【ヘスティア・ファミリア】元団長   作:釜めしの素

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第六話 すれ違いの慟哭

 義理を果たし、居座る理由もなくなって。

 『異端児(ゼノス)』たちの住処を後にしたリングは、後ろ髪を引かれる思いで、何度となく振り向いた。振り向きながらも、足は決して元来た道に向けることはなかった。

 

 帰路の道につきながら、一歩踏みしめるごとに思い出がよみがえる。

 

 レイは歌を送ってくれた。

 出会った時も、宴会の時も、そして別れの先ほどに。慰めるように、元気づけるように、背中を押すように。

 彼女の歌がなければ、『異端児(ゼノス)』の住処に居座ることはなかったかもしれない。荒んだまま、ただ愚直に上を目指す亡者になっていたかもしれない。別れ際の歌がなければ、これ以上先に進めなかったかもしれない。

 

 リドは親友となってくれた。

 酒に酔って愚痴を吐けば、それを親身になって聞いてくれるのだ。相槌のように「大変だったな」「よく頑張った!」と慰めや励まし。本心から、まるで兄貴分のように受け止めてくれた彼のおかげで、背負っていた物が軽くなった。

 彼の言葉がなければ、リングは誰にも心を開けなかったかもしれない。酒の勢いがあると言えども、口を閉ざして、ただただ押しつぶされるだけだったかもしれない。

 

 グロスはよく釘を刺してくれた。

 仲良くし過ぎると、口をはさむのがグロスであった。その度に、彼は現実に戻り、自分が何を為すべきだったかを思い出した。舞い上がったリングの足を地につけたのは、外ならぬ、非友好的なグロスにしか出来ないことだった。

 

 他にも、様々な出会いがあった。話をした。互いに慰め合ったり、励まし合ったり。あるいは、馬鹿な話もしたかもしれない。酒の勢いに任せて、いろんな物を吐き出して、肩を組んで。

 短い間だった。それこそ、交流はさっさと深層に潜っていった猛牛の半分程度しか持てなかった。それでも、一緒に過ごした時間は濃厚で、忘れることなど出来るはずもない、今こうして思い返して心が温まる。大切な思い出となった。

 

 

 

 

 ゆっくりと、ダンジョンの中を歩いて19階層に上る。そこからも、彼の歩みは遅かった。振り返ることこそなくなったが、心に残る思い出に、一秒でも長く浸っていたかった。

 夢の中を揺蕩うように。彼は幸せに浸りながら、ダンジョンを歩く。それはいつまでも、邪魔されることはないだろうと思われたが。

 

「おいっ、てめえ、変なモンスター見なかったか!?」

 

 そんな大声を上げながら目の前を塞ぐように立たれれば、無視するわけにもいかなかった。変なモンスター。もしや、新種でも湧いたのだろうか。それが脅威になるのであれば、少しは注意しなくてはならない。

 

「変なモンスター? 新種でも出たのか?」

「……ちっ。何でもねぇ。行くぞ!」

 

 功を焦っていたのだろうか。冒険者たちはリングの答えを聞くなり、さっさと移動を始めた。先日知り得た情報から、該当する項目はない。情報が不足していることに、リングは眉をひそめた。

 

「……何が起こっているんだ?」

 

 悪い予感。頭の中に虫が這い回るような、おぞましい不快感を覚える。久しく感じていなかったそれに頭を押さえるも、彼は今までと打って変わって、足早に移動を始める。

 

 

 

 18階層の『(リヴィラ)』で聞き込んでみれば、思いの外簡単に情報を手に入れることが出来た。

 とはいっても、くだらない噂話程度の信憑性といったところか。特に重大な様子もなく、噂好きの店主のように。知っている者は軽い様子で口を開くのだ。

 

 ――喋る竜女(ヴィーヴル)が居たんだって、と。

 『(リヴィラ)』の全域を回るほど聞き込みをして、「変なモンスター」の噂話は、本当にその程度であった。それなりに前に「黒いゴライアス」が現れた、という話もあったが。……彼にとっては、「喋る竜女」の方が重要だった。

 

 葛藤に挟まれる。

 探し出せ、と胸の内の炎が燃え上がる。恩人の、親友の、戦友の同類を送り届けろと。無事であるように、見つけ出せと。情が彼の理性に訴えかけてくる。

 地上に戻れ、と燃え盛る炎を抑え込むように、頭からスッと冷えていく。これ以上は踏み込むな、過干渉だ、そこに巻き込まれる理由はないと。理性が腰を落ち着けるように促してくる。

 

「ヘスティア、様……」

 

 彼女なら、己の主神ならどうするだろうか。

 竈の女神。家庭の守り神。何よりも家族を大切にする女神は、こんな時、自分に何と言ってくれるだろうか。

 いや、きっとこう言ってくるだろう。

 

『もう、危険なことはしないでくれ』

 

 懇願するように、祈るように、自分を戒める女神が思い浮かぶ。

 帰ってきた彼が事情を伝えれば、女神は間違いなくそう言うだろう。死にかけた、長らく消息を絶った眷属が、突然そんなことを言い始めるのだ。また危険なことに首を突っ込む家族を、止めない母が居るはずもない。

 

 もう、冒険をしないでくれ、と涙ながらに願われるかもしれない。

 一緒にアルバイトをしよう、なんて笑いながら誘ってくれるかもしれない。

 

