少女は異世界で勇者となる   作:珊瑚

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 そんなこんなで依頼を受けることに決め、時間が少し経ちました。あれから私達三人はギルドを出て、とあるお店を目指して進んでいます。

 

「武器もない人間がよくもまぁ、魔の使いを倒すだとか言えたものよね」

 

「返す言葉もありません……」

 

 リーアさんのもっともな指摘に私は肩を落とします。

 そう。向かっているお店というのは武器屋です。目覚めた私は丸腰でしたし、ギルドにあるルーフルの部屋は空っぽ。武器の行方は分からず仕舞い。となれば新品を買うよりほかありませんでした。

 というわけで、こうして説教をされながら買い物のために歩いているのです。代金は無論、妹頼りです。

 

「そう責めないで、リーアさん。やる気があるんだからいいことだよ」

 

 聖女の如く寛容さを見せるミュラーさん。柔らかく包みこむような優しい笑顔を浮かべる彼女は、財布らしき布の袋を取り出して中を確認します。

 

「ピンチだから高い物は買えないけど……いいよね?」

 

 金欠みたいです。まぁ袋が空っぽかと思えるくらいしぼんでましたしね……。こんな優しい子が苦労するのだから世知辛い世の中です。負担をかけようとしている私が言うのもなんですが。笑顔のまま汗を流す彼女を見て、私は世の不公平さを嘆きます。

 

「いざとなれば私もいるから大丈夫よ。その代わりルーフルにいつか返してもらうから」

 

 流石は医者。頼れる台詞です。胸を張る小さな彼女が、今は頼り甲斐のある女性に見えました。

 

「着いたわね」

 

 さて。歩いていくことしばらく。目的地に到着したらしくリーアさんが足を止めました。大きな通りの中間辺りでしょうか。そこには一目で武器屋だと分かるお店がありました。大きな斧や剣が壁にかけられており、店の形は綺麗な四角。カクカクしているわ物騒だわで、人工物のかおりをぷんぷんとさせている建物です。武器屋なのでその印象でもいいんでしょうけど、若干乙女には入り難い空気です。

 

「ここならきっと、ルーフルにも合う武器が安く買えるんじゃないかしら」

 

 ふむ。リーアさんが言うなら間違いはなさそうですし、従うことにしますか。私は店へ近づいていき、店の中を覗き込みます。中は棚が置かれており、そこには多くの武器が並んでいました。窓は小さくそれくらいしか見えません。

 

「行こう? お姉さま」

 

「はい、そうですね」

 

 見てても仕方ないですよね。ミュラーさんに声をかけられ、私は店の中へと入っていきました。

 熱気、などは感じられません。おそらく工房が別の部屋にあるのでしょう。落ち着いた雰囲気で、通りと壁一枚だけしか挟んでいないのに随分と静かになったように思えます。

 入り口近くから早速置いてある棚には剣や槍が並んでいました。ぴかぴかに管理してあるそれらは武器としての役割はおろか、飾っても楽しめそうな芸術性を感じます。多分、私がファンタジーに憧れているせいもあるのでしょう。剣や槍だとすぐ分かる、わかりやすいその品は私の興味をひいてやみません。

 

「いらっしゃい!」

 

 暫し商品を眺めていると、店の奥から景気のよさそうな声がしました。顔を横へと向ければ、会計を行うであろう場所ににこにこと笑った女性がいます。頭にバンダナをつけた作業着姿の女性は、身長が高く、どこか気品を感じさせる素敵な顔立ちをしていました。スタイルもよく……お姉さんという言葉が頭をよぎります。髪型はおかっぱみたいな感じで色は薄い緑色。和服なんか似合いそうです。

 

「お客さん、何をお探し?」

 

「こんにちは、レイ。この子の剣を探しに来たのよ」

 

 リーアさんが一歩前に出て微笑みました。ファロさんとは違う仲よさげな対応です。知り合いですかね。

 

「おお、リーアさんじゃないの。ごひいきにしてもらってありがたいねぇ」

 

「こっちこそいつもいい物を買えて助かってるわ。で、本題」

 

「はいはい、剣だね」

 

 知り合いみたいですけど、やっぱりリーアさんはさばさばしております。慣れた口調でレイさんは会計のカウンターテーブルの区切りを越え、棚のあるこちらまでやってきます。そして彼女はまっすぐ私を見ました。

 

