3月31日──。
エレボニア帝国帝都近郊に位置する《近郊都市》トリスタ。そこでは、この町の風物詩でもあるライノの花が満開に咲き乱れていた。その光景は美しいの一言に尽き、暖かくもわずかに冷たい春風が一吹すれば、大空に舞い上がった花びらが幻想的な世界を創り出す。
そんな美しい町並みの中を、緑と白の制服に身を包んだ者たちが目を輝かせながら歩いていた。彼らは皆、今日からこの町にある帝国屈指の名門校《トールズ士官学院》に入学することになった新入生たちである。
エレボニア帝国の旧き歴史における英雄──《獅子心皇帝》ドライケルス・ライゼ・アルノールによって設立されたこの由緒ある学院は、平民から貴族まで様々な身分の生徒が通っており、緑の制服を着た平民生徒、白の制服を着た貴族生徒と分類されている。
しかし、そんな彼らの中にちらほらとだが、
学院が指定している制服は緑と白の2種類のみ──それは学院の設立当初から変わらないもはや伝統と言っても差し支えない事実である。にも関わらず、そのどちらでもない、それどころか帝国の象徴とも言える色である『真紅』を着込んだ新入生。目を引かないわけがない。
「ふう……どうにも居心地が悪いな……」
そんな好奇の視線に晒されながら、まさにその真紅の制服を着た少年──レイド・ルクソードは、ポツリと小さく呟いた。
何故こんな事に……と、この状況の原因を考え、すぐに結論を出す。
「まったく……サラも一体何を考えてるんだか」
はあ、とレイドは溜息を吐く。
自身の”仕事“の先輩であり、師匠でもある“彼女”の破天荒な行動に振り回されることは過去に何度もあったからもはや慣れっこだったが、だからと言って連絡を受けたままにせず、意図くらいは訊いておくべきだったと後悔。自分以外の同じ真紅の制服を着ている新入生を何人か見かけて、いくらか居心地の悪さが解消されたのがせめてもの救いだった。
「まあ、どうせ後で会うんだし、その時にでも聞けばいいか。それよりも、今は早く学院に向かわないと」
チラリと町の中央にある公園らしき広場に設置された時計を見やる。入学式の開始の時間にはまだ余裕があるのだが、「その前に顔を出せ」と事前に時間を指定されているのだ。
「遅れたらぶっ飛ばすわよ♪」というオマケ付きで。
「ったく、自分は時間にルーズな癖して、俺が遅れるとうるさいんだよなあ……」
やれやれと愚痴を溢すレイドではあったが、その表情は言葉に反して緩んでいた。学院に向かう足取りも心なしか軽い。鼻歌を口ずさみながら歩く彼の頭に浮かぶのは、久しく会っていない師匠の顔だった。
最後に彼女の顔を見たのは、確か2年ほど前。別れてからも手紙や通信で交流が続いたものの、レイドがいたクロスベルでは”仕事“が忙しく、この2年間は会えず仕舞いであった。
しかし一月前、そんなレイドの元に“彼女”から『4月からトールズ士官学院に入学してほしい』という手紙とそのトールズの入学案内が届いたのである。あまりに突然のことに仕事先では一悶着あったが、ちょうど大陸西部のリベール王国から“人員補充”があったのが幸いし、何とか都合をつけることができたのだった。
そう言った経緯があったため、”彼女“に会ったらまずは文句の一つも言ってやろうとクロスベルからこのトリスタに向かう列車の中で考えていたレイドだったのだが、それでも着いた途端に頬が緩んでしまうのは、やはり2年ぶりの再会というものが自分で思っている以上に嬉しいからなのかもしれない。
調子に乗るだろうから、本人の前では絶対に言ってやらないけれども。
「さてと……それじゃあ行くとするか──トールズ士官学院へ」
見つめる先に建つ学舎──トールズ士官学院を目指し、レイドは持参したトランクを肩に担ぎながら学院に続く緩やかな坂道を子供のように駆けていく。
彼の動きに合わせて揺れるトランクに刻まれた《支える籠手》の紋章には、ついぞ誰も気づかないまま。
◇
「ご入学、おめでとーございます!」
鉄柵の校門を通り過ぎ、近くで見ると一層その威厳を際立たせる校舎を見上げていたレイドは、横から聞こえてきた少女の声に意識を傾けた。そこには、ニコニコした笑顔をこちらに向ける二人の生徒がいた。
