【ヘスティア・ファミリア】元団長   作:釜めしの素

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※重要!!
まず最初に、8話の加筆修正をしたことをお知らせいたします。
以下、その要約になります。

修正点:
1.ヘスティア様は拠点を移った後、数日おきに旧拠点へ様子を見に来た
2.ヘスティア様はベルから話を聞いていたことを明確に、そこからほぼ毎日訪れ、時間の許す限り滞在した。
3.「2」において少しの手入れと書置きも残していた。
4.書置きはなぜか消えており、それが風によるものか、恣意的なものかは不明。
5.ヘスティア様は対策として書置きと同時に石の柱にも文字を刻むことにした(通報後)
6.ヘスティア様はベルから話を聞かされた後、神友ヘファイストスと信頼に足るガネーシャに、18階層周辺でリングの捜索を依頼した。



ご指摘をいただき、まことにその通りだと痛感いたしました。私の浅はかな思考により、非常に大きなキャラクター像のブレともいえる事態を引き起こしてしまったことを、この場を借りてお詫び申し上げます。

そして、ご指摘いただいたこと、まことにありがとうございます。


以上、重要なお知らせの方になります。
それでは、本編をどうぞ。








第九話 願いを冒険に乗せて

 格上相手の戦いにおいて、精神力(マインド)の運用は生死を分けるほど重要な事項だといっていい。

 魔法は奇跡だ。自身の肉体でどうしようもない時に頼る、奇跡の力である。筋力も、格闘技も、武器の技術も必要ない。ただ詠い、そして狙いを定め、一発逆転を行うものであり、そこに必要なのは「精神力(マインド)」と「詠いきる胆力」だけなのだ。

 

 それさえあれば、後は使いどころを間違えなければ。それはどんな戦況をも覆す可能性を秘める。

 ことリングの魔法は、威力にほぼ上限のない破壊の奇跡であり、どのような矛をも生む創造の奇跡であり、己の力を昇華させ維持する奇跡である。どれもが、「精神力(マインド)」次第で、如何なる格上相手であろうと逆転を生む潜在能力を持っている。

 

 だからこそ、彼は何よりも精神力(マインド)の運用について、慎重にならなければいけない。奇跡を起こす燃料が尽きてしまえば、彼は所詮レベル3の冒険者。格上相手への逆転の目は潰え、待っているのは破滅の未来だけである。

 

 精神力(マインド)消費の肩代わりに、魔石を運用出来るという、圧倒的な優位性は確かに持っている。だがそれはある種、「魔剣」のような使い勝手の難解さを持つ。ことリングにとっては、もう二度と手に入らないだろう上質過ぎる魔石を食い潰す形だ。

 

 ――使えば最後、二度目はない。

 それは「死」が原因ではない。手に入らない触媒に頼り切ったせいである。

 

 失敗すれば、彼は死ねないかもしれない。死ねないまま、親友に、戦友に、家族に、先立たれるかもしれない。それは、自分が死に直面するよりも辛く、耐え切れない苦痛であるに違いない。

 

 

 

 彼は、間違えるわけにはいかない。

 奈落より持ち帰った魔石はポーチ二つ分。数分であれば3つ分の【階位昇華(レベルブースト)】を維持することが出来るだろう。破壊の閃光はオラリオの半分を消し飛ばして余りある。あの奈落のモンスターにさえ通用する武器を、一本であれば創造できる。

 

 格上相手に出し惜しみをしてはいけないことを、リングは誰よりも知っている。

 一撃必殺を旨にしろと、経験が、心が叫ぶ。

 

 ダンジョンの階段を駆け上がりながら、彼は皮算用をする。

 

「余計なことを考えるな。それで足元を掬われれば笑い話にもならん」

「……ありがとう。考えすぎてた」

 

 18階層に出る前にラーニェに指摘され、彼は頭を振って意識を切り替える。

 これを抜ければ戦場だ。そんな場所で思考の沼にハマれば、待っているのは敗北か、それとも死か。

 

「すぅ――」

 

 息を大きく吸い込み、瞼を閉じて。思い出す。奈落に居た時の出来事を。

 獣の姿を。消滅の閃光を。その絶望に直面したときの気持ちに浸り、瞼を開ける。

 

「――行こう」

 

