「まだ、生きている。俺は....生きているぞ。」
あれから恐慌状態で街を歩き続けて数時間。
体力の限界に達していた俺は、あたかも浮浪者のように橋の下に身を隠すことにしたのだ。
確かにここなら人の目も少なく、直射日光が当たることも少ない。
問題は水辺が近くにあることと、虫や蝙蝠のような動物も来るという事だろうか。
蝙蝠の糞には健康に害があるとどっかで読んだことがある。
とはいえ、疲れ切っていた俺はそんなこともどうでもいいっていう感じでさっきまで眠りこけてしまっていた。
そして今起床し、現在生きていることを安堵した。
だが、この安堵はまだ早い。
「衣食住。その内衣食だけでも手に入れなければ.....暖かい気候だからいいが、その内寒くなるやもしれん。それに....このままでは何者かに殺される前に餓死してしまう....。」
街を歩いて気付いたが、この世界も俺の居た世界とどうやらそこまで変わりはないようだ。
嬉しくもあるが、同時に頭を抱えるべき点でもある。
つまりは金がなくては欲しい物を手に入れることが出来ないということなのだから。
もしかしたら心優しい自治体などが炊き出しなどを行っているかもしれないが、土地勘のない自分にはどこで行われているか分からない。
それに行われているとも限らないのだ。
それならば、どうやって金の工面をするべきかと言ったことを考える方が現実的である。
少なくともいつまでも橋の下に居ればその内朽ちるように死んでいく姿が目に見える。
外に出よう。
策は思いつかないが、歩きながら考えよう。
そう思って橋の下から出る。
外は明るく太陽が燦燦と輝いていた。
しかし、俺の心は晴れない。
自分がどうしていけばいいのか、分からないからだ。
周囲の警戒を怠るな。
確かにさっきはこの世界は俺の居た世界と同じといったが、完全に同じというわけではない。
あの大きな黒い塊。
あんな存在は俺の知る得る限りは、存在しない。
歩き回っていると、商店街が見える。
服のセレクトショップやら食料品店、ドラッグストアなど見えてくる。
....飯物屋の近くを通るのは避けたい物だ。
腹の虫が鳴ってしまう。
前であれば食べたい物など金を出して食べていただろうに....。
しかし、商店街に来たことは決して無駄ではなかった。
この街の名前が分かったのだから。
海鳴市、それがこの街の名前だ。
それなりに大きい都市らしく、自然も豊かであるのが売りらしい。
まぁ歩いてみて良い街だと思う。
出来ればこんな風にビクビクと周囲を警戒しながらではなく、ゆっくりと気楽に散策したかったものだが。
それにしても....エピタフ。
俺が持つあの予知能力は、やはり任意に発動することが出来ない。
...というよりもやり方が分からなかった。
それと同じような理由でキングクリムゾンを出そうと寝る前に橋の下で何回かジョジョ立ちをしてみたが無理だった。
傍から見ればボロボロの外国人男性が変なポーズでキングクリムゾン!とか叫んでいるのだから通報必至だ。
多分、あの瞬間は疲れすぎておかしくなっていた。
本当に、あの橋の下が人目を引くような場所ではなくてよかった。
歩いていると、ふとコンビニの出入り口付近に貼ってある紙が見えた。
「アルバイト募集.....か。」
確かに金を手に入れるには働くしかない。
しかし、履歴書が書けなくないか?
俺は免許どころか戸籍もあるか分からない。
それに見た目は外国人。
もしかしたら密入国者と思われるかもな....。
条件を見れば、身分証明書が必要なようだ。
俺には、無理だ。
「...まさかこの私が、コンビニバイトも出来ないなんて......。」
昔は自由になんでも出来た分、今のこのにっちもさっちもいかない状態がもの悲しい。
どうしてこうなったんだろう?
...分かったらここまで苦労してないや。
そう思ってとぼとぼ歩き出す。
はぁ...いや、マジでどうしよう。
これ詰んでねぇか?
飛ばすにしてももっと生活できるように気遣いくらいしてもいいだろ....。
そう思いながらも、行く宛てもなければ歩き続けることしか現状の自分には出来ることがない。
張り詰めた糸はすぐ切れるとはよく言ったもので、散々街を散策している間に俺は周囲の警戒を止めていた。
なんかもう....嫌になってきた。
付近を見ると、ちょうど帰省している小学生たちがちらほらと見える。
果たして俺はどのくらいまで寝ていたのだろうか?
それにしても楽しそうに笑っちゃって....羨ましい物だ。
いや、俺の目から見れば小学生じゃなくても羨ましく見えるな。
そう思っていると、急に小学生の一人がこちらを見て、歩き寄ってくる。
な、なんだ.....!?
