だから、何度もそう申しております。
あの日見たことについては、私は一切の嘘をついておりません。
そんなものは、この世に存在するはずがない?
ええ、私もそう思います。ですが、実際に奴らに私は出逢ってしまったのです。
あの、口にするのもおぞましい、ナニかに。
もう一度、説明してくれと?
先ほども説明したばかりではないですか。あの日は、私は彼-ええ、現在行方不明になっている私の友人です-と、星の観察に出ておりました。あの地域一帯は、天体観測スポットとして人気ですからね。
実際、私も彼もあそこに訪れたのは始めてでは、なかったです。
あの時もいつも通り、私と彼は連れだってあの草原へと向かいました。ただ、あいにくその日は満月で星の観察には不適な日と思っていたのですが、星がやけに眩しくて彼と不思議だなという話はしておりました。
どうして、その時点で引き返さなかったかですって?
だったら、考えてみてくださいよ。たかが-ええ、たかがです-星が少しいつもより見えやすいだけで、そんなことが起きると予想できるとでもお思いですか。それもまさかあんな……あああみられてるここにいるここにああああ
失礼、取り乱しました。お水頂けませんでしょうか。
ありがとうございます。どこまでお話しましたか?
そうでしたね、彼と草原に行ったところまででしたね。その後ですが、それから観測の準備を整えて星を見てからは、三十分ほどたった頃でした。
彼が、突然「ほしがふる」と言い出したのです。
ええ、別に不思議なことではありません。そういう表現をすることは、ありますからね。
ですが、その時の彼は尋常ならざる様子でした。何度も何度もなんどもなんども指差して同じことを繰り返していました。
それから間もなくでした。彼が突然「 蝸壼他縲√◎縺薙↓譏溘′縲ゅ>縺ゅ>縺ゅ?縺溘$繧難シ」奴らが。そこに。けたけたと。嗤って。光が。めで。みて。
……ここまでです。ええ、ここまでなんです。私が覚えているのは。そして、目覚めてからの事は、あなたの方がご存じでしょう?
何が起きたのかを、知りたいのは私の方です。…………いえ、知りたくないです。あれの正体を知ることは、すなわち何もかもが覆る。
ええ、あなたもほどほどにしておきなさい。これは、紛れもなく知ってはいけないことだ。
おや?
こんな時間に珍しい、来客のようですね。
◆
「ほら見てみろ楽郎、あれがなんか星だ」
「へーすごいきれいだー」
なんでこんなことに。
それが、陽務楽郎の今の気持ちだ。
冬である。高温多湿な日本においては、冬は星の観測に最適な季節らしい。そのため、親戚の星狂いから、「見にこい、コテージを貸してやる」という提案がされた。そして、どうしてか父と母がノリノリになったため、こんな山奥のキャンプ場に来るはめになったのだ。
一日目はそれなりに楽しかったものの、それほど星に興味を持っているわけではない楽郎は、さすがに星観察四日目ともなると飽きが来る。それは、となりの父も同じだと思うのだが。
「つーか、なんでこんな寒空の中……」
「はっはっはっ……楽郎、女性を怒らせるとこうなるんだ……」
「お、おう」
重みがすごい。両親は、今も普通に相思相愛だと息子の目から見て思うのだが、やはりそれでも色々とあったのだろう。
「まあ、でも楽郎まで付き合う必要はないぞ」
「うん、帰るわ」
慈悲はないのか、みたいな目ですがられる。
「あー、母さんにそろそろ許すように、とりなしとくよ」
「頼む……」
暗闇で、顔はあまり見えないのだが、哀愁が漂っていることだけはよく伝わった。
懐中電灯で、夜道を照らす。月明かりが、木々の隙間から差し込んでいるとはいえ、街の明かりに目がならされた楽郎にはやはり暗い。
「つーか、何この暗さ。デバフ?」
思わず文句がでてしまう。もちろん、これほどまでに、人工的な明かりがないからこそ、星狂いの親戚がわざわざ山を開墾してキャンプ場まで作ったのだろうが。
人間は暗闇に恐怖を感じる生き物のようで、楽郎もその例にもれないようだ。
「薄気味悪いというか……うおっ!」
ガサリと、音がした。思わず、そちらにライトを向ける。何もいない。
「なんだよ……って、祠か」
夕方ごろに通ったときは、気づかなかった小さな建築物。永い年月雨風に曝されているように見える一方で、しっかりと手入れされているという印象も抱く。
「それと、狛犬か……?」
それは、犬と言うには少し奇妙な造形をしていた。まず、足が多い。そして、目が全身の至るところにある。
雨風に長年曝されたことによって形が少し変わっている可能性もあるが。
一対の奇妙な門番に眉を潜めていると、ざわりざわりと音がする。
一人のものではない足音だ。
そして、物悲しいような楽しいような不安を煽るような、高揚させるような、笛と太鼓。
なんとなく見つかれば不味いような気がした楽郎は、とっさに祠のとなりの草むらに身を隠す。
足音が、笛と太鼓の奏でる音が、近づく。
(まぶし!)
