【完結】白嶺に染まぬ黒 ~大人のためのウマ娘 プリティーダービー~   作:モルトキ

7 / 12
ウマ娘スラング


『いける!』
 思惑通りレースが進み、勝てそうなときに出る内心の呟き。

『むりー!』
 思惑が覆され、もはや勝つのは不可能と悟ったときの悲しき独白。

『ぶっつぶす!』
 特定の相手に対し敵意を剥き出しにする、宣戦布告の言葉。

『La victoire est à moi!』
 直訳すると「勝利は私のもの!」。レース前に使用する場合は「調子に乗んな!」と意訳される。



第7話  死の領域

 緑川の言葉に、しばし夏野は硬直していた。

 エヴェレスト。世界の頂点。ウマ娘未踏の地。同じ言葉が、頭のなかを堂々巡りする。モンブランの倍以上の高さ。この企画に現実味はあるのか、早くも疑念が湧き上がる。

「……番組の放送は、いつになりますか?」

 夏野が尋ねる。

「9月放送の、NUK特番です。タイトルは『プロジェクトU』。わたしが手掛けた番組のなかでも、代表作と言えるものです」

 その名前を聞いて、再度夏野は驚愕する。プロジェクトU。中学生の頃から、テレビで何度も見ていた番組だ。過去から現在に至るまで、ウマ娘の知られざる挑戦をクローズアップしたドキュメンタリー。去年は、水温4℃のベーリング海峡を泳いで横断したロシアのウマ娘の特集が組まれ、年間最高視聴率を記録した。

 年に一度の大型特番。その主役に、マンハッタンカフェが抜擢されようとしている。これはある意味、G1制覇よりも名誉なことだった。日本のウマ娘で、プロジェクトUに取り上げられたのは、たった二人しかいない。開戦の年、軍国主義に傾いていく日本の混乱期に、圧倒的な走力と信念をもって、史上初のクラシック三冠を成し遂げたセントライト。そして、戦後日本の復興の象徴として人々に希望を与えた、二人目の三冠ウマ娘・シンザン。どちらも伝説的な競走ウマ娘であり、実力、功績ともにカフェが敵う相手ではない。

 それは、カフェも理解しているようだった。金色の瞳の瞳孔が、かすかに狭まっている。わずかな表情の変化でも、夏野には分かる。これは警戒の目つきだ。

「モンブラン冬季登頂で知名度は上がりましたが、わたしはG1を三勝しただけの元競走ウマ娘です。クライマーとしてもぽっと出にすぎません。そんなわたしを抜擢したのはなぜです? 無名の新人役者を超大作映画の主役に据えるのも同じこと。あなたも、大きなリスクを背負うことになると思いますが」

 カフェが尋ねる。

 緑川は、真っ向から金色の目を見据えた。

「番組制作に携わる者は、常に一蓮托生。現場の人間に命を賭けろと言っておいて、自分はノーリスクなど示しがつかないし、そのようなプロデューサーの元では良い番組など絶対に作れない。そして、あなたを選んだのは、個人的に気に入っているからさ」

 にやりと笑う緑川。

「映画撮影のときから気づいていたよ。あなたは演じる必要のない女優だと。その心根そのものが、凡庸なる一般人の枠組から逸脱している。気高く、上品で、賢く、行動力があり、容赦がない。産まれながらの異常者、傑物だ。レース業界に収まる器ではないと思っていたが、その通りだった。ターフを走らず、山に登り、あげくの果ての電撃引退。URAのやつら、卒倒寸前だったに違いない」

 心底楽しそうに笑う緑川。やけに獰猛な笑みだった。

「なるほど。わたしは、競走ウマ娘の枠をぶっ壊して世界に飛び出す鉄砲玉なのですね。すなわち、あなたの目的は、わたしという弾丸を使って、この国におけるURAのレース一極支配を打破すること。URAがお嫌いですか。あなたも」

 同じく口角をつりあげ、カフェは言った。

「URAは変わってしまった」

 一転して、すこし寂しそうに緑川は呟く。

「ウマ娘の身体能力を戦争のために搾取された怒り、やるせなさ、それらを胸に戦後の焼け野原から立ち上がった組織だった。団結し、人脈を練り上げ、政治を動かし、二度と愚かな人間をウマ娘の力に触れさせぬよう、レース制度を作り上げた。しかし70年の歳月のうちに理念は風化して、URAはウマ娘ではなくレースを守る組織に変質した。ウマ娘が生み出す巨額の業界益を守る組織に。雲の上で安田と有馬も泣いているだろうよ」

 緑川の双眸に、暗い炎が灯る。

 彼女も、かつては競走ウマ娘だった。しかしレース至上主義、敗者切り捨ての学園風土に嫌気がさして引退。ウマ娘であることを辞め、戸籍と名前を得て、人間として生きていくことを選んだ。レース関係の仕事にはつかず、ウマ娘文化発展に広く寄与することを社則に掲げるNUKに入社した。

「レースの軛を断ち切り、世界に羽ばたいていく日本のウマ娘。この国のウマ娘は、もはやレース全体主義の奴隷ではないことを、日本中、世界中に知らしめたい! その先駆者は、マンハッタンカフェ、きみこそ相応しい」

 情熱的に、断固たる意志をこめて、緑川は言った。

 カフェの瞳孔が緩む。もう説明は要らないようだった。

「オファーを受けるにあたり、ふたつ条件があります」

 穏やかな声でカフェは言った。

「隊に夏野さんを加えること。彼女はマネージャーではありません。わたしのザイルパートナーです。体調が許せば、山頂アタックにも同行してもらいます」

「構わないよ。ふたつ目は?」

 即答する緑川。やや面くらったように一呼吸おいて、カフェは口を開く。

「隊の名前を、わたしが決めたい。URAからは反感を買うかもしれませんが」

「聞かせてもらえるかな?」

 むしろ、笑みを深くしながら緑川は言った。

「ウマ娘による史上初のエヴェレスト登頂を成し遂げる隊の名は、チーム・シェアト。夏野さんがわたしにくれた、初めての贈り物。わたしの誇りです」

 カフェは言った。

 その隣で、夏野は泣きそうになるのを必死にこらえた。

 シェアト。神話に登場する翼をもったウマ娘、ペガサス。その名を冠する星座に連なった、赤く輝く星。3月5日に産まれた、マンハッタンカフェの誕生星だ。初めての担当ウマ娘であるカフェを想ってつけた名前を、カフェもまた大切にしてくれている。それが分かっただけで報われた。

