「わかってるって。このお仕事を見越して、みんなとも近所のホテルで遊んでたんだし」
でしたら、もっと余裕をもって入場していただきたかったのですが……。
「近所だからって、ついギリギリになっちゃって。ごめんなさーい」
でしたら、今後はもう少し早く準備をしていただく、ということで……もう出られますね。
「うん、それじゃー行ってくるー」
よろしくお願いします。……ふぅ、やれやれ。これであとは、滞りなくイベントが進行するよう見届けるだけか。
「よっ、新年早々お疲れさんやな」
……おや、
「ああ、ウチは仕事で来たんとちゃうし。この後、まこはんと遊び行くんで、ちょいと早めに来ただけや」
なるほど。それでは、こちらでお待ちいただければと。下手にステージに出向けば、期待するファンの方もおられるでしょうから。
「ははっ、万年下位クラスの貧乳女なんぞ期待しとるファンおらへんて」
そんなことありませんよ。相対的に得票はまとまりませんが、丘薙さんの舞台はいつでも大盛況ですし。
「お笑い担当は世知辛くてなー……って、このポジションは気に入っとるし、文句言ったら悪いわな。けど……まー、実際さっき会場の方、覗いてきたんやけど、桃はんや
それでも、好みは人それぞれですからね。だからこそ、
「それや」
どうしたんです?
「本番前のまこはんあっためてやろうとわざわざ出向いたんに、まだおらんようだったんでな。せやからこっちに顔出してみたんやけど……」
たまたま席を外されていただけでは。天菊さんがこの時間にまだ来ていないはずはないでしょうし。
「それがな、里美はんも見とらんらしくて……うわぁ。これはもう、嫌な予感しかせぇへん。ちょいと待っとき。ウチから連絡してみるわ。……んー……あー……おーい……ああ、やっぱか。そんなこったろーと思たで。せやから、気ぃつけぇゆーたんに。まあ、しゃーない。あとで見舞いくらい行ったるわ。……ああ、そうなん。とにかく、いまは寝とき。ほんじゃな」
……急病のようですね。
「ああ、何かこう、貧乏くじを引くタイプやからな。大晦日に倒れて寝正月やと」
それは心配ですね。天菊さんは一人暮らしですし、様子を見に行った方が……。
「Pはんの手を煩わせるほどでものぅて。今日はウチが行くし、一昨日は
あの出不精の
「お見舞いセットが届いたと。速達で」
……ははぁ、姫方さんらしい、というべきか……。
「連絡遅れたんも、紫希はんから連絡いっとるかと、ってな」
そういうところも、姫方さんらしいですね……。
「っつーこって、人が足らんやろ。何なら、ウチが出たろか? 万年下位クラスの貧乳女でもーしわけないけど」
い、いえ、いえっ! 丘薙さんであればこちらから頼みたいくらいですよ。
「ふん、みんなにそゆことゆーとるんとちゃう?」
……言うでしょうね、このユニットのメンバーであれば。私は、一人ひとり自信を持ってスカウトしてきましたので。
「返しとしては笑えんが……ま、ええやろ。Pはんが舞台に上がるわけやないしな」
恐縮です。こちらとしても、あまり笑いを求められても対応が難しく……。
「わーっとるわ。けど、ここは同じ貧乳枠やからー、とか、いじってくれても良かったんで? これもウチのアイデンティティやと思っとるし」
はい、ですが、男の私が口を出すことではないでしょう。
「ったく、変なとこ気ィ使いよるからに。ま、ウチらも急いで準備せんとな」
よろしくお願いいたします。こちらも、交代をアナウンスしてこなくてはなりませんので。
「誰もおらんよーになったらゆってなー」
そのようなことにはならないと思いますけれど。
***
「やー……大盛況やったな。桃はんはともかく、まさか里美はんの列がこっちに流れてくるとは思わんかったで」
それだけ、丘薙さんのキャラクターが立っているということかと。
「オッサンらもそそり立っとったしな。やれやれ、あんなに膨らまされると、握る方も大変やで」
お、お疲れさまでした……。
「手で握るから握手会、ねぇ……。こんなことゆーてんのはウチらくらいのもんやろ」
それが、我々の売りですから。
「しかしまあ、手だけなら巨乳連中にも負けへんで。てか、隣のふたりんとこに並んどった連中、絶対パイズリ期待しとったやろ」
握手会なので、それ以上のことはナシだとお伝えしたはずでしたが。
「それでも、強要するモンがおらんってのは……フッ、紳士やなぁ」
理解あるお客様たちで、助かっております。
「そうは言いながらも、悪質なモンを出禁にしてった結果でもあるんやろ?」
