【ヘスティア・ファミリア】元団長   作:釜めしの素

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第八話 重ねた想い

 神ヘスティアは走る。

 ある一件の通報が寄せられて、彼女は慌てて本拠『竈火(かまど)の館』から飛び出した。団員の彼ら、彼女らの声さえ耳に入らず、がむしゃらに旧拠点……壊れた廃教会に向かう。

 

 ――【ヘスティア・ファミリア】旧拠点にて、泣き叫ぶ男の姿が確認された。病的に色白の肌に、真っ黒な髪を持ち、血涙したかのように真っ赤な瞳を持つ男。

 

 そんな見た目の男に、神ヘスティアは心当たりがなかった。

 しかし、家の前で泣きじゃくる子どものようなその姿には、既視感を覚えた。恩恵の繋がりを意識すれば、近くにいるような気がした。

 

 何より。

 あの場所を見て、あの惨状を見て。泣き叫ぶ男に心当たりは、たった1人しかいない。

 

 ベルからその話を聞いても、まだダンジョンに居ると思っていた。まだ、抜け出せないでいると思った。それでも、一縷の望みをかけて出来る限り毎日訪れて、誰かいないかを確認した。書置きだって残していた。時間の許す限りその場所で思い出に耽った。ベルの話を聞く前も、数日おきには様子を見に来た。もしかしたら、帰ってきているかも、という望みに掛けて。

 最も信頼できる神友ヘファイストスと、信頼に足るガネーシャに頼み、『(リヴィラ)』周辺階層の捜索を依頼した。

 その準備全てを掻い潜っての通報であった。

 

 ――間に合え、間に合えッ!

 ツインテールが、風に浮いたままとなるくらい、彼女は全力だった。

 

 それでも。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 廃教会跡地には、誰もいなかった。

 誰もいなかったが、その大地にまだ乾いていない血を見つける。白い石畳に影を沁み込ませるように、濡れている場所を見つける。

 

「リング君。居るんだね? 近くに、居るんだよね」

 

 もう、手が届かないほど遠い場所ではない。自分の手に届く場所に、大切な眷属が居るのだと確信する。もう、去ってしまった後ではあったが。

 手掛かりひとつなかった。ただ、恩恵を通じて「生きている」ということしか分からなかった彼が、身近に痕跡を残した。

 

「絶対に、見つけるから。あと少しだけ、待っててくれ」

 

 

 

 神ヘスティアは拠点に戻った後、紙とペンを使ってメッセージを記す。

 伝言を記した紙に、それを固定する釘やら石を削るためのナイフを持ち出して、もう一度彼女は廃教会に訪れた。拠点の入口であった場所に、いつの間にかなくなっていた伝言を再び貼り付けて。同じ文言を石の柱に刻んで。彼女は「よし」と頷いた。

 

『リングくんへ

 神ヘスティアが探しているんだよ。新しい拠点に戻ってくるんだ。場所は――』

 

 それから、その一日だけ。ヘスティアはその廃教会の前で独り、小さなキャンプを行った。「ジャガ丸くん」を片手に宙を見る。そんな宙に、瞳越しに思い出を映して、たった独りの上映会が始まる。

 

 思い出に浸り終えれば、目をつむり、星に願う。

 真摯に、真っ直ぐに。その様は、このオラリオのダンジョンを鎮める聖女だといわれても、納得するほど気高く、凛然とした様子で、祈り続ける。

 

「信じてる」

 

 神ヘスティアの力強い言葉は、静謐なる夜空に溶ける。

 当たり前のように輝く星々を見た彼女は、勝気な笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 朱い軌跡を残して、怪物の首が宙を舞う。灰となって消える肉体の中から、ポロリと魔石がこぼれおち、それを拾うや彼はポーチの中にせっせと仕舞い込む。

 邪魔者が居なくなったところで、彼は『食糧庫(パントリー)』の中を物色し始める。腹持ちのよさそうな物、栄養価の高そうなもの。薪代わりになりそうな草木を。慣れた手つきで、ドロップアイテムから作った皮袋に突っ込むと、さっさとその場を後にする。

