田中くんはDクラス   作:白銀狐

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第1話 入学式より睡眠欲

 

 

「ん…」

 

教室内のざわめきで目を覚ました田中は重く伸し掛かる自身の瞼を出せる精一杯の力で持ち上げる。そこは最後に見た記憶とは違う場所だった。机や椅子が並び、前には黒板が置かれている。更に周囲は見知らぬ人々で溢れておりまさに夢見心地な気分を味わう田中だった。

 

「お、起きたか田中。高校でも席が隣同士なんて面白い偶然だな」

 

そう言ったのは中学時代からの友人である太田。金髪で不良の見た目をしているのに、根は優しく真面目という個性的な友人だ。いつも太田には迷惑ばかり掛けているが、それを本人から指摘された事は無い。

恐らく中学時代と同じく途中で力尽きた為に太田が運んでくれたのだろう。

 

「ん…おはよ太田…いつもありがとね」

 

寝起きで喉が掠れる為か上手く声が出せないが、一応感謝の気持は伝える事が出来た。実は家を出る時に妹の莉乃に口煩く言われたのだ。

 

『お兄ちゃんは太田さんに迷惑掛け過ぎちゃうんだから、莉乃が入学するまで頑張ってね』

 

あれは恐らく莉乃なりの気遣いなんだろう。いつも太田に迷惑かけてるから、そのぶん感謝の気持ちを伝えてね的な意味だと思う。莉乃も太田には色々感謝していたみたいだし、我が妹ながらとても良く出来た子だと思う。莉乃は物凄く頼りになる自慢の妹だ。

 

「そろそろ先生が来るみたいだぞ。あまり寝過ぎるなよ…高校には内申点というものがあるらしいからな」

 

そう言った太田は若干諦めている様な顔で言った。しかしそれは失礼だろう。いくらどこでも寝れるし、なんなら寝る事が命である田中でもメリハリは付けれるはずなのだ。

 

「……善処する」

 

それでも絶対と言えない自分は恐らく意思が弱いのだろう。でも、だからといってけだるげを辞める事は命に関わる事なのだ。学校側も懸命な説明をすれば納得してくれる筈だ。

 

そうこうしているうちにチャイムが鳴り、前の扉から教師と思われる女性が入っていた。手には箱を持っている。とても重そうだった。

 

「さて諸君、はじめまして。このクラスを受け持つ事になった茶柱 佐枝(ちゃばしらさえ)だ。担当は社会科を受け持つ。早速で悪いが座席の先頭はこの端末を後ろに回してくれ」

 

何だか美味しそうな名前の先生はそう言うとスマホの様な機器を配り始めた。暫くして田中の所にもソレがやって来た。

 

「今配った端末は今後、君らが此処で生活するにあたって最も重要となる金銭を管理する物だ。間違いが無ければ既に100.000ポイント振り込まれている筈だ。直ぐに確認してくれ」

 

端末を起動するとそこには確かに100.000という数字が記載されていた。生徒達がそれを確認し終えると茶柱先生は説明を続けた。

 

「この場所では金銭のやりとりを全てポイント(・・・・)で行う。その為現金の使用は今後卒業まで無いと考えてくれて構わない。価値は1ポイントで1円の価値がある」

 

茶柱先生がそう言った途端にクラス内で驚きの声が上がった。どうやら学校は全員に10万円を支給したらしい。高校生にしては大金過ぎる金額だ。普段冷静な太田も田中も驚いている。

 

「驚いたか?これは学校に入学した君達へのご褒美だと思ってくれて構わない。君達にはそれだけの価値(・・)がある」 

 

頬を上げてニヤッと笑う先生だったが、教室内でその様子を見た者は極々僅であり、その中には田中も居た。

 

基本お金に執着のない田中にとって10万もの大金を手に入れても使い道が無い。せいぜい良い質感の寝具を買う程度の欲求しか無く、田中にとってはお金よりもけだるくできる(・・・・・・・)ことが重要なのである。

 

「使い方は簡単で、会計の際に端末を翳すだけで自動で支払われる。基本的にポイントは毎月1日になると自動で振り込まれる仕組みになっている。さてここまでで何か質問はあるか?」

 

そう告げた茶柱先生は誰も手が上がらない事を確認すると再び説明に入る。しかしクラスメイト達はそれどころではなかった様で、10万円を如何に使うかという考えで溢れていた。それは田中には縁のない話であり、つまりは思考を停止するチャンスでもあった。

 

「……zZ」

 

そうして田中は記念すべき高校生活最初の居眠りを始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

「…なか。田中、起きろ」

 

太田に揺さぶられる事で目覚めた田中は周囲を見回した。先程まで騒がしかった教室はいつの間にか静寂と化しており、人が誰も居なかった。どうやら眠っていた間に皆何処かへ行ってしまったらしい。

