少女は異世界で勇者となる   作:珊瑚

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 多大なる精神的ダメージを受けつつ、ギルドへと戻って参りました。イルさんのトラブルは本人が少しの間いなくなったことで完全に解決しているらしく、いつも通り冒険者さん達の活気で溢れております。賑やかで、その場にいるだけで他人とコミュニケーションしているのではと錯覚してしまうほどです。

 

「……この雰囲気、いいな」

 

 入り口をくぐったイルさんがポツリと言いました。

 

「初めて……なわけないですよね。好きなんですか? 賑やかなの」

 

「うむ。いつもは静かだからな」

 

 あら意外。イルさんかなり元気なのに。

 

「……まぁ、静かなのも嫌いではないがな」

 

 そう言う割に彼女の表情は暗めでした。

 

「やぁ、勇者様。皆さんも。お仕事かい?」

 

 ギルドに入ってすぐ。デニーさんから声がかかります。足を止め、横を見てみれば、階段の手すりに身を隠すようにして彼がこちらを見ていました。イルさんのことが余程怖いのでしょうか。イルさんが目を向けると小さく悲鳴じみた声を上げます。

 

「……どうしたんですか?」

 

 彼の恐れている人物はわかるのですが、尋ねてみます。

 

「なんでもないよ。はは、私は仕事があるので、これで」

 

 露骨なくらい震えつつ、彼は階段を上っていきました。イルさんがそんなに怖いですかね。確かに怖いところもありますが、こんなに可愛いのに。ギルドに信用されている冒険者ですし、付き合いもそれなりに長いのでしょうし。

 

「デニーさん小さい子が苦手なのかな」

 

 私の隣、手を握っているミュラーさんが彼の去る姿を見て言いました。

 

「小さい子というか、単にリーアさんとイルさんが怖いから怯えているんじゃないですかね」

 

 普通、小さい子はもっと純粋なものですからね。純粋故に怖い人達もいるんですが。言動に遠慮がなかったり。

 

「早く行くぞ」

 

 そういうものかとミュラーさんが納得をすると、イルさんが歩き出します。受付では既にファロさんとリーアさんが話していました。おっと。早く行かないと叱られそうですね。

 

「おまたせしました」

 

「やっと来たわね。ほら、こっち」

 

 リーアさんがカウンターのスペースを空けて、私達も前に立てるようにしてくれます。ミュラーさん、イルさんの二人と手をつなぎ、横になっている光景を目にし、ファロさんがクスッと微笑みました。

 

「……勇者様、モテモテですね」

 

「そういうんじゃないんですよ、本当に」

 

 嘆息。私の精神が削られていくだけですからね。

 肩を竦めつつ答える私。するとファロさんがスッと目を細めました。なにやら唐突に真面目な雰囲気で口を開きます。

 

「勇者様は攻めと受け、どちらで――」

 

「どうでもいいから仕事よ仕事」

 

「あ、そうですね。すみません。つい横道に」

 

 んんー? なにか不穏な響きの言葉が聞こえたような気が。気のせいですよね、はい。

 リーアさんに急かされ、ファイルを開くファロさん。彼女は前と同じように一枚の紙を取り出しました。

 

「迷い猫の捜索です」

 

 リーアさんが本場の芸人顔負けなリアクションを起こし、カウンターに頭を打ち付けました。

 

「あんた、それ本気で勇者のパーティーに紹介するの?」

 

「本気ですが……。今簡単な依頼しかないんです」

 

 申し訳無さそうな顔をしてぺこりと頭を下げるファロさん。

 それだけ平和ということなのでしょうが、なんともまぁ……。勇者としては拍子抜けするばかりです。

 

「気にしないで。……しょうがないわね。なら、別れてやりましょう。こんな依頼二人一組でも十分過ぎるわ」

 

 頭を下げるファロさんへ自分も頭を下げ返し、リーアさんが言います。その考えには全面的に賛同です。しかし――にわかに殺気じみた威圧感を放ちはじめる、左右の女性が問題でした。

 二人一組。その単語が出てきた時点で、ミュラーさんとイルさんは私を間に入れ、睨み合いを始めます。

 

「あ、あのリーアさん……お二人が」

 

 今度は慌てず即座に助けを求めます。いやぁ、人気者って本当に困りますよね、うふふっ。

 

