少女は異世界で勇者となる   作:珊瑚

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 何が起こったのか。そんな簡単なことさえ理解できずにいました。

 私の目の前。仰向けに倒れた少女は苦しげに目を閉じ、呻いています。彼女の身体には斜めに入った大きな傷があり、そこからおびただしいほどの血が流れていました。

 

「あ……リーア、さん」

 

 裂かれた服。身体。苦悶の浮かぶ表情。脳内にかつての記憶が目まぐるしく浮かんでは消え、耐え難い苦痛が私を襲います。

 化け物から、人間。黒から赤。たったこれだけの変化で、私の心は可笑しくなるほど大きく乱れました。

 身体から力が抜けます。剣をかろうじて持ち、私は目の前の惨状を呆然自失として眺めていました。

 私のせい。誰かが言いました。小さな声でしたが、それは不思議と私の中へと響き渡ります。少し遅れて、自分で言ったのだと私は気づきました。何もかもが遠く、遅く感じます。膝をついた私はいつの間にか地面に手をついて、肩を上下させ呼吸を繰り返しておりました。

 

「リーアさん! お姉さまも――」

 

 ミュラーさんの悲鳴じみた声が聞こえます。

 リーアさんが倒れる前に向いていた方向には、先ほどの使いとは違う、新手がいました。どうやったかは分かりません。しかし他に誰もいない状況を考慮すると、彼がリーアさんを切ったようです。

 いかつい鎧、大きな斧を装備している彼は、笑っていました。リーアさんを倒したことが嬉しくてたまらないといった様子で。

 

「あはは……」

 

 つられて、私も笑います。なんだか、どうでもよくなってきました。私は一度死んだ身。ここで自殺して誰かに交代してもいいんじゃないでしょうか。私は剣を握った手を持ち上げようとします。けれどもそんな簡単なこともできないほど、私は弱っていました。手を挙げようにも剣を持つだけで精一杯で、それ以上のことは何もできません。

 ――何も、できないんです。

 

「逃げるぞ! お前はそっちを運べ!」

 

 近くから急に現れた足音が私に近づきます。次いでどこかで聞こえたような声がすると、私の手から剣が奪い取られ、何者かによって腰の鞘に納められました。

 

「マイラさん!? う、うん!」

 

 マイラ……さん?

 誰だかは分かりました。それでも彼女が何故ここにいるかは分からず、疑問を抱くと同時に、私の身体が宙に浮きます。マイラさんに持ち上げられているのでしょう。あの足で懸命に頑張っているのか、速度は遅いですが徐々に魔の使いのいる場所から遠ざかっていきます。

 私の前では、大剣を背負ったミュラーさんがリーアさんを抱えて走っていました。目に涙を浮かべ、それでも懸命に進んでいます。

 私はそれを、申し訳なく思いながらも他人事のように眺めていました。

 

 

 

 ○

 

 

 

 森から逃げ帰った私達は村長の家にいました。月明かりもなく真っ暗になった時刻。ランプで照らされた室内にはベッドに眠るリーアさんの他に、三人の人間がいます。ミュラーさん、マイラさん、そして私です。

 皆一様に、暗い顔をしておりました。

 

「リーアさんの様子は?」

 

 手当てが一段落つき、マイラさんが布団をリーアさんへかぶせると、ミュラーさんは尋ねます。彼女は治療の最中もずっとベッドから目を離さず、それでも邪魔にならないように質問をせず治療が終わるのを待っていました。よほど心配みたいです。

 

「手当はした。だがこのままではいつ危険な状態になってもおかしくはない。すぐに医者へみせるべきだ」

 

 医者にみせれば助かる。そう彼女は口にしますが、表情は依然と暗いままです。マイラさんの雰囲気を察したのか、ミュラーさんは慌てた様子で言葉を続けます。その様子は親に怒られたくない一心で、必死に答えを探す子供のように見えました。

 

「じゃあ、すぐお医者さんに――」

 

「今、村に医者はいない」

 

「な、なら、月の都にっ」

 

「あと一日保つか、分からない」

 

 ミュラーさんが口を閉じました。彼女は俯き、「何か手はないんですか……」と消えそうな声で尋ねます。

 

