【ヘスティア・ファミリア】元団長   作:釜めしの素

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第一話 立ち上がれ

 ――助けて。

 

 落ちた。真っ逆さまに、口から臓物が溢れ出そうな勢いで。

 事故だった。前例のない絶望だった。ダンジョンの上層で崩落事故が起こるなんて、聞いたことがない。理不尽だ、と叫んでも現実は変わらない。

 

 背中を打ち付ける。降ってくる瓦礫に怯えてすぐに体を丸めれば、瞬きのうちに身体の中身がふわりと、掬われるような感覚。また、身体は支えを失い浮いていた。

 

 何度も、何度も。体は空に……いや、地下深くに投げ出された。崩落の連鎖は止まらず、しかし死なない程度に身体を打ち付けながら、吸い込まれるように落ちていく。

 終着点は、もうどこかもわからない場所だった。瓦礫の山に埋もれ、見るも無惨なことになっていた。何かあったのかもしれないが、その何かは瓦礫の中。それを拝む日も来ないだろう。

 

 不幸中の幸いは、打ち身に打撲程度のケガで済んだことと。ダンジョンが、現状をぶち抜いて恐ろしい損壊具合だったことだ。そのせいもあってか、壁からモンスターが生まれることはなかった。

 

 ――たすけて。

 

 地形が破壊され尽くされ、見上げても砂埃で先の見えない吹き抜けの崩落現場。今が一体何階層か、そんなことは検討もつかなかった。

 たかだかレベル3の自分が、果たして生き残れるのか。

 だが、それでも。例えどんな絶望が目の前に立ち塞がろうとも、生きて帰らなければならない理由があった。

 

 その願いと意思にしがみついて立ち上がる。止まっている暇なんかない。部屋の地形をざっくり確認して、何かないか少し探して……人の頭ほどの魔石が4つに割れている様を見て、肝を冷やした。その大きさだけで、勝てる相手じゃないと瞬時に悟った。

 

 ポーチに魔石を詰めようと手を伸ばす。いざというとき、自分だけは魔力タンクとして使える、貴重な戦闘アイテム。あるいは、換金アイテム。手に持った瞬間にわかるほど、その魔石は――

 

 ――嘔吐した。知覚した途端、胃の中身をぶちまけた。体の中をぐちゃぐちゃに、水でかき回されているかのような、めちゃくちゃな感覚が襲ってきた。

 冒険者の腐乱死体よりも酷く、きつい臭いが鼻を突き抜け頭の中を突き刺した。それだけで限界だったのに、その嵐のような魔力は接触した手を伝い、体の中に濁流の如く押し寄せてきた。

 

 死の臭いは、鉄さびのような強烈な悪臭も、肉が腐り落ちる生臭さとも違う。風に乗った土の匂い。あるいは、雨が降った後の石畳の匂いのような、淡い警告をもって嗅覚に漂ってくる。

 それが、何十倍、何百倍にも凝縮されて頭に直接訴えかけてくる。死の足音が、硬い地面を蹴り付ける様な音が耳鳴りのように響いた。自分の意思が、自分の身体から剥離していくような気持ち悪さに、力の限り叫び散らした。叫び散らさないと、自分を自分の感覚で確認しないと、もう二度と戻れない気がした。

 

 喉が張り裂けんばかりに声を上げ、自分の存在を確かめた。

 腕を爪で抉り、胸をかきむしり、痛みで意識を縫い付けた。

 荒れ狂う体内の魔力を、とにかく上から押さえつけようと目力を入れる。

 意識が混沌としてきたら、瓦礫を口の中に含んで噛み砕いた。砂利の苦みと、汚らしい埃と泥のような臭いが喉から鼻に突き抜けた。

 拳が砕けるほど壁を殴りつけた。滴った血が赤くて、気休め程度、心の波に変化があった。水難に呑みこまれるような絶望的な激流が、少しずつ凪へと変わっている。

 

 ――タスケテ。

 

 

 

 生きている、という自覚が芽生えた時には、ダンジョンの道すがらであった。

 自分がどこに居るのか、また分からなくなった。崩落現場が何処だったのかさえ、覚えがない。階層を上がったのか、それとも下がったのか。それさえもあやふやなまま、それでも歩き続けるしかなかった。

 

 死にかけの男を、救ってくれた神が居た。そんな神と出会ったのも、歩き続けて、何とか道端に倒れ込むことが出来たからだった。そのおかげもあって、神はそれを見つけることが出来た。

