入学式に無事間合った田中と太田はフリーとなった時間で敷地内を探索する事にした。と言っても先ずは自分達の部屋となる寮に向かわなくてはならない。太田の手には2人分の教科書などが入ったカバンが握られていた。これらを先に置いていかねば買い物など出来ない。
今日の夕飯や日用品の買い出しは大量になると予測できる。ティッシュやトイレットペーパーなどの消耗品も買わねばならないだろうから出来る限り手荷物は減らしておきたいのだ。
「太田…俺もう限界」
しかしながら相棒の田中は既に限界に近かった。普段からの運動不足と今朝の早起きが原因か、学校から寮までという決して長くもない距離ですら、今の田中にとってはキツい道に感じるのかもしれない。それに、恐らく田中が一日で消費するカロリーやエネルギーを今日は大幅に超えているのだろう。今も手荷物が何も無い状況なのにまるで砂漠にでも彷徨っているかの様に脱力して歩いている。
「もう少しだ。頑張れ」
「…太田が莉乃みたいな事を言う」
この世の終わりの様な絶望した顔になる田中だったが、残念ながらこの場には溜息を吐きながらも嬉しそうに手を握って引っ張ってくれる妹も、頑張れと応援しながらキラキラした目で手を引く友人もこの場には居ない。
太田も手には荷物を持っているし、背負えない事も無いがここは心を鬼にして頑張ってもらうしかないだろう。
太田は田中を励ましつつ、今朝配られた資料の中にある様々な施設が乗っているパンフレットを見ながら歩く。出来る限り一度の買い物で済ませる為だ。まずは何がどこに売っているのかを頭に叩き込む。本日、太田達は10万もの金額を手に入れた訳だが、油断大敵。財布の紐を緩める時が一番危険なのだ。
「…ここはまた後日だな…」
しかしながら流石、国が運営する施設なだけある。一重にスーパーと言ってもその数は膨大で、太田が知っているスーパーからマニアックな商品を取り扱う様なスーパーなど、ありとあらゆる店が揃っていた。
改めてパンフレットを見ながら実感する太田だったが、ふと田中が次第に遠く後ろの方に居る事に気が付くとその場に立ち止まった。どうやら夢中になって歩幅が大きくなっていたらしい。太田は田中がのっそのっそとやって来るのを待った。そしてようやく辿り着いたと言わんばかりの表情をした田中は一言、消え入りそうな声でつぶやく。
「…残念ながら太田、俺はもう此処で限界が来たみたい。太田の前にもう一人太田が見える…」
ここいらで限界だったか。そう言って倒れそうになる田中を受け止める太田。田中にしては頑張ってくれたと思う。入学式もずっと立ちっぱなしだったし、少しだけ友人の成長を感じた。
そのまま太田は田中を流れるようにおんぶして、体勢を整える。両の腕にカバンを持っている為になるべく負担のかからないおんぶにした。それに今日は太田も多少なりとも疲れている。担ぐのは流石に体力を消耗してしまう。
それにこの後にも買い物というある意味どれだけ出費を抑えられるかのゲームが待っているのだ。ここで体力を使い果たすのは悪手であった。
「…よし。寮まであと少しだろう」
田中を背負ったままの状態で再び何処に行くかを考え始めた太田。どうやら行きたいお店を絞って必ず何処かには行くらしい。何故か太田の主婦力に火がついてしまった。恐らく疲れによるアドレナリンだ。
その結果、いつもと少しテンションが違う太田は眼の前に不意に現れた人影に気が付かず、ぶつかってしまった。その拍子に思わず背負っていた田中を落としかけるが、何とか体感を駆使して立ち止まる。
「す、すまない考え事でぼっーとをしていた」
太田はすぐさまぶつかった人物に一言謝罪を述べたが、当の人物はそれを聞いても動こかない。流石に心配になった太田だが、相手は一切アクションを起こす気が無いようで仁王立ちで眼の前の太田を見定める様に見る。
そのうちぶつかった本人の特徴的な真っ赤な長い髪が風によって舞い上がった。それに合わせる様に赤髪は顔をゆっくりと太田の顔に向けた。
その様子はまるで(身長的に太田が見下ろす形となってしまう為)に傍から見ればヤンキー同士のメンチの切合いにも見える。
しかしながら実際の所は太田にも全く意味の分からない状況だった。普段から冷静に物事を見れる太田をしてもこの状況は流石に意味が分からなすぎて動揺してしまう。そうしてしばしの沈黙が二人の間に続いたが、ある程度経った頃に前に立つ赤髪が動き出した。
「…俺はCクラスの龍園翔だ。お前…俺の傘下に入れ」
堂々と胸を張りながらそう言った龍園は太田をニヤニヤとした顔で見た。どうやら太田の何かが気に入ったようだった。
しかし太田からすればいきなり見知らぬ男の傘下に誘われた為に更に謎が深まるだけだ。頭にクエスチョンマークを浮かべる太田だったが、龍園はその様子を沈黙と捉えたのかニヤニヤと笑いながら話し始める。
「この学校は普通じゃねぇ。俺はこの学校で王となる…その為にはお前の様な男が必要だ」
「すまない、一体何を言っているかさっぱりだ」
流石に理解不能だったのか、太田は龍園に聞く事にした。二人は初対面である筈なのだが、龍園は何故か太田を賞賛しながら傘下とやらに勧誘している。一体どういうことだっ…!?