「私の妹……ニールが医者なんだ。だから――」

 

 魔の使いを倒せば、治療ができる。簡単な話でした。しかしマイラさんは苦々しい表情をして、ミュラーさん同様俯いてしまいます。

 そう。それはほぼ不可能に近いのです。マイラさんは私達の戦いを後ろからこっそり見ていました。だからこそ分かるのでしょう。唯一魔の使いと戦える私が、こんな状態に――いえ、万全だとしてもあれだけの数、相手にできるかは分かりません。

 状況は最悪だと言えました。

 

「……お姉さま、行こう」

 

 俯いていたミュラーさんは長い沈黙の後に顔を上げます。

 無謀な言葉。ですが先ほどまでの焦っていた様子はありません。今から乗り込んで魔の使いを倒す。それが最善なのでしょう。だから、迷いがない。

 

「……」

 

 私は考えました。このまま乗り込むべきか否か。

 答えはすぐに出ました。

 

「――駄目です」

 

 私は、首を横に振りました。

 

「駄目って……なんで?」

 

 少しも考えずきっぱりと答えた私に、ミュラーさんは非難じみた目を向けます。信じられないといった様子で、私を見ており、その瞳は同様で揺れていました。

 

「……できる自信がないからですよ」

 

 至って普通な結論の筈です。

 たった二人。それも攻撃が当たるのは私だけ。そんな状況で敵のいる場所まで突っ込んで、どうにかなる話ではありません。

 

「できる自信がないって――っ! やらないとリーアさんが危ないんだよ!?」

 

 そんなことは百も承知でした。

 でも、常識的に考えると特攻は得策でありません。馬鹿げたことなのです。私は……最早自分が何を言っているかも分からないような不安定な状態で、頭に浮かんだ言葉をただ呟くように言葉を紡ぎます。

 

「それで私達が危なくなっては元も子もありません。……月の都に向かいませんか? リーアさんなら一日以上保つんじゃないですかね――と言ったらどう思います? 無責任だと思いませんか? あなたのしようとしていることはそれと同じなんですよ。いえ、私とミュラーさんの命もかかる分更に無謀と言えるかもしれません。何か反論できます?」

 

「なんで、そんな……そんなことが言えるの?」

 

 ミュラーさんの声が戸惑いから、怒りのそれへと変わっていきます。

 

「何を今更……散々迷惑かけてきて、今も原因を作った人がなんでそんな反応するんですか? 意味が分かりません」

 

「それは――」

 

「こっちが聞いても何も話さないで、しまいには突っ走って。最初洞窟の前で敵に見つからなかったら、こんなことにはならなかったんですよ」

 

「そうだけどっ! リーアさんはお姉さまを守って、怪我したんだよ!?」

 

 今度は泣きそうな声を出し、彼女は訴えかけます。私は何故だか、そんな彼女を見て怒りがわいてきました。

 

「その根本の原因だって、あなたじゃないですか」

 

「――っ! だから、だから私は頑張ろうって……」

 

「そこに、なんで当然のように私がいるんですか? 他人の命を勝手に賭けないでください」

 

 私の中に渦巻く正体の分からない感情は、ドス黒い闇のようでした。ついに涙を流しはじめたミュラーさんを見て可哀想だと思っても、口は止まらずに動き続けます。

 

「私のことが気に入らなかったんですよね。ルーフルとは違うから。だからそう容易く私の命を賭けて、リーアさんを助けようとするんですよね」

 

「違う、私は、お姉さまのことを――」

 

「強くなりましたよ、あなたは。私ではまったく敵いそうにありません」

 

 ミュラーさんの言葉に聞く耳を持たずにまくし立てます。リーアさんから話してもらった過去を皮肉り、えげつないほどの暴言を投げつけました。

 言い終わり、ふと、私は肩で息をしていることに気づきます。ぼそぼそと話しているつもりでしたが、いつの間にか感情を込めすぎていたようです。

 

「……もういい」

 

 涙をぼろぼろと流していたミュラーさんは、私を見ずに言い、部屋の出口へと歩き出しました。その足取りは親に捨てられた子のようで、感情に任せて暴れた私の心が、今更罪悪感で痛みます。

