少女は異世界で勇者となる   作:珊瑚

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 それからトントン拍子で事態は改善へと進んでいきました。私が恐れていたことは結局最後まで起きず、それが最初から勘違いか幻かと思えるほど、ゆるやかに平和に進行します。

 あれからすぐ目を覚ました二人の少女と私達は、洞窟を速やかに出ました。鉛のように感じられる身体を動かして地底から脱出。眩しい日差しと共に私達を出迎えたのは、マイラさんと冒険者の男性二人を乗せた馬車でした。私達は彼らと再会を果たし、喜びをわかち合うのもほどほどに、急いで村に直行。そのおかげか、リーアさんの治療は余裕で間に合いました。

 もう大丈夫だと、姉譲りの男勝りな口調でニールさんが言ったのを最後に、私とミュラーさんはグッスリ。

 そして、目覚めるのはその翌日となります。

 

 

 

 ○

 

 

 

 すっきりとした目覚めでした。

 機械の電源がオンになったように私はスッと目を開き、クリアに澄んだ思考でこれまでのことを回想します。最後まで思い出した結論としては、見事ニールさんらを救出し、リーアさんの治療も済んだ――というハッピーエンドでした。それこそ、夢のような。

 

「――いや、夢オチはないですよね」

 

 エピローグ後の読者みたいな気持ちになっていた私は、ふと最悪な展開を想定します。

 そんなバッドな続編フラグはやめていただきたい。

 突然不安になってしまい、慌てて身体を起こします。

 私が眠っていたのは見知らぬ場所でした。ドアの横には私達の荷物や装備が置いてあり、ベッドは大きなものが一つ。それ以外だと小さなテーブルのみしか置いていない若干窮屈な部屋です。

 ちょうど窓際にいた私は、そこから外をチェック。大体の位置を把握します。

 ここはあの宿屋……ですかね。おそらく間違ってないと思います。

 

「これだけだと分かりません……」

 

 村長の家でやさぐれた後ここで眠った、とかありそうでまだ安心できません。

 

「あ、お姉さま……」

 

 何か証拠を、と推理小説ばりに真面目に考えはじめた私の耳に、寝ぼけたような声が入ります。隣を見てみれば、そこには眠そうに目を擦るミュラーさんが。防具類をつけていない彼女はそれはもう可憐で、いつもより美少女分も増量な感じです。むにゃむにゃと寝言のように小さく言葉にもなっていない声をもらし、ミュラーさんはゆっくりと身体を起こしました。

 そして欠伸をもらしつつ身体を伸ばします。あぁ、胸が――胸に目が行ってしまいます。

 

「あれ? なんでここに?」

 

 実の妹の胸を凝視する私の前で、彼女はぽかんとした顔で首を捻りました。彼女もまたどうしてこうなったのかを把握できていないようです。ちょっと安心。

 

「さぁ? どうしてでしょうか。村長さんの家で眠ったのは覚えているんですが」

 

「そうだよね。……とりあえず外に行こっか?」

 

 それしかなさそうですね。ベッドから降ります。すっかりぼさぼさになった頭を撫で付けながら、私はドア横にあったマント、剣を見やります。装備……はしなくても大丈夫ですよね。服を整えつつ考えます。村の中ですし、武装は要らないでしょう。

 

「では行きましょうか」

 

「うんっ、お姉さま」

 

 準備を終えて声をかけると、彼女は元気よく頷いてこちらへ駆け寄ってきます。その笑顔は言うまでもなくキュートで、今は大剣とか物騒な要素もないため単純にかわいいと思えます。シスコンになる人の気持がよく分かりますね。

 私は微笑んで、部屋から出ました。

 ミュラーさんの態度で夢かどうかは簡単に分かるのですが……まぁ、馬鹿なので気づきませんでした。

 

 

 

 ○

 

 

 

 下に降りると早速声をかけられました。

 

「あらまぁ、こんな時間まで……よく眠ってたわねぇ」

 

 おばちゃんです。

 私達が階段から降りると、まるでタイミングを図ったかのように彼女は食堂の方から出てきます。

 

