賢者さんの部屋から城内へ、そして街へ出ると私はギルドを目指しました。時間はどの程度経ったでしょうか。せいぜい30分くらいだと思うのですが……不安ですし急いでおきましょう。ずっしりとした本を手に、私は人の波の中を進んでいきます。
まだ朝だというのに月の都は今日も賑やかです。冒険者や商人、それと住人らしき方々。老若男女様々な人がおり、皆さん誰もが楽しげです。だからでしょうか。悲しそうな顔をしている方がいるととても目立ちます。
観光気分で街を眺めていた私は目を伏せ進む彼女を見つけ、近づいていきました。知り合いということもあって、一目で誰なのか分かります。
「ミュラーさん」
声をかけると彼女はすぐに反応しました。勢いよく顔を上げ、私の顔を見ます。
「お姉さま……」
朝から比べると随分元気がなくなっていました。よく見てみると、目には涙が溜まっています。それだけでなく僅かに充血もしており、何かあったことは明確でした。
「ほ、本貰えたんだね。良かった」
が、彼女はいつも通りを装います。私の持っている本に視線を向け、にっこりと微笑む。心配をかけまいと強がっているのか、それとも恥ずかしさや面倒さ故の対応か。どちらにせよ気になります。私は人の邪魔にならぬよう彼女の手を引き、少し強引にわき道の入り口まで進みました。
「お姉さま?」
まるでそうする理由が分からないと言うように、戸惑った声を出すミュラーさん。肩越しにちらりと横目で見れば、ばつが悪そうな顔をしてるのが確認できます。自分が悪いことをしていると思っているようでした。
私は手を離し、光の当たらない道で彼女へと向き直ります。彼女は妹。それに私に親切にしてくれましたし、知らんぷりや無視することはできません。だから私は彼女の力になれるよう、できるだけ真剣に問いかけました。
「ミュラーさん。なにかあったんですか?」
「えっと……なんでもないよ」
彼女はスカートを握り締め、俯いてしまいます。やはり教えてくれません。頑なに何もないよう装う姿には壁を感じますが……知ったことではありません。泣いている方を放っておくのは勇者、いや普通の人間としても失格です。私は一歩彼女へと踏み出します。
「嘘ですよね。話して下さい。心配なんです」
我ながら図々しいと思える遠慮のなさで問いかけます。すると私を見るミュラーさんの目が動揺からか泳ぎはじめました。口を開いては閉じ、閉じては開き、ああでもないこうでもないと言葉を考えているようです。ここはもうひと押し。力になりたい一心で彼女の手を取ります。
「や、やめて! なにもないから!」
が、それが悪かったようでミュラーさんは慌てて私の手を払いました。泣きそうな声を出し、後退り。私から距離をとります。
「ごめんなさい!」
そしてそのまま走り去ってしまいました。彼女の靴が立てる音が、街のにぎわいの中、やたら物寂しく響いて遠ざかっていきます。
残された私は口説くのに失敗した男性のような惨めな気持ちで、その場に数分立ち尽くしておりました。
○
それから私は部屋にある唯一の私物であるリュックに本を詰め、月の都、その入り口までやって来ました。行きには見えませんでしたが門の横には馬車が停まるスペースがいくつもあり、その近くは通りとはまた違う賑わいを見せています。
「さて、出発だけど準備はいい?」
自分たちの乗る馬車の入り口前。御者へと挨拶を済ませ、リーアさんは自分の荷物を確認しながら私達へと声をかけました。
「ええ、まぁ、はい、いいですよ」
「……え? あ、うん。――あれ? 何か言ったの?」
それに対し、物凄い上の空っぷりを発動させる私達。私とミュラーさんは絶妙な距離を空けて隣に並び、互いが目を合わさずに私はぽかんと上を眺め、ミュラーさんは下をじっと見つめていました。
「あんたら……」
不安しか感じさせないであろう私達の様子に、リーアさんは深くため息を吐きます。彼女は何か言おうとしますが、呆れ顔をして馬車の車へと乗り込んでしまいました。リュックを背負ったミュラーさんもそれに続き、入っていきます。
