少女は異世界で勇者となる   作:珊瑚

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 サポート……といきましょう。肩越しに後ろのイルさんが詠唱をはじめるのを確認。私は考えます。前に出て二人の動きを牽制。魔法でとどめ。それでいいはずです。走り、彼らとイルさんの中間の位置に立ち止まりました。

 敵である二人はイルさんの行動を気にかけているようで、私の後ろをちらりと見やれば、左右に別れて斜めに走りだします。別れて私を挟み撃ちにするつもりか、はたまたどちらか一人が後ろにいるイルさんを狙うのか。どちらにせよ、数で劣っている私には不利な話。私は二人の間隔が離れない内に接近を試み、まずはグラットさんに剣を振るいます。

 振り下ろした剣を彼は棒で受け止めました。見た目どおりやはり棒は金属製らしく、剣とぶつかり大きな音が鳴ります。剣で軽く棒を押し、私は一呼吸。力比べはせずに刃を自分の身体の横へ引き、居合い斬りのように鋭く左から右へ振りました。

 再び鳴る耳障りな金属音。二撃目も棒を縦にされ防がれました。しかしそれは想定内。動作の速さが足りないのはもう痛いほど理解しております。

 動くのが遅い。――ならば先に動いていればいい。剣と同じ方向へ大きく踏み込んでいた私はそのまま彼の横へと進み、振り向きざまに剣を振ります。グラットさんはこれを後ろに下がって間一髪回避。今までの私ならば驚いていた反応速度でしょう。

 ……が、これも想定内です。攻撃とともに身体の向きを変え、私はそのまま真っ直ぐ進みグラットさんへ接近します。空中にいる彼が辛うじてそれに反応し、棒を大きく横に払いました。速い。ですが、見えます。反撃がくると心構えはしていました。屈んでそれを回避し、私はグラットさんの足目掛けて剣を横に薙ぎます。

 これまでの次に繋げるための軽い攻撃とは違う、全力を込めた攻撃。それは彼の足に見事命中し、切り裂きました。服が破れ、血が少量ですが流れます。それを見て軽い目眩を覚えますが――今は戦闘中。自分の頬を叩いてなんとか耐えます。続けて苦悶の表情を浮かべる彼の足へ蹴りを入れ、転倒させました。

 

「次!」

 

 グラットさんがこれで止まるかは分かりません。が、キースさんを放っておくわけにもいきません。グラットさんが倒れてから、私はキースさんの位置を探ります。グラットさんとのやり合いはほんのちょっとの短い時間。まだ間に合うと思うのですが。

 ほどなくして、キースさんを見つけます。彼はもう既にイルさんのすぐ近くにいました。速いです。

 

「イルさん!」

 

 詠唱している彼女へ注意を促します。イルさんの周囲には氷の塊が浮いており、それなりに詠唱が済んでいそうですが動けるかは判断がつきません。

 うっかりしていました。連撃を意識するあまり、キースさんの相手を疎かにしすぎました。しかしああでもしないとグラットさんに勝てるとも思いませんし……ああぁ、この中途半端なのが私の実力なんですね。

 

「分かっている!」

 

 自分の愚かさを懺悔しつつ走り出す。するとキースさんが目前に迫ろうとしているタイミングで、イルさんが動き出しました。詠唱を止め、コートのポケットから刃の長い片刃のナイフを取り出します。しかし彼女の周囲にある魔法は消える気配はなく、いつでも発射が可能なようでした。

 あれは……あんなこともできるんですね。流石魔法使い。

 キースさんがやはり私より格段に速く、正確な動きで横へ剣を振ります。イルさん、それを持ち前の低身長で下をくぐり回避。間を空けずにナイフをシュッと手首を返すように払いました。が、ナイフの刃を叩かれ、攻撃を外します。

 す、すごい。空いている左手でイルさんのナイフを……。化け物ですか、キースさんの反応速度は。

 

「いつもの攻撃では通じないぞ、イル様」

 

 キースさんの言葉とともに彼の拳がイルさんを殴打しました。よろけるイルさん。が、大したダメージではないようですぐ後ろへと動きます。

 ……なるほど、読まれていたんですね。私も剣での払いには自信がありますし、納得できます。身体に染み付いた動きは驚くくらいスムーズに出ますからね。

 などと考えつつ、彼の背後から接近した私は遠慮なく剣を振り上げます。一応頭とかには当たらぬよう中心からずらし、右肩の辺りを狙いました。無防備な背中を狙った攻撃。普通は当たるもの――なのですが、

 

「そっちもだ。不意打ちのつもりか?」

 