「迂闊だったわね。分かったわよ」

 

 リーアさんは二人の対立状態を忘れていたようです。面倒そうにしますが、彼女は助けてくれる気らしく、顎に手を当てて考え込みます。のんびりと長考するのも慎重でいいんですけどね――

 

「総受け……なるほど」

「お? なんだルーフル。大変そうだな」

 

 受付で小さく不吉な言葉を呟くファロさんと、隣のカウンターから顔を出してこちらを見るアクンさん。二人の身内とも言える身近な人間にまずい現場を凝視され、私は焦ります。今後の生活に絶対影響が出る……直ちに出る方です、これ。

 何分にも思える短い時間。リーアさんはたっぷり時間を使って思考した後に、ミュラーさんを私から離しました。

 

「約束したんだから、ルーフルはイルと組みなさい。ミュラーは私と」

 

「えーっ!?」

 

 私と引き剥がされたミュラーさんは不満げな声を出しますが……流石はリーアさんといったところでしょうか。まったく聞く耳を持っていません。何かしら意義を唱えようとしていた様子の彼女ですが、ついには諦めて肩を落とします。

 

「泥棒猫にお姉さまが……」

 

 怖いです、ミュラーさん。

 

「それじゃ、そういうことだから。私は迷い猫を探しに行ってくるから、あんたらも頑張るのよ」

 

 怖いオーラを発するミュラーさんの手を引き、リーアさんはギルドから出ていきます。とりあえずイルさんとミュラーさんが離れたことでしばらくトラブルが起きることはないでしょう。しかし後が怖い……。嘆息。カウンターへと向き直ります。

 

「仕事をください……」

 

「はい、ではこれはどうですか?」

 

 いまいちな心境の私の前に、紙が一枚差し出されます。依頼書のような物には若干汚い文字で依頼の内容が書かれていました。それには『食材の買い出し』と。依頼と言えば間違いなく依頼なんですけども……この場合、お使いの方が正しいですね。

 

「これは……こんなもので勇者の実態が見えてくると思っているのか?」

 

 即座に隣のイルさんから指摘が入ります。彼女は頬をふくらませ、子供っぽく不満を露わにします。けれども話の流れからこれくらいしか依頼がないのだろうと分かってはいるのか、それ以上の文句は言いませんでした。

 文句は言ってられないですね。仕事があるなら、それをこなすだけ。借金があるのだから頑張らねば。私は依頼を受けようと改めて書類をしっかり眺めます。すると横のカウンターからアクンさんがまた顔を出しました。彼は書類を見やり、笑顔を浮かべます。

 

「ルーフル。俺の依頼を受けてくれるのか」

 

「あれ? これあなたの依頼なんですか」

 

 見てみれば、書類にはアクンさんの名前が。そう考えて読むと、汚い文字にも彼の野性味が現れているといいますか。個性が感じられました。

 

「すみません、こっちに顔を出さないでください」

 

 顔を出すアクンさんを見やり、ファロさんが敵意をむき出しにして言います。言葉遣いは丁寧ですが、目をぎらっとさせて今にも手を出しそうな表情でした。

 

「へいへい。そんな怒んなって」

 

「……アクンさん何かしたんですか?」

 

 おどけるアクンさんへ問いかけます。彼がいい人なのは分かっているのですが、ファロさんがここまで他人に敵意を出すのも相当なことだと思うのです。何かしら理由があるように思えました。

 

「いや、何もしてないな」

 

「してるじゃないですか。隣で料理」

 

 噛み付くような勢いでファロさんが言いました。

 隣で料理……? 素晴らしいことだと思うのですが――あ、美味しそうな匂いがしても食べられないということですね、なるほど。それは私もきついですね。イライラしてしまうのも分かります。

 

「だからな、それはオーナーに言えって」

 

「ああもう、自分の居場所に早く戻ってください」

 

 ぐいっとアクンさんの顔を押し込むファロさん。アクンさんはなにか文句を言いながらも、抵抗はせず戻っていきました。イライラしてしまうのも分かります――が、流石にあれですよね。

 

「ファロさん。少しアクンさんが可哀想に思えますが……構造は彼の責任ではないですし」

 

 彼の料理のため、私はそれとなくフォローを入れ、仲の改善を試みます。これでアクンさんの料理が食べられなくなったら死んでも死にきれませんからね。やれることはやっておきます。