 トレーナーとしての自分に、もう思い残すことはなかった。

「URAを捨てたチームが世界の頂点を獲る、か。素晴らしい!」

 カフェの案に、緑川は破顔した。

 その後、秘書らしき女性が運んできたお茶を口にする暇もなく、緑川から今後の日程について説明を受ける。

 撮影は、日本でのアイスクライミング訓練から始めるとのことだ。その後、すぐにネパールに入り、約2カ月間で高地順応から山頂アタックまで全て行う。順調に進めば、5月中旬には登頂できるプランだった。ルートは、ネパール側から入る南東稜ルート。すなわち、もっとも登頂率が高く、知名度のあるノーマルルートだ。このルートは、半世紀のうちに多くの登頂成功者によってノウハウが確立されており、危険地帯に関する情報も充実している。難所には、あらかじめ固定ロープが張られ、クレバスには梯子をかけることもできる。

 逆に言えば、そこまで徹底的に難易度を下げなければ辿り着くことさえできないのが、8000mを超える世界だった。

 緑川のプランに、カフェは不満を示さなかった。今回の目的は、あくまで登頂すること。物資を整え、人材を選び抜き、安全なルートを使い、酸素ボンベを大量に消費してでも、てっぺんさえ踏めば勝利だ。世界の頂点相手に、手段を選ぶ余裕はない。

「まずは、国内でのアイスクライミングですね。夏野さん、よろしくお願いします。わたしが必ず、世界の頂点まで導いてみせますよ」

 いまだ話のスケールに思考が追いつかない夏野へと、カフェは容赦なく宣言した。

 

 

 撮影は、アイスクライミング訓練から始まった。

 合宿場所は、長野県から山梨県にまたがる八ヶ岳連山だった。ベースからアクセスしやすく、岩壁や雪稜、氷瀑など、目的に合わせて多様なクライミングができる。冬壁登攀の入門にはぴったりのロケ地だった。

 チーム・シェアトの実質的なリーダーとなる登山家と、ここで顔合わせの予定だった。

 カフェにとって、ブランハンニバルに次ぐ二人目の師(メンター)だ。

 その人物は、柔和な笑顔でふたりと握手を交わす。すでにカメラは回っており、カフェは女優の顔で出迎える。

 貫谷久雄。短く刈り上げた髪が、日焼けした精悍な顔によく似合う。身長は180センチ近いが威圧感はなく、むしろ穏健な印象の人物だった。現役のプロ登山ガイドであることは緑川から聞いている。大学在学中にアコンカグア単独登頂に成功し、エヴェレストにもネパール側ノーマルルートから四回、チベット側ノーマルルートから二回の登頂成功歴を持つ。60歳手前だが体力、技術ともに衰えは微塵もない。NUKが用意できる最高の助っ人だった。

 拠点となる赤岳鉱泉に着いて早々、アイスキャンディーと呼ばれる高さ12mほどの人工氷壁を登攀することになった。ツェルマットで本格的なアイスクライミングの手ほどきを受けた事実は公表されていない。よって、カフェと夏野は、基礎的な技術のみを持つ素人を演じなければならない。

 過酷な冬のブライトホルンで、葦毛の怪物にしごき抜かれたふたりにとって、12m程度の素直な氷壁など楽勝だった。あえて登攀スピードを遅くして、苦労しながら慎重に登っているふうな画をつくる。

 撮影スタッフは固唾を飲んで、前代未聞の登るウマ娘の背中を見守っている。

 しかし貫谷は、小首をかしげながら、氷壁の根元でビレイする夏野に近づいた。

「もしかして、アイスの経験、かなりあります?」

 小声で貫谷が尋ねる。夏野は、驚きを顔に出さないだけで精一杯だった。

「……なぜです?」

 懸命にビレイするふりをしながら、夏野が尋ねる。

「道具が、特殊でしたから。アイスピッケルとアイスバイルは、ふつうバイルのほうが、柄が短いんですよ。けど、カフェさんのは、どちらも同じ長さに揃えてある。何百メートルもある氷壁を登るときは、柄の長さがバラバラだと扱いにくいので、統一するんですよね」

 あなたのも、そうですよねと貫谷は指摘した。

 モーションではなく、装備品で見抜かれてしまった。やはりプロの登山家は目の付け所が違う。夏野は観念して、モンブラン登頂前にアイスクライミングの訓練を受けたことを明かした。貫谷は納得した顔で、「内緒にしておきますよ」と言ってくれた。

 その代わり、訓練内容が、当初よりも大幅に厳しく修正された。撮影隊が向かったのは、大同心大滝と呼ばれる高さ20mの氷瀑だ。真っ白なビロードを崖から垂らしたような、美しい氷の滝だった。そこを一気に登るよう指示される。強い西風に煽られるものの、氷の状態はよかった。得意のNスタイルでするする登っていくカフェに、貫谷は両脚を平行に揃えてから、ピッケルとバイルを打ち込むようにアドバイスする。ネパール側ノーマルルートは、登頂数、登頂率ともに最も高いルートだが、最初の難関として立ちはだかるのが、標高5500mから6100mにかけての、クーンブ・アイスフォールである。約600mにわたり、断続的にそびえたつ氷塊を登り切るには、スタミナ消耗をいかに防ぐかが重要だった。もちろん、カフェのように短時間で素早く登ることがベストだが、気候変化の激しいヒマラヤでは、登攀中に何が起こるか分からない。もし近くで雪崩が起きたら、氷壁にへばりついたまま長時間動けなくなる可能性もある。スタミナ消費を抑える登り方に慣れておくべき、というのが貫谷の持論だった。

 同じクライマーでも、登山に対するスタイルや思想哲学は、それぞれ全く異なる。ブランハンニバルは攻めの登山家であり、リスクの高さと引き換えの栄誉を求める。それとは正反対に、貫谷は堅実の登山家だった。『初登』や『セブンサミッター』などの称号には興味はなく、自分が登る価値のある山だと思えば登る。ただし、徹底的な情報収集と、安全対策のうえで。生きて帰ることこそ、登山における彼の至上命題だった。

