インフィニット・ストラトス~もしも彼が男性IS操縦者になったら~ 作:カイナ
「はああぁぁぁっ!!」
陽が昇り始めた早朝。剣道着に着替え、学生寮の広い庭で日課である素振りをしていた柳韻は今、一人の女子生徒と立ち合いを行っていた。
茶色い髪をショートカットにして左側の髪をサイドテール風に結った少女、明らかに娘であり弟子である箒ではない彼女が何故彼と立ち合いをしているのか。それは彼が素振りをしていた時まで遡る。
「あの! 篠ノ之柳韻さん!」
「……何用かな?」
突然声をかけてきた少女に対し、柳韻は素振りの手を止めて何用かと尋ねる。それと共に少女が勢いよく頭を下げた。
「お願いします! 私と立ち合いをしてください!」
「……あいにくと私は今、一人の生徒の身。稽古や指導は受け付けていない」
「いえ! 稽古とか指導とかじゃないんです! 確かめたいことがあって……一度だけでいいんです! お願いします!」
大きく頭を下げ、懇願するような目で見る少女。柳韻はその目の中にどこか懐かしいものを感じ、ふむ、と声を漏らした。
「……一度だけ。それは守れるかな?」
「は、はい!」
彼女の目に何かを感じたのか、立ち合いを受ける柳韻。
それから二人は木刀を交わし立ち合いを行っていた。
(……強い)
少女の木刀を受けながら柳韻は心中呟く。剣の鋭さ、一撃の重さ、流れるような動き。そのどれもが洗練されており、それを成すための努力やそれを支える才能。それはあるいは
(それに、この剣は……)
どこか見覚えのある剣技。そしてそれを振るう少女の顔が、誰かとダブる。
少女が笑みを浮かべて木刀を一閃してくる。
「っ!!」
それを見た柳韻は咄嗟というような反応で鋭く木刀を振り上げていた。ガァンッと硬い音が響き、少女の木刀が上空へ弾き飛ばされる。見えない程の速さの一閃に少女はポカンとした後、落ちてきた木刀を拾うと柳韻の方を向いてぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございました!」
「……うむ」
慌てたように頭を下げる少女に柳韻もこくりと頷く。と、少女が興奮を抑えるようにはぁ~と大きく息を吐き、改めて柳韻を見た。
「やっぱり。剣を交えて確信しました」
「?」
少女の言葉を聞いた柳韻が目を細めて少女を見る。彼女の目は真剣なものへと変化していた。
「私、篠ノ之流って流派は聞いた事なかったんです。箒ちゃん……篠ノ之さんからちょっと聞いた事あるくらい。文献とか調べてみたけどほとんど空振りだったし、篠ノ之さんは“私はまだ教えられる程じゃない”ってけんもほろろだったし……」
「だから、私との立ち合いを望んだ、という事かな?」
どうやら箒とは知り合いだったらしい。しかしその箒から篠ノ之流について詳しく教えられなかったから自分との立ち合いを望んだのかと聞く柳韻に、少女はたははと困ったように笑った。
「それもちょっとはあります。でも、立ち合いをお願いした理由はもう一つあるんです」
困ったように笑っていた顔が再び引き締まる。
「昨日の織斑先生との立ち合いの中で、あなたが使った剣。篠ノ之流の剣術なのかなって思ったんですけど、篠ノ之さんから聞いていた話と比べるとどうにも違う気がする。篠ノ之流が別の剣術から派生した流派なのかなとも思ったけど……これはむしろ、
「……」
その言葉に柳韻が驚いたように僅かに目を開いた。
「それに、お母さんから聞いた事あるんです。お母さんの親戚で、一緒に剣術を学んでいた同期にはとんでもなく強い奴がいたって。けど、訳あって別の流派に変わっちゃったって」
「……お母上は?」
気づけば、柳韻の口からはその質問が出ていた。少女が再び困ったように笑う。
「私が中学生の時に亡くなりました」
「……失礼な事を聞いたね」
「いえ、気にしないでください」
母親が亡くなった、という辛い事を聞いてしまった柳韻が謝ると、少女はそう答えた後また表情を真剣なものに切り替える。
「あの、柳韻さん。あなたの流派って――」
「柳韻先生! お待たせしました!」
「すみませんお父さん、遅くなって……って」
少女がそう切り出そうとした時、そんな声が響く。
「衛藤!?」
「わ、篠ノ之さん!?」
箒の叫びに衛藤と呼ばれた少女がびくっと飛び跳ねる。一夏が二人の少女を交互に見た。
「箒、知り合いか?」
「ああ。中学時代に剣道の大会で何度かな……」
