田中くんはDクラス   作:白銀狐

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第3話 再開と睡眠学習

 昨日、新調したアラームの音で目を覚ました太田は凝り固まった身体を伸ばし、カーテンと窓を開けた。そして4月のまだ少し肌寒い朝の空気を目一杯吸い込み、頭を覚ます。直ぐに身支度を済ませ、一つ隣の部屋である田中の元へ向かった。

 

 部屋の鍵は昨晩、家主である田中から受け取っている為に問題なく入る事が出来た。何故太田がこんな朝早くに田中の部屋にやって来たのか、それは田中に朝ご飯を食べさる為だ。昨晩田中との会話で今日から一日フル稼働で授業を受ける事に気が付いた太田はこのままでは田中が丸一日寝て過ごしてしまう事を懸念した。そして二人で暫くどうするかを話し合った結果、太田の生活サイクルに合わせるという結論が出た。その為、本日から田中のモーニングルーティンに太田がやって来ることになったのだ。

 

 鍵を開けて田中の部屋に入り、玄関から真っ直ぐに田中の眠っているであろう寝室に向かう。ベットには心地よさそうに寝ている田中が居た。すぅすぅと寝息が聞こえる。

 

 昨日は太田も疲れていた為に直ぐに解散したが、一応念の為にと『シワにならないように着替えてから寝る事』と言ったのだが、床には脱ぎ散らかされた制服が散らばっている。恐らく着替えたは良いが後の服は考えていなかったのだろう。太田はそれらを取って見ると、シワになっている部分を見つけた。

 

「…起きろ田中。朝だぞ」

 

 太田は軽く声を掛けただけでは田中が起きない事を知っている為に起こす際は軽く身体を揺する。それに合わせてモゾモゾと寝返りを打つ田中。どうやらまだ寝足りない様だ。朝の田中をこうして見る機会など殆ど無かった為に少し新鮮な気持ちになる。

 

「ほら、朝ご飯も出来てるぞ」

 

ぐぅ〜

 

その言葉に反応するかのように田中の腹の虫が鳴った。どうやら身体は正直に食べる事を欲しているらしい。しかし脳が睡眠を優先してしまうのだと見える。しばらく問い掛けるがまるで返事でもしている様に腹が鳴るだけだった。

 

 はて、どうするべきか。少なくとも後1時間もしないうちに出なければ間に合わない。流石に初日から遅刻は不味いだろう。というか昨日の自己紹介の事もある…田中がクラスで浮いてしまわないか心配だ。

 

「…は!いかんいかん…今は田中を起こす事が優先だ」

 

取り敢えず強引に布団を引っ剥がして田中をリビングまで文字通り持っていく。今朝はトーストとスクランブルエッグ、牛乳とウィンナーだ。ざ定番という感じのメニューだがコレがまた旨い。

 

「…ん?ぁ…おは…よ、おお…た」

 

酷く声が掠れているが、きちんと挨拶した田中。完全では無いが目は覚めた様だった。椅子に持たれ掛かる田中は普段からの気だるげな様子がマシに見える程に脱力しきっていた。目を擦りたいのだろうが、そこは口だぞ田中。

 

「おはよう。今日から本格的に授業だが大丈夫そうか?」

 

「……うん」

 

これほどまで不安な『うん』は聞いた事が無い。十中八九睡眠学習になるのだろう。しかしここで諦めてしまえば、未来明るい田中の人生が駄目人間になってしまう。何事も最初が肝心だと聞いた事がある。

 

若干変な方向に意気込む太田だったが、それを突っ込む者はこの場には居ない。というか田中に意識はあるのだろうか?パンを力なく持って口へ運ぶが…

 

「田中、そこは口じゃなくて鼻だ」

 

その様子に早速心配になる太田だった。

 

 

 

 

 

 

 

無事(色々あって)田中を目覚めさせた太田はコレを毎日行っていたであろう田中妹(莉乃)の苦労を実感していた。毎朝コレを行い、家事をこなしながら学校に通う姿に思わず敬礼したくなった。

 

とまぁ、そんな訳で現在はギリギリ間に合い無事に登校中という感じである。

 

「それで太田から見てクラスの雰囲気はどう?」

 

田中は昨日の事を殆ど覚えていない様で、クラスの事や学校ルールの事などを二人で軽くおさらいしていた。といっても太田も全て完璧という訳ではない。未だに不安な事もあるし、分からない事の方が多い。

 

「そうだな…結構個性豊かなクラスだと思うぞ。昨日買い物の時に偶然クラスメイトと遭遇したが、じゃんけんで会計を決めたりしていた。…そういえばその端末に入っているポイントは本人でないと使用できない仕組みだそうだ。でも個人間での送金は出来るみたいだぞ」

