「なんで!? どうして私を置いていくの!?」
私は叫んだ。視界が涙でにじみ、うまくお姉さまの顔が見えない。ただ、彼女が困ったような表情をしているのは、なんとなく分かった。
旅の途中で立ち寄った月の都。その広場へお姉さまは私を呼び出した。大事な話だとらしくもないことを言うから、おかしいと思っていたが告げられたことは予想以上に辛い言葉だった。
『これからの旅にミュラーは同行させない』。お姉さまは開口一番にそう告げたのだ。
「私は、お姉さまの力に――戦いもできる。なのになんで?」
言い出したら聞かない人だということは分かっている。けれどもこればかりは反論するしかなかった。唯一の家族であるお姉さま。彼女をなくしたら私には何もない。だから私は彼女へと詰め寄り、尋ねた。楽しげな人々の喧騒が遠くに聞こえる。まるでここで二人、周囲とは別世界になったかのような感覚だった。
腕を組んだお姉さまは考えを巡らせるように目を閉じそして開くと、言った。
「……弱いからだ」
私は言葉を失った。自分が弱いことは自分が一番理解している。けれどこれまで、それを理由にお姉さまが私に何か言ったことはなかった。でも、だからこそ私は、頑張ってみんなに追いつこうと鍛練をしていた。それなのに――
「これからの旅は前よりもっと過酷になる。だからお前のような弱い仲間は……足手まといになるんだ」
お姉さまは私のことを捨てようとしている。
そう思った時、私は自分の息が乱れていることに気づいた。胸が苦しく、痛い。これから一人で生きていくことになるかもしれない。途方もない不安が私の胸を襲っていた。
「なんで――っ、なんでそんなことをいきなり言うの!? 私はお姉さまと一緒にいたくてずっと、最初からついてきたんだよ! なのに、なんで私を捨てるの!?」
「――住む場所は話をつけてある。ここのギルド。そこのオーナーに部屋を貸してもらった。仕事はお前ならすぐ見つかるだろう」
泣き喚く私に聞く耳を持たずに、お姉さまは一方的に言った。立ち上がり、餞別にと金貨の入った袋を置いて私に背中を向ける。
本当に行ってしまう。怖くて、不安を消そうと大きな声を出していたがそれも無意味だった。去っていくお姉さまに私は手を伸ばす。届かない。分かっていても、私はそうしたかったのだ。彼女と一緒にいたかったから。
でも、届かない。私はベンチから落ち、膝を擦りむいてしまう。
「すまない」
小さな、これまで聞いたことのないようなお姉さまの声が耳に届く。彼女は私に背中を向けたまま立ち止まっていた。
私は信じられない想いでそれを見た。涙は乾き、視界が澄んでくる。
これまで立ち止まったことのない彼女が――弱々しい声を出し、体を震わせていた。
「私は、弱い。だからお前のことを背負いきれないんだ」
お姉さまが歩き出す。さっきまでの様子はなく、まっすぐとしっかりした足取りで離れていく。
ベンチの近くで座り込み、私はそれを見送った。彼女の姿が見えなくなると涙を拭い、金貨の入った袋を手にする。
やるべきことは決まった。泣いている暇なんてなかった。
「待っていてください。お姉さま」
私は強くなる。背負われなくてもいいくらいに。
不安はある。けれどもそんなのは当たり前なのだ。
「いつか、あなたの隣に――」
私は袋を握り締めた。
いつかお姉さまのために戦えるように。その想いは昔からちっとも変わってはいなかった。
○
私はため息を吐いた。
どうやら今回のことに相当参っているらしい。あんな昔のことを何日も連続で夢に見るなんて。
「……お姉さま」
呟いて、体を起こす。ベッドが軋む音を寂しく立てる。当然ながら返事は聞こえなかった。広いベッド、小さなテーブルが置かれた少し狭めの部屋には、私一人だけ。
思わず宿屋から飛び出したあの後。私は宿屋の部屋にいる。入り口から出て横に立っていたんだけど、お姉さまは気づかずにそのまま行ってしまった。きっと今はリーアさんと話し込んでいることだろう。
「はぁ……」
ため息を吐き、私はベッドの上で膝を抱える。
あの日から私は月の都で生活を始めた。強くなるために鍛練を行い、ある日月の都の警備隊に勧誘され、そこで働くことになったのだ。それで、お姉さまに同じように別れたリーアさんがギルドにやって来て少しづつあそこでの暮らしが楽しくなって――お姉さまが私の元に帰ってきた。