 師になったのが貫谷で良かった、と夏野は心底思う。カフェは、ハンニバルに対してライバル意識を抱いている。彼女の背中を追いかければ、確実に死のリスクは上昇する。万が一を防ぐためのセーフティネットになってくれることを、新たな師に望んでいた。

 

 4月3日。夏野とカフェは、成田空港のロビーにて、カトマンズ直行便を待っていた。カメラマンやディレクターなど番組関係者が7名、貫谷を筆頭にガイド登山家が4名、そして認定山岳医1名からなる、総勢14名の集団は、空港の一角で異様なオーラを放っていた。

「やあやあ、カフェ! 見送りにきてあげたよ」

 椅子に座っていたカフェに、背後からばさりと抱きつく人影。振り向かなくても声で分かる。元同僚の担当ウマ娘、アグネスタキオンだ。

「結構です」

 鬱陶しそうに腕を払いのけるが、ほんの少しだけ頬が緩んでいるカフェ。

 タキオンがいるということは、彼女のトレーナーも同伴しているはずだ。慌てて立ち上がる夏野の前には、すでに目当ての人物がいた。

「行くんだな」

 広田翔は言った。少し悲しそうな光を目に宿して、厳しい顔で夏野を見つめていた。

「必ず、世界の頂点を踏んでくるよ」

 笑顔を振り絞る。不安を悟られないように、余計な罪悪感を抱かせないように。愛する男は、これからもウマ娘と共に、トレーナーとして生きていく。

 これが今生の別れとなっても構わない。

「出発前に、どうしてもおまえに言いたいことがあるんだ」

 その言葉に、夏野の肩がびくりと震える。

「結果的におまえは、別の道を生きていくことになった。だからといって、俺の言葉は変わらない。『たとえおまえがトレーナーを辞めたとしても、俺はおまえから離れるつもりなんてない』。今日は、この言葉が嘘じゃないことを証明しに来た」

 広田は、上着のポケットから手のひらサイズの箱を取り出す。それを夏野の目の前で開いた。

 白銀に輝く金属の輪。その物体の意味が分かるまで、夏野は数秒の時間を要した。

「俺と、結婚してくれ」

 厳かに、静かな声で広田は言った。

 こんな気持ちになったことが、かつてあっただろうか。身体が熱い。燃えるような歓喜と、胸を締めつける切なさが、溢れ出して止まらない。トレーナーになれた日よりも、カフェがG1で初勝利をあげた瞬間よりも、ただひたすらに幸福だった。

「はい」

 涙をぬぐおうともせず、声の震えるままに夏野は答える。

 周囲から歓声があがった。貫谷をはじめ、スタッフ全員が拍手をしたり、指笛を鳴らしたりしている。ちゃっかりカメラまで回っていた。

「この指輪は、おまえが帰ってきたとき、指に嵌めてやる。今からつけていたら登山の妨げになるだろう。だから、必ず、生きて帰ってこい」

広田は指輪をポケットに戻し、そう言った。

「分かった。当たり前だけど、死ぬつもりなんてないから。絶対にやり遂げてやる。カフェと一緒に」

 決意のこもる瞳に、もう涙はない。覚悟を見せた男と、拳をぶつけあった。

 歓喜の渦中にあるふたりを、少し離れたところからマンハッタンカフェは見つめていた。

 プロポーズの最中、広田はカフェに一瞥もくれなかった。これはふたりだけの問題であると言わんばかりに。

「カフェ。この戦いに、きみの勝機は無いのかもしれない。でも、負けないことはできる。きみが生きている限り、挑み続ける限り、彼女はきみの隣にいるだろう。きみの敗北とは、死だ。きみは死んだら負けだ。よく覚えておきたまえ」

 立ち尽くすカフェのとなりで、アグネスタキオンがそっと囁く。

 カフェは何も言わなかった。嫉妬も怒りもなく、澄んだ湖面のような瞳で、幸せそうな自らの元トレーナーを見つめていた。

 

 

 登山が始まるまでは、ひたすら慌ただしい日程だった。

 首都カトマンズから軍用ヘリをチャーターし、ヒマラヤ山脈のふもとのルクラまで移動する。辺境の街としては珍しく、空港が整備されている。しかし、上空からの見た目は、滑走路というよりは短く寸断された二車線道路みたいだった。そこからは全て徒歩行軍となる。ヤクに機材や荷物を背負わせ、二日かけてナムチェバザールまで移動する。標高3440mにあるこの村は、シェルパ族の故郷として有名だった。棚田の上に家が並んでいるような町並みには、世界各地から集まってきた登山家が行き交い、さながらシルクロードのような異国情緒で溢れている。

 そこで、はじめてチーム・シェアトのメンバーが揃った。

 日本人利用者の多い旅行代理店、コズミックトレイル社が用意した現地シェルパ13名と、コック2名、キッチンスタッフ4名の、計19名。

 総勢30名の大部隊が、チーム・シェアトの全貌だった。

 一晩の交流会を経て、隊はいよいよヒマラヤ山脈に踏み入る。青空を突き破らんばかりに聳え立つ、世界の頂点がくっきり見える。ただし、いきなりエヴェレストに登るのではなく、高地順応を兼ねた肩慣らしとして、隣のロブチェピークの山頂を目指す。ベースキャンプ地で、すでに標高は5000mもある。夏野とカフェにとっては未知の高度だ。しかし春の登山シーズンであり、勾配もそこまできつくないため、余力を残して登ることができた。高山病の症状も、今のところ出ていない。

 しかし、順調なのは昼間だけだった。カフェとふたり、テントの中で身を寄せ合い眠る夏野だったが、異様な寝苦しさに何度も目が覚める。寝袋に入ってから、まだ一時間も経っていないというのに。パルスオキシメーターを指に挟んでみると、血中酸素濃度はたった76%しかなかった。下界ならば、90%を切れば呼吸不全扱いである。睡眠時は呼吸が浅くなるため、どうしてもSPO₂が低下する。高地では、その苦境に身体を慣らすしかない。睡眠時に酸素を使えるのは、エヴェレストのキャンプ3(7300m)より上だけだ。