 

「そうなんだ。…なら昨日のお金払うよ。幾らだった?」

 

そう言って不慣れな手付きで端末を操作し、何度か失敗しながらもなんとか太田にポイントを送金した。無事入金された事を確認した太田はその近代的な技術に感動する。

 

「使う時は翳すだけで必要分の金額が引かれるようだ」

 

早速田中は近くの自動販売機で緑茶を購入した。本当に翳すだけで会計が済んだ事に驚きながらも面白いと笑う田中。その勢いのまま3本ほど飲み物を買っていた。

 

「そんなに買って飲めるのか?」

 

「…太田、喉乾いてない?」

 

「…貰おう」

 

そう言って田中からいちごジュースを貰った太田はパックを開けてストローを刺す。田中の手にはもう一つのいちごジュースが握られて居た。それを見て田中は太田に言う。

 

「…というか俺のポイントはほぼ太田が管理してくれた方がいい気がしてきた。実際俺が使う機会なんてこうして飲み物とか買う時ぐらいだし、なんだか無駄遣いしそうだし」

 

「おいおい、俺はお前の母親じゃないぞ。…しかしまぁ一理あるな。買い物の度にこうして渡したりするのは少し面倒だ。予め月にこれだけと決めて送ってくれればその範囲で済ませるってのはどうだ?」

 

「それなら俺も楽でいいね。今送るよ。そうだ、こうして面倒掛けちゃうし少し多めに入れるね」

 

そう言って太田に多少色を付けて送金した。その結果、太田の所持金は当初より増えた。

 しかし太田も田中も物欲というのが極めて少ない。太田はスイーツなどを回る事もあるが、それだって毎日ではない。このペースなら月に消費する金額は5万以下に収まるだろう。寮は電気ガス水道すべて無料だしそこまで散財するとは思えない2人だった。

 

「そういえば昨日、龍園という奴に会った。その際に俺の実力はまだまだだと気付かされた。何でもどこにどんな物があるのか。そしてどこが一番安いのかを既に知っているらしい」

 

「…それってすごいの?」

 

「あぁ、無茶苦茶凄いぞ。タイムセールやどの時間帯にどんな商品が売れているのかを予め把握しておけば買い物もスムーズに行えるし、ついついしてしまう高い出費も抑えることに繋がる」

 

太田の力説によく分からないという顔をする田中。それを構いなしに太田は説明する。どうもその龍園という人物は太田をしても勝てない程に主婦力高い人物なのだそう。といってもそれが何であって、どう凄いかなど田中には理解できないのだが。

 

「…それで、その龍園?さんは具体的にどんな人なの」

 

「確かCクラスだと言っていたな。昨日の買い物の時に三人組で歩いているのを見かけた。その時も是非に買い物の秘訣を聞きたかったんだが、目の前にあるお一人様一品までの無料品を吟味していたら居なくなってしまってな…」

 

無料商品(そんなの)もあるんだ。なんだかこの学校って至れり尽くせりだね」

 

何気ない会話の中でも驚く事が多いこの学校のルール。10万もの金額を生徒一人に与える事も、無料の商品が数多くある事も。気を引き締めなければ、これまでの常識や金銭感覚が酷く狂いそうになる。…まぁ先程も言ったが、散財する気は更々ないんだが。

 

そう自己完結し、頷く太田。というのも二人の前から見知った姿がこちらに走り寄っているのに気が付いたからだ。その人物はニコニコと笑顔で弾丸の様にやって来た。

 

「しーしょぉー!太田くん、おはようございまーす!」

 

誰が見ても同い年に見えない身長の少女が弾丸の様な速度でやって来て、二人の前で元気満々というピッタリな言葉通りに挨拶した。更にそれで収まらず、その場でジャンプなどして常に動き回る。

 

「…おはよう宮野(みやの)さん。今日も変わらず元気だね」

 

田中の気だるげな雰囲気とは間逆の宮野。しかしその間は非常に濃い友情で満たされている。田中は持っていたいちごジュースを宮野にあげる。それを受け取って喜ぶ宮野。なんだかこうしてみると親子にも見えなくはないが…

 

「ありがとうございます師匠!今日から高校生活が始まると考えるとやる気が漲ってくるものです!」

 

 宮野は色々あって田中の事を師匠と呼び慕っている。詳しくは省くが、以前に田中の気だるげな態度を『大人気』と解釈した事によって彼女は大人びた色気を欲して弟子入りしたのだ。まぁその結果、がんばり屋で懸命に気だるげを意識する彼女の根本的な性格が仇となって、田中からは才能0で破門とまで言われてしまったのだが…