やっとお姉さまに変わった私を見せられる。そう思った矢先の出来事だった。お姉さまは記憶をなくし……すっかり変わってしまったのは。
変わるのはまだいい。そこから元に戻ることもあるかもしれないから。
けれど、記憶まで綺麗になくしたとなれば――彼女は別人であると言っても差し支えなく思えた。そんな彼女に力を見せたとしても、ぽかんとされるだけだろう。
「私のやってきたことって何だったのかな」
隣で、一緒に。私の願いは叶えられた。けれどもそれは別人のように変わってしまった姉で、だ。
嬉しい、よりも、これまでの努力が無駄になったかのような現状に、虚しいという感情しかわかなかった。
そこへ追い打ちのようにリーアさんが……記憶が戻らない場合のときのことを考えろと言ってきた。正論ではあるけども、それはお姉さまが死んだと思えと言ったようなもの。私は到底彼女の言うことを聞き入れる気にはなれなかった。
お姉さまは私の全て。私は彼女のために生きてきたのだ。
だから――あんなお姉さまを見て苛立ちを感じてしまうのだろう。
クールぶってるけどお馬鹿さんで、気遣っているつもりで空回りしていて……そして、遠慮無く人を頼って。全てが以前のお姉さまとは違う。へっぽこもいいところだった。
「諦める……」
強く、誰よりも正しかったお姉さまはもういない。そう考えると私はまた不安に襲われる。彼女の存在。それこそが私の目標だった。けれどそれ自体がなくなってしまったら、私はどうすればいいのだろうか。
答える者はいない。これは私が答えを出さなければならない問い。なんとなく、そう思った。
私は……何のために生きているんだろう?
そんな当たり前のことすら、この時の私には分からなかった。
○
リーアさんは私にミュラーさんの過去を話してくれました。
家族を早くに亡くし、ずっとルーフルと暮らしていたこと。彼女が勇者となってからは離れないよう努力をしてきたこと。そして最初にパーティーから外されたこと……それから、その後のことも。
「分かった? あの子はずっとルーフルを目標に、彼女と一緒にいることを願ってきた。それが突然なくなったらどう思う?」
私は何も言えませんでした。
私は……ルーフルではないのです。あの子と過ごした記憶もない。この世界の常識も知りません。こうして話を聞いて考えることしかできないのです。そんな私が何か言ったとして、それは果たして意味を持つのでしょうか。
答えは、否です。それでは綺麗事です。他人が気の毒だねと言うのと変わりありません。
「なくなっては、ないと思います」
考えて、私はなんとかそれだけ返します。嘘を貫くためだけの答えを。
人の夢に、目標になった人物としてどうすればいいのか。記憶喪失と嘘をついてる私に、その課題は重くのしかかります。せめて私がその対象ならば何か言えたかもしれません。けれどミュラーさんが目標としているのは、ルーフル。死んだ彼女です。
「なくなってるのよ。あんたが記憶を取り戻さない限りなくなったまま。何も覚えてないあんたと一緒にいても違うのよ」
『違う』。そう。違うのです。私は……偶然かっさらった役割を守りたくてここにいるだけ。死にたくないからここにいる。
分かっているはずなのに、私は聞こえてきた単語に絶望にも近い感情を抱きました。
「まぁ……言っても仕方ないわね。あんた記憶喪失なんだし」
「そう、ですね」
首肯。どことなく刺のある言い方でしたが、彼女はハッとした顔をし笑顔を浮かべました。
「い、今はとにかく魔の使いを倒す。そのことに集中するのが重要よ。こうして罠も作ったんだから」
禍々しい木の人形を軽く叩き、リーアさんは明るく言います。
冒険者さん達がとったと思われる行動をなぞり、魔の使いの居場所、冒険者さん達の安否を探る――といった作戦ですが、うまくいくのでしょうか。
「……ですね。頑張りましょう」
ネガティブに染まりそうな思考をやめ、私は笑顔を返します。値踏みするようなリーアさんの視線が私へと向けられていました。
○
そして作戦決行の夜はやって来ました。
草原には羊に見立てた木の人形を置き、私達は一晩の間だけ借りた小屋に待機。魔の使いが来ないかを月明かりが照らす中チェックしておりました。
