少女は異世界で勇者となる   作:珊瑚

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二章:魔法使いの少女
(1)


 

 

 

 平々凡々。それが私のモットーです。

 程よく人々と付き合い、程よく責任を背負い、そしてちょうどいいくらいの足跡を後世に残す。

 ――それこそ、私の望む美しい人生。

 けれども、その平凡というものが結構難しかったりします。

 みんなもよく分かると思います。努力をしても平凡にも届かないときがあると。

 ――そう。世の中には『運』という、人にはどうしようもできない要素が存在するのです。

 私も、その犠牲者の一人でした。

 平凡に生きることを望む私でしたが、不幸にもその真逆の道を歩むことを、生まれた時点で運命づけられていたのです。

 嗚呼、まさに悲劇。

 容姿端麗で心優しく、溢れんばかりのカリスマ性を持ち――ヒーローと称されるべき完璧な私は、平凡な人生を歩むこともできないのです。

 ああ、不幸です。不幸すぎて笑えてきます。

 

 

 

「うふふ、ふふ……うふふふふ」

 

「お姉さま? ど、どうしたの?」

 

 不意に声が聞こえ、私はビクッと身体を揺らしました。

 

「ハッ!?」

 

 ギルドの自室。私はそこでベッドに腰掛けていました。

 私の隣にはこちらを心配そうに見るミュラーさん。そして前方には床に座ったリーアさんがおり、私達はここで何か話し合いをしていたのだと思い出します。が、肝心の何を話していたかは覚えておりませんでした。

 

「えと……私達何してたんでしたっけ?」

 

「今日の予定を話してたのよ」

 

 と、呆れ顔のリーアさん。今日の予定……ふむ。分かりました。地球が恋しくなってついつい昔のことを思い出してしまったんですね、私。若干ナルシスト入ってましたが、理解できなくはない流れです。

 

「それで、仕事のことだけど――」

 

「私は不幸、ふふふふ」

 

「叩くわよ?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 また妄想に逃避を試みますが、愛の鉄拳をちらつかされ感動の帰還を果たします。

 

「でも帰ってきて、寝て、またすぐ仕事ってひどくないですか?」

 

 私はそれはもう不憫な少女を装い、リーアさんへ涙ながら訴えます。

 食事、移動、仕事、食事、仕事、移動、食事、睡眠……なんとも味気ないサイクルでしょうか。私としては間に昼寝とか豪遊とか入ったほうが人間らしいと思うのですが。

 

「ひどくないわよ。あんた借金いくらあると思ってるのよ」

 

 聞く耳なし。きっぱり答えるリーアさんは立ち上がり、私の手を無理やり取ると引っ張っていきます。それに引きずられる私。抵抗もできるけれど、借金という私の嫌いな単語が抵抗しようとする心を抑えておりました。

 借金。それは借りたお金を指す言葉。借りれば当然、返す義務と責任が発生するわけです。――私責任って嫌いなんですよね。なので借金を返すのもやぶさかでないんです。もっと休憩があれば。

 

「お姉さま、私達も手伝うから一緒に頑張ろう? 借金以外にもお金が割とまずいことになってるし」

 

 私の横をくっつくように歩きながらミュラーさんが言います。薄っぺらい財布の紐を持ち、ぶら下げて。

 やるしかないんですかね……。

 

「この我に向かってなんたる無礼な発言を!」

 

 働きたくない思いを抱え、それでも足を動かしていると一階からすっごい大声が聞こえました。ざわざわとしていたギルド内が一気に静かになります。女の子の声っぽかったですが、何があったのでしょうか。

 

「またデニーさんが何かしたんでしょ」

「だよね」

 

 一瞬止まっていた二人ですが、すぐに私の連行を再開します。デニーさん、どれだけ信用がないんですか。

 階段を降り、二階から一階へ。するとギルドはやはり大勢の人で賑わっていました。しかし……静かです。ざわつきすらなく、皆ある一点を見つめています。その視線の先にいるのは――

 

「我の言うことが聞けないと言うのか!」

 

