俺はただあの日、家に向かって帰っただけだ。
その日は天気も良く、とても晴れた日だった。
その日、俺は最近嵌ったばかりのマンガの単行本を大人買いして抱えていたんだ。
そのマンガの悪役の末路が気になって。
どのように死ぬかはネットでもネタにされているから知っているが、それでもそれに至る過程という物が見たくて原作を買った。
だからこそ、その日はこれ以上ないという程に帰宅が楽しみだった。
...だが、俺は帰れなかった。
晴れているにも関わらず、響く雷鳴。
そして目の前が光ったかと思えば、気が付けばどこか暗い闇の中に居た。
身体がまるでなくなったかのように軽く、どこにでも行けそうなほどの解放感。
そして耳元で「もっと生きたいか?」と男の声がした。
そりゃ人間、誰でも生きたいに決まってるだろ。
そう思って、生きたいと返事をした。
その時、まるで誰かに連れていかれるように引っ張られる。
戸惑って後ろを振り向いた瞬間、全てを理解した。
暗い中、遠くに横たわっている自分が見える。
その目は見開かれ、身動き一つ取れていない。
そして体の一部が焦げていた。
.,,,俺は、死んだのだ。
◇
「っはぁ!!...はぁ...はぁ....夢、か.......?」
起き上がる。
なんだったんだ、今のは...酷く変な夢だった。
そう思ったが、周囲を見れば夢ではないと分かる。
見覚えのない森林の中。
地面を見れば剥き出しの大地。
こんな外で俺は普段寝ちゃぁいない。
妙に痒いと思って、腕を見るとアリが噛み付いていた。
「ッ!しっ!しっ!」
手でそれを払う。
噛まれたところは赤く腫れていた。
こんな知らないところで、こんな....運が悪い。
そう思いながらも、辺りを見回して物思いに耽る。
....本当にどこか分からない。
俺はあの後、どこかに連れていかれのか?
これが天国という物なのだろうか?
いや、だがそれにしては感覚が明瞭だ。
思えば、死んだと気づいた時は身体の感覚が希薄だった。
今は空気の流れも、草の匂いもありありと感じる。
俺は....生き返ったのか?
とにもかくにもここに居ても始まらない。
俺は行くあてもなく歩き続ける。
今は夜であり、辺りは暗く静かだ。
鮮明な感覚で林道の風や日陰の涼しさを感じながらも歩いていると、目の前に湖畔のような物が見える。
木製の橋などが掛かっており、近くには小屋のような何かの施設がある。
「...これを見るに、人はちゃんと居るわけか....。」
人の使う施設がある以上、そこには人の営みがあるはずである。
夜であるからこそ、人が居ないのだろうか?
湖畔の近くまで歩み寄ると、途方に暮れて溜息を吐く。
やはり、ここは知らない場所だ。
手元を漁ってみても携帯のような連絡手段は持っていない。
それどころか財布もなかった。
それに妙にスース―すると思えばなんか服かよく分からない変な服装をしていた。
なんだこの....全体的にピンクな奴は...
周りの風景に見覚えがない癖に、この服には何故か見覚えがある。
とにかく、地面で寝ていたからか顔がパサパサしていた。
湖の水を見て、清涼であれば顔を洗わせてもらおう。
そう思って湖面を覗き込む。
覗き込めば、当然そこには自分の顔が写っているはずで....
「な、...なんだ....俺の顔が.....これは....!?」
湖面には俺の顔が写っていなかった。
いや、厳密には“顔”は写っている。
しかし、それは俺が見慣れていた自分の顔ではなく、一人の外国人男性の顔が写っていた。
それも、その顔には見覚えがある。
...いや、見たら直ぐに誰か分かった。
「これは....ボス!....あの、5部のラスボス...ディアボロの顔じゃあないか!!」
そこには自分の顔ではなく、ジョジョのラスボスにして自分の最も好きなキャラ、ディアボロのような男の顔が写っていた。
それはまるで他人の精巧なコスプレを見ているような感覚。
しかし、自分の顔をぺたぺたと触れば、湖面の男もぺたぺたと自分の顔を触っている。
女のような長く、ピンクの髪も自分の視界に入ってきた。
どういう...ことだ.....。
俺は、なぜ....ディアボロになっている!?
よく考えてみれば、妙に見覚えを覚えていた自分の服装。
これも完全にディアボロの物だ。
服としての役割を果たしているのかと疑う程のスケスケの服だ....。
何かが...起きている。
俺の知らない間に、理解の埒外にあるような現象が起きている。
思えば、俺はあの時死んだはずだ。
なのに、なぜ今俺はここで息をしているんだ....?
