緋の軌跡   作:もちごめ

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第7話『自由行動日』

 

 

自由行動日。それは一週間のほとんどを勉学と訓練に費やすトールズ士官学院の生徒たちにとって、週末に必ず与えられる貴重な休日である。その日だけは難しい授業も厳しい訓練もなく、生徒たちは町に買い物をしたり、部活に打ち込んだり、はたまた帝都まで出掛けたりと、自由な時間を過ごすことができるのだ。

 

 そんな休日の学院、その中庭で、レイドは一人ベンチに腰掛け暇を持て余していた。

 

「………暇だなぁ……」

 

 寮にいてもやることがないのでとりあえず学院に来てみたはいいものの、特に何かの部活に所属しているわけではないレイドにはちょうど良く暇を潰せるものがなかった。

 

「休日の過ごし方って、いまいちよく分からないんだよなあ……」

 

 中庭のベンチに腰掛けながら、レイドは息を吐くように小さく呟いた。

 クロスベルにいた頃は現地の治安が不安定なこともあり休日など有って無いに等しい状態だった。仮に非番の日があったとして、大体その日はアリオスやリンによる地獄の特訓が待っているために休日とは言い難い。

 その点、サラは上手く休日を過ごしているようだ。朝から酒に入り浸るのを上手い休日の過ごし方と言えるのであればだが。何にせよ、あれも一つの休日の過ごし方と言えるだろう。となればやはり、休日は自分の趣味などに時間を費やすのが良いということなのだろう。

 

「趣味、ねぇ………」

 

 小さくぼそりと呟き、1分ほどじっくりと考える。

 

 強いて言うなら………鍛錬?

 

 そう考えてから「イヤイヤないない」と首を振る。これを趣味というジャンルに組み込んではいけない。趣味が鍛錬だなんて、そんな脳筋な学生にはなりたくない。

 

「せめて何か一つくらいは学生らしい趣味を見つけないと……」

 

 こういうのはどうだろう。いやダメだ。じゃあこれは。いやダメだ。と、中庭のベンチで一人ブツブツ呟いているレイドの姿は傍から見たら完全に「ちょっとアレな人」である。現に、中庭を通り掛かってそんな状態の彼を見た何人かの生徒がヒソヒソと何かを話しながら早足でその場を離れていったが、レイドは知る由もなかった。

 

「──おはよう、レイド君」

 

 しかし、そんな「ちょっとアレな人」のレイドにもちゃんと声を掛けてくれる人物が一人いた。挨拶を受けてレイドが顔を上げると、平民制服を着た金髪の少女がニコニコとした笑顔で立っていた。

 

「ああ、おはようロジーヌ。何か用か?」

「いえ、レイド君が何かすごく悩んでいたように見えたから、どうかしたのかなって」

 

 少女の名前はロジーヌ。Ⅴ組に所属する同級生で誰とでも分け隔てなく接し、こうして周りから「痛い人」認定されてしまったレイドにもちゃんと話しかけてくれるくらい優しい性格の少女である。

 

「まあ色々とな……そうだロジーヌ、君は自由行動日はどうやって過ごしてる?」

 

 参考までに訊いてみる。こういうのは女子よりも男子に訊くべきなのだろうが、今は藁にも縋る思いなのでわがままは言っていられなかった。

 

「私ですか?……私は、今日から教会で奉仕活動のボランティアをすることにしたんです」

「ボランティア?」

「はい、今日はその許可証をトマス教官に貰いに学院に来まして、これから教会に向かうところです」

 

 聞くに、彼女の夢はシスターになることらしい。何と言うか、すごくぴったりだとレイドは思った。

 ロジーヌはトマス教官に貰ったという許可証を大事そうに胸に抱えて、そのまま教会に向かって行った。彼女の姿が見えなくなると、再び周りが静かになる。

 

「教会、ねぇ……」

 

