「サラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね♪」
学院の裏手にある“いかにもな”雰囲気の古い建物に入り、訝しげに中を見回すレイドたちに向けてステージに上がったサラが愛嬌たっぷりに自己紹介をした。
何となくツッコんでやりたい衝動に駆られたが、そんなしょうもない事よりも彼らの記憶に残った言葉が彼女からは発せられていた。
「な、《Ⅶ組》……!?」
眼鏡をかけた緑髪の少年がその場の全員の気持ちを代弁するように声を上げる。そして、彼に続くように今度は三つ編みの少女がおそるおそる手を挙げた。
「あ、あの……サラ教官。この学院の一学年のクラス数は5つだったと記憶していますが。それも、各自の身分や出身に応じたクラス分けで──」
「お、さすが首席入学。よく調べているじゃない。そう、この学院には一学年につき5つのクラスがあって、貴族と平民で区別されていたわ。──あくまで、去年まではね」
「え……?」
「今年からもう一つのクラスが新たに立ち上げられたのよね~。すなわち君たち──
サラの言葉を受けて、静かだった空間がわずかにざわめき立った。レイドは「なるほど、だからか」と制服の色が他の新入生と違う真相を理解し、同時にため息を溢した。
「それ、事前に説明してくれよ……」
サプライズのつもりだったのだろうが、トリスタ駅を降りてから好奇の視線に晒されたこちらとしては、正直たまったものではない。とうの本人はドッキリ大成功した時みたいな満面の笑みを浮かべていた。イラッとした。引っ叩いてやりたい。
「冗談じゃない!」
すると、緑髪の少年が大声で異を唱えた。彼は眉間にシワを作り、眼鏡の奥の鋭い視線をサラに向ける。
「身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!?」
「えっと、たしか君は……」
「マキアス・レーグニッツです! それよりもサラ教官、自分はとても納得しかねます! まさか、
少年──マキアスは鋭い剣幕で言い放つ。どうやら彼は貴族に対して良くない感情を持っているらしい。彼の言葉を受け、ラウラと何人かのメンバーが反応を示した。
(しかし、“レーグニッツ”か……)
しばらく帝国を離れていたために国内の世情にだいぶ疎くなってしまったが、記憶が正しければ帝都ヘイムダルの知事をしているのがカール・レーグニッツという人物だったはずだ。
《貴族派》と《革新派》が水面下で火花を散らす今のエレボニア帝国において、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンと並んで《革新派》の代表と言える人物である。その息子が彼であるならば、貴族嫌いも納得できることではある。
「フン……」
そんな事を考えていると、マキアスの隣にいた金髪の少年が不意に鼻を鳴らした。ただでさえ眉間に寄ったシワをマキアスは更に寄せ、その少年を睨みつける。
「……君、何か文句でもあるのか?」
「別に。
「っ!……これはこれは。どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度……さぞ名のある家柄と見受けるが?」
皮肉のこもったマキアスの言葉に、金髪の少年は再度鼻を鳴らして向き直る。
「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」
「なっ!!?」
「へぇ……これまたずいぶんなビッグネームがいたもんだ」
ユーシスの名を聞いて、レイドと数人以外の全員が驚愕した。アルバレアといえば、帝国貴族の中でも特に権威のある《四大名門》の一角で、クロイツェン州を治める《アルバレア公爵家》のこと。帝国内では皇帝家に次いで発言力のある大貴族中の大貴族である。
「だ、だからどうした! その大層な家名に誰もが怯むと思ったら大間違いだぞ!」
「はいはい、そこまで!」
ユーシスの生家を聞いてなお食って掛かるマキアスだったが、サラが手を叩いて制した。不満そうに歯を食い縛りながらも、マキアスは彼女の言う通りに踏み留まる。それを見届けてから、サラは大袈裟に咳払いをし、
「それじゃ、そろそろオリエンテーリングを始めるとしますか♪」
そう言って少しずつ後ろに下がり始めた彼女は、スイッチのような物がある場所の横に立ち、それを何の躊躇いもなく押した。すると、ズシンッ、とレイドたちの足元で地響きが起こり、次の瞬間には床が大きく傾き始めた。
「うわぁっ!?」
徐々に傾斜が上がっていき、重力に引っ張られてどんどん下にずり落ちていく。そんな中でふとレイドが上を見上げれば、ワイヤーを天井の梁に巻きつけてぶら下がり難を逃れたフィーの姿が目に入った。