「あーえっと織斑君だっけ? 私、一年三組の
「お、おう。一組の織斑一夏だ。こっちこそよろしくな」
衛藤と呼ばれた少女――衛藤可奈美が一夏に名乗り、一夏も名乗り返すと箒がジト目で可奈美を睨んだ。
「それで、お前はお父さんと何をしていたんだ?」
「あ、あー、いや、まあ、ちょっと立ち合いと、世間話をちょっと……あはは。じゃ、じゃあ私はこれで!」
ジト目の箒に可奈美は居心地悪そうに目を逸らして誤魔化した後、脱兎のごとく逃げ出す。箒が「まったく」と息を吐いた。
「何をしたんだあいつは……」
「元気のある子だった、それに良い剣を振るう。君達も彼女に負けないよう励みなさい」
「は、はい!」
呆れたように可奈美の去って行った先を見る箒に、柳韻は彼女を高評価。その言葉に一夏が応える。
それから柳韻指導の元、一夏と箒の早朝訓練がスタートするのだった。
IS学園一年一組の教室。時間が過ぎて放課後、既に生徒がまばらに帰っている中、「少し残っていてくれ」と千冬に言われた柳韻は教室内で自主学習に励んでいた。その近くの席では一夏と箒が同じく二人顔合わせての自主勉強を行っている。
「待たせた、篠ノ之さん」
そんな中、千冬が声をかけながら教室に入ってきた。
「千冬姉ぇ、柳韻先生に何か用事なのか?」
「織斑先生と呼べと何度言えば分かるんだ馬鹿者……まあ、ここで話すより来てもらった方が早い。篠ノ之さん、ついて来てくれ」
一夏の質問に千冬は呆れ顔で答えた後、柳韻を連れていこうとする。興味があるのか一夏と箒もぞろぞろと後をついて行き始め、千冬はやや呆れつつもまあいいかと同行を許し、一行は第三アリーナへと歩を進めた。
「千冬ちゃん、遅かったわね」
「鏡さん……何故ここに?」
「うふふ」
「千冬姉ぇ、ここで何するんだ?」
「黙っていろ。そろそろ来るはずだ……」
「「来る?」」
その先で待っていたらしい鏡に千冬が頭を抱える。続けての不思議そうな一夏にも黙っていろと返し、その後に続く言葉に一夏と箒が揃って首を傾げた。
「む?」
その時、何かを感じ取った柳韻が顔を上げる。直後、空から何かが一夏達の目の前、第三アリーナのど真ん中に勢いよく着陸、辺りに砂煙をまき散らすと共にズドォォォォォン!!!という轟音が第三アリーナ内に響き渡った。
「な、なんだ!?」
一夏が声を上げ、砂煙の方を見る。そしてやがて砂煙が晴れた時、第三アリーナのど真ん中には不可思議なロケットが突き刺さっているのが見え、そのロケットのハッチがゆっくりと開く。一夏と箒がごくりと唾を飲み、柳韻が「ふむ」と呟き、千冬が呆れたように額に手をやり、鏡が「うふふ」と笑う。
そしてそのロケットのハッチが完全に開き、その中から誰かが降りてくるコツンという足音が聞こえた。
「おい束、一体なんのつも――」
千冬の言葉は途中で止まる。何故か、それはロケットから降りてきた人間が彼女の予想していた相手ではないからに他ならない。
むしろ知らない相手を見た瞬間その相手への警戒心が強くなり、すぐさま一夏と箒、そして鏡を庇うように前に出る。柳韻については「まあ大丈夫だろう」という師への信頼が伺えた。
「うふふ」
「か、鏡さん!」
すると彼女の横をすり抜けて鏡が彼女から見れば不審者な少女に無防備に近づいていく。千冬が慌てて彼女を引き止めようとした時あった。
「こんにちは、クロエちゃん」
「鏡様、先日はありがとうございます」
軽く右手をあげて「やっほー」と暢気に挨拶する鏡と、礼儀正しくぺこりと深く頭を下げて挨拶を返すクロエなる少女。その姿に千冬は鏡を引き止めようと前に出した右手の行き場を失って硬直、一夏と箒がその後ろからぴょこっと顔を出した。
「お、お母さん……その子は、知り合いなんですか?」
「ええ。クロエ・クロニクルちゃん。束ちゃんのお友達だそうよ」
「ど、どうも、初めまして……」
箒の質問に鏡がうふふと笑って答え、クロエが困ったようにぺこりと再び頭を下げる。これはどうもと一夏と箒も鸚鵡返しに頭を下げた。
「束の友達か……束が世話になっています」
「あ、いえ、その……はい……」
その横で柳韻もしっかり頭を下げ、クロエも主の色々情緒不安定な姿の主な原因&自分が今回ここに行かされるある意味の原因である相手にぺこぺこと頭を下げる。
「それで、クロニクルと言ったな? 束はどうした?」
「え、えっと、その、束様は用事で来られないと言いますか、なんと言いますか……私が代理で、篠ノ之柳韻様の専用機をお届けに参りました」