「ようこそトールズ士官学院へ! 君の名前を聞いても良いかな?」
一目で明るい性格と分かる緑の制服を着た小柄な少女と、黄色いツナギの作業服を着た恰幅の良い青年。二人は爽やかな笑みを崩さずレイドの前に立っていた。どうやら学院の先輩らしい。少女の方は先輩というには少し違和感のある容姿をしているが、彼女の左腕についている『生徒会』と書かれた腕章が何よりの証拠となった。
「えっと……レイド・ルクソードです」
レイドが名乗ると、それを聞いた二人はすぐに表情を輝かせた。
「ホントに!? そっかー! 君がレイド君なんだね!」
「えっ、俺のこと知ってるんですか?」
「まあね。君のことは、耳にタコができるくらいたくさん聞かされてきたから」
「それって……」
「──もちろん、あたしが話したのよ♪」
と、三人のものではない、大人びた女性の声が唐突に聞こえてきた。声のした方に顔を向けると、そこには2年ぶりに目にする懐かしい
「サラ!」
「ふふ、久しぶりねレイド」
サラ・バレスタイン──元は帝国で《
サラはゆっくりとレイドに歩み寄り目の前に立つと、彼を優しくその胸に納めた。
「んなっ!? サ、サラ!?」
「フフ、良いから良いから。久しぶりに再会した愛弟子を抱き締めることくらい許してくれても良いでしょ?」
「いや、良くないから! 人も見てるだろ!」
顔を赤くしながらチラリと横目で先輩たちを見れば、二人は呆れたように苦笑しながらも、どこか微笑ましそうにレイドとサラを見守っていた。
「サラ教官、気持ちは分かりますけど、レイド君が困ってますよ」
少女がそう言えば、サラは「ええ〜」と名残り惜しそうに文句を言いながらも、ようやくレイドを解放した。ぷはっ、と解放された瞬間レイドは大きく空気を吸い込んで酸欠になりかけた肺を満たす。
「ったく、全然変わってないな……」
「たった2年じゃ人はそう簡単に変わらないわよ。でも、あなたに限っては違うみたいね。一目で分かる、ずいぶん逞しくなったんじゃないかしら?」
「そりゃあ、クロスベルでこれでもかってくらい鍛えられたからな」
言いながら、レイドは自身が持つトランクに刻まれた《支える籠手》の紋章に目を向ける。
およそ50年前に大陸中央部のレマン自治州を総本部として設立し、大陸各地に支部を置く民間団体。『民間人の安全と地域の平和を守る』ことを第一にして絶対の信条とする戦闘のプロフェッショナルたち。
レイドもその一員としてサラに師事しながら帝国で活動していたが、2年前に単身クロスベルの
クロスベル自治州は、エレボニア帝国とカルバート共和国の二大国と国境を接し、両国の領土争いに晒されている緩衝地帯。議員の汚職や犯罪組織の跋扈により治安は悪く、《魔都》とも揶揄されているほど曰く付きの都市である。
故に、クロスベルにおけるギルドへの依頼量は大陸全体で見ても他の追随を許さず、所属する遊撃士は全支部の中でも屈指の実力者でなければ務まらないとまで言われている。
そんな場所に、レイドは異動することになったのだ。放り込まれたと言ってもいい。
当時のレイドは準遊撃士から正遊撃士に昇格したばかりの新米だった。当然ながら膨大な仕事量についていくのが精一杯であり(それどころか、ついていけてすらいなかったかもしれない)、足を引っ張らないよう忙しい仕事の合間を縫い、徹底的に鍛えられた。
今となっては懐かしい思い出である。
『はぁ……はぁ……も、もう、ムリ……』
『なに情けないこと言ってるんだレイド。そんなんじゃあ、いつまで経ってもヒヨッコのままだぞ? 泰斗の真髄もまだまだこんなものじゃない。さあ、行くぞ! 歯を食いしばれ!』
『ちょっ、待った! ストップストップ! 今そんなの喰らったらマジで洒落になんないって!』
『うふふ、大丈夫よレイド。私、こう見えても医師免許持ってるの。だから怪我しても優しく治してあ・げ・る♡』
『いや、そういう問題じゃ……』
『ハアァァッ!! 泰斗流奥義『雷神掌』ッ!!』
『いやだから待ってギャアァァァァッ!!!』
回想終了。
思い出というか、トラウマだった。
「………ホント、文字通り死ぬほど鍛えられたから……」