 獣に見られている気がした。

 だからこそ、気が引き締まる。ピンと糸が張りつめて、表情が抜け落ちるのを自覚する。余計なもの一切合切が、取り払われる。

 

「……」

 

 ラーニェはそんなリングのことを横目に見つめるが、しかしそれ以上口をはさむことはなかった。

 二人は18階層――戦場に、その足を踏み入れた。

 

 そして、その入口に待ち構えていたかのように立ちはだかる影に、既視感を覚える。

 いつかの再来のように、獣が目の前で口を開けるように、そこには黒く大きな図体がある。真っ赤な角に、金色の瞳を輝かせ、その口元には笑みを浮かべる。剥き出しになった白い歯が、明るいピンク色の歯茎が、より化け物面を強調するようだった。その手に持つ両刃斧が赤い戦果を誇る。

 

「頼もしい。どっちだ?」

 

 そんな姿を見て、彼は表情をなくしたまましっかりと頷いて聞く。

 黒い猛牛は、戦友は彼に背を向けて先行する。流れるように彼はその後を追い、遅れてラーニェが彼の後ろに続く。

 

 そうして、異常な沈黙が訪れる。重苦しいようで、どこか示し合わせたような無音の環境。場の空気を支配しているのは沈黙そのもの――ではない。猛牛とリングだ。

 視線を合わせるわけでもない。何かジェスチャーを送っているわけでもない。それでも、この二者はまるで以心伝心の如く、無音のまま会話しているように見えた。

 

「――情報の共有はいいのか?」

 

 堪らずラーニェが声を上げる。このままでは埒が明かないと悟った。そして、その疎外感のある沈黙に苛立ちを覚えていた。端正な眉が吊り上がっている。

 

「ついていけば全部わかる」

 

 静かに、しかしその声音の奥に鋭利な刃を隠しながら、彼はそう口にする。研ぎ澄まされた意識が、肌を刺すほど深くなっている。それはリングだけでなく、黒い猛牛も同じであった。

 彼らは同じ場所に居ながら、ラーニェとは違う領域に立っていた。それは覚悟の違いか、潜ってきた修羅場の違いか。

 同胞を救い出すという覚悟において、ラーニェは誰にも負けないと自負している。敗北の味がより、彼女の覚悟を鋭く洗練させた。

 

 即ち修羅場の違い。戦いにその生を置いてきた猛牛と、奈落より這い上がった人間。あまりにも特殊過ぎる二者を前にして、彼女は何とも言えないやるせなさを覚える。行き場のない不満は言葉に出るでもなく、発散されるでもなく、彼女はただ飲み込む。口には出さないが、心の中で溜息をつきながら。

 

 

 

 そうしてたどり着いたのは、18階層の東端であった。小型モンスターの『異端児(ゼノス)』たちが、彼らを待ち構えるようにそこに横並びになっている。

 

「キュイ!?」

 

 待ち構えていた『異端児(ゼノス)』たちはその姿、ラーニェを見るなり驚きに声を上げる。獣の鳴き声が、人の言葉を解さぬ、知性あるモンスターたちがざわめき浮足立ったところで。

 

「お前たち、話は後だ。一刻を争う。端的に説明をしてくれ」

 

 ラーニェは凛とした態度で、真っ直ぐ問いただす。驚き舞い上がりそうになった者たちは、彼女の言葉で状況を思い出したのだろう。獣の言葉を以て声を上げ、猛牛に持ってきていた物を手渡した。

 一連の話を聞いていた猛牛も理解したのか、それを目の前の岩壁に掲げると――

 

 目の前のそれが、大口を開けるように開き、入口となる。

 魔石灯が一定間隔に並んでいる、薄暗い通路が露わになる。

 

「……」

 

 ダンジョンの中に存在する、ダンジョン。

 明らかに作りの違う謎の道。これは本当にダンジョンなのだろうか。誰が作ったのか。目的は何なのか。冒険者であるリングは、常識では計り知れない光景を目の前に沈黙を貫く。そしてさらに深く、沈黙が肌に刺さるように、空気の上からのしかかってくる。

 

 猛牛が歩き出すと共に、彼もまたついていく。ラーニェたちも遅れることなく後に続いた。

 

 猛牛の歩みに迷いはない。代り映えのない、特徴を覚えさせる気のない道に続く道。通った後、すぐさま目の前に現れる道は、同じ場所に戻ってきたのでは、と思わされるほどに酷似している。