 驚くべきことにキースさんは反応してきました。彼の剣が私の武器が届く前に私の脇腹へ当たります。息が詰まるかと思うほどの衝撃。次いで激痛が身体に走りました。思わず狙いがずれそうになります。が、私は刃を食いしばりそのまま構わずに彼の身体へと剣を振り下ろします。

 命中。私の剣が彼の肩を切り、小さなうめき声が上がりました。同時に限界を迎え、私は地面に倒れこみます。

 思ったよりも痛い。上手く力が入らず、意識はしっかりしているのですが、立ち上がることにもまだ時間がかかりそうな有り様でした。面白いくらいに地面についた手が滑り、思うままに動くことができません。

 

「……まったく。止める間もなくやられたな」

 

 そこへ、声がかかります。手の動きを止めて顔を上げてみれば、そこにイルさんが立っていました。その後ろには倒れているキースさんが。驚くことに彼を倒したようで、私に手を差し伸ばしていました。

 

「イルさん……キースさんは」

 

「ふっ、我が倒した。隙ができたから魔法をぶちこんでやったんだ」

 

 私が手を握ると彼女はそれを引っ張り、得意げな顔をしました。ああ……私が剣で切ったとき魔法を放ったんですね。なるほど。

 彼女は私の身体を起こすと、グラットさんへ顔を向けました。彼は立ち上がってこそいましたが、これ以上戦う気はないらしく、ただこちらを見ています。

 

「キースの手当てを頼む。それとこれ以上、我に構うなとお父様に言っておけ」

 

「イル様……」

 

「行くぞルーフル。荷物は交換だ」

 

 グラットさんは何か言いたげにしていましたが、それを聞く気はないようです。てきぱきとした口調で言うと、彼女は野菜の入った箱を持ち上げます。若干よろけて。

 

「……ん、そうですね」

 

 苦笑しつつ私は剣をしまい、自分のお腹を見ました。傷はそれほど深くないようで、血の量も少ないです。ただ動こうとすると鋭い痛みが走り、ぐずりたくなります。ここはグッと我慢。リーアさんに会えば治療だってしてもらえるはずです。

 走ってもいないのに息切れしそうになりながら、なんとか立ち上がります。その間も痛む腹部に涙を浮かべ、私は魚の入った袋を手に取りました。

 ……すごく痛い。手のときとは比べものにならないです。リーアさんがあの状態で、あんなに話せたことが信じられなくなってきました。精神力が凄まじいですよ、彼女。

 かなり辛いですが……まぁ、歩けないことはありません。マントで傷を隠し、私はグラットさんの方を見ました。呆然としていた彼ですが、すぐにキースさんへ近づき、手当をはじめました。特に慌てている様子もありませんし、ここは街。きっと助けてくれる人もいるはず。多分大丈夫でしょう。

 ほっと一安心。私は歩いて行くイルさんの後ろをついていきました。

 

「まさか強硬手段に出るとはな。大丈夫か?」

 

 ボロ泣き寸前の私を気遣い、彼女が言葉をかけてきます。私は頷きました。

 

「大丈夫です。痛いと思えるので、割と軽い方だと思いますよ。それよりも、です」

 

 痛む脇腹を服とマントの上から押さえ、私は言います。今は痛みや自分の身体よりも気になることがありました。

 

「あのお二人と何が? 裏切り者とも言ってましたし」

 

「……そうだな。話さねばなるまい」

 

 巻き込んだ以上、内緒にするのは失礼だと考えたのでしょう。私の問いに、彼女は表情を暗くしながらも答えてくれました。

 

「その前に治療だ。まともに話も聞けないだろう」

 

 そして再び前を見て歩いていきます。ギルドへはまだ距離はありますが、なんとかなる……と思いたい。気力を振り絞り、私はのろのろとついていきます。そこに通りかかる人物がいました。

 

「勇者! 争いが起きていると聞いてきたのだが」

 

 ああ懐かしや、フォートさんです。おそらくミュラーさんと同じく警備隊に所属している彼女は、見回りなのか武器を背負い、心配そうな顔をしてこちらへと駆け寄ってきます。

 

「警備隊か……どうする?」

 

「正直に話せばいいんじゃないですかね。身内の喧嘩みたいなものですし」

 

 逃げるわけにもいかず、足を止めて話し合う私達。彼女は知り合い。私が勇者であることも知ってますし、事情を話せば許してくれるでしょう。

 

「こんにちは、フォートさん。広場以来ですね」

 

 私は手を挙げてなんでもないように気さくな挨拶。しかし半泣き状態なお陰で、フォートさんが怪訝そうな顔をします。彼女は私が身体、脇腹を押さえているのを見て一言。

 

「……怪我しているのか?」

 

 事情を知らない人にも一目瞭然みたいです。一応我慢してるんですけどね。

 

「え、ええまぁ……実は喧嘩していたのは私達でして」

 