 そうなれば、きっと夜は「じゃが丸くん」祭りになって。少し質素だけど、幸せな卓を囲んで。笑い合って、かけがえのない幸せを享受することが出来るだろう。

 

 そんな想像をして、彼はとうとう膝を折った。大地に膝をつき、両手で顔を覆った。「ぁぁぁ……!」と声にならない呻きが喉からせり上がる。

 

 そうでありたい、と心から願ってしまった。

 もう手のひらに収まりかけているその幸せを、投げ出すような真似はしたくない、と。心が悲鳴を上げた。もう勝ち取れるところまで来たんだ、と甘い誘惑が彼から反抗する力を奪っていく。

 

「ヘスティア様……ヘスティア、様……!」

 

 生きていると、自分が息をしているんだと。心臓が動いているんだと。今ここに居るんだと、生を実感した途端、もう、ダメだった。

 

 彼は涙で顔をぐしゃぐしゃにして、とうとう弱音を吐き出した。たった独りのその場所で、主神の名前に縋って泣きじゃくった。

 もう、危ない橋を渡る気にはなれなかった。それを考えた途端、身体がどうしようもなく震えて、力が抜け落ち、膝をついてしまう。

 奈落の恐怖が口を開けて、こちらを見ているような気がした。

 

 あの、黒に近い紫色の表皮を持つ化け物が、自分を見ているような錯覚に陥って。

 

「……ごめん、ごめん……ごめん、なさい……!

 

 彼は、死の恐怖に屈してしまった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 獣の咆哮。怨嗟の渦巻く悍ましき声が地上を震撼させる。

 破壊された【ヘスティア・ファミリア】の拠点。廃教会は無惨に倒壊し、中はもぬけの殻。必死に掘り起こし、生活跡らしきものが残っていることが、余計に男の絶望を加速させる。

 

 慟哭が響く。

 聞いている者が耳を閉ざしたくなるような、痛々しい声が男の喉から飛び出している。耳にするだけで、心が軋むほど残酷な叫びは、生々しく響いている。

 

 それがずっと、ずっと続いた。

 彼は涙が枯れても、声が掠れようとも、感情のままに泣き続けた。

 えづいて、せき込んで、時折その声も途切れるが。声が出なくなってからは、声なき声が。その空気を鉛のように重く垂れこませて、打ちひしがれる。

 

 皮膚が裂け、肉が抉られ、骨が剥き出しになるまで、その地面を殴り続けた。戒めるように、その拳を己の血で赤く染める。

 

 地上から拒絶されているかのようだった。

 (すが)った希望を砕かれて。たったひとつの居場所を奪われて。お前の居場所は何処にもないんだ、突きつけられるように。

 

 背中に刻まれた恩恵が、燃えるように熱く感じた。

 神様からの贈り物。恩恵とステイタスは生きている。戦う力は、残っている。

 

 ――彼は、知らなかった。

 神が天界に送還されると、その眷属たちはステイタスが封印されることを、知らなかった。

 先輩から教えてもらう機会なんてなかった。アドバイザーからはもっぱら、ダンジョンのことについてだけ勉強した。

 主神のヘスティアからも、教えてもらう機会はなかった。それは、主神なりの気遣いなのかもしれない。

 

 そんなことが、全て裏目に出て。

 焼けるように熱い背中の恩恵を背負って、ゆらり、と幽鬼の如く立ち上がり、駆け出した。

 

「もう……もうッ!」

 

 全力で、ダンジョンに向かう。

 間に合わなかった自分を呪いながら、今度こそ、と彼は脇目もふらずに走り抜ける。

 

 今度こそ、間に合わせるのだと。

 強迫観念に駆られながら、赤く腫らした目の奥に執念の焔を灯し、ダンジョンを降りていく。

 

 焦燥と不安、恐怖に駆り立てられたせいで、気づかなかった。

 ギルドに確認すれば、もっと正確な情報が手に入るということに。

 神ヘスティアが、拠点を移したという可能性に。

 

 一分、一秒を無駄にできないという恐怖が、全てを上回った。

 もう二度と、同じ過ちは犯さないという、強すぎる執念が彼から熟慮の時間を奪い去った。

 

 

 

 皮肉にも。

 その奪い去られた時間こそが、分水嶺であった。

 

 仮に、もしも。

 そんな熟慮の時間が少しでもあったのであれば。

 

 それによって神ヘスティアが間に合い、彼のことを見つけて、保護したのであれば。

 彼はもう二度と、立ち直れなかっただろう。冒険者として完全に折れてしまい、彼は「ジャガ丸くん」職人にでもなっていたかもしれない。

 

 しかし、もう運命は分かれて、彼は別の道に進んでしまった。

 彼の決意は、固まった……いや、選択肢がなくなった。

 

 死に対する恐れや、不安の超克が為されたわけではない。

 ただ、自分の死よりも恐ろしい事実を見つけてしまっただけであった。

 

 彼は未だ、英雄の資格を持たない。

 それでも、彼は――

 

 

 

 ――定められた運命に、手を掛けた。

 




感想、並びに数々の評価、お気に入り登録。お読みいただき、誠にありがとうございます。
夜遅くではありますが、筆が乗ったので投稿させていただきます。

そして日間ランキング91位。末端ではありますが、ランキングを確認いたしました。本当に、ありがとうございます。

日々、精進。
出来る限り投稿ペースを維持できるように、頑張っていきます。

応援いただき、本当に、ありがとうございます!

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