「はぁ……」
嘆息。落ち込んだ気分を元に戻そうと息を大きく吸えば、馬の匂いが鼻に思い切り入りました。……さらに気分が沈んだ気がします。
――私はなにを考えているのでしょう。妹が悩んでいて、それを姉である私に隠そうとしているのです。それならば何故力にならずぽかんとしているんですか。
「そうです」
自分で考え、私は首を縦に振りました。苦しんでいるのはミュラーさん。私はただうじうじしているだけです。彼女が拒絶するならば、私はさらに近づいていくまでです。迷惑だと言われたら……他の手段を考えますが。でも、彼女はごめんなさいと言いました。私は多分間違ったことをしていないのです。
歩み寄りましょう。私は決意します。
「よしっ」
やる気が出てきました。やってやります。
リーアさんから怒られないうちに結論を出し、私は馬車に乗り込みます。馬車は2つに分かれた席が向かい合わせにあり、ちょっと広い観覧車みたいな感じになっていました。横には窓、天井に暗くなったとき用のランプあり、座席には柔らかそうなシートが使用されていてそれなりに快適そうです。
リーアさんとミュラーさんはそれぞれ別の席に座っており、どちらの隣も空いていました。――これは幸運。私は表情には出さず心の中でほくそ笑み、できるだけ自然に彼女の隣へと腰掛けました。リュックのことや腰に差した剣のことを忘れて思いっきりコケましたが、自然です。とても自然です。
「あ、あの、ミュラーさん」
リュックは足の間に挟み、剣は自分の横の壁へ立てかけ、私は隣の妹へ声をかけます。いきなり奇妙な――いえ、自然な行動をしたからか彼女は私のことをぽかんとした表情で見ていましたが、声をかけられると我に帰ったかのようにハッとします。
「なに?」
できるだけ昨日のようにと考えているのか、彼女は笑顔で反応を返してくれました。
「ええと、先ほどのことですが、何か悩み事があるならば私が相談に」
「なにもないって言ってるでしょ?」
「は、はい……」
笑顔のままイラッとしたような口調で言われ、私の決意はあっさりと砕かれました。が、諦めません。直接聞いてダメならば、アメリカンなホームドラマばりにべたべたしてやるまでです。
私はそれから馬車が走り出してからも積極的にミュラーさんにコミュニケーションをとろうと様々なことを試みました。お菓子をおばあちゃんの如く勧めたり、お弁当を食べる際はあーんをしようとしたり、膝枕をしてもらおうとしたり――なんだかやればやるほどおかしな方向に進んでいる気がしなくもないですが、精一杯やりました。
けれども彼女が私に相談してくれる素振りはありません。よほど私に話したくないのか、しまいには私のアプローチに腹を立てている様子すら見せはじめる始末です。
私はやはり本物の姉になれたりはしないのでしょうか。再婚し相手の連れ子に接触を図る親の気持ちが少し分かった気がします。他人と家族になる。それは私が思った以上に大変なことでした。
暗くなる頃にはもうすっかり諦め、私は本を読んでいました。
○
翌日の朝。私達は予定通り一日という時間をかけて目的地まで到着しました。
前方にある窓に見えてくるのは月の都とはまた違う、のどかな雰囲気の場所。広い草原の中、木の柵で囲まれた村には畑が数多くあり、村の名にもある風車が点々と建っていました。
「ここが……風車の村」
リーアさんの隣に行き窓から外を眺める私は、風景画のような美しい光景に目を奪われます。人が沢山で賑わった場所もいいですが、やはりこういった場所もいいですね。空気が違うように感じます。
「そろそろ停まるから席に座っておきなさい」
リーアさんに注意され、ミュラーさんの隣へ。またずっこけるようなドジは勘弁です。
