インフィニット・ストラトス~もしも彼が男性IS操縦者になったら~   作:カイナ

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世界最強VS日本武士

()ァッ!!!」

 

「あぐっ!?」

 

 柳韻の一喝と共に放たれる面打ち。まるで雷が響いたかのような轟音を生み出す面打ちを受けた箒はくぐもった悲鳴を上げてぐらりと揺れるが倒れるまではいかずになんとか踏みとどまる。

 そして二人は最初の位置に戻って一礼、箒の「ご指導、ありがとうございました!」と柳韻の「うむ、これからも精進しなさい」という先ほどの一夏と同じやり取りを行う。

 これで一夏と箒、二人の柳韻との立ち合いが終了。いつもなら次は柳韻との立ち合いを行っての自分が考える反省点、また他人(一夏の場合は箒、箒の場合は一夏)の立ち合いを見ての感想及び指摘といった意見を出し合う反省会が行われる予定だ。

 

「失礼します!」

 

 そこに女性の凛とした声が響き、入り口近くの少女達のざわつく声が聞こえてくる。それもそうだろう、一夏の姉であり、柳韻にとっても弟子である女性――織斑千冬が剣道着姿で入ってきたのだから。

 なお剣道場の入り口ではしっかり一礼している。

 

「千冬姉ぇ、どうしたんだ?」

 

「織斑先生だ」

 

 一夏の問いに千冬は答え、二人は目を合わせる。

 

(お前達だけずるいぞ、私にも先生と立ち合わせろ)

 

(はいはい……)

 

 心なしかむくれている様子が伺える千冬のアイコンタクトでの言葉に一夏も苦笑で応える。戻ってきた箒も苦笑しながら「どうぞ」とアイコンタクトで千冬に伝え、柳韻も察したのか頷いた。

 

「では、千冬……織斑先生、一手ご指南願えますかな?」

 

「……ええ、篠ノ之さん」

 

「「?」」

 

 どこか他人行儀な二人の語り口に一夏と箒が不思議に思うが、その時には既に二人は竹刀を構えて相対していた。

 

「寸止めで構いませんね?」

 

「ああ」

 

 防具無し、本来なら怪我しかねないが二人とも剣の達人、寸止めが可能であり、この状態でも問題なしと判断していた。

 そんな展開に一夏と箒もぎゅっと拳を握って見守り、後ろの女子生徒も世界最強と呼ばれる千冬の実力は当然分かっているし、先ほどまで防具無しで一夏と箒に一太刀浴びせる事すら許さなかった事実で柳韻の実力をある程度把握したのかごくりと固唾を飲んでその立ち合いを見守っていた。

 

「めぇんっ!」

 

 先に仕掛けたのは千冬。正眼からの基本に忠実かつ無駄のない鋭い面打ちを、しかし柳韻は苦も無く受け止める。千冬の膂力による力か僅かに押されるも、押し返して竹刀を振り上げる。

 

「めんっ!」

 

「っ!」

 

 振り上げた瞬間拍子もなく振り下ろす。鋭い一撃に千冬は押し返された勢いを利用するように後退して回避しつつ、手首を返して胴を狙って竹刀を横薙ぎ。

 一夏のものとは比べ物にならない速さの一撃だが柳韻はそれを面が外れると分かった瞬間に動きを変えたか、あるいは相手が胴を狙ってくるのが分かっていたかのように動かした竹刀で受け止める。

 

「っ!」

 

 だが千冬はさらに素早く手首を返して今度は袈裟懸けに振り下ろす。頸動脈、あるいは左肩を狙っているそれは剣道ではなく剣術の動き、思わず一夏が「げぇっ!?」と悲鳴を上げるも柳韻は動揺など一つも見せずに片手で握った竹刀でその剣を弾きつつもう片方の手で千冬の腕を取った。

 

「くっ!」

 

 投げられる、と直感した千冬が自分からその投げに合わせて飛び、片手を竹刀から離して床に手をついて受け身。体勢を崩すことなく立ち直して竹刀を構え直した。

 

「……あっ」

 

 だが距離を取って我に返ったように声を出す千冬。防具無しだがこれはあくまで剣道、咄嗟にとはいえ完全にそれから離れた剣術の技を使ってしまった事に気まずそうに目を泳がせる千冬に、柳韻がフッと笑った。

