緋の軌跡   作:もちごめ

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第11話『目的』

 

 

 《交易町》ケルディックは確かに絵に描いたような静かな田舎町だった。しかし、2年という決して短くはない期間をクロスベルで過ごしてきたレイドにとって、その風景は新鮮でもあり、どこか郷愁めいた感情を湧き上がらせた。

 秋播きのライ麦が暖かく肥沃なケルディックの環境によってちょうど実りを迎え、一面に金色の野原を作り出している。新しくもなく、かと言って古くもない田舎独特の家屋にも風情があり、レイドはまるでアルモリカ村にいるような感覚だった。そして田舎町であるはずのケルディックは現在、その穏静とした雰囲気に反して多くの人で賑わっていた。その殆どはこの地で行われる『大市』目当ての客なのだろう。貴族のような羽振りの良さそうな者から、都会から来たであろう観光客など、実に様々な人がこの地にはいた。

 

 その人々の波間を縫いながら、レイド達はサラの案内の元、ケルディック駅のすぐ近くにある《風見亭》という宿場に赴いた。

 

「やっほー、おばちゃん!」

「おやおやサラちゃん、どうしたんだい? 例の話は聞いてるけど、あんたも来たのかい?」

 

 宿場に入るなり、サラはそこに居た中年の女性に声をかけた。どうやら個人的に顔見知りらしい。女性は心良い笑顔でサラを迎えた。

 

「ま、最初くらいは付き添ってあげようと思ってね」

 

 そう言ってから、サラはレイド達に女性を紹介した。女性の名前はマゴットと言い、この《風見亭》の女将をやっているらしい。そのままレイド達はマゴットにこの地で宿泊する部屋に案内された。部屋は《風見亭》の二階。宿の中でも特に広い“一部屋”だった。

 

「ひ、一部屋だけですか……!?」

 

 まず一番に反応したのはアリサだった。5つに並んだベッドを見るなり、彼女はマゴットに詰め寄った。マゴットは面目なさそうに頬を掻きながら、

 

「うーん、アタシもさすがにどうかとは思ったんだけどねぇ。でも、サラちゃんに構わないからって強く言われちゃってさ」

「そ、そんな……」

 

 マゴットの言葉にアリサは絶望したような表情になる。レイド、リィン、エリオットの3人も、アリサ程ではないにしろ、これは困ったと表情を苦くした。

 

「ふむ……アリサ、ここは我慢すべきだろう」

 

 しかし、そんな中で唯一涼しい顔をしていたラウラが口を開いた。

 

「そなたも士官学院の生徒。それを忘れているのではないか?」

「そ、それは……」

「そもそも、軍は男女区別なく寝食を共にする世界。ならば部屋を同じくするくらい、いずれ慣れる必要もあろう」

 

 レイド達は「おお……」と感嘆した。さすがは武門・アルゼイド家の息女なだけある。彼女の言っていることに反論の余地はなく、アリサは観念したように唸った。

 

「ううっ……分かった! 分かりました!」

 

 そうして視線をキッときつくして、男子達に振り向く。

 

「あなた達、不埒な真似は許さないわよ!?」

 

 アリサが釘を刺せば、男子は「もちろんそんなことはしない」と口を揃える。レイドに至ってはクロスベルでは逆に不埒な真似を“されそうな”側だったわけだから、むしろその時のトラウマが蘇ってきてしまった程である。誰がとはあえて言わない。まあ、一言だけ言わせてもらうとするならば、リンが居てくれて本当に良かった。

 

「うーん、レイドとエリオットはともかく、誰かさんには前科があるし……よし、いっそ寝る前に簀巻きにでもすれば……!」

 

 話を戻して、そんな物騒なことを真面目な顔をして呟いたアリサに苦笑し、水に流したんじゃなかったのかと溜息を吐いたリィンをご愁傷様と慰めてから、話が纏まったところでマゴットから一通の封筒を受け取った。中に入っているのは恐らくこの『特別実習』の詳しい内容だろう。部屋を出て行ったマゴットの背を見送ってから、レイド達は封筒を開けて中身を取り出した。