「この子だよね? うーん……それなりには使えそうだけど、どの程度の実力なの?」

 

「勇者よその子」

 

 そう言ってパッと私の頭から髪飾りを取るリーアさん。店内は人がいないので大丈夫なのだと判断したのでしょう。なにをするのかと一瞬肝が冷えました。

 

「おおうっ、綺麗な子だね。勇者かぁ。それなら大体は扱えるよね」

 

 対して驚かずに棚へ顔を向けるレイさん。彼女はそこに並ぶ剣の中から一つ、何気ない動作で取りました。

 

「これはどう? 鋼鉄に魔石を混ぜた、剣も魔法もいける師匠の自信作!」

 

 鉄製の鞘から抜かれたそれは、純白の剣でした。レイさんは私にそれを慎重に手渡します。形は至って普通な両刃の剣なのですが、刀身が長細く、刃から柄にかけて白で統一されています。が、不思議と単調な印象はなく、継ぎ目を窺わせないそれは神秘的な美しさを放っておりました。

 

「わー、綺麗な剣だね」

 

 ミュラーさんが感嘆をもらします。私も同じ感想を抱いていました。武器のことはさっぱりなのですが、この剣は美しい。それだけははっきり分かります。

 

「……高いわよね?」

 

 そして同時に高価なことが窺い知れました。リーアさんも同じことを思ったようで、裏切り者を見るような目でレイさんを睨みます。が、レイさんは動じる様子もなくあっけらかんと言いました。

 

「たった10000ゴールド。どう?」

 

 この世界の通貨を知らない私以外が、告げられた価格に噴き出しました。

 

「1万――って馬鹿じゃないの!?」

 

「いやいや妥当よ。利益が全然出ない良心的すぎる価格なんだから」

 

「馬鹿ね! 色々と!」

 

 相当な値段みたいですね……どの程度なんでしょうか。私は近くにいるリーアへ耳打ちしました。

 

「あの、1ゴールドどれくらいなんですか?」

 

「えっと……1ゴールドでちょっと豪華なパン1個かな」

 

 ちょっと豪華なパン――仮に菓子パンにすると、1ゴールド100円といったところでしょうか。となると日本円にして約100万円ということ。うん、馬鹿ですね。

 

「リーアさん。もう少し一文無しに相応しい武器を――」

 

 口論をしているリーアさん達の二人へ、私が申し出ようとする。しかしその言葉は途中で発生した大きな音に遮られました。直後に襲う小さな地響き。棚に置かれた武器がかたかたと音を立てます。地震……ではさなさそうです。

 

「今のは……行くわよ!」

 

 トラブルのにおいを察知したらしく、リーアさんが真剣な顔をして店から飛び出します。即座に駆けつけようとする姿はまさに主人公と呼ぶべき凛々しい姿でした。

 

「お姉さま、私達も!」

 

「そうですね……行きましょう」

 

 頷きます。私は渡された鞘に剣を納めて駆けだしました。何かおかしな気がしましたけど、現在の緊迫した状況においては些細なものだと思えます。

 

「まいどありー」

 

 何が起こったのか確かめなくては。レイさんの誰に向けてか分からない声を背に、私は店を出ました。

 

 

 

 ○

 

 

 

 リーアさんを追いかけて通りを進み、別れ道を右へ行く。その先には大きな広場がありました。

 広場らしき場所は巨大な円形の形をしております。その中心には噴水があり、周囲には人々が快適に過ごすためのベンチが置かれていました。普段はこの街の憩いの場となっているのでしょう。居心地のよさそうな場所でした。

 しかし、今その場は騒然としています。原因は到着した瞬間に発見できました。

 先程の大きな音。それが発生した場所だと思われる、噴水近くの地面に空いた大きなくぼみ。それを挟むようにして対峙しているのは、一人の女性と男性でした。周囲で野次馬達が大勢見ている中、二人は物騒な武器を手に睨み合っています。

 

「あれは……」

 

 先に到着し足を止めたリーアさんが、男性を見ながら呟きます。

 薄汚れたボロ布のような服。脂ぎった髪。みすぼらしい容姿をした男性は、荒い呼吸を獣のように繰り返し、血走った目を大きく見開いて女性に向けたまま動きません。手には人を容易に殺めることができそうな斧を持っており、正気を失っているとしか言えない状態でした。それに、なにか黒いオーラのようなものを纏っているような……。

 

「フォートさん!」

 