 

「お見事です、織斑先生」

 

「へ?」

 

「せっかく多くの生徒が見ており、私達は剣術に造詣が深い身。ならば生徒達に実戦的な剣術を見せてあげようという思い、私も応えてあげたいと思っていたところです」

 

「え、あ、ああ。そうだな。せっかくだからな、皆もしっかり見ておくように!」

 

 あからさまに千冬が咄嗟に剣術を使った事を誤魔化している。だが大半の生徒は先ほどの攻防に見入っていて気づいていない様子であり、一夏と箒も(姉弟子)の粗相をわざわざ指摘すまいと沈黙を守った。

 

「今のって……」

 

「どうしたの、可奈美ちゃん?」

 

「あ、いや、別になんでもないよ」

 

 ただ、先ほどの攻防を見学していた女子生徒の一人が何かに気づいたようにざわついていた事に彼らは気づいていなかった。

 その間に柳韻と千冬は最初の位置に戻り、竹刀を構え直している。

 

「はぁ!」

 

 再び千冬が斬りかかる。ただし真っ直ぐに振り下ろす面打ちではなく袈裟懸けへの斬り下ろし、それを柳韻は己の竹刀で防ぎつつ受け流し、素早く竹刀を返すとがら空きになった面を狙って振り上げた。

 

「く!」

 

「む!」

 

 しかし竹刀が振り下ろされるより早く千冬が竹刀を斬り上げて牽制。僅かに柳韻の動きを止めた隙に素早く体勢を立て直して相手の攻撃を止める。

 

「はぁっ!!」

 

 そして再び千冬が突進。素早く、かつ鋭く重い一撃を柳韻が受け止める。それを皮切りに二人の壮絶な打ち合いが開始された。

 互いに袈裟懸けを狙うような振り下ろしが幾度とぶつかり合い、剣道ではまさにあり得ない脛を狙った薙ぎ払いをジャンプでかわせば、さらに着地地点を狙ってきたような追い討ちを竹刀を踏んで止めようとするからそれを察した攻め側が竹刀を引いて追い討ちを諦め、相手が竹刀を踏んで動きを止めたところを狙うつもりだったらしい面打ちを素早く引いた竹刀で防ぎ防御。

 そして着地の勢いで身を沈めた相手に好機と見て攻撃を仕掛けようとするが、相手は起き上がる勢いを利用するかのような鋭い突きを見舞おうとするからその突きを竹刀で受け流し、その間に突き側は体勢を立て直す。

 一発貰えば終わりといわんばかりの真剣勝負にいつしか全員見入っていた。

 

「シャアッ!」

 

「ぬんっ!」

 

 千冬が咆哮し、竹刀を振り下ろす。しかしその一撃を柳韻は真っ向から防ぎ、互いの竹刀がまるで磁石が反発したかのように弾き返される。千冬の竹刀は握った手は放していないが後ろに大きく弾かれ、柳韻は弾かれた勢いを利用するように追撃の突きを構えを取っていた。

 

(これは負けたな)

 

 自分が竹刀を構え直すよりも柳韻が突きを見舞う方が早い、と千冬が諦めた時だった。柳韻の動きが不自然に止まる。いや、不自然と言ったもののそれが不自然と取れるのは相対している剣の達人である千冬くらい。

 だがそれを不自然だと頭で認識するより早く千冬の身体は動いていた。竹刀を握っていた右手を引き戻し、両手で握って振り下ろす。その竹刀は柳韻の面直前で寸止めされていた。

 

「「……」」

 

 剣道場が沈黙に包まれる。一夏と箒が信じられないとばかりに目を見開き、千冬も先ほどの不自然さ、その理由をやっと頭で理解したのか沈痛な表情を見せた。

 

「ご指導、ありがとうございました」

 

「っ!!!」

 

 柳韻の口から出るのは、弟子から師への感謝の言葉。千冬が息を飲むが、そこで自分が思った事を口にすれば師の思いを無駄にしてしまう。千冬はその言葉を飲み込み、唇を震わせた。

 

「ああ……これからも、精進しなさい」

 

「わぁ!」と剣道場が歓声に包まれる。その中には「やっぱり織斑先生って強いんだ!」や「篠ノ之さんも凄かったけど、でもやっぱり織斑先生の方が強いよね!」や「流石世界最強!」という千冬への賛美が大半を占めていた。

 

「ま、待ってくれ千冬姉ぇ! 今の、先生の動きが――」

 

 違和感に気づいたのか立ち上がり、叫ぶ一夏。しかしその言葉は千冬の睨みに遮られる結果となってしまった。そして目があった二人の間でアイコンタクトが行われる。

 

(馬鹿者! 先生の思いを無駄にする気か!?)

