【ヘスティア・ファミリア】元団長   作:釜めしの素

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第二話 ズレた同志

 ――飢えを凌ぐために、モンスターの肉を食らった。

 携帯食料が尽きて、どうしようもない飢餓に襲われ、とうとう理性がはじけ飛んだ次の瞬間には、口の中に獣臭い肉を詰め込んでいた。

 速攻で吐き出した。胃の中身だってぶちまけた。それでも、気が付けば全てを飲み下して、怪物たちを食っていた。

 

 頭がおかしくなりそうだった。あるいは、既におかしかったのかもしれない。

 自分じゃ敵わないモンスターから必死に逃げて。息を殺して何とか隠れてやり過ごし。上へ、上へと歩みを進めて、一体どれだけが経ったことか。

 飢えを実感して、狂ったように怪物の肉を貪ったのは、崩落に巻き込まれて二月も経たない内だろうか。少なくとも十五回寝るまでは携帯食料で食いつないだ。それから更に十五回寝るまでは、水で命を繋げた。

 

 眠りにつくのは、果たして一日に一回だっただろうか。もしかすれば、三日に一回。あるいは、一週間に一回だったかもしれない。安全な場所を確保出来ず、酩酊したかのように意識がおぼろげになった時さえあった。濃厚な死の香りに呼び起こされて、すぐにまた動き出すことは出来たが。眠りにつくことは非常に難しかった。

 

 とても生きていけないような過酷な環境に身を置いて、それでも今日まで生き残ってきた。執念が足を突き動かす。狩猟のために魔法の言葉を詠い、殺めた獲物を残さず使う。殺す前に四肢を落とし、生かしている内にその肉を胃の中に。食い終われば皮を剥ぎ、骨を取り出し、魔石をくりぬき、その命を頂戴する。

 面倒だとはわかっている。だが、仕方がなかった。先に命を奪えば、全て灰となって食料にならず、魔石とドロップアイテムしか落とさないからだ。

 

 そうして命を繋ぐ。未来の自分にバトンを手渡して。再起した自分がまた走り出す。そんな命のリレーは、最初こそ安定しなかった。何度死にかけたかわからない。最初の内こそ、死闘の連続だった。

 不意打ちで決めなければいけない奴らが居た。真正面から勝てない奴らばかりだった。罠を張って嵌め殺した。魔法を使って一撃で殺した。殺してから、殺しちゃダメだと気が付いて、わしゃわしゃと汚泥の上で引きずられるような音、頭の中に細長い虫が這いまわる様な不快感に狂いそうになった。

 

 骨が折れた。片腕が千切れかけた。歯が折れた。魔石の魔力は、沈み込んだ気分を雲の上まで運ぶようなお気楽な浮遊感を与えた。力が漲ってきて、自分は今なら何でもできる、とどんな逆境にだって立ち向かえるような有頂天に上った。

 実際、魔石の魔力に何度となく救われた。魔石の数だけ、全能のような力を振るい、不安とは無縁の無双感に浸れた。これがあれば生きられる、とその魔力に憑りつかれて。

 

 生きるためじゃない。安心をするために、冒険するようになった。

 そうして、ふと魔石が充足したときに気が付く。

 

 ――俺は何をやっているんだ、と。

 保身を買うために、命を掛け金にするなんて馬鹿げている。これじゃ目的と手段があべこべだ。

 

 その真実に気が付いたとしても、魔石を捨てることは出来なかった。魔石は命の身代わりになる試金石。まさしく、自分の命そのものと言っても過言ではない、大切な力だったから。

 分かっているのに捨てられない。そして、手元のものが減れば、また新しいものを求めて命がけの冒険が始まる。悪循環だった。執念の果てに、しがみついたものがモンスターの残滓。何をどう間違ったら、こうなるのか。

 

 

 

