少女は異世界で勇者となる   作:珊瑚

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「……ここだよね」

 

 村長さんの家を出て、走ることしばらく。私は洞窟の通路らしき場所まで辿り着いた。松明で照らされたその道は、さきほどまで真っ暗な階段を下っていた私には信じられないほど明るい。おそらく、魔の使いが設置したものなのだろう。

 背中の剣の柄に手をやり、私は深呼吸する。これから始まる戦いは、おそらく勝ち目がないに等しい戦いだ。私にはお姉さまのような勇者の力はないし、武器による攻撃や魔法も通用しない。そう。倒せないのだ。

 勝てないのは分かっている。それでも私はここに来てしまった。リーアさんが死ぬかもしれないというのに、何もせず見殺しにするなんてできなかった。

 それは、お姉さまだって同じはずなのに……。

 私はあの時のことを思い出し、柄から手を離す。

 お姉さまに余計な迷惑をかけないよう、黙っているのが悪かった。まだお姉さまのことが諦められなくて、今のお姉さまを見て勝手にいらついている自分が情けなくて……私は彼女を無視するようなことをしてしまったのだ。

 その結果、お姉さまを傷つけ、ふてくされる彼女と話そうとせず、私は飛び出してしまった。

 でも、あれはお姉さまも悪いと思うのだ。あんなひどいことを言われて、耐えられる人間の方が少数だろう。そんな反論を思い浮かべたとき、ふと彼女に言われたことが脳裏によぎる。

 

「ルーフルのことも考えるべき……」

 

 リーアさんもお姉さまも間違ったことを言ってなかった。

 ……もっと他人のことを考えていれば、こんなことは起きなかった。

 そう。こんな身勝手なことにお姉さまを巻き込むなんて、自分勝手すぎる。悪いことをした私が自分でなんとかするべきなのだ。

 

「頑張ります、お姉さま」

 

 呟き、通路を進みはじめる。暗視の魔法はそのままに私は通路の先を見た。奥にはポツリと一点の光がある。しばらく進んだ先で通路が終わり、部屋らしきものがあるのが見えた。奥にある光は、その部屋にから光を放っているようだ。

 洞窟内に私の足音が反響し、響く。うるさいくらいに耳に聞こえる音に、一人であることを改めて意識し、私は寂しい気持ちに駆られた。このまま死んだり、魔の使いになるようなことがあれば、自分は最期までずっと一人でいることになるのだろう。

 お姉さまに殺されるならそれも悪くはないと思うけど……なんとなく、今の彼女に殺されたくはなかった。

 それから歩くことしばらく。果たして通路はそこで終わり、その先には巨大な部屋――広間のようなものが広がっていた。

 天井が地下と思えぬほど高い位置にあり、松明であちこちを照らした円形の部屋は異様な雰囲気を放っている。通路から見えた光は、壁にかけられた松明の一つだったらしい。

 私は周囲を見回し、そして見つけた。私を見て立つ二人の少女――魔の使いを。

 一人はロングコートを身に付け帽子を目が見えないほど深くかぶった少女。身長が低く、とてもマイラの妹だとは思えないほど幼く見える。多分、彼女は私達より先に討伐へやって来た冒険者なのだろう。……それでも、腑に落ちないけど。

 そしてもう一人。ショートヘアの少女がいた。髪色はマイラさん同様赤く、彼女がおそらく妹なのだろうと予想できる。姉と同じく長身で、羨ましいほどスレンダーだ。身につけているものもほぼ同じで、髪くらいしか目立った違いが見当たらない。彼女は手に槍を握っており、無表情でこちらを見つめていた。彼女―ニールさんは一見落ち着いているが、私に当たられる威圧感の大きさは、今まで戦った魔の使いの中でも最も大きく思えた。

 

「……ふぅ」

 

 落ち着こう。攻撃をしのいで、何か対抗する手段を見つけるのだ。勇者だけしか倒せないなんてそんな筈がない。もしそうなら――世界は終わりだ。勇者一人でどうにかなる話ではない。