 こんなところで音をあげていたら、とても8000mの世界では生き残れない。

「眠れませんか?」

 小声でカフェが尋ねる。起こしてしまったらしい。

「ごめん。息苦しくて……」

 答えようとして、盛大にせき込む。空気が喉に痛い。テントの中でも、夜になれば氷点下まで冷え込む。

 夏野は再び横になる。眠れなくても、身体を休ませなければならない。明日は、さらに200m登って一泊し、天候が許せば、明後日には山頂アタックが開始される。

「ちょっと待っててください」

 寝袋からはい出し、ヘッドランプの明かりを頼りにガスコンロで湯をわかすカフェ。気圧が下がれば、水の沸点も低くなる。ここでは、85℃でお湯が沸く。そこに、スポーツドリンクの粉末を溶かす。

「飲めますか?」

 耐熱カップに爽やかな香りの湯を注ぎ、夏野に差し出す。さらに、水色のピルケースから半分に割った錠剤を取り出した。ダイアモックスという、本来はめまいの治療に用いられる薬だが、呼吸量を上昇させる効果があり、睡眠時の酸素欠乏を軽減させることができる。出所は、たぶんアグネスタキオンだろう。

 夏野は錠剤を口に含み、熱いスポーツドリンクで飲み下した。胃の中に温かさが灯り、すこし気分が楽になる。

「ゆっくり慣らしていきましょう。体調に異変があれば、すぐに教えてくださいね」

 そう言って、カップに残った液体を飲み下し、ふたたび横になるカフェ。

「ありがとう」

 夏野は言った。それきりテント内は静かになる。空港での一幕を見ていたにも関わらず、異様に彼女は大人しかった。しかし、その内面を推察できるほど夏野の心身に余裕はなかった。

 翌朝7時から、200mだけ高度を上げて、キャンプ2を設営する。高山病の進行具合を見るためだ。一日目は、1000m登ってもまだ余裕があったのに、今日はたった200mだけで疲労困憊した。出発前にトレーニングを積んできた撮影スタッフでさえ、テントの外で人目も憚らず嘔吐している。夏野も、食欲を失っていた。そんな彼女に気を利かせてくれたのは、コズミック社が雇ったシェルパ族出身の青年、バルテンだった。彼はコックとして、隊員に日々の食事を用意している。バルテンは、野菜を醤油味で煮て、あたかもすき焼きのような味を演出した。ネパールでの食事といえば、炊いた米飯とダルスープと野菜を混ぜた、ダルバートが基本だ。日本風の味を作ってくれた心優しい青年に感謝し、夏野はなんとかキャンプ2での一晩を乗り切った。

 5200mで高山病の洗礼を受けたあとは、山頂を目指すだけだ。幸い好天であり、固定ロープを伝って、日本のスタッフ全員が山頂を踏むことができた。その後、ベースキャンプまで戻って一泊し、三日かけて、ヒマラヤ山脈本丸の足元まで移動を開始する。

 エヴェレスト・ベースキャンプは、標高5350m地点にある。その光景に、夏野は少し驚いた。まるで低山のキャンプ場みたいに、色とりどりのテントがずらりと並んでいる。

「今年は気候いいですから、公募隊も多いみたいですね」

 居住用のテントを設営しながら、貫谷が言った。

 公募隊とは、登山ツアーの一形態である。希望者を募って隊を組み、シェルパの万全なサポートのもと山頂を目指す。つまり、金さえ払えば、誰でもエヴェレストに登頂できるのだ。登山用具の進化と、先人たちの知恵の蓄積により、ネパール側ノーマルルートは、半ば観光資源と化していた。

 ベースキャンプでは、三日間滞在する。過酷なアイスフォール帯に突入する前に、基礎的な順応を確実にしておくためだ。その間、各々は装備の点検をしたり、機材の準備をしたり、自由に過ごす。登山の荷物は軽くするのが鉄則だが、カフェは日本から一冊の本を持ち込んでいた。キャンプ地では、食事以外の娯楽がとにかく少ない。撮影も一段落つき、カフェは手持無沙汰な時間を、ほぼ読書に充てていた。

 『サウスポール・ヒーロー』。

 直訳すると、南極点の英雄。イギリスで出版された冒険記だ。

「興味ありますか?」

 視線に気づいたカフェが夏野に尋ねる。

「わたしの人生のバイブルです。幼い頃から何度も読んでいます。よろしければ夏野さんもどうぞ。わたしは少し、外で身体を動かしてきます」

 カフェは本を手渡す。もともと青白い顔に日焼け止めを塗り、テントの外に出ていった。

 彼女がそこまで入れ込む話とはどんなものか、夏野は興味本位でページをめくる。それは、世界初の南極点到達を争う、イギリスとノルウェーの冒険家の物語だった。この本はイギリス側の視点から描かれている。

 南極点を目指した、イギリス海軍軍人のスコット。彼の隊には、ひとりのウマ娘が参加していた。当時、ウマ娘にはレースを走ることだけが求められていた。しかし、彼女は破天荒かつ不真面目な性格であり、まともに走ろうとしなかった。どこか日本のゴールドシップを思わせる。彼女はトレセンから脱走し、父親の友人であったスコットに冒険に同伴させてくれと頼み込んだ。競走ウマ娘としては役に立たないが、その膂力と異常な頑固さを見込まれ、隊の一員に加わることができた。しかし、南極点に先んじて到達したのは、ノルウェーのアムンセン隊だった。アムンセンが南極点に残した到達証明書を、スコットは持ち帰ることを決意する。ところが、帰還途中に夏季としては異例の猛吹雪に襲われ、10日間ものビバークを強いられる。食料は尽き、栄養不足や凍傷で隊員が次々と死亡していく中、そのウマ娘は自らの防寒着をスコットに与え、食料がデポしてある地点まで彼を支えて吹雪のなかを踏破した。重度の凍傷を負いながらも、彼女とスコットは生還する。命を賭けて、正々堂々アムンセンの勝利を証明したふたりを、イギリス中が称賛した。