「あ、おはようございます。あの節はどうも」

 

「いいのよ、あれくらい気にしないで」

 

 会釈をしていたミュラーさんが、私達の意味深な会話に怪訝そうな顔をします。

 彼女には助けてもらった恩があるのです。マイラさんの情報もそうですが、食い逃げになりそうなところを助けてくれたのも彼女でした。

 私の身が清らかなのも彼女のおかげというわけで、彼女には感謝してもしきれません。

 

「ところで、あれ一人で食べたんですか?」

 

「うん、あれくらい問題ないわ」

 

 流石おばちゃんです。二人分の料理を、あれくらいですか。日本ではその胃袋の後にタッパーやラップが控えているのだからおそろしいものです。

 

「お。ようやく起きたか」

 

 宿屋のドアが開き、ベルが鳴りました。入ってきたのは赤髪の少女――ニールさんです。ぶすっと不機嫌そうな顔をしていた彼女は、私達を見つけると一変して明るく笑います。

 良かった。彼女がいるということは夢ではありませんね。

 魔の使いになっていた影響を感じさせない元気な姿に、私はホッとしました。

 

「ん? どした?」

 

「あなたが無事で良かったと思いまして」

 

「……気持ち悪いやつだな」

 

 とか言いつつ、恥ずかしいのか顔を赤らめるニールさん。言葉遣いは少し乱暴ですが、可愛らしい子です。素直でないところもまた愛嬌と感じられました。

 愛玩動物を愛でるような気持ちでニールさんを見ていると、私の腕が掴まれます。

 誰かと思えば、ミュラーさんです。ムッとしたように頬を膨らませる彼女は、私を自分の方へと寄せるように腕と腕を組みました。

 

「リーアさんはどこにいるのかな?」

 

「ああ、あの人ならまだ村長の家にいる。怪我が治ったから、村を出るって意気込んでたぞ」

 

「え? もうですか?」

 

 あんな重症だったのに。魔法ですかね、やっぱり。

 

「会いに行ってやれ。二人の心配をしてたからな」

 

「……ええ。勿論です」

 

 私は頷きます。彼女に迷惑がかからないなら、言われなくとも行くつもりでした。

 

「じゃあ私達はこれで。またっ」

 

 早口に言い、私を引っ張ろうとするミュラーさん。私は苦笑を浮かべ、ニールさんとおばちゃんへ手を振ります。

 二人はそんな私達を微笑ましそうに見ていました。

 

「ところで、ここでなにしてんだ? 母ちゃん」

 

「ただのお話よ」

 

 親子だったんですか……。

 去り際に聞こえた会話で意外な事実が判明します。

 あれ? でも話をしてくれた時は他人事みたいに話してましたが……。まさか、わざわざ私達に情報を与えに?

 ――おばちゃんはやっぱり恐ろしいです。これが年の功というやつでしょうか。

 

 

 

 ○

 

 

 

「あら、二人共。元気そうね。安心したわ」

 

 ケロリとした様子でリーアさんは言います。

 村長の家。その一室。少しの不安を感じつつドアを開き中へ入っていけば、彼女はテーブルに並ぶ料理を前に呑気に食事をとっておりました。それはもう元気なご様子で。

 普通こっちが言う台詞ですよね、それ。微笑む彼女に、遅ればせながら心の中でつっこんでおきます。

 

「リーアさん! 良かった……もう大丈夫なの?」

 

 私と同じくぽかんとしていたミュラーさんでしたが、すぐに彼女の無事を喜び駆け寄っていきます。目には涙を浮かべており、本気で心配していたのだろうと分かりました。

 

「完全回復よ。ほら」

 

 頷いて、椅子から降りるミュラーさん。

 彼女はダボダボなサイズのシャツを、腰にリボンを巻いてワンピースのように着ていました。おそらくマイラさんかニールさんに借りたであろう服。彼女はその胸元を軽く捲り、私達に傷の有無を確認させます。そこに傷らしきものはなく、言っていた通り完全回復を果たしているようでした。