 

(思い!? 思いってなんだよ!?)

 

(この学園の中で、私は教師で、柳韻先生は生徒になる。教師が生徒に劣るなどあれば教師の威厳に関わるという話だ!

 

 そう。教師というのは生徒を導く立場にある。その教師が生徒よりも劣るものがあれば「生徒に負ける先生に教わるのか」と考える者が生まれ、教師に威厳がなくなってしまう。

 特に千冬の場合は剣術で世界最強になったも同然、その剣術でかつての師とはいえ今は生徒である柳韻に負けるとなれば千冬の威厳は一気に無くなってしまうと考えても無理はない話だ。

 だが逆に言えば、ここで千冬が柳韻に勝ったという事になれば「千冬は師を越えた」と生徒達に証明する事になり、彼女の威厳は保たれるのみならずさらに高まる効果を持つ。柳韻はこの剣劇の間にそれを考え、ギリギリで千冬に勝ちを譲ったのだ。

 

(威厳って……)

 

(何も言うな……)

 

 絶句する一夏に千冬も他の生徒に気づかれないように首を横に振り、竹刀を握る手に力を込める。

 直接やり合って分かった、まだ自分の剣は師の域には達していない。だが互いの立場が邪魔をしてもはや自分は本気の師と戦う事は出来ない。そう思い知らされた千冬が悔しそうに、しかしそれを表に出さないように努めているのを柳韻は静かに見ていた。

 

「さて。では本日の立ち合いはここまでとしよう。箒、一夏君、休憩の後に反省会を行う。その後は反省会の内容を踏まえての練習とする」

 

「「あ、は、はい!!」」

 

「剣道部はまだ練習を開始しないと伺っております、もうしばらくここをお貸しいただきたい。それに反省会は人に見られたくないものです。申し訳ありませんが、無関係の方々はここで解散をお願いいたします」

 

「そ、そうだな。お前達、そういう事だ。篠ノ之さん、織斑、篠ノ之以外はもう寮に戻れ!」

 

 柳韻の言葉を受けて千冬が生徒達に指示を開始。その横に柳韻が静かに立った。

 

「だが、久しぶりの立ち合いで、どうやら指摘する事は多くありそうだ……そう。もしかすれば教師の仕事が終わるような時間になっても、まだ剣道場を使っている可能性がある」

 

「……あ」

 

 柳韻の言葉を受けた千冬が何かに気づくと、柳韻は静かに頷く。その口角は何かを意図するように僅かに吊り上がっていた。

 

 

 

 

 

「さて。では二人からの反省、及び互いの指摘を聞いた上で今回の総括を行う」

 

「「はいっ!」」

 

 剣道場。千冬の指示が効いたのか一夏、箒、柳韻以外誰もいないここで柳韻が今回の反省会の総括を口にする。

 

「まずは一夏君。君の反省点だが、何よりもこれに尽きる」

 

 鈍っている。という総括に一夏は「はい」と答えて項垂れる。

 中学校三年間、剣道から離れた事ですっかり身体が鈍り、感覚も失われている。いや体力的にはバイトの中には新聞配達などがあったらしいためそこまで鈍っているのが目立つわけではないが、剣の感覚に関しては箒が傍から見ても分かる程に鈍っていた。

 

「これに関しては基礎練習の反復、及び実戦で勘を取り戻すしかない。辛くはあるが励みなさい」

 

「はい!」

 

 一夏への指摘の総括はこれで終わり、と柳韻は「次は箒」と促す。箒も「はい!」と答えた。

 

「箒についてだが。体力・技術、ともに言う事はない」

 

「ありがとうございます」

 

 柳韻からの評価に箒はぺこりと頭を下げる。父から娘への賞賛となれば無邪気に喜んでもいいものだが、今は師と弟子として一線を引いていた。

 

「だがしかし」

 