俺に向かってきて....なんのつもりだ!
まさか...俺に、害意があるのか?
スタンド使いは惹かれ合うというように、俺は死の運命を引き寄せてしまうというのか?
ちょうど集中力が切れていたころに限って、こんなことが起きるだなんて....
その栗色の髪の小学生女子は俺を見上げながら足を止めていた。
その子の後ろにはその子を心配そうに見る黒髪の女の子と、こちらの様子を睨みつけるかの如く窺う金髪の少女。
たとえ小学生といえど油断してはいけない。
そう思うと、つい及び腰になってしまう。
こんな子供にまで身構えている自分はさぞかし滑稽に映るだろう。
「あ、あの...足、怪我してるみたですけど...大丈夫ですか?」
その少女は俺に対してそう言ってきた。
深刻そうな顔をしているように見えたが、どうやらこちらを心配していたらしい。
自分の足を見る。
確かに最初は綺麗なジーンズだったというのに、ダメージジーンズのようにズタズタで、足からは血が何箇所か出ていた。
....心配されてもおかしくはないな。
俺はなんとか落ち着いて返答をする。
「大丈夫だ....問題はない。」
問題しかないんですがそれは....。
しかしそれをこの小学生に言った所で、何が変わるというのか。
変わるはずもない。
「そ、そうですか....でも......」
「な、なのはちゃん....その....」
「本人が大丈夫って言ってるんだから良いじゃない。」
問題ないと言っても少女はどこか心配げにこちらを見ていた。
なのはちゃん...というのか。
なんだ、普通に良い子じゃあないか。
こんな形でなければ、是非とも一度話してみたかった物だ。
後ろの黒髪の少女は彼女の袖を心配そうに摘まんでおり、金髪の少女はこれ以上関わるのはやめとけ!やめとけ!とでも言うようになのはちゃんに言葉を掛けていた。
まぁ友達が良く知りもしない外国人のそこら辺歩いている兄ちゃんに話しかければ止めたくなるのも分かる。
女の子だし、もし何かあったらって思うと怖いからな。
だからこそ、こちらからも安心させなければなるまい。
「悪いが、私は急いでいる....」
そう言って彼女達に背を向ける。
急いでるって...どこへ?
どこへでもない。
なんなら本当は時間に縛られてすらいない放浪者、悪く言えば金無し宿無し職無しだ。
このような不審な男と少女が話している絵面はあまり良くない。
それこそ通報されて警察でも呼ばれよう物なら本当に面倒なことになる。
そうして一歩踏み出す。
「あのっ!待ってください!!」
呼び止められてつい足を止めてしまう。
すると彼女が俺の腕を掴んだ。
つい、びくりとビビってしまう。
「な、なんだ.....?」
「あそこの角を曲がったところに、病院があります。....その、出来れば...行ってください!」
そう言って彼女は走って行ってしまう。
その後を待ってよ~と言って追いかけていく二人。
...やっぱり優しい良い子じゃないか。
少し、心が温かくなった。
気付けばこの世界に飛んでから浮かべることのなかった笑みを浮かべている。
「病院...場所だけは見ておくか。」
この世界で暮らしていくことになる。
それなら土地勘は持ってて損なことは一つもない。
殊更病院なのだから見ておくのに損はない筈だ。
そう思ってそちらへと足を向けた。
◇
「やはり....暖かいとはいえ、夜は冷えるな.....」
病院を見に行った後、結局お金がないので治療できるはずもなく橋の下にまた戻って来ていた。
まぁ、枝に引っかかって切り傷が出来ているだけだろう。
その程度なら放っておいても大したことはないように思える。
それにしても....暇だ。
死の恐怖にビクビクするにしても、限度がある。
もうなんか飯も食えてなくて腹が減りまくるし、やっぱ俺その内死ぬんじゃないかな....
それなら今死んでも変わりがないような....
いや、だが死にたくはないなぁ....餓死とか絶対キツイだろうし.....
やることもなく、暗い橋の下に居ると変な事ばかり頭に浮かんでくる。
思えば、黒い影に立ち向かっていたあの金髪の男の子はどうしたんだろうか?
あの時は、死にたくないとばかり考えていたが,,,,今思えばあの子はまたあの黒い影と対峙したってことだよな....