 

まぁ、今は色々あって一方的に田中の事を師匠と呼ぶ関係となっていた。田中もそれに異論は無い

 

「ところで私はBクラスでしたが、ししょー達は何処のクラスなのです?」

 

「何の偶然か俺達はまた同じDクラスだった」

 

中学からずっと変わらず同じクラスとはある意味運命的な何かを感じる。というかそのお陰で今もこうして仲良くいられるのかもしれない。

 

「それは羨ましいです!Bクラスには白石さんが居るので寂しくは無いのですが…その、えっちゃん達とも離れ離れになってしまって…」

 

見るからにしょんぼりし始めた宮野。確かに宮野も中学生活では同じクラスだった。あの頃は毎日の様に話をしていた筈だ。振り返れば元気いっぱいに年中楽しそうに笑う彼女が居る。クラスが違えば友人ではない、とまでは言わないが流石に距離は感じるのだろう。

 

「あ、そうです!。実は白石さんから言伝を預かっていたんです!」

 

「言伝?」

 

宮野は自身の端末を取り出して恐らくメールのやり取りを遡っているのだろう。目的の文章を発見し、要約して言った。

 

「えーこほん。入学時には携帯電話は持ち込めないというルールで皆の連絡先が分からないから今度集まらないか。…だそうです!」

 

「確かにそうだな。連絡先は交換しておいて損は無い」

 

「そうですよね!。私も太田くんに同感です!」

 

宮野もうんうんと頷いている。どうやら皆で会うのは確定事項のようだ。もちろん田中も不満は無い。というか太田が行くなら必然的に田中もセットとなるのが基本だ。

 

「それに実は昨日から気になってた店があってな。そこにあるケーキが期間限定で旨いらしいんだ」

 

そう言って太田は昨晩見つけた『美味甘味処特集』というサイトを端末で調べて二人に見せた。そこには敷地内にある様々なお店の特徴や期間限定商品等がびっしりと乗っていてとても分かり易いサイトとなっていた。一体誰が作ったのか、恐らく敷地内のスイーツ店そのほぼ全てが記載されていると思われる量だった。

 

「ケ、ケーキ!良いですね、それ最高じゃないですか!」

 

宮野は記載されているケーキの写真を見て目をキラキラと輝かせた。今にも涎が垂れ落ちそうになっている。それほど食べたい!という欲求が見ただけで伝わって来た。そのとてもわかりやすい反応に太田も思わず笑ってしまう。

 

それに比べ田中は相変わらずの無表情であったが、何処となく興味ありそうな様子だった。はて、田中の気を引く食べ物などあっただろうか。とメニューを見直す。

 

「それでは白石さんも交えて日にちを決めましょう!こうしてはいられません、思い立ったが吉日というやつです!」

 

いちごジュースを飲んで元気満タンな宮野は早々と学校へ向かった。恐らく白石にこのことを伝える為なのだろう。その後ろ姿を見ながら『メールを使えば良いのに』と思う田中であったが、それは敢えて言わないようにした。というか、どうせ言っても生きる弾丸である宮野には追い付けない。追い付こうと考える事すら田中に言わせれば酷くエネルギー効率の悪い生き方である。

 

 

 

 

 

 

始業ぎりぎりの所で田中を抱えた太田が入室した。それを見てクラスメイトは驚きと困惑の表情を浮かべる。その様子を担がれながら見た田中だが、その原因に心当たりは無い。

 

「あ…せ、セーフだね太田くん」

 

そう言って駆け寄って来た少女…田中にとってははじめましての女子生徒である櫛田を見る。知らぬ内に太田とは顔見知りになっていたらしく、太田も親しげな雰囲気で適当な相槌を返していた。

 

 暫くして櫛田と別れた太田は田中を席に下ろし、自身のカバンを片付け始める。それと同時に教室の扉が開いた。どうやら本当にギリギリであったらしい。教師の茶柱先生が入って来た。するとそれまで各々好きな事をしていた者達も次第に席に座り始め、茶柱先生は全員が席に座り終えるのを確認してHRを始めた。

 

「おはよう。今日から君達にとって初の授業が始まる。だがそう構える事は無い。恐らく大体の教科は中学の復習やオリエンテーションだろう。池そう強張るな。肩の力を抜け」

 

池と呼ばれた男子生徒は先生の指摘で半笑いになりながら力を抜いた。どうやら見れば、皆それぞれ少しだけ緊張しているらしい。田中も緊張しているのか今は珍しく起きて話を聞いていた。

 

