「ごはん~!」

 ……それは車で携帯できるように軽めの材質で組んである。

 即席で作られた、屋台骨にも見えなくもない簡素なキッチンテーブル。

 屋根は雨はけを良くしても意味がないのでただ黄土色の布を張ってあるだけだ。

 その下に仮設の台を置いてとりあえずの調理を行えるようになっているのだ。

 マルセイユたちは今回こういった設備で今日の食事を作っていた。

 日も陰り始め、既に長く傾いた影の見えはじめる時刻。

「ごはん~! マーマのパスタ~」

 ルッキーニは字面に鍋を置いてパスタを水の中に投入していた。

 マーマとはロマーニャの言葉で『お母さん』の意味である。

 ロマーニャの甘えん坊であるルッキーニは御多分にもれずママっ子なのだ。

 ある種ロマーニャ出身のひとつの特徴でもあると言っていいだろう。

「お、ルッキーニ、今日はトマトのパスタか」

 少しばかり気になったせいもあって、マルセイユは雑用係<シャーリーとルッキーニ>の様子を見に来ていた。

 トラブルメイカー具合を頻発させるふたりだけに、調理を任せっきりにしておくのもなにかと不安というものだ。

「お湯があるからねー」

 そうなのだ。今は水があるのである。

 先刻のルッキーニの横暴により、なんと意外にも枯れ井戸から水が沸き出してきたのだ。

 現在はその恩恵によりちゃんとした食事の支度ができるようになった、というわけだ。

「パスタのソースだったらあたしにも料理できそうだからな」

 シャーリーは胸を叩いて「任せろ」の格好をとった。

「トマトのパスタ~」

 ……赤いトマトはロマーニャの命というべき野菜である。

 これが嫌いなロマーニャ人がいるならば、さぞ生きるのに窮屈で仕方ないであろう。

「トマトはリベリオンでもよく食べるしね」

 そういって野菜の薄い皮をシャーリーは剥き始める。

「へえ、珍しくちゃんと料理しているんだな?」

 そんなおり。

「……な」

 マルセイユは気がついた。

 キッチンテーブルの後ろにこんもりとくすぶった黒い炭の塊が無造作においてあるのを。

「あれは……なんだ」

 マルセイユはまじまじと近づいて眺めてみたが、やはり『炭』だという事くらいしかわからない。

「いやーコトコト煮込めってレシピに書いてあってねー加減がわからなくて」

「まっくろ~」

「……あれは料理の成れの果てなのか!!」

 マルセイユは思わずも顔を両手で覆った。

 このふたりに任せているのは果たして得策といえるのだろうか。

「501ではいつも料理は宮藤に任せてたからなー」

「芳佳のごはんはおいしかった~」

 芳佳とは、宮藤芳佳。シャーリーとルッキーニが以前所属していた部隊の隊員であったらしい。彼女らの説明を聞く限り、気立てが良く頼り甲斐のある扶桑のウィッチだという話だ。

 かつての所属、501統合戦闘航空団では彼女たちは一緒になってネウロイと激戦を繰り広げていたようだ。

 ……大体がこんな調子ではあるのだった。

「しかし本当に大丈夫なのか」

 ふつふつと沸いてくるマルセイユの心配に、シャーリーは自信満々に大きく胸を叩いて答えた。

 

   *

 

 ややあって。

 マルセイユたちは簡素なテーブルクロスの備え付けられたテーブルについていた。

 そこへ別の作業をしていたケイら他のウィッチも合流し、ひとまずの賑やかな食卓となっていた。

「楽しみだな。……ある意味、楽しみだ」

 その中のひとり、マティルダがまるで茶化したような口調で呟いた。

 マティルダは陸戦ウィッチである。

 チリチリな闇色の髪に少し野性味を帯びている黒人の魔女であることが特徴だ。

 マルセイユの従者である彼女は事情から空は滅多に飛ぶことがない。

「ま、まあね」

 ややひきつった顔でライーサがフォークを構える。

「せっかくつくってくれるんだし、ちゃんと食べましょう」

 ケイが優しい口ぶりで答えるが……顔は笑っていない。

 雑用係に調理を任せるようになってから、しばらくこんな調子である。

 シャーリーとルッキーニのつくる料理は当たり外れが激しい。

 ウィッチの皆、特にライーサは「ほぼ外れ」と思っているようだが……。

 ……ルッキーニの地方、ロマーニャの料理は口当たりが良く美味しいことで有名である。

 そして、そこの人間はトマトの酸味を主に好む。

 ルッキーニの場合、ロマーニャ人以外あまり馴染みのないこの味覚がネックなのである。

 彼女はどうもその味を過剰に解釈してしまうようだ。

 一方、シャーリーの出身のリベリオンでは非常に濃い色と味付けの食事が好まれる。

 特に油の使い方には目がないのだが、シャーリーは太ってスタイルが崩れるからと最近は油を極端に控えて調理するのだ。

 その結果として……焦げる。正確には油がないのに鍋に良く焼き付くのだ。

 味についてを心配するのも当然というわけである。

 