 私は剣を抜き、構える。それが合図となり、ニールさんが私へと飛び出してくる。速度はそれほどではない。しかし表情を変えずに私を仕留めようとする姿に、少しの恐怖を感じた。

 ニールさんが槍を突き出してくる。私はそれを横に移動して回避。反撃に大剣を横に振るう。槍はフォーとさんとの訓練で何度も相手にしている。彼女の程度の腕ならば十分対応できた。

 大剣はニールさんの首がある場所を通過し、空を切る。やはり当たらない。予想はしていたが――どうしたものか。

 攻撃の間も構わず繰り出される攻撃を鎧で受けつつ、私は距離を取ろうとする。その瞬間、私はあることに気づいた。ニールさんの後ろ、子供にしか見えない小さな少女の頭上に、大きな火の球ができていたのだ。

 おそらく、ファイアボール。初級のなんてことはない単純な魔法だ。しかし規模が常人と段違いだった。走っても障害物のないこの部屋では、避けることが不可能だと思えた。

 私はシールドの魔法を唱えようとする。しかしニールさんがそれを許さない。後ろに下がろうとすればそれよりも速く槍を突き出し、横に走ろうとすればその進路上に槍を出して動きを制限してくる。それだけではなく隙があれば私を狙ってきた。手数の多さではフォートさんより上かもしれない。

 私はそれを捌くだけで精一杯で、とても魔法を唱える集中力も、時間も足りない。だんだんと大きくなり完成に近づく魔法に比例し、私の中の焦りも強まる。なんとかしなくてはならない。しかし抵抗できる手段がなかった。

 魔法が巨大になり、ついに少女は頭上にかかげていた手を私に向けて下ろす。味方ともどもかと思うが、ニールさんは魔法が放たれたと同時に大きく後ろに下がり、あっという間に魔法の届くであろう範囲から逃げていく。

 強力な魔法が間近まで迫っている。私にできることと言えば、シールドを発動させることのみだった。手を前に出し、詠唱をせずシールドの名を叫び、発動。ありったけの魔力を込めて展開する。が、火の球が当たった瞬間、私の前に広がった白く輝くシールドは呆気無いほど簡単に砕け散った。

 爆風が広がり、熱と衝撃が私を襲う。シールドが着弾点になったからか、火の熱を直接受けることはなかったが、それでも想像を超える痛みが私の身体に走る。

 気づくと私は部屋の壁際辺りで倒れていた。幸い剣はしっかり握っているが、身体はあちこち痛い。のろのろと立つのがやっとだった。

 震える足で地面に立ち、私は剣を構える。使いの二人はそんな私をあざ笑うように、悠然と立っていた。もし、攻撃が当たるなら――そう思う。負け惜しみではない。はっきりと、確信があった。

 でも……もう無理そうだった。たった一撃で身体は悲鳴を上げており、戦うことも歩くこともできなそうだ。

 前を見る。少女が再度魔法を唱えており、既に通常の火の球より大きなものができていた。最期のときが近づいている。私は奥歯を噛み締め、悔しさに震えた。

 自分がもう少し利口だったら、他人のことを想いやれる人間なら――強い人間だったら。もしそうだったら、一人で死ぬこともなかったかもしれない。

 私は結局、棄てられたままなのだ。別れたあの日からちっとも成長していない。

 

「……」

 

 目を閉じる。恐怖からではなく、大切な人達へ最期の謝罪をするために。

 抵抗することを止め、自己満足で人生を終える。自分勝手な私にはお似合いだと思えた。

 ……が、しばらくしても火の球が飛んでくることはなかった。

 聞こえてきたのは遠くから近づいてきた騒がしい足音と、何か重いものが地面に落ちる音。そして、やけに気取った声だった。

 

「苦戦してるみたいですね、ミュラーさん」

 

 まさか。

 信じられない思いで目を開くと、部屋の入口に見慣れた人物が立っている。

 

「一人で行くからですよ」

 

 冗談っぽい口調でそう口にするのは、息を切らせたルーフル。私の姉だった。

 

「お姉さま……」

 