 だが、そこで柳韻が厳しい目を見せた。

 

「剣を合わせて分かった……箒、お前の剣にはどこか荒ぶる力が宿っている」

 

「……はい」

 

 柳韻の指摘に箒はうつむき、答える。中学校時代の剣道全国大会の時から自覚があった、剣道に自分の中にある苛立ちをぶつけている。その暴力的な衝動を柳韻はしっかりと見抜いていた。

 

「剣道とは己を心身共に鍛え、律するもの。私が付き合おう、お前は己の心を律しなさい。暴力的な衝動に負けぬように」

 

「心得ます!」

 

 箒のしっかりした声に柳韻は静かに頷く。

 

「失礼します!」

 

 そこに響く声。一夏と箒が驚いたように声の方――剣道場の入り口に目を向けると、そこにはまたも剣道着に着替えた千冬がしっかり一礼をして剣道場に入ってくる姿があった。

 

「剣道場、及び隣接する体育館の見回り、及び施錠は終わらせました。今、ここに私達以外の生徒・教員はいません」

 

 千冬はそう言って柳韻の前まで歩き寄り、正座。

 

()()()()!」

 

 彼女の口から出る彼の呼び名。それは教師と生徒ではない、師匠と弟子として彼との関係を示すもの。同時に彼女は両手を床について頭を下げた。

 

「今一度、ご指導をお願いいたします!」

 

 ここには今自分達以外誰もいない。今なら教師と生徒という強制的に与えられた歪んだ関係ではなく、師匠と弟子という本来の関係で剣を交える事が出来る。その千載一遇のチャンスを逃すものかと懇願する千冬に柳韻は柔らかく微笑んだ。

 

()()()、構えなさい」

 

「――はいっ!!」

 

 柳韻の言葉を受けた千冬が竹刀を取り、二人は竹刀を構えて相対。一夏と箒も二人の立ち合いを見守るために邪魔にならない位置に移動した。

 

「「ッ」」

 

 二人が相対し、竹刀を構え、立ち合いの邪魔になる一夏と箒がどいた途端。場に流れる空気が重くなり、一夏と箒が息を飲む。

 その目に見えるのは天を覆わんばかりの巨岩、僅かにでも動くだけで落っこちてきそうな圧力の巌に一夏と箒は縛られたように動けなくなっていた。

 

「……」

 

 その巌を見ているのは千冬も同じ。いや、むしろその光景をより鮮明に幻視していると言っていいだろう。

 この幻覚の正体、それは柳韻が本気で攻撃の意志を持った時に放つ威圧。それが相手に本能的な恐怖を呼び起こさせ、その結果として強大な圧力を感じさせる天を覆わんばかりの巨岩という形で幻覚を出力させているのだ。

 そしてその威圧に飲まれたものは、僅かにでも動けば巨岩が天から落ちてきそうな圧力に負けて身体が縛られてしまい、動く事すら、人によってはその圧力だけで恐怖に負け気を失う事さえあるという。

 

(流石です、柳韻先生……)

 

 一夏や箒も先の立ち合いで最後の一太刀程度とはいえこの巌に囚われてしまい、恐怖で動けなくなっていた。

 それと同じ圧力を今の千冬も味わっており、身体が僅かに震えているのを彼女自身感じ取る。しかしたかが威圧程度で終わるわけにはいかない、そんな事では立ち合いを頼んだ意味はない。そう考えて千冬は己に気合を入れ直す。

 

「――喝ッ!」

 

 師を真似た一喝。気合いを込めたそれが放たれた途端、巨岩にビシビシとヒビが入り、木っ端微塵に砕け散る。そして巌が消えたそこに広がるのは悠久の青い空。それはまさしく自由を示すかのようにどこまでも広がっていた。

 

「……うむ」

 

「参ります!」

 

 相手の威圧を己の威圧で相殺。そこまでの事が出来るようになったかと満足気に微笑する柳韻に千冬は声を上げて打ちかかる。

 重く鋭い踏み込みからの面打ち、単純だがそれ故に無駄のない一撃は、先ほどまで間合いの外にいたはずなのにまるで瞬間移動のように間合いに入り込んでいる。並の相手では打ち込まれるまで気づくことはない程の速度と多少の防御ならこじ開ける程に威力を両立した、それだけで必殺剣ともなる一撃。