「……来ませんね」
しかし続けること約一時間。まったく反応がありません。私はうんざりしながら呟きました。
「まだ全然時間経ってないじゃない。もっと辛抱強くなりなさい」
と、私の隣で同じく監視をするリーアさん。悪魔の生成で食事の時間がなかった彼女は、パンを食べつつ
ずっと一点を見つめています。流石医者。集中力が伊達ではありません。その隣ではミュラーさんがぼんやりと月を眺めたりしているのですが……リーアさんはずっと前を向いたままなので当然ながらお咎め無しです。まぁ、状況が状況ですから、仕方ないですね。
彼女の分もしっかり見ておくとします。私は苦笑を口元に浮かべつつ、再び前を見ました。
「……しかしあれ本当に効果あるんですか?」
胴体に大量の綿が付けられ、雲に取り込まれる化け物みたいな惨状になった罠を見つめ、私は隣の製作者に尋ねます。触ったら自分まで取り込まれそうな近寄り難い威圧感を放ってこそはいますが、家畜に見えるかと言われば断じてノーな前衛的すぎる作品です。こんな物を襲おうとするものなんて、それこそ正義感に溢れる勇者くらいなものでしょう。ちなみに私が出くわしたら間違いなく逃げます。
「大丈夫よ。ちょっと見てくれは悪いけど、性能は保証するわ。間違いなく家畜よ」
「まぁ、それならいいんですけど」
月明かりに照らされる怪物を眺めて一夜が過ぎ……とか嫌ですけど、彼女がここまで確信を持っているのですから、信用はできます。あの人形に魔法使ってたみたいですし、きっとなんとかなるはずです。と思いたい。
「むっ」
それからまた数十分経った頃。草原に一つの影が現れました。私は体を乗り出してそれが何かを確認しようと目を凝らします。
やって来たのは一人の人間でした。のろのろと遠くから現れたそれは、まっすぐ人形へと歩いていき、無造作に拳を振り下ろします。遠くからで分かりませんが、背丈は小さい方です。体つきもまた細く、どうやら女性のようでした。彼女の体には黒いオーラがあり……あれは間違いなく、魔の使いです。
「あんなので来るなんて信じられません……!」
「おいこらお前」
だって羊に見えないんですもん。
「来たみたいだね。帰る素振りを見せたら追いかけよう」
ミュラーさんがいつの間にやら我に帰っており、真剣に言います。私達はそれに頷いて返しました。
「いい? こっそりよ。ふざけたりしたらダメだからね」
なんで私を見て言うんですかね。
「あ、帰るよ」
ミュラーさんが声を出します。見てみれば、魔の使いはきょろきょろを辺りを見回し来た道を戻っていこうとするところでした。見つけたものを襲うだけで、家に押し入ったりはしないようです。
「被害ゼロなのも頷けるわね」
「まぁ……見つかったらあの人形みたいになるんでしょうけどね」
殴られてバラバラになった人形は、それはまぁ凄惨な有り様で。けどももう邪悪に感じないのがいいですね。いいドロップ品とか落としてそうです。
「殴られて殺されるっていうのも大変そうよね」
絶対に経験したくないものですね。殴ってくる相手の顔がずっと見えそうです……っと、いけない。気分が落ち込むので死関連は考えないようにしておきます。ここで動悸を起こしては台無しです。
「さて……では行きますか」
魔の使いの姿がほどよく遠くなったところで、私は言います。私達三人は揃って小屋から出て、魔の使いの尾行をはじめました。
『……』
無言。物音が聞こえないよう十分距離を離し、私達は草むらや木で姿を隠したりして魔の使いの後を追います。私はその間思考をあれこれと巡らせておりました。そして気づきます。
罠にかかった魔の使い。それはつまり、冒険者さん達が魔の使いの活動に何の影響を与えてはいないということで……お陀仏の可能性が一気に限界値まで高まっております。あのギルドに認められた冒険者なのだから、それなりに強いはずなのですが、一体何があったのでしょうか。
それと、魔の使いの黒いオーラ。男性と同じものみたいに思えますが……まさか、ですよね。
でもそれだと冒険者さん達がやられた理由も説明がつくわけで。
ああぁ……大変なことになりそうな。