「さっきまでお前が見ていたコレだ。これに乗っている情報を用いて俺は傘下を作ることにした。俺がトップになるにはお前の様な男が必要だ…お前は何をすれば俺に下る?」
龍園は先程まで太田が見ていた
「…つまりお前は既にソレを全て調べ上げたというのか」
太田は何か勘違いをした様だ。龍園が見ている紙とは異なる方を見ながら言った。
太田からすれば、まだ半分も調べきっていない施設の数々をこの龍園という男は全て調べ上げたと言うのだ。なんという倹約家であるか…
という評価であった。そんな太田の驚きに龍園は何を思ってか、自身の策略に気が付いたと勘違いをした。そして、まさに絶句という表情をした太田に龍園はニタニタと笑う。
「驚いたか?…俺の下に来ればてめぇが欲しい
龍園は考える。
太田の容姿、そしてぶつかった際に見せた体幹。恐らくかなりの力を持っている。元番長かそれ以上かもしれない。ここで逃すのは痛いだろう。なんとしてもこの戦力が欲しい。
太田は深く考えた。
太田にとって『無駄な出費』を抑える事は今後の生活を考えてもプラスにしかならない。初めての一人暮らしの様なものだ、10万という大金があっても不安なのは変わりなかった。龍園が手に入れた情報とやらがどれ程かは知らないが、少なくとも一瞬で全ての施設を頭に入れて、どこにある何が安いか、何がタイムセールなのかを知っているであろう龍園の口振りを信用するなら最も手に入れたい情報だ。
龍園の傘下とやらが何か分からないが、その情報は喉から手が出る程ほしい。これまで世のご婦人達が積み上げてきた情報に匹敵するかもしれないソレをこの段階で手に入れる事が出来るのなら太田は更に成長できる事だろう。月の出費が最低でも2万…いや3万は抑えられそうだ。
その時だった。背中で眠る田中が太田に聞こえる程度の声で寝言を話した。それは脈略もなければ、意味がわからないものだった。
「…うぅ…莉乃…それは甘えじゃないよ…」
しかしその寝言は、太田自分自身に向けて言われている様にも聞こえた。そして先程の思考を改める。
そうだ…世の御婦人達はみな自らの経験や実体験で少しずつ身に着けてきたのだ。恐らく目の前の龍園も同じだろう。毎日通い詰めて、商品を吟味して選んだ経験があったからこその力だ。施設を見るだけで、何が安いかなど通い詰めなければ分からないモノなのに…龍園は一体どれ程のスーパーを見て回ったのか。それに比べて俺は甘かった。他人から得られる情報を鵜呑みにして、経験で得られる筈だった大切なモノを失いかけていた。
太田はハッと気が付いた様に顔を上げ、ニヤニヤと笑う龍園を真っ直ぐ見て言った。
「龍園…すまない。俺はお前ほど優秀じゃない…俺は井の中の蛙だった。お前を見て改めてそう感じた。俺にはまだ実力が足りない。…残念だが今回は断らさせてくれ。だがしかし、しかしだ。俺は必ずお前を超える力を手に入れる」
感動した。と言う様に目を輝かせる太田の顔圧に一歩たじろぐ龍園。太田が何を言っているのか分からなかった龍園だったが、取り敢えずは断られたと判断した。
「つ、つまりは俺の誘いには乗らねぇってわけか」
「いや、俺はいつかお前の様な立派な
そう拳を握って前に突き出す。太田の珍しい本気モードであった。
龍園は自身の傘下を増やす事に躊躇などしないと決めていた。相手が断るなら、時には暴力を振るう事も視野に入れていた程だ。例えそれが相手の方が格上だとしても怯まず突き進むという決意があった。だから見た目不良の極悪人面した太田という完全に
「チッ…また来る。その時は容赦しねぇぞ」
そうして龍園は考えるのをやめた。というか取り敢えず太田の事は保留とした。いくら暴力を辞さない龍園と言えども、言っている事と顔が合わない太田を前にして困惑したのだ。ならばまだ他に宛はある。そちらを優先して、太田に向かわせれば良いのだ。わざわざ時間を使ってまで太田に固執する必要はない。いずれ手に入れればいいのだ。
そう保留という答えを見出した龍園はもう要はないと言いたげに、太田の進行方向とは逆方向に進んだ。結局は良く分からない状態で終わった龍園のこの勧誘は後にとある形で太田に関与して来るのだが、それを太田はまだ知らない。
「一体なんだったんだ…」
