緋の軌跡   作:もちごめ

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ご無沙汰しております。
2年以上ぶりの投稿で本小説を楽しみにしてくださっていた皆様には大変申し訳ありませんでした。

かなり久しぶりの投稿ですので存在すら忘れられてしまったかもしれませんが、またちょくちょく投稿できれば良いなと思います。

変わらずの亀更新ですが、これからもよろしくお願いします。



第6話『学生生活』

 

 

 

 トールズ士官学院に入学してから、早いもので2週間が経過していた。

 トリスタの町は今やすっかり春爛漫。燦々と太陽が輝き、暖かな春風が爽やかに頬を撫でる。

 

「えーっと、今日の授業の教本は……よし、大丈夫だな」

 

 その町並みから外れた場所にある年季の入った建物──トールズ士官学院・第3学生寮の自室にて、レイドは登校の準備を整えていた。

 

「…… それにしても、さすがは帝国屈指の名門士官学校。武術教練だけじゃなく勉強のレベルまで高いと来た」

 

 誰に言うでもなくポツリと呟いた独り言。

 遊撃士としてそれなりに教養があると自負してるため、どこかの銀髪少女ほど壊滅的ではないが、どちらかと言えば身体を動かす方が得意なレイドにとってトールズの授業はなかなかレベルが高く、日々の予習復習が欠かせないほどには苦労している。

 

「不安はあるけど今のところは何とかなっているし、このまま行けば少なくとも落第になることはないだろう……と、よし、準備完了」

 

 歴史学や数学、政治学などの教本を鞄に仕舞い、改めて忘れ物がないか確認した後、室内に備え付けてあった写し鏡の前に立って身嗜みをもう一度確認する。

 入学して2週間、やはり学生というものはなかなか慣れない。12歳までは他の子供と同様に日曜学校に通っていたが、ある日を境にサラの元で遊撃士としてやっていくための訓練漬けの日々を送っていたレイドには『学校』というものがどんな所なのか想像ができていなかった。

一応、トールズ入学にあたり、クロスベルでリベールのとある姉弟から彼女らが経験した学校生活について話も聞いたのだが、最終的に何故か演劇と女装の話で盛大に脱線してイマイチ参考にならなかった。あと弟の方は顔を真っ赤にして死んでいた(精神的に)。

 

 閑話休題。

 

 また、この話はフィーにも同様に言えることでもあった。先ほどフィーは勉強が壊滅的と言ったが、そもそもの話、彼女はまだ15歳で本来であれば未だ日曜学校に通っている年齢である。それに加え、猟兵であったことや彼女自身の過去を鑑みれば、勉強が出来ないのは当然である。

 

「……まだ2週間しか経っていないのにあれこれ考えすぎるのは良くないな」

 

 身嗜みを整えながら息を吐く。先行き不安な部分はあるが、まだ始まったばかりの学院生活。今からこんなでは楽しめるものも楽しめない。レイドは「まあ、何とかなるだろう」と深く考えるのをやめ、身嗜みのチェックを終えた。そして、鞄を持って部屋を出ようと扉に向かう。

 

 その前に、レイドは鏡の隣に据え付けてある棚に目をやった。

 

「……………」

 

 目線の先には、一つの写真立て──そこに飾られた一枚の写真。

 

 ピースサインを作って無邪気な笑みを浮かべている少年がいた。その少年の背後には彼の両肩を抱き締め、柔らかい笑顔を浮かべた一人の女性。女性の方が歳を重ねて大人びてはいるが、髪の色や顔立ちに至るまで、彼女は少年と瓜二つの容姿をしていた。

 レイドはその写真立てを手に取り、写っている女性を見つめた。愛おしげに、しかしその瞳の奥に ”悲しみ” も滲ませて。

 

「行ってきます──“姉さん”」

 

 優しく、小さな声で呟き、ゆっくりと壊れ物を扱うような手つきで写真立てを元の場所に戻す。そうしてまたしばらくその写真を見つめてから、レイドは静かに部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 1階に下りると、見覚えのある長い青髪とそれを黒いリボンで一つに纏めた少女の姿が目に入った。