すぐにでもみんなに教えたい気持ちになるのですが、今は尾行中。口を開くことはできませんでした。もし男性と同じようなタイプならば私の持つ剣しか通用しないはず。いざとなればミュラーさんに剣を渡すことも考えておきましょう。
拳を強く握りしめ、急に増した緊張感に耐えます。勇者はみんなを導く者。しゃきっとしておかなければ。
そのまま魔の使いは歩いて行き、私達も無言でついていきました。
そして20分ほど経過した頃でしょうか。彼女は横に見えてきた森の中へフラッと入っていきます。木々で魔の使いの姿を見失うも、リーアさんは冷静に私達のことを誘導し森の中へと進みました。するとすぐに魔の使いは見つかり――驚きました。何にもないと思っていた森の中。そこには大きな洞窟のようなものがあったのです。
一見地面に空いた大きな穴のようにも思えます。しかししっかり見てみればそこには降りるための階段があり、人間の手が加わっているのだと見てとれました。
魔の使いはその中へと入っていき、姿が見えなくなりました。
「……これは、あれね。すごく嫌な予感がするわ」
声が届かない範囲に入ったと察したのでしょう。リーアさんは緊張感から開放された弾みで大きく息を吐くと、物凄く面倒そうな顔をして言いました。
「そうですね。あれはないです」
私も同意します。あれはまさにダンジョンと呼ぶべきもの。自然にできていたり、昔に造られたものならばいいのですが、最近のものならば、それは最悪な事態を示しています。
ここは冷静になるべき。私はそう思い口を開くのですが、
「とりあえず一旦村に――」
「行こう」
ミュラーさんがそれを遮りました。彼女はなにを思ったのか背負っていた大きな剣を抜きとり、穴のある場所へと歩いていこうとします。
「ミュラー。あんた分かってるのっ?」
大声を出さないようにボリュームを抑え、リーアさんが止めようとしますが、彼女は足を止めません。これはまずい。私はリーアさんに目配せし、止めようとミュラーさんへ近寄ります。そして腕を取りました。
「ミュラーさん。冷静になってください」
「お姉さま……なんで止めるの?」
彼女は何か焦っているようでした。腕を握る私を敵対するような目で見ており、可愛らしいながらも迫力があります。
「あそこがもし短期間で造られたものだったら、相手は一人ではありません。複数です」
私が答えると彼女は視線を洞窟へと向けました。そこには先を窺うことのできない深い闇が広がっています。どう考えてもこの洞窟はただの穴というレベルではありません。しかし彼女はそれを見やり、譲る様子を微塵も見せずにこちらを見つめました。
「でも、ニールさんを早く助けないと」
全然冷静になってませんね。助けるにしてももっと手段があるはずなのに、なにを焦っているのでしょうか。この場面で聞く耳を持たない彼女に、私は少々苛つきを感じました。さっきまで上の空だったのに。
「あのですね。無闇に突っ込んでもうまくいくとは限りませんよ」
「ルーフル」
説得をしていると声がします。私の名前を読んだのはリーアさんのようでした。振り向けば彼女はポーチを開き、ある一点を見つめています。彼女の視線を辿り、私はほぼ無意識にミュラーさんの手を離し、剣を握りました。
私達より少し先。ゆっくりとこちらへ迫ってくる何かがいました。それは人の形をしていて、黒いオーラを纏っている――魔の使いです。
「出ましたね……」
使いが月明かりの当たる場所に入り、詳しい姿を観察できるようになります。私達の前に立ちふさがったのは冒険者風の格好をした男性でした。広場で戦った男性と同様正気を失っている様子で、手には剣を握っています。鋭い殺気を放っており、今にもこちらへと襲いかかってきそうでした。
こうなっては戦うしかないでしょう。私はチラッとミュラーさんを見て、鞘から抜いた剣を差し出します。
「ミュラーさん。私の剣を使って戦ってみてくれませんか?」
「え? うん、分かった」
私のしようとしていることを理解してくれたのか、彼女は大剣を地面に刺し、すんなりと頷いて剣を取りました。
「行くよ」
ミュラーさんはリーアさんに目配せし、地面を蹴りました。歩いている使いに接近し、素早く私の剣を振り下ろします。私とは比べ物にならない綺麗な動きで、男性の肩の上から斜めに滑る刃。男性は避けることも足を止めることもせずその刃を体で受け止めます。