 夏野は、本を閉じて表紙を見返す。屈強な男を支え、前だけを見て歩くウマ娘。タイトルの『ヒーロー』とは、スコットではなく、彼女のことであると夏野は気づく。

 イギリスのウマ娘史には、英雄がふたりいる。ひとりはレースの神と呼ばれたエクリプス。もうひとりが、ウマ娘史上初めて南極点に到達した彼女だった。日本ではエクリプスばかり有名だが、カフェはおそらく、ウマ娘の常識を打ち破った彼女のほうに惹かれているのだろう。彼女を皮切りに、ヨーロッパ方面でのウマ娘の職業自由化が進み、人間に対して身体機能の優越を発揮する軍隊や警察にも門戸が開かれるようになった。

 戦争にウマ娘が加わったのは連合国も日本も同じだが、自らの意志で戦いに参加した連合国のウマ娘と、お上の命令で戦わされた日本のウマ娘とでは、その在り方が全く異なる。戦後70年経った今でも、レース先進国の日本は、ウマ娘後進国だった。

 カフェは、いったい何歳のときに、この事実に気づいたのだろうか。

 

 4月21日。ベースキャンプから上に拠点をつくるときが来た。外国隊と情報共有していた貫谷によれば、今のところ大規模な雪崩や事故による死者は出ていないという。

 準備を進めるチーム・シェアトの隣で、にわかに歓声があがった。無酸素登頂に挑むというフランス隊だった。

 彼らがもたらしたニュースに、夏野は戦慄する。

 カラコルム山脈にあるブロードピークに、ウマ娘5名から成るブランハンニバル隊が登頂成功したらしい。標高は8047m。八千メートル峰十四座にウマ娘だけで登頂を果たしたのは、むろん世界初である。しかし、それよりも恐ろしいのは、ブランハンニバル本人は酸素を使わなかったということだ。

 No oxygen. フランス隊から聞こえたこの言葉に、マンハッタンカフェは激しく反応した。まるでメイクデビューで負けたときのように、困惑と焦燥が綯交ぜになった瞳だ。カメラスタッフは優秀であり、カフェのその表情を、しっかり録画していた。

 午前7時10分。風も強くなく、スタッフの体調も問題なかったため、6000m地点のキャンプ1まで進むことになった。ベースキャンプとキャンプ1の間には、エヴェレスト最初の難関が立ち塞がる。落差600mにも及ぶ氷の断崖、クーンブ・アイスフォールである。雑居ビルほどもある氷塊が、その辺にゴロゴロしている。しかし、ここはあらかじめシェルパがルート工作を済ませていた。巨大なクレバスには梯子がかけられ、固定ロープで自分の身体を確保しながら、体力を温存しつつ氷壁登攀ができる。それでも、青い闇の底の見えないクレバスの上を渡り歩くとき、夏野は血の気が引いた。見渡す限り雪と氷の世界だが、クレバスを吹き抜ける風には、かすかに岩のにおいがした。数千年、あるいは数万年にわたり氷河のなかに封じ込められた太古の空気が、今、解き放たれているのだろう。

 幸い、目立ったトラブルもなく、隊はキャンプ1に到達する。

 ここからは、精神と肉体のスタミナ勝負となる。一日のうちに上げていい高度は、500mまでだ。それ以上となると、非常事態に素早く行動できる体力がなくなり、高山病のリスクも高まる。酸素濃度は、平地のわずか半分。全身の細胞がストライキを起こしているかのように、あらゆる力が失われていく。やっとの思いで次のキャンプに移動しても、一泊した翌日には、ひとつ下のキャンプに戻らなければならない。まさに三歩進んで二歩下がる地道な行程。6日間かけてやっと高度7300mのキャンプ3に到達することができる。

 さしものマンハッタンカフェも、7000mを超えるところから体調に異変をきたしはじめた。軽い頭痛から始まり、身体の倦怠感、そして食欲不振。融かしたチョコレートや、あつあつのスポーツドリンクを飲むのが関の山だ。

 夏野は、視線をはるかネパールの地平線に向けた。今いる7000m付近から、明らかに空気の色が変わっている。普段、目に見えない空気が、はっきり『層』になっていることが分かる光景だった。

 キャンプ3に着いた頃、にわかに天気が崩れ、気温は氷点下15℃まで下がる。風に雪が交じる中、急いでテントを設営する。

「各自、テント内で身体を温めてください。湯を沸かして、可能なら糖分と一緒に飲んで」

 貫谷が隊員に指示する。カフェは、すでにテントに引っ込んでしまっていた。しかし、地面は雪と氷、外は零下の寒風。最新式テントの中も極寒だ。ちょうどそのとき、カメラスタッフが撮影のためカフェのテントを訪れた。

「カフェ、出てあげて」

「嫌です。寒いです。寒くてたまらない。なんかもう、いろいろ辛いです」

 思いがけず、この登山で初めて弱音を吐くカフェ。虚ろな瞳は、くすんだ真鍮のように輝きを失っている。仕方なく、夏野がテントの外に出る。

「テント内はどうですか?」

 風に負けない大声で、山岳カメラマンが尋ねる。すると、隣のテントにいる貫谷が、手を振りながら上半身をのぞかせる。

「すごく温かいよ。極楽だよ、極楽!」

 満面の笑みで貫谷は言った。その瞬間、夏野はプロ登山家とのレベル差を思い知った。

 すると、意外にもカフェが顔を出した。入口の隙間から、文字通り顔だけをひょっこり突き出している。笑顔を振りまく貫谷を、じろりと睨んだ。

「こちとら寒くて死にそうなのに、何が極楽ですか」

 無理やり紅茶を飲まされたような渋面。そして、テントから頭だけ出したカフェの滑稽さに、夏野をはじめスタッフ一同は笑いをこらえるのに必死だった。

 食事を終えた後、テント各員に酸素ボンベが供給された。キャンプ3以上では、睡眠時に酸素を使うことが許される。よほど先天的に高度に強い体質でない限り、そのまま眠ると脳や肺に水が溜まり、最悪死亡するリスクもある。

 ところが、マンハッタンカフェは酸素使用を拒んだ。無酸素状態で、どこまで頑張れるか自分を試してみたいと言ってきかない。これにはスタッフも悩んだ。日本のウマ娘として初の試みは、番組としては使い勝手がいい。しかし、そのせいで高山病が悪化し、登頂断念となれば本末転倒だ。結局、貫谷がオーケーを出したことで、カフェの意見が通った。