出発から一日。普通一緒に寝泊まりすれば仲良くなりそうなものですが、車内の雰囲気は最悪でした。リーアさんは何か考えているのか口数が少なく、ミュラーさんはずっとしかめっ面。かと思いきや泣きそうな顔をしたりで、私のことを無視はしないのですが情緒不安定です。
私が今願うのはこの落ち込みきった気分を高めてくれる何か。ミュラーさんと向き合うための元気を取り戻したい。そのため、窓から見える外の景色を、ショーケースに入ったトランペットを見る少年のように眺めたしまったのでしょう。単純に言えば、この葬式ムードな車内から一時でもいいので開放されたいのです。
考えて、ちらり、と横目で問題の人物を確認します。彼女は前をぼんやりと見つめており、なにやら物思いに耽っているようでした。果たして何を考えているのか。2日一緒にいますが、やはり分かりません。なんとなく私関係ではないかと思うのですが、自意識過剰ですかね。
それから少しして、村の中へと入った馬車が停車します。簡素な門を通り停車した場所は、門のすぐそば。見張りの高台が設置してある近くでした。
「着いたわね」
馬車が停まると外から御者さんの声がします。するとリーアさんは手早くポーチを肩に提げ、出ていきました。私達に声をかけずにパパッと。取り残された私は、同じく車内に残っている隣の人物を見ます。彼女はまだ停まったことに気づいていないのか、前を見たままです。よし。ここはチャンスだと考えましょう。
「ミュラーさん」
意を決し、私は声をかけます。ミュラーさんの肩に手をやり、軽く揺さぶります。
「……あれ? もう着いたの?」
なんだか私がお城で目を覚ましたときみたいな反応をし、ゆっくりと周囲を見回すミュラーさん。彼女へと私は微笑みかけます。
「はい。到着ですよ。早く行きましょう」
「うん」
頷いて、ミュラーさんはリュックを背負います。動いていても上の空だという印象は拭えず、のろのろとした動きで馬車から降りました。
「……重症ですね」
あれほど悩むとは、やっぱり放っておけません。なにかしら手を考えなくては。荷物を背負い、剣を腰に。そして私もまた深く考えこみ、鈍い動きで下車します。
「料金は……とっていいんですかね」
葬式ムードな乗客に、外で待つ地味な見た目の御者さんがすっかり参っていました。一日これでしたからね。他人である彼の精神的なダメージも大きいでしょう。女性三人との旅なのにラブコメどころかホラーです。
「大丈夫です。あの子達、思春期で。はい、料金です」
「あ、はい」
あいも変わらずドライな返答をし、お金を払うリーアさん。大きな金色をした硬貨を三枚ほど彼に手渡し、彼女はこちらへ振り向きました。私はついびくっとします。リーアさんの表情が笑顔なのです。いや、それはいいんですよ? ですけど、彼女から放たれている威圧感といったらありませんでした。笑顔の裏に般若が見えます。
彼女は腰に手を当て大きく息を吸い込み、口を開きました。
「いつまでもとろとろしてないで、さっさと行くわよ! これから命懸けで仕事するんだからね!」
「ひいっ!? は、はい!」
下を向いていたミュラーさんがいきなりの怒号に飛び上がります。
命懸けの仕事……そうですね。これから、街で戦った男性よりも強そうな名前のモンスターを討伐しに行くんですよね。そう思うと、どうやってコミュニケーションをとろうかなどという考えは場違いにも思えました。
まぁ……大丈夫、ですよね。ミュラーさん多分私よりも強いでしょうから、少しくらい上の空でも。リーアさんが引っ張ってくれますし。
よし。ここからは仕事に専念です。切り替えのできる女なのです、私は。何をすべきか考え――決まりました。私は勇者らしく堂々とした立ち居振る舞いで高らかに告げます。
「お腹が空きました!」
叩かれました。
○
だって昨日のお昼にお弁当食べてから、簡単な夕食、そして朝は抜き。それで日の出から4時間ほど経って現在ですよ。お腹が空くのも道理です。
などという主張もできず、私達一行は村の中を進んでおりました。