 

「そろそろ入学式が始まるぞ、俺達も急ごう」

 

「んーあのね太田、物凄く大事な事なんだけど。俺は今夢の中でどれだけ寝れるかを競っていたの」

 

また良く分からない持論を持ち出そうとする田中に太田は嫌な顔せず黙って聞く。しかし体は既に準備していた。

 

「その競技…は全国レベルでね。…つまりは…俺のじっri◯#@…」zZ

 

「……」

 

太田は再び眠り始めた田中を無言で風船の様にクイッと持ち上げた。それは田中にとっても日常の事なので今更驚いて起きるなどしない。なるがままに太田に力を預けて目を瞑る。出来る限りの時間を気だるげに費やしたいのだ。それに…

 

今朝は早起きだった。遅刻したけど…

 

太田に担がれながらふと目を覚ました田中は寝ている間の出来事を聞いてみた。

 

「…そういえば太田、クラスはどうだったの?」

 

ただの興味本位というか、新しいクラスの様子が気になっただけだったのに、太田からは意外な反応が返ってきた。

 

「クッ…それ以上聞かないでくれ」

 

反応を見るに恐らく自己紹介で失敗したのだろう。太田は顔の強さから初対面では必ずビビられる。子供にも警察官にも。

 

「いったいどんな自己紹介したの」

 

「俺は普通に言っただけなんだっ…」

 

珍しく項垂れている様子の太田を見て少し驚く田中だったが、いつもお世話になっている太田に恩返しするチャンスだと思い、肩をちょんちょんと叩いて出来る限りの笑顔でサムズアップした。

 

「大丈夫、太田。俺なんて寝てて自己紹介すら出来てない」

 

出来る限りの笑顔と共に送ったこの言葉に太田はより深い溜息を吐いた。

 

「ところであの子は大丈夫なのかな」

 

ふと視界の奥に映った少女を指差して言う。太田もそれに気が付いていたようで、速度を落として近付いた。そこに居たのは恐らく同じ1年生と思われる、ベレー帽を被った白杖を持つ少女だった。

 

「おーいそこのベレー帽を被った女子。そろそろ入学式がはじまるが、手を貸そうか?」

 

太田はなるべく驚かせない様に遠くから声を掛ける。以前不意に声を掛けた女子生徒が驚いて尻餅をついた為だ。

 

少女は太田の声に反応したのかこちらに振り返った。顔は人形のように整っている。見た目的に幼く見えそうだが、キリッと細い目元は大人の風格が溢れ出しており、しかしその目には何も映っていない。まるで田中と同じ様な目だった。

 

気だるげな人生、気だるげな毎日を悠々自適と過ごす事を目標にしている田中は先々の不安や心配など滅多としない。眼の前に降り掛かった課題を如何に手早く済ませるか、そして眠るのか。それが最も重要な事である。そう言う意思が目に宿っている。

 

少女も似たようなもので、何処か他人には譲れない強い意思を感じさせる。その意思以外は眼中に無いと言うような目だ。

 

「これはこれは、ご丁寧にどうも。しかしながら担任の先生には既に伝えてありますゆえ、御心配なさらず」

 

少女は同じ高校一年生とは思えない素振りで断った。その余りの華麗さに目を奪われる太田だったが、残念ながら担がれている田中には少女の顔が上下逆さまに写っている為にいつも通り無感情だった。それに、何処とは言わないが色々小さいしね

 

「ところでそちらはお怪我でもなされたのですか?」

 

坂柳は担がれている田中を見て言う。しかしその目線からは太田…と言うよりも田中自身に聞いている様にも見える。

 

「なに、いつもの事だ。何処でも寝てしまう癖があってな。こうして俺が担いで運んでいるんだ」

 

太田はそれに気が付いていないのか、軽く受け答えを済ました。

 

「あぁ自己紹介がまだだったな。1年Dクラスの太田と田中だ。もし何か困った事があれば遠慮なく言ってくれ」

 

「これは失礼しました。1年Aクラスの坂柳有栖と申します。以後お見知りおきを」

 

ぺこりと頭だけで挨拶をした坂柳は非常に洗練された動作をしていた。まるで貴族のような風貌に少しだけ呆気に取られてしまう。だがふともう時間がギリギリである事を思い出したのか太田は坂柳に礼をして先へ急いだ。

 

「すまない、時間がヤバそうだ。坂柳またな」

 

「ええ、いつかまた」

 

にっこりと笑って手を振る坂柳有栖とすれ違う瞬間、横目でチラリと見た田中はその瞳が鋭くコチラを見ている様に見えた気がした。

取り敢えず、アンケートします

  • のんびり行くべき
  • シリアス多めで行くべき
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