 私は……何を大人げないことを言っていたのでしょうか。

 激情に駆られ喚き散らした後にわいた感情は、爽快感などではなく、大きすぎる後悔の気持ちでした。

 

「リーアさんの言う通りだったよ。お姉さまはいなくなったんだね。なら……私一人でやる」

 

 ミュラーさんはそう言って、部屋の中から出て行ってしまいました。彼女の姿が夜の闇に消え、足音が遠ざかっていきます。どこか引き止めてほしそうにゆっくりと歩くその背中を、私はおろおろとしながら見送ってしまいました。

 あれだけひどいことを言って、どんな言葉をかければいいのでしょうか。暴言は自然と出てきたくせに、こういうときに限って何も思い浮かびません。性格の悪さを痛感するようでした。

 

「……止めに行ってくる」

 

 立ち尽くす私に、それまで傍観していたマイラさんが口を開きました。彼女は返事を待たず早歩きで部屋の中から出ていきます。

 部屋に一人きり――いえ、リーアさんと二人きりになってしまいました。

 私は手で目の近くを擦り、付着した水滴に首を捻ります。頬に触れてみると、濡れていることがわかりました。

 文字通り、私は泣き喚いたようです。

 

「……子供ですか、私は」

 

 悪いのは誰か、迷惑をかけているのは誰か、一目瞭然でした。

 

 

 

 ○

 

 

  

 彼女はルーフルとは違う。それが分かっていながら、動くしかなかった。――いや、勝手に身体が動いていた。彼女が死んだら。いなくなったら。そう思うだけで彼女は損得関係なしに、性格や強さが変わっても、やはりルーフルのことを大事に思っているのだと改めて認識した。

 彼女が世界を救う勇者だから、大事なのかもしれない。

 ……けれど、思うのだ。彼女が傷つくのも、悲しそうな顔をするのも嫌だと。

 もう、仲間に――勇者に、辛い思いをしてほしくない。

 そんな考えを持っているからこそ、二人の口論は精神的なショックが大きかった。霞む意識の中、それでもしっかり聞こえてくる二人の声。しかし自分は何もできずにただ寝ているだけ。歯痒かった。

 

(いや、寝ているだけじゃ駄目よね……)

 

 動くのは今。リーアは力を振り絞り、なんとか声を出そうとする。

 彼女らが口論したのは、自分のせいでもあるのだ。様子見などせずに力になれば良かった。後悔が、二人を想う気持ちが強まり、いつの間にかリーアの意識ははっきりとしていた。

 

「ルーフル……」

 

 目を開き、一人残った少女へと声をかける。頬に手をやり自嘲していた彼女は、リーアの意識があることに驚いているようだった。彼女はゆっくりとこちらへ向かい歩いてくる。普段の明るい様子はなく、沈みきった表情は見ているだけでも痛々しかった。 

 

「よかった。傷の具合は大丈夫ですか?」

 

「……馬鹿。そんなにルーフルとの差が嫌?」

 

 話を聞いて、まず思ったことを彼女は口にした。ルーフルの目が大きく開かれる。驚いているようだった。やはり、自分でも気づいていなかったらしい。

 ――馬鹿なんだから。

 リーアは心の中で笑い、捨てられた犬のような顔をする彼女を見た。

 あと一日で死ぬかもしれない。最期になるかもしれない。いなくなる前に――何も知らない彼女に、自分がどれだけ大切に想われているのか、教えてなくては。

 

 

 

 ○

 

 

 

「そんなにルーフルとの差が嫌?」

 

 目を辛うじてといった様子で開き、うわ言のように言われた言葉に、私は衝撃を受けました。

 そんなこと、私は一言も口にしていません。しかし……多分、正解なのでしょう。この世界では誰も私を見てはくれなかった。

 誰もが以前のルーフルのことのみを口にし、私の記憶が戻ることを期待している。あるはずもないと、私だけが知っている奇跡を願っている。私が消え、ルーフルが戻ることを願っている。

 それは知らずのうちに、想像以上の重荷になっていたのかもしれません。だからさっきも、ルーフルとは違うなんて自分で口にして……。

 