身体の芯まで刻まれた恐怖が、無意識の内にレイドの身体をガクガクと震わせる。瞳から一切の光を消し、この世の全ての絶望を凝縮したような溜息を吐きながら薄ら笑う弟子を見て、サラは顔を引き攣らせた
「そ、そう……向こうは相変わらずブラックね」
同情が身に沁みる。しかしながら、確かに仕事はブラックではあったものの、仕事仲間たちは厳しくも優しく、彼らが鍛錬に付き合ってくれたおかげで強くなれたのも純然たる事実のため、クロスベルで過ごした時間は非常に充実していたと胸を張って言うことができる。
「えーと……そろそろ良いですか?」
と、脱線して内輪話に花を咲かせるレイドとサラにすっかり置いてけぼり状態だった二人の先輩の内、小さい方の先輩が恐る恐るといった感じで訊ねてきた。
「ああ、ごめんなさい。久しぶりの再会だったからツイ」
「いえいえ、気持ちは分かりますから平気ですよ。それじゃあレイド君、君の荷物は僕たちが預からせてもらうよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
レイドが恰幅の良い方の先輩に持っていた荷物を手渡すと、彼は「確かに」と頷いて大事そうに抱えた。どうやら中身がなんなのか把握しているようだ。
「入学式はすぐそこの講堂でやるから、始まるまで座って待機しててね。それじゃあ、これから2年間、充実した生活が送れるように頑張ってね。私たちも精一杯サポートさせてもらうから!」
激励の言葉を受け取って二人と別れたレイドは、サラに連れられて入学式が行われる講堂までやって来た。中では既に大勢の新入生が、これからの学院生活に対する期待に満ちた面持ちで、入学式が始まるのを今か今かと待っていた。
「入学式まではあと……10分ほどかしらね。それまではこの中で待機しててちょうだい。あ、そうそう。懐かしい顔もいるから、もしかしたら驚くかもね」
「?……了解」
面白そうにニヤつくサラに首を傾げつつそう返すと、途端にサラは表情を緩ませ、今度は優しい微笑みを見せた。
「……でも、本当に見違えたわ。すっかり大人っぽくなっちゃって」
その手でレイドの髪を撫でながら、優しい口調でサラは言う。レイドは顔をわずかに赤くして、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そりゃまあ、俺だっていつまでも子供じゃないし、成長すれば顔つきだって変わるだろ」
「うふふっ……今までも手紙や通信で聞いてきたけど、向こうでのこと、後で色々聞かせてね」
そう言って名残惜しそうに頭から手を離したサラは、最後の打ち合わせがあるからと校舎の方に歩いていった。そんな彼女の背を見送りながら、やっぱり変わってないとレイドは小さく笑みを溢し、講堂に入るのだった。
◇
講堂に入ってからすぐ、レイドはサラの言っていた“懐かしい顔”を発見した。
「まさかお前までいるとはな──フィー」
「うん、わたしも驚き」
入学式用にズラリと並べられたパイプ椅子に座り、レイドはその隣に腰掛ける自分と同じ真紅の制服を着た銀髪の少女を見やった。口では「驚いた」と言っときながらそんな素振りなど全く見せず、眠たそうに目を細めて大きな欠伸を溢した彼女に、こいつも相変わらずだとレイドは苦笑した。
フィー・クラウゼル。
年は確か15歳ほど。常に気怠そうで無気力な猫のような雰囲気を醸し出す少女で、年齢的にも雰囲気的にも「名門」と謳われる士官学院には不釣り合いと言っていい少女だが、決して見た目に惑わされてはいけない。これでも彼女、ゼムリア大陸最強と謳われる猟兵団《西風の旅団》に所属していた猟兵であり、《
まだ帝国のギルドが正常に運営されていた時、つまりサラの元で修行していた頃に何度か交戦したことがあるが、小柄ゆえのスピードと猟兵ならではのトリッキーな戦術に煮え湯を飲まされたこともある。
そんな、銃弾飛び交う戦場で生きてきた彼女が『学校』というおよそ世界の違う場所にいるという事実には、レイドも驚きを隠せなかったが……。
「大方、サラに連れ出されたんだろ?」
「……まーね」
レイドの指摘にフィーは少し寂しげな面持ちでこくりと頷いた。