 目を凝らして男性を見ていると、私の横からミュラーさんが飛び出しました。知り合いがいるみたいです。まさかと思ったのですが、彼女が女性の方へと駆け付けたのを見たとき、私は安堵しました。あの男性が妹の知り合いだったら、私はどうしようかと。見た目で判断するのは駄目ですが……あの男性はそれが適応されるのかも危ういラインですし。

 

「あ、こらミュラー! あの子はもう……行くわよルーフル!」

 

「はい」

 

 ミュラーさんに続いて走り出すリーアさん。なんだかんだと言いながら、助けようとするのだからリーアさんは優しいというか。野次馬達をかきわけ、ミュラーと女性のそばに行く私達。すると何故かそのタイミングで歓声が上がりました。

 まるで英雄が来たかのような盛り上がりです。リーアさんは医者ですし……ミュラーさんですかね。

 

「ミュラー。それに君は――そうか、勇者か。助かった」

 

 フォート。そう呼ばれていた女性の視線がミュラーへ、そして私に向きます。ミュラーさんと同じような鎧と服を身に付けた彼女は、額に浮かんだ汗を拭い、肩まで伸びた赤色の髪をかきあげました。

 あれ? なんだか違和感が……あっ!

 謎の歓声、勇者とあっさり発覚――私はハッとしました。そういえばリーアさん、私の髪飾り外したままですよね。女性が一人で戦い、ピンチのところに勇者が登場。そりゃ歓声も上がります。

 

「どうにもあいつは普通の犯罪者とわけが違う。どうしようかと悩んでいたところだ」

 

 槍の柄を地面につけ、彼女は溜息を吐きます。その視線の先には殺気を隠すことなく私達へ向けてくる男性が。たった一人にも係わらず彼は逃げようとしたり、怯えたりするといった反応を見せません。ただジッと様子を窺っているだけ。とても不気味に思えました。

 あのみすぼらしい男性が、きちんとした装備のフォートさんに対抗できるものかと思いましたが……こうして見ると得体の知れない威圧感があります。フォートさんが汗をかいていたのも納得です。

 

「協力してくれるか?」

 

「当然です」

 

 私は頷いて、左手に握っていた剣を鞘から抜き取ります。『あ』とどこかで声が上がりました。

 

『あんた(お姉さま)それ……!』

 

 綺麗に重なった二人の声に指摘され、ようやく気付きました。

 

「な、なんでこれがっ!?」

 

 そう。お店で見ていた純白の剣。私はそれを当然のように持っていたのです。まさか100万円相当の品を私は万引きしたのでは――

 

「行くぞ、勇者!」

 

「ええい、ままよです!」

 

 破産の2文字が頭をよぎりましたが、今はそれを気にしている暇はありません。剣を右手に、鞘を左手に持ち、やけくそ気味でフォートさんに続き駆けだします。

 

「ミュラーさん! リーアさん! 二人も協力してください!」

 

 男性が野次馬に切りかかったりでもしたら大問題です。数で押し切ることにします。私は顔だけ後ろへ向けて、二人にも応援を依頼しました。

 すると二人は驚いたのか、目を大きく見開き――力強く頷きました。

 

「うん!」

 

「仕方ないわね……」

 

 大丈夫。勝てます。

 頼もしい仲間の笑顔を目にし、私は自分に言い聞かせます。私は勇者。こんなところで負けてはいられないのです。

 敵は男性が一人。仕留めにかかるのは流石にまずいでしょう。戦闘不能に追いやるくらいがいい筈。となれば、狙える箇所は限られてくるわけです。私は駆けながら男性を見やります。彼はまだ立ったまま。私より先に動き出したフォートさんの槍が届く間合いに入りましたが、棒立ちしたままです。

 

「勇者、私に続け!」

 

 不気味な男性に怯むことなく接近し、フォートさんが槍を突き出します。切っ先が棒立ちしている男性の胸部へ接近。男性が致命傷を負うことは火を見るより明らかでした。

 殺してしまっていいのでしょうか。そんな疑問を抱いた私は――驚愕します。槍の切っ先を身体に受けた男性は何事もないように斧を振り上げたのです。目を凝らしてみると、槍の刺さった彼の身体から、黒い煙のようなものが出ていることに気付きました。血ではなく、煙を出す人間……彼は何者なのでしょうか。