「なっ!? ではまた魔の使い――ではないか」

 

 一瞬声を荒げる彼女でしたが、喧嘩という単語にそうでないと察しがついたみたいです。ホッと安堵した様子を見せ、彼女は私の隣、イルさんに目を向けました。

 

「彼女は?」

 

「イルさんです。ほら挨拶」

 

「……イルだ」

 

 微妙に緊張した様子でイルさんが頭をちょこんと下げます。

 

「彼女も、喧嘩を?」

 

「そうですね。あ、でももう大丈夫ですよ。解決しましたから」

 

「そうか。ならついてきてくれ。治療をしよう」

 

 言って、彼女は私達の後方を確認。何もないのを確認するとお城の方向に歩いていきます。

 ちなみにキースさんらはいつの間にかいなくなってました。流石と言うべきでしょう。

 

「いいんですか? お世話になっても」

 

「ああ。事情を聞くのも兼ねてだがな」

 

 そゆことですか。街中で派手にドンパチやったのは私達ですし、ここは遠慮なくお世話になることにしましょう。お城はギルドよりも近いですしね。

 私は歩こうとし、立ち止まったままのイルさんに声をかけます。

 

「イルさん、行きますよ?」

 

「……う、うむ。分かった」

 

 ビクッと肩を震わせる彼女。なんか怖がっているような感じです。

 

「大丈夫ですよ、お城は怖くありません」

 

「馬鹿にしているのか? お城なんて怖くない。ほら歩け」

 

 荷物を持ったままイルさんは嘆息。クイッと顎でお城を指します。偉そうな口調でいつもの調子なのですが、少し元気がないようにも思えます。何か気になることがあるのか……それとも別の何かか。まぁ、治療すれば話が聞けるのです。さっさと行くことにしますか。

 

「はいはい、今行きますよ……っと」

 

 自分の傷ではトラウマ発動しないのが幸いでした。傷を押さえ、痛みに耐えつつ私はフォートさんの後を追います。

 傷がじんじんと痛みます。けれど、気になりません。

 私の頭の中には何故かイルさんの言葉が反響のように何度も響いていました。それは段々と音を変え、様々な人の声になっていきます。

 ……裏切り者、ですか。私もそうなんですよね、多分。

 気分が落ち込みます。けど、へこむくらいで大したダメージはありませんでした。私は決めたのです。そう言われないためにも立派な勇者になると。彼女と取って代わったと明かしても、文句を言われないような存在になってみせるのです。

 けど、今の状態で嘘を言っているのがバレれば――どうなるんでしょうか。

 私はちょっとくらい悪いですけど、言ってみれば死んだルーフルが悪いのですから、誰かが誰かを責めることはできないと思います。

 それはそれで辛いですよね……。彼女を大事に想っていた人は、自分の力で彼女の死を乗り越えなくてはならないんですから。

 

「――分かってます」

 

 小さく呟きます。

 だからこそ、私はみんなの力になれるよう立派な勇者になるんです。

 裏切り者、偽物と罵られてそれで治まるならば憎まれ役もいいでしょう。憎しみで私を殺めようとするなら、返りうちにして説得してみせます。駄目なら逃げます。

 そして、彼女の死で悩んでいる人にはやはり力になってあげたいのです。偽物には偽物なりのやれることがあると思います。

 そのためにも、やっぱり精神的にも戦闘的な面でも強くならなくては。麗しい美貌だけではできることが限られているのです。

 

「そう、私は今より更に完璧な美少女になる……」

 

 よし、元気出てきました。

 

  

 

 

 ○

 

 

 

 私達三人はそのままフォートさんと先頭にお城の敷地内へと入っていきました。赤絨毯のある城内ではなく、外の庭を進んでいく一行。どこに行くのだろうかと前を見てみれば、そこに一つドアがありました。一応城の一部のようですが、入り口がそこにしかないようです。じっと目を凝らしてみれば、微妙に本殿――のような場所との区切りの存在が窺えました。

 中はきっと小さな小屋みたいになっているのでしょう。なんだか増築した家の物置みたいでした。

 

「あれは?」

 

「私達警備隊の本部だ」

 

 微笑し、肩越しにこちらへと振り向くフォートさん。あそこが警備隊の本部……微妙に名前負けしてる印象です。

 

「あれが警備隊の? 随分小さいではないか」

 

 気になったようで、イルさんが口を開きます。

 

「まぁ、そうだな。けど一度に働く人数は緊急時以外それほどいないからな。不便ではない。設備も悪くないしな」

 

「そういうものか? ……しかし、初めて知ったが国公認なのだな」

 

 イルさんは意外そうな声で言いました。

 お城の敷地に本部が。つまりは国に許しを得ているわけです。――まぁ、言うなれば騎士みたいなものなのでしょう、彼女達は。すごいものです。

 

