「三六度二分……うん、完全に治った! 予定通り、明日のステージには立てそうね。
けど……せっかくのお正月が……紅白……初詣……何より……握手会……。
いや、率先して握りたいわけじゃないんだけど……せっかくファンと話す機会だったのに……。あー、もう! あたしがナニしたってのよー!
……うん? 誰よ、こんな時間に。宅配便だってこないでしょ……って、プロデューサー!? ちょ、ちょ、待って! ずっと寝てたから部屋ぐちゃぐちゃだし……って、外で待たせるわけにもいかないし……あー……もう、仕方ない、開けちゃおう!」
……夜分遅くにすいません。都合が悪いようでしたらすぐに御暇しますので……。
「いやいやいやいやっ、全然悪くないから! もう寝るしかやることなかったし、昼間もずっと寝てたから眠れなくて困ってたし! てか、来るって先に言っててくれればちゃんと準備して待ってたのに」
それが……
「
そうなのですか?
「あたしって、どーもツイてなくて。学生の頃から、遠足には雨が降るし、旅行に行けば目当ての施設が臨時休館だったり」
それは何とも……災難でしたね……。
「だから、もしプロデューサーが来るって事前に聞いてたら……また何かヤラかしてたかも」
そこまで気負わなくても……明日は入場されるのですし。
「気負うわよっ! だって、ほら……こうやってプロデューサーと気兼ねなく話せる状況って、あんまりないし」
普段から気兼ねすることなく、何かあればお話いただければと思いますが。
「……わかってて、言ってるでしょ」
すいません。そういう立場なので。
「あ、そ。白けるわ。
じゃ、抱っこして」
そういう立場だと話したばかりなのですが……。
「うっさい。こちとら正月丸々潰して傷心してるっての。アイドルの機嫌を取るのも、プロデューサーの仕事でしょーが。てか、女のコの家にお邪魔して、何もなく帰るつもりなんてなかったでしょ?」
いえ……病み上がりのはずですし、少しお話しましたら早めに離席しておくつもりだったのですが。
「それ、甘すぎじゃない? あたしたち、まな板ショーまでこなすストリッパーよ? そんな純情な女のコを集めたと思ってたわけ?」
そう言われますと……うーん……
「ま、あんたの見る目は間違ってないわ。……とはいえ、劇場みたく、他に女のコの目がある場所だったら、こんな言い草できなかっただろーけどね。だから、来てくれて嬉しいのよ。
ということで、抱きなさい。抱かなきゃ不機嫌になるわよ」
……わかりました。それでは、失礼しまして……
「ん、良し♪ ……あ、風邪の方は心配しないで。明日に向けて、完全に治したし、空気も入れ替えて、除菌しまくったから。……
そのようなものまで差し入れていたのですか……。
「妙なところ気が利くのよね。だったら、ちゃんと連絡もしてほしかったわ」
そこは、まあ……。
「あたしだって、いつもの調子なら期待しなかったけどね。ただ、あのときはスマホいじるのもしんどくて。ともあれ、元気になってから消臭しまくって、それで……布団も、洗ってあるから」
それは……良いことですね……。
「ええ……うん、良いことよ」
……………………。
「ねえ、あたし、可愛い?」
それは、はい。当然です。
「どんなふうに、可愛い?」
どんなふうに、とは?
「だってさ、このユニットってDがゴロゴロしてるような女のコ集団でしょ? どうしたって、ボリューム不足は否めなくて」
大きな方を集めているわけではありませんよ。あくまで、偶然です。
「だから、いろんな方面で補おうと努力してきたけれど……」
はい。
「なのに、人気につながってないって!」
く、く……苦しいですよ、天菊さん……っ。
「もしかしてあたし、マスコット的な可愛さになってない? いじられキャラとして面白がられてるだけじゃない?」
い、いえ、そんなことはないですよ。
「けどさ……ここのファンってみんなエッチ目的だから、お笑いキャラなんかじゃ評価されないのかな、って……」
けれど、実際ステージに来てくれるファンの方々はおられるわけですから。何より、握手会は……マスコットに握られたいと思う方は少ないでしょう。
「……はぁ、これで糸織ばっか持て囃されてたら、あたしは引き立て役か? ってキレてたところだけど……揃ってあの体たらくだからねぇ……」
い、いえ……握手会でも天菊さんとのユニットとして、丘薙さんも存在感を持っておりましたし。
「ぐぅ……ホントはあたしが出たかった……」
きっと、ファンの皆さんも同じ思いだったかと……と言っては丘薙さんに失礼ですが、そもそも、あの回は天菊さんに会いに来てくださったファンの方々でしたので。
いずれにせよ、天菊さんの振替は、ちょうど最終日がふたりですので、そちらでお願いしたいと考えております。
「ん、ありがと。それにしても、糸織には二回も出てもらっちゃって申し訳なかったわ」 本人にも楽しんでいただけたようですので、お気になさらずとも。
「だとしてもね。あたしも自覚してるし。何だかんだで……あんまり舞台に上がってないな、って」
それは致し方ないでしょう。昼間には表舞台に向けた宣伝活動等も行っておりますから。
「なんか、ごめん。あたしも、このユニットを抜けたいわけじゃないんだけど」
それはわかっております。少なくとも、いまは。
「んー……そだね。最初は表アイドルと間違えて応募しただけだったし。けど、いまは裏も裏なりに楽しませてもらってるよ。それこそ……楽しみすぎて、病気で寝込むくらい。
でも、あたしは、やっぱり……」
送り出す側としては寂しいですが……表舞台に拠点を移しても、ここが天菊さんのホームグラウンドであれれば嬉しいです。
「まだまだ先の話になりそうだけどね。それこそ、劇場じゃなくて、プロデューサー自身が買える場所になってくれてもいいんだけど」
そうですね。天菊さんに限らず、卒業していく方はおられることでしょうから。
「まーたそーやって露骨に逃げる」
すいません――
「そういう立場だから、でしょ? わかってるわかってる。そしたら、あんまり遅くならない方がいいんじゃない?
ですね。では、そろそろ失礼させていただきます。
「うん、明日は早めに出ておくわ。ずっと寝てて、身体も
助かります。それでは……うん? いま、窓の外に……
「うわっ、なんか冷えると思ったら……雪?」
これは本当に早く帰らないと……
「……待って」
どうしました?
「その、そのー……ほら、うちからの方が、劇場、近いでしょ? だから……ね? 雪の中帰宅して、途中で事故ったり怪我したりしてもアレだし」
しかし、キャストの家にふたりきりで止まっていくというのも……
「きっ、緊急事態よ! 緊急事態だから!! もし、このあとプロデューサーになにかあったら、あたしが全力で悪者にされちゃうし!」
そ、そんなことはないと思いますが……
「うー……だから、そのー……。バチは、当たらないと思うのよ」
?
「ここで、プロデューサーが……泊まってっても……。少なくとも、糸織はこの天気を見て、そー思ってる……と、思う」
は、はい……わかりました。けれど……私としても、泊まるつもりはなかったので……。
「うん。わかってる。あたしも、そのー……ずっと寝てたから、そういうのは。でも、多分、大丈夫」
大丈夫、とは?
「……ほら、あたし……運が、悪いからね」