 

「本当だ。綺麗に治ってよかったね」

 

「絶壁ですね……」

 

「どこ見ながら言ってるのよ」

 

 ぺしんと軽く頭が叩かれました。

 

「あはは、冗談です。治ったようで安心しました」

 

「まったく……」

 

 ミュラーさんがため息を吐きます。けれど呆れた様子はなく、口元には微笑を浮かべていました。

 

「そっちも順調そうで良かったわ」

 

「こっちですか? ――ああ、はい。元気ですよ、私達も」

 

「そうじゃなくて、姉妹の仲よ」

 

 リーアさんが首を横に振り、私とミュラーさんを交互に見て言います。

 

「ああ、そっちでしたか」

 

 リーアさんに言われ、私は隣に立つミュラーさんを見ました。すると同じタイミングでミュラーさんもこちらを見やり、目が合いました。彼女はそれから赤面しすぐ目を離してしまうのですが……洞窟での一件のおかげでしょうか。彼女は以前より私の近くに立っており、雰囲気もいくらか柔らかくなったような気がします。

 

「ふふ、当然ですよ。キュートな美少女である私が本気を出せばそれくらい――」

 

「で、仲直りするときは何て言ったの?」

 

 流されました。にやにやと笑いながらリーアさんは私達へ尋ねます。付き合い初めた恋人をからかう友人のようなノリに、私はため息を吐きました。

 

「なんにも言ってませんよ。元から仲良しですっ」

 

 なんでそんなことを言わねばならんのですか。割と恥ずかしいんですよ、あの台詞。

 

「……立派な勇者になるから力を貸してって言ったんだ」

 

 顔が熱くなるのを感じ、目を逸らしていると、ミュラーさんが口を開きました。もじもじとしながら恥ずかしそうに、しかしどこか幸せそうに語る彼女の姿は、プロポーズのエピソードを喋る花嫁を彷彿とさせます。

 

「そしたら、私を導いてみせるって。私、とっても嬉しくて……」

 

「へぇ、そんなこと言ったのね」

 

 もう見てられませんでした。私は羞恥から顔を手で覆い、俯きます。穴があったら入りたい……底なしでもいいから。この場から今すぐ離脱したいです。

 

「よかったじゃない、仲良くなれて」

 

 ウンウンと頷いている姿が目に浮かぶ、リーアさんの声。

 

「うん。お姉さまのことは……まだ踏ん切りがついたか分からないけど、でもお姉さまと頑張ろうとは思えたから……だから」

 

 顔を覆っていた手が握られます。おそるおそる顔を上げてみれば、私の手を握ったミュラーさんが微笑んでいました。彼女は明るい表情で言います。

 

「私のことを導いてね。絶対について行くから」

 

 ――今度こそ。

 そう最後に小さく呟いて、ミュラーさんは握った手に力を込めました。

 勇者に棄てられたと嘆いても尚、追いつこうと努力を続けてきたミュラーさん。彼女はまだ記憶喪失だと思っているかもしれませんが、かつてのルーフルは死にました。一生記憶が戻ることはありません。

 私はミュラーさんを今も騙している。嘘をついている。

 でも、力になりたいのは本当です。ルーフルを超えるという覚悟も偽りありません。

 私は目を閉じ――開きます。

 

「はい。任せてください」

 

 迷いは既に捨てています。力強く、私は宣言します。

 

「私があなたを導いてみせます」

 

 たとえ私が『彼女』の座を横取りしただけの少女だとしても、私は自分自身で決めたのです。

 誰にも負けない立派な勇者になる、と。

 

 

 

 ○

 

 

 

 食事をとってから、私達は馬車で出発することになりました。

 忙しないことこの上ありませんが、私は一文無しの借金持ち。てきぱき働かねばならない立場なのです。……と、リーアさんに叱られました。私は何日か滞在しようとしたんですけどね。彼女は真面目です。

 

「本当にありがとう。君たちのお陰で助かったよ」

 