 

「おはよう、ラウラ。まだ寮にいたのか?」

「おはよう、レイド。これから登校しようと思っていた」

 

 少女──ラウラの元に歩み寄って挨拶すれば、彼女は凛とした笑顔を返した。その姿がなんともラウラという少女にはよく似合っていて、窓から差し込む朝日に照らされているのも相乗してレイドは一瞬胸を高鳴らせた。

 

「そ、そうか、俺もだ。折角だし、一緒に行こうか?」

「うん」

 

 見惚れたのを悟られないように小さく咳払いをしたレイドの誘いにラウラは頷き、共に第3学生寮の扉を開けて外に出た。その瞬間、燦々と輝く陽光が視界を覆い、二人は反射的に目を細める。

 

「今日も良い天気だな!」

「そうだな」

 

 他愛のないやり取りをしながらレイドとラウラは歩き出す。

 寮を出て真っ直ぐ駅に向かって歩いていくと商店街に出る。そこでは開店準備の為に品出しをしたり、店や家先の掃除をしたりなど、町の住人たちで賑わっていた。そして、その賑わいの中には緑色や白色の制服を着た学院生たちの姿もちらほらとだが確認できる。町の郊外にある第3学生寮で生活するレイドら《Ⅶ組》と違い、他の貴族生徒や平民生徒は商店街を抜けた先、より校舎に近い位置に建つ第1と第2の学生寮で生活している。つまり登校するならば方向が逆なのだが、そんな彼らがわざわざ登校前に商店街にいる理由はその大半は昼食を買うためであった。

 当然ながら学院にも食堂があり、大抵の生徒はそこを利用している。しかし、このトリスタの町では喫茶店《キルシェ》や食品や雑貨を扱う《ブランドン商会》などが学生や働く人(ワーカー)向けの昼食を割安で販売しているのである。こうしたサービスは金欠の学生やビジネスマンにとっては大変有り難いものであり、また、そうでなくとも、食堂ではなく学院の屋上や中庭で友人と一緒に食事をしたいという生徒がこぞって購入していくのである。長い歴史を共に歩んできたトールズとトリスタだからこそ、こういった光景は日常の一つとなっていた。

 

「──入学して2週間、町の人たちや他の生徒たちの視線もようやく普通になってきたな」

 

 咲き誇るライノの花と賑わいの中をラウラと共に歩きながら、こちらを気にも留めなくなった町の人や学院生たちを見ながらレイドは呟いた。

 初めてトリスタ駅を降りた時もそうだったが、入学してしばらくの間は彼らからの視線は凄いものだった。なにせレイドたち《Ⅶ組》は今年新設されたばかりの特別クラスである上に、制服も平民の緑でも貴族の白でもない帝国の象徴色でもある『真紅』なのである。そんなもの注目するなというのが無理な話だ。

 しかし、2週間も経つと流石に目が慣れてきたのか、今では《Ⅶ組》も他の生徒と同様に受け入れられ、対応も普通になっていった。一方《Ⅶ組》も《Ⅶ組》で一部は順応が早く、エマやエリオットなんかが町の人と楽しそうに話していたのを見たことがあるし、マキアスに至っては放課後、コーヒーを飲みに毎日のように《キルシェ》を訪れ、入学2週間にして常連客となっているほどだった。

 

「うむ、そうだな。しかし、完全に普通になったわけではないようだ。まだまだ我らに向けた視線を感じる時がある。気にはしていないが、今も後ろの方から気配を感じるな」

「いや、それは……うん、そうだな……」

 

 ラウラの言葉に、レイドは曖昧な反応を返した。先ほど《Ⅶ組》への視線が普通になったと言ったが少しだけ訂正しておく。

 ラウラだけは今も女子──主に貴族生徒のお嬢様たちに注目の的だった。なんでも、一部では彼女を『お姉様』と呼び慕う者まで現れたとか。入学してまだ2週間なのに早すぎじゃないかとか、そもそも同い年、もしくは年下なのに“お姉様”とはこれいかにとか、色々ツッコミたいことはあるが敢えて口にはすまい。