村の中は月の都に比べると無音に近く、外にいる人も多くありません。時折小麦らしきものの畑に人がいるくらいで、数が少なければ平均年齢も高い感じです。まさに田舎といった印象。服装も月の都から近いからかそれほど変わりありませんでした。ちょっと隣町に来たような気分です。一日かかってるんですけども。
「村長の家は確かあそこだったかしら」
リーアさんの声につられ、私は彼女の視線を追いました。
まっ平らな土地を歩くこと数分。畑と風車、住居の中に他のものとは違う一軒の大きな家があります。二階建てで小さな風車が広い屋根のあちこちについており、世の純粋な少年らは喜びそうですが、なんだか悪趣味なお家です。風で進もうとでも思っているのでしょうか。風船で飛ぶのとどっこいどっこいなメルヘン思考です。
「あれですか? 風車がいっぱい付いたちゃちな神殿みたいな」
心の中で勝手なことを妄想しつつ確認をとります。リーアさんは首肯。この村に訪れたことがあるようで、迷う様子はありませんでした。
「……どんな村長さんなんでしょうか」
あんな家に住んでいるくらいなのですから、よほど個性的な人物なのでしょう。私は唾をのみます。ダンジョンに挑戦するような気持ちでどきどきとしながら、先頭を行くリーアさんに続いて村長のお家へと突入。ドアを開いて中に入ります。
「おや、お客さんですね」
しかし現れたのはモンスターや入り口近くにある親切なセーブポイントではなく、田舎の村に似合わない美形な少年でした。見た目は中学生や高校生くらいの年齢で、肩につきそうな長めの黒髪、端正な顔立ちが特徴的です。どこかで主役張ってそうな美少年ですね。
「ではこちらに」
スーツとネクタイなどと、畑と風車だけの場所では浮きすぎる服装の彼は、先頭であるリーアさんを誘導しとある部屋の前まで歩きます。廊下は思ったよりも広く、家の中にしては割りと歩きました。
「村長、お客様がお見えになりました」
「うむ。入れ」
少年がノックをすると、偉そうな声がドアの向こうから聞こえます。男性のようでした。
「失礼します」
丁寧に言い、ドアを開いて部屋に入る少年。私達もそれを追い、会釈をしながら入室します。入った先は案外普通の部屋でした。そこにいる村長らしき人物もまた然りです。
偉い人御用達の大きな木の机、立派な椅子が部屋の奥に。壁際には村の風景を描いたと思える絵画、本の沢山入った本棚。悪趣味な外見の家、美少年、偉そうな声――ときたら成金趣味の太い村長、との予想は外れたみたいです。
「冒険者の方、ですね」
椅子に座った村長さんが私達三人を見て言います。村長さんらしい彼は、村の中にいたら一般人に紛れてしまいそうなほど、特徴らしい特徴のない方でした。地味な色合いの服を身につけ、髪色は茶色で髪型も普通。彼が少年のスーツを着ればさぞ立派なサラリーマンができあがることでしょう。
「はい。依頼を受けてここへ来ました」
返答をしない約二名に代わり、リーアさんが前に出ます。それで小さな彼女がリーダー格であると認識したのか、村長さんは私達三人を眺め、少し心配そうな顔をしました。
「三人で大丈夫ですか?」
明らかにその問いの先頭には『女性』という単語がついています。まぁその心配は尤もでした。女の子三人に死なれても後味悪いですし、村長の立場上責任というものもあります。私が真面目に思考すると、前に立つリーアさんは私へと手を向けました。
「大丈夫です。この子勇者ですから」
「勇者……!?」
村長さんが目を見開いて驚きます。……こういうとき、なんて言うべきなんでしょうか。考えに考え抜いて、私は片手を挙げました。
「勇者です」
「……本当に大丈夫ですか?」
「ちょっとダメかもしれないわね」
あんたら打ち合わせでもしたんですか。
「というのはこの子のおふざけで、力は確かにあります。昨日は月の都で暴れる男を鎮めましたから」