 小さな女の子でした。茶色のロングコート、ディアストーカーを身に付け、なにやら偉そうなことを言っています。小さいのに一人称が我とは。なかなか渋いといいますか。

 

「あれ? 見覚えがあるような……」

 

 ミュラーさんが首を捻り、言いました。私も彼女の姿をどこかで見たような気がするんですよね。殺されかけたような記憶が。

 

「風車の村に来ていた冒険者達のリーダーよ」

 

 リーアさんが答えます。同じ小さいもの同士、同族嫌悪なのか、騒いでいる女の子を眺めながら顔をしかめております。

 薄々分かってましたがリーダーさんでしたか。私達が目覚めたときは既に風車の村を出ていたので、つい記憶からすっ飛んでました。彼女以外に気になることも多々ありますし。

 

「なにを騒いでいるんですかね」

 

「どうでもいいわ。少し部屋に戻りましょう」

 

 おおう、ドライ……。部屋へと引き返そうとするリーアさん。少し仕事まで猶予ができましたね。私は喜びつつ彼女の後ろをついていくのですが、それを引き止める声が上がりました。

 

「ちょっと! ちょっとこっちに!」

 

 慌てた様子でこちらに来たのは素敵なお髭のデニーさん。トラブルに弱いのか、今にも泣き出しそうな情けない顔をしていました。

 

「なによ?」

 

「ひっ……実は少し、頼みたいことが」

 

 不機嫌そうなリーアさんに睨まれ、狼狽える様子を見せた彼はおずおずと話しはじめます。……ミュラーさんの背中に隠れて。なんだか少し、デニーさんの印象が変わりつつあります。

 

「あいつを大人しくしろなんて嫌よ? ああいう偉そうな子、嫌いなの」

 

 話を聞かずに胸を張り、リーアさんが言います。お前が言うな、と言ってやりたいです。

 

「ええっ!? いいじゃないか、少しくらい」

 

「面倒なのよ。それにね、私達は冒険者。なんでも屋じゃないのよ」

 

「勇者一行として、人を守るのも役割だと思うがね?」

 

「それこそなんでも屋じゃないでしょうが。仕事は選ぶ――」

 

「やりましょう」

 

 会話の流れをぶったぎり、私は彼の頼みを受け入れることにします。リーアさんが驚いたような顔をしました。

 

「物好きね……私はやりたくないけど」

 

「勇者の役割ですよ。ささ、ほらほら」

 

 勇者の役割と聞いて黙っているわけにはいきません。やる気を出し、リーアさんの手を今度は私が引っ張っていきます。

 

「じゃあデニーさん、ちょっと待っててね」

 

「ああ、ありがとう。今度ご飯をご馳走するよ」

 

 ミュラーさんが未だ背中に張り付いている彼をはがし、笑みを浮かべました。それから私達の後ろをついてきます。迷惑そうな顔一つせずあの対応……優しい方です。

 さて。前に視線を戻し、私は渦中の人であるリーダーさんを見ました。テーブルや冒険者さん達をかわして、彼女へと近づいていきます。まだギャーギャーと騒ぐ彼女の前で、怒鳴られている受付のファロさんは耳を指で塞いで立っていました。表情が露骨に迷惑そうです。お客さんにあの態度、流石です。

 

「何しているんです?」

 

 声をかけます。するとリーダーさんの身体がクルッと勢いよくこちらを向きました。藍色の長いツインテールが揺れます。

 リーアさんと背丈は同じくらい。くりっとした目と可愛らしい顔立ちから、幼い印象がとても強い少女です。探偵風な大人びた服装をしているのが逆にそれを助長させていて、服を着た小動物のような印象を受けます。

 洞窟から村までの短い付き合いでしたが、物凄く愛でたい気持ちに駆られたことをよく覚えています。何故だか存在は忘れていたんですけども。

 

「この受付に文句を言っているのだ! ――って、いたぁ!」

 

 彼女はぷんすか怒った様子で言うのですが、私を見ると大きな声で驚愕したように叫びました。何かを見つけたようで、視線は私の方を向いていました。

 