「みんなは確かにルーフルを見てる。けど、あなたのことだって見てる人はいるのよ」

 

 痛むであろう身体に鞭を打ち、リーアさんは語ります。

 

「でも……」

 

 私は思い出します。村でリーアさんから、ミュラーさんの話を聞いたときのことを。

 彼女は言っていました。記憶を取り戻さない限り、ミュラーさんの目標はなくなったままだと。なにも知らない私と一緒にいても違うのだと。

 私は記憶を取り戻さない限り、ルーフルにはなれない。そのことは確かな事実です。

 

「私はルーフルとは違う、って言ってたじゃないですか」

 

 だから、私のことを見ている人なんていない筈です。

 リーアさんがフッと鼻で笑いました。馬鹿、とでも言うように。

 

「――いいのよ、前のルーフルになろうとしなくて」

 

 それは、意外な言葉でした。

 

「あんたは前のルーフルとは違う。でもそれがどうしたのよ。記憶がないんだから当然のことじゃない」

 

「そんなことありません……」

 

「ミュラーだって、みんなだってそれくらい分かってる。もしも記憶が戻らなかったら、なんて考えて悲しんだりもする。けど、あんたがいればそれでいいのよ」

 

 私の否定も聞かずに彼女は子供に常識を説くかのように、優しげな目をして言います。

 

「前のルーフルはまだみんなの中に残っている。でも、そんなこと関係なくあんたのことが大切なの」

 

「……そんなこと、あり得るんですか?」

 

 強くもない私を、突然彼女と代わった私を大切に思う。そんなことがあるとは信じられない話でした。

 

「人によっては違う。これからの行動で変わったりもするかもしれない。けど、少なくとも私とミュラーは大切に思っているわ」

 

「なんでですか……?」

 

「危なっかしいのよ。戦えるか分からないくせに仕事を受けたり、できもしないのにルーフルとしてみんなと接したり」

 

 彼女はまた、笑います。

 

「そんな風に、馬鹿だけど頑張ってる人を邪険にできるわけないじゃない」

 

 これまでの私を否定し、肯定もする不思議な台詞でした。なんで、どうして、と幼児のように考えていた不貞腐れる頭の中に、それは響き渡ります。

 ついさっきまで忘れていました。彼女たちは私に優しくしてくれました。親切に接してくれたのです。そんなことも忘れて、私はなんてひどいことを。

 ――私は涙を流し、彼女の目を見つめました。

 

「でも、ミュラーさんは私に……」

 

「あんたに話してもどうにもならない話だから、黙ってたのよ。言ってたわ。自分で答えを出すって。ここのところは度が過ぎてたけど……悪かったわ。事情を知ってる私こそ何かするべきだったのに――」

 

 言い終えると同時にリーアさんが呻きます。やはり痛みはあるようでした。私は止めようとするのですが、彼女は再度口を開きます。

 

「……ルーフルにならなくていい。あんたは、もう十分いいところを持っているわ」

 

 ――揺るぐことのない、真っ直ぐ私を見つめる彼女の目。優しく、そして確かな意志を感じさせる眼差しを見て、私は思いました。

 彼女のようになりたいと。他人を思いやり、苦痛に耐え、謝れる人間になりたいと。

 そう、憧れました。

 

「あなたが何をしたいのか。どうしたいのか。あなたはあなたとして生きなさい」

 

 だから、私は彼女に力強く頷きました。

 もう、ルーフルだからなんて自惚れたことは考えません。常識や人の見る目に流されたりしません。

 まだ私には無謀な目標かもしれません。でも、私がそうしたいと決めたのです。

 

「ありがとうございました、リーアさん」

 

 私は涙を拭い、お礼を口にします。

 トラウマの弊害は知らないうちに消え去り、大きな目標の前に、私の悩みはちっぽけなように思えました。すっきりとした気分で、リーアさんを見ます。よほど無理をしていたのでしょう。彼女は目を閉じて眠っていました。

 

「行ってきます」

 

 静かに言い、私は走りだしました。

 ミュラーさんと話さねば。謝って、そして――魔の使いを倒してみせましょう。

 できるかできないかではありません。私が、そうしたいのです。

 