 

「いえ、こればかりは譲れません」

 

 しかしきっぱりと彼女は首を横に振ります。余程彼の料理を気に入っているんですね……分かります。納得しかける私の前で、ファロさんは意外な言葉を続けました。

 

「書類がすごい勢いで劣化するんですよ。匂いもつきますし」

 

 ……普通に考えればそっちですよね。

 

「そ、そうですよね。割とうるさいですし、ここ」

 

「そうなんです。書類仕事ができると聞いて来たんですけど……周りはうるさいし、隣ではガッチャガッチャジュージュー喧しいし、煙たいときもあるし――色々大変です」

 

 相槌を打つとここぞとばかりに愚痴をこぼす彼女。そう聞くとこのギルド、悪いところしかないように見えるから不思議です。デニーさんは効率重視とか言ってましたが、もっと大事にするべきものがあるような気がしないでもありません。

 

「ふむ……それは大変そうだな」

 

 イルさんもまたそう思ったようで、心底同情した顔をしました。

 

「はい、服は制服だからいいんですけど、隣の人は言っても遠慮なしに料理しますし」

 

「どこでも上に立つ人間があれだと苦労するな。まぁ、何事も慣れだ。頑張れ」

 

 間違いなく『あれ』の中には失礼な言葉が入るのですが……流石に否定し辛いです、デニーさん。

 

「すみません、つい愚痴を……。依頼はどうでしょうか? 女性の方には少し厳しいものなのですが、報酬は高めですよ」

 

「これで大丈夫です。受けます」

 

 紙面を特に見ずに私は答えます。色々な食材の名前の横に、何箱とか書いてありましたが、運べなければ分けて持っていけばいいのです。時間はかかりますが、できなくはありません。

 報酬は……前回の魔の使いの五分の一程度。労力を考慮するとそれなりに良いレベルですね。あの依頼は何日かかかりましたし。

 

「……ハッ!?」

 

 そういえば、忘れていました。あの依頼について聞きたいことがいくつかあったのです。

 私としたことが。彼女の姿を確認した時点で思い出すのが普通ですよ。なんだかんだと有耶無耶になってましたが、風車の村の治安を守るため、訊いておかないといけません。

 

「いきなりどうしたのだ? 気味が悪い」

 

 急にハッとしたためドン引かれているのなんて関係ありません。……今度から気をつけましょう。

 

「すみません。重要なことを思い出しまして。では行きましょうか」

 

 仕事の途中で訊けばいいでしょう。私は苦笑を浮かべ、依頼書を手にします。それからファロさんへと頭を下げ、受付を後に。テーブルや椅子、人を避け、仕事がなくとも騒がしいギルドから去っていきます。

 訊きたいこととは、風車の村の依頼についてです。魔の使いを罠にはめ、本拠地を暴き出した彼ら。その行動の理由を尋ねたかったのです。何故負けたかは覚えていないようですし、訊くだけ無駄でしょうし、その一つがどうにも気にかかります。

 

「依頼は……とりあえず、野菜のある場所に行きましょうか」

 

 私はメモに目を通しながら何気なく言います。通りを歩いている最中にもかかわらず、頭の中は魔の使いのことばかりで、この時さして疑問を抱きませんでした。

 

「ふむ、では畑だな」

 

 しかし素っ頓狂な返答を耳にし、私の意識は目の前の依頼へと戻ってきました。

 

「あの……畑って、なんでですか?」

 

 野菜を買おうと言うのに畑とはいかに。産地とか鮮度とか気にするタイプなのですかね。……ん? 買う?

 

「――お金持ってません!」

 

 新たな問題が予想外な方向から浮上します。依頼をこなしても私はまだ一文無し。借金を返すから預かってくれとリーアさんに渡してしまったのでした。まさか自腹で食材を買うことになるとは……依頼書をしっかり読んでおくんでした。運ぶ以前の問題ですよ。

 依頼書を見ます。すると下の方に代金は報酬と別に支払うから、買ったものと値段を示すメモを店員さんい書いてもらうように、との文面が。もしお金がなければデニーさんから借りろとも書いてあります。あの人お金持ちだそうですからね。

 危なかった……。もう少しで、説明書を見てから連絡してください、的な情けない展開になるところでした。

 