俺は、どうなっているんだ?
そう戸惑っていると、どこかでべきべきと何かをへし折る嫌な音。
それが幾重にも重なって聞こえてくる。
な、なんだこの音....そ、それに音がどんどん近づいている。
何が、迫ってきているんだ...ここに!?
戸惑っている瞬間、変な感覚に襲われる。
自分の髪の裏に、何かが写っている。
見ると、それは目の前の湖畔に黒くて大きい何かが着水し、辺りの水が飛び散っている映像。
なんだこれは....この光景は一体.....?
目の前に広がるビジョンに疑問を抱いた直後、凄まじい勢いで目の前の湖畔に何かが着水する。
「うおぉぉぉっ!!」
巻き上げられた水は波となって俺すらも飲み込む。
湖水の波に飲まれて、押しのけられる。
目を覚ました時と同じく地面をまた横たわる羽目になってしまう。
なんだ....まさか、今見ていた光景は.....。
なんとか立ち上がり、湖面に着水した何かの姿を確認しようとする。
それはビジョンで見た通り、とても黒くてうねうねとした大きな球状の影のような物。
唸り声をあげていることから獣?の類でないかと思われる。
俺の居た現実では存在することすらあり得ない存在だと分かる。
あれは....なんだ?
あんなものが存在している。
...まさか、俺は生き返ったのではなくどこか別の世界にでも移動したとでも言うのだろうか?
さしずめ転生したとでも言うのであろうか?
そんなこと、本当にあり得るというのか?
そして、なんで俺はあの存在を事前に“見る”ことが出来た?
....まさか、俺は。
この姿。
そして髪に写った未来のビジョン。
まだ確証は少ないが....今のはエピタフ?
ディアボロの持つスタンド能力なのか....?
そう思案していると、黒い影は顔を上げる。
そしてずっと唸り始める。
それは動物の本能的な恐怖を刺激するような声。
と、とにかく逃げるべきだ。
エピタフが使えるからと言ってどうこうできる存在ではないと感じる。
未来が見えるからと対応できる存在じゃないのだ。
それに俺は喧嘩もやったことがないような温室育ちだからな....。
そう思ってゆっくりと見つからないようにぐしょぐしょの身体を引いてその場を後にしようとする。
すると目の前の黒い影が一瞬膨張する。
なんだ!?何をするつもりだ!!
身構えた瞬間、またあの感覚。
そして髪の裏側にまたビジョンが写る。
そこには....
「なっ....っ!?こ、これは.....!!」
何かに腹をぶち抜かれた自分の姿が映っていた。
その目には光がなく、ぶち抜かれた腹からは血と共に臓物まで地面に飛び散らせていた。
俺は....この後、死ぬのか.....?
もし、これがエピタフなら、この未来は....確実に来るっ!!
その場から逃げなければ!!
何が自分の腹をぶち抜くか知らないが、とにかく退避行動を取らなくては....っ!!
そう思い、咄嗟に横に駆け抜けようとして。
「■■■■■■■■■■■!!!!」
何かを喚くその影。
そしてその影が収縮すると共に、何か黒い物が辺りに飛び散る。
黒い飛来物は家や橋の一部分を抉る。
そしてその一部は凄い速さでこちらに飛んできた。
...ダメだっ!回避が間に合わな.....!!!
「ヴッ...うっ...ぐぅぅぅぅ...あっ......」
腹に何か衝撃を感じる。
まるで自分の身体の一部を持っていかれたような感覚。
その腹に目をやると、脇腹からへそにかけて肉が抉れている。
それを認識すると、数秒後に痛みがまるで警鐘を鳴らすように身体全体を駆け巡った。
「あぁぁ...づぅぅ...っ、あぁぁぁぁぁ、がぁぁあああああああッ!!!!」
余りの痛みに膝を突き、倒れ伏してしまう。
ダメだ...こんな痛み、感じたことが....
傷口が熱い。
身体はただのたうち回るだけで言う事を聞かない。
すると、目の前で黒い影に対して一人の金髪の男の子が何かしようとしていた。
あれは....子供じゃないか。
ダメだ、何している....アレは、危険だ、逃げ....
そう思っている間にも意識が薄れていった。
あぁ....駄目だ。
また...死ぬのか、俺は?
二度目の生をもらったというのにも関わらず、俺は...こんなに...も...はや......