 ベンチに深く寄り掛かりながら、レイドは独りごちる。

 ロジーヌの手前何も言わなかったが、正直なところ、レイドは教会──特に《空の女神(エイドス)》という存在に対してあまり良い感情を抱いていない。嫌悪というほどではないが、少なくとも、()()()を境に祈らなくなる程度には女神という存在に不信感を抱いている。

 まあ、自分がそう思うからと言ってロジーヌの信心に異議を唱えるつもりは毛頭ない。あくまでも自分の問題なのであって彼女や他の信者には全くもって関係のない話なのだから。そうでなくても彼女が行おうとしている奉仕活動自体は同じく人々に奉仕する遊撃士として大歓迎だ。

 

「あ、レイド」

 

 と、今度は気怠げな少女の声が聞こえてきた。見ればそこにはいつの間にか見覚えのある銀髪と真紅の制服を来た少女の姿が。

 

「今度はフィーか……どうした?」

「ん……寝る場所を探してる」

 

 フィーはそう言うと「ふあぁ」と小さくあくびを溢した。

 

「寝る場所って……お前も大概暇だな」

「まあね、休日の過ごし方なんてよく分からないし」

 

 どうやらフィーも同じ悩みを抱えていたらしい。仲間を見つけたとレイドはほんの少し気持ちが楽になった。フィーはそのままレイドの隣に腰掛ける。

 

「まあ仕方ないよね。今まで普通と違う生活を送ってきたわたしたちが、いきなり休日を自由に過ごせだなんて言われても何かできる訳がないもん」

「……まあな」

 

 レイドは遊撃士として忙しい日々を、フィーは猟兵として戦いの日々を過ごして来た。彼女の言うことは最もである。

 

「この前、サラに休日の過ごし方を聞いた。そしたらサラ、自分のしたいことに思い切り時間を費やしなさいって」

「だから、それが出来りゃ苦労しないっての……」

「まあね………だからわたしは、思い切り自分のしたいことに時間を費やすことにする」

 

 そう言うとフィーはレイドの方に倒れ込み、膝の上にその小さな頭を乗せてきた。

 

「お、おい、フィー?」

「ちょっと、膝借りるね?」

「何でだよ。話が全く見えないぞ?」

「わたしが今一番したいのは、寝ること」

 

 そのままスヤスヤと寝息を立て始めたフィーに、まったくとレイドは呆れたように息を吐いた。しかし、ふっとその口元に笑みを作ると、彼女が寝やすいようにゆっくりと膝を整える。

 無意識にサラサラに輝く銀髪を手で梳いてやると、くすぐったそうに身じろぎしたので、その動きを見てレイドは思わず苦笑した。

 

「本当に猫みたいな奴だな」

 

 しばらく髪を梳き続けながら彼女の寝顔を見ていると、段々とこちらの瞼も重くなってきた。暖かい春風が、更にレイドの睡魔を掻き立てる。フィーの髪を梳く手を止めてゆっくりと目を閉じ、レイドは夢の世界へ旅立っていった。

 

 この少し後、中庭を通り掛かったリィンは、そんな2人の姿を見てまるで兄妹のようだと自身の境遇と重ねて思ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

 突然だがレイドは今、危険な魔獣を相手している時のような鋭い視線で机を睨み付けていた。正確には、机の上に広げられている紙面である。別に勉強とかそういうのではない。手には確かにペンが握られているが、今日の授業の復習と明日の予習は1時間ほど前に終わらせてある。

 そうではなくて、睨んでいる理由はもっと別。その紙面に書かれている文章である。それには、こう書き出しが綴ってあった。

 

 

『拝啓、遊撃士協会・クロスベル支部の皆様──」

 

「……うん、堅い」

 

 クシャリと紙を握り潰し、ゴミ箱へと投げ入れた。ここまで来ればもう分かってもらえるだろうが、レイドは現在、手紙を書いている真っ最中なのである。送り先は遊撃士協会クロスベル支部──このトリスタに来る前、レイドが遊撃士として活動していた時に所属していた場所である。

 そもそもなぜ彼らに向けて手紙を書いているのかと言えば、話は2週間前──3月31日まで遡る。

 