「金を持っていないのか?」

 

 イルさんが私へと視線を向けます。

 

「あ、はい。そうですね」

 

「そうか。分かった。我が持っているから安心しろ」

 

 フッとニヒルに笑うイルさん。リーアさんならば間違いなくよく依頼書を見ろと起こっている場面ですが、彼女はそんなことなくいつも通りでした。

 それにしても私、リーアさんといいイルさんといい、頻繁に小さな幼女さんにお金借りてますよね……。借金だらけな気がします。いつかお詫びしなくては。

 

「すみません。依頼が終わればきちんと返ってくるので……」

 

「気にするな。我もお金を持ってこないことはよくある」

 

 謝る私へ、彼女は首を横に振ります。

 

「そういったときは親切にしてもらったものだ。だからというわけではないが、遠慮なく甘えるといい」

 

 ――小さいのに男らしかったり、かっこよかったり。なんだか馬鹿でナルシストな私が惨めになってくる器の大きさです。

 

「さて畑に行くか。場所は知っているか?」

 

 でもこの世間知らずさはどうなんでしょう。

 

「ちょっと待ってください。野菜は多分、市場というか、売っている店に行かないとありませんよ」

 

 そもそもこの街に畑があるかすらも分からないため、私は彼女を引き止めます。なんとなくですが、彼女からは世間知らずなにおいがプンプンするんですよね。お店ではなく畑に向かおうとするのがなんとも……。

 

「そうなのか? ではその店に向かうとしよう」

 

 予想通り、彼女はきょとんとした顔を向けて、私の言ったことをそのまま意見に取り入れます。どこの店に向かうだとかは言わず、行き先を私に任せっぱなしです。

 やっぱり知らないみたいですね……。困ったことになりました。私もこの月の都のことをあまり知らないんですよね。知っていることと言えば、大通りの雑貨屋だとか食べ物やとか、広場だとかその辺のことくらいです。野菜などの食材類がある場所など皆目見当がつきません。

 

「売っていそうな場所、知ってます? 私ここに詳しくなくて」

 

「全く分からんな。すまない」

 

 堂々と彼女は首を横に振ります。

 そうなると、分かる人に訊くしかありませんか。無駄に歩くことは幼女さんの身体にも悪いでしょうし。

 

「では少し訊いていきましょうか」

 

「訊くって誰にだ?」

 

 イルさんの手を引き、私はとあるお店の前に行きます。

 おそらく、雑貨屋。色々な物が露店のように並べられたそのお店には、一人の店員さんがいました。一度も来たことのないお店ですが、迷いなく選ぶことができました。店員さんが優しそうな女性の方だからです。あの人ならばなんでも教えてくれそうです。

 

「あの、すみません」

 

「はい? なんでしょうか?」

 

 話しかけると予想通り優しげな声で女性は応じてくれます。ホッと安心しつつ私は市場の場所を問うことにしました。

 

「あの、野菜とかお肉が買いたいのですが……どこに行けばいいですかね?」

 

「それならここから進んでいって、お城のある前まで行ってから、分かれ道を見ながら歩けばすぐ分かると思いますよ」

 

 割りかし大雑把な道を教えてくれる雑貨屋さん。具体的な位置がちんぷんかんぷんなのですが、まぁなんとかなるでしょう、多分。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「はいー。今度よかったら買い物していってください」

 

 手を振り私を見送ってくれる店員さん。困ったときはお互い様と言いますが、ここまで快く教えてくれるとは思っても見ませんでした。お礼をいつかするためお店の位置を記憶。手を振り返して歩き出します。

 

「……よく知らない人間に声をかけられるな」

 

「苦手な部類なんですけどね。困ったらそんなことも言ってられませんし」

 

 感心している様子の彼女へ私は答えました。道を聞かれるくらい、人間どうも思わないものです。それくらい分かっているのですが、追い込まれたとき以外、いまいちやる気になれないんですよね。多分それは、小心者なのだということでしょう。

 私は自嘲し、言われた通りに城を目指しました。

 

 

 

 ○

 

 

 

 言われた通り進むことしばらく。私達は市場らしき場所へと辿り着きました。場所的には入り口から伸びる通りの横、でしょうか。多分最初の通りからも行けそうでしたが、脇道は行き止まりも多いそうですし、あの店員さんが教えてくれたルートが一番確実でしたね。