「「専用機?」」
ギンと目を鋭くしての千冬の言葉にクロエはそう答える。目はずっと閉じたままだが恐らく開いていれば凄まじい勢いで瞳が目の中を泳いでいる姿が見られたことだろう。そんなクロエの言葉に一夏と箒がきょとんとした顔をすると千冬がため息を漏らす。
「ああ。少し前に束から連絡があってな。“
「たしかに。束さんって昔から柳韻先生大好きだもんな」
「ですね。それなのに素直になれなくてこんな事を言ってしまうなんて、姉さんが変わってないようで何よりです」
千冬の呆れた言葉に一夏と箒があははと笑って答える。研究所で束が「ぶえっくしょん!」とくしゃみをしながら白式を作っていた事は誰も知らない。
「それで、それに入っているのがその専用機か?」
「は、はい」
ロケットに積まれている銀色のコンテナらしき物体を見ながらの千冬の言葉に、クロエはそう答えてリモコンを取り出して操作。コンテナが地面に置かれるとそのハッチが開いていく。
その中に鎮座しているのは「黒」。束が開発した柳韻の専用機たる機体だ。その姿に一夏と箒が「「おぉ~」」となんだか感動したように目を輝かせている。
「では、柳韻様。
「む?」
「あの機体に座るように背中を預けてください。そうすれば後はシステムが最適化をしてくれます」
「私も補助します」
クロエの言葉がちんぷんかんぷんというように微動だにしない柳韻だが千冬が補助、クロエもコンソールを呼び出しながら補助をすると答える。その言葉を受けて柳韻は「黒」の機体に座るように背中を預けた。
カシュ、カシュ、と空気の抜けるような音が響き、装甲が閉じて柳韻と一体化。千冬はもし異常があればすぐに飛び出せるように構え、クロエは初期化、最適化処理の補助をするためにコンソールを操作していた。
そしてやや時間が経って最適化が終了、所謂
「これで初期設定は完了です。機体名【
「かたじけない」
「黒」の機体を身に纏う柳韻の姿はまるでかつてあった戦国の世にあった侍の如く。無骨な鎧のような機体に腰に一本日本刀型のブレードが鞘に収められる形で装備されているだけ。
銘は無し、ただの鉄の塊。柳韻に対しては束らしいツンデレネーミングだ、と千冬、一夏、箒が微笑ましく思う。また束が研究所で「ぶあっくしょいちくしょい!」とくしゃみしていた。
「では、緊急にアリーナも取らせてもらいましたし。今打鉄を準備していますので、私が柳韻先生にISの操作の基礎講義を実践形式で行いましょう」
むふぅと鼻を鳴らす千冬。今この場でISについて教えられるのは自分だけ、今なら一夏や箒に邪魔されずに柳韻を独り占めできると喜ぶ千冬と、そんなお父さんを独り占めしたい娘的な心の機微がよく分かってない一夏や箒を見て、鏡がうふふと微笑んだ。
「さあさ、それじゃあ二人は寮に帰りましょう。クロエちゃんもいらっしゃい、おはぎをご馳走するわ」
「い、いえ、早く帰らないと……」
「束ちゃんへのお土産も準備したいの。待っててくれると嬉しいわ」
「……で、では、お言葉に甘えて」
鏡とクロエがそう会話し、一夏と箒と共に寮へと向かう。その間クロエは一夏から「俺の専用機も束さんが作ってるのか?」という質問や箒から「姉さんが迷惑をかけていたら遠慮なく言ってくれ。私からきつく言っておく」という言葉を受け続ける事になるのだった。
それから時間が過ぎて夜。雲一つなく月明かりが映える中、学生寮の庭に置かれたベンチに背を預け、柳韻は一人日本酒をあおってた。上がっている目は月を見ており、所謂月見酒というものだ。
「あら?」
そこに聞こえた女性の声に柳韻はそちらに目を向ける。
「オルコット嬢」
「こんばんは、篠ノ之さん」
その視線の先に立っていた少女――セシリア・オルコットの姿を認めた柳韻の言葉に、セシリアもうふふと笑い、ぺこりと頭を下げて挨拶を返す。
「お散歩ですかな?」
「ええ。今晩は月が綺麗でしたので、少々歩きたくなりまして……篠ノ之さんは……?」
「月見酒と洒落込んでいるだけですよ」
微笑んで話すセシリアに柳韻もそう答えてお猪口の中の日本酒をくいっと口に流し込む。そしてふぅと息を吐いた。
「今日、ある縁がありましてな。古い知り合いが亡くなっていた事が分かったのです」
「……何故、そのような事を私に?」