彼女が所属していた《西風の旅団》は、少し前にライバルである《赤い星座》との抗争を起こした。大陸最強の猟兵団同士の衝突はかつて民間人にも犠牲者を出したことがあったためギルドも警戒したが、今回に限ってはお互いの団長同士による一騎討ちと、相討ちという形で終結したらしい。これにより《赤い星座》は活動を一時的に縮小し、《西風の旅団》は姿を消したと、両猟兵団を監視していたサラから報告を受けている。その報告時に彼女からフィーに関しての話が無かったため、てっきり他の《西風》のメンバーと共に姿を消したと思っていたが、ここにいるということは、経緯は知らないが先に言ったように、サラによって連れ出されたのだろう。
「そーゆーレイドもサラから?」
「ああ。詳しい事情とかは何も伝えられてないけど、久しぶりに会える良い機会でもあったからな」
「…………ふーん」
「……何か言いた気だな?」
「別に……《緋剣》も相変わらずだなって思っただけ」
「そりゃどういう意味だ? あと、その名で呼ぶなって何回も言ってんだろうが」
ピンッとフィーの小さな額を弾く。フィーは「あうっ」と小さな悲鳴を上げて、弾かれた額を両手で摩った。
《緋剣》とは、レイドが猟兵や遊撃士たちの間で呼ばれている二つ名である。《紫電》と呼ばれているサラやクロスベルのA級遊撃士であり、レイドもお世話になった《風の剣聖》アリオス・マクレインなど──彼らほどではないにしろ、その世界では知れ渡っている名だ。
「むぅ、その渾名知ってる人なんてここには居ないんだし、別に良いじゃん……」
「そうだが、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよ」
「? よく分かんないけど分かった。次は気を付ける」
と、言いながら大きな欠伸を溢したフィーを見て、こいつ気を付ける気ないなと呆れるレイドであった。
◇
話のネタが尽きると、フィーはこくりこくりと舟を漕ぎ始めた。どうやら、どこでも眠れるという彼女の特技は今でも健在らしい。すっかり話し相手のいなくなってしまったレイドは、特にすることもないので入学式が始まるまでの暇を持て余していた。
「──すまない、少し良いだろうか?」
そんな声がレイドの耳朶を打ったのは、フィーの寝顔に触発されてこっちも眠くなってきたと小さく欠伸を噛み殺した直後のことだった。
眼前に一人の少女が立っていた。長い青髪を後ろでポニーテールに纏め、凛とした佇まいは貴族のそれだが、着ている制服はレイドやフィーと同じ真紅の少女。
「少々、訊ねたいことがあるのだが」
「ああ、別に構わないけど」
そう返事をすると、少女は「そうか」と頷く。
「どうやら、そなたと隣の少女は私と同じ赤い制服のようだが、なぜ我らだけが他の者と違うのか知っているだろうか?」
「……どうしてそんなことを俺に訊こうと思ったんだ?」
「先程、そなたが教官らしき女性と親しげに話しているところを見て、もしかしたらそなたなら何か知っているのではと思ってな」
「なるほど……」
少女の言葉にレイドは納得する。確かに、自分が着ている制服がなぜか他の者たちとは異なっていることに疑問を覚える中で、学院の関係者と親しく会話をしている同色の制服を着た人間を見れば、その人物が何か知っているのではないかと考えるのも無理はない。
しかし、レイドは静かに頭を横に振った。
「確かに知り合いだけど、悪いな。俺も何も知らされていないんだ。だから、力にはなれそうにない」
「そうか……いや、別に謝る必要はない。私こそ野暮なことを訊いてしまってすまなかった」
そう言って丁寧な所作で少女は頭を下げた。その一分の無駄や隙のない立ち振る舞いを見て、ただの貴族ではないとレイドは予想する。
「まあ、力にはなれなかったけど、これも何かの縁だろう。俺はレイド・ルクソード。よろしくな」
「うむ、私はラウラ・S・アルゼイドという」
「アルゼイド……なるほどね」
どうやら予想は当たっていたようだった。
アルゼイドという名を知らない者は、少なくともこの国にはいない。子爵の位を冠する貴族であり、アルノール家の守護を司る《ヴァンダール流》と並んで帝国の武の双璧とされる剣術流派《アルゼイド流》の総本山。そこの現当主であるヴィクター・S・アルゼイド子爵は《光の剣匠》と呼ばれる、エレボニア帝国最高の剣士である。