「何がいたんです? 美少女探してたんですか?」

 

「ルーフルさんを探してたんです」

 

 後ろを振り向くというベタなリアクションをしていると、クールな表情をしたファロさんから説明が飛びます。

 私を? だからデニーさん私達にお願いしたんですね。

 

「なんだそうなんですか。何の御用です?」

 

「勝負だ。我と勝負しろ」

 

 人指し指をビシィッと私に向けて堂々と彼女は勝負を提案しました。思ってもみない展開にギルドの冒険者さん達がざわつきます。

 勝負ですか……。私は回想します。

 ミュラーさんにとどめを刺そうとしていた巨大な火の球。氷の氷柱。背が小さくとも魔法使いとしての優秀な素養を感じさせる、強力な魔法を彼女は使用しておりました。

 目を閉じ、答えをしっかり吟味。スーッと息を吸い、目を開きます。

 

「嫌です」

 

 きっぱり断ります。やったら私、死んでまう。

 

「何故だ! 逃げるのか!」

 

「……ええと」

 

 またもや騒ぎはじめた少女に、私は周囲を見回し解決する手段を講じます。するとあることに気づきました。

 

「今日は保護者の方はいないようですが、一人で勝手にお出かけしたんですか?」

 

「お出かけ――馬鹿にしてるのか貴様は!」

 

 馬鹿にしてるつもりはないんですけど、すごい怒らせちゃいました。男性二人がいないから心配しただけなのに。顔を真っ赤にして激昂するリーダーさん。どう対応しようか考えると、ミュラーさんがおずおずと声をかけます。嗚呼、流石妹。私のピンチを救おうとしてくれるその健気さに感動を覚えます。

 

「あはは……リーダーさん、名前はなんていうのかな?」

 

「……イル。イルだ」

 

 口を尖らせたリーダーさんはボソッと名乗りました。

 

「イルさんだね。なんでお姉さまと勝負したいのかな?」

 

 ふむ。確かに理由は気になりますね。私はリーアさん同様、黙って成り行きを見守ります。あまり下手なことを言って怒らせるのも悪いですしね。

 

「負けたくないのだ。本当は我が依頼を達成するところだったのを、他の冒険者なんかに……」

 

「何言ってるんですか、魔の使いになっていた人が」

 

 黙ることなんて私には無理でした。ストレートに口にすると、彼女は地団駄を踏みます。ミュラーさんの責めるような視線が私へ向けられますが……しょうがないことなのです。ごめんなさい。

 

「うるさい! 魔の使いは危険性は高いが、我らでも勝てる。攻撃が当たらないなんて聞いていなかっただけだ!」

 

「確か魔の使いって雑魚モンスターより強いレベルなんですよね?」

 

「まぁ……普通のはね。でも呪いを受ける可能性もあるから、危険といえば危険よ」

 

 リーアさんが答えます。ギルドで危険な仕事だと言われていたのはそれが原因ですか、なるほど。

 

「なんでそのタイミングでそんなことを言うんだ?」

 

「いや、逃げられなかったのかなー……と」

 

 イルさんに睨まれ、答えます。

 イルさん達が弱い、とは言いません。私達も一度逃亡しましたし。ただやられる前に逃げることができなかったのか、単純に気になっただけです。速いときは速いですが、基本鈍いですからね。

 

「それは……よく覚えてないから知らん! いいから戦え!」

 

 考える素振りを見せるも、結局はそこに帰結してしまうのでした。

 

「戦ってあげたら? 怪我の治療くらいはできるわよ」

 

 リーアさんが重い口を開きます。こちらへの助言などではなく、予想外にもイルさんの味方をしました。あんなに嫌っていたのに、何故。裏切り者を見るような視線を向けると、彼女は肩を竦めます。

 

「魔法使いは一人だと戦力が大きく下がるし、多分楽勝じゃない? ルーフルも大分弱いけど」

 