 

「……狩りが必要か?」

 

 奈落より持って帰った魔石の入ったポーチは、あと二つになってしまった。他三つのポーチには20階層付近の魔石をはちきれんばかりに入れているが……その1袋で果たして、奈落の魔石何粒分になることか。

 出来ることなら、サポーターが持つような巨大なリュックが一杯になる程度には欲しい、と彼は思っていた。そんな収納空間はないため断念せざるを得ないが、そのくらいの備えがなければどうしても不安を感じる。首に大鎌をかけられているような、恐怖を覚える。

 

 そんな不安や恐怖を、理性をもってねじ伏せる。

 今は他にやるべきことがある、と彼は『異端児(ゼノス)』の元住処に帰る。もぬけの殻になっていた住処ではあるが、『安全階層(セーフティポイント)』となっているその場所は、彼らが使っていたというだけあって人間にも気づかれていない。隠れ家としてはもってこいの跡地であった。

 

「戻ったぞ。足の方はどうだ?」

 

 だからこそ、傷を負って動けない『異端児(ゼノス)』を休ませる場所としても適していた。

 人蜘蛛(アラクネ)の『異端児』。ラーニェは大地に蜘蛛の胴体をつけて、折られた足や腕をピクリとも動かさず、そこに落ち着いていた。彼が帰ってくるのを見るなり、深く長い息を吐いた。

 

「見ての通りだ。まだ少し時間がいる」

「そうか。なら、少しだけ『(リヴィラ)』に行っても大丈夫か? 残っていた二人の行方が気になる」

「いや、やめておけ。18階層に行くのは危険だ」

 

 すぐさま静止の言葉が入る。仲間想い。他の仲間と合流する前に、罠の可能性を考慮してなお、同胞を助けるために突撃した彼女が、待ったをかけた。

 人間に非友好的な『異端児(ゼノス)』ほど、同胞に対する執着が強く、同胞が関わると冷静な思考を欠きやすい。

 

 しかし、そんなことを知らないリングはただ首を傾げて「どうしてだ」と聞く。

 

「今ごろ、グロスたちが18階層を襲い、冒険者たちと戦闘になっている可能性が高い」

 

 ラーニェからの指摘に、リングはますます首を傾げた。前後の繋がりが見えてこなかった。

 

「移動してたんだよな? 住処を変えるために。なら、そりゃいつまでも到着しないお前を探すくらいはすると思うけど」

 

 そこまで短慮になるとも思えない、とリングは考える。リド、レイ、グロスの性格は今までの交流からある程度把握している。仲間が行方不明になった。だからといって、すぐさま18階層の『(リヴィラ)』を襲うというのは、あまりに早計である。そもそも、そこに彼女が、同胞たちがいるとは限らないのだから。加えて、根拠になるものがまるでない。弔い合戦をするのであれば、話は別だが。

 

「あの時、お前に助けられるより前から。グロスたちは、私の持っていたアイテムによって、状況を把握している」

「どうしてそんなもの」

「地上の協力者だ。……生憎、手元にないせいで連絡はとれない」

「弔い合戦、ってわけか」

 

 ラーニェの近くに薪の代わりとなる草木を積み上げ、魔法を詠い行使する。ほんの小さな炎になる程度の、極小まで威力を失った魔法だ。焚火、というには不格好な灯を、ラーニェとリングが対面となって囲う。

 

「なら、なおさら無理してでも行ってくる」

「正気か? 仮に行ったとして、お前に何ができる」

「越えちゃいけない一線を守ることくらいは出来る」

 

 それに、と彼は食糧の入った皮袋をラーニェの前に投げて渡すと、焔に視線を落として口を開く。

 

「このままじゃ、全員殺される。そうなる前にケリをつける」

「わからんな。お前はどうして、私たちにそこまで構う? 今回の一件など、命を投げ捨てるようなものだ。地上への渇望はどうした?」

 