そう考えると、逃げたことに罪悪感を感じる。
この世界は今日見たところ、普通の世界だ。
それならあの黒いのだけが異常であると考えられる。
それならあの子は.....もう。
「もう一度、やり直してみるか?....いや、だが自分で死ぬなんて俺には無理だ.....。それに、やり直したところで何も出来やしないだろう。」
溜息を吐く。
未来が見える。
ただそれだけで、俺は現状昔よりも無力だった。
見えた所で変える力がなければ意味がないだろう。
そう考えていると、ふと毛が逆立った。
エピタフを発動した時とは違う。
その場の空気が全て塗り替えられるようなそんな感覚。
今のは一体.....この世界にもスタンド使いが居るのか?
そう思って橋の下から出る。
危険かもしれない。
だが、まずはこの世界がどういう所なのか知るのが重要に思えた。
橋の周囲には人っ子一人居ない。
それどころか自動車も走っていなかった。
「....そんなに遅い時間でもなかったはずだが。」
そう思って暫く歩き続けているとそれは橋の周りだけではない。
町全体で人を見ない。
町全体で車の走行音が聞こえないのだ。
まるで空間だけ切り取って断絶したかのような。
この場に一人取り残されたように錯覚する。
時計は10時を指していた。
「こ、こんな....人がいないことがあり得るのか?車を見ないなんてことがあんな現代社会に近い世界で、あっていいというのかッ!?これは....間違いなく、おかしい。なんだ、何が起きている....スタンド攻撃でも受けているのかッ?」
そう思って身構える。
周りを見回しても人の気配はない。
だが、その直後に遠くの方が何かを砕くような音がした。
...何か居るッ!
「どうする....私よ。...見に行くか?だが....。」
見に行けば無事に帰れる保証はない。
また初めの山に戻される羽目になるかもしれない。
だが.....。
「困難が....私の命を狙う危険があるのであれば....それはすべからく知らなければならない。知らなければ...その困難を乗り越えることなど、出来るわけがないのだッ!!」
そうだ。
知らない脅威は避けられない。
ここで逃げてもいづれまた死の恐怖に怯えるのであれば、知った上でそれへの対抗策を考えた方が長期的に見ても精神衛生上良い筈だ。
戻ることが出来る。
それは死の瞬間をありありと覚えている事と共に、敵がどのように自分を手に掛けたか覚えているということにほからないからだ。
今までのような何も分からずただ死ぬのではない、生きる為に死ぬのだ。
生き続ける為に死ななければならないっ!
「覚悟だ....覚悟を決めろ、私よ.....。こんな珍妙な境遇、覚悟がなければ乗り越えられるはずもないッ!!!」
ただ動かずに飢えて死ぬよりも、未来に希望を持って生きる為に死にたい。
そちらの方が人間として幾分か上等なように自分には思えた。
そうじゃないと死んだ時の痛みや恐怖で死ぬ度に参ってしまうと思うから。
音の方向へと走っていく。
幸い車が走っていないお陰で怯えて走る必要もない。
それだけがこのよく分からない状況における不幸中の幸いか。
音は走るたびにどんどんと大きく聞こえてくる。
近づいている....目標に、確実に!
何を見ても動じるな....その音の正体をしっかりと確かめるのだ!!
そう思い、走っているとその場所に着く。
そこには抉れたコンクリートの外壁や砕けた塀などがある。
被害が一番酷い建物の近くには動物病院の看板。
そしてなによりも目を引くのは....
「あれは....あの子は!」
俺が湖畔で見かけた影のような物。
そしてそれの目の前で白い服を着ている昼間病院の場所を教えてくれた少女。
その瞬間エピタフが発動し、髪の裏にその光景が写り込む。
黒い何か。
それが少女に対して突っ込もうとする姿。
あんなのが女の子に突っ込めば....避けられるはずがない。
そうなれば末路は目に浮かぶ。
「あのままじゃ.....!?っ!!」
更に全力で走る。
どうするつもりか。
驚異の存在は確認した。
それは以前見た黒い影。
以前よりも何故か大きくなっている。
攻撃方法は以前見たのだ。
ならばこの場に残る理由はない。
合理的に、利己的に考えればそれはない。
だが....小さな子供。
それも自分に、こんな自分にこの世界で初めて親切にしてくれた子が危険な目に遭っているのに、逃げるのはいかがな物か。
それは間違っていると確信を持って言える。
「うぉぉおおおお!!!届けェ!!!」
全力で走り、飛び込むかのように地を蹴った。
そして腕を伸ばす。
「っ...!あ、あなたは......!?」
少女は横から突き飛ばされたことで、こちらを見ながらも驚いた表情をする。
すると同時に黒い影の唸り声。
横目で見れば突っ込む先は俺だ。
そうだ、それでいい。
自分に刻一刻と迫る黒い影を見て笑みを浮かべる。
どうやら....貴様は突撃する途中に向きを変更することは出来ないらしいな。
であればどうやって突っ込むか、それさえ分かれば体当たりは避けることが出来そうだ。
この行動は、あの女の子を助ける為の自己犠牲の心からなんかじゃあ決してない。
俺にとっての脅威である貴様に対しての攻略法を見つける為に行う事なのだ!