 本人を目の前によく言えたものですね……。今どこかから『お前が言うな』とか聞こえた気がしますけど、私のは天然ですからね。この人は明らかにイルさんに喧嘩をふっかけてます。迷惑なことに、私を経由して。

 それはまぁ、百歩譲っていいとして――

 

「……私って弱いんですか?」

 

「よ、弱いというか、大振りというか……あはは」

 

 隣にいるミュラーさんに尋ねます。すると彼女は、苦笑しながら目を逸らしてしまいました。相当なレベルみたいです。

 

「そこまで言われたら尚更やらないわけにはいかないな。勝負だ勝負!」

 

「ええ、いいわよ。ほら、行くわよルーフル」

 

「あれ!? 私の意思は!?」

 

 ミュラーさんとちょっと会話している僅かな間に、本人を置いて話がまとまっていました。また手を引かれ、私は自分の権利を主張します。

 

「関係ないわ」

 

 言い切りおったこの人。私に人権というものはないようです。というか、この世界にそもそもその概念があるかどうか。しかしそれでも、美少女である私に、この扱いはあんまりだと思います。

 

「戦わないと大人しくなりそうもないし。それにお礼にご飯って言ってたでしょ? 多分、いつもの勝手に決まるメニューじゃなくて、自分でリクエスト出せるわよ」

 

「まじですか」

 

 その言葉に私の心が勝負を受ける方へと大きく傾きました。戦えば、自由なご飯。まかないご飯でも十分美味しいのですが、それは魅力的な提案でした。

 迷う私に、リーアさんの追撃がきます。

 

「まじよ。勝負しないとまた騒いで約束がなしになるかもしれないし……」

 

「そうですね、やりましょう」

 

 ここは皆を助けるべく、勝負を受けるといたしましょう。

 私はあっさりと決めて頷きます。

 料理のために自分の命が賭けられていることなど、まったく考えていませんでした。

 

 

 

 ○

 

 

 

 料理を得るため――いえ、勝負のため、やって来ました。都の外です。

 門から少し離れた草原で、私とイルさんは対峙していました。その遠くではミュラーさんとリーアさんの二人が待機。私達の勝負を見守っております。

 考えてみれば、人間との勝負は初めてですね。私はちょっとトラウマがあるから、あまり人間とは戦いたくないというか、他人の血や傷を見たくないのですが……そうも言ってられませんか。これから人間と戦う機会もあるかもしれませんし、いつまでも無傷で勝てるとも思っていません。

 トラウマ克服という点において、勝負はいい選択だったかもしれませんね。

 

「では……相手に一撃でも当てたら勝ちで」

 

 剣を抜きつつ私は提案します。悲惨なことになったらリーアさんがいるので多分大丈夫でしょう。

 

「うむ。それでよかろう」

 

 尊大な口調で言い、頷くイルさん。彼女は組んでいた両手をほどき、下ろします。

 小さくてもやはり実力派折り紙つきということでしょうか。彼女からは只者ではない雰囲気が感じられました。幼い少女とは思えない威圧感を放ち、彼女はゆっくりと口を開きます。

 

「しかし……ただ勝負するのも面白くないな。どうだ? 負けたほうは一日相手の言うこと聞くというのは」

 

「一日ですか? ……分かりました」

 

 断ってもまた無理矢理押し切られそうなので、私は頷きます。勝てばいいのです。勝てば。

 

「ふふ、度胸だけはあるようだな。あとで吠え面をかくなよ」

 

「へんっ、これでも勇者ですよ。勝ってみせます」

 

 そしてご飯を手に入れます。

 私は剣を構え、開始の合図を待ちます。楽しげに笑うイルさんは、遠くで座っているリーアさんへ声をかけました。

 

「はじめろ、医者」

 

 物凄い偉そうです。リーアさんが舌打ちをして立ち上がりました。

 

「医者じゃなくてリーアよ。仕方ないわね……はいはじめ」

 

 一方、こちらはすごくやる気なさげ。しつけのなってない犬へ諦め半分に『よし』と言うような、気だるい合図を出しました。手を挙げて下げる動作だけはしゃっきりしているから、微妙にシュールです。