普通ならばこれで決着がつく。そう確信できる深く素早い攻撃でした。しかし。
「効かない!?」
剣が彼の体をすり抜け振りきられるのを見て、私は驚きました。広場で男性にダメージを与えたのは、剣が理由ではなかったようです。
「ミュラー、剣をルーフルに返しなさい。多分あいつはルーフルにしか倒せないわ」
想定外なことに固まる私に代わり、リーアさんが指示を出します。
……私にしか? 勇者だから攻撃を当てることができた、ということですかね。
「そうみたいだね。お姉さま、お願い」
使いから反撃される前に後ろに下がり、剣を返すミュラーさん。彼女は地面に刺していた剣を抜き、私の横へと並びました。
私は剣を手に深呼吸。前を見据えます。魔の使いは鈍い動きで剣を構え、こちらの様子を窺うように立ち止まっていました。彼から放たれているのは深い憎しみがこめられた濃厚な殺気。イノシシとは比較にならない、身も竦むほどの威圧感でした。……でも私にしか倒せないならば、やるしかありません。
負けじと相手を睨み、駆け出す。使いへの接近を試みます。
するとまだ間合いに入らないうちに、使いが構えていた剣を大きく上に、円を描くようにして振りました。何の意味のない行動に思えますが、警戒し剣に目を向ける私。すると次の瞬間、使いがすさまじい速度で動きました。広場の男性とは段違いな、ぎりぎり目で捉えられる早さで、彼は私へと迫ってきます。まるで瞬間移動のようでした。
狂気すら感じさせる殺気が間近に。思わず剣を振りたくなりますが――剣の切っ先が私の体へと向いているのを、視界の隅で確認。命の危機に私は自然と横へ飛び、使いの攻撃を寸でのところで回避しました。剣が腕を掠め、服が切れます。しかし体を切られていないのか、痛みはありません。
「っ!」
突然自分の横に移動した男にミュラーさんは驚く様子を見せるも、機敏に反応します。本体を狙っても無駄だと悟ったのでしょう。私という対象を見失い空を刺すようにして突き出された剣へ、彼女は大剣を思い切り叩きつけました。
地面に刺さる二つの剣。使いの剣の上にある大剣を彼女は足で踏みつけ、力づくで押さえました。
またとないチャンス。着地と同時に私は回転を加え、大きく一歩を踏み切り、剣を横に振るいます。刹那、血のように黒い煙が宙に舞いました。確かな手応え。しかし、使いは倒れません。私は奥歯を噛み締めます。あと少し。私にミュラーさんくらいの腕があったならば。
目の前、武器を失った使いは、素手で剣を受け止めていました。私は慌てて剣を引こうとするのですが、動きません。長細い剣身を掴み、傷つくのも厭わずに彼は私へと空いている手を伸ばそうとします。
私を捕まえて何をするつもりなのでしょうか。得体の知れない恐怖に晒され、私は――笑みを浮かべました。勝った。確信を得ます。
私の手に、剣が握られます。利き手でない左手に渡されたそれは、使いが使用していた剣。ミュラーさんが男の視界外で回収していた物です。
武器が原因でないなら、どんな物でも私は魔の使いを倒せる筈。チェックメイトでした。
首に伸びてくる手。私はそれを限界まで引きつけ、左手の剣を使いへ突き刺しました。広場でそうしたように、人の身体を貫くなんとも言えない感覚が剣から伝わります。私の剣を握っていた手が離され、使いの身体がビクンと大きく震えました。
剣をしっかり突き刺し、私は使いの身体に足をかけます。それから足で蹴りながら、剣を使いの身体から抜き取りました。
煙が大量に傷口から流れ、使いは仰向けに倒れます。戦えそうにはありませんでした。あとは闇が消え、冒険者さんが無事な姿で帰ってくることでしょう。
「……疲れた」
私はため息を吐きながら後ろに下がりました。両手にはしっかり剣を握り、手の届かない範囲から使いの様子を窺います。
「二人ともご苦労様。とりあえず、村に帰って――」
隣へとやって来たリーアさんの言葉が途中で途切れ、私は何気なくそちらへ顔を向けます。コケましたか、とかその程度にしか考えていませんでした。そんな私の呑気な考えは、振り向いてすぐに消え去ります。
私を庇うようにして背中を向け、両手を広げているリーアさん。私が彼女の姿を確認した直後、何かがリーアさんを襲います。
そして、赤い液体――血が飛び散りました。