 人間関係もそうだった。立ち止まったままでは、たどり着きたい場所がどんどん遠くなっていく。

 ダンジョンだってそうだ。どんな苦境に立たされようと、進まなければ待っているのは「死」という残酷な運命だけだった。

 

 動かなければ何も始まらないことは、よく知っていた。

 

 そうして大部屋に出た時に、一体のモンスターが待ち構えていた。

 樹齢数千年の大木の幹のように太い四本足に、獣の顔をはり付けた下半身。そこから生える、騎士のように凛前とした姿勢で、その手に透き通るような白い刃を持つ人間のような上半身。黒に近い紫色の表面をもち、いずれも巨人のような大きさを誇り、その存在は大部屋に現れた存在を見つめ、その身体を向けてくる。

 

 ――勝てない、と一目見て悟った。

 レベルが、とか。技術が、とか。そんな次元の話ではない。種族として、いや生命体として、覆しようのない隔絶した差があるのだと突き付けられる。

 鼻がひん曲がりそうになる。死臭の塊のような存在だ。相対するだけで全身が粟立ち、目を付けられただけで体が縫い付けられるような、空から重圧が降り注ぐような思いを味わう。

 鼓動は高鳴るなんてものじゃない。今にも爆発しそうだった。

 

 

 

 ――リヒト・ゾイレ――

 

 

 

 獣の口が開いた。

 それを見た瞬間、ゴム毬を地面に力の限り叩きつけたかのように、男が跳ねた。火事場の馬鹿力というやつか、ダンジョンの天井に激突しそうな勢いの跳躍。

 

 彼が居た場所には、全てを消し飛ばす閃光が奔っていた。

 

 魔力ではない何か。閃光の正体を、しかし気にしている余裕などない。ただ、当たれば死ぬということだけを知っていれば、十分だった。

 

「『慈悲をくれてやる。ただ一撃のもとに消え去るがいい』ッ!」

 

 それが男の魔法の言葉。その手には血だまりのような悍ましい色の魔力が凝縮されていき、形を作り――

 

 

 

「――『ブラフマン・シャクティ』ッ!!」

 

 

 

 朱い流星が落ちる。

 投げた反動を利用して、男はすぐさま壁に足をつけると、モンスターを迂回するように全力で走り出した。バチン、と雷が弾けるような音がしたときには、もうモンスターの背後を通り抜け、通路へと逃げ出していた。

 

 腰に付けたポーチが揺れるたびに、灰が溢れ出る。警戒して背後を振り向けば、そのモンスターは当たり前のようにそこに棒立ちとなって、振り返る様子すら見せない。

 後ろ髪を、後ろ手を、足を、亡者に掴まれ引きずるような倦怠感に身を包まれても。それでも尚、走り続ける。無様な敗走ではない。生き抜くために必要な、勇気ある撤退だった。

 

 逃げて、逃げて。とにかく走って、生き抜いて。

 

「帰ろう。帰るんだ。帰れば、まだ、明日はある。明日が、来る」

 

 男の瞳が、呪いの武器よりも鋭く怪しい光を放つ。

 その執念だけが、彼を強く突き動かしていたのであった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「……うそ。そう、嘘。嘘だよね!?」

 

 それはあまりにも、皮肉な言葉であった。

 ギルドの応接室。濡れ羽色のツインテールを大きく揺らし、神ヘスティアはそこで現状を説明したアドバイザーに詰め寄った。

 

 下界に降りた神は、その力を封じられている。神特有の力を使うことが出来ない。しかし、代わりに神々は、下界の子どもたちの言葉の真偽を見分ける力だけは持っていた。

 だから、神ヘスティアの確認に、意味などなかったのだ。残酷な言い方をすれば、それは現実逃避をするための言い訳を求めての、何かに縋りつくための理由を求めての、ある種の懇願であった。

 

 取り乱すヘスティアの様子を見て、心を痛め苦汁を噛みしめるように歯を食いしばりながら、それでもアドバイザーは首を横に振り。

 

「神ヘスティア。リング氏は崩落事故に巻き込まれて――『深層域』まで捜索しましたが、発見には至っておりません。……もう、半年になります。ギルドはリング氏の捜索を、打ち切ります。……行方不明者リストには掲載いたしますが、これ以上、ギルドから出来ることは何もありません」

 

 真摯に、それでいて残酷な言葉で、アドバイザーは毅然として言い切った。

 神ヘスティアのたった一人の眷属。その捜索が、完全に打ち切られるということの意味。それは即ち、ヘスティアはたった一人の眷属を探す術を失ったことを意味する。

 

 神ヘスティアの手は、もはやそれ以上深くには及ばない。『恩恵』による繋がりから、明確に「生きているとわかっている眷属」に対して、彼女の手は届かない。

 

