良家出身の0さん   作:wanaza

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第2話

 コツコツと足音が響き渡る。女は一人夜道を歩いていた。

 

「急がないと」

 

 今日は、推しがテレビ初出演の記念日なのだ。無論録画はバッチリしているし、後々サブスクでの配信もあるのだが、リアタイ視聴するのはファンのたしなみだ。運悪く残業が入ってしまいこんな時間になってしまった。あのクソ上司と心の中で呟きつつ、ひたすら足を動かす。

 十字路に差し掛かった。ここまで来れば自宅まであと数分だ。推しにもうすぐ会える。

 ほっとしたからなのか、お腹が音を立てて鳴った。

 

「あら?さっきドーナッツ食べたところなのに」

 

 少しの違和感。けれど、さほど気に止めずに足を動かす。またもやお腹が鳴る。激しい空腹感に襲われる。苦しさすら覚える。

 

「な……ん……で」

 

 空腹だけではなかった。足に力が入らない。前に進もうとするのに、身体が言うことを聞かない。もう、推しの出演に間に合うかではない。ただ、この場所を離れたいのに、それができない。

その時、目の前に異形のナニかが現れた。子供くらいの大きさで、頭に角が生えている。明らかに異形の存在だ。

 

「ひっ」

 

 それが近づいてくる。逃げたしたいのに、足は動かない。いよいよそれが女の身体に触れた。

ブッツリと、女の意識はそこで途切れた。

 

 

 夕方にも関わらず、クマゼミの大合唱は終わりの気配がない。

 夏だ。昔の人なら、このセミの鳴き声すら風流な歌にしてしまうのだろうが、現代っ子たる陽務楽郎はそんなことをするつもりもなく、ただただ煩わしい騒音にしか聞こえない。

 

「そういえば、母さんまた新しいセミを繁殖させていたなぁ」

 

今年は十八年ゼミの幼虫を貰ったのよ~、何て言ってたのは10年前だったが、今年はニイニイゼミらしい。

 

「にしても、暑すぎる……」

 

 この時期の夕方の暑さは格別だと思う。日中のように直接太陽光に焼かれるわけではないが、アスファルトが吸収した熱がむわりと足元から立ち昇ってくる。

 

「これ以上こんなところにいてられるか!俺は文明の利器に囲まれた家に帰らせてもらう!」

 

 気を紛らわせようと思って茶番を繰り広げたのだが、涼しくなるはずもなかった。

 

「……あほなこと言ってないで、早く帰ろう」

 

 歩調が速くなった。

 

 せこせこ歩いていると、十字路に差し掛かった。楽郎はひたすら無心でそこを突き進む。

 

「ん、なんか変なにおいするな」

 

 生ごみが、腐ったようなにおいが鼻につく。一度立ち止まって周囲を見渡せば、近くのマンションのごみ捨て場があるようだ。

 

「あー、この時期ならなあ」

 

 呟きつつ、再び前に進もうとした。だが、

 

「……は?」

 

 突然体が、いう事を聞かなくなる。以前のようにナニかに体を押さえつけられているのではなく、力が入らないような感覚だ。その理由を考える前に、ぐきゅるるるると腹が鳴った。

 

「えぇ、空腹で動けなくなったの?」

 

 そういえばこんなクソゲーがあったなと思い出したのだが、ここはリアルだ。流石に、空腹のバッドステータスで死ぬことはないと思うのだが、体が動かなくなっているのは事実だ。

 そこで、更に信じられないことが起きた。突然、ぞわりと地面から黒い影が形を持って湧き上がってくる。瞬く間に、そのナニかは、やせこけた人の子どものような顔になり、角を頭にはやした。昔やったホラーゲーで見たことがある餓鬼だ。

 

「kiiikikikikikikikikiki!」

「は、え?」

 

 餓鬼は嗤った。その声は、嫌悪感と恐怖心を同時に抱かせるものだった。

 

「kyokyokyokyokyokyo」

 

 ゆっくりとゆっくりと。餓鬼は、動けない楽郎に歩み寄って来る。これから、獲物をいたぶるのが楽しみで仕方がないという喜悦に満ちている。

 

「く……そ……が」

 

 楽郎の体の自由はほとんど奪われて。声も満足に出すことができない。

 

「kekekeke」

 

 万事休すだ。餓鬼は、いよいよ楽郎の目の前に立った。そして、にたりといやらしく嗤いがぶりと、

 

「楽郎君!」

 

噛みつかれなかった。ぐしゃりという音と同時に、同級生のゲーム友達の声がした。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ああ、うん」

 

 彼女は心配そうにこちらを、覗き込んでくるのだが、それ以上に周囲に飛び散っている柘榴(比喩表現)が気になって仕方がない。良家すげえや。とりあえず、

 

「玲さんを二度と怒らせないようにするね……」

「へ?」

「いや、何でもないよ。ありがとう、君は俺の救世主だ」

「きゅっ!」

 

 翌日、いつも通りたまたまであった彼女と通学路を歩いている。自然と話題は、楽郎が昨日であった異形の話になった。

 

「あれは何だったの?」

「その、多分楽郎君のお話からすると、ヒダル神だと思います」

 

 曰く、十字路にあらわれる妖怪であり、これに憑かれると空腹感を覚えて動けなくなり最後には死んでしまうらしい。

 

「結構危ないやつなんだ」

「いえ、対処法さえ知っていれば、問題ありません」

 

 なんでも、かつての旅人はお弁当を全部食べるのではなく、何品かおかずを残しておいたらしい。そして、ヒダルに憑かれたときはそれを食べて少し休むとどこかにヒダルは行ってしまうそうだ。

 

「へー、でもなんでそんな奴が急に?」

「おそらくなのですが、場所が悪かったのだと」

「場所?」

「はい。妖怪が生み出されるのには、それなりの根拠があるんです。例えば、ヒダル神は低血糖で引き起こされる現象を、昔の人が理由付けるために妖怪としました」

「え、妖怪って人間が生み出したんだ?」

「一概には言い切れないですが……」

 

 鶏が先か卵が先かみたいな話になるらしい。

 

「今回の場合は、あの場所がヒダル神が寄り付きやすかったんだと思います」

「へー」

「ですが、も、もう大丈夫です!」

 

 彼女は、むんっと胸を張って続けた。

 

「あそこの区画は、斎賀家の力で本日から工事中ですから」

「えぇ」

 

 昨日の出来事から、まだ半日とちょっとしかたってないのに、そんなあっさりと。

 良家怖えや。マジで怒らせたら、この町から自分の存在を消されるかもしれないなと、楽郎は身震いした。

 

「そういえば、昨日何であんなところにいたの?」

「んぴ!けけけけけけ決して、らららららららら楽郎君を、ちゅりうけてたわけではぁぁぁ、ありましぇんよ!?」

 

 そりゃそうだろう。あの、斎賀玲が自分の後をつけるなんてそんなわけ。

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