 

「フッ」

 

 その一撃を柳韻は姿勢を低くしつつ横に動いて回避、がら空きになった胴を目掛けて竹刀を振り上げるように振るうが、千冬は相手にかわされる事は想定していたのか素早く柳韻から距離を取るように身体を捻って竹刀を回避。

 そして再び千冬が振り下ろす竹刀と柳韻が横薙ぎに振るう竹刀が互いの急所を狙い合って防ぎ合ったようにぶつかり合った。

 一夏と箒が完全に見えたのはそこまでだった。

 

「ハアアアァァァァッ!!」

 

 千冬が吼え、竹刀を振るう。縦横斜め面胴籠手足、全てを縦横無尽に狙う千冬の剣を柳韻はまさしく柳のように柔軟で軽やかな動きで回避。

 かわしきれない剣はその切っ先に己の竹刀を当てて優しく逸らす、その一連の動き自体が高速で、並の相手ではまるで剣の方が柳韻から離れているようにしか見えない。なんとなくトリックが分かっている一夏と箒でさえ、二人の剣を凝視してやっと「柳韻先生がなんかやってる」くらいにしか判別出来ていなかった。

 

「ッ!」

 

 柳韻の振るった剣が胴着に掠る。辛うじて一本まではいかないが千冬は一瞬息を飲んで竹刀を振り下ろす、かわされる。カウンターのように振り下ろしてきた面打ちを辛うじて竹刀を振り上げて防ぎ、そのまま勢いでバックステップを踏んで体勢を立て直す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 汗を流し、息を荒くする千冬。対して柳韻は汗こそかいているが千冬よりは少なく、呼吸もそこまで乱れてはいない。

 

(かわされる、防がれる……私の剣が届かない……)

 

 そう。今までの立ち合いの中、千冬の剣は全ての太刀がかわされ、防がれ、いなされている。対して柳韻の剣は一本取られるまではいかない、千冬の胴着に掠る程度の形とはいえ確実に彼女に届いている。

 世界最強(ブリュンヒルデ)を相手にしてもなお、柳韻は純粋な剣術だけでいうならそれほどまでの実力の差を見せていた。

 

(そうだ。これが私の憧れた人。私の目指す剣の頂き、それに最も近い人)

 

 世界最強。聞こえはいいが、まるでこれ以上強くなれない限界の烙印を押されたかのような呪い。

 だがとんでもない、自分の得意な剣術だけでも自分など足元にも及ばない人がいる。幼い頃から憧れ続けた背中は未だに遠く、己が目指す剣の頂きは遥かに高い。世界最強と己惚れている暇などなかった。

 しかし自分(千冬)は教師で相手(柳韻)は生徒という社会的な関係がある以上、自分が人前で立ち合いを申し込み、指導を受けるわけにはいかない。ならばどうするか。

 

(決まっている)

 

 この数少ないチャンスに全てを賭け、少しでも師の背中に近づき、剣の道の頂きを目指すのみ。

 己の目指す道を改めて明らかにした千冬の目に炎が宿り、彼女は再び気合いの咆哮を上げて柳韻へと打ちかかった。

 

 

 

 

 

 それからどれほど打ち合っただろうか。真正面から竹刀をぶつけあわせての鍔迫り合いになった辺りで不意に千冬の膝から力が抜けて彼女の体勢が崩れ、そこを見逃さなかった柳韻が押し返した後、鋭い面打ちを千冬の頭に寸止めする。

 勝負あり、と誰もが思い、同時に千冬は崩れ落ちた。ぜはぁ、ぜはぁ、と荒い息に身体中を流れる汗。一夏や箒以上の疲労、まさしく精根尽き果てたかの様子。だが千冬は最後の力を振り絞って起き上がり、身体を震わせながらも立ち上がる。まだやるべき事は残っているといわんばかりに。

 

「柳韻先生……」

 

 千冬は柳韻に顔を向け、深く頭を下げる。

 

「ご指導……ありがとうございましたっ……」

 

「うむ。これからも精進しなさい」

 

 千冬の絞り出すような声でのお礼を聞いた柳韻が深く頷き、言葉を返す。その瞬間千冬はぐったりと倒れ伏した。

 

「あらあら、皆お疲れ様」

 