 猛牛が受け取ったモノは、どうやら魔道具(マジックアイテム)のようだ。此処、ダンジョンよりもよほど人を惑わそうとする場所。その通路を塞ぐ最硬金属(オリハルコン)の扉を開くための『鍵』の役割を果たしている。

 

 猛牛は進む。しかし、一向に彼ら彼女らと合流できる気配はない。異様な静寂に包まれる通路を、ただ散歩でもするように歩くだけだ。

 音から遠ざかっているわけでも、音のする方に向かっているでもない。ただ、何も聞こえてこない。そのせいで余計に、自分たちの砂利を踏みにじる音が、嫌に耳につく。

 

 扉を開く猛牛の横に立ち、彼は金色の瞳を見た。本当に合っているのか、と睨みつけるように。

 猛牛は、開いた扉の奥へ凛然と歩き出す。淀みないその態度に、リングはため息を呑み込みついていく。

 

 静かなのは、なにもこの二者だけではない。ラーニェや彼女に続くゼノスもまた、無言を貫いていた。特にラーニェは、目の前だけでなく、背後や横、そして天井に至るまで警戒していた。罠があれば不味いと、その視線を走らせている。背後に視線を向けた時は、必ず数を数えて確認する。

 

 

 

 ――ごご、と震動が遠くから伝わってきた。今まで幾度となく通り抜けた、扉を開くときのものであった。

 まず、リングは後ろに居たラーニェに視線を送る。これを受けて、ラーニェは首を横に振ってその瞳を黒く染める。リングは頷き返すと、今度は猛牛を横目に見て。

 

 おどけるように肩をすくめる。

 

 扉を開いて進んでいくほど、相手の音も近くなる。急いでいるわけでもないのに、まるで火に吸い寄せられる虫のように、刻一刻と近づいている。

 相手もこちらに気づいたのだろう。不意打ちを狙っているのか、それとも実は味方なのか。あるいは、間抜けにも迷子になったのか。

 

 扉の音どころか、相手の足音まで聞こえてくる。

 もう接敵する。そうなった時、先頭に立っていた猛牛が両刃斧を振り上げた。

 

「聞いてねえぞ、こんな化け――」

 

 猛牛がその手を振り下ろすよりも早く。

 相手が何かを言い終えるよりも早く。

 

 熱した鉄板に水を叩きつけたような音が響く。

 鼻につくのは腐ったような、溢れる膿みのような異臭。焼けるように、ジュウ、ジュウと音を立てながら。

 

 その音も終われば、暗闇の中にはひとつ。円形の水たまりの影が出来上がる。

 

「行くぞ。報復は終わった」

「……そうか」

 

 骨さえ残さない、圧倒的な溶解液。

 リングが彼女を見た時には、もういつもの表情に戻っていたが。

 

 その拳は、確かに握りしめられていた。

 

 

 猛牛は人間だったものを一瞥もせず、その歩みを進めた。

 リングもまた、猛牛と同様に。

 

 ラーニェがどうしたか、リングにはわからない。

 しかし、彼女は等間隔を保ってついてきていることは気配からわかる。

 

 肩の荷が下りたように、リングは細く長い息を吐く。

 新たな扉が開き、一行はまた先へと進み続けた。

 

 

 

 闘争を求める獣の雄叫びが、『ダイダロス通り』を震撼させる。

 わざわざ居場所を教えてやるような真似をする理由は、多くはない。

 

 太陽の輝きに目を細めながら、彼は周囲の状況を見た。

 大地に這い蹲る『異端児(ゼノス)』たちが居た。

 

 リドは陥没した民家の壁を背に、膝をついてその口から赤い血を滴らせる。いくつか鱗が砕けているのか、人肌のような色の胴体さえ赤色に染まろうとしている。

 レイはその身を太陽に晒され、美しかった翼に血と砂利をつけて倒れている。動く気配がなく、か細くその胸を上下し呼吸しているのが遠目からでもわかった。

 グロスは酩酊でもしたように覚束ない足取りで地に足を着いている。外傷が一番少なく見えるのは、石竜(ガーゴイル)だからか。

 

 赤い帽子を被ったゴブリンのレットは大地に伏して動かない。

 一角兎(アルミラージ)のアルルは目を回して仰向けになって倒れている。

 