「……公認、というわけでもない」

 

 と思うのですが、フォートさんは苦々しい表情を浮かべました。

 

「そうなんですか?」

 

「あ、いや、気にしないでくれ」

 

 独り言のつもりだったのか、慌てた様子で彼女は手を振ります。そして話から逃げるように前を向いてしまいました。非公認ということなんですかね。いやでも、それだとここに本部を置く意味が分かりませんし。

 

「さ、着いたぞ」

 

 いつもの癖であれこれ考えていると、すぐにドアの前へ着いておりました。フォートさんにぶつかりそうになり、私はハッとし立ち止まります。

 

「ここが警備隊本部だ」

 

 ドアを開けてフォートさんが中へと入っていきます。私もそれに続きました。本部の中は至って普通な部屋でした。書類などが納められた本棚、机とおそらく仮眠に使うベッド、その他には……キッチンがありました。これは泊まり込みでここにいることもある、ということ、なんですかね。

 ランプの光で明るく、城内とは思えない柔らかい雰囲気でした。思ったより広く、ここで生活することも容易そうです。

 現在はみんな仕事なのか、無人のそこへ入っていき、フォートさんに促され私はベッドに腰掛けます。私の部屋のベッドと比べると座り心地は悪いですが、なかなかいいベッドです。安眠できそう。

 

「……治療とはなにをするのだ?」

 

 イルさんが壁に寄りかかり、クールさを発揮しながら問いかけます。するとフォートさんはベッドの下に手を突っ込み、そこから木の箱を取り出しました。白い十字マークがあしらわれたいかにもな救急箱です。それを開き、彼女は一言。

 

「治療をするから脱いでくれ」

 

 この人もまた男らしいんですよね……。なんですか、このかっこいい女性達は。キリッとした顔で脱いでくれなんて言われたらちょっとドキッとしてしまいます。

 恥ずかしくなりつつ私はマント、上着を脱ぎ捨てます。下着は……邪魔にならないし、大丈夫ですよね。

 痛みは少し弱くなった気がしますが、衣類をなくした状態で傷を改めて見てみると――思いの外グロ画像です。血が滲み、自分の身体が精肉加工される途中みたいな状態なのを見ると、色々とこみ上げてくるものがあります。感動ではない涙とか。

 

「……お前はいつも何を食っているのだ? よくそんな理不尽な体つきになるな」

 

 イルさんが親の仇を見るような顔をして睨みました。私の身体を。

 理不尽と言われましても、何もしていなくてもこうなるんですし……あ、これ世の女性には理不尽な話ですね。ふふふ。かなり得意げな気分。精神的なダメージがかなり和らぎました。

 

「傷を洗って包帯を巻いて……仕上げはリーアに頼めばいいだろう」

 

 スタイルで勝ち誇っていた私は真顔で言い放たれたフォートさんの台詞に硬直します。

 洗う? この傷を?

 私今日死ぬんじゃないでしょうか。

 

「えと、その、魔法とかは……あったり?」

 

「なにを言っている。治癒の魔法は習得が難しいんだ。私が使えるないだろう」

 

「ふえぇ……」

 

 判明する新事実。私は情けない声を出します。広場での戦いの後のように、魔法であっという間に回復、なんて展開を想像していたのですが、どうやらそれは絶望的みたいです。

 しかし傷口を水洗いってなんの拷問ですか。私は助けを求めてイルさんを見ます。魔法が得意そうな彼女ならば、あるいは。最後の希望である彼女は、私のすがるような視線を受けて、目を逸しました。

 

「……我は初級魔法しか使えない」

 

 半角カタカナで表記されるようなぎこちない口調で答える彼女。私の脳裏に『詰み』、『チェックメイト』の言葉がちらつきます。っていうか初級魔法であの威力なんですか!? そっちもそっちで驚愕なんですけど。

 

「では覚悟を決めることだな」

 

「なにがではなんでしょうか? ウフフ」

 

 水の入った瓶と清潔な布を持ち、ずいっとこちらへ近づくフォートさんに、私はお嬢様っぽく笑ってみせます。

 

「すぐ終わるから、我慢するんだな」

 

「ほ、本当にやるんですかっ? あの、リーアさんを待って――あ、ちょっ! 冷た痛い!」

 

 けれど苦しい逃避は数秒と持たずに終わり、治療はすぐ開始されました。傷口の洗浄と包帯を巻くだけの簡単な治療。いわゆる応急処置です。

 私は痛みに涙し、大声ではないですが、なんかもういかがわしいと自分でも思えるくらいに喘ぎました。

 

 

 

 ○

 

 

 