 

「ええと、これとこれをこの分ください」

 

 とりあえず、重そうな野菜類から片付けることにし、私は店員にメモを見せます。野菜屋らしきお店にはカラフルな野菜が多く置かれており、その大抵が私の世界でも見られるものでした。名称も名札を見た限り、それほど変わっていないようです。……逆に違和感を覚える要因になるんですが、まぁ便利なのでよしとしましょう。きっと他の世界からも影響を受けているとか、そんなところでしょう。もしくは私だけに変換されてるとか、そんなご都合主義な設定だとか。

 

「あいよ。重いけど大丈夫かい?」

 

「多分平気です。私力持ちですから」

 

 野菜を箱らしきものに詰めていく店員さんへ胸を張り、答えます。剣を軽々振れますからね。野菜くらいいまさらな感じです。

 

「……しかし、ここも賑やかだな」

 

 私の隣で、イルさんがしみじみといった様子で言います。

 市場はアクンさんのような巨体で鍛えられた男性が多く、女性もいるのですが、全体的にたくましい感じです。その誰もが元気な声を出し接客しているので――かなり賑やか。生活に必要な食材というカテゴリの商売ですし、気合いが入るのも道理というものでしょう。買い手すらも、並々ならぬオーラを放っています。テレビでよく見る激安スーパーのセールを彷彿とさせます。そう。ここは戦場なのです。

 

「活気があっていいですよね。ぜひとも少し離れた上から眺めていたいものです」

 

 などどお茶目に脳内ナレーションを入れつつ、下衆な発言をします。イルさんは苦笑しました。

 

「随分ストレートに言うものだな」

 

「まぁ、長く近くにいたらお客さんみたいな人は疲れそうだな。ほい、できたぜ」

 

 気のいい男性店員さんが、購入した野菜の入った箱を示します。玉ねぎらしきものに、白菜、キャベツ、ニラ、大根、人参、ピーマン、ネギ、コーン、じゃがいも……ふむ、見慣れた物ばかりです。じゃがいもや大根が多めで、少し重そうな感じ。

 とりあえず、これは私が持つことにしましょう。

 

「そうでしょう。可憐で儚い感じ――っと。イルさん。代金をお願いします」

 

 箱を持ち上げようとし、私はまだお金を支払っていないことを思い出しました。視線を向けると、彼女はコートの内ポケットから硬貨の入った袋を取り出します。私は驚きました。なんとその袋、大きな硬貨らしきものでパンパンに膨らんでいるのです。すごい。ミュラーさんの持っている袋に似ていますが、中身が違うと一目で分かります。それもただ膨らんでいるだけではありません。一枚一枚が大きいのです。硬貨の大きさが外から見ただけで分かる……その迫力といったらありません。一文無しの私には衝撃的な光景です。

 ああ、かつて貧乳の友人から私に向けて言われた言葉は、こんな感情が込められていたのですね……。

 

「では、これで足りるか?」

 

 印籠を目にした悪党の如く、何故だか土下座したくなる私をよそにイルさんはその袋から金貨を一枚取り出しました。大きい……。馬車に乗ったあとでリーアさんが払っていた金貨とは天と地ほどの差です。あれでいくらくらいなんですかね。大きさ的に……1、10万円くらい? あれが袋いっぱいですから、私の借金くらいの値段、簡単に返せるのでは。

 

「十分すぎるんだが……ちょっと待ってな」

 

 私ほどではありませんけど、店員さんもかなり驚いたようです。若干焦った様子で商品のならぶ店先から、奥の方へと行ってしまいました。おつりですかね。

 

「……お金持ちなんですか? イルさん」

 

 私には関係なさそうな話ですが、すごく気になったので尋ねてみます。所持金がこれなら、貯金はいくらになっていることやら。想像もつかない話です。

 

「まぁ一般的にはそうだな」

 

 やはりそうみたいです。いやまぁ、そうでないなら今のお金はなんだという話なのですが。

 

「お家がですか? それとも、個人で?」

 

「家のほうだ。冒険者はそれほど稼げるという仕事でもないからな」

 

 ずずいとプライベートに踏み込むと、簡単に話してくれるイルさん。彼女は市場の賑わいを見ながら、フッと目を細めました。

 