◇
「うっ...うわぁぁぁ!!!....はぁ...はぁ....これは....さっきの.....」
見回すとさっき俺が目を覚ました場所。
そこに何故かまた横たわっていた。
土に塗れた顔。
腕に痛痒さを感じて腕を見ると、さっきとまったく同じ場所にアリが噛み付いていた。
おかしい...さっき、俺は腹をぶち抜かれて死んだ。
実際にこの目で脇腹からへそにかけて確かに体の部位がなくなっていた。
腹の辺りに手を伸ばす。
「...ある。ぶち抜かれたはずの....腹がちゃんと....怪我一つなく....。」
ちゃんと身体が欠損してなかった。
どういう....ことだ?
夢?
さっきの出来事が夢だったのかと疑う程。
しかし、確かにあの感覚は。
意識の途切れる瞬間。
恒常的に感じていた死の恐怖。
それが嘘とは....思えない。
欠損したはずなのに、綺麗な身体。
横たわった地面の位置と砂に塗れた顔。
そして腕に同じ位置に噛み付くアリ。
まるで....。
「最初から....まるで最初からだ。すごろくで振り出しに戻ったかのように....最初に戻っている!!」
俺に、何が起きているんだ。
最初に戻った?
そんなことがあるわけ...。
そう思って見ると、目の前には自分のさっき歩いた道。
「...もし、始めに戻っているとしたら。」
振りだしに戻ったとしたら、あそこを通って湖畔に行けば、またあのよく分からない影を目にしてしまうかもしれない。
そうなれば...また、死んでしまうかも。
だが...これが初めに戻っているのか。
それを分かるにはあの道を辿れば、簡単にそれが分かるだろう。
だが....。
あの時に感じた死の恐怖が頭をまた過る。
...俺が歩いていた道。
それを迂回しよう。
さっきとは別の場所から湖畔の方を見るとしよう。
考えてみれば、最後の瞬間に金髪の少年があの影と対峙していた。
考えてみれば普通の少年がこんな暗い夜に、あんな影を相手に対峙するのはおかしい。
もし、もしだが、あの少年がそういう存在を退治するような存在だとしたら...。
この世界の世界観が分かるかもしれない。
ここが、どこか。
それすらも分かるはず....!
そう思うと、迂回路を進んでいく。
するとまたどこかからバキバキと木をなぎ倒すような音が鳴る。
そしてその後にバシャーンと着水するような音。
...あの音は、黒い影が着水した時の音。
仮定が確信に変わる。
俺は、目覚める前の振り出しに戻ったんだ。
そう思った瞬間、目の前の髪にまたビジョンが写る。
あの時に明確に俺の死を予知してみせた。
これは間違いなくディアボロの能力であるエピタフだ。
一体、何を見せるんだ....
まさか、また...俺の死の瞬間か?
戦々恐々としていると、ビジョンが目に入った。
そこには俺の目の前を黒い何かが横切る。
このまま進めば....また当たる!
足を止めると、ヒュゴォと風を切る様な音と共に目の前を黒い何かが横切った。
その瞬間に巻き起こる風。
あれは、あの時あの影が飛ばした物。
ということは....あの時の死は回避できた?
そういうことなのか?
とにかく振り出しに戻ったこと、そしてエピタフが使えることが分かった今、態々あの危険な湖畔に戻る必要はなくなった。
たしかにあの男の子のことは気になるし、接触に成功すればひとまずここはどこかなど聞けるかもしれない。
だが、それ以上に危険性が高い。
二度目はなくても、三度目は死ぬかもしれない。
別の場所に行こう。
そう思って他所に足を向けた瞬間。
何か硬い物と何かがぶつかる爆発音のような大きな音が周囲の空気を揺らす。
「っっっ...うあぁああ!!!!」
咄嗟に耳を押さえると、衝撃波と莫大な音が空気を揺らした。
巻き起こった風圧に呑まれて吹き飛ばされる。
そして吹き飛ばされたところで木に激突してしまう。
「かはっ!!?...がはっ...ごほっ.....さっきから....何が起きているのか、まったく分からん。あの黒い影が暴れているのか。....いてっ!」
地面に墜ち、咳き込んでいると額に何かが当たる。
額を押さえると、何が飛んできたのか確認する。
すると、それは目の前に落ちていた。
「青い石....?」
とても綺麗な、まるで宝石のように澄んでいる石。
それを手に取ると、よく見てみる。
その石はいつ見ても綺麗ですべすべしており、菱形だ。
「これは....明らかに人工物だ。それも宝石の部類。さっきの風圧で飛ばされてきたのか?....もしかしてあの男の子の持ち物か?」
宝石を握ると仄かに熱い。
これを持っていてもどうしようもない。
男の子がどうなったのかも分からない。
だが確かに言えることは、依然この場が安全であるか分からないといったことだ。
顔は....ぼんやりだが覚えている。
もしあの子に会えたら返すことにしよう。
そう思って石をズボンのポケットの中に仕舞う。
その瞬間、自分の足元がより一層暗くなる。
月が雲に隠れたのか...?