 どろり、と溶け落ちた。

 それを見た時、ラーニェは絶句した。背筋に走る寒気から広がるように、全身が凍り付く錯覚を覚えた。冷汗が背中を伝い、あまりの光景に歯が音を立てそうになる。

 

 まるで、絵画が上から塗りつぶされるように。あるいは、水彩画の絵の具が一息に剥がれ落ちていくように、リングの内側が露わになった。

 どこまでも無表情で、人形のように。暗い、暗い瞳をたずさえて、生気を感じさせない。作り物か、それとも死人か。途端に魂が抜け落ちたように、がらんどうの器にすり替えられたように。

 

「消えたよ」

 

 無機質で、何も感じさせない声。

 何があった、とラーニェは聞けなかった。聞く前に、口を開けようと決意を固める前に、彼が口を開く。

 

「間に合わなかった。俺は、何もできなかった。たどり着いた時にはもう――全て、終わっていた」

 

 

 

 ラーニェはリングとの交流こそ以前にはほとんどなかったが、彼の話を遠巻きから聞く程度には興味を、警戒心を持っていた。

 

 結論から言えば、ラーニェはリングのことを「変わった人間」と評することになる。

 他のモンスターと区別のつかない見た目の蜥蜴人(リザードマン)のリド。そして石竜(ガーゴイル)のグロス。リングはそんな二人にさえ、何の怖気もなく接していた。まるで、同種にでも接するように、躊躇いがない。

 言葉にだって遠慮がない。握手したリドに対して「爪を立てないでくれよ」などと冗談交じりに口にする姿は、本当に初対面か、と目を見張ったものだ。

 

 酒の席の話も聞いていた。奈落から、ダンジョンの遥か下の階層からやってきたという話を聞いたときは、眉唾だと思い一笑に付したものだ。彼がそんな場所から生き残れるほど、強いとは思えなかった。……受け取った魔石から、もはや事実と認めざるを得ないが。

 

 分け隔てない態度に、協力的な姿勢。そして、人間のくせして『異端児(ゼノス)』と同じ渇望を持っていることには。それを心の底から望んでいることには、驚いた。もしや人間の皮を被った同胞ではないか、とさえ思った。

 

 地上への渇望の理由が、たった一人の家族のために。独りにしないために、と聞いた時には共感を覚えた。「ただいま」と言いたい。「おかえり」と言われたい。ただ小さな幸せが欲しいだけだ、と切実に語っていた時には、多くの同胞が頷いていた。彼女も、酒の勢いがあったといえども、その願望には頷いたものだ。

 

 

 

 彼の願望を、何よりも大切にしていたモノを、ラーニェは知っている。

 それを失った時の感情も、彼女は経験して知っている。

 

「俺は神様を。ヘスティア様を、心から敬愛している。あの御方が主神だったから。俺は、こうして生きている。生きたいと、どんなに惨めでも、汚くても、苦しくても、何度も立ち上がれた」

 

 男の瞳に、焔が宿る。

 それはただ、焚火のそれが瞳に写り込んでいるだけだったかもしれない。

 

 しかし、ラーニェにはそれが。

 

「もう、失いたくない。親友を、戦友を、家族を。親しい奴ら全員、誰一人、欠けてほしくない」

 

 ――だから、もう一度だけ頑張るんだ、と。

 がらんどうの中に再起する、魂の聖火の如く映った。美しく繊細な指先に持つ篝火が、彼という器に、火を灯したように見えた。温かく、熱く、消えることのない火を。

 

「行ってくる。必ず、連れ戻してくる」

 

 その顔に、笑顔が戻った。

 柔らかい表情だった。今から戦場に行く人間の顔ではなかった。 

 

「待て」

 

 静止の声は、いつの間にか飛び出していた。

 どうした、と微笑む男の顔を見て、「こいつは誰だ」と思わずにはいられなかった。

 