 

 

特別実習・1日目。

 

実習内容は以下の通り──

 

・東ケルディック街道の手配魔獣

・壊れた街道灯の交換

・薬の材料調達

 

実習範囲はケルディック周辺、200セルジュ以内とする。なお、一日ごとにレポートをまとめて、後日担当教官に提出すること。

 

 

「……これが『特別実習』?」

「なんて言うか、何でも屋みたいだね?」

「ふむ……一応、魔獣退治なんかも含まれているが……」

「(あれ? これ、なんか……)」

 

 実習内容を一通り見終えてから、他のメンバーが一様に頭に疑問符を浮かべている中で、ふとレイドは首を傾げる。どうにも実習内容に見覚えがある。なんと言うか、そう……これはまるで──。

 

「とりあえず、もう一度サラ教官の所に行って、詳しい話を聞こう」

 

 と、今まで何やら静かに考え込んでいたリィンがふとどこか合点のいったような表情で口を開いた。彼の表情を見て不思議そうに首を傾げたアリサ達だったが、とりあえず言う通りに部屋を出てサラの元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷっっはああッ!! この一杯のために生きてるわね〜!」

 

 詳しい話を聞こうとサラのいるカウンターまで来たレイド達だったが、彼らが目にしたのは、真っ昼間から酒をがぶ飲みする担当教官の姿だった。

 

「見事なまでに堕ちてるな。ここまで来ると感心するよ、うん。さすがサラ」

「ありがと~レイド~」

 

 いや褒めてないし、と声を大にして言ってやりたかったが、どうせ聞きやしないだろうからその言葉は喉元で止めておく。サラは完全に出来上がっており、ふらふらと身体を揺らしながら真っ赤な顔で果たして何杯目なのか聞くのが怖い酒を呑む。

 

「あたしはここで楽しんでるから、君たちは遠慮なく出かけちゃって良いわよ?」

「勝手に纏めないでください! 何なんですか、『特別実習』の内容って!?」

 

 アリサが視線をきつくしてサラに訊ねれば、サラは「んー」と瞑目した。

 

「とりあえず、必須のもの以外は別にやらなくていいわよ? 全部君たちに任せるから、後は好きにするといいわ」

「だから、そんな勝手なことを言わないで──」

「いや……」

 

 どうにも答えになっていないサラの言葉に更に目元をきつくしたアリサの言葉を、リィンが遮る。

 

「そうした判断も含めての『特別実習』というわけですか」

 

 ハッと、アリサ達は一斉にリィンに目を向けた。サラは満足したように笑みを溢すと、不意に赤くなった顔を引き締める。

 

「実習期間は2日間。A班は近場だから明日の夜にはトリスタに戻ってもらうわ。それまでの間、自分達がどんな風にこの時間を過ごすのか、せいぜい話し合ってみることね」

 

 「ほら行った行った」と、ぽかんとしたままの一同にサラは告げ、ひとまず外に出ようと戸口に向かう。扉の所まで歩き、レイド以外のメンバーが出た後に閉まりかけた扉に手を掛けて、ふとレイドはその手を止めた。

 

「ん? どうした、レイド?」

 

「ああ……いや……」

 

 突然動きを止めたレイドにリィンが訊ねる。レイドは煮え切らない返事を返しつつ、

 

「悪い、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言って扉を閉めて、酒を呑んでいるサラの元まで戻った。

 

「あら、どうしたのレイド?」

 

 サラは振り返らずに、真後ろに立つレイドに話しかけた。気配で分かるというヤツか。酔っているというのにその辺りの勘の鋭さは本当に恐れ入る。まあ、だからこそA級遊撃士としてやっていけたのだろうが。

 

「聞きたいんだが……」

 