 とまあそんなワケで、現在ラウラが感じているという視線は《Ⅶ組》に向けられたものではなく、早くもラウラのファンとなった女子たちからラウラにだけ向けられた熱視線なのである。それをラウラ本人は知らないし、きっとこれからも知ることはないだろうなあと思う。

 

「ラウラお姉様、本日もお美しい……ですが、一緒にいる男は誰かしら?」

「お姉様と一緒に通学……なんて羨ましい……っ!!」

「憎たらしいわね……」

 

 前言撤回。ラウラだけじゃなかった。会話と共に禍々しい殺気が背後からレイドに突き刺さってくる。気にしたら負けだとレイドは無視を決め込んだ。

 

「ところでレイド、勉強の方はどうなのだ?」

 

 背後からの熱い視線(+殺気)を受けつつしばらく並んで歩いていると、そう唐突にラウラが訊ねてきた。

 

「うん? そうだな……やっぱり、流石は帝国屈指の名門校なだけあって、なかなかレベルが高いから苦労してるよ」

「そうなのか? ふむ……ならば、私がそなたの勉強に付き合っても良いぞ?」

「えっ?」

 

 あまりに突然な言葉に、レイドは虚を衝かれたように顔を向けた。彼女は頬をほんのりと赤く染めてレイドから目を逸らし、

 

「その……無理にとは言わぬ。迷惑だと思うのなら、断ってくれても構わない」

「いやいや、迷惑だなんてとんでもない。むしろ非常に有難いくらいなんだが……でも、本当に良いのか?」

 

 《アルゼイド流》の剣を振るうラウラが戦闘面において新入生の中でも五指に入るほど優秀なのは実証済みだが、やはりというか、彼女は勉強面においても成績が良い。

「帝国貴族として文武両道は当然のこと」とラウラは言っていたが、もしその成績が自分に勉強を教えたことで下がってしまったとなっては申し訳が立たない。

 しかし、そんなレイドの心配を他所に、ラウラは笑顔を向ける。

 

「問題ない。勉強を教えるということは私自身の復習にもなるし、それに、これは私がそうしたいと思って言ったのだ。だから、そなたが遠慮する必要はない」

 

 と、綺麗な笑顔でそう言われてはレイドに反論の余地などなかった。先程も言ったように彼女の申し出は非常に有り難い。ならば、ここは彼女の言葉に甘えよう。

 

「それじゃあ、お願いするよ。よろしく頼む」

「うん、任せてくれ」

 

レイドが承諾すると、ラウラはとても嬉しそうに微笑むのだった。

 

「ラウラお姉様と一緒に勉強ですって……!?」

「なんて羨ましい……! 許せない……万死に値するわっ!」

「あのような男に誑かされて……おいたわしや、ラウラお姉様!」

 

 後ろの声は聞こえない。誰が何と言おうと聞こえない。これは空耳だ。レイドはそう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終業を告げる鐘の音が学院中──ひいては小さなトリスタの町中に鳴り響く。

 HRが終わった放課後、勉学という学生の義務から解放されて自由になった生徒たちは、帰宅や部活見学とそれぞれの時間を過ごすために続々と教室を後にする。レイドもその一人で、この日はラウラと一緒に部活見学をする予定を立てており、何を見るか、どこから行くかなど、人の居なくなった《Ⅶ組》の教室の中、2人で話し合いをしていた。

 

「部活か……今のところ特にこれといってやりたいと思うものは無いんだよなあ……ラウラはどうするんだ?」

「うむ、私は運動部を中心に回ってみようと思っている。入るかどうかはまだ分からないが、どんな部活があるのかは見ておきたいからな」

「なるほど。まあ確かに、ラウラが文化系の部活に入っている姿はちょっと想像できないな」

「フフ、そうであろう?」

 