 

 

 ○

 

 

 

 やるべきことは決まりました。私は真っ暗な村長さんの家をまっすぐ、外へ向かって進んでいきます。ミュラーさんはついさっき出たばかり。出て行ったときはゆっくり歩いていましたし、すぐに追いつける筈。

 ドアの前に着きました。これから始まるであろう激闘に覚悟を固め、私は深呼吸をし、ドアを開きます。

 すると目の前に見えたのはマイラさん。村長の家、その玄関口に付けられたランプに照らされている彼女は、地面に座り込んでいました。

 

「……あっ! よ、よかった」

 

 私の姿が見えるとホッとしたように彼女は吐息をもらします。

 

「ご迷惑をおかけしました。……ミュラーさんは?」

 

「一人で行ってしまった。すまない、止めようとしたんだが」

 

「そうですか……」

 

 申し訳無さそうに言う彼女。焦りながら私は彼女の足元へ視線をやり、止められなかった理由を悟ります。彼女の足に巻かれた包帯から、血が滲んでいました。おそらく、私達を助けたときから相当無理をしていたのでしょう。もしかしたら部屋からここまで来るのも精一杯だったのかもしれません。私に彼女を責められる道理はありませんでした。

 

「ありがとうございました。……では私も行ってきますね」

 

「行くのか? さっき言っていたことは……」

 

 マイラさんが目を見張ります。それに私は頷いて答えました。

 

「ただの姉妹喧嘩です。それも姉が全て悪いだけの。だから、謝って……絶対にみんなを連れてきます」

 

 そして私のこと救ってくれたリーアさんを助けてみせます。

 やれる可能性は低いです。しかし今ならできる気がしました。私は一人ではないのです。

 それにやらなけらば、勇者になんて到底なれません。

 断言する私に、彼女はまたもや不意をつかれたような表情をしました。そして――笑みを浮かべます。

 

「そうか……。なら、夜明けに草原で待機しておこう。すぐ村に帰れるよう、馬車も用意しておく」

 

「あ、そうですね。よろしくお願いします」

 

 帰るときのことを考えていませんでした。私は自嘲し、頭を会釈程度に下げて走り出します。

 

「姉なんだから、しっかりするんだぞ!」 

 

 去り際に聞こえる、場面に似つかわない呑気な言葉に私は手を挙げて答えました。

 間に合ってください。私は心の中で祈つつ、魔法を唱えました。

 短い詠唱を小声で終えると、私の手に小さな光の珠ができます。周囲を明るく照らすそれを頼りに、私はあの洞窟を目指しました。

 

 

 

 ○

 

 

 

 洞窟の前に着いても、ミュラーさんの姿を見つけることはありませんでした。

 行き違い……という可能性も頭によぎりますが、もしそうでないときが怖いです。ここはやはり入るしかないでしょう。

 

「暗い、ですね」

 

 洞窟の前に立ち、私は呟きます。現在私は初級の魔法であるライトボールを発動させているのですが、その光を以っても先が窺えません。私の練度自体も低いですし、これくらいの光量が限界なのでしょう。

 それにしても広そうな洞窟です。森に吹く風が低く唸りを上げるように反響し、なんとも言えない不気味な雰囲気を醸し出しております。ここへ入り込んでいくのは相当な勇気が要りますが……私は勇者。これくらいなんともないと自分に言い聞かせ、私は足を進めようとしました。

 ――が、止まります。何か聞こえたような気がします。風を切り、こちらへとまっすぐ何かが飛んできているような。

 息を呑みます。脳裏に浮かぶのはリーアさんのやられた光景。彼女は距離が空いた状態から切られました。まさか、と思い私はそのまま横に頭から飛びます。

 直後、私の近くにあった木が冗談みたいにすっぱりと切れました。支えを失った木は重力に従い横たわり、大きな音を立てます。あと少しでも反応が遅れていたら……ゾッとします。

 生きていることに感謝をしつつ素早く立ち上がります。森の中に2つの人影が並んで立っていました。一人は剣を持った魔の使い。とどめを刺し損ねたためかもう普通に立っており、武器である剣を手にこちらをじっと見つめています。