空気が冷めかけたところで少し遅めのフォローをいれてくれるリーアさん。きっぱりと断言する彼女に、村長は暫し口を閉じていましたが、やがて首を縦に振りました。
「……分かりました。ではこの村の赤色の風車で働いている女性がいますので、彼女から詳しい話を聞いてください」
お約束のたらい回しというやつですね。
○
目的の風車へ着くと、綺麗な少女が一人、そこにいました。
すらりとした長身、長く綺麗な手足、背中につくくらい伸びた赤色の髪は艷やかで――世に言う清楚系な少女です。儚げで、守ってあげたくなるタイプとはあんな人のことを言うのでしょう。
服装は一般的ながら容姿のお陰かとても目立ち、少し胸元のあたりまで露出したシャツ、ミニスカートという非常に魅力的な――あ、いい着合わせをしております。
「あの子ですかね」
「そうみたいね。でもあんな子から何が聞けるのかしら」
確かに、リーアさんの言う通りです。村長さんが言うには彼女が一番今回のことに詳しいらしいのですが、果たして。近づきつつ彼女のことを観察します。年齢は私達より低め、でしょうか。彼女はゆったりとした動作で重そうな何かを運んでいました。足を上げ小さく歩みを刻んでいくのですが、その動きはどこかぎこちなく思えます。
「足を怪我してるわね」
「えっ? あ、本当です」
リーアさんの呟きに視線を下げると、彼女の右足首のあたりに包帯が巻いてあるのを見つけました。血とかは見えませんが、何重にも巻いてあるのかそこだけ足が太くなって見えます。……つい顔とか胸元とか、ふとももとかに目がいってしまいました。
「確かになにか知ってそうですね」
あれだけの怪我をする理由がおそらくある。となれば、またたらい回しにされる可能性は低いというわけです。私は意気込んで駆けていくと彼女に声をかけました。
「あの、すみません」
「ん? なんの用だ?」
……聞き間違えですかね。すごく男らしい口調で返事がきたような。いえ、こんな少女らしいお美しい方なのです。きっともっと丁寧に話す筈。
「あの、すみません」
「だから何の用だと言っている」
気のせいではないみたいです。立ち止まった少女が喋ったところを今度はしっかり見て、私は現実を受け止めます。
「じ、実は私達依頼を受けまして。村長さんからお話を窺うよう言われたのですが」
「ああ、そのことか。いいぞ、ちょっと待て」
フランクな調子で彼女は微笑み、持っていた袋をその場に置きます。そして片手を腰に当て、言います。
「さぁ、話そうか」
何が入っているかは分かりませんが、大雑把というか。
「まず魔の使いというものについて教えていただきたいのですが」
「なんだ、そんなことも知らないのか?」
「そのことについては私が話すわ」
追いついたリーアさんが私の隣に立ちます。
「魔の使いとはその名の通り魔王の使いとなった者のことで、呪いを受けた人間の総称よ。モンスターとはいろいろ異なるところがあって、モンスターは倒すと姿を消すけど、魔の使いは呪いが消滅し人間が呪いから開放されるわ」
「……それって前に戦った男性のことですか?」
「まぁ、そういうことになるわね」
なるほど。あのレベルの敵が出てくるのは確かに危ないですね。依頼を出して当然です。
「でも前のは異常だったわ。魔の者は普通の武器で傷つくし、おかしな力を使ってくることもないもの。普通は雑魚モンスターより少し強いくらいのレベルなのよ」
ふむ。では今回は前回より楽ということですね。
「大体こんな感じかしら。で、今回呪いにかかったのは誰?」
「私の妹だ」
少女が言い放った言葉に、私は驚愕しました。彼女を見てみれば、先ほどまで明るく振舞っていた彼女ですが今は表情に影を落としています。嘘ではないようです。
「被害はある?」
目を細めたリーアさんが尋ねます。少女はそれに首を横に振って答えました。とりあえずの被害はないようです。
「幸い出ていない。しかし」
が、どうにも歯切れが悪い。彼女はそこで言葉を区切り、視線を逸らしてしまいます。