 話を戻し、こちらに顔を向けないまま酒を飲むサラに、レイドは問い質した。

 

「この『特別実習』……遊撃士の活動にそっくりだと思った俺は、間違ってないよな?」

「…………」

 

 サラは何も答えなかった。沈黙したということは肯定と捉えても良いのだろう。サラは「やっぱりバレちゃうわよね〜」と自嘲気味に息を吐いて、カウンターの椅子ごと身体をこちらに向けた。

 

「まあ間違っちゃいないわ。あなたの言う通り、この【特別実習》は遊撃士の基本に添う所が大きい」

「そうか……じゃあ、《特別実習》の目的は……」

「想像する通りよ」

 

 やっぱりか、レイドは小さく呟いた。

 

 遊撃士の基本──。

 それは、その土地に赴き、歩くことでその地を知ること。そうすることで自分はどうすれば良いのかを学び、己の判断力や行動力を向上させる。そうして有能な遊撃士達を育てていく。ちょうどクロスベルの遊撃士が、何十セルジュもある街道を導力バスを使わずに歩くように。

 

 この《特別実習》の目的というのはまさにそれ──実習で赴いた土地を知り、そこで自分達の行動をいかにするかを判断させて個々の判断力・行動力を高めること。

 

 だが……。

 

「そうか……ま、でもそれは《Ⅶ組》を設立した理由ではないんだろう?」

「…………」

 

 問いに、やはりサラは何も答えなかった。その代わり、彼女は嬉しそうに感嘆の声を漏らした。

 

「クロスベルで随分と鍛えられたみたいね。その目……まるで《風の剣聖》ね」

「おかげさまで……それで話を戻すけど、《特別実習》の目的は個々の判断力や行動力を高めること。でもそれは決して《Ⅶ組》設立の目的ではない……いや、一応目的ではある。ただ、“本当の目的の一部”に過ぎない」

 

 だろ? レイドが片目を開けて訊ねれば、サラは笑顔を作った。

 

「正解。確かに《Ⅶ組》設立の本当の目的がある。表向きの理由である《ARCUS》の試験運用だって、その目的の一部。でもごめんなさい。本当の目的は“まだ”言えないわ」

 

 少し申し訳なさそうに笑みを崩して、サラは答える。しかし、レイドは別に気にしない。

 

「言えたとしても、どうせ言う気はないんだろ?」

「あら、分かってるじゃない?」

「何年の付き合いだと思ってるんだよ? サラの考えなんてお見通しだ」

 

 知り合ったのはもう何年も前。まだサラがA級遊撃士になる前だ。そのくらいになれば、嫌でもサラのことは分かるようになる。

 

 だから、信じているのだ。

 

 今はまだ言えないし、言わないけれど。

 

 いつか時が来たら、必ず全てを話してくれることを。

 

「ま、目的が何にせよ、この実習が遊撃士の基本に沿ってるのならそれは俺の専門分野だ。特に困ることはないな」

 

 聞きたいことは聞いたと、レイドは満足したような面持ちで踵を返す。

 

「そうね、なら先輩として皆を助けてあげてね……“あの人”のように」

 

 ピタリと、レイドの動きが止まった。手が無意識の内に剣の柄を撫でる。ここでそれを言うか。卑怯だと、レイドは思った。

 

「──もちろん」

 

 思いつつも、レイドは笑顔でそう返す。そんな彼の顔を見て、サラの頬も緩んだ。

 サラの、引いては《Ⅶ組》の設立者の真意はまだ分からないが、今はこの《特別実習》に集中するとしよう。この地で何を学び、どのようにして判断力や行動力を培っていくのか……。

 

 まあ、とりあえず──。

 

「マゴットさん、サラにこれ以上酒を出すのは禁止ということで」

「ちょ、ちょっと! それはつまり、あたしに死ねってこと!?」

 

 身内がこれ以上醜態を晒すのを未然に防いだ俺の判断は決して間違っていないだろう。

 

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