 それはもうひどかったものです。醜態と言うべき状態でした。まともに話すこともできず、最終的には私を見る二人の顔が赤くなる始末。張本人である私もふと我に帰り、なにをやっているんだろうと思うレベルです。

 

「ごほん。では……我の話をはじめようか」

 

 ベッドに横たわり、すっかり力を使い果たしてぐったりする私。それをじっと見ていたイルさんは大袈裟に咳払いをすると目を離しました。

 

「イルの? 私が聞いていいのか?」

 

「ああ。事情の説明にもなるだろう」

 

 そうか、と頷いてフォートさんもぎこちなく私から視線を逸します。なんですかね、このエロ本を初めて見た男子的な反応は。

 私は嘆息をしつつ、壁に寄りかかったままのイルさんを見ました。赤かった顔を徐々に元の色に近づけ、真剣な表情に。シリアスな雰囲気で語ります。

 

「我は有名な魔法使いの家系に生まれた。血と家名、そして力を重要視する――まぁ、つまらん一族だ」

 

 つまらんて。自分の家なのにぞんざいな扱いですね……。

 

「姉として生まれたのだが、才能があるのは魔力の量だけ。魔法は何年も勉強してやっと初級。妹にも追いぬかれた我には、居場所がなくてな。だから強引にキースとグラットを連れて冒険者となった」

 

「ちょっと待ってください。冒険者になる理由がはっきりしてないような。短絡的すぎません?」

 

 寝たまま挙手。頭に浮かんだ疑問を口にします。

 

「魔法は今の状態で限界だと思った。だから我は他の様々なことを学びたいと考えたのだ。あの家にいては魔法魔法で他に何もできんからな」

 

「なるほど……でもそれなら家出するだけでいいんじゃないでしょうか?」

 

 なにもわざわざ冒険者にならなくとも。危険でしょうし。

 私が主張すると、彼女は再び顔を赤くさせてしまいました。

 

「……冒険者に憧れていたのだ。世界の各地を冒険し、人を助ける冒険者に。絵本とか、伝記とかは読めたから……」

 

 若干口調が崩れてます。

 

「気持ちはよく分かる。皆、一度は冒険者に憧れるものだ」

 

 と、フォートさん。腕を組み、うんうんと一人で頷きます。

 冒険者……人気なんですね。まぁ、仕事がほぼ尽きないというのはいいかもれません。ただ暮らすにしてもお金は必要ですし。

 

「ま、まぁ、そんなこんなで冒険者として暮らし二年近く経った。それなりにうまくやっていたのだが……風車の村の一件で我の失態が父に伝わってな。我を連れ戻そう決めたらしいのだ」

 

「……それは帰った方がいいんじゃないですかね」

 

 親が子の心配をするのはどの世界でも同じでしょう。彼女の話を聞いていると、キースさんらと戦ったことが間違いに思えてきました。が、彼女は断じて違うと首を横に振ります。

 

「普通はそうかもしれない。しかし父は二年間も私が冒険者であることを黙認していたのだ。それをたった一回の失敗で帰ってこいというのも今更な話だ」

 

 たった一回の失敗で普通は死にますからね……確かに今更感は否めません。しかし、『黙認』とは?

 

「あの、お父様は冒険者をしていた件を知っていたんですか? 家出して行方をくらませていたんじゃ……」

 

 二年間黙認していたと語ってましたし、まさか定期的に面会に行ってたりは……しないですよね。

 

「私はそのつもりだった。捜索している素振りは一切なかったからな。月の都にいても家族からの接触は皆無だった」

 

「ですよね。なら何故?」

 

「キースとグラットが父に報告を行っていたのだ。だから今回の失敗も伝わった」

 

 私はハッとしました。

 

「ですから裏切り者と。そういうことですか」

 

「ああ。私に内密で報告を行っていたばかりか、命令に従って連れ戻そうともした。裏切り者と言わず、なんと言おうか」

 

 怒りを露わにしイルさんが鋭い目をして言います。

 ふむ。大体の事情は飲み込めました。けれど、それでも私は自分のしたことが間違っているような気がしてなりません。

 

「イルさんは戻りたくないんですよね。それは何故ですか?」

 

「決まっているだろう。また魔法漬けの半引きこもり生活が待っているからだ」

 

 やはりイルさんは決めつけたように答えます。堂々とした口調ではっきりと言うのですが――何故かそれが薄っぺらいように感じられました。なんか、こう、無理している印象です。

 

「……イルさん、あんまりお父様と話していないでしょう。何故そうだと言えるんです?」

 

 まるで自分に言い聞かせているようなイルさん。そんな彼女へ私は追及します。

 もし決めつけで拒んでいるのならば、イルさんは彼女のお父様と話し合うべきでしょう。もしかしたら善意でやっていることかもしれませんし。

 