 スタッフは言いくるめられていたが、夏野は薄々気づいていた。この挑戦の先に、カフェは葦毛の怪物を見据えている。ブロードピークに無酸素登頂。レースに例えるなら、まだオープン戦にも勝てていない自分の隣で、ライバルがG1制覇したようなものだ。

 好きにすればいい。酸素マスクをしっかりと装着し、夏野はシュラフ(寝袋)に潜り込む。もう自分はカフェのトレーナーではない。できるのは、死なないように隣で見守ることだけだ。

 その夜、浅い眠りの合間に、幾度となくうめき声が聞こえた。

 マンハッタンカフェは、地獄の一夜を乗り切った。ほぼ流動食となった朝食を胃に流し込み、力強く立ち上がる。

「手厚いサポートに甘えて、少し腑抜けていました。ここからは、本気の挑戦です」

 カフェは言った。瞳の色が、黄金の輝きに戻っている。

 ここからは、一日おきにキャンプをひとつ下げて、ベースキャンプまで戻る。そこから、山頂アタックの道のりが始まる。再び一日おきにキャンプをひとつあげ、7900m地点のサウスコルのキャンプ4で一泊し、世界の頂を踏む計画だった。

 しかし、ベースキャンプに戻った時点で、ある問題が発生する。それは天候不順でも、隊員の体調でもない。

 世界最高峰に、渋滞が発生していた。

 ベースキャンプでは、アタック隊に天候や日程を伝える支援隊が居残っている。そこで、各隊同士の情報交換も行われるのだが、どうやら頂上直下の危険エリアで、立ち往生している隊が多いらしい。

 ネパール側ノーマルルートの、実質的な最後の難関、ヒラリーステップ。

 魚の背びれのような、断続的な鋭い尾根。もし足を踏み外せば、2500mを一気に滑落することになる。足裏ひとつ分の距離に、常に死が真っ黒な口を開けている。

 頂上に至る、たったひとつのか細い道に、人間が鈴なりになっているのだ。カラフルな防寒着の点線が、途切れることなく稜線に連なっている。地上8000mでの渋滞。いつ天候が急変するか分からず、酸素にも限りがある状態で、しかも滑落すれば即死のナイフリッジで足止めなど身の毛がよだつ。

 ネパール側ノーマルルートは、登山用品の進化やルート整備により、ずいぶん敷居が低くなっている。そこに目をつけた各国の旅行会社は、公募隊という形で登頂希望者を集め、料金と引き換えに登頂までのサポートを行うサービスを展開し始めた。費用は、平均してひとりあたり日本円で700万円ほど。必定その中には、お粗末な会社も混じっている。金儲けのため登山の実力関係なく希望者を集め、自らの顧客を登頂させることしか考えない。そのような公募隊が、周囲との情報連携を怠り、身勝手な登山をして渋滞を発生させる。ひどい場合には、事故で顧客を死なせてしまうこともある。むろん事故死の免責事項もあわせて顧客と契約を結んでいるから、よほど悪質でない限り損害賠償を求められることはない。しかし、迷惑をこうむるのは周囲の登山隊である。

 今回もその例にもれず、レベルの低い公募隊が酸素ボンベのトラブルだとかもたついているらしい。さらに今年は気候が良く、例年よりも登山者の数が多い。膨大な費用と時間をつぎ込んでいるため、なんとしても登頂を果たしたい各隊の思惑が衝突し、ひとたびトラブルが起これば、玉突き事故のように後続の隊にも遅延が生じる。

 チーム・シェアトは、渋滞を見越して12日間の調整日を用意していた。5月下旬になると、エヴェレストも気温が上がっていく。氷雪が緩み、雪崩が多発するようになる。そのため、遅くとも5月20日までに登頂し、ベースキャンプまで戻らなければならない。

 渋滞が緩和されるまでは、好天が続くかぎりキャンプ2までの高度順化が行われた。少し焦りの色が見える制作スタッフをよそに、カフェはむしろ嬉しそうに順化トレーニングを行っていた。

 たぶん、この娘は限界まで酸素を使わないつもりだ。カフェを見ていて、夏野は直感する。

 ブランハンニバルによれば、ウマ娘が人間に対し、身体的優位を保てるのは、高度7500mまでであるらしい。ウマ娘の筋肉は、高い性能と引き換えに膨大な酸素と栄養を必要とする。人間に比べ、ウマ娘が大食いなのはそのためだ。しかし高地では、消化器官の機能低下により食事量が減り、おまけに酸素も薄いので、ウマ娘本来の膂力を発揮できなくなる。さらに8000mを超えると、燃費の悪い身体は、人間以下にまで弱体化するという。

 しかし、それらはあくまで酸素を吸わなかった場合である。十分な酸素さえ供給されたら、ウマ娘はやはり、人間よりもはるかに強力な生物だ。

 人類がどうあがいても適応できない高度8000m。何もせず留まるだけで命が削られていくデス・ゾーンだ。そんな死の領域に無酸素で挑み、生還したウマ娘が、世界にたったひとりだけ存在する。その事実が、マンハッタンカフェを駆り立てていた。

 負けてたまるか、と。

 

 5月9日から13日まで、天候が急変して吹雪が続いた。それが奇しくも、チーム・シェアトの活路を開くことになった。7500m以上での連泊は、それだけで心身の衰弱を招く。好天を狙ってアタックをかけていた公募隊が5月14日、つぎつぎに下山を始めたのだ。それと入れ替わるように、チーム・シェアトは最後のアタックを開始する。

 15日、キャンプ3から、サウスコルにあるキャンプ4に拠点を移した。キャンプ3より先は、移動中も酸素マスクを装着しなければならない。しかし、夏野の予想通り、カフェは無酸素で登った。行動食となる、蜂蜜と砂糖を固めた飴玉を口のなかで溶かしながら、カフェはサウスコルの地を踏んだ。

