発売記念というほどではないですが、ちょうど推敲も終わったので短いですけど次話投稿します。
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《特別実習》当日──。
レイド達A班は、ケルディックへと向かう列車に揺られながら雑談に花を咲かせていた。この《特別実習》の割り当てにあたり最大の懸念事項であるリィンとアリサの不仲についてだったが、それは今朝当人同士で謝罪をして解決した。元々、不幸なアクシデントで生じたすれ違いである。仲直りするのはそう難しいことではないのだ。むしろ、よく半月もあんな状態でいられたものだと逆に感心してしまうくらいである。
「しかし、ケルディックと言えば『大市』っていうのがあって、交易地として栄えてる町なんだよな? 着くのが楽しみだな」
話題をケルディックへと転換してレイドがそう呟くと、それを聞いたエリオットが意外そうに首を傾げた。
「あれ、レイドって確かクロスベルから来たんだよね? 流石にあそこと比べると『大市』も見劣りしちゃうと思うけど……」
エリオットの言葉に、他の3人もそう言えばとレイドに視線を向ける。レイドがクロスベルから来たことは既に《Ⅶ組》のメンバーは知っている。クロスベルは大陸中から商売人が集まる貿易都市。そこの活気と比べれば、確かにケルディックの『大市』とは天と地ほどの差があるだろう。
「そうでもないさ。確かにクロスベルは人も多いし活気もあるが、競争率が高くて打算的かつ合理中心に商売をしている商人が多い。まあ、それは商売をしている人間なら誰にでも言えることだが……だからこそ、伸々として穏やかな『大市』は俺にとっては新鮮に映るもんなんだ」
他にもどういう物が売っているかとか、どんな店が人気が出るとか、クロスベルについて色々と話していくと、リィン達は感嘆の声を漏らした。
「レイドって凄く市場に詳しいんだね〜。もしかして、クロスベルで商売の勉強をしてたとか?」
「いや、そんなことはない。ただ、仕事の関係で色んな人と関わりを持つと、そういうことにも自然と詳しくなっていくんだ」
「仕事?」
「あっ……いや、何でもない」
いかんいかん。レイドは己を戒める。ついうっかり口を滑らせて余計なことを喋ってしまったようだ。別に隠すことでもないのだが、今は学生としてやっている以上、不用意に語って注目されたり身構えられたりするのも憚られる。
それはさて置き、レイドの反応に訝しげな表情をしたリィン達だったが、レイドがこれ以上話しそうもないのでひとまず流すことにした。それを察したレイドは、再び話題を転換する。
「そんなことより今回の実習について考えようぜ? 皆ももう分かってるんだろうが、この《特別実習》……随分と用意が良いと思わないか?」
「うむ、確かにそうだな。トリスタ駅でも受付が既に我らの分の乗車券を用意していたし……」
「それに実習先のケルディックでも、着いたら宿に向かってそこで実習課題を貰う手筈になっている」
『特別』と付いている以上ある程度予測はしていたが、それにしても随分と手が込んでいる。
すると、
「──それだけあなた達に期待してるってことよ」
考え込んでいるレイド達の耳に、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。声のした方に目を向けると、そこにはいつの間に乗り込んでいたのか、我らが担任教官であるサラの姿があった。
「……サラ?」
「今朝から見かけないと思っていたが、まさか列車に乗り込んでいるとは……」
「ふふん、Ⅶ組A班、全員揃ってるみたいね。ちゃんと仲直りもして、まずは一安心ってとこかしら?」
「って、見ていたかのように言わないでください!」
パチリとウィンクをしたサラにアリサが頬を真っ赤に染めて怒鳴る。そんな彼女に苦笑しつつも、リィンはサラに訊ねた。
「その、どうして教官がここに? 俺達だけで実習地に向かうという話だったんじゃ?」
「んー、最初くらいは補足説明が必要かと思ってね。宿にチェックインするまでは付き合ってあげるわ」
「そ、それは助かりますけど……」
そこまで言ってアリサは口籠もった。確かに、何をどうすれば良いのか未だによく分からない初めての《特別実習》で、その説明をしてくれると言うのならそれほどありがたい話はない。
がしかし、レイド達にはそれを素直に喜べない理由があった。
「……俺達よりB班の方に行っといた方が良いんじゃないか?」
腕を組みながらレイドはサラにそう告げた。そう、一同が気にかけているのはB班──主にマキアスとユーシスの犬猿コンビのことである。入学して以来ずっと仲の悪いこの二人は、トリスタ駅で列車を待つ間も終始顔を合わさず背中を向けあっていた。
そんな気まずい組み合わせに仕立て上げた張本人であるサラはB班に同行し、彼らの仲裁に入って然るべきだと思うのだが。
「えー、だってどう考えてもメンドクサそうだしー。あの二人が険悪になり過ぎてどうしようもなくなったらフォローに行くわ」
サラはあっけらかんと、とても教官とは思えない発言をするのだった。
「(ダメだこの人……)」