 

「では――」

 

 ともあれ、開始となりました。剣を手に、私はイルさんへ近づこうとします。前にいる彼女はイルさんの合図に不満げにしていましたが、私を見ると聞こえない程度の小声で詠唱をはじめます。

 短い詠唱。多分名前だけを唱えたのでしょう。となると簡単で弱い魔法となるのが道理。しかし予想に反し、彼女の周囲からおびただしい程の魔力が漂い、私はつい足を止めてしまいました。

 魔力らしき目に見えないそれは彼女の周囲を渦巻き、地面の草をざわつかせ徐々に姿を変えていきます。いつしか不可視のそれは何重もの炎となって彼女の周りを回転し――収束しました。

 イルさんの前。そこに集まった炎はある形を作り、宙に浮きます。

 出来上がったのは真紅の短刀でした。片刃の剣身は短く、鍔もないそれは武器としては少々頼りない見た目です。が、燃えたぎる炎のように得も言われぬ迫力がありました。

 

「同じ舞台で踊ってやろう」

 

 イルさんはそれを手に取り、私へ肉薄。小さな身体で俊敏に動き、迫ってきます。余程剣術に自信があるのか、リーチ差を考慮している様子はありません。

 私は冷静に、彼女が間合いにしっかりと入ってから剣を横に振るいました。身を低くし、帽子スレスレな位置でイルさんがそれを回避。走った勢いをそのままに、容赦なく腹部を狙って短刀を突き出します。私は腰を捻るようにしなんとか逃れ、そのまま彼女の横へと回り込もうとします。

 そこへ、突いたままの体勢でイルさんが短刀を横に薙ぎました。身体をこちらに向けるようにして、回転の力も加えた攻撃。短刀の通った後は真紅の軌跡が描かれ、私の目には赤い閃光が迫るように映りました。見とれてしまいそうに美しく、そしてゾッとするほど真っ赤なそれ。私はほぼ反射的に、剣使いとの戦いで習得した技術を活用しようと試みます。剣を下から切り上げ、短刀に当て――爆発が起こりました。

 

「いっ!?」

 

 思わず口から呻き声がもれます。爆発に身体を傷つけるほどの規模はありませんでした。しかし短刀とぶつかった剣が強い力で逆に弾かれてしまい、地面に刺さります。即座に抜こうとするのですが、首筋に熱を感じ私は動きを止めました。

 

「我の勝ちだな」

 

 首筋には、赤い短刀の刃が。イルさんが私の前で勝ち誇ったように微笑んでいました。

 

「うぐ……そうですね」

 

 敗北でした。若干の悔しさを感じつつ、頷きます。

 すると突きつけられていた短刀が消え、私はホッと息を吐きました。もしあれを生身にくらっていたら悲惨なことになっていたような。寸止めしてくれて助かりました。

 

「完敗ですね……ひどいものです」

 

 地面に刺さっていた剣を回収。剣身が無事なのを確認し、鞘に納めます。

 短刀の特性を知らなかったとはいえ、基本的な動きすら彼女が勝っていましたからね。私が弱いというのも、結構的を射ているようで。

 対応はできるんですけど、全てにおいて鈍いんですよね……。やはり我流で無茶苦茶に振っていてはこれが限界なのでしょう。刃が敵にしっかり向いているだけ上出来ですかね。

 

「精進が必要だな。さて、約束を果たしてもらおうか」

 

 にやにやと笑いながら私へと一歩前に出るイルさん。私は真剣な顔をして頷き――リーアさんの方を見ました。

 

「そうですね。ではリーアさん、お仕事はなしってことで!」

 

 負けてもお仕事がなしになるので私としてはしめたものです。これで料理も手に入るのだから、万々歳というわけで。私は意気揚々と告げるのですが、イルさんから否定の言葉が入ります。

 

「いや、仕事はしてもらうぞ」

 

「え?」

 