彼らが祠の前にたつと、突然周囲が明るくなる。突然の強い光に目がなれてきた楽郎は、その光の正体が工事用の照明だと分かる。
(なんだこの格好)
全員が、同じ衣服を身に付けていた。その衣服には、腕を通すための袖以外に、腹部に二対の袖がついている。そして、服には目を模した柄がいくつもついている。頭には、烏帽子のようなものを被り、そこから吊るされている紙が顔を隠している。
ドン、とひとつ太鼓の音が鳴る。
大勢の人間がいるはずなのに、一切の静寂に包まれる。
(何が始まるんだ?)
恐怖心と少しの好奇心から、楽郎が目を凝らす。
何かを引きずる音がする。
不思議な音だけど、どうしてかそれが声だと分かる。
何かが、噛み砕かれる。
光が。そらから。
そのとき、
「正気でいたければ、あれを見ては、だめです」
おそらく手で、目を隠された。
突然の事で、楽郎は反応できなかった。だが、その女の声はやけに聞き馴染みがあるものだった。
「目をつぶって、耳を塞げますか?」
「は、はい」
「ならば、直ぐにそうしてください」
楽郎は、素直に従った。
幾ばくか、時間が経過した。楽郎は、肩を叩かれる。もう、大丈夫ということだろうか。
「目を開けても、良いですよ」
恐る恐る目を開く。先ほどまでの、眩しさはもうない。
そして、しっかりと楽郎を守ってくれた女性の顔を確認して、ひとつ訪ねた。
「えーと、お礼とか言いたいんだけど」
「いえ、大丈夫です」
「うん、やっぱり玲さんだよね」
「………………ふぇっ?」
彼女は、手にもっていた懐中電灯で楽郎の顔を照らした。
「ら、ら、ららくろうくん!?」
「あー、はい」
「わ、私、楽郎くんの、顔にてをふれてぇぇぇぇ!?????……………きゅぅ」
「うん、やっぱり玲さんだわ」
疑問は尽きないのだが、取りあえず気絶した彼女はおんぶした。
◆
「その昨夜はご迷惑を……」
「いやいや、こっちこそ助けて貰ったわけだし」
昨夜、午後に約束を取り付けた彼女が白装束で、短刀を携えてきたのでなんとかなだめてようやくまともな会話になったのは、待ち合わせ時間の三分後だった。(彼女は一時間前、楽郎は三十分前に集合場所の池の前にきたので)
「それで、なんでこんなところに」
「わ、私は、ここら一帯が元々、斎賀の土地でして。その名残で、こちらに別荘があるんです。楽郎くんは?」
さすが良家だ、などなど思いつつ、親戚が云々を説明した。
それは、まあ今日聞くべき核心ではない。
「結局昨日のあれは、なんだったの?」
「そうですね……あれは、多分」
彼女は目をつぶりゆらゆらと首を振る。そして、ゆっくりと目を見開いて、
「……いえ、知らない方が良い、かと」
「そっか」
どうしてか、彼女が驚いた顔をする。
「何かおかしい?」
「その、楽郎君は、それで良いんですか?」
「だって、玲さんの事を信頼してるし」
彼女が、言わない方がよいと考えたのなら、それが楽郎にとって最善なのだ。
「そう、ですか」
彼女は顔を一度伏せ、次には満面の笑みで、
「楽郎君。ありがとうございます」
「(やっぱり玲さんは笑顔の方が)可愛いね」
「かかやわなてひにひぃ!????」
「Ⅹ[″″″Ⅱ$『Ⅱ″:::】$″^】】″!]」
「ちょ、そっちは池だから!?玲さん!?」
その冬、星狂いな親戚の友人が、行方不明になったという風の噂を聞いた。