 自分の体の中を、何かが這い回るような不快感を恒常的に感じる。

 魔石から魔力を吸い取った時。あるいは、怪物の肉を食った後には特に顕著になる。それ以来、なるべく魔物の肉は避けて、ダンジョンにある自生する草木や果物を食べるように意識したが。

 発作的に、怪物の肉を食いたくなり、鼓動が早くなる。一回、二回寝る程度の時間なら何とか耐えられた。しかし、それ以上となると視界が暗転し、気が付けばモンスターを貪っているのだ。

 

 ――自分の身体が、自分のものじゃないような、言い知れない恐怖を覚えた。

 もう一度、自分の目的を確認する。それは、第一に生き残ること。生きて帰ること。自分を救ってくれた神に「ただいま」と挨拶をすること。

 

 そのためだけに、生き残るのだ。汚くても、醜くても、どれだけ惨めであっても。泥水を啜ってでも、腐肉を食らってでも、例えそれが怪物の肉や魔石であろうとも。生き残るためなら利用して、必ず地上に戻ること。

 大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。目的は見失っていない。自分は自分のままだ。他の誰かじゃない、と何度も、何度も言い聞かせながら……怪物の肉を貪り食らう。

 

 ……既に、どうしようもないところまでも堕ちたのだとしても。

 目的を、生きる意味だけは忘れないように。何度だって、言い聞かせる。

 

「――必ず、っ、帰る。生きて、帰るから……!」

 

 血生臭さは、もはやスパイスと変わらないくらいには馴染んできた。

 それでも、「マズイ、マズイ」と呟きながら肉を食う。

 

 食事を摂るその最中でさえ、戦わなければならなかった。

 人間性を保つため、例え心にもないことだろうと。心底真面目に、言い聞かせるように、何度だって呟くのであった。

 

 

 

 

 閃光が目の前全てを焼き尽くす。直接触れれば蒸発して、影さえ残さない消滅の熱線。瞳から繰り出されるその一撃は、いっそ彼の方がモンスターらしいとさえ言えるほど、化け物染みていた。薙ぎ払った一帯は、地形そのものを世界の終末かの如く荒廃させ抉り飛ばされている。

 病的に白くなった肌はアルビノを彷彿とさせ、あるいは雪兎の毛皮を思い起こさせる。瞳は血のように真っ赤に染まり、その奥には消えることのない灯が宿っている。肌とは対照的な髪の色は、彼の背負う影の濃さを彷彿とさせる濡れ羽色であった。

 

 地獄の跡地。燃え尽きた後の大地を裸足のまま踏みしめて、怖れを知らない開拓者の如く堂々と進む。事実、彼にとっては未知の領域なのに、肝が据わっているというべきか、その動きに一切の淀みがない。

 そうして進んだ先には、上の階層に向かうための坂道である。これを登り切った時、彼は己の腕に傷を刻む。五本でひとつとなるマークが、左腕に四つ、右腕に四つ。その証は、これを思いついてから少なくとも、四十の階層を上り詰めたことを意味している。

 

「……まだ、見たことがない」

 

 しかし、それだけ上ったにも関わらず。記憶にある階層にはたどり着けていない。もしかすれば、崩落に巻き込まれた拍子に別の空間にでも移動したのではないだろうか。少なくとも四十階層も上にいったというのに、元レベル3の冒険者に見覚えのない地形しか現れない。

 まさしく、異常事態。刻んできた自分の傷を何度見直そうと、数が減ることも増えることもない。

 

 正気を失いそうになる事実ではあった。しかし、朗報もあった。

 それは、モンスターが着実に弱くなっているということである。最初に出会った、死の塊とも呼ぶべき、正真正銘の怪物。それからすぐに、隠れながらやり過ごし、過剰な魔力を籠めた魔法で弱点の魔石を狙い、不意の一撃で屠り続けたあの地獄。その環境に比べれば、今いる場所は極楽といって支障のないほど楽なものであった。

 