 策士、索に溺れる。リーアさんから何かしら言われることは考慮しておりましたが、こちらからそんなことを言われるとは予想外でした。

 やはりどの世界でも労働から逃げることはできないのでしょうか。悲しい世の性を垣間見た気持ちです。

 

「勇者とはどのような人間か、しっかり見せてもらおうではないか」

 

 うわぁ面倒そう……。

 今にも破綻しきった精神論を語り出しそうな上から目線な態度で言い、胸を張る彼女。正直、物凄く関り合いになりたくないのですが、勝負に負けた立場でそんなこと言えますまい。

 働かなければならないのも事実ですし、ここは勇者としてパパッと頑張ると致しますか。

 

  

 

 ○

 

 

 

 完全に予想外でした。まさかほぼ初対面の少女にも仕事を要求されるとは。

 

「さあ行くぞ、ルーフル。ギルドで仕事をし、勇者としての技量を示してみせろ」

 

 草原からギルドまでの道。月の都に入った辺りで私は、目の前を機嫌よさそうに歩いていくイルさんを見やります。依頼達成について納得できないから勝負をし、私をどのような人間か見極めようとする――その目的は何なのでしょうか。いまいち分かりません。

 外見通り性格も子供なのだとしたら理由を考えるだけ無駄なのですが、彼女は結構大人びていると思うのです。理由なしでこんなことをするとは考えられませんでした。

 

「まさか負けるとはね……」

 

 あれこれ考えていると、私の近くでリーアさんがため息混じりに言いました。前を行くイルさんと、私とを交互に見て、彼女は呆れた顔をします。割と本気で楽勝だと思っていたようです。表情からなんとなく分かりました。

 

「し、仕方ないじゃないですか。私だって負けるとは思ってませんでしたし」

 

 イルさんに聞こえないよう小声で話します。

 高校生が幼女に負けるなんて絵面、想像できる方が駄目だと思うのです。

 

「これから修行ね。剣が上手い人がいるといいんだけど」

 

「それなら私がお姉さまに教えられるかな」

 

 ミュラーさんが元気よく名乗りでます。活き活きとした笑顔を浮かべ、彼女は私の手を取ろうとしました。が、その手は私が誰かに引っ張られることにより、空振ります。

 

「何を話しているのだ? ほれ、早く行くぞ」

 

 ミュラーさんよりも早く私の手を引き、引っ張るイルさん。なんともタイミング悪く私達の会話に気づき、彼女はギルドへと急ごうとします。手を掴み損ねたミュラーさんは若干涙目。ぽかんとしていたのですが、すぐ目を鋭くさせると大きな声で不満を訴えました。

 

「ちょっとイルちゃん! お姉さまに触らないでっ」

 

「何を言っているのだ、ルーフルは今日一日我のものだぞ」

 

 そして唐突に始まる口喧嘩。イルさんは私を背中に隠し、涙目のミュラーさんの前に出ます。

 睨み合う二人。そのバックに私。修羅場という単語を彷彿とさせる状況に、私は他人のふりをしようと歩き出すのですが、すぐ止まります。手を握られていて逃げることができませんでした。

 

「言うことを聞くってだけだよね? ならそんな、手を繋ぐこともないんじゃないかな?」

 

「さっぱり意味が分からんな。我がそうしようと言えば、そうなる約束なのだから、問題ないだろう」

 

 嫉妬とプライドのぶつかり合いで徐々に怒りのボルテージを高めていく二人。なんとかせねばと思うのですが、周囲からの視線に焦って頭がうまく働きません。リーアさんに助けを求めようと視線を向ければ、彼女はサングラスのようなメガネを付けて棒立ちしていました。保身です。

 リーアさんは役に立ちそうもありません。自分でなんとかせねば。

 

「あの、二人とも。道の真ん中でお話というのはどうかと思いますよ?」

 

 我々が立ち止まっているのは通りのど真ん中。否が応でも人々の注目を集める場所なのです。私はそれを利用し、彼女らの常識に訴えかけようと試みました。

 

『そんなことどうでもいい!』

 