 冷静に分析をするも結論は出ません。とりあえずフォートさんが危なそうなので、私は彼の握る斧へと攻撃をくわえました。彼が何者かは分かりません。その手に持った斧は間違いなく普通の品。弾くことくらいはできる筈です。

 狙い通り、甲高い音がなり、斧は弾かれました。振り下ろされる途中で刃の横っ面を叩かれた斧は、フォートさんから少し横に離れた地面に突き刺さります。すると有り得ない衝撃と共に地面が砕かれ、広場に二つ目のくぼみができました。

 

「な、なんですかあれ!?」

 

 飛んでくる石つぶてを身体に受けつつ後ろに下がり、私は叫びます。ただ武器を下ろしただけであの威力。信じ難いです。あんな攻撃を放つ男性もそうですが、それに耐える武器もおかしいです。

 

「だから言っただろう。普通の犯罪者とはわけが違うと」

 

 ミュラーさんに石つぶてから守ってもらっているフォートさんから、冷静なお言葉がかかります。

 

「違いすぎます!」

 

 攻撃はくらわない、片手でクレーター作る――どんな化け物ですか!

 

「文句言わないの。やるしかないんだから、手を考えなさい」

 

 言いながら、短いメスのような物を男へ投げるリーアさん。薄く光を放つそれは全て男に命中しました。が、やはり効果はなし。男の身体をすり抜けて遠くの地面に音を立てて落下します。

 

「魔法も駄目みたいね……」

 

「まさか手詰まり……?」

 

 大剣を盾のようにしてフォートさんを守っていたミュラーさんの呟きに、戦っていた全員が冷や汗を流しました。と、思います。

 物理も魔法も駄目ならば、何が通じるのでしょうか。私には分かりません。

 

「な……っ!?」

 

 とりあえず様子を。私が思った時、男性が急に動き出しました。信じられない速度で彼は走り、身近にいたミュラーさんへと斧を振り下ろします。対応する間もなく斧を受けるミュラーさん。すんでのところで剣で防ごうとしますが、遅い。斧の勢いが少し軽減されましたが殺しきることができずに、ミュラーさんの肩の鎧に当たります。

 苦悶の表情を浮かべ、横に倒れるミュラーさん。私はそこでようやく動き出し、フォローに入ろうと駆け出します。視線の先ではフォートさんが男性に槍を突き出していました。男性がここまで素早く動いたのは初めてだったのでしょう。先程通用しなかった攻撃を再び繰り出す彼女の表情からは、焦りが窺えました。

 当たらないのならば気にする必要はありません。男性は槍を腹部に受けたまま斧を横に振るいました。攻撃直後の隙を突いた斧は、フォートさんの胸部の鎧へ当たります。ミュラーさんを倒したときのように、ドッと鈍い音が立ちました。不思議なことに鎧は傷ついていませんが、フォートさんは息を吐き、うつ伏せに倒れます。

 何かがおかしいです。考えてみれば、あんな威力を出したら持ち手が木製であるあの斧は、折れる筈。それなのにあの斧は綺麗な形を保ったまま、刃がこぼれたりしている感じもありません。何か特殊な攻撃をしているのでは……。

 ――分かりません。考えるのは止めです。今は男性を止めるだけ。幸いにも武器には攻撃が当たりますし、戦い様がないというわけでもありません。

 私はできるだけ接近を悟られないよう背後へ回り込み、剣を振り下ろします。上から下へ、彼の手を巻き込むように振られたそれは、男性の斧を叩き落とすことを目的とした攻撃です。剣を振りおろしても尚、まだ気付かれていません。やはり見た目通り知能は下がっているようでした。私がいることを忘れているかのような隙の大きさです。

 刃が正確な動作で斧へと近づく。当たる。確信した直後、私の手に堅いものを叩いたときとは明らかに違う感触が伝わりました。

 

「グッ……」

 

 男性が小さく呻きます。私の剣は当たっていました。斧――ではなく、男の手首に。純白の剣は男性の手に当たり、骨にでもぶつかったのか止まります。血のように黒い煙のようなものが命中した部分から流れ、消えていきました。槍やメスは当たりすらしなかったのに、確かに命中しています。この剣の効果……でしょうか? なにはともあれ男性を倒す手段を見つけられました。私は剣の刃を男性から引き抜き、大きく横に振るいます。

 それをバックステップで男性が回避。一度の跳躍で数十メートルの距離を飛びます。

 