うーん……本当に目に余る人だけですよ? 舞台やイベントの進行に支障を来すような。
「なるほどなぁ。進行に支障を来さんよう、メンズは紳士に振る舞うしかない、と」
奇妙なバランスですけどね。
「しっかし……出るもんは全然紳士やなかったけどな。ったく溜め込みよって、手だけで頭まで届かせよる」
それだけこのイベントを楽しみにしていた、ということですよ。
「まこはんのファンやなかったんかいな。浮気モンめ」
丘薙さんと天菊さんは組んで舞台に上がることも多いですから、おふたり揃ってファンという方も少なからずおられるかと。
「せやったら、今度はまこはんと並んで出てみたいもんやなぁ」
ええ、天菊さんが体調を戻されましたら、是非。
「……なあ、Pはん。まこはん元気になったら、ちょいと相手してやり。このままやと、あまりに不憫やからな」
ええ、私で元気づけられることなら。
「ん。けど、ホント、元気になってからな。ヤツ、Pはんが来たと思ったら空元気で振る舞いかねんし、何より、Pはんに倒れられたらみんなが困る」
はい、心得ております。しかし……
「ん? 何や?」
やはり、丘薙さんは優しいですね。
「はっ、そんなん当然、ウチ自身が優しさを期待しとるからに決まっとるやろ」
下心があるのは優しさではない、とは思いません。
「なら、話が早いわ。臨時で仕事入るわ、髪まで飛ばされるわで、えらい目に遭っとるからなー? んん?」
……わかりました。御髪をお流しいたしましょう。
***
「まー……ぶっちゃけ、避けよーと思えば避けられるモンもあるけどな。受け止めてやったほーがお客も喜ぶさかい。これも、サービスのうちかねぇ」
恐れ入ります。しかし……こうして髪を下ろしている丘薙さんは、初めて見ますね。
「水も滴るいいオンナ、ってか? 惚れてもええんやで?」
はは、ありがとうございます。……実のところ、丘薙さんは最初からまこさんの欠席を知ってたのかと思っていたのですが。
「なんでやねん。ウチとて、会場入りしてから初めて知ったわ」
おかげで準備も捗りまして。しかし……仕事がなくともその髪なのですね。
「ん? 似合っとらんか?」
いえ、丘薙さんにとてもよく似合っているかと。けれど、セットが大変では?
「うんにゃ、女子なら基本の範疇やで。しかし……まー……うん、Pはんの言いたいこともわかる。あまりにも露骨過ぎるもんなぁ」
丘薙さんのキャラクターにはピッタリだとは思うのですけれど。
「そー言われると……まあ、いまでは嬉しいで。けど、最初は嫌がらせのつもりやったけど」
それは、誰に対して……?
「おとんや、ウチをおとんの付属品みたいに考えとる連中、やな」
それは…………。
「ま、古い話やで。まだ地元におった頃は、それはもう窮屈でなぁ。勝手にお嬢様キャラを期待して、押し付けて。らしく振る舞りゃ後ろ指差されるし、らしくなきゃそれはそれで『なのに』と言われるわ……たまったもんやないで」
それで――
「縦巻きロールや!」
髪型の話!?
「ワレらが勝手にお嬢様扱いすんのなら、髪だけお嬢様にしたるわー! って勢いで始めたんやけどな。案の定、『狙っとんのか』と陰口叩かれたで」
それをあえて狙っていく、というところが丘薙さんらしいです。
「おおきに♪ ウチはおとんによって作られたお嬢様やけど、あのロールだけはウチが自分で作ったウチなんや」
それで、オフに出掛けるときも、それなんですね。
「ん、あの髪こそが、ウチやからな。けど――」
おっ、丘薙さん、あまりくっつかないでください。これから髪流しますから……
「こうしてシャワーで下ろしてまったら、何も残らへん」
いえ、決してそのようなことは……
「やれやれ、そんなん建前に決まっとるやろ。ま、建前でも真に受けなあかん立場にあるってのもわかるが」
は、はぁ……
「せっかくわざわざ出てきたんに相方は病欠、桃はんはツレの待つホテルにとんぼ返り、里美はんは黒塗りの高級車でお迎え、やろ。それって……残されたんはウチとPはんだけ、ってことやないか」
それは……うーん……そうなのですけれど……
「まさか、ただお仕事しておしまいー、って追い返すつもりやなかろうな? ゆぅといたで? ウチの優しさは下心付きやと」
これは……手厳しいですね。
「っちゅーこって、今日のところは諦めや。シャワーから上がって……いや、このまま、ってのも風情があってええけど。髪を下ろしたウチと、ってのも新鮮やろからな」