   *

 

「来たか」

 ウィッチたちの食卓にフリフリのエプロンドレスを着たシャーリーが現れた。

 そして皿に盛られたパスタが用意されていく。

「今回はまともそうだな」

 マティルダが感嘆の意でも覚えたかのような声をあげた。

 こうしてウィッチの前に運ばれた小麦粉の麺の束はなんと……まともだった。

 中央に乗せられた赤い野菜のソースの下に、ほんのりと小麦粉色のパスタ。

 湯気を発している。

「基本はできているわね」

 目を丸くしているケイがいた。

「あぁ、今回は上手くいったよ」

 シャーリーは白い歯を剥いてにへら、と笑う。

「じっしんさく~」

 その後ろからぴょこっとルッキーニが跳ね出てきた。

 

   *

 

「なるほど……では食べてみるか」

 頬に汗を浮かべてマルセイユはフォークを取り出した。

「同時よ、同時」

 ケイは爆破物の信管にでも触れているかのような上ずった声をたてる。

「うん」

 ライーサのごくり、という喉の音が聞こえる。

 それに合わせて真美は何やら扶桑の念仏というものを唱え始めた。

「さあ、行くぞ」

 静まることのない緊張感の中、マルセイユたちはパスタをフォークに絡めとり……それを一斉に口に運んだ。

 

   *

 

『う』

 時間が止まった。

『う……う……』

 場も凍った。

 そしてそれは決して誇張ではない。

『うぁぁまぁぁぁぁぁい!!』

 皆、口に含んでいたパスタを吹き出した。

 各々がゴホゴホと咳き込んだり、むせていた。

「おお!」

「やったー! 吹くほどおいし~い!」

 当の料理を支度した雑用係が勝利でも確信したのか、がっちりとポーズをとった。

「今回は上手く言ったようだなルッキーニ。どれどれ……」

 シャーリーは満面の笑みを浮かべで自分の皿のパスタを頬張った。

「ぶっっ!! ……なにこれ」

「……『あまい』のよ」

 ケイがうなだれている。

「『甘い』んだよ!!」

 マルセイユは涙目になりそうなのをひた隠しながらコップの水をあおった。

「どうやったらトマトと粉チーズの単純なパスタでこんな味になるのよ!」

「まったくね!!」

 ライーサ、真美も必死の形相のまま水で流し込もうとしていた、

「おまえは神でも怒らせるつもりか」

 マティルダが静かな声で叱咤する。

「ま、まあ……雑用係ルッキーニ、なぜパスタが異常に甘いのか、ちょっと訊こうじゃないか」

 神経がピクピクと張り詰めているのがわかる。

 マルセイユは思った。駄目だ。

 今回も駄目だったか。

「うーんとねー、シャーリー?」

「あたしに振るな。……そういえば、『茹でるときの塩が見当たらない』っていってたよねルッキーニ」

「うん。でもね~あったよ~赤いフタの瓶に」

「ルッキーニ、それ……」

「えっ、なにが?」

 雑用係のふたりが弁明しようとしたまま失敗したかのような段取りで、なにやらにわかに焦りを帯び始めた。

「赤いフタは……『お砂糖』……だったわよね」

 見ると、ケイは完全に顔を覆っている。

 その言葉の意味が、マルセイユたちウィッチにゆっくりと、また冷めた感触で浸透していった。

 

   *

 

「な……」

「うあ」

 絶句した面々を尻目に、マルセイユはしばらくパスタと格闘して様子を見る。

 だが、どうにもこれは生半可ではないようだ。

「う、うむ……と、とにかくだ……」

 言って、マルセイユは覚悟した。

 大真面目に腹をくくったというやつである。

「『これ』を、食べるしか……」

 

 

 

 そしてウィッチたちの阿鼻叫喚の『終末の光景』がしばらく展開されたのだった。

 ……補給はまだまだ先の話である。

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