 もう一人は……リーアさんを切ったと思われる、斧を持った魔の使い。作り物のようなずっと変わらない笑顔を顔に貼り付けており、彼もまた私に狙いを定めていることが殺気から容易に分かりました。

 2体1。極めて不利ですが、ここで逃げても洞窟に追い込まれるだけ。戦うしかありません。

 剣の柄を握り、剣身を鞘から抜きます。純白の剣が光球に照らされ、銀色に輝きました。その瞬間、光の珠がその輝きを増します。先ほどとは段違いの明るさに、目が眩みそうになりました。

 剣の輝きを目にし、不思議と私の集中力が研ぎ澄まされていきます。顔を上げると、私は構えを取りました。

 

「……いいですよ、相手をしてあげます」

 

 一人での初戦闘で複数人を相手。

 いつもなら絶望的な状況に思えたでしょう。けれど私は負ける気がしませんでした。

 リーアさんを助けるためにも、こんなところで立ち止まってはいられません。私は自分の思いに同意するように頷きました。

 

 

 

 ○

 

 

 

 遠距離攻撃の手段を持つ相手に、その間合いで戦うことは馬鹿のすることです。

 使いの二人に目立った動きがないことを確認し、光の球を解除。まず走り出します。二人の姿を捉えるように視界を固定。何かアクションを起こせば回避をするよう心がけ、肉薄します。

 まずは……斧の方です。剣使いは力を使う前兆がなんとなく分かっています。回避はなんとかなるはず。

 難なく近づくことができました。私は斧使いへ剣を振る――と見せかけ、横に回り込みます。斧を持った使いが、剣使いと私の間に入るよう調整。手にした剣を横に振るいます。斧使い、それを己の獲物で防ぎました。横薙ぎに振るった剣は斧の刃に当たり、音を鳴らして止まります。

  が、まだです。剣は斧に当てたまま、私は前に出ます。一歩踏み込むと同時にしゃがみ、膝を伸ばす勢いを利用。剣を受けた斧の横を通り、すれ違い様に斧の刃から使いの首へ剣を走らせます。

 綺麗に命中。ほぼゼロ距離に近かったためダメージはさほどないようでしたが、黒が舞い、斧使いが怯む様子を見せます。

 それを肩越しに確認。前を向いて私はそのまま走り、剣使いへ向かっていきます。ほどなくして接近し、間合いに入りました。

 すると剣使いが前と同じように剣を大きく上に、円形を描いて振ります。攻撃姿勢に入った私はそれを確認します。移動がくる。心構えをしましたが――遅い。対応することもできず私は剣を縦に大きく振り、空振ります。剣使いは紙一重のタイミングで横に高速で移動。回避していました。

 私は即座に周囲を確認。斧使いが武器を振り下ろそうとしているのを目視し、走り出します。

 刹那、私のいた場所を通っていく衝撃波のようなもの。縦に伸びているそれは木に当たり、その中心に長方形状の穴を空けました。

 

「気が抜けませんね……」

 

 二人とも距離などほぼ関係なしに攻撃をしてきます。その二人が固まらずに別々に攻撃を仕掛けてくるのだから精神的によろしくありません。

 しかし、勝利が見えてきました。剣使い。彼の動きの仕組みが分かったような気がします。

 走ったまま方向転換。斧使いへと向かっていく。視界にはしっかり剣使いが映るよう注意を払います。剣使いを倒すには彼をずっと視界に捉え、前兆を見極め、行き先を把握することが重要だと思えました。それができれば一撃でも仕留められます。厄介なのは鎧を着た、斧使いでしょうか。彼のどこを狙えばいいかが悩みます。顔を剣で狙うのが一番なのですが、果たしてできるかどうか。

 考えていると、斧使いがまた衝撃波を飛ばしてきます。前兆はしっかり見えていました。私は横に一歩ステップ。容易くそれを避け、隙のある内に彼の懐へ飛び込みます。

 首……を狙おうとしますが、ここは時間稼ぎすることを選択。走りながら鎧のない彼の足へと剣を振ります。これは深く決まりました。ふくらはぎの辺りを切り裂き、血のように煙が噴き出しては消えます。