 と、そんな談笑をしながら校舎を出ようと玄関口まで来たレイドの背を《Ⅶ組》の担当教官であるサラ・バレスタインが引き止めた。

 

「あ、いたいた。レイド、ちょっといいかしら?」

「サラ………何か用か?」

 

 振り返り、サラの姿を確認したレイドは眉根を寄せて身構えた。何となく面倒なことに巻き込まれそうな予感がした。

 

「今暇かしら?」

「……これから部活見学をしようと思ってたところなんだけど」

「あらそうなの? 何かやりたい部活があるとか?」

「いや、そういう訳じゃないけど……」

 

 言葉を濁しながら首を横に振ると、サラはニヤリと笑ってレイドの肩に手を置いた。

 

「だったらちょっとあたしに付き合ってくれない?」

 

 ああ、やっぱり、とレイドは大きく溜息を吐いた。

 

「悪いけど俺、ラウラと一緒に部活見学する予定だから」

「え〜? あたしよりもラウラとの時間を大事にしたいって? 隅に置けないわね~コノコノ!」

 

 ニヤつきながら肘で突ついてくるサラを軽く無視して、レイドはラウラに顔を向ける。

 

「私のことは気にしなくても良い。そなたはサラ教官の用事に付き合うと良い」

「いや、でも……」

「本当に大丈夫だ。ではレイド、サラ教官、私はこれで失礼する」

 

 そう言ってラウラは校舎を出てギムナジウムの方に歩いていってしまった。気丈に振舞ってはいたもののどこか残念そうだった彼女の表情にレイドは罪悪感に襲われる。

 

「うんうん、思い切り悩みなさい青少年。それがあなたを一歩大人に近付けるわ」

「いや誰のせいだと思ってんだ」

 

 ドヤ顔で腕を組みそんなことを宣うサラをジト目で睨みつけ、はあ、とレイドはもう一度溜息を吐いた。

 

「それで用事っていうのは?」

「実はレイドに紹介しておきたい人がいてね。ちょっと付き合って欲しいのよ」

「紹介? 別にいいけど、教官の仕事は良いのか?」

「あーうん問題ないわ。面倒なのは全部リィンに押し付──コホン……終わらせたから」

「教官が生徒に仕事押し付けんな!」

 

 この教官、最低である。リィンもリィンで真面目に付き合う必要はなかったのに。

 

「だって面倒だったし〜、リィンも了解してくれたもん☆」

「なーにが『もん☆』だよ気持ち悪い。いい歳した大人が恥ずかしくない──ウソです大変可愛らしゅうございますごめんなさい」

 

 非常に爽やかな笑顔でゴリッと銃口を額に押し付けられたので、レイドは秒速で命乞いをした。

 

「別に良いのよ。あれは()()()()()()()()()()()()()()()んだから」

 

 銃をホルスターに収めた後、サラの纏う雰囲気が少し真面目なものに切り替わった。ふざけることも多いが、こういう時の彼女の行動にはいつも必ず何かしら考えがある。そうなると、レイドはもう何も言えなってしまう。

 

「……はあ、分かったよ。いろいろ言いたいことはあるけど今はやめとく。それで本題の用事についてだけど、紹介したい人っていうのは誰なんだ?」

「それは行ってからのお楽しみ。でも、きっとレイドの役にも立ってくれるわ♪」

 

 レイドの問いに、サラは自分の口元に持っていき、パチリとウィンクをした。

 

 

 

 

 

 

 そうしてレイドはサラと共にトリスタの町に出た。ガーデニングショップの前を通り過ぎて人気の無い道に差し掛かると、とある建物の前でサラは足を止めた。

 

「『質屋《ミヒュト》』……?」

 

 建物の玄関口の上に掲げられた看板を見て首を傾げたレイドに答えず、鼻唄を歌いながら店内に入ったサラ。要領を得ないままレイドもその後に続き、来店を知らせるドアベルの音と共にゆっくりと顔だけ入れて店内を覗き込んだ。