━━━━━━
龍園の件から数時間後、見知らぬ天井の下で目覚めた田中は部屋に漂う美味しそうな香りに気が付く。
眠い目を擦りながら部屋を見渡せば、これまた見知らぬ部屋で太田が料理をしていた。鼻歌まじりに鍋を回す太田だったが、田中が目覚めた事に気が付いたのか手を止めてコチラを見た。
「起きたか、田中。今日はビーフカレーだぞ」
「ん…ありがと…太田…」
そう言ってキッチンから出てきたのは可愛らしいエプロンを身に着けた太田だった。顔とエプロンが合っていないのに、そのギャップが少しだけ面白い。それに太田の作る料理は莉乃の作るご飯に引けを取らないレベルで美味しいのだ。
「…そういえばここは?」
ふと疑問を口にした田中に太田はカレーを運びながら答えた。
「ここは405号室…お前の部屋だ。勝手ながら入らせて貰ったぞ」
「いや、それは全然大丈夫だけど。…太田は何号室なの?」
ここが自分の部屋だと知らされた田中は興味ないと言いたげに全身の力を側に置いてある見知らぬクッションに預けた。意外にふかふかで抱き枕として活用できそうだ。
「俺は1つ隣の407号室だ。驚く事に部屋も近くだったらしい」
「凄いね。てことはこれで朝も気兼ねなく寝れると言う事か。太田に朝は起こしに来てもらえば遅刻もしないで済む」
「少しは自分で頑張ってくれ」
太田も
太田のそんな誓いなど気が付く様子も無い当の本人は大きな欠伸をして、もぞもぞと身体を起こして出されたカレーを口に運んでいた。
「ん、凄く美味しいよ太田」
太田の料理は凄く家庭的な味でカレーも甘口。聞いた所によると家では
莉乃は一人で寂しい思いしていないだろうか。兄として心配だ。
そう思いながらふかふかの座布団に座りなおす田中。ふと部屋を見回せば見知らぬ物が多い。クッションやカレンダーなど田中が持って来た持ち物以外の物が多くインテリアとして馴染んでいた。
「…というか家具とか買い出ししてくれたんだね。助かるよ」
そう言いながら田中は口にカレーを頬張る。そんな田中の感謝を大田は受け入れ、嬉しそうに、そして豪快にカレーを食べた。田中は知らないが、太田は本日主夫としての闘争心が芽生え、数々のスーパーを梯子して日用品から食材に至る全てを買い揃えたのだ。それもたった一度の買い物で。流石の主婦も驚きである。
「あ、人参がウサギさんになってる」
「そうすれば苦手な人参でも食べやすいだろう。人参の栄養は健康な身体作りに大切なんだ。好き嫌いで食べないのは勿体ないぞ」
「…太田って良いお母さんになれそうだね」
「そこはお父さんじゃないのか」
小さな所にまで抜かりのない太田にあらためて尊敬の念を向ける田中。良く聞く比喩なんかじゃない正直な感想だ。今日だけでも太田の競争率は爆発的に上がる事だろう。
「それよりも明日からどうするんだ田中。自分で家事出来るのか?」
太田はこの学校に入学するに当たって最も心配だった事を聞いた。全寮制の3年間外部から隔離される生活…田中が一人で完遂できるとはとてもじゃないが想像できなかった。
これまでは
「ふふふ…その事だがね太田。俺はこれまで莉乃も太田も知らない極秘の物を知ってしまったのだよ」
「なんだと!一体どんな極秘の物なんだ…」
以外にも自信満々に言う田中に太田は驚く。あの田中がこうも自信満々に自らの生活を全て大丈夫だと言う物など太田には想像つかない。どんな秘策なのか…
「教えてくれ田中。その物とは一体なんなんだ?」
興味津々に聞く太田に田中は待たれよと手を差し出す。そして動かないで取り出せる距離にあったカバンを開けてブツを取り出した。
「じゃん。凄いでしょ」
そう言う田中の手にはコンビニやスーパーなどで売っているごく普通のカップ麺が握られていた。誰もが知る、誰もが好む美味しい食べ物。お湯を入れるだけで完成という圧倒的無駄のない商品。まさにズボラにはとっておきの商品だ。
しかしながらそれを見て太田が驚くと予想していた田中だったが、太田は驚くどころか半ば溜息を吐きかけていた。
「…田中、明日はうどんにしような」
そう言って未だに自信満々の田中を前にカレーを頬張った。
取り敢えず、アンケートします
-
のんびり行くべき
-
シリアス多めで行くべき