 私はそれから再び剣使いの方へ向かおうとするのですが、流石に学習されたらしく、斧使いが振り向く動きと同時に斧を大きく横に振ってきました。警戒を怠らずにしっかり確認していた私は、肝を冷やしつつ間一髪で屈み回避。

 とりあえず距離を取ろうと再び前を見るのですが――その先、剣使いが円形に剣を振っていることに気づきました。

 ――来ます。逸る気持ちを抑え、私はその時を待ちます。そして彼が剣を振り終わると思った瞬間、剣を大きく斜め上へと振り上げました。

 直後、金属音が響きます。私の間近まで接近した剣使いの武器は、その切っ先を私から外し、空へと向きます。タイミングよく弾く作戦でしたが、上手くいきました。

 振り上げたままま上で剣を両手に持ち替え、全力を込めて下ろします。渾身の一撃は綺麗に剣使いの身体に叩きこまれ、大量の煙を噴き出させました。しかしまだ気は抜きません。これで倒しきれる相手ではないと、なんとなく予想がつきました。

 予測通り剣使いが煙を放ちながらも、剣を大きく振るいます。高速移動の前兆です。おそらく逃げるのでしょう。

 私は剣をいつでも振れるようにしておき、彼の剣――ではなく、視線へと注目しました。大きな動きに惑わされがちですが、彼の行き先はそれで大体分かります。

 彼の視線が動きます。彼が見たのは、私の右方向。私の横を通り、距離を開く狙いでしょう。そうはさせません。

 

「これで、終わり!」

 

 彼の通る道を推測し、タイミングを測って思い切り横に剣を振るいます。

 拍子抜けしそうなほど軽い手応え。高速移動をした剣使いは、その速度故に私の剣に簡単に両断され大量の煙を放出します。流石にこれで倒せなければ逃げようかと思いましたが、遠くに転がった剣の使いは闇に包まれ元の人間の姿に戻りました。ちゃんと身体は無事です。

 これで、一人。私は後ろを振り向きながら走り出します。後ろでは今まさに斧使いが攻撃をしかけようとしているところでした。衝撃波を警戒し、横へ疾走。斧が振られ、飛んできた衝撃波を避けます。

 あとはあの斧使い一人です。胴体を狙えない以上、下半身を狙うのがセオリーなのですけど、今は時間が惜しいです。なんとかして上から狙えるようにしたいものですね……。

 鎧だけですし、頭は無防備です。あそこを狙うためには――ふむ、そうしますか。自分にそんなアクションできるか自信はないですが、きっといける筈。

 

「よし……」

 

 作戦決定。私は再び方向転換し、斧使いへ向かっていきます。再度飛来した衝撃波を身を低くして避け、小声で詠唱を始めます。そのまま彼と限界まで接近。顔の前へと手をかざし、詠唱を終えた魔法の名を口にします。

 

「『ライトボール』」

 

 出力最大。剣の効果を得て効果が高められた光の珠を彼の眼前で作り出し、私は後ろへと通り抜けます。そのまま彼の後方にあった木へ足をかけ、一歩二歩と進み、思い切り木を蹴り飛び上がります。たったそれだけで信じられないほど高く跳躍し、落ちる勢いを利用しながら私は彼の頭へと剣を思い切り振り下ろしました。

 目潰しは効果てきめんだったらしく、怯んで隙だらけの斧使いはなすすべなく頭で剣を受け、地面に倒れます。そしてへこんだ頭の部分から煙を大量に出し……やがて、無傷の人間が現れました。

 

「……もういませんよね」

 

 私は剣を納め、周囲を見回します。何もいないことをしっかり確認し、ようやく気を抜きました。

 ――なんとかなるものです。もう二度とやりたくないくらい疲れましたけどね。

 息を深く吐き吸います。気を取り直し、私は倒れている二人を起こすことにしました。

 無傷で二人の敵に勝利。初めて一人で戦ったにしては、上出来過ぎる結果ではないでしょうか。

 

 

 

 ○

 

 

 