「一日前に魔の者の居所を突き止めたと言って、冒険者達が討伐に出かけたが……まだ帰ってきていないんだ」
やがて彼女が口にしたのは、思ったよりも深刻そうな状況でした。
「一日ね……その期間だとまだどうなったかは分からないけど、少し危なそうね」
「ああ。心配なのだが、彼らが行き先を詳しく告げず出発したせいで捜索もできない。ちょうど困っていたところなんだ」
なるほど。事情は大体分かりました。同じく、することもです。私はリーアさんと目を合わせます。彼女は何も言わずただコクリと小さく頷きました。流石はリーアさん。私の考えていることを分かってくれているようです。
私は今後の行動を告げるべく、後ろにいてずっと喋らないミュラーさんへと振り向きました。
「では情報収集しましょうか」
居所を調べて突入、が一番ですけど肝心の場所が分かりません。ここは情報収集しかないでしょう。
というわけでレッツ捜索です。ミュラーさんが頷くのを確認。私達は事情を説明してくれた少女へとお礼を言い、とりあえず村を回っていくことに決めました。
「どこに行きましょうか?」
ここは土地勘が私よりもあるリーアさんに意見を求めます。彼女は少々の思考の後歩き出し、答えました。
「宿屋ね。一つしかないし、冒険者もそこに泊まってたでしょ」
「なるほど。行き先とか様子とかいろいろ話聞けそうですね」
聞き込みするならばそこを優先させるのがよさそうです。
○
「うーん、特に変わったことはないねぇ」
村唯一の宿屋。その受付に立つ中年の女性は難しい顔をしました。
冒険者、今回の騒動について尋ねたのですが反応はさっぱり。少女の話してくれたこと以上のことは何もないようでした。
「細かいことでもいいので、お願いします」
「うーん……」
リーアさんの懇願に再度頭を働かせる女性。唸り声を上げて斜め上を見ます。また何も出なそうな頼りない声でしたが、彼女は不意に手をポンと打ちました。
「あ、そうだ。前の冒険者さん達は罠を使って居所を突き止めたって言ってたね」
割と重要な情報っぽいです。半ば諦めかけ昼食に思いを馳せていた私は、体を前に出し聞き逃さぬよう耳を立てます。
「罠……? それは一体?」
「ここ数日夜中に家畜が襲われることが多くて。それを魔の使いのせいだと考えた冒険者さんが、家畜のように見せる罠を作ったのさ。それを村の目立つ場所に置いて――」
「後を追う、と」
リーアさんと女性の会話を聞き、私は感心しました。それで居所を特定した可能性が高そうですね。男性は知能低かったですし、とりあえず視界に入らなければ追跡できそうです。
「ありがとうございました。あの、あと尋ねたいのですが部屋は空いてます?」
「ああ、空いているよ」
「では一部屋お願いします。食事は――」
二人のやりとりをバックに考え込みます。
魔の使い。呪いによって魔王の使いになった人間の総称。それほど強くはなく、普通ならば武器も通用する。私達より前に来た冒険者さん達はそれを罠にはめて、後を追いかけ、住処を特定した。
「あれ?」
そこまで考え、ふと疑問が頭に浮かびます。何かがおかしい。
「ルーフル、ミュラー、行くわよ」
リーアさんの声に思考が中断されます。視線を上げればリーアさんが踵を返し、宿屋の出入口に向かっていました。私は彼女についていき、後ろを振り向きます。ミュラーさんはそれなりに回復してきているのか、遅れずについてきていました。
「あの、リーアさん」
安心を得るとともに前を行く彼女へ声をかけます。宿を出ると眩しい日差しが私達を出迎えました。リーアさんは手をかざし、目を細めつつこちらを見ます。
「何かおかしくないですか?」
何を言っているんだと言われるような漠然とした問いでしたが、リーアさんは真剣な顔で頷きました。
「罠にかけた後のことでしょ? 分かってるわよ」
「罠に? あっ!」
ようやく疑問の正体が分かりました。そうです。うっかりしてました。