「失礼、酒を飲むとついつい口が軽くなってしまいまして。ですが酒は良い。何を喋っても酒のせいになりますし、酒の場での物事をよそに持ち出すのは無粋というものですからな」
なのでここで喋ったことは秘密ということで、と言う柳韻にセシリアもくすくすと笑いながら「承知いたしました」と答える。
「よろしければ、月見酒に付き合ってもらえますかな?」
「ええ。ただ散歩しているだけよりも有意義そうですわ」
そう話し、二人は隣り合うように座って月を見上げ、柳韻は日本酒をあおる。
「古い知り合いが亡くなられた、ということですが……」
「かつて、共に剣を学んだ親戚です。ですが、私の身勝手な都合で袂を分かち、それ以来会った事はありません。箒は存在も知らぬでしょう、なのでこの事はご内密に」
「うふふ。酒の場での物事をよそに持ち出すのは無粋、なのでしょう?」
「……そうでしたな」
「人生とは出会いと別れなり。分かってはいるつもりですが、実際にその時になるといつまで経っても慣れないものです」
「……心中お察しいたしますわ」
柳韻の語りの中に寂しそうな色を感じたセシリアが、こちらもどこか寂しそうに答える。柳韻がふっと微笑んだ。
「このままでは暗い話ばかりになってしまいますな……ところでオルコット嬢は専用機をお持ちだとか?」
「ええ。我が国で開発された武装の実戦的なデータを取るための機体。それが私の専用機、ブルー・ティアーズです」
そう言って待機形態である左耳のイヤーカフスを見せるように金髪をかき上げるセシリア。その笑みにはこれこそが私が努力した末に得た、いわば自らの努力の証明という自負が伺える。
「私も専用機を得たのです。
「……ま、またスケールの大きなプレゼントですわね……」
しかし次に柳韻から告げられた言葉にその笑みは引きつり、なんとか無難なコメントを返していた。
「ですが、柳韻さんも織斑さんもISを動かせる男性という立場。データを取るため、護身のためと考えれば不思議ではありませんわ」
「とはいえ、オルコット嬢のように皆努力の結果として専用機を持っていると考えれば、なんとも恐縮するものです。これから先、一層の努力が必要となりますな。オルコット嬢、専用機持ちとしては先達としてご指導をお願いいたします」
「ええ。もちろんですわ」
月明かりの元、ふふ、くすくすと冗談ぽく笑い合う二人。そのままとりとめのない話の後、僅かに震えたセシリアが立ち上がった。
「少々冷えてきましたわね……私はこの辺で。篠ノ之さんはどうなさいますか?」
「酒で身体が温まっておりますし、私はもう少し月見酒を続けます。おやすみなさい、オルコット嬢」
「はい。おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げて挨拶し、歩き去るセシリア。その姿を見送り、柳韻は再び月を見上げた。
「この年になってまた努力するきっかけを掴めるとは思わなかった。先を行く者として皆の模範となる必要がある……昔、お前によく話した事だな」
そう言った自分が流派を離れる事になっては説得力はないが、と柳韻は一人笑う。
「まったく、色々な奇縁もあったものだ。最近なら
老いた声の中に混じる若い声色。それは若い頃の友人に宛てるかのようだった。
見上げる月に浮かぶのは木刀を肩に担いで歯を見せて笑う、かつて共に同じ剣の道を歩んだ従兄妹の姿。
「だが、お前の剣はきちんと受け継がれているようで安心した……あの子の事、しっかりと見守ってやってくれ。美奈都」
乾杯するように日本酒をなみなみと注いだお猪口を月に向けて掲げてから、柳韻はその酒を口に運ぶのだった。
《後書き》
やっと完成です。今話のメインイベントである柳韻の専用機、[無銘・鉄]。ぶっちゃけこれの名前が全然決まらなくて、あまりハイカラ過ぎる名前は柳韻に合わないし、かと言って無骨すぎて味気ないのはそれはそれで……という感じで、最終的には束のツンデレムーブでつけたというイメージでこんな感じになりました。
その他、別の作品からのゲストキャラも加えての色々と後に繋がる伏線もつけまして。唐突ですが構成を考えると次回最終話の予定です。もちろん実際に書いてみたら思ったより長くなりすぎてキリが悪いから一、二話追加の可能性はありますが。予定としては次回で最終話になります。あとほんの少しお付き合いいただければ幸いです。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。