「「ふえっ!?」」

 

 そこに突然聞こえてきた声に一夏と箒が驚きの声を上げつつ振り返る。そこには剣道場にきちんと一礼しながら入ってくる鏡の姿があった。

 

「お母さん!? どうしてここに!?」

 

「皆が遅いから、練習凄く頑張ってるんだろうなって思って。お茶を持ってきたの……けど、千冬ちゃんはもうそれどころじゃないみたいね」

 

 驚いた箒の言葉に鏡はそう答えて人数分の水筒を見せるが、倒れ伏してそのままもはや気絶にも似た形で眠り始めていた千冬を見てうふふと笑うと、水筒を一夏と箒に渡して千冬の方に歩いていく。

 

「よいしょ」

 

 そして軽々と千冬を背負い、立ち上がった。

 

「さあさ、皆も帰りましょう。晩ご飯の時間は終わっちゃったけど、食堂におにぎり用意してありますからね」

 

「そういえばお腹が空いたな……」

 

 千冬を軽々と背負って歩き出して皆にも帰ろうと促し、夜食を用意していると答える鏡と、放課後からずっと剣道場にいるから夕食を食べていない事に気づいた箒がぼやく。

 

「……あれ? そういえば千冬姉ぇがここら辺の施錠終わらせたって……鏡おばさん、どうやって入ってきたんですか?」

 

「…………うふふ」

 

 一夏の素朴な疑問に鏡はうふふと笑って答える。なんだか底知れない笑みに聞いちゃいけなかったかなと思った一夏は、その疑問を深く追求する事なく口を閉じる。そして彼らは一同寮へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

「でーきーたー!!!」

 

 篠ノ之束の研究所。束が歓声を上げる。その目の前のハンガーにかけられているのは「黒」の機体、柳韻の専用機となるそれがついに完成したらしく、クロエはパチパチと小さな拍手を送っていた。

 

「いやーさっすが天才の束さんだね。会心の出来、これならパパも喜んで――げふんげふん。ま、あのジジイならこんな束さんがいっくんの機体を作る間の手慰みで作ったようなポンコツで充分だよね」

 

「白式を作る間の手慰み……」

 

 機体の完成にテンションが上がっていたが、はっと我に返るとすぐさまツンツンし始める束の言葉にクロエはぼそりと呟き、整備室の隅に放置されていて自分が掃除していないと今頃埃が溜まっていそうな白式に目を向ける。だがまあいいやとため息をついて束を見た。

 

「完成おめでとうございます」

 

「ふっふー。ありがとねクーちゃん!」

 

 クロエの言葉に束は得意気に笑い、胸を張る。そこにクロエが「ところで」と切り出した。

 

「これはいつ頃IS学園に持っていくのでしょうか?」

 

「…………へ?」

 

 その言葉に束は呆けた声を出してクロエを見る。

 

「いえ、完成はしたのですから。次は篠ノ之柳韻様にこれを渡して、初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を終わらせなければならないのでは?」

 

「そ、そんなのIS学園に送りつければ勝手にやってくれるだろうし……」

 

「篠ノ之柳韻様はISについては素人ですし、そういう補佐が必要な可能性は……」

 

 クロエの質問にあーうーと唸って目を泳がせる束。たしかに柳韻は素人、フォーマットからパーソナライズはISが自動で行ってくれるとはいえ、補佐がいるといないでは大違い。だがそんじょそこらの素人に自分が大事に作った大切な機体を触らせるというのもなんだか癪だと束は思う。

 

「……クーちゃん、お願いがあるんだけどな~?」

 

 にっこりと微笑んでくる束。クロエは小さくため息をついて主の次の言葉を待つのだった。




《後書き》
 やっと完成しました。柳韻と千冬の剣道というか剣術な半分くらいバトル回。
 柳韻は地に足つけた剣術なら未だに千冬を圧倒的に凌駕する実力者というイメージで作りました。それぐらい盛っといてやっと三次元なISバトルでも最初からある程度戦える説明つけられそうですし。そして千冬と柳韻の教師と生徒という関係の弊害というのも出してみたつもりです。
 後に繋がる伏線も張りつつ、ここからもっとオリジナル要素を出していきたいと思っています。
 そしてすっかりオチ担当なファミコン束さん。(笑)

 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。
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