 私は、あまりに予想外だったためただ呆然と彼女のことを呼ぶ。お姉さまはそれに笑って頷き、私の前に立った。

 彼女の前、魔法を唱えていた少女の使いは頭を押さえてこちらの様子を見ている。その足元には鉄製の鞘があった。あれを投げて詠唱を止めたようだ。

 

「すみません。私、不安に――いえ、嫉妬してました」

 

 彼女は剣を構え、独り言のように言う。

 

「記憶を失う前の私は強くて、みんなから慕われていて。私は勇者の務めを果たそうとしていましたが……彼女に嫉妬していたのは確かです。勇者として生きようと決意したときに、私よりはるかに立派な彼女が、高みにいるんですから。その賞賛が私に飛んでくるんですから」

 

 深呼吸。彼女は大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。

 

「……でも、分かりました。私は彼女になることはできない。なりきろうとしても無理なんです」

 

 だから、とお姉さまは言って、私のことを肩越しに見る。

 覚悟を込めた目。駄目だと弱々しく言っていた彼女は、もうどこにも感じられない。一人の勇者がそこにはいた。

 

「――だから私は、彼女を超えます。無謀だと思いますが、やってみせます。誰よりも立派な勇者に絶対なります。みんなを導いてみせます。そう決めました」

 

 お姉さまは再び前を見据え、言った。

 

「だから私についてきてください。力を貸してください。勇者の後ろにだって、隣にだって、前にだって――ミュラーさんを導いてみせますから」

 

 あまりに現実味のない言葉。歴代最強とも言われた勇者を超えるという馬鹿げた宣言。

 聞けば大抵の人間が鼻で笑うであろう夢に、私は――ついていきたいと思った。

 

「……分かった。一緒に行こう、お姉さま」

 

 自然と、身体が動く。彼女に突き動かされるように、私はお姉さまの隣に立ち、剣を構えた。彼女とならば戦える。あの敵に勝てる。心からそう思えた。勝ちたいと願えた。無理でも、無謀でも。

 

「え……!?」

 

 その時、信じられないことが起こった。私の持っていた剣が、光を放ちはじめたのだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 立つのもやっとだという様子で、満身創痍だったミュラーさん。そんな彼女の持つ剣から放たれた光。それは柔らかく、直視をしても決して眩しいとは思わない不思議な暖かさを持ち、辺りを優しく照らします。何か魔法のようなものかと思いましたが、そうではないようです。ミュラーさんの表情を見れば、戸惑っているのだと知れました。

 彼女の知らない力ならば、この光は一体何なのでしょうか。正体は窺い知れません。けれど害はないと私の直感が告げます。何故でしょうか。この光をどこかで見たような気がするのです。

 

「これは……。お姉さま、いこう」

 

 少しの間光を見つめていたミュラーさんは、私と同じ結論に至ったのでしょう。光を放つ剣を構え、私へ言いました。その表情には迷いがありません。

 私は彼女と視線を合わせて頷き、地面を蹴りました。疲れを感じはじめた身体に鞭を打ち、全力疾走。二人の使いへと接近していきます。

 すると槍を持った少女――ニールさんらしき少女が前に出てきます。その後ろでは小さな女の子、おそらくリーダーさんでしょう。彼女がニールさんに守られるようにして、背後で何かを唱えていました。魔法かもしれません。

 

「まずは奥の女の子を狙おう!」

 

 後ろをついてくるミュラーさんから指示が飛びます。その指示は百も承知でした。私が乱入する前は物凄い魔法を今にも発動させそうでしたし、放っておけばどうなるかは目に見えています。後ろからでも分かるように大きく首を縦に振って、私は考えます。

 リーダーさんを倒すには、ニールさんを突破する必要がありました。彼女の武器は槍。それをどうやって防ぎ、リーダーさんへ肉薄するのか。

 詠唱を止めるためには、攻撃の当たる私が行くしかありません。ここはミュラーさんに任せてすり抜けましょう。

 私は決め、ニールさんが突き出した槍を剣使いと同じ要領で弾きます。直前に口元へ力が入ったので、攻撃の前兆は簡単に見破れました。速さも剣使いには及びません。防げないわけがありませんでした。