 少し埃っぽくお世辞にも綺麗とは言えないが店内はそれなりに広く、質屋というだけあって本やスニーカー、楽器、果てにはクォーツや武器など普通の店では手に入らないような商品が所狭しと陳列していた。

 

「……これはまたなかなか」

 

 小さな店の割に豊富な品揃えにしばらく店内を見渡した後、視線を正面のカウンターに向けた。カウンターではこの店の店主らしき無愛想な表情の男とサラが何やら話し込んでいるのが確認できた。

 

「ほらレイド、そんな所にいつまでも突っ立ってないでこっちに来なさいな」

 

 サラがこちらに振り返ってちょいちょいと手招きをしたので、レイドは店の中に身体を入れてカウンターに近付いた。そうしてサラの隣に並ぶと、サラはレイドの両肩にポンと手を置き、

 

「というワケで、この子が前に話したあたしの可愛い可愛い愛弟子のレイドです♪」

「ほう……確かに“面影”はあるな」

 

 男はサラの戯言を軽やかにスルーしながら、どこか懐かしそうな表情でレイドの顔を見つめた。

 

「えっと……」

「……ああ、自己紹介が遅れたな。俺はミヒュト。見ての通りこの小さな町でしがない質屋を営んでいる。よろしくな《緋剣》」

「え……!?」

 

 ビクリと、レイドの表情が強張った。なぜこの男は自分のことを知っているのか。そのままサラに目を配ると、サラは「まあまあ」とウィンクをした。

 

「大丈夫よ。この人は表向きは質屋だけど、本職は情報屋なの」

「情報屋……」

「そういうこった。お前のことはミシェルやヴェンツェルから色々と聞いてるぜ。クロスベルではなかなか活躍してたそうじゃねえか」

 

 聞き馴染みのある名前を聞いて、強張っていた体から力が抜ける。どうやら前の所属先(クロスベル支部)のメンバーとも面識があるようだ。

 

「そ、それはどうも……でも、アリオスさんや他の皆と比べたら、俺なんてまだまだヒヨッコです」

「そんな謙遜しなくてもいいわよ。アリオスさんも言ってたわ。努力家でよく働いてくれるからすごく助かってるって」

 

 サラの言葉を受けて背中がむず痒くなってしまったレイドは「うむぅ……」とほんのり頬を赤らめる。そんな弟子の姿を見たサラはうっとりと自分の頬に手を添えた。

 

「あ~んもう可愛いわね~!!」

「おいおいサラ。お前、オヤジ趣味じゃなかったのか?」

「勿論、渋くてダンディーなオジサマが好みだけど、レイドは別よ!」

「ハッ……とんだブラコンだな。姉弟じゃねえが」

「否定はしない!」

「………いっそ殺せ」

 

 なにこの羞恥プレイ。もう早く帰りたい。なぜ質屋に来てこんなに恥ずかしい思いをしなくてはならないのだろうか。あれ、そもそもどうしてここに来たんだっけ、と顔から火が出るような会話が目の前で繰り広げられる中で、レイドは手で顔を覆い隠すことしかできなかった。

 

「まあ、ともかくだ」

 

 クネクネと気持ちの悪い動きで悶絶している物体(サラ)を慣れた感じで無視しながら、ミヒュトは改めてレイドに向き直った。

 

「さっき“コレ”も言ってたように、俺の本職は情報屋だ。今はお前さんは遊撃士を休職中だろうが、向こう(クロスベル)にいた間のこっち(帝国)の情報やこっち(帝国)にいる間の向こう(クロスベル)の情報なんかが欲しくなったら俺んとこに来い。特別に融通してやってもいい」

「ええっ!?」

 

 ミヒュトは広角をわずかに吊り上げて言った。見たままの雰囲気やサラとのやり取りで無愛想な性格の持ち主だということを何となく察していたレイドは、彼が自分に対して『特別扱い』という待遇を提示したことに驚きを隠せなかった。クロスベルの情報屋兼闇商人のシングルマザーとは大違いである。