「リーアさん! 二人を!」

 

 私はそれを追いかけながらリーアさんへと指示をします。ちらりと横目で見れば、彼女は言わずとも二人の近くへと駆け寄っていました。多分、あの男性は私にしか倒せません。この選択でいいはず。

 着地した男性へと肉薄しつつ、私は頭をフル回転させます。

 自力は間違いなく男性が強い。となれば、まともにぶつかればやられるのは目に見えています。速さ、パワー、どちらも男性が高いとなれば……あとは戦術、技術でカバーするのが通常でしょう。しかし私にはそのどちらもありませんし、どうやって倒しましょうか。

 ――案外、普通にやっていれば勝てるかもしれません。速いときもありますが、基本的に男性はとろいです。よし、それでいきましょう。

 方針は決まりました。私は剣を握り直し、男性に接近。さきほどのように剣を振り下ろします。が、避けられました。機敏さを発揮させた男性は身体を半身にし、紙一重で回避します。そして反撃に蹴りを放ちました。今まで頑なに斧を使っていた男性のまさかな攻撃に私は反応できず、まともにくらってしまいます。

 体内の空気が強制的に吐き出され、咳き込みながら膝をつきます。お腹を蹴られたりしたことはありましたが、今までの経験よりもはるかに苦しいです。唾液が口からもれそうになるのを耐え、私は視線を上げました。視線の先には斧を振り上げている男性の姿が。顔から血の気が引いていくのが自分でも分かりました。

 なにか、なにかしなくては。私はやられた二人のように防具をつけていません。直撃すれば――

 

「防ぐ……!」

 

 とりあえず頭は守らなくては。私は斧を受け止めるべく鞘を捨て、剣を両手で構えました。できるだけ柄に近い場所で止めるように、斧が進む軌道へ滑り込ませます。なんとかギリギリ、剣は斧を止めました。ホッとする反面、また違和感が私を襲います。おかしい。地面を砕くほどの攻撃を受け止められるものなのでしょうか。それも男性、上から振り下ろす形の斧をこうも容易く。

 一瞬の、閃きのような思考。その答えはすぐ私へと降りかかりました。

 甲高い金属のぶつかる音を掻き消す、風のようなものが斧から放たれます。すると剣がいとも簡単に弾かれ、それを支えていた私の手に衝撃が走ります。指が砕けたかとも思う痛み。私は思わず剣から手を離し、激痛に喘ぎました。

 外傷はありません。けれども内側を破壊するような衝撃は、単なる切り傷よりも苦しく思えました。これを二人は肩やお腹に……倒れるわけです。体験してよく分かりました。痛い……ですが、受けたのは左手のみ。利き手である右手は幸いにもまだ使えます。

 涙で潤む視界の中、私は落とした剣を拾いました。男性は再度、私へと斧を振り下ろそうとしています。防御の使えない今度こそ、絶体絶命のピンチでした。

 ――考えろ。私は自分に言い聞かせます。

 斧を防ぎ、衝撃波をやりすごして、尚且つ男性を倒す。それくらい出来る筈です。

 柄を狙う……いえ、攻撃の衝撃で壊れない以上、剣で傷つけても壊れるとは限りません。それよりももっと確実な方法が――

 

「……!」

 

 閃きました。衝撃波は斧の刃に当たったとき発動しています。私が斧の横を叩いたときは地面に対して発動していましたし、ミュラーさんとフォートさんは斧が鎧に当たり、衝撃波が貫通して倒れたと見て間違いないでしょう。

 発動条件は分かりました。刃に触れている間発動するならば、二人がやられたときに複数回音がしないとおかしいですし、連発もできない筈。となれば、やることは一つ。

 私は足元にあった鞘を痛む左手でなんとか掴み、斧目掛けて投げました。それと同時に私は立ち上がる力を利用し、全力で剣を大きく切り上げます。斧に当たり、刃と衝撃波に吹き飛ばされてくる鞘。それを弾き飛ばし、私の剣は男の斧に激突しました。

 耳を塞ぎたくなるような大きな音が鳴り、ぶつかりあった斧と剣が空中で静止します。押し負ける。本能的に私は察知しますが、それで大丈夫です。顔に近づいてくる刃を見つめ、私はにやりと笑いました。

 

「これで……」

 