 それは、生死不明の事実よりも。

 残酷な事実であり、通達であった。

 

「そん、な……そんな、ことって」

 

 しかし半年間。たった一人の冒険者の捜索が続けられたのは、ひとえにヘスティアがギルドに申し立て、必死の思いで協力をこぎつけたことによるものであった。そうでなければ、彼女の初めての眷属の捜索は、半月も経たないうちに打ち切られていたことだろう。

 それを、無理を言って。もはや子どものような駄々をこねて、何とか神友の伝手を辿って懇願して。どうにか引き延ばし、伸ばし切った結果が――今回の最後通牒であった。

 

 もう、駄々をこねて、こね尽くした後で。

 これ以上頼んでも、どれだけ頭を下げようとも、何も変わらないところまで来ていた。懐だってすっからかんだ。下げる頭さえ、もう地面に埋まっているような、そんな有様なのだ。

 

『ギルドはリング氏の捜索を、打ち切ります』

 

 この言葉の重さが、ヘスティアの肩に重くのしかかる。

 もはや俯いて、涙を、嗚咽を、ただただ悔しさとやるせなさに、耐え忍ぶしか出来ない。生きていると。その恩恵の繋がりから分かっているだけに、自分の無力が許せず、大きすぎる自責に耐えるしかなかった。

 

「……業務終わりまで、こちらの応接室は貸し切りとなっています。それまでご自由に、部屋を使っていただいて構いません」

 

 失礼いたします、とアドバイザーは立ち上がり、静かに部屋から出ていった。その気遣いが余計に、傷口に塩でも塗り込むように、心に痛みを与えた。

 

 夕刻の時まで、その部屋から悲しみの音は止まらなかった。

 

 

 

『帰ろう。帰るんだ。帰れば、まだ、明日はある。明日が、来る』

 

 そんな言葉が聞こえたような気がして、ハッとヘスティアは部屋中をじろじろと見回した。しかし、自分以外の誰かが居るわけもなく、慌てて窓の外を見渡しても、目当ての人間は見つからない。

 

 だが、何処かに。確かに、手の届くところに、彼が居る様な気がした。

 それはもしかしたら、主神と眷属との繋がりのような、絆とロマンス、そして奇跡の賜物だったのかもしれない。ただの気のせいで、気の迷いで、幻聴を聞くほどにヘスティアが弱っていた証拠なのかもしれない。

 

 だが、それでも。

 ヘスティアは己の頬をパン、と強く叩く。真っ赤な紅葉の跡が付き、悲しみとは違う涙が目の端に浮かぶが、その瞳には確かに力が宿っていた。

 

「君が諦めないのに、ボクが諦めてどうするんだ。

 ――ボクが迎えに行けばいいんだ」

 

 声に、瞳に、その意味に。確かに希望があった。

 

「ファミリアをもっと盛り上げて。みんなを強く育てて。いつまでも、ずっと他人任せで、くよくよなんて、してても何も進まない。そうだ、君が困って手を伸ばしているなら。ボクは君の家族として、その手を握って、君のことを抱きしめる。どこにいたって、迷子になったら、見つけて連れて帰る。それが家族ってものだろう?」

 

 宣誓を口にする。これからの目標を定める。

 それはヘスティアにとって、子どもたちを眷属にするときのように、神聖な儀式であった。

 

「リング君。待っててくれ。ボクが絶対に、君を見つけるから」

 

 誓いを立てて、ヘスティアはギルドに挨拶を済ませると、颯爽と街に繰り出した。

 皆で笑い合うために。明るい未来を掴み取るために。彼女は前向きに、どこまでも真っ直ぐに。

 

 心の竈に火を灯し。

 その運命に、立ち向かうのであった。

 




FF8タグはモンスター要素のみになります。ご了承くださいませ。
……FFのモンスターたちは魅力的な奴らが多すぎるのです。

「オリ主」タグ忘れていたことに気付いて追加(3月15日20時13分)
本当に申し訳ありませんでした

2021年3月6日「眷属と恩恵の繋がり、生死確認についての訂正」
こちらの方ご指摘があり、出典元を確認したところまさしくその通りで、「主神は眷属との繋がりを明確に把握でき、且つ生存確認もできる」ことは間違いありません。
よって、この第一話において

1.「ヘスティア・ファミリア元団長ことリング」はあくまで行方不明扱い
2.主神は彼が生きていることを知っている

以上の二点の内容に、修正を加えさせていただきました。

最後にもう一度。
ご指摘の方を、まことにありがとうございました!
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