 見える。青天さえ突き破るかのような白い頂点が。にじり寄る生命になど見向きもせず、泰然と聳え立っている。あと千メートル足らずが、途方もなく遠い。

 いまだ無酸素を貫くマンハッタンカフェは、一睡もできなかった。隣で眠る夏野を見つめていると時間感覚がなくなる。絞られるような胃の痛みと頭痛、全身の倦怠感だけが、まだ自分は生きていると教えてくれる。

 16日、登頂アタックが始まった。ピッケルとバイルの頭を両手に持ち、柄を斜面の雪に突き刺すダガーポジションで登っていく。

 カフェは、足を一歩前に出すことだけに全身全霊をかける。隊に遅れることは許されない。壮麗なヒマラヤの景色を視界に挟む余裕はなかった。一歩ごとに、レース一回分の苦しみが濃縮されているかのようだ。思い切り力を込めているはずなのに、なぜか弱々しく動く肢体は不気味ですらあった。霧でも出ているのかと思ったら、酸欠で目が霞んでいるだけだった。それでも迷わず進めるのは、隣に彼女がいるからだ。

 夏野蘭。

「わたしのことを、全部わかってくれる人……」

 誰にも聞こえない、声にならない声でカフェは呟く。

「わかってくれた上で、思い通りになってくれない人……」

 顔を上げる。隣にいたはずの夏野の背中が、遥か前に見える。

「待ってください。わたしを置いていかないで……」

 バイルの柄に縋りつくように、ずるずると膝から崩れ落ちる。息を乱してしまった。ひたすら肺に空気を送り込むが、まるで真空にいるみたいに、吸っても吸っても苦しみが治まらない。

 ぎゅっと目を閉じる。思考を落ち着かせる。ここは陸地だ。溺れることはない。

 瞼を開くと、腕の高度計が目に入った。

 8062m。

 死の領域。

 マンハッタンカフェは、その身の命を失うことなく、デス・ゾーンに突入していた。

「いける……!」

 寒くてたまらないはずなのに、身体の芯が燃えるように熱くなる。勝ちたい。あらゆる命を拒絶する、この領域に勝利したい。視界がクリアになる。足もまだ動く。

 しかし、彼女はひとりではなかった。

 チーム・シェアトとしてエヴェレストに挑んでいる。デス・ゾーンからは、本来なら一分一秒でも早く離脱しなければならない。キャンプ4以降のアタックは、時間との勝負だ。自らの勝利欲求を優先し、隊の仲間を危険に晒すことはできない。

 師である貫谷の教えが、脳裏によみがえる。『生きて帰れなければ、登山とは呼ばない』。

 様子を見に来た貫谷に、カフェははっきり告げた。

「酸素を使います」

 その言葉で、すぐさまボンベが用意された。カフェは落ち着いてマスクを顔にあてがう。酸素ガスを口元に感じた数秒後、途方もない心地よさが肺から全身に広がっていく。荒地が一面の花畑の変わるかのような、かつて感じたことのない滋養と開放感。毛細血管が広がり、熱が流れ込み、みるみる手足に本来の力が戻ってくる。

 まさに麻薬ではないか。

 初めての酸素使用に、カフェは軽い恐怖を覚えた。

 それ以降、チーム・シェアトのスピードは格段にあがった。ヒラリーステップの直前で、無酸素登頂に挑んでいる6人組の隊を追い越した。全員から生気を感じられず、まるで亡者の群れだった。のろのろと雪面を這うように移動している。

 登山業界では、酸素ボンベのことを『神』と呼ぶらしい。ここでは神の助けがなければ、まともに動くことすらできないのだ。

 固定ロープを伝ってヒラリーステップを抜ける。このシーンは、カフェがチームの先頭を行く。その真後ろに夏野が続いた。

 午前10時46分。

 そこから上には、もう何もない。

 エヴェレスト8849m。世界の頂点を今、マンハッタンカフェの左足が踏みつける。続く貫谷も歓喜を露にしていた。二畳分ほどのスペースにスタッフが高性能カメラを構え、ヒマラヤの全貌を写し取る。

 夏野もまた、その光景に圧倒されていた。地上の全てが、自分の眼下に広がっている。ここはもう、空の中だ。肉体の辛さも未来への不安も、ここに至るまでに全て溶け落ちた。どこまでも突き抜けるような、澄んだ魂だけが、エヴェレストの頂上に辿り着いていた。

「カフェ、やったね……!」

 スタッフに背を向けて立つカフェのもとに駆け寄る。しかし、どこか様子がおかしい。彼女は空も山も見てはいなかった。視線は、自分の足元に注がれている。そこには、登頂に成功した隊が残した国旗や記念品が積みあがっている。

 そのなかに、カフェが見ているものを、夏野も見出すことができた。

 金で縁取りされた、赤い十字架のモニュメント。

 それが何であるのか、夏野にもすぐに分かった。ブランハンニバル隊のシンボルだ。

「なんで、こんなものが……?」

 途方に暮れたように呟く夏野。まさか、ブロードピーク遠征中に、別動隊が登ったのだろうか。いや、ハンニバルの性格上、世界初の栄誉を他人に譲るはずがない。

 マンハッタンカフェは、静かに膝を折る。十字架の底には切り込みがあり、小さな紙片が挟まっている。風で飛ばされないよう、注意深く外して広げた。

 

 

Dear noire.

 

How was your climbing?

Take your time at the top of the world.

 

tata, BH. 5/15

 

『親愛なる黒へ。登山はどうでしたか。世界の頂点をゆっくり楽しんでください』

 

 簡潔極まるメッセージ。紙を持つカフェの両手が震えているのが、分厚い手袋越しでも分かる。手紙の日付は、5月15日。つい昨日だ。

 ありえない、と夏野は思った。ベースキャンプでも、他のキャンプ地でも、カフェ以外のウマ娘はひとりもいなかったし、本当に15日に登頂したのならヒラリーステップからサウスコルまでのルートで必ずすれ違うはずだ。

 だが、立ち上がったカフェは夏野とは真逆の方向を凝視していた。

 ネパール側ではなく、チベット側。一歩足を踏み入れたら、果てしなく転落していきそうな真っ白な雪の急斜面。彼女の視線の意味に気づいたとき、十分酸素を吸っているにも関わらず、夏野は血の気の引く思いだった。