 『異端児(ゼノス)』たちは敗北寸前まで追い詰められていた。

 あと少し、冒険者たちが踏み込んでしまえば終わりだ。

 

 絶体絶命の窮地。倒れて、あるいは膝をついている冒険者も幾らか居るが、その士気は異様なほど高く保たれている。逃げ出す者は誰一人居ない。

 

 建物の上からこちらを俯瞰する冒険者がいる。

 杖を持つ冒険者に大きな動きは見られない。

 

 戦局は、既に趨勢を決しているようなものであった。

 

「ラーニェ。他の奴らの回収を頼む」

 

 短く言うや、彼は自身の持っている奈落より持って帰った魔石のポーチを全て掴む。ラーニェの答えを待つ間もなく、彼は詠い始めた。

 

「『慈悲をくれてやる。ただ一撃のもとに消え去るがいい』」

 

 その声は地を這うように低く、凪いだ海のように不気味な静けさを帯びて。

 その手に集まる魔力は、光さえも歪めて形を作り。

 その表情は――欠片ほどの感情も見せず、抜け落ちた。

 

「『ブラフマン・シャクティ』」

 

 片手に持った魔石のポーチ二つ。その中身すべてが灰となり、彼はそれを大地に捨てた。

 代わりに、その手に持つは一風変わって白銀の槍。太陽の光を受け処女雪の如くきらめき、その美しい外装は視線を吸い込むような魔力を秘めている。

 

「俺と、こいつでこの場を請け負う」

 

 視線が交差する。金色と赤は刹那の合図を送り、猛牛が一歩、踏み込む。肺を大きく膨らませ、きちきちと鎧が弾けんばかりに悲鳴を上げる。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッ!!!』

 

 その弩級の咆哮(ハウル)と、ラーニェが飛び出すのは同時だった。

 人蜘蛛(アラクネ)が糸を射出し空を飛ぶ。その滞空中に仲間の位置を正確に把握すると、次々と糸を仲間たちに付着させる。そしてそれとは別に巣を作っていく。

 

 ラーニェのそんな動きを妨害出来る冒険者は誰もいなかった。猛牛の咆哮(ハウル)によって初動が遅れたのもそうだが、ほとんどの冒険者がそれだけで動けなくなっている。何より、それを受けても立っていた冒険者は猛牛に注意を惹き付けられていたせいで、彼女に気づくのが遅れることになる。

 

 

 

 猛牛がばく進した先は、【怒蛇(ヨルムンガンド)】ティオネ・ヒリュテだった。両刃斧を大地に叩きつけ吹き飛ぶ瓦礫を浴びせ、その一瞬の隙を縫って、ティオネに慈悲のない拳を叩きつけ、咄嗟の防御もむなしく民家の壁に叩きつけられた。

 

 続く【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガと、【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテが猛牛を囲む。超硬金属(アダマンタイト)さえ両断せしめるティオナの大双刀の一撃が唸るも、猛牛はこれを両刃斧をもって大きくのけぞらせる。両者、武器の破壊にまでは至らない。

 

 追撃に踏み込む猛牛を、ベートが鋭い足払いをもって蹴り抜き、膝をついたところを再び大双刀が叩き込まれるも、両刃斧がこれを防ぐ。悲鳴を上げるように大気が音を上げ、硬質な金切り音と共に火花が飛び散る。

 

 

 

 猛牛と冒険者たちがぶつかり、今まさに猛牛がとっておきの魔剣を振りぬいている時。

 リングは思考の海に潜り込んでいた。

 

 残りの魔石のポーチは、20階層前後のモンスターたちのものが3つ分。それ以外は全て、ただ一本の武器を作るために使いつぶされた。

 瞳を閉じて、彼は地獄を思い出していた。ひとつ先の通路にいる敵の気配を読む感覚。死の臭いを的確に嗅ぎ取る嗅覚。遭遇戦をただの一度も許さず、常に先制攻撃に徹したその感覚を呼び起こす。

 

 そして詠う。

 第三の目を開眼し、そこに指向性を持たせる。他の一切合切を捨て去り、ただ『敏捷』に重きをおいて『階位昇華(レベルブースト)』を果たす。限りなくレベル4に近い『敏捷』は、この時だけは、レベル6に準ずる力を得る。

 

 指向性を持たせ、可能な限りの節約を行ったといえども、それは保てて10分の特権。

 そこを越えれば、魔石が尽きる。

 