「分かりきっているからだ。あの人とは何年も一緒にいた」

 

 しかしイルさんはきっぱりと答えました。無理をしている感じはなく、言う通り分かりきった常識を語るように淡々と続けます。

 

「優先するのは自分と家のことだ。今回のことだって、私が失敗したのを聞いて、これ以上家名に泥がつくのを恐れたのだろう。一回の失敗で死ぬとでも計画していたのではないか? だから二年間黙認していた。はっきり分かる」

 

 自分の家族をここまでけなす人を初めて見ました。

 私は驚きます。けど――家族だからこそなのかもしれません。距離が近いほど、色んなところが見えてくるものですから。

 

「分かりました。はっきりしませんがそこまで言うなら、多分そうなのでしょう」

 

 考えて、私は受け入れるフリをし、様子を見ることにしました。相手側の意思が不透明であることを露骨に強調し、彼女の反応を窺います。

 

「うむ。絶対そうだ……ああ、そうに決まっている」

 

 腕を組んだまま視線を下に向け、そしてまた前を見て、力強く頷くイルさん。自己暗示しているようで、それでいてそうでないような。なんだか微妙なんですよね……。でも、確信の割合が多い気がします。

 実の娘にほぼ確信を持ってクズと思われている。その時点で相当なお父様です。少しだけ私の行動に正当性が見出せました。

 

「……フォートさん。戦いはキースさんとグラットさん、二人がイルさんを連れ戻そうとして起こったものです。だからあんまり気にしなくても大丈夫だと思います。全員、他人への迷惑は考えているようですし」

 

「いや、誰かが大怪我したら迷惑がかかるだろう。それが他人ではなく騒動に関わっている張本人でもそうだ」

 

 イルさんの話はこれで終わったようなので、フォートさんに更に補足で説明。心配無用だと告げるのですが、まぁそれが当然の反応というわけで。街の警備隊が、喧嘩で武器や魔法を振り回すような事態を見逃せるわけがないのです。本来ならば捕まってもおかしくはないですし。

 なんて言い訳をするべきか思考していると、フォートさんが肩を竦めます。

 

「今度は話し合いで決めるんだな。争い事はいけない」

 

「……えと、無罪放免で?」

 

「誰かが罪を訴えれば捕まえることもできるぞ? したいならだがな」

 

 私はブンブンと首を横に振りました。そんな雰囲気だったとはいえ、最初に襲いかかったのは私。間違いなく私が罪に問われます。

 

「そんなこと望んでません。遠慮します」

 

「フッ。問題ないようだし今回は見逃す。が、今度やったらそのキースとかも含めて全員で話を聞かせてもらうからな」

 

 そう言って私の肩を軽く叩くフォートさん。寛大なのか面倒くさがりなのか。どちらかは分かりませんが、助かりました。それにしても一体この国の法律とかはどうなっているんでしょうか。少しだけ気になります。

 

「はい……治療ありがとうございました」

 

 身体を起こして、私は少し血に濡れた服を身に付けていきます。破れましたし、寝る前に洗ったりしてだましだまし使ってるのも限界そうです。そろそろ替えの服のことを考えないと駄目ですね。

 

「ギルドに行きましょうか。生ものとかありますし」

 

「あぁ。助かった。世話をかけたな」

 

 イルさんがフォートさんへ感謝の気持ちを告げます。フォートさんはそれに、手をヒラッと挙げて応えるのでした。

 

「困ったときはお互い様だ。気にするな」

 

 本当にかっこいいですね……。頼り甲斐のあるお姉さんといった感じです。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ギルドに戻ってきました。相も変わらず賑やかなそこを進んでいき、私はアクンさんに声をかけました。

 

「アクンさん。依頼の品を調達してきました」

 

「おお、ルーフル。ありがとな」

 

 カウンター越しに声をかけると、彼は鍋の火を止めてこちらへとやって来ます。それからカウンターに置かれた材料類を確認し、それらを軽々と自分の領地へと持って行きました。野菜類はともかく、魚とかどうやって保存するんですかね……。

 

「これであとは肉と調味料だな」

 

「そのことなんですが、明日になっても問題ないですかね?」

 

 私は申し訳無く思いながらも、確認します。イルさんを一人にしておくのは心配。私は怪我。ということで、今日は続けることが困難でした。故に明日に回したいところなのですが。

 

「ん? ああ、問題ないぜ。メニュー変えればいい話だからな」

 

 よかった。笑顔で快く頷いた彼に私はホッと安心します。

 

「だけどどうした? 何か用事……ん?」

 

 アクンさんが言葉の途中で鼻を動かしました。何か臭うようで、鼻をひくひくとさせ――私の脇腹を見ます。

 

「怪我か? 街で怪我するなんて勇者も大変だな」

 