「他人の受け売りになるがァ....『覚悟』とは、暗闇の荒野に...進むべき道を切り開くこと、らしい。」
ならば、俺は貴様の行動を死ぬことで学ぶことにした。
だからこそ、この死は理不尽からの失意の死ではなく、希望の死であるのだ。
次に戻った時にはそうだな....この女の子がどうやってここに来たかも見て、それも未然に防ぐことだってできるはずだ。
本当は死にたくないが....死なねばならぬなら、ただ死ぬのではなく、次に活かせる教訓を得て死んでやる!!
「まっ、待って....!!」
彼女は突き飛ばされたままの姿勢でこちらを見て、深刻な表情で手を伸ばす。
優しいじゃあないか、君は。
もし初めからになった場合、彼女はまた同じ時間、同じ場所でこの黒い影と遭遇するだろう。
だからこそ、今度こそは君が助けられれば....。
俺も生きられて、彼女も助けられるなら....それ以上臨むことはない。
それに、あの男の子だって出来れば.....!
そう思って、黒い影を見据えた。
死が、刻々と迫る。
それに逃げないと目を逸らさないでいた。
奴の肉体が、質量が加速度を持って突っ込んできて、俺の身体はぐちゃぐちゃに潰される。
そう確定しているはずなのに、エピタフはその光景を見せなかった。
....いよいよ、発動しなくなったか。
内心、苦笑する。
しかし、瞬間。
自分の視界の隅に、何か人型の影が見えた。
その影は確かに俺の傍に付き添っていて、まるで俺を庇うように前に立つ。
そしてその動きを見続けると、段々とそのシルエットが明らかになっていった。
まさか....これは....
そんなことが.....
唖然とする。
目にした影はゆっくりと形を持って腕を振りかざす。
その色は全体的にピンクと白。
ぎょろりとした目とたくましい体格の影。
俺が好きだった、キャラの力....エピタフだけじゃないもう一つの力。
「これは.....キング・クリムゾン!?」
影は名前を呼ぶと、わずかに頷いた気がした。
そして腕を振り上げると、そのまま何発も何発も迫る影を殴り続ける。
その打撃は素早く、幾重にも重なって見える。
これがキング・クリムゾンのラッシュ...なんて、なんてッ!
「力強いんだッ!!」
最後の一撃を大きく振りかぶってぶち当てる。
拳がめり込み、黒い影は向かいの壁にまで殴り飛ばされた。
しかしまだ唸り声を上げている。
キング・クリムゾンは殴り終わると、俺の背後にまで移動して付き従っている。
まさかこのタイミングで....なぜ出てきた?
何がきっかけで....出てきたというのか......?
だが、今の光景を見て分かることがある。
それを自然と口に出していた。
「キング・クリムゾン...私を、守ってくれているッッ!!」
俺が叩き潰されないようにラッシュで守ってくれた。
少なくとも、彼は紛れもない俺の味方なのだ。
道理でエピタフが俺の死を写さないはずだ....。
「フフ...フハ、フハハハ!!!」
やった、やったぞ!!
最強のスタンドだ、ちゃんと、彼は私に付いていてくれたんだ!!
この力があれば、それこそよっぽどのことがない限り死ぬことはほぼないはずだ!
十全に能力が、『時を消し飛ばす』力が使えるなら!
もはや、死に怯えることはなくなるはずだ!!!
やった、やったぞォォォ!!!!
喜びから高笑いが抑えられなくなっている俺。
それを見て、彼女は、確かなのはちゃんは唖然とした様子で呟いた。
「あ、あなたは...そ、それに背後に見えるその人みたいなのは、一体....なんなの....?」
その言葉に思考が止まる。
えっ.....?なんで、...見えてるの?
もしや、彼女はスタンド使いなのか?
なにやら白い服に杖。
よく見ればさっきは気づかなかったが魔法少女のようなおかしな恰好だ。
装着型のスタンドか...?
それとも....、このスタンドが原作のキング・クリムゾンとは少し違うのか.....?
なにやら黄色いフェレットのような生き物に付き添われている少女。
彼女の言葉に一抹の不安を覚えるのだった。
今日のボス:キング・クリムゾンを得るも、一抹の不安を覚える。未だ存命中。
次は少しなのはの視点を挟もうと思います。