 目を開け、今まさに猛牛を討ち取ろうと走る風に向けて、己もまた風となる。

 白銀の槍と、風を纏った剣が激突する。

 

 

 

「――ッ!?」

 

 【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタインはその手応えに驚き目を見開いた。

 自身の持つ相棒が、悲鳴を上げた。たった一度の激突で、剣は擦り切れて刃が潰れる。ぶつかった白銀の槍は弾かれて宙を舞ったが、折れたわけではない。傷ひとつない。

 

 絶好の機会を逃した。それを邪魔したのは――人間、だろうか。

 二つの赤い瞳に、額を割る第三の目。病的なまでに色白な肌の男は、底の見えない、しかしその奥に確かな炎を宿して彼女を見つめている。

 

 視線の交錯は一瞬。

 アイズは迫る猛牛からの一撃を回避するために風に乗り後退した。遅れて、そこを風ごと切り裂く両刃斧が通る。

 

 ――あの人、レベル4くらい……?

 

 猛牛を警戒しつつ、横やりを入れた人間――リングも視界に入れていると。

 彼がその手を横に開いてかざすと、まるで主人のもとに帰ってくる忠犬のように。弾かれた白銀の槍が、その手の内に収まった。

 

 きらり、と槍の石突には糸がついていた。

 

 

 

 金色と赤の視線がぶつかり、それだけでお互いに動き始める。

 猛牛の隠し玉、雷の『魔剣』の一撃を受けたベートは痺れて動けないが。ティオネ、ティオナの二人は虎視眈々と、回復に集中し、動ける機会を伺っている。

 

 加えて、建物に居た冒険者の一人が、消えていた。

 視線を走らせ、その姿を確認。リングはその男を見たことがあるような気がしたが、擦り切れた記憶の中で正確には思い出せない。その男は自身の武器なのだろうか。民家の近くに転がっていた槍を回収していた。

 

 猛牛はまた、少女と。【剣姫】と激突している。しかし、潰れた刃のせいで思うように動けていないのか、その表情はわずかに歪んでいる。

 リングはそんな中、猛牛との距離を常に一定に保つ。つかず離れずの距離を維持して、いつでも横やりを入れられるように。そして、いつでも猛牛がこちらに駆けつけられるように。

 

 リングは分かっている。今、この戦場に似つかわしくない自分の滑稽さを。

 それでも、そこに身を投じる理由がある。それだけで十分だった。この場で例え全てを使い果たしたとしても、後悔はしない。むしろ、ここで出し切らず後悔したら……もう二度と、立ち直れない。

 

 空から降ってくるドワーフ。

 いち早く復帰したティオナが、大双刀を振り上げ猛牛に迫る。これを横から掠めるように、まさしく針に糸を通すような隙を突いて、初動に被せる形でリングの白銀の槍の穂先が、振り上げられた大双刀の剣先を掠めるように軌跡を残した。

 

「――えっ?」

 

 意識の隙間を縫い取られ、手に感じる相棒があまりにも頼りなくなったように思えて。ティオナはその剣先を見て、思わず呆気にとられた。

 大双刀の剣先が、あまりにも平らに切断されていた。刃は未だ宙を舞っており、間もなく大地に鉄塊でも落としたような音を立てて落ちた。

 

 一瞬遅れて、その白銀の槍の先。リングのことを見つける。アイズの攻撃の妨害をしていた人間。敵か、それとも操られているのか。どちらにしても、超硬金属(アダマンタイト)さえ叩き斬る相棒を破壊した相手に間違いない。

 大双刀が遠心力と共に、リングに振るわれる。殺さない程度に、と剣の腹を向けての重量級の殴打。しかし、それだけでもレベル3の冒険者程度、粉砕骨折の重傷を負うのは間違いない一撃である。

 

 これを迎撃するのは、また白銀の槍。その穂先が振るわれると――名刀でバターでも切るようにあっさりと、もう片方の切っ先も宙を舞った。

 

「あぁぁぁ――――!?」

 

 ティオナが悲鳴を上げる。沈痛な想いがこもっていた。一本1億2千万ヴァリスの武器は、もはや不格好な金属の塊だ。刃はついているが間合いは短く、その重心はめちゃくちゃでとても使えたものではない。

 