 上に刃先を跳ねさせ、私は槍の下をくぐってリーダーさんへ接近を試みます。リーダーさんは既に詠唱をほどほどに終えているのか、周囲に氷柱のようなものをいくつも浮かせていました。見るからに鋭利で、物騒です。

 あれが飛んできたら間違いなく身体に風穴が空きます。触れてもいないのに私は寒気を感じ、身体を小さく震わせました。

 あと一歩。それでリーダーさんが間合いに入ります。相手の姿に少し情けをかけたくなりますが、容赦なく首を狙うことにします。私は剣を振りかぶり――止まりました。

 

「えっ!?」

 

 驚愕します。振ろうとしていた手はピタリと止まり、踏み込もうと力を込めた足すらも地面に張り付いたまま動きません。これは止まったというより、止められた? 辛うじて動く頭の向きを変え、周囲に視線を巡らせます。詠唱をするリーダーさん、ニールさんを足止めしよと彼女の槍を握っているミュラーさん。

 そして――武器を止められているという状況であっても、私を見ているニールさん。間違いなく彼女が何らかの力を使っていました。

 今まで戦ってきた魔の使いは何かしらの力を持っていました。ニールさんもまたそれと同じならば、とても危機的状況です。

 

「お姉さま!?」

 

 ミュラーさんが驚いた声を出します。魔法を唱えるリーダーさんの前で、隙だらけに棒立ちする私。なにかあったことは一目瞭然でしょう。彼女はリーダーさん、ニールさんを交互に見て、硬直の原因をなんとなく察したようでした。鋭い目でニールさんを睨みます。が、彼女に止める術はありません。せめて、攻撃が当たれば。ミュラーさんも同じことを考えたようで、悔しそうな顔をします。

 間もなくリーダーさんが口を閉じます。詠唱が終わったみたいでした。このままでは身体に風穴が空くのを待つのみ。なんとかこの場をやり過ごす手段を探しますが、私が動けなければできることは皆無でした。

 と、その時。ミュラーさんが己の輝く剣へ視線を落としました。静かに包みこむような光を放つそれを見て、彼女は一人決心したように頷いて、槍から手を離します。

 そして大剣を両手で持ち、目の前のニールさんへ思い切り振り下ろしました。

 命中しない筈の攻撃でした。私には彼女が自棄になったとしか見えません。しかし……当たります。ミュラーさんの放った攻撃はニールさんの身体を深く切りつけ、黒い煙を噴出させました。

 深い傷を負い、膝をつくニールさん。やはり彼女がなんらかの力を働かせていたらしく、そのすぐ後に私の身体に自由が戻りました。

 

「よしっ……!」

 

 即座に私は魔法を回避すべく動き出そうとします。リーダーさんが掲げていた手を下ろすタイミングより早めにスライディングし、彼女の横、足元を通り過ぎました。私のすぐ後ろでガラスが割れるような音を立て、一斉に殺到する氷柱。そのどれもが誰もいない場所へ着弾し崩れ去りました。

 間一髪です。氷柱を回避し、辛くもリーダーさんの背後をとった私は、全力を込めて全力で剣を振るいます。

 

「たああっ!」

 

 雄叫びを上げ、放った会心の一撃。リーダーさんの身体を剣が切り裂き、大量の黒い煙を出しながら彼女はうつ伏せに倒れました。そのまま動かなくなるリーダーさん。彼女が闇に包まれ、無事な姿を見せるのを確認。倒せたようです。私はミュラーさんの方へ振り向きます。

 

「お姉さま、やったね!」

 

 ミュラーさんがはしゃいだ声を出しました。笑顔を浮かべる彼女の足元には、無傷のニールさんが横たわっています。黒いオーラは窺えず、既に呪いから開放されているようでした。

 

「はい、やりましたね」

 

 笑顔を返し、剣を納めます。

 これでリーアさんを助けることができます。周囲に敵は見えませんし、とりあえずは安心です。

 ここまできてまだ引っかかることもありますが、今は喜ぶとしましょう。私はミュラーさんに近づき、ハイタッチを交わしました。

 

 

 

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