 男性方二人はすぐに目を覚ましました。森、それも洞窟の前で目を覚ましたことを不思議に思っていないようで、彼らは深く安堵の息をもらすと私を見ます。流石は冒険者といったところで、二人共パニックになったりせず冷静なものでした。

 

「……ありがとう。あんたが助けてくれたのか」

 

 剣使いの男が言います。無事そうなその様子を見届けると、私は早速洞窟に向かうことにしました。冷静そうですし、村に帰るくらい簡単にできるでしょう。

 

「はい、どういたしまして。では私は行きますね」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 少し遠くの斧使いの方が私を引き留めます。なんでしょうか。私は急いでいるんですけどね。一応足を止めると、斧使いがおずおずといった様子で尋ねてきました。

 

「あんた、僕達のリーダーを知らない?」

 

 その図体で僕はちょっと似合わないです……。

 

「リーダー? 知りません。どんな方ですか?」

 

「小さくて、子供みたいで、茶色のコートと帽子をかぶった女の子だよ」

 

 身振り手振りで精一杯伝えてくる斧使いさん。一瞬リーアさんを思い浮かべましたが、絶対違いますね。

 

「知りませんね。多分、これから戦うことになりますが……会ったら探していたと言いますよ」

 

「……ありがとう」

 

 斧使いさんはホッと心の底から安心したように笑みを浮かべます。こうして見ると優しそうに思えるから、なんだか不思議です。私はちょっと気になったことを尋ねてみます。

 

「いえ。あの、あなた達は魔の使いを倒しに来た冒険者、ですよね。三人だけなんですか?」

 

「そうだ。我々は少数精鋭のパーティーだったが、負けてしまってな。魔の使い……になってたみたいだな」

 

 首肯し悔しそうな表情をする剣使いさん。よかった、は不謹慎ですが、とりあえず洞窟で大人数を相手にするようなことはなさそうです。安心。

 しかし小さな女の子一人と屈強な男二人ですか……犯罪ですね。ある意味少数精鋭です。

 

「では行ってきますので、あなた達はここで待つか村に帰っていてください」

 

「待て!」

 

 再度声をかけられ急ブレーキ。洞窟へ落ちそうになるのをなんとか耐えて、後ろへ振り向きます。剣使いさんは私を真剣な目で見つめ、言いました。

 

「リーダーに痛いことをしないように!」

 

 なんなんですかこの人。

 

「もし魔の使いになっているなら一回殺すくらいのダメージを与えますが……大丈夫でしょう」

 

「――ま、まぁ、大丈夫か」

 

「……言い憎いですがダメージを与えず、身体を回収という場合もありますし」

 

「不吉なことを言うな!」

 

 叫ばれました。もしそうなったとき逆恨みされないよう予防線を張ろうとしたんですけど、失敗です。

 

「分かりました。頑張ってきますよ。大切な人なんですよね」

 

「我々の全てだな。あの可愛らしい容姿がいい。小さく、愛らしい――」

「僕達の仲間だね」

 

 剣使いさんと斧使いさんが同時に答えます。若干――否、かなりのおかしさを感じますが……それは置いときましょう。私は頷いて、まだ喋っている剣使いさんを放置。斧使いさんへ手を振り、すぐ近くの洞窟に向き直ります。

 剣を抜き、魔法を詠唱。ライトボールを発動させ中を窺います。剣で効果を高められた光の珠は、洞窟の少し先まで照らせるほどになっていました。

 ――が、下に続く階段しか見えないのでほぼ無意味です。本当に深そうな洞窟でした。

 

「待っていてくださいね」

 

 ミュラーさんがこの奥にいる。階段を下りながら、私は小さく呟きます。

 早く彼女を見つけましょう。謝って、私が伝えたいことを、この気持を告げなくては。

 急ぎたくなる気持ちを抑え、私は階段をゆっくりと確実に下りていきます。そうしてしばらく足を進めると、階段の終わりにたどり着きました。

 足元から視線を上げ、前を見ます。その先に見えたのは細く伸びた道。松明に明るく照らされた一直線の廊下のようなものでした。

 この先に、いるんですね。私は魔法を解除して歩き出そうとします。すると突然、どこからか大きな音が聞こえてきました。

 

 

 

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