 そこは一致するんですねー。

 同時に叫ぶ二人に、私は頭を抱えたくなる思いで次の手を考えます。ミュラーさんはおそらく嫉妬。イルさんはプライドからああやって張り合っているのでしょう。ならば――

 

「私は、ミュラーさんのことが好きなので安心してください」

 

 この場を収めるべく、私ははっきりと言いました。傍から聞けば物凄い自意識過剰な発言ですよね、これ。なにが安心ですか。すごく恥ずかしいのですが、これも仕方ないこと。自分に言い聞かせます。

 

「――えっ? あ、うん。そうだよね。えへへ」

 

 寒いことを言ってしまったと自分で思う反面、ミュラーさんはすごく嬉しそうにもじもじしながら笑います。効果はあったようです。

 ……よかった。

 心から安堵する私。あんなことを言って、また軽く流された日には泣き寝入りですよ。

 

「おいルーフル。それは我よりそいつのことが好きということなのか?」

 

 イルさんが私に尋ねます。彼女の目は鋭く、肯定を許さないといった雰囲気でした。問題を避けるならば従うべきなのですが、こういったことで嘘をつくのはどうかと思いますし……。

 

「――約束」

 

 イルさんがぼそっと呟きます。約束とは言うことを聞くという件のこと。つまり彼女は私に、イルさんの方が好きだと言えと促しているのです。額に何か流れるのが分かりました。まだ張り合うとは完全に想定外です。

 

「まだ具体的に言われていないので……や、約束は適応されませんね」

 

「我のことを好きだと言え」

 

 お、男らしい! 苦し紛れの逃亡を謀る私へ、策など講じずストレートに命令するイルさん。私に身体を向け、彼女は握った私の手を軽く挙げます。まっすぐ私を見据え、恥ずかしがる様子など毛ほどもありませんでした。

 戸惑いながら視線を逸らせば、彼女の後ろには、心配そうな表情をしたミュラーさんが。先ほどの幸せそうな様子はどこにやら、捨てられた犬のような顔をしております。

 

「え、あの、そのう……」

 

 どちらをとればいいのか。私には分かりません。あれでもないこれでもないと頭の中で答えを考え、私は視線を泳がせつつ優柔不断に吃ります。

 嗚呼、周囲の視線がっ。地味な女が、何故美少女二人と修羅場――みたいな視線が痛い!

 

「私は二人とも好きです! 大好きです!」

 

 悩みに悩み抜いて、結局、私はハーレム主人公的な返答に落ち着くのでした。

 いやぁ、よく中途半端な男が! とか思ってましたが、こうなるんですね、本当に。言うだけなら楽ですしね。重婚後は共働きでお願いします。

 

「どっちが上なのか聞いてるの!」

「どっちが上なのか聞いてるんだ!」

 

「あはははは! どっちもナンバーワンでオンリーワンですよマイハニー達!」

 

 もう自棄でした。こんな大笑いしたのはいつぶりでしょう。

 

「はぁ……しょうがないわね」

 

 選択を迫る二人。それを拒む私。古き良きゲームの無限ループの権化となっている私達の中へ、肩を竦ませながらリーアさんが入ってきました。サングラスを外し、彼女はイルさんとミュラーさんを半ば強引に私へくっつかせます。

 

「どうでもいいからさっさと行くわよ。ミュラー。イルはルーフルのこと好きでもないんだから、心配することないわよ」

 

「そ、そうなの?」

 

 ミュラーさんがハッとします。私を挟んで向こうに立つイルさんへ問いかけると、彼女はあっさり頷きました。

 

「我より弱いのはちょっとな。好きになるのを許すラインだ」

 

「あの、結構ショックなんですけど」

 

「そ、そうなんだ……そうだよね」

 

「肯定しないでください」

 

 なんすかこれ。

 

「さ。仕事よ仕事」

 

 呆然とする私の前を歩いて行くリーアさん。左右に立つ二人に手を引かれ、私は引きずられるように歩き出しました。

 えーと……火傷したの私だけ?

 

 

 

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