「お陰で金は不自由ない」

 

「なんて羨ましい……」

 

 一度は言ってみたい台詞ですね。彼女ばりのハードボイルド調で。

 恥ずかしげもなく本心を吐露する私。しかしイルさんの横顔を見て、ふと疑問を抱きます。

 

「でもあんまり嬉しそうではないですね」

 

 イルさんの表情はとてもいいことだと思っているようなものではありませんでした。私ならば美味しいものを沢山食べて、幸せそうにしていそうなものですが。私が言うと、彼女はこちらを見て、微笑します。

 

「そういうものだ。最初から満たされていると、もっとかさを増さないと幸せには到達しない。」

 

「つまり自分は満たされていると」

 

「幸せではないがな。ふふ、羨ましいだろう?」

 

 いたずらっ子のように言うイルさん。私は頷き、笑みを浮かべます。

 謙遜せずに肯定し、それでも自分の気持ちを正直に言う辺り、彼女には好感を持てました。

 

「という割には贅沢をしている感じがありませんね」

 

「私は水を減らすのを選んだからな」

 

 なにやら意味深な返しをする彼女。ふむ。つまり幸せを感じるべく、自分から敢えて満たされていない方向へ行くと。……何のことを言っているのでしょうか。

 

「これで大丈夫だな。ほれ、釣りと買った商品の証明書だ」

 

 と、そこで店員さんが戻ってきました。おつりと頼んでおいた証明書をそれぞれイルさん、私に手渡してくれます。かなり綺麗な文字でした。アクンさんと比べると、すごく読みやすいです。

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げ、それをポケットに。今度こそ箱を持ち上げ――うっ、重い。想像していたよりも重いです。

 

「では次行きましょうか。お魚ですね」

 

 魚はイルさんに持ってもらって、それで一旦帰った方がよさそうですね。

 私はゆっくりと足を進めます。

  

「ルーフルはどうなのだ? 今は幸せか?」

 

 歩いていると、彼女は会話を続けてきました。箱を持ち魚屋を目指す私の隣に立ち、私を見る彼女。その目にはどこか同類といいますか、同じ境遇の人物を見るような親しみが込められているような気がしました。あくまで私がそう感じただけなのですが。

 

「そうですね……」

 

 考えます。幸せかは分かりません。しかし今の私は間違いなく幸福な部類でしょう。死んだら生き返ってみんな憧れの勇者です。まぁその憧れも、実力が伴わない今、ただ無意味にハードルが上がっただけなんですけどね。

 

「まぁ、幸せですかね。努力はそれなりにしているつもりですし」

 

 考えた結果、出た結論はそれでした。明確な目標もありますし、休息をほしがるくらいには充実しています。むしろ充実しすぎなくらいで、この数日間何度修羅場をくぐってきたことか。これからもきっとそうなるでしょうし、最後の方は生きているだけで幸福だとか言ってそうです。

 

「そうか。そうなのか……」

 

 私の答えに、イルさんは若干しょんぼりしてしまいます。幸せになるため努力中です、とか言えば良かったですかね。心配する私。しかし彼女はすぐ顔を上げ、問いかけました。

 

「それは、何故そう思うのだ?」

 

「何故、ですか……」

 

 予想外な質問を受け、言葉に詰まります。

 

「やはり目標でしょうか。立派な勇者になると妹に言いましたし」

 

「妹……なるほど」

 

 メモなどをとりそうな、真剣な表情で頷くイルさん。なんかまた勘違いというか、世間知らずな解釈をしてそうな気配です。

 

「妹というのはどうやったら手に入る?」

 

 やっぱり。純粋な疑問なのでしょうが、なんて答えるべきでしょうかね。私は少し困って、純粋な瞳を向けてくる彼女から目を逸します。ここはやっぱり――あれですね。

 

「親御さんに訊いてください」

 

 それぞれの家庭の教育方針にお任せするといたしましょう。逃げです。

 

「親に、か? ……怒られたりしないか?」

 

 これで解決と思っていたのですが、イルさんが心配そうに尋ねてきます。自分が問おうとしていることの意味が分かっていないのに、怒られることを心配ですか。少し、わけありなかおりがします。

 

「それくらいで怒られませんよ。訊き方によっては怒られるかもしれませんが」

 