罠とは様々な種類があります。今回のように敵をおびき寄せるものだったり、無造作に置いてはめるものだったり、通り道になるであろう場所に置いて邪魔をするものだったりと様々です。
おかしな点はその罠の設置目的にあります。討伐が目標ならば、住処を突き止める必要がないのです。罠にはめて姿を現したところを倒せばいい。それなのにわざわざ居所を特定しようとした。つまり――
「何かわけがあったみたいね」
冒険者さんは何かしら知っていたみたいです。居所を突き止めないとならない、何かを。
○
でもその何かとは何なのでしょうか。私は考えてみるもさっぱり分かりませんでした。
「ふむぅ……」
宿屋にある食堂。そこで席に座り、メニューを眺めつつ私は考えます。
そもそも冒険者さん達が情報を他の人に伝えていればよかった話なのです。そうすれば後から来た私達も何かしらの手を考えられたのですが。
憂鬱とした気分でメニューから店内へ視線を移します。木造建築の家が建ち並ぶ村の特徴にもれず、この宿屋もまたしっかりと木で造られていました。優しい色で統一された食堂内はそこにいるだけで気分を落ち着かせてくれます。他に客がおらず、静かなのもあるのでしょう。
「ミュラーさん、決まりました?」
ほどほどの時間を空け、私は前に座る彼女へと声をかけます。メニューを見ていた彼女はこくりと首を縦に振りました。少しはマシになったと思うのですが、すっかり無口キャラと化してますね。さっきの聞き込みとかのときも全然喋らないですし。
心の中でため息。誰でもこうなるときはあると思います。けれど悩んでいる人が近くにいて力になれないという状況は予想以上にきついものでした。今はリーアさんがいないから余計に。
宿屋の人から罠のことを聞いたリーアさんは、早速それを作ろうと試みました。そして協力できなそうな私達は腹ごしらえをするよういわれ、気まずい現在に至ります。
「では注文を」
彼女の反応を受け、店員さんを呼ぶべく手を挙げます。何かしなくては。そう思うのですが、いまいちどうしたらいいか分かりません。前の世界では人付き合いを疎かにする傾向にありましたから……ツケが回ってきたのでしょうか。
「はぁ……」
思わず青息吐息。
「悩んでいるね」
「ひいっ!?」
耳元でいきなり声がし、飛び上がります。横を向けばそこには見知らぬおばちゃんがいました。どこにでもいそうで、話好きそうな方です。飴ちゃんとかくれそうな。髪色とか外見は日本とかけ離れているのですが、どこでもいるものですね。
「え、ええ、まぁ……そうですね」
「もしかして魔の使いについてじゃない?」
若干引き気味に答えると、おばちゃんが尋ねてきます。おばちゃんの口からそんな厨二フレーズが出てくることに驚きましたが、ここはそういう世界。彼女はなにか知っていそうなので、私は頷きました。
「やっぱり。大変よねぇ、マイラちゃんも」
「マイラ?」
「会わなかった? ええと、足を怪我した子よ」
「あの子が……」
そういえば名前も聞いてなかったですね。マイラさん。覚えておきましょう。
「確か妹さんが魔の使いになったんですよね?」
「えっ?」
私の言葉にミュラーさんが反応を示します。風車の時の話を聞いていないようでした。それに対してツッコミでもしようかと思うのですが、間を空けずに話すおばちゃんがそれを許しません。
「そうなのよ。妹さん、なんでそうなったか知ってる?」
「知りませんね。何か理由が?」
単純に気になったのもあり、私はおばちゃんへ顔を戻します。
「マイラちゃんはこの村で一番の戦士でね、妹――ニールちゃんはあの子に追いつくように特訓していたのよ」
おばちゃんはそれはもう活き活きとした顔で語ります。個人的なお話な様子なので、マイラさんに申し訳なくなるのですが……ここまできたら引き返せまい。
「それである夜ニールちゃんが倒れちゃって。次の朝目を覚ましたら、そこにいたマイラちゃんを襲って出ていっちゃったのよ」