 見つかれば、ひとつのミスで死ぬ環境ではない。

 見つかっても、正面切って戦っても勝てる環境なのだ。

 

 ダンジョンを破壊して、休憩をとることも慣れたものだった。大部屋に入り、魔法を一撃放ち廃墟の如く崩し、わずかな睡眠をとる。

 魔石の調達も慣れたもので、初見のモンスターはその拳をもって嬲り殺し、中身をしっかりと見て魔石の位置まで確認した上で、次の狩りに移る。魔石の位置さえわかれば、後は抜き取り放題なのだ。

 

 しかし、それでも慢心だけはしなかった。階層主のような、その階層に似つかわしくない桁外れに強い怪物がいることも事実。14階層前に出会った階層主らしき怪物は、正面切って戦って勝てるほど甘い相手ではなく、撤退を余儀なくされたのは記憶に新しい。

 楽になったことは間違いないが、油断すれば問答無用で死に至る。未だに、緊張の糸は抜けきらない。

 

 

 

 ――またひとつ、腕の傷が増えた時。

 目の前に立ち塞がるその存在に、全身が粟立った。

 

 血に染めたかのような色の立派な頭角、闇の中でも光る理性の片鱗を感じさせる黄金の瞳、真っ黒な体毛、2Mはあろう巨躯の怪物。

 待ち構えていたかのように、その猛牛は現れた彼のことをジッと見つめている。

 

「……どうしてこう、トラブルばかり舞い込むんだ」

 

 ――俺はただ、生きて帰りたいだけなのに。

 そんな弱音を一喝するように、猛牛は大口を開け、階層そのものを揺らす咆哮(ハウル)を轟かせる。ひとしきり咆えたかと思えば、拳を構え、彼の行動を待つようにまた様子を見るのだ。

 

「理性的だ。……理性的な奴ほど、面倒なことはない」

 

 その瞳に焔が灯る。ただの願いと執着が、彼に拳を握らせる。

 

「あぁ、話し相手には飢えていた。語る相手には飢えていた。だから……お望み通り語ってやる。語りつくしてやる。この先にある地獄の体験を」

 

 それは八つ当たりであったかもしれないし、ただ誰かとの交流に飢えていただけかもしれない。少なくとも、これほど人間味あふれる交流はいつぶりだろうか、と思い返し、正確に遡れないほど過去のものにはなっている。

 彼の話す通り、彼は飢えていた。だから、逃げることはない。不意打ち気味に魔法の一撃を以て屠るでもない。

 

 拳を構え、突貫する。

 喜色に震える雄叫びと共に、猛牛もまた突貫し。

 

 お互いの拳が衝突する。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「……そりゃ、語りつくすとは言ったけどな」

 

 全身打ち身やら打撲やら、青あざやらを作り痛々しい姿を引きずるように歩く彼。その隣には、また彼と同じように覚束ない足取りで歩みを合わせる猛牛が居た。

 その猛牛に、彼はジトッと湿った視線を向けるが、猛牛は「なんだ」と鬱陶しそうに視線で応える。

 

「いや、なんだ、じゃない。……おい、何驚いた顔してる。だから驚いた顔……あぁ、もう面倒くさい!」

 

 彼はわしゃわしゃと頭を搔くと、やけくそ気味に怒鳴り、単刀直入に聞いた。

 

「何で一緒に来る!?」

 

 それに猛牛は、ただ上を指差して鼻を鳴らした。それだけで、もう目的が分かってしまった彼は、肩を落とし、頭を抱えて、大きく溜息を吐いた。

 

「どうして、こう。俺は厄介ごとばかり……」

 

 目的を同じくする猛牛と彼。

 奇妙な同行人が出来て、悩みの種がひとつ出来たことは。

 

 彼にとって幸運なことであったのは、間違いない。

 戦以外で寡黙な猛牛の隣で、彼はその口元を緩め。

 しばし肩から力を抜いて、長く深い、溜息を吐くのであった。

 

 

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