 トールズ士官学院に通うために帝国に戻ることになったその日。帝国行きの旅客列車が停車しているクロスベル駅で、現地遊撃士協会の面々が出立するレイドの見送りに来てくれていた。

 アリオスを始め、受付のミシェル、リン、エオリア、スコット、ヴェンツェルのクロスベル支部の古参メンバーと、とある事情で遠いリベールの地から転属して来た遊撃士エステル・ブライトとヨシュア・ブライトの姉弟。かの名高い元S級遊撃士カシウス・ブライトの娘と義息子である。

 そんな大変稀少なメンバー勢揃いで見送ってもらえることになったレイドだったのだが、その時、ここでエオリアが暴走した。彼女は列車が駅に到着してから出発するギリギリまで「行かないで~!」とレイドに泣き付き、臨検官の急かす声を背後に彼女を引き剥がそうとしたレイドだったがこれが結構ガッチリとホールドされていてなかなか剥がれず、リン、スコット、ヴェンツェルの三人がかりでようやく引き剥がすことに成功した。

 

『毎日お手紙書いてね! 絶対よ!』

 

 なおも引き下がろうとしなかった彼女は、リンに羽交い締めにされながらそんな無茶な要求をし、流石にそれは無理だと言えばじゃあせめて半月に一回と返してきた。なぜ半月と中途半端な期間なのかと問えば、その期間が過ぎると禁断症状が出るからとかなんか訳の分からないことを言っていた気がする。よく憶えていないけど。

 ──とまあそんなワケで、入学からちょうど半月が経った今日。色々と書くこともあるし、エオリアの言葉に従うわけじゃないけど報告がてら手紙を書いてみますか、と勢いよくペンを執ったは良いものの、書き出しで躓くというまさかの伏兵に見舞われてしまい、レイドは書き始めて1時間で頭を抱えて机に突っ伏す羽目になったのだった。

 

「手紙書くのって、こんなに難しかったっけ……?」

 

 よろよろと頭を起こし、悩みに悩んだ結果オーバーヒートを起こした頭を休ませようと淹れたてのコーヒーを一口飲んでからの一言。

 サラと手紙のやり取りをしていた頃はこんなことはなかった筈なのに。まあサラの場合、彼女とは一定以上に親密な関係だったので特に気を遣わないで手紙を書けたということもあるが。

 ……と、

 

「ん?……というかそうだよ。よく考えたら、そもそもあの人たちに今更そんな気を遣わなくても良いじゃん」

 

 コーヒーを飲んだおかげなのか、はたまたサラのおかげなのか──個人的には前者を望むが──だんだんと冷静になっていく頭で考える。

 彼らとはそんなに他人行儀な関係でもない。むしろ2年間とはいえ、まるで家族のように過ごしてきた仲である。ならばもっと気楽に柔らかい文章で良いじゃないか、と。

 

「…………………」

 

 ──もっと早くに気付けば良かった!

 

 30分後。まるで今まで詰まっていたのが嘘のようにすらすらと手紙を書き終え、ペンをそっと机上に置いたレイドはそう後悔した。

 ぬおおお……、と亡者のような呻き声を上げて机に突っ伏すが、集中力を切ったからか途端に激しい睡魔に襲われて、後悔するのも億劫になってきた。

 小さく息を吐き出して、

 

「……まあ、良いか。たまにはこういうのも」

 

 クロスベル(向こう)にいた頃は、文字通り山のような仕事量とその合間に行われる厳しい鍛錬で体力を使い果たし、帰宅してすぐに眠りに落ちる毎日を送っていた。そのため、こんな風に時間をかけてゆっくり手紙を書いたりなどはしたことがなかった。サラへの手紙だって、隙間の時間を使って少しずつ書き上げていた。だからこういう感覚はレイドにとって、なかなかに新鮮だった。

 

「結構面白いもんだな」

 

 そんな彼の笑い混じりの呟きは、満月の輝く夜のトリスタに吸い込まれていった。

 

 

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