「君達はこれまで通りに過ごせばいい。ただ何時もの様に当たり前の事をするだけ。なんら変わりはないだろう」

 

先生のその若干の砕けた雰囲気に生徒達は次第に肩の力を抜き始める。隣通しで微笑み合ったり、時には先生にレスポンスしたり。そうしてHRが終わる頃には生徒達の緊張は目に見えて無くなっていた。それを田中は眠そうな目で見る。

 

流石日本一の教育機関である。教師と生徒の関係を上手く利用し、その巧みな話術で相手の信頼を得た。とても教育面で優れていると実感させる。

 

その後は軽く先生の連絡を聞き、直ぐに一限目に入った。初めて見る教師が軽く自己紹介と授業のオリエンテーションを行い、中学の復習をちょこっと行うという流れが続く。

 

ただ、一限目はまだ普通に起きていた田中も二限、三限となれば瞼に重みが乗り始め、ついには四限目を迎える事なく意識を手放した。それを一部始終隣で見ていた太田もその退屈な授業に釣られて寝てしまいそうになる。それを気合でやり過ごし、なんとかお昼を迎えた。

 

「田中、もう昼だぞ」

 

四限目が始まる頃には既に寝ていた田中を揺さぶり起こす。その太田にクラスメイトは横目で見守る。なぜこうまで注目されているのかは未だ謎ではあるが、自己紹介や人相による誤解などこれまで幾度もされてきた。この程度でへこたれる太田では無い。

 

それにクラス一のイケメンと名高い(らしい)平田という男子生徒が食事に誘うというイベントがあった為に視線は平田に向く。その隙に田中と太田は教室を出た。

 

「…それにしても太田は人気者だね」

 

教室を出て直ぐにそう言う田中。しかし太田は最初、なんの事か理解できなかった。が、直ぐにクラスメイトの視線の事だと気付く。

 

「あれは人気とかとは違う気がするぞ。なんというか…怖がられてる…?」

 

「そんな事ないよ。何方かと言えば俺の方が怖がられている気がする」

 

田中は自身に向けられる視線に敏感である。普段から見られる事を嫌う田中の特殊スキルの様なものて、他人からの視線を強く感じるが故の感想。太田に向けられる視線と自信に向けられる視線は何処となく種類が違う…

 

例えるなるば、太田を見る視線に乗る感情を恐怖だとするならば、田中を見る視線には太田の恐怖を上回る『得体のしれなさ』を感じるのだ。見た目不良の太田と見た目もやしっ子の田中が、客観的に見れば関わる事など無い筈なのに、田中が太田と仲よさげにしている。そのギャップ、違和感があるのだろう。

 

しかし二人は根本的な部分に気が付かない。仲が良いからこそ盲目になる部分があるのだろう。自身に向けられるクラスメイトからの視線について疑問に思う程度だった。

 

そんな話を廊下でしていた二人だったが、ふと背後から聞き慣れた声がし、後ろを振り返った。そこには二人がよく知る同級生…越前(えちぜん)が居た。

 

「ようお前ら、なんだか面白そうな会話してんじゃねぇか」

 

「越前か。なんだか久しぶりだな、入試の時以来か」

 

入学式では姿が見えず、そのまま会うことも無かったので実に久しぶりであった。前に合格した事は聞いていたので居ることは知っていたが、残念ながらなかなか合う機会が無かった。

 

そんな越前は二人の会話を聞いていた様で、笑いながら補足する。

 

「そりゃねぇぜ。お前みたいなひょろひょろを怖がる奴そう居ねぇよ」

 

そう言って軽く笑いながら田中を叩く。その反動で大きく前後する田中。廊下ではその様子を数名の女子が見ている。

 

「そういえば、宮野さん、とはもう会ったの、」

 

「あぁ!今朝下駄箱で偶然あったぜ。そういえばお前らも今度の集会に参加すんだって?私も必ず行くから連絡しろよな」

 

越前はそう言って連絡先を二人に送った。それを見て背後の女子生徒達は軽く声を上げる。何をしているのかここからでは分からないが、こちらをチラチラ見ているのでもしかすれば越前に用事があるのかもしれない。ならば何時までもここで話しているのは申し訳ない。

 

太田は軽く越前に別れを告げて田中と二人でその場を離れた。その後越前は予想通りに数名の女子に囲まれていた。

 

「ああいうのが人気者って言うんだね」

 

中心で女子数名と話す越前をチラッと見ながら田中が呟いた。それにワンテンポ遅れて太田は一言「そうだな」と返すのだった。

取り敢えず、アンケートします

  • のんびり行くべき
  • シリアス多めで行くべき
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