クソゲーは一説によれば、星の数ほど存在するらしい。そのクソゲーをクソたら占める要因は、シナリオであったりゲーム性であったり、販売元の内ゲバによってそもそも未完成品を世の中に出したやがったせいであったりと、実に様々だ。昨日、陽務楽郎が手にしたクソゲーは、そのいずれにも該当しない曰く付きのホラーゲームであった。
「つっても、単にシナリオがうっすいだけのホラーゲーだったけどな」
そもそも、ホラーといえるレベルのものではなかった。そのゲームの名前は、一〇八(偽)という。世界中の怪奇現象を体験できる!という触れ込みのくせに、108個しかシナリオがない時点で大体お察しだろう。しかも、体験するという触れ込みのくせに、謎のNPCが永遠と怪談話を読み上げるだけであったり、なぜか日本の怪談話が圧倒的に多かったり、海外の怪談になるとNPCが片言の日本語を使うジェニファーになるというわけのわからなさが極まっていた。噂では、開発中に怪奇現象が何度も起こって、プログラマーたちが逃げ出したからこそのクオリティという話なのだが、当時まだ高価だったVR対応のゲームをフルプライスで買った連中の怒りは、相当なものだったと思う。
「これ、どっちかというと虚無の部類のクソゲーだよな」
好きじゃない系統のクソゲーだったなと思いながら、楽郎はヘッドギアを頭から取り外した。予想よりも、虚無が極まっていたので、まだ日をまたいでない。
「たまには、早く寝るか」
一人そう呟いて楽郎は、ベッドに横になった。意外と疲れていたのか、すぐに眠りの世界へと誘われる。
だから、気づかなかった。
ぞろりと、黒い靄のようなものが部屋に立ち上り、それが楽郎の顔を覗き込んで入り込まれたということに。
◇
朝はすぐにやってきた。久々に長い睡眠時間を確保できたなと思いながら、伸びをする。
「あれ?心なしか、体が重いような」
まるで、何かが背中に乗っているようなそんな重さだ。念のために、背中を確認するがもちろん何も乗っていない。気のせいだと思い込むことにした。
「ほら、お兄ちゃん朝だよ、学校間に合わなくなっても知らないよ」
身支度をしていると、妹の瑠美がドアを勢いよく開けて勝手に部屋に入ってきた。兄妹の間に、プライバシーなんてものは、存在しない。わかってはいるが、一応兄として、苦言は呈しておこうと思う。
「お前な、一応ノックくらいしろよ」
「んー、お兄ちゃんがカノジョさんを部屋に連れ込んだときは、ちゃんとするよ?」
「それ、普段は絶対にノックしないって言ってるようなもんなんだよなぁ」
「あれ、お兄ちゃん今日体調悪い?」
妹は、楽郎の顔をまじまじと見てそんなことを言った。
「は?ちょっと体が重いだけで、絶好調だぞ」
「そうならいいんだけどね。なんか顔色が悪いよ」
「まじで?」
「うん、先週友達と見たゾンビ映画に紛れ込めそう」
それ死人じゃん。
「カフェインが切れてんのかな……」
「前から思ってたけど、完全に中毒者の発言だよね」
「カフェインは、合法だから問題はない」
結局、朝食の席で母親にもおんなじことを言われたので、日ごろは封印しているライオット・ブラッドを摂取して学校に向かうことにした。
◇
「おおぅ……」
体が、本気で重かった。例えるなら、プロレスラー10人から前に進めないように引っ張られている感じだろうか。もちろん、実際にそんな状態を経験したことはないけど。
「く、こんなに、学校まで遠かったか?」
日ごろの倍くらい汗をかいている気がする。脂汗も混じっていそうだ。
「お、おはようございます」
「ああ、玲さんお、はよう」
気づけば、同級生の斎賀玲といつも合流するところまで来ていたらしい。
「あ、あの、楽郎君?」
「どうかした?」
これは、またもや体調が悪いのかを聞かれそうだなと思った。前もって、答えを用意しておくかと考えたのだが、
「憑かれてるように見えるのですが、大丈夫ですか?」
「あ、わかる?なんか、朝起きてからすっごく体が重くて、ここに来るまでに疲れちゃってさ」
「心当たりはありますか?」
「んー、昨日ゲームをしたけど、それでだと思う。けど、大丈夫だよ、そろそろカフェインが効いてくると思うし」
「カ、カフェイン……それで、どうにかなるとは思えないけど、いやでも」
何やら、玲はぶつぶつとつぶやいている。そして、しばらくして意を決したように顔を上げた。
「あ、あの、私も、その、憑かれがとれるお手伝いをしてもいいでしゅhちあ;か?」
「なんて?」
後半が、うまく聞き取れなかった。噛んでしまったらしい。とりあえず、楽郎の疲れを取る手伝いをしたいと言ったのかなと、あたりをつける。
疲れをとる手伝いって何をするんだろうか。荷物を代わりに持ってくれるとかだろうか。そうならば、玲にそんなことをさせるわけにはいかないので、
「いや、大丈夫だよ」
「そうですか……」
断ったのだが、かなりしゅんとした表情を見せられてしまった。罪悪感が沸いてきたので、やっぱり頼む方がいいかと思い直す。そろそろ、体の重さがごまかせない域に達しつつあるというのもある。
「あー、なら、ちょっとだけお願いしようかな」
「そうですか」
玲はぱああっと、太陽が差し込んだような表情をした。楽郎は、その顔を割とよく見ているので特に何の感慨も抱かなかったい。
何をお願いしようかと、楽郎が動きが鈍くなりつつある頭で考えていると、玲はなにやら彼女のスクールバックをガサゴソとして、何やら漢字が書かれた紙を取り出した。そして、それをひとつを彼女自身のこぶしに巻き付けて、もう一枚を楽郎の頭にぽんと張り付けた。
「それでは、いきます」
「え、玲さんいったい何を」
するつもりなのかという質問は、最後まで言い切れなかった。変化はすぐに訪れる。楽郎の額に張られた紙から、ぼとりぼとりと、黒い何かが地面にシミを作っていく。そして、それは質量を伴って積みあがっていき、やがて楽郎と同じ大きさになった。
「え?」
一体何が起きているのだろうか。これは現実ではないと信じたいのだが、つねった頬がひどく痛む。
「楽郎君、すぐに終わります」
「玲さん?」
「斎賀流には、こういった化生を相手取る型があるんです」
そういった彼女が、一歩踏み出し無造作に手を黒い何かに突っ込んだ。一瞬で、その黒い何かは形を保てなくなり、ぐずぐずと崩れ落ちていく。
現実感のない現象を目にした楽郎が思ったのは、
「良家出身って、すげーーーーー!!!」
ということだけだった。無論大混乱をしていたのだ。