「あ、ずりぃっ!」
流石は猟兵と言ったところなのか、不測の事態への対処は向こうが一枚上手だったようだ。ただ、こちらを見下ろしたフィーが勝ち誇ったドヤ顔でVサインを送ってきたのが酷くムカついたので、思い切りほっぺを抓ってやりたい。
「くっ……!?」
その時、すぐ近くからラウラの声が耳に届いた。見ると、同じように下にずり落ちていく彼女の姿が目に入る。
「ラウラ!」
レイドは反射的にラウラの元まで移動し、彼女の体を引き寄せた。
「レイド……!?」
「しっかり捕まってろ!」
落ちていく中で体勢を整えてラウラの背中に手を回し、胴体を支えながら膝裏に手を入れて立ち上がる──いわゆる『お姫様抱っこ』の体勢になった。
今の自分の体勢を理解して顔を赤くするラウラに対してレイドは自分がしていることを理解しているのかいないのか、至って冷静のまま未だ暗闇に包まれる下層に目を向けている。そして、地面が見えてくると脚に力を込めて跳び上がり、そのままなるべく衝撃の無いように着地した。
「ふぅ、危なかった……大丈夫かラウラ?」
「う、うむ……」
安堵のため息を溢したレイドは、ラウラを抱えたその状態のまま顔を覗き込んでくる。数リジュという至近距離から見つめ合う形となり、また、自分の父以外で異性にここまで顔を近づけられたことのないラウラは、レイドの顔を直視することができず慌てて顔を逸らした。
「ったく、あの人はホントにいつもいきなりなんだよなあ。俺だけならまだしも、他の人にまで無茶苦茶するんじゃないっての」
「レ、レイド……」
ラウラの返答に再び安堵したレイドは、そのままぶつぶつとサラに対する愚痴を呟き始めた。
もう一度言うが、ラウラを抱えたままである。つまり、『お姫様抱っこ』である。武門《アルゼイド流》の後継者として物心ついた頃から剣に触れ、他の門下生と共に汗を流して17年。いわゆる“少女らしさ“とは無縁であることはラウラ自身も自覚している。
が、それでもラウラがうら若き乙女であることに変わりはないわけで……。
「ん? ラウラ、どうした?」
「いや、その……そろそろ降ろしてくれぬか?」
「あっ」
つまり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「わ、悪い! 危ないと思って、つい……!」
「う、うむ……」
ラウラの言葉を受けて自分がしていることを理解したレイドは、慌ててラウラを地面に降ろした。彼の行動が悪意ではなく──むしろ善意によるものであることはラウラとて重々承知している。今日初めて知り合ってそれほど時間も経っていないが、これまでの会話や行動を共にして、レイドの
それでもやはり、“知り合って間もない同年代の異性“に御伽噺の挿絵で見た『お姫様抱っこ』をされたという事実は、特大の
「……………」
「……………」
同じように落下した者たちが立ち上がり、状況を確認するために周囲を見回しているのを他所に、レイドとラウラのいる場所では気まずい沈黙が流れ続ける。
と、
「──とりゃ」
「ぐはっ!?」
そんな気の抜けた掛け声が耳に届くと同時、穴から落ちてきた銀色の影がレイドを頭から踏み潰した。突然の事態に驚いたラウラは、その銀の正体が入学式の時にレイドの隣で眠っていた銀髪の少女──フィーだと気付くのに数秒の時を要した。
いかにフィーが小柄で軽量といえど、そこに落下による重力が加算されるとその威力は甘くなく、もろに直撃を喰らったレイドはうつ伏せでピクピクと痙攣していた。
そしてフィーは倒れているレイドを一瞥して、一言。
「……
「いや『排除完了』じゃねえええっ!!!」
キリッとドヤ顔を決めた銀色の猫に万感の怒りを込めて、レイドは「ウガーッ!」と吠えながら立ち上がる。その勢いでフィーが吹き飛ばさられるが、そこは流石に元猟兵。すぐさま空中で体勢を整え、難なく地面に着地する。
「何しやがんだフィーてめーこのヤロー! めちゃくちゃ痛かったぞコラーッ!」
が、レイドも譲らず、すぐにフィーを追撃して彼女の両頬をむにーっと引っ張った。
「わふぁひはふぇいほのほふははらほのひほほはほっははへ(わたしはレイドの毒牙からこの人を守っただけ)」
「うっせーよ! 何言ってるかわかんねーよ! てか、お前、前回会った時にも同じようなことやってくれたよなあ!」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた二人に何人かが気づき、何故か取っ組み合っている光景を前に目を点としている。
後に「兄妹喧嘩のようだった」と語られることとなるこの争いは、最終的に見かねたラウラが止めに入るまで続くのだった。
今回少し短めですが、その分次話を早く作れると思うので、一週間以内に第3話を更新する予定です。