「そうか。ならばやめておく」

 

 できるだけ不安を与えないよう笑顔を浮かべて言ったのですが、彼女は怯えたような顔をして即答してしまいます。割と本気で親御さんが怖いようです。

 やっぱりお金持ちでいいとこのお嬢さんだから、厳しい教育を行っているとか、そんな感じなのでしょう。もしかしたらそれよりもひどいことをされているかもしてませんが……ううむ、気になります。

 

「何かあったんですか? 親御さんと」

 

「……何もない。大丈夫だ」

 

 ミュラーさんのときと同じく、露骨なくらい何かある様子なのですが、イルさんは首を横に振ります。その話題は彼女にとって触れてほしくない部分なのか、それまで自分で話そうとしていた彼女が口を閉ざしてしまいました。

 知り合って少しで、そう安々と自分のことを話すわけがないですよね。ミュラーさんの場合だって、リーアさんという第三者を通じてわけを知ったんですし、簡単に行くわけがありません。

 私だって、そうなのですから。

 

「そうですか。では、また買いますのでお金をお願いします」

 

 この話は止めにして、魚屋の前に着いたので依頼の品を購入することにします。するとイルさんは頷いて、少しだけいつもの様子を取り戻しました。やはりあの話題はあまり触れてほしくないみたいです。

 ご家庭の事情。それも親に対してのこととなれば、その話題はデリケートを極めます。お子さんもあまり話したくはないでしょう。なるようになる、とは思いたくないですが――そもそも問題の有無が分からないので、相談してくれないと何もできないのもまた確かで。ああ、やきもきします。

 

「さて……では、これをお願いします」

 

 野菜屋と同じようなやりとりをし、魚屋で依頼の品を購入。独特な匂いの紙袋を彼女へと手渡しました。

 

「任せろ。……ふむ」

 

 彼女は袋を軽く持ち上げ、上下に動かすと首を捻ります。

 

「どうしました?」

 

「いやなに、ルーフルの荷物ほど重くはないと思ってな」

 

 この図体で、私に重い物を持たせているのではと気を遣っているようです。眉を少し下げ、彼女はさりげない優しさを窺わせます。本当、リーアさんとは違った方向でできた幼女さんですね……おそろしい。

 

「大丈夫ですよ。それほど重くないですし――」

 

 心配無用だと私は箱を頭まで持ち上げ、台詞を止めます。魔の使いのことを尋ねたいですし、ここはどこかで休みながらお話を窺うことにしましょうか。ふふ、今度は忘れてないんですよ、私。

 と、どや顔しつつ私は箱を腰の高さまで下ろし、口を開きます。

 

「やっぱり重いですね。少し歩いたら休憩しましょうか」

 

「んんっ? あ、ああ。そうだな」

 

 表情と言葉が1ミリもかぶっていないからか不審なものを見るような目をされましたが、私の計画通りにイルさんが頷いてくれました。

 

 

 

 ○

 

 

 

 宣言通り、少し歩いて私は休憩を挟むことにしました。お城の前にあるベンチへ座り、荷物は地面に置いておきます。それからイルさんへ隣へ座るよう促しました。

 

「ああ……失礼する」

 

 おずおず、といった様子で頭をぺこっと下げて座るイルさん。彼女は魚の入った袋を自分の隣へと配置し、私のすぐそばまで来ます。やはり幼女なのに気品というか、物腰にどこか礼儀正しさを感じさせる方です。

 

「……あの、少し訊きたいことがあるんですが」

 

「なんだ? 我に答えられることなら答えるぞ」

 

 それほど警戒もなく快諾してくれます。私がもう家庭のことは尋ねてこないと思ってやっているのか、単純にどうでもいいことだったのか――それは窺い知れませんが、とりあえず第一にお尋ねしたいことを訊いてみようかと思います。

 

「魔の使いのことです。何故風車の村で罠を仕掛けて、居所を突き止めたんですか?」

 

「ん? それは複数人いると分かったからだが」

 

 衝撃的な発言を真顔でしてくれる彼女。これでニールさん以外の魔の使いの存在が確定してしまいました。……やはり風車の村での出来事は何か裏がありそうですね。

 

「では、ニールさん以外の魔の使いを見たんですね?」

 

 ああ、とイルさんは頷きます。

 

「確かにいたらしい」

 

 らしい?