 リングはすかさず距離をとる。出来る限り猛牛との位置を調整するように、後ろに下がったところで。

 ティオナは大双刀を鈍器として投擲。もういらない、と癇癪を起こす子どものように投げ捨てられる武器に、リングはギョッと目を剝く。手癖のように槍の穂先を振るって、持ち手からまさしく真っ二つに切ることで、何とか難を逃れた。

 

大双刀(ウルガ)の仇ィ!」

 

 そして、それが次の一手を運命づける。

 穂先を振るったわずかな隙間で、ティオナはリングの懐に食らいついた。拳を握り、既に迫ってきている。避けられる距離ではない。腕を振り上げたせいで、利き手は使えない。退避は間に合わない。片腕では、とても止め切れる威力ではない。

 

 猛牛の方は、三人の冒険者に囲まれている。これ以上、負担を掛けるわけにはいかない。

 

 時間が、引き延ばされるように、思考が加速する。

 ラーニェの方は順調だ。救助はほとんど完了しており、『異端児(ゼノス)』たちを守るように巣が形成されている。あと少しあれば、離脱にまで至るだろう。

 

 あと少し。ほんの少し時間を稼げばいい。

 ここで攻撃を何とか受け切ったとして、その次に行動出来るのか。いいや、そんなわけはない。食らえば間違いなく戦闘不能は免れない。

 そうすれば、猛牛に全ての負担がのしかかる。それだけならまだいい。救助の全権を担っているラーニェに、一部でも注意が向いたら最悪だ。

 

 リングは、瞳を閉じる。

 両の目も、第三の目も閉じて、己に生きる理由を問いただす。

 

「――答えは、得た」

「えっ」

 

 ずぶり、と肉を抉る音が戦場の音にかき消えた。

 リングの口から漏れ出る鮮血が、ティオネの愛嬌あるはつらつとしていた……今は驚きに目を見開く様子の彼女の顔を、まだらに汚す。

 彼女は、リングのレベルというものを見誤っていた。

 

「『慈悲をくれてやる』」

 

 槍を放り捨て、両手を以て、彼は己の胸に半ばまで埋まったティオナの腕を掴む。

 何をやっているの、とティオナの瞳が彼の目に訴えかけた時、それを見てゾクリと背筋を凍らせる。

 

 轟く業火が渦巻いていた。

 天変地異。火炎旋風の如くたぎる炎が彼自身さえ燃やして盛っている。

 深く、固い。何物にも染まらない覚悟に満ちた瞳に、ティオナは戦闘中であるにも関わらず魅入られて。

 

「『ただ一撃のもとに消え去るがいい』」

 

 その詠唱にハッと我に返り、慌てて距離をとろうとしたときには。

 

「『ブラフマン・シャクティ』――ッ!」

 

 その腕は、ピクリとも動かなくなっていた。

 

「ちょ、このっ」

 

 腕に加わる力が、彼女の骨をみちりと軋ませる。彼の胸に埋まった拳を引き抜こうとするも、まるで呪いにでも掛ったように動かないのだ。

 ならば戦場から離れようと彼の事を持ち上げようとするも、それさえ叶わない。まるで山でも相手にしているかのように、ティオナは動けない。

 

 いい加減――と、彼女はもう一発。拘束から逃れるために彼を見た時に、その四肢を硬直させる。

 

 第三の目が、額を割って開いていた。

 その瞳は、朱く染まっている。化け物のように充血して、縦に割れている瞳は醜く悍ましい。ギョロリ、とそれが動きティオナを見つめた時、彼女は思わず震えあがる。彼の両の瞳、元よりある瞳の覚悟も同時に見て、気圧される。

 

「いけぇええええええええええええええ――――ッ!」

 

 覚悟の咆哮(ハウル)が、ティオナの頭を揺さぶった。

 『異端児(ゼノス)』たちが、共鳴するように咆哮(ハウル)を上げる。雄叫びが重なり、それは『ダイダロス通り』どころか、オラリオ全域を震えあがらせ――

 

 

 

「――生きるんだッ! リング君ッ!」

 

 そんな中でさえ霞むことのない女神の声援を受けて、彼はぴたりと停止する。

 背中の恩恵が熱く、熱くなっていく。そんな馬鹿なと。彼は驚愕に塗れた視線を背後に向けて。

 