「(険悪になるって分かっててあの班分けにしたみたいね)」
「(完全に確信犯だな……)」
レイド、リィン、アリサの3人は、大きく溜息を吐きながら愉快そうに笑う自分達の担任を冷やかな目で見るのだった。
「ま、あたしのことは気にしないで話を続けてちょうだい」
しかし、そんな彼らの視線をどこ吹く風と受け流し、サラは「よっこいしょ」とどこか年寄り臭い声をあげて隣のボックス席に腰を下ろす。
「ちょっと徹夜続きでね~、悪いけど寝かせてもらうわ。レイド、隣に座りなさい」
「──はっ?」
いきなり何を言っているんだろうかこのずぼら教官は、とレイドは目を点にした。言葉の意味は分かるが、意図が分からない。
「あの……何を言ってるんですか?」
柄にもなく敬語を使ってしまうほどには混乱していた。サラは「だからぁ」と 前置きしてから、
「ケルディックに着いたら起こして欲しいから、隣に座ってくれない?ってこと」
「あー、なるほど………じゃなくて! それ、わざわざ俺がそっちに座らなくても着いたらちゃんと起こすけど!?」
「いーから座りなさい。教官命令よ」
「職権乱用にも程があるだろ……」
と言いつつも、レイドは素直に彼女に従うことにした。教官命令と言われれば拒否できないのが軍学校に通う生徒の悲しい性であり、または駄々っ娘モードに入った師匠に逆らえない弟子の性でもある。リィン達が気の毒そうな目で見つめて来る。エリオットなんかは「頑張れ~」と、逆に頑張れないエールを送って来る始末。
「……ちょっと」
「ん?」
指示通りにサラが座っているボックス席に移動して腰を下ろすと、彼女はジト目でレイドを睨み付けた。
「……なんで隣じゃなくて“向かい”に座ってるのよ?」
「なんでと言われても、別に隣じゃなくても良いだろう?」
「ダメ。隣に座りなさい」
「なんで?」
「なんでも」
どうやらサラの駄々っ娘モードは既にかなり意固地になってしまっているようだ。一切の妥協を許さず、意地でもレイドを隣に座らせようとしている。
「向かいに座ってても起こせるんだから、そんな子供みたいに意固地にならなくたって──」
「す・わ・り・な・さ・い♪」
すっと目を細めて、静かな、本当に静かな口調でサラは言った。しかし、そんな口調とは正反対にゴゴゴと、何やら尋常じゃない黒いオーラがサラから漂い始めた。レイドの表情が固まる。マズイ、この目は
「……わ、分かったよ。隣に座りゃ良いんだろ?」
結果として、レイドは折れるしかなかった。観念して立ち上がり、サラの隣に腰を下ろす。途端、放出されていた黒いオーラがシュッと引っ込み、それに比例するかのようにサラの顔も元の笑顔に戻った。
「そうそう、それで良いのよ。それじゃおやすみ~」
言うや否や、サラはレイドの肩に頭を乗せて、あっという間にスヤスヤと寝息を立て始めた。
「……もしかして、これをやりたいがために俺を隣に座らせたのか?」
「あはは、そうみたいだね〜。それにしても寝るの早いね……」
エリオットの言葉には苦笑いで答えた。サラのこの早寝は彼女の特技だ。“古巣”時代の習慣とも言えるが、取り合えず、すっかり寝入ってしまったサラのことはひとまず置いておいて、レイド達は雑談を続けた。
楽しげに会話をするレイド達。しかしレイドは内心、結構余裕が無かったりする。だって無理もないだろう! と誰に言うでもなく心で叫んだ。普段がだいぶ堕落しているから案外気付かないものだが、サラはこれでもかなり美人である。そんな美人に肩に頭を乗っけられている。レイドだって年頃の男子、意識するなという方が無理である。時折身じろぎをした際に、「ん……」と息を漏らす姿が妙に艶めかしく、大人の色香を漂わせているので、レイドの顔は徐々に赤くなっていった。
「……………」
そんなレイドを、ラウラはどこか不機嫌そうに横目で見やっていた。正確に言えば、サラがレイドに隣に座れと言った辺りからこんな感じの顔になっていた。不機嫌というより、羨ましそうにレイドの肩に頭を乗せて眠っているサラを見ている。
「(羨ましい……? 羨ましいと思ってしまったのか、私は?)」
慌てて視線を外して、ラウラは自問する。いわゆる『嫉妬』というものを、教官であるサラに対して抱いてしまったというのか。
「(いけないな。私もまだまだ未熟ということか……しかし、何故そんなことを思ってしまったのだろうか……?)」
何故、サラに対して嫉妬を抱いてしまったのか、レイドの肩に頭を乗せて気持ち良さそうにしているサラを羨ましいと思ったということは、自分もサラのやっているようなことをしたいと思っているということか。
トクン、と。
「(ああ、まただ……)」
また、ラウラの心臓が激しく脈打ち始めた。確か、入学式での特別オリエンテーリングの時も、同じような現象が起こったのを覚えている。これは一体何なのだろうか、心臓を激しく鼓動させるこの感情は何だというのか……。
「ラウラ? どうしたの、黙っちゃって?」
「──っ!? な、何でもない!」
やはり答えを見出せぬまま、アリサの呼びかけによってラウラは思考を打ち切られ。
数十分後、ケルディックに到着したことを告げるアナウンスが列車内に響いてしまうのだった。