予想以上に時間が取れなかったために、一週間以内に投稿できますと言っておきながら結局一週間以上かかってしまいました。すみません。
そして今回も短めですが、引き続き『緋の軌跡』をよろしくお願いします。
パシンッ、という乾いた音がレイドたちのいる広い空間──おそらく建物の地下──に響く。
いきなりのことなので状況を説明すると、サラのトラップで床が抜けた際、レイドと同じように一人の少女を助けようとした少年がいたそうなのだが、運悪く彼は着地に失敗。転倒し少女の胸に顔を埋めてしまうという手垢でベッタベタなハプニングを起こしてしまったらしい。
もちろん少年に下心などまったく無く、純粋にただ助けたかったがゆえの行動だったのだが、そんな言い訳が胸に顔を埋められた被害者に通じるはずもなく、結果、盛大な音を響かせて少年は頬に真っ赤な紅葉を作る羽目となってしまったのであった。以上、解説終わり。
「いやはや、俺も一歩間違えてたらあんな目に遭ってたのかねえ?」
自分が彼の立場だった場合を想像してレイドは「あーこわいこわい」と首を振る。それを聞いたラウラは心外だと言わんばかりの目を向けてきたが、レイドの顔を見るやすぐにバツが悪そうに視線を外した。
「どうしたラウラ? 人の顔を見るなり視線を外すのは失礼だぞー」
「す、すまない。悪気はなかった。だが、その………」
と、そう謝罪した後にラウラは再びレイドの顔を見やり、
「大丈夫か?」
「……全然大丈夫ですけど?」
ラウラの気遣いに、
先ほどまで行われていた彼と少女──フィーの喧嘩は最終的にフィーも反撃してレイドの両頬を引っ張り、お互いがお互いの頬を引っ張ったまま膠着状態に陥るという泥仕合に発展した。そのため、見かねたラウラが二人を止めた頃には双方の両頬はまるでリンゴのように真っ赤に染まっていた。終わったら終わったで、レイドが強がる傍ら「“傷モノ“にされた」と誤解を招く問題発言を溢すフィーは、果たして意味を分かって言っているのだろうか。ともあれ、ラウラからしてみれば向こうで紅葉を咲かせた少年よりも、両頬にリンゴを実らせた二人の方がよっぽど酷い。
「……さて」
予想外のハプニングがあちらこちらで起きてしまったために出鼻を挫かれた感が強いが、ラウラは切り替えて改めて状況を確認するために周囲を見渡した。落ちたという事実から当然自分たちがいる場所は地下。それなりの広さがあり、奥には石造りの重厚な扉。広間の壁際には円になるような形で10箇所に台座が設置されていた。
「台座に置かれているのは俺たちの荷物か……あと、何か小さな箱が置かれているな」
それぞれの荷物と一緒に置かれている見覚えのない小さな箱に首を傾げていると、突然薄暗い広間に不釣り合いな電子音が鳴り響いた。音の出所は入学案内書と一緒に送られてきた
『ハロハロー、驚いたかしら? これは、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代型戦術オーブメントの一つ。All-Round Communication & Unison System ──通称《
サラの言葉──正確にはラインフォルト社という単語を聞いて金髪の少女の表情がわずかに強張ったが、それに気がついた者はいなかった。
「(ふむ……俺には《
説明を聞きながら、レイドは制服の内ポケットに入れていた“もう一つの”戦術オーブメントを取り出す。
《ENIGMA》──今年に入ってすぐの頃にエプスタイン財団によって開発された最新の戦術オーブメントである。従来の戦術オーブメントと比べてデザインが変わった以外に大きな変化はないが、特筆すべきは《ENIGMA》の端末同士での簡易通信機能だろう。最新かつ試験的な機能ゆえに導力波が届く範囲でしか通信できないという制限はあるものの、これにより相互での連絡や連携が非常にスムーズになり、活動がかなり楽になったとクロスベル支部ではかなりの好評を博していた。