「また、ご飯を食べよう! 今度は新しい眷属(かぞく)と一緒に!」

 

 微塵も彼を疑う様子のない、得意げな笑顔を見せる己の主神。死さえ隣り合わせの現実なんて吹き飛ばすように、何度も瞬く彼に向けて、しっかりと頷く。

 

 あぁ、ヘスティア様だ。と彼は確信する。どんな状況でも、大変な時だからこそ笑いかけてくれる温かさ。不安なんて吹き飛ばす天真爛漫の笑顔に、綺麗な未来地図を言葉で紡いで。そんな女神に、何度救われたことか。

 

 ふと、『異端児(ゼノス)』たちの方を見てみると、誰もが雄叫びを上げながら、その瞳を真っ黒に染めて化け物の容貌に化粧していた。咆哮しながら、レイがそよ風を送り、リドが剣を振って威嚇をして、グロスが顎をしゃくって女神をさした。

 唯一、ラーニェだけは成り行きを静観している。

 

 行け、と言われている気がした。

 送迎会のように、こんな状況にも関わらず。『異端児(ゼノス)』たちは、ここで彼と別れようとしている。この後どうするかなど決めていないだろうに。自分たちよりも、同族でもない彼を優先して振る舞っている。悪者(ヒール)気取りのお人好しがたくさんいる。

 

 たくさん、いるのだ。

 女神だけではない。異端児(ゼノス)たちも加わって。

 異端児(ゼノス)だけではない。女神も加わって。

 

 拠り所が、増えてしまった。

 こんな贅沢な選択肢に、彼は生まれてこの方、恵まれた試しがなかった。

 だから、少し欲張りになったのかもしれない。

 

 

 

 ティオナは見た。

 死の間際に立たされた男が、天真爛漫な少年のように満面の笑顔を浮かべている。燃え滾る瞳の奥の炎は鎮まり、代わりに焚火のように穏やかで、小さな灯が揺れている。風に煽られて尚、その小さな火は消えることなく、形を変えながら踏ん張っている。

 

 瞳に、生への活力が漲っている。渇望が強く、しかし穏やかに瞳を照らす。一見すれば風前の灯火とも言える彼の瞳の奥は、力をたぎらせている。

 

 薪が絶えることなくくべられる。

 小さな光が、修羅の覚悟を解して溶かす。

 仄かに照らす淡い光の名前は。

 

「いってきます、神様」

 

 ――幾度となく乗り越えた、生きる覚悟。

 あともう一度だけ、と新たな足場へ踏み出す冒険の一歩。

 

「いってらっしゃい、リング君ッ!」

 

 リングの恩恵が、光を帯びて周囲を照らす。

 淡い白光は目を焼くほど眩しくはない。ずっと見ていたくなるような、落ち着いた色調。

 

 それと共に、限界だった襤褸が脱げ落ちて、彼の上半身が露わになる。

 

 両腕に刻まれた五十の証明。

 細く、極限まで引き絞られた肉体美。

 そして何より。

 

 その背中に刻まれる。輝く竈火(かまど)の紋章。

 

「『私は竈を囲む者。私は竈を灯す者。私は竈を守る者』」

 

 詠われる。耳を打つ声音は川の清流のように心地よく。

 

「『薪を集めに野を越え山へ行こう。その火を以て食を摂ろう。食を摂るため狩りへ行こう』」

 

 心を溶かし、溶かしたそれが溢れ出そうになる。

 その詠唱を聞くだけで、戦意が抜け落ちていく。気張った身体から力が抜けていく。

 

「『その火を囲んでいただこう。感謝を紡ぎ、今日のことを語って聞かせる。小さな幸せを噛みしめよう』」

 

 それは聖歌である。神を讃え、神を尊ぶ歌である。

 彼の小さな願いの詰まった希望である。

 

「『凍える日には身を寄せよう。その火を囲って温もりを。蒸された夜は闇を照らす光として。不安も恐怖もかき消そう。』」

 

 どこまでも穏やかに、柔らかい笑顔で彼は詠う。

 間近で聞いていたティオナはもう、抵抗する力がなくなっていた。呆然と、詠う彼のことを見つめて動かない。

 

「『扉を開ければ【ただいま】と。迎え入れるは【おかえり】と』」

 

 その力こそが、彼の魔法の願い事。

 