 変わった人間だと思っていた。

 どうしようもない奴だと思っていた。

 泣きじゃくって、汚い声で悲しみを叫び、情けない姿を晒す。どうしようもなく脆く、触れれば壊れそうな人間で、放っておけばどこかに消えてしまいそうだったのに。

 

 何がお前を変えた、とそんな疑問は心のうちにとどまった。すぐに答えがわかってしまった。

 その瞳は、燃え盛る炎の如く赤く染まっている。音を立てて、瞳の奥が激情に唸っている。魂の聖火は、器の中を、焼き尽くさん勢いで、燃えている。

 

「あと少しで回復する。私も連れていけ」

「わかった」

 

 彼はあっさりと承諾すると、腰を落ち着ける。焚火を見つめる瞳の奥は、蝋燭の灯のように小さな光がある。溢れんばかりの業火は、いつの間にか消えていた。

 

 そんな様子を見て、危なっかしいことに変わりはなさそうだ、と思う。手のかかるやつだと、彼の様子を見ながら、回復に努める。

 

 パチン、と時折弾ける焚火の様子を、彼は本当に幸せそうに、微笑んで、眺めている。

 

「見ていて楽しいのか?」

 

 ラーニェの問いに、男は頷いた。

 

「こんな小さな火こそが。掛け替えのない、大切な日々の幸せの、象徴なんだ」

 

 誰かと囲うことに意味がある。そんな隠れた真意を、今までの彼の話から理解する。

 

「まるで、私とお前が家族みたいに言う」

 

 ラーニェの言葉に、彼はしばらく答えなかった。

 声のないまま、その火を見つめて、微笑みをこぼすばかり。

 

「そうなれたら、いいと思ってる」

 

 不意打ちのように、その答えは返ってきた。

 頭が沸騰するように途端に熱くなる。正気かこいつ、と慌てて彼を見て――あぁ、と呆れて、少しの名残惜しさを含めた納得を覚える。

 

 ラーニェは彼の答えに、小さく頷いた。

 

「どうしようもない奴だ」

 

 そんな風に、手厳しくも口にしながら。

 彼女は口元を緩めて、回復の時を待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 あと一度だけ。

 あと一度だけ。

 

 あと、一度だけ。

 

 あと、あと、あと、あと……一度だけ。

 

 いくつも重ねる一度だけ。

 それが本当に一度だけであれば、足場になる。

 

 しかし、重ね続ければそれは――道となる。

 

 長い、長い道のりを越えた彼は、まだ口ずさんだ。

 故に、足場が出来て踏み越える。越えた後は道となる。

 

 掴み取るまで、もう少し。

 それを手にするまで、重ね続けるのだ。

 

 そして始めよう。

 ――君だけの冒険を。

 

 

 




まずは一言。
ここまでお読みいただき、お付き合いいただき、まことに、まことにありがとうございます。
感想、評価、お気に入り登録、非常にモチベーション維持につながっております。本日も、投稿することが出来ました。

また、数々の高評価、皆様にお読みいただける機会をいただき、日間ランキングにおいて46位を、ルーキー日間において7位の栄誉をいただきました。

改めて、感謝を。
ありがとうございます。

物語を通じて、よりお楽しみいただけるように。精進して、作品を更新していくことで、読者の皆様に恩返しをしていきたく思います。

それでは、次話にて、お会いいたしましょう。


※2021年3月17日14時13分
ご指摘があり、こちらの話を加筆修正しました。
修正点としましては
1.ヘスティアはベルから「リング」の情報について聞いていた。
2.ヘスティアは神友ヘファイストスと信頼に足るガネーシャに捜索依頼を出していた。
3.書置きは前から残していた。手入れも出来得る限り毎日していたが、その書置きはなぜかなくなっていた。
4.ベルの話を聞く前から旧拠点には数日に一度訪れていた。

以上、三点となります。
拙い作者ではありますが、ご指摘いただいたこと、最もだと思ったことに関しましては、またこのように加筆修正を行う場合があるかもしれません。これに関しましては、ご容赦をお願いいたします

ご指摘いただき、まことにありがとうございます!

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