 

「今日初めて会ったばかりなのに、どうして……?」

「フフン♪ そりゃー勿論、あたしの魅惑のボディーがミヒュトさんの心を奪って──」

「調子乗んなおじコン」

 

 ゴミを見るかのような目と唾を吐き捨てるかのような言葉だった。流石に調子に乗りすぎたと痛感したサラは「…ふぁい」と涙目になりながら縮こまった。A級の面目丸潰れである。でも多分、この2人の中ではいつものことっぽいのでレイドは気にしないことにした。

 

「邪魔が入ったな。まあ、この程度の情報収集なんざ大したことじゃないってのが理由だ。あとは……」

 

 そこでミヒュトは言葉を切った。そして、再びレイドを見つめ、「フッ」と不敵に笑う。

 

「ここで恩を売っときゃあ、後になって色々と便利だからな」

 

隣のサラが「うわぁ……」とドン引きするほど、それはそれは悪どい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 先に寮に帰ると店を出て行ったレイドを見送り、サラとミヒュトの2人だけが残される。閑散とした店内。しかし、この店では()()が普通だ。そも、店主からして寡黙な人物なのだから。だがまあ、それは彼の本職を考えれば仕方がないことなのかもしれない。

 彼の本職は情報屋。情報屋は情報こそが命。このミヒュトという男はその情報屋の中でもかなり名が知られている方で、彼の下に入ってくる情報は膨大かつ正確だ。噂では国家機密レベルのモノもあるとか無いとか言われているくらいである。そんな事情を考えると軽はずみな発言などできるはずもなく、自然と口が固くなるのだろう。

 

 ……いやまあ、この人(ミヒュト)の場合は元々の性格っぽいが。

 

 だが、だからこその信頼もあるのだろう。サラとておしゃべり好きな情報屋など危なっかしくて頼れない。仕事の手際も含めてこの寡黙さがそのまま情報屋としての信頼度に繋がっているのだ。

 

 ともあれ、である。

 

「いや〜、今日は珍しいものが見れましたよ♪」

「あん?」

 

 新聞(おそらく競馬の情報)に目を落として喋らなくなったミヒュトに向けて、サラは笑みを飛ばす。

 

「今日は随分と()()()でしたね?」

 

 ミヒュトをよく知る者なら、今日の彼を見たらさぞや驚くことだろう。特にあの金髪(トヴァル)は顔面蒼白で偽物を疑うかもしれない。微々たる違いではあったが、それくらい先ほどまでの彼は “上機嫌” だった。

 

「……やっぱり()()()()()()?」

 

 ピタリ、とミヒュトの動きが止まった。しかしそれはほんの一瞬で、すぐに「何のことだ?」と興味無さそうに手元の新聞のページを一枚捲った。サラはそんな彼の反応を見てクスリと一度微笑んだ。

 

「あたしもこの前再会した時は驚きました。昔から “面影” はありましたけど、この2年でますます似てきたなあって」

 

 カウンターに頬杖をつきながら、懐かしむように目を細めて語りかける。相変わらずミヒュトは新聞の競馬情報に目を落としたままサラの方には目もくれない。けれど、しっかり話を聞いていたらしく、サラの言葉に「フンッ」鼻から息を漏らした。

 

「当たり前だろ」

「えっ……?」

「アイツらは──姉弟だからな」

 

 やっぱり、嬉しいんじゃん。

 

 新聞に目を落としたまま昔を思い出したかのように口角を上げたミヒュトを見て、サラは思わず吹き出しそうになってしまった。本当に吹き出したら出禁にされかねないので、頑張って抑えるけれど。

 

「──ツンデレなミヒュトさんもなかなかそそりますね!」

「しばらく出禁だ」

 

 残念ながら抑えきれずに滲み出た欲望のせいで、恥も外聞もなく土下座をする羽目になった最年少A級遊撃士(サラ・バレスタイン)の姿がそこにあったという。

 

 

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