「それで足に怪我を?」
「ええ。その時に切られたらしいわね」
死人が出なくて幸いでしたね。しかし……そうですか。そんな事情が。シリアス顔で顎に手を当てる私。ガタッとすぐ近くで音が立ちました。
「……あら? どうしました?」
音のした方を見やれば、ミュラーさんが立ち上がっていました。トイレ、かと一瞬思いましたがどうにも様子がおかしいです。青い顔をしており、小さく震えているように見えました。
「……ちょっと一人になってくる」
困惑する私へミュラーさんはポツリと言い、宿屋から走り去ります。カランとドアのベルが乾いた音を鳴らしました。続けて、ドアの勢いよく閉まる音。あとに残るのは静寂です。
「ミュラーさん……」
私は呆然と彼女が去っていくのをただ見送りました。
彼女に何があったのか。何故いきなり走り出したのか。気になることは色々ありましたが、たった一つ目前まで迫った問題があります。
「お金ーっ!」
私が一文なしということです。
○
ミュラーさんを追って宿屋の外に出ると、そこにはリーアさんがいました。彼女は道の端っこで邪魔にならぬよう何かの人形を作っていました。木のみで作られたそれは四本の足と胴体、そして頭らしきものをかろうじて認識できるくらいの形で有しており、何を形作っているかは分かりませんが非常に邪悪な物体に見えます。木だけでそんな雰囲気を放つのだから、彼女の手腕には戦慄せざるをえません。
彼女が作成しているのは魔の使いをおびき寄せるための、家畜に見せかけるトラップなのですが……むしろ家畜を追うタイプの禍々しい悪魔にしか見えませんね。
「あの、リーアさん」
「ん? なによ。あ、ルーフルじゃない」
小さな体でせっせとトンカチを下ろしていた彼女はこちらを向きました。注意が散漫になり自分の手を叩く――なんてことはなく、こちらを見ながら正確に釘を打っていく彼女。その腕前がクオリティにちっとも反映されないことが残念でありません。
「なんかあったの?」
「はい。実はミュラーさんが宿から出ていってしまいまして……見ませんでした?」
リーアさんはきょとんとしながら首を横に振ります。邪神を祀る偶像(比喩)を作るのに集中していたようです。
「あんた何か言ったんでしょ?」
「いや、何も言ってないんですけどね……いきなり一人になりたいと」
「ふーん。その時のことを教えて」
リーアさんに言われ、私は食堂でのことを語ります。食堂で気まずい雰囲気だったこと、おばちゃんが話したこと、それらを脚色なくできるだけ客観的に説明しました。すると彼女はトンカチを振る手を止めて大きなため息を吐きました。
「なんてタイミングで……これも運命かしらね」
「気取ったこと言ってないで、早く結論を」
「……あんたね」
呆れた顔をするリーアさん。彼女は再度ため息を吐き、
「ミュラーのこと、あんまり知らないでしょ?」
簡潔に問いかけました。
「それは、たった数日の付き合いですし」
「けど少しは知ることはできたでしょ? 悩み事を聞こうとする前に」
「うぐ……」
耳が痛い話です。
確かに『やぁやぁ、どうしたんですか、ミュラー? 悩み事なら私に相談してください』とか、ドーナッツ食べながらアメリカンなホームドラマを勘違いした接し方をしたりする前に、彼女のことを知る努力もできた筈です。今考えるとあの時の私は自棄になっていたとしか思えません。
「そうですね、馬鹿やってました」
「本当にね」
少しは否定してくれると嬉しいんですけどね。
「仕方ないから私から話してあげるわ。ありがたく思いなさい」
彼女はトンカチをポーチにしまい、にやっと笑いながら言います。
「とは言っても私も聞いただけの部分があるから、正確じゃないかもしれないけど」
「それでもいいです。お願いします」
「ええ。そうね……まずは」
私が促すと、彼女はミュラーさんの過去について話しはじめました。ゆっくりと、昔を懐かしむように。