 馬車に荷物を乗せ、出発の準備も終えた頃。

 マイラさんが頭を下げて言いました。馬車の横にいる、ニールさん、村長さん、おばちゃん……彼らを代表するように前へ出た彼女は、清々しい表情を浮かべています。どなたも幸せそうで、もう問題はないように思えました。

 彼らの力になれたなら嬉しい限りです。私は微笑みます。

 

「いえ。仕事ですから。皆さん無事でよかったです」

 

「ほら、お前からも」

 

「……ん。ありがとう。これからは無理しないようにする。気をつけてな」

 

 マイラさんに背中を押され、ニールさんが彼女の隣に来ます。彼女は早口にお礼を言って、そそくさとマイラさんの後ろに隠れてしまいました。本当、可愛い方です。

 

「こっちこそ色々ありがとう。おかげ様で助かったわ」

 

「また今度は遊びに来るね」

 

 と、リーアさん、ミュラーさん。彼女らは笑顔でお別れの言葉を口にし、御者さんに促され馬車へと乗り込んでいきました。私も乗り込もうとしますが、その直前で、ふと思い出したことを尋ねることにしました。

 

「あの。もう村にいなくなっている人はいませんよね?」

 

 他の人には聞こえないように耳打ち。洞窟で気になったことの一つを問います。

 

「……ん? いないが、なにかあったのか?」

 

「いえ、お仕事上の一応の確認です」

 

 いないならば問題ありません。私は微笑んで彼女から離れました。

 

「では、また会いましょう。今度はもっと立派になってここに来ますね」

 

 車の入り口に足をかけ、手を振ります。笑顔で見送られ私は爽やかな気分で馬車に乗り込みました。

 私が乗って間もなく、馬車が走り出します。窓の外に見えていた村人さんたち、風車の村がだんだんと遠ざかっていき、小さくなっていきます。

 一日かければまたすぐ来れるという思いがあるからか、それほど寂しくはありませんでした。マイラさんやニールさんにはまた会いたいですし、多分またその内行くことになるでしょう。

 窓から視線を外し、私はクスッと笑いました。

 一日の移動をすぐとか言っちゃうあたり着実に染まってるといいますか……うふふ。日本では半日でも文句をブーブー言ってたのが懐かしいです。一日なんて海外にも行けますからね。

 

「……さっきは何を聞いてたの?」

 

 行きと同じく、前の座席に座っているリーアさんから声がかかりました。遠い目をして地球に想いを馳せていた私は、彼女へ視線を向けます。

 

「少し気になったことがありまして。私達が罠をかけたとき、人形を叩いた使いがいるじゃないですか」

 

「ええ、いたわね。それがどうしたのよ?」

 

「あれ、どうもリーダーさんともニールさんとも違うように思えたんですよね」

 

 あっさり私が言うと、車内の空気が凍りつきました。

 まぁ……ですよね。私も気づいたときは怖い話のオチを聞いたときみたいに寒気がしましたし、村に帰るまでおっかなびっくりでした。

 

「それは……そう言われてみればそうね」

 

「そ、そうなのっ!? 危なくない!?」

 

「いえ、でも近くに村はないそうですし、村の住人も全員いるらしいので、大丈夫かと」

 

『……』

 

 いたたまれない空気が車内に漂います。これで『月の都に帰って数日後……風車の村は何者かによって壊滅状態になりました』とかになったら、冗談になりませんね。

 

「ま、まぁ……大丈夫よ。帰ったらギルドでそのことも報告しておきましょう」

 

「そ、そうだね。それなら対応もできるし……」

 

 二人の会話を聞きながら、私は考えます。

 背丈が低く、身体が細い……あの使いの姿はそれ以外暗くてよく見えませんでしたが、コートや帽子は身に付けていなかったと思います。

 ならば必然的に、冒険者、ニールさんではない誰かになります。

 そうなると――どうにも誘き出された気がしてなりません。

 私達より前に来た冒険者さん達が、罠を仕掛けていた理由も気になりますし。

 

「……気のせい、だといいんですけど」

 

 これが後々のフラグに……ならないことを祈るばかりです。

 

 

 

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