 突然彼女の口から出てきた曖昧を付与する言葉に、私は首を傾げました。

 

「らしいってなんです?」

 

「私は見ていないのだがな、確かに仲間が見たらしい」

 

「なるほど、そういうことですか……」

 

 それなら彼女が曖昧に答えたのも納得できます。戦闘のときのことはよく覚えていないでしょうし、魔の使いが複数人いたということを目にしていない筈です。

 

「その仲間はいずこに?」

 

 では更なる情報を得るため、その仲間からお話を伺うとしましょう。私は尋ねます。が、そこでイルさんの表情が曇ってしまいます。家族の話をしたときよりも暗いかもしれません。まさかこれも地雷でした? 怖くなる私。が、撤回するのも惜しく、私は彼女の返事を待ちます。

 

「それは……」

 

「ここだ」

 

 声が、前から聞こえてきます。低く、男性の声であると分かる凄みのあるそれは、どこかで聞いたことのあるものでした。イルさんから前方へ。目を向けると、そこには二人の男性が立っていました。魔の使いとなっていた剣使いと斧使い。イルさんの仲間である二人です。

 彼らはまっすぐ、敵意を微かに滲ませ、少し距離を空けた位置から私達を見つめています。

 

「キース……グラット……」

 

 剣使いをキース。斧使いをグラットと呼び、イルさんは瞳を揺らします。彼らがここに現れたことに動揺しているようです。

 感動の再会――というわけでもなさそうですね。剣呑とも捉えられる雰囲気に、私は深く息を吐きました。

 

「……悪いのはどっちですか?」

 

 どっちにつくかを判断するため、質問を投げかけます。てっきり私がイルさんにつくと思っていたのか、キースさんらは目を丸くさせました。イルさんが何か言おうとしますが、それよりも早くキースさんが口を開きます。

 

「危険な旅をやめさせるため、連れ戻しに来た。我々のここに来たわけは、それだけだ」

 

「なら私はこっちにつきます」

 

 私は即答し、イルさんの前に立ちました。

 

「ルーフル? な、何故……」

 

「いや、だって悪いのはどっちだとか聞いたのに、ここに来た理由を答えられたので……こっちにつくしかないでしょう」

 

 イルさんの戸惑ったような声に、背中を向けたまま答えます。ああ言われたらこうなるのも当然です。イルさんのような子供を三対一の状況にもっていくのも可哀想ですしね。

 

「連れ戻されたくないんですよね?」

 

「……ああ」

 

 肯定の声は横から。隣を見れば、彼女はいつの間にか立ち上がっており、そこにいました。

 

「なら私は彼らに抵抗します。やめろと命令してもオーケーですよ」

 

 私が断言すると、隣の彼女は鼻で笑います。

 

「我より弱いからな。危なそうならすぐ止めてやる」

 

 すっかり調子を取り戻した彼女に安心し、剣を抜きます。

 荷物もありますし、逃げるためには戦闘、ということになるんですよね。それも多分、加減しながらの。

 街中ですが、お城の近くということもあり人は少ないです。他人に危害は及ばないはず。

 

「我々に勝てると思うのか?」

 

 重さを増していく空気。私達が戦闘体勢に入ったのを見て、キースさんも抜剣します。イルさんのような不敵な笑みを浮かべ、彼は構えを取りました。

 魔の使いのときとはまた違う威圧感。明らかに私より腕前は上です。まともにやれば勝てないかもしれません。でも――

 

「自惚れ屋なのが私ですので。いつでも負けはないと思ってますよ」

 

 やってみなければ分かりません。何もせずぐじぐじするのは、もう止めたのです。剣を構え、私はキースさんの隣に立つグラットさんを見ます。優しげな顔の彼は、斧――ではなく、鉄の棒のような物を手にし、目を鋭くさせます。

 

「イル様……覚悟してください」

 

 強気な言葉を口にする彼は、まるでその台詞を自分に言い聞かせるように目を閉じます。やはり、そこには躊躇いが感じられました。推測でイルさんの味方をすることに決めましたが、それは間違いではなかったみたいです。

 

「覚悟するのはお前達だ。――裏切り者が」

 

 イルさんの言葉を合図とするように、私は駆け出しました。

 

 

 

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