「ええっ? なんで分かるんですか?」

 

「血の匂いがしたからな」

 

 この人すごい。ギルド内は食べ物とか他の匂いでも一杯なのに、なんでそんなことが分かるんですか。

 

「おお、そうだ。リーアなら上にいるから、治療してもらったらどうだ?」

 

「本当ですか? ふぅ、助かりました」

 

 彼の言葉に目を輝かせる私。相当マシになったとはいえ、まだ傷は痛みます。リーアさんがいればあっという間に治せますし、まさに吉報。

 しかし帰りが早いですね。もう仕事が終わったということでしょうか。流石です。

 

「さっさと行くか。早く治した方がいい」

 

「ですね。ではアクンさん、夕食期待しています」

 

「おう。楽しみにしてろ」

 

 イルさんに促され、ぺこりと頭を下げて別れの挨拶。仕事を再開するアクンさんへ背を向け、二階を目指します。確かリーアさんはミュラーさんの隣の部屋に住んでいるんですよね。どんなお部屋なんでしょうか。

 階段を上がり、私の部屋の前に通りかかります。そこでふと、とある可能性が思い浮かび、私は足を止めました。

 もしかしたら二人はここで帰りを待っているかもしれません。

 

「一応見ておきますか……」

 

 いたら二度手間ですしね。私は何気なくドアを開き――

 

「お姉さまの香り……落ち着く……すぅはぁ」

 

 そっと閉じました。

 

「何をしている? そこではないのか?」

 

 イルさんが怪訝そうな顔をして問いかけます。

 中を確認してすぐ閉じる。意味が分からない行動だと思います。しかし真に意味が分からないのは自室の状況でした。なんですかあの魔境。

 私は深刻な顔をしてドアに額をくっつけます。

 部屋の中。ベッドの上でミュラーさんが……ね。枕の匂いを嗅いでいたんですよ。何をしているんですかね、我が妹は。それほど嫌な気持ちではないのが自分でも不思議なのですが――間違いなく姉に対してする行為ではないと思うのですよ。

 ……忘れましょう。私は一人、頷きました。それがいい。

 

「なんでもないです。私の自室なんですけど、誰もいなかったので、多分違う部屋でしょう」

 

「……誰かベッドの中に寝てたような気がしたが」

 

 見てたんかい!

 

「きっと気のせいですよ。ほら、こちらがリーアさんの部屋ですから」

 

 心の中でつっこみをしておき、イルさんの手を引きます。階段から3つ目のドアの前へ着くと、私は立ち止まりノックしました。

 

「リーアさん。ルーフルです。います?」

 

「ええ。入っていいわよ」

 

 すぐに返事がきました。突然の訪問に慌てた様子もなく、冷静な声が返ってきます。

 

「失礼します」

 

 ドアを開き中へ。イルさんも招き入れ、私はドアを閉めました。

 リーアさんの部屋は意外にも散らかってました。様々な本が床に散乱しており、よく分からない道具の数々が置かれたスペースなどもありごちゃごちゃしております。けれどそれは何もない場所のみの話で、通るべき道や、本棚やベッドなど家具の周りはなにもなく綺麗でした。よく見れば本は本で、道具は道具できっちり分けられていました。

 整理しているのかしていないのかよく分からない不思議な部屋です。

 

「お帰り。まさか私の部屋に来るなんて思ってなかったわ」

 

 読んでいたらしい本を床に散乱している中へそっと戻し、リーアさんは笑顔を見せます。心なしかその表情は嬉しそうでした。

 彼女は椅子を二つほど用意すると、そこへ座るよう促します。

 

「ルーフルの部屋にミュラーがいるはずなんだけど、会わなかった?」

 

「え? えーと、リーアさんに用事があったので、見ませんでした」

 

 まさかミュラーさんがしていたことを教えるわけにもいかず、椅子に座りつつ嘘を答える私。隣に座ったイルさんが不思議そうな顔をしていましたが……察したようで、なにやら同情するような目で見られました。

 

「そう。それは嬉しいわね。で、私に用事って何?」

 

 追及などせずにリーアさんは尋ねます。イルさんがいるにも係わらず機嫌がよさそうで、微笑を浮かべておりました。頼られるのは嫌いではないようです。

 お気楽な気分で私は用件を口にします。

 

「実は怪我をしてしまいまして。治療をと」

 

「はぁっ!?」

 

 途端にリーアさんの目つきが鋭くなりました。ベッドから勢いよく降りて、私とイルさんの前に立ちます。私はその剣幕にびくっとしてしまいました。

 

「どっち? 早く見せなさい」

 

 流石は医者といったところか、こういった時は好みの別け隔てなく心配してくれるリーアさん。私はそっと手を挙げます。

 