「『掛け替えのない幸せに祝福を。竈に火をつけ笑い合おう。私はただ日常が欲しい』」

 

 望んでやまないものがある。

 手にしたから守りたいものがある。

 彼の魔法は温かく、彼はその(ねがい)を口にする。

 

 

 

「――『竈火を囲って笑い合おう(ヘスティア・ゾーイ・ミィス)』――」

 

 

 

 戦場が、静寂に包まれた。

 あの猛牛さえ闘争を止めて、囲んでいた冒険者たちは、歯を食いしばりながらも全く動けない。

 

 ――戦闘行為全ての強制停止(リストレイト)

 敵味方区別なく、ただその場にいる全ての者に戦いをやめさせる魔法。

 一定距離にいる者に限定されている上に、周囲への持続時間は短いが。

 

 初めて使う魔法だった。

 彼はこれまで一度も、この魔法を発現してからたった一度でさえ。使ったことはなかった。

 

 何故なら、この魔法を使ってから24時間の間、彼は一切の戦闘行為の強制停止(リストレイト)を患ってしまうから。

 

 それを今日、この場で使ったことは。

 間違いなく、リング・ヴェーダ一番の冒険であった。

 

 

 

 終戦の聖火。その火の粉が舞い落ちる。触れても熱さはなく、ただ温かい春の風のような心地を覚えるだけのもの。誰も傷つけず、誰かを癒すためのもの。

 

 いつの間にかティオナの手から逃れ、彼女に背を向けていた彼が、異端児(ゼノス)たちのもとに。身体を引きずりながら向かっていく。

 抉られた胸を押さえながら、聖火の粉が照らす道を進む。今にもこちらに向かってきそうな彼ら彼女らに笑いかけて、手を伸ばす。

 

 ――その手をとったのは、果たして誰だったのか。

 誰もが動けない。侵すことのできない聖域を、黒い煙が覆い隠す。ここで幕引きだと言わんばかりに広がっていく。

 

 静寂は一瞬にして、困惑と焦燥に変わってしまったが。

 

 神ヘスティアは、そしてその光景をジッと見守っていた誰もが忘れないだろう。

 リング・ヴェーダが眩しい笑顔を浮かべて、その手を彼らに差し伸べていた、その扉絵を。願いの叶う寸前の、幸せの有頂天を。

 

「ボクは見守ってるよ。リング君」

 

 なんたって、ボクだからね、と。

 煙が晴れて、もはや姿を消したリングに向けてそう語り掛けながら。

 

 

 

 微笑みをたずさえて、その門出を見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――獣が笑っていた。

 

 

 




まず最初に。
たくさんのお気に入り登録、評価の数々。感想の数々。本当に、ありがとうございます! 温かいコメント、ご評価の方、本当に励みになっております。

そしてひとつ謝罪を。
今まで「クロスオーバー」タグがついていなかったということで、運営様より警告を受けてそちらが取り付けられました。
最初の一話しか要素でていないし、まだ先の話だからタグつけるのは時期尚早か、と思っていた自身の短慮を恥じ入るばかりです。
今後、このようなことがないように、タグなどの取り付けにおいて「説明書」熟読の上で、再発防止に努めたいと思っております(読み直した上で、現状は必須タグに不備はないと確認しております)。



 この度は話を一息に進めてしまったこともあり、文字数がかなり多くなっております。1万文字超えるほどになるとは思いませんでした。
 今後も更新はできるだけ早くしていきたいとは思いますが、何卒遅れてしまった場合はご容赦を。


最後にひとつだけ、大切な情報を。



竈火を囲って笑い合おう(ヘスティア・ゾーイ・ミィス)

ヘスティア:説明不要。原典の意味も含める。
ゾーイ:霊的な命。神から授った命。神にある命、の意味。
ミィス:ダンまちのアニメにおいて「物語」のルビ。

これら三つを繋ぎ合わせ、少し意訳した形で和訳すると

「ヘスティアと人生を共にしたい」と。

そんな感じに考えています。



それでは、また次回にて。


※3月17日17時40分
修正箇所がどうしてか修正されていない不具合発生。
→リングが持っていたのは「朱い槍」ではなく「白銀の槍」です。なんで二回も確認して訂正修正して予約投稿したのに訂正されてないんですか……(泣) しかもなぜか最後の文章の追加だけ反映されてますし……

もう意味わからない(´・ω・`)
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