 チベット側ルートは、ネパール側に比べて遥かに急峻であり、キャンプ地も限られているため高度順応が難しい。昨今問題になっている商業公募隊も、チベット側から攻めることは、ほぼ皆無だ。もしハンニバルが、ブロードピーク登頂後、すぐに国境を越えてチベットに移動し、そこから山頂を踏んだとしたら。9日から13日までは吹雪で身動きが取れなかったはず。チベット側北東稜のキャンプで連日ビバークできるのは7700m地点のキャンプ2だけだ。天候が回復した14日に8200mのキャンプ3へ。15日に登頂。これしか考えられない。

 五日間も、死の領域の手前で待ち続けたとしか。

「酸素を、使わなかったのですね……」

 呆然とカフェが呟く。その手のなかで、ぐしゃりと手紙が潰れる。

「そうでなければ、ゆっくり楽しめなんて書けない。あいつは、わたしが酸素を使うことを予見していた! そのうえで自分は無酸素で登ったんだ! わたしより難しいルートで、わたしより先に、『神』の助けも借りず、ウマ娘で初めてエヴェレストを制覇した!」

 怒号。あるいは慟哭か。いずれにせよ、これは敗北の叫びだ。

 時間的には、たった一日の差。しかし、内容的には完敗と言えた。

 マンハッタンカフェは、酸素マスクを引き剥がした。鬼でも登れそうにないチベット側北東稜を、煮えたぎる黄金の瞳で睨みつける。

「ぶっつぶす!」

 もはや背中も見えないライバルに、歯を剥き出して宣戦布告する。たちまち肺が苦しみで満たされ、身体中の筋肉から力が抜けていく。それでもカフェは震える脚で立ち続ける。

「カメラを、向けてください」

 突然の咆哮にぎょっとしていた周囲のスタッフに、カフェは言った。制作班のひとりが、パノラマ撮影とは別に用意していたカメラを正面に構える。

 その瞬間、カフェの顔が変わった。人格が入れ替わったかのように激情が抜け落ち、年相応の少女の顔になる。まっすぐに澄んだ瞳に揺れる、微かなやるせなさ。少し疲れたような影を、表情に帯びている。

 今、彼女は登山家から女優になっていた。

「5月16日、午前10時49分。わたしたちチーム・シェアトは、やり遂げました。世界の頂点、エヴェレストの頂上、この足で踏むことができました。ガイドの登山家の皆さま、番組関係者のみなさま、そしてアタック隊をずっと支えてくれたシェルパの皆さま、本当にありがとうございます。ここで歓喜の声をあげたいのですが、そうもいかなくなってしまいました」

 少し声を詰まらせる。これも演技だと、夏野には分かる。

「世界初となる、ウマ娘によるエヴェレスト制覇。これが、チーム・シェアトの目標でした。わたしは、みんなに支えられて、確かにエヴェレストに登頂できました。しかし、それはもう世界初ではありませんでした」

 黄金の瞳が揺らいだ。そして、幾筋もの涙が、はらはらと頬を伝い始める。

「……フランスのウマ娘、ブランハンニバルが、15日、エヴェレストに登頂しました。たった一日の差です。たった一日の差で、わたしたちは敗れました」

 涙が、あとからあとから凍っていく。白く美しい結晶となって眼窩の縁に煌めく。

「わたしの夢は、日本のウマ娘の夢は、またしてもフランスの王者に奪われました。レースだけではなく、登山でも、日本はフランスに負けたのです。くやしい、くやしい、くやしい、くやしい!」

 ぐしゃぐしゃに歪む顔を俯ける。もう女優がしていい表情ではない。恥も外聞もなく、敗北の悔しさを全面に曝け出す。酸欠で息が詰まろうが、咳が混じろうが、言葉を止めない。

 カフェは再び顔を上げた。猛禽のような黄金の瞳が、まっすぐカメラレンズを射抜く。

「お願いです。わたしを、勝たせてください。日本を、フランスに、世界に勝たせてください! 凱旋門でも、エヴェレストでも、わたしを、日本の夢を、敗北者のまま終わらせないでください! わたしは屈腱炎を発症し、死ぬまでターフを走れません。それでも、このまま朽ちていきたくなかった。挑戦することを諦めたくはなかった。だから、エヴェレストに登りました。しかし、待っていたのは、やはり敗北でした。このまま終わりたくない。打ち負かされたまま、終わりたくはないんです。だから、どうか、どうか、お願いします」

 わたしを、勝たせてください。

 マンハッタンカフェの独白は終わった。

 三分にも満たない時間、誰ひとり彼女から目を離せなかった。これから始まる下山のことも忘れ、ただ彼女の言葉に聞き入っていた。そして、胸に灯った感情の火に気づかされる。

 勝たせてやりたい。レースから引退した、もう一生走れないウマ娘を応援してやりたい。この刹那だけは、全員がそういう気分になっていた。

 ただひとり、夏野を除いて。

 全部演技だ。涙も、歪む顔も、苦しそうな呼吸と咳も、魂の叫びとしか思えない言葉も、何もかも計算の産物。地上最高点における、マンハッタンカフェ劇場だ。

 的確な言葉選びだ。自分の夢を、日本全体の夢にすり替えようとしている。凱旋門賞でもフランスに負けっぱなしという、本来登山とは無関係のコンプレックスまで煽って。後に番組が放送され、ラストでカフェの言葉を聞いた視聴者は、まんまと心動かされるに違いない。

 下山体勢になったカフェを、ふたたび夏野は注視する。

 金の瞳の奥底には終始、暗く冷たい理性の炎が揺れていた。

 彼女は、次の戦いを見据えている。次の勝利を。生きる悦びを。死の領域に揉まれた精神は、ブランハンニバルと双璧をなす怪物に昇華されていた。生きることは登ることであり、その他一切は利用すべき道具にすぎない。本気でそう思っているのではないかと、ヒラリーステップを下りながら、夏野はふと考えてしまった。

 もうトレーナーではない自分が、これからマンハッタンカフェの何に成り得るのだろうか。ベースキャンプに降り、日本に帰国しても、その疑問に答えが出ることはなかった。

 




登山過程を文章化したら、かなり長くなってしまいました。

次回、さらなる地獄へ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。