そして今回の《ARCUS》だが、《ENIGMA》と見比べてみると結晶回路のスロット数が増えていたり、中央に従来のものには無かったもう一つのスロットがあったりと同世代の戦術オーブメントでありながら比較的《ARCUS》の方がより大幅な改良が施されているように感じる。そこはやはりエプスタイン財団単独での開発だった《ENIGMA》と違い、帝国最大の重工業メーカーである《
「(スロットが増えているということは、その分だけパフォーマンスや使える
どちらかと言うと前衛タイプなレイドとしては、こうした違いを見ても「よく分からないけどすごいなあ」くらいの反応しかできないが、分かる人にとっては劇的な進化と言っても過言ではないのだろう。
例えばそう、オーブメントとアーツの扱いに定評のある金髪のあの人なんかは大喜びしそうだ。
閑話休題。
サラの指示に従い、レイドたちは自分の荷物のある台座の前まで移動する。一緒に置かれていた小さな箱を開けると、中に入っていたのはクォーツだった。サラの説明によると、これは《マスタークォーツ》という特殊なクォーツであり、《ARCUS》の結晶回路の中心スロットに嵌め込めばそれだけで複数のアーツを使えるようになるという。
「なるほど……これは確かに《ENIGMA》とは違うな」
説明を聞いて感嘆の声を上げながら、レイドは《ARCUS》の中心にマスタークォーツを嵌め込んだ。すると、《ARCUS》の機体から淡い光が発生し、それに共鳴するように全員の身体からも同じ光が放たれる。
「これは……」
『あなたたちと《ARCUS》が共鳴・同期している証拠よ。他にも《ARCUS》には面白い機能があるんだけど、その説明は追々ってことで。早速“特別オリエンテーション”を始めちゃいましょうか』
サラが《ARCUS》越しにそう宣言すると同時に、それを合図とするかのように広場の奥にあった扉が重々しい音を立てながら開いた。
開いた扉の向こうでは、この広場よりも更に薄暗い直線が50アージュに渡って続き、一定の間隔で並ぶランプの灯りのみが道を照らしている。その道を風が吹き抜けるとまるで獣のように唸り声を上げ、その不気味さを一層引き立てる。
『そこから先のエリアはダンジョン区画になってるわ。割と広めで迷路みたいに入り組んでるし、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるけど、無事終点まで辿り着ければ旧校舎一階に戻ることができるわ』
少し楽しげな声音でサラが告げた後、続けて「コホン」と咳払いが聞こえ、
『──それではこれより、トールズ士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自ダンジョン区画を抜けて旧校舎一階まで戻ってくること。文句があったら、その後に受け付けてあげるわ』
先ほどとは違い、粛々とした口調で告げられた宣言に、レイドたちも自然と気を引き締められた。
『あ、それとレイド』
「えっ?」
と、不意に名指しを受けて一瞬キョトンとするレイドに、サラは声音を再び楽しげな調子に戻し──
『終わったらご褒美にホッペにチューしてあげるから、頑張ってね♡』
爆弾を投下した。
「待て待て待ておいっ! なに
『サラだけに?』
「上手くねーんだよ!」
トンデモ発言をぶっ込んだ師匠に全力で反論するも、凍りついた空気は戻らない。
「レイド……そなた……」
「やっぱシスコンか」
「あのラウラさん!? 違いますから! そういうのじゃないですからそんな冷たい目で俺を見ないでください! あとフィー! お前は黙ってろ!」
他のメンバーからの視線──特にラウラとフィーからの冷めた視線を受けて必死で弁解するレイド。この状況に追い込んだ張本人といえば、スピーカーの向こうで笑いを堪えていた。
『ま、冗談はこれくらいにしておくとしましょうか。オリエンテーリングはもう始まってるから、レイドに限らず皆も頑張ってね~♪』
それだけ告げて《ARCUS》からサラの声が聞こえなくなり、薄暗い広場に再び沈黙が流れ始める。
「サラの奴、覚えてろよ……」
オリエンテーリング前にやけに気疲れしたレイドは、冷たい視線を背中に受けながら消え入りそうな声音で恨み言を呟くことしかできなかった。