 左手で斧の刃を持ち、剣と持ち替える。刃が手に喰い込み、衝撃波とはまた違う激痛が走ります。それでも私は斧を離さず、前を見続けます。勝利は間近。それを逃すことはできませんでした。深く息を吐く。そして私は握り直した剣を、

 

「終わりです!」

 

 男性へと力一杯突き出しました。

 手にしっかりとした感触が伝わります。男性がその胸に剣を受けると同時に、斧にこもっていた力が抜け地面へと落下しました。驚いたように目を限界まで開ききった男性は一歩二歩と下がり、剣が抜けると同時に倒れます。

 胸から黒い煙を出し、しばらく立ち上がろうとしていた男性は少しして動かなくなりました。

 殺してしまったのでしょうか。首を傾げると、男性の身体が突然闇に包まれました。突然のことに茫然とそれを眺める私。男性の姿が見えないほど黒い闇は、やがてその姿を保つことができなくなったのか蒸発するように消滅していきました。

 闇が消え、そこに残されたのは一人の人物。傷一つないみすぼらしい男性でした。

 

「勝った……?」

 

 私は小さく呟きます。あまりに呆気ない終わりでした。勝利という実感が全然わきません。

 そうだ。あの二人は……。

 剣をその場に置いておき、三人の方へと振り向きます。ミュラーさんとフォートさんは既に治療を受けたのか、地面に座ってこそいましたが元気そうでした。振り向いた私へと笑顔を向けて勝利を喜ぶように手を振ってきます。リーアさんはそんな二人の近くでせっせとポーチを漁っていました。

 無事な仲間を見て、ようやく安堵することができました。痛む左手を押さえて、再度男性を見ます。すると、倒れていた男性が目を開きました。それを見て、ぽかんとしていた野次馬達がざわつきます。男性はゆっくりと身体を起こし、周囲を見回しました。何が起こっていたかは覚えてなさそうです。

 無事そうな男性を見た途端、野次馬達は大きな歓声を上げました。戦った私を称えるように拍手をし、ピューピューと口笛を吹きます。死人がいないからか、遠慮なしのこれからパーティーでもはじめかねないテンションで彼らは勇者の名を呼び、ルーフルの名を叫びます。

 

「ふぅ……」

 

 私はそれを他人事のように聞き、その場に座り込みました。疲労感と痛みで歓声は気になりません。

 早く治療して、ご飯でも食べてゆっくりしたい。そんな、日本では当たり前だったことを思いながら、私はとりあえず男性が無事だったことを喜びました。

 

 

 

 ○

 

 

 

 それから私はリーアさんの治療をギルド二階の自室で受け、一階の酒場で食事をしました。

 広場での戦い、その勝利を祝って――というわけで、ギルドのテーブルには多くのごちそうが並びました。小さな宴の主役はミュラーさん、フォートさん、リーアさん、そして私。ちなみにデニーさんのおごりです。流石はオーナー。太っ腹です。

 

「……美味しかったです」

 

 で、現在。宴を終え満腹になった私は外の空気を吸うと言って、ギルドの外へとやってきました。

 夜だというのに街はあちこちがランプで照らされており、月の都という名に相応しい幻想的な風景が広がっております。朝や昼間と違い人もまばらで、こういった雰囲気もまた味があってよいものです。

 後ろにあるギルドも、今は営業してませんし……本当に静かですね。

 入り口近くにある花壇の縁に座り込み、私は空を見上げました。そこには都会の空とは段違いに美しい満天の星空があり、ふと上を見ただけでしたが自然とそのまま見とれてしまいます。

 

「異世界、アインスですか……」

 

 元の世界では到底体験できないような一日でした。目が覚めて、イノシシに襲われて、街に行って賢者さんに会って……それで、命を賭けた戦いをして。

 私は――何故そんなことをしたんでしょうね。さっさと自殺をすれば他の人と交代できるのに。一日前まで何もできなかった子供が、魔王を倒せるとでも思っているんでしょうか。

 死にたくない。その想いがあるのも原因なのでしょう。元の世界で死んだ時は……。

 

「……や、やめましょう」

 

 あまり深く思い出すと折角食べたものを吐きだしてしまいそうです。私は深呼吸をしようと視線を下げます。

 

「やぁ、勇者様」

 

 するとそこにはデニーさんがいました。笑顔を浮かべた彼はいつの間にか私の前におり、目が合うと気さくに声をかけてきます。予想外な人物の登場に私はずっこけそうになりました。ギルドからわざわざ追いかけてきたんですかね。