レイドの反応を見たラウラは「やはり知っているのだな」と、少々気恥かしそうに頬を掻いた。
「確かに私の家は貴族だが、変に畏まらなくとも良い。話し方も先程のようなもので構わない」
「そうか、ならそうさせてもらうよ。これからよろしくな、ラウラ」
「うん、こちらこそよろしく」
握手を交わすレイドとラウラ。それと同時に、講堂内に導力マイク越しの男性の声が響き渡った。
『これより、第215回入学式を行います。立っている新入生は至急元いた席に戻りなさい』
「む、そろそろ始まるようだな。ではレイド、私の席は前方ゆえ、これで失礼する」
「ああ、また後でな」
席に戻っていくラウラを見送ってから、レイドは隣の席に目を向けた。相変わらずフィーはうつらうつらと舟を漕いだままだ。入学式も始まるしそろそろ起こした方がいいかと考えたレイドだったが、あまりに気持ち良さそうに眠る彼女の寝顔を見て、まあいいか、とそっとしておくことにした。
◇
『最後に諸君に、ドライケルス大帝の遺した言葉を伝えたいと思う』
静まり返った講堂内に、厳粛とした声が響き渡る。
整然と並べられた椅子に座る貴族、平民合わせて百数十名ほどの新入生たち。彼らの視線の先には、壇上のマイクの前で毅然と立つ巨大な老人の姿があった。
トールズ士官学院学院長──ヴァンダイク。
かつては帝国正規軍の『元帥』としてその名を轟かせた人物で、老いた今なお2アージュ以上はあろう身長と服の上からでも分かる隆々と鍛え上げられた肉体が帝国軍人の厳格さと強者の覇気を漂わせていた。
「『若者よ、世の礎たれ』──“世”という言葉が何を示すのか、何を以って“礎”とするのか。その意味をよく考えて欲しい」
こうしてヴァンダイク学院長の挨拶が終わると入学式も終了し、式前に着席を指示した教官が新入生に指示を飛ばす。それを受けて新入生白制服の貴族生徒、緑制服の平民生徒のそれぞれが事前に知らされていた自分のクラスに向かうために講堂を出て行った。そして、どういうわけかクラスの割り振りを
「はいはーい。赤い制服の子たちは注目~」
これからどうしようかと困惑し、気まずい沈黙の中で途方に暮れるレイドたちだったが、そんな彼らをサラがパンパン、と手を打って呼び掛けた。全員がその音と声に顔を向けると、サラはフフンと鼻を鳴らす。
「どうやらクラスが分からなくなって戸惑ってるみたいね。実はちょっと事情があってね。君たちにはこれから“特別オリエンテーリング”に参加してもらいます」
その場にいた全員が一瞬の沈黙の後、「はぁ?」と間の抜けた声をあげた。それもそのはずである。彼らが渡された入学案内書には、どこにも『特別オリエンテーション』などという行事は書かれていなかったのだから。
「ま、すぐに判るわ。それじゃあ全員、あたしについて来て」
困惑する彼らを気にも留めず、サラは鼻歌を唄いながら軽やかな足取りで講堂を出て行った。残された者たちは、理解の追いつかない状況に呆然と立ち尽くす。
「やれやれ、ホントなに考えてんだか……ま、こんな所で突っ立ってても仕方ないし、大人しく付いて行った方が良さそうだ」
呆れたようにレイドは肩を竦めてサラの後を追う。眠そうな顔のフィーが「そだね」とレイドの言葉に同意してその後に続いた。
「ふむ……ならば私もそなたと共に行くとしよう」
と、ラウラもレイドの隣に並んだ。そんな三人に触発されて残りのメンバーも動き出し、そうしてサラの後について行けば、やがて士官学院の裏手──古い建物がある閑静な場所に出た。
突然現れた謎の建物を前に立ち尽くすレイドらとは対照的に、サラは鼻歌を止めずに鍵を開けて中に入っていった。
「こんな場所で何を……?」
「くっ……ワケが分からないぞ」
金髪の少女と眼鏡をかけた緑髪の少年が呟いた。それにはレイドも同意する。現状、このメンバーの中で最もサラとの付き合いが長いレイドですら、彼女の行動の意味と狙いが理解できないでいた。
「まあ、考えても仕方あるまい」
「確かに。もうなるようになれだ」
ラウラの言葉に頷いて、これから始まるであろう“特別オリエンテーリング”なるものを警戒しながら、レイドたちは怪しさ満点の建物に入っていくのだった。