「ルーフルね。早く、傷」

 

「これなんですけど……」

 

 マントをどけ、服を捲ります。リーアさんは巻かれていた包帯を手早く解き、傷の具合を確認しました。

 

「あら、割とちゃんとしてるじゃない。誰かいたの?」

 

 心底ホッとした様子で、引き締めていた表情をゆるめ、リーアさんが傷に手をかざします。

 

「フォートさんが処置をしてくれました。痛みは今、さほどありません」

 

「へー。警備隊も伊達じゃないわね……『ヒール』」

 

 リーアさんの手から光が放たれます。見とれてしまうほど綺麗な光は私の傷を照らし、徐々に治していきます。痛みも引いて、やがて早送りか巻き戻しのように怪我をする前の状態へと戻りました。

 

「こんなものかしら。痛くない?」

 

「はい。健康ですよ。ありがとうございます」

 

 自分で脇腹をさすり、私は頷きます。あの傷があっという間に……相変わらずな腕前です。

 

「……驚いたな。これならいい金をとれそうだ」

 

 治療を見たイルさんが感心したように呟きました。

 

「やっぱり儲かるんですか?」

 

 聞いたところ治癒の魔法は難しいらしいですし、習得できるのも、ここまで使いこなすのも大変なのでしょう。それを元々儲かる職である医者が覚えているのですから、やっぱり儲かるんでしょうか。

 

「そりゃ勿論。けど今は勇者一行の一人だから。お金は貯金だけよ」

 

 あっけらかんと答える彼女。幼女はお金持ちというのがこの世の定説となりえてきています。私の中で。

 

「同じ魔法使いとしてその技術は羨ましいな」

 

「こんなの才能よ。技術ではないわ。それに、私としてはあんたも結構羨ましいんだけどね」

 

 あら、相性が悪いと思ってましたがそれなりに仲良くできそうな感じです。互いに褒め合う二人を見て、私は思います。

 それにしてもイルさんはともかく、リーアさんがイルさんのことを羨ましがるなんて意外ですね。魔力の量……とかでしょうか。確かイルさんは魔力の量がどうとか言ってましたし。

 

「……それで、どうして怪我なんてしたのよ?」

 

 ベッドに戻った彼女がジトッとした目を私へ向けます。なにかやらかした子供を見るような疑りきった様子です。その疑いが間違っていないのが辛いところ。怒られるのではとびくびくしながら、私はこれまでのことを端折らずに丁寧に語りました。

 

「街中で人と戦闘……記憶がなくなっても、我が強いのは変わりないのね」

 

「人想いでいいことではないですか。流石私」

 

「あんた……」

 

 疑いは晴れたのに、呆れられてしまいました。

 

「まぁいいわ。他人を力ずくで、なんてロクなやつがいないもの」

 

「まったく同意だな」

 

 頷き合う二人。なんか波長が合ってます。

 

「でも元はと言えば、あんたが勝手に出ていったのが悪いんじゃない?」

 

「なんだと。根源はそんな教育をする家族だろう」

 

 睨み合う二人。……前言撤回。

 二人が威圧感を出すととても心臓に悪いので、私は止めにかかります。

 

「と、というわけで、迷惑かけてすみませんでした、リーアさん」

 

 強引に話を切り出す私。リーアさんはイルさんから視線を外し、肩を竦めます。

 

「謝罪じゃなくてお礼を言ってほしいわね。それに、まだこれからもかけるつもりなんでしょ?」

 

「そうですね。それはもう長々と」

 

「ふふっ、きっぱり言うわね」

 

 リーアさんは嬉しそうに微笑みました。長々なんて言われたら普通嫌がりそうなものですが。私も自然と笑顔になり、イルさんへ視線を向けます。話も一区切りしましたし、明日のことを話さなくては。

 

「……イルさん。依頼の続きは明日ですので、今日はそろそろ休む方向に持っていこうと思いますがどうします?」

 

「明日か……」

 

「はい、明日です。待ち合わせでも――あ、泊まる場所とかあります?」

 

「むっ? いや、まだ決めていないが……」

 

 何故か驚き、戸惑う様子を見せるイルさん。私が明日について計画を立てるような人間ではないと思われていたのでしょうか。

 

「なら今日はここに泊まっていったら? ルーフルの部屋ならスペースもかなり空いてるでしょ」

 

「ですね。一人では不安ですし、そうしましょうか」

 

 リーアさんの提案に賛同します。私は問題ないですし、あとはイルさんがどうするか決めるだけ。答えを待っていると、彼女は小さく言いました。

 

「……泊まっていく」

 

 人のお世話になることが少し照れ臭いのか、赤くなりながらそう言う彼女は、ただの幼い子供にしか見えませんでした。

 

 

 

 

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