 

「星空を見上げて、何か悩み事かね?」

 

「……少し、考えていただけです」

 

「そうか。記憶のことかい?」

 

 何も聞かずに私の隣へと座るデニーさん。彼は私がそうしていたように、星空を見上げました。

 

「そうですね。それも気になっていました。あの……前の私はどんな人間だったのでしょうか?」

 

「どんな人間だって? うーん、私は一年程度しか付き合いがないが……気難しい人だったね。年中しかめっ面で、他人の言うことは聞かない、よくも悪くも我が強い人だったね」

 

 デニーさんが語るルーフルの人物像は、今日聞いた話の中で想像していたものと大体同じでした。

 リーアさんは自分の言うことを素直に聞く私を気味悪がっていましたし、自殺間際は一人で戦っていたらしいですし。

 

「でも……本当は余裕がなかったんだと私は思うよ」

 

 デニーさんはポツリと呟くように言いました。

 

「え?」

 

 あまりに真面目なトーンだったために、しっかり聞こえていましたがぽかんとする私。彼はそれを口に出していないつもりだったのか、ハッとした表情で私を見ました。

 

「だ、だってそうじゃないか。もしそうじゃないなら、私の名前を覚えられないはずがないからね」

 

「あぁ、そういうことですか……」

 

 納得します。単に印象が薄かっただけじゃないんですかね、それは。

 

「――ごほん。それはともかく、君はこれから勇者として生活するつもりなのかね?」

 

「はい。勇者ですし」

 

 当然のように私が答えるとデニーさんが困ったように苦笑しました。

 

「勇者だから、か。君はどう思っている? 目を覚ました瞬間から、戦いが運命づけられていた……普通ならば嫌がるものだと私は思うがね」

 

 それは当然の問いでした。私はこれまで命知らずな馬鹿みたいに言われたことをやってきて、悩みこそしましたがそれも少しの時間のみです。自分でもとてもまともだとは思えません。

 私は、考えました。自分が何故勇者として生きようと決めたのか。それはきっと、死にたくないからとか、単純な理由ではないのです。

 

「……役割、ですかね」

 

 答えは突然私の頭に浮かんできました。私は小さな声で言い、続きを独り言のように紡ぎます。

 

「生きている意味、役割――無価値な一人の人間にそれが最初から与えられているなんて、贅沢だと思いませんか? 私は恵まれていると思います」

 

 だってそれは、自分が望んでいたことだから。

 明確な生きている意味。人間はそれを分からず死んでいくのが大多数です。私はそれが恐ろしかったのです。生まれてきたことが無意味だったように思えて。

 

「だから私は勇者らしくしようと思いました」

 

 でも今は求めたそれがある。これほど嬉しいことはありませんでした。

 

「そうか……なら私は何も言わないよ。頑張ってくれたまえ」

 

「はい。みんなもいますし、きっと大丈夫です」

 

 デニーさんが不意を突かれたように目を大きく開きました。信じられないとでも言いそうな顔です。

 

「ルーフル! レイが来たわよー! 何故か窓から」

 

 その表情の理由をたずねようとするのですが、ギルドの中からリーアさんの声がし、私は空けた口を閉じます。デニーさんは柔らかい笑みを浮かべました。

 

「行くといい。話しに付き合ってくれてありがとう」

 

「――はい」

 

 レイさんが来たなら行かなくては。剣を持ち逃げしましたしね。尋ねたいことはありましたが、そっち優先です。私は花壇から腰を上げました。

 

「こちらこそありがとうございました、デニーさん」

 

「……名前、覚えてくれたのか」

 

「え? 当然ですよ」

 

 たった三文字、覚えるくらいなんてことはありません。私は微笑みながら答えるのですが、デニーさんは寂しそうな目をして空を見上げていました。

 ……今日、分かったことがありました。

 みんなは私を見ていない。私に期待をしていない。みんなが見ているのは――ルーフルです。

 

「では、行ってきます」

 

 デニーさんへ会釈をし、私はギルドへ向かいます。

 ――そう。私は自分に与えられた役割が嬉しかった。けれどそれは、ルーフルのもの。

 かつての自分であった神夜 朔のものではありません。

 だから私はそれを手放したくなくて……勇者であることを選んだのです。ルーフルとして生きることを選んだのです。

 

 私はここで、異世界で――勇者となります。

 

 

 

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