そう思った瞬間、また目の前にビジョンが写る。
今度は何を映すのか。
さっきはエピタフのお陰で死なずに済んだ。
今度も、そういう予知であってくれ....。
そう願った瞬間、目に映ったのは黒い何か。
なんだ....、この予知は?
どういう意味だ....。
予知の内容に戸惑いつつも、上を見上げる。
「な、なにィィィィ!!!??」
自分の真上から黒い巨大な何かがこちら目掛けて落下してきている。
その速度は尋常ではない。
このままでは、押し潰される!!
なんとかして....。
そう思考を巡らす前に、意識が途切れた。
◇
「はっ!!はぁ...はぁ...また、ここから....か。」
目を覚ますとまた最初の場所で横たわり、同じ位置をアリに齧られてる。
振り出しに戻った。
つまり、俺はあの黒い何かの質量に押し潰されて死んでしまったのだろう。
直前に見た予知は、俺を押し潰した後の黒い何かだったのだ。
それにしたってまさか3回も死ぬなんて....。
一度ならず二度までもここに戻された。
まさか....三度目もあるのではないか?
そう思うと、ふとある思考が脳裏を過る。
俺は姿や顔は5部のボスであるディアボロ、そして能力もエピタフを持っている。
そして死んだら最初からやり直し。
それ以前に死にそうになるのが多くないか?
まるでそのように運命が収束しているような....
そう考えると、とある可能性が浮かんでいる。
俺はボスを模した状態で転生させられた。
そして、その模した範囲は能力だけじゃないとしたら?
5部最後まで読んでいない俺でも、ネットでネタになっている以上はボスの末路は死んでいる。
最後は主人公の能力、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの前に敗れ去り、無限に死の瞬間を味わうことになると。
終わりがないのが終わりとはよく言ったものである。
もしや、俺自身もこれから先、無限に自分の死を味わうことになるのではないか?
ボスの末路すら模した状態で転生したんじゃあないか?俺は。
だとしたら....。
「冗談じゃあない...なんで、なんで俺がそんな目に遭わないといけない!」
ボスは麻薬を蔓延させたり、主人公一行を殺したりなど悪行を繰り返した末にそうなった。
それは良い。
だが、俺は何もしていない。
ただ死んだ、質問に答えたらよく分からないところに飛ばされてきた。
それに加えてそうだとしたら、それは理不尽と言う他ないじゃないか!!!
「と、とにかく....死んでたまるか....死にたくない、俺は絶対に....」
あの力が抜ける瞬間、意識が途切れる瞬間が怖い。
死んだら普通の人はそこで終わりだが、俺はその瞬間までありあり覚えているのだ。
あんなのを何度もとか....冗談じゃあないんだ!!
踵を返して急いでさっき行った道の反対を走っていく。
ただひたすら走る、走る。
何度転んでも、立ち上がって。
息が切れても、足が痛くなっても止めずに走り続けた。
遠くでなにか大きな音が聞こえる。
後ろを見ないようにひたすら走る。
すると、遠くに街の光のような物が見え始める。
だが、油断するな。
いつまた死が迫るか分からない。
死んだらまたあの場所で最初からだ。
嫌だ....嫌だァ!!!
走り続けると、遂に山を抜けた。
そこは道路。
そして向こう側には街が広がっていた。
「左右ちゃんと見るんだ...横断歩道を渡るのだ....私よ!」
ここで安心して渡ろうとして急に来た車に轢かれてはまた最初から。
俺は注意深く、周りを見回して横断歩道を手を挙げて渡っていった。
夜の街を前にして、心の声が口をついて出た。
「...無事に生きたとして財布も何も持っていない。これでは....いずれ餓死で死ぬんじゃないのか?」
とにかく、安全かつ人の目がない寒さを凌げる場所を探さなければ....
そう思うと、これまた周囲を慎重に注意深く見回して街を歩き始めた。
この時の俺は、あることが頭から抜け落ちていた。
エピタフが使えること、それが示す可能性を。
もう一つの能力、運命に対抗するための自身の力を。
そして、あの時見た男の子のことさえ。
自分のことで手一杯で、どうすれば生き残れるかということしか考えていなかったから。
今日のボス:ジュエルシードの異相体に腹を抉られ、押し潰されて二度に渡って殺される。