盲目の提督と艦娘の物語   作:Hetzer愛好家

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予告通り一端の決着をつけます。


第十話

ガキンッ!

 

鋼鉄のぶつかり合う音が鳴り響く。提督の振り下ろす刀を必死に受け止め、何とか反撃を繰り出そうとする深海棲艦だが一度は受け止められた刃も二度目は見えずに呆気なく命を散らせる。

 

練度の低い深海棲艦は提督のテレキネシスによって一瞬で命を刈り取られたため、実際に男を守るために戦っている深海棲艦の数は百数体といったところだ。しかし、練度が高くても提督の前には無力でしかなかった。

 

どう足掻いても三発は受け止められずに首と胴体が離ればなれになる。あまりにも簡単に首が飛んでいくので、男は深海棲艦が弱いのか提督が強いのか分からなくなってきている。

 

「ええい、相手はたかが人間一人だろう! 何をそんなに手こずっている!」

 

たかが人間一人。されど人間一人。いや、実際には人間ではない。

 

底知れぬ憎しみと怒りから深海化しかけている提督のことを、誰が人間だと言えるだろうか。少なくとも、他の提督や国民は彼のことを人間だとは言わないだろう。

 

提督の脳内に響く言葉は「殺せ」や「傷付けろ」といった負の言葉だけだ。僅かに残された理性が完全に深海サイドへ堕ちるという事態を回避しているが、半ば暴走に近い提督の状態は非常に危険だと言える。

 

「退け! 貴様らは邪魔だ! 退け。退け! 退ケエェェ!」

 

瞳から溢れる光が輝きを増していく。もう既に直視する事が難しいぐらいの明るさであり、幸か不幸かそれが男を守護しようとする深海棲艦の視界を奪うことに成功している。

 

そして潰された視界であるというのに瞬にして数発の斬撃が飛来する。しかも速さだけを求めた軽い一撃ではなく、一発それぞれが必殺の威力を持っている。深海棲艦からすれば堪ったものではない。もう悪夢と言っても差し支えないだろう。

 

駆け抜ける閃光が深海棲艦の身体を切り裂き、数を着々と減らしていく。もう片手で数えるぐらいの数しか見当たらず男を守る盾はもう虫の息だ。だが、先ほどまでは浮かんでいた焦りの表情が男の顔から消えた。

 

訝しがる提督に男は邪悪な笑みを送り返す。その手には澱んだ青色をした液体が入っている注射器を持っている。

 

本能的に嫌な予感がした提督は一気に距離を詰めようとするも僅かに残った深海棲艦が文字通り肉壁となったのであと一歩間に合わない。男は注射器の針を自分の腕に指すと、ピストンをググっと押して液体を体内に注入する。

 

光が迸り、男の身体が徐々に変化していった。肌はまるでアルビノ症候群を患ったかのように白く、そして瞳は冷たい深海色だ。それだけに留まらず、口元には牙が生え背中からはジャコンと音を立てて艤装のようなものが現れる。

 

「……まさか」

「ヒヒヒ。これを使うことになるとはなぁ。だが、こいつは最高だ! 人間のような脆弱な生き物でも一瞬で怪物に生まれ変わらせてくれる!」

「深海棲艦の特性を取り込んだのか。姿を見るに完全なものではないようだが……」

「その通りだ。これはあくまでも深海棲艦の特性を液体状にしたものを体内に取り込んで具現化させただけだ。ダガ、コレデオマエトモ戦えル!」

 

提督に対する怒りからなのか。はたまた単に憎しみからなのだろうか。男は正常な判断も出来ずに譫言を並べては一人で奇妙な笑い声を零す。不完全な深海棲艦だからなのか、声に時折エコーがかかるのが逆に不気味だ。

 

男は人間を止めた。自ら望んで怪物と化した。提督とは違って完全に深海棲艦となっており、艤装を難なく展開して提督に照準を合わせる。

 

咄嗟にその場を飛び抜いた提督がついさっきまで立っていた場所が木っ端微塵に破壊される。提督が目の前を睨みつければ、男は煙がたなびく連装砲を構えてた。

 

男は連装砲を構えると、さらに機銃をも提督に向けて戸惑うことなく斉射する。それよりほんの一瞬早く動いた提督は紙一重で弾丸の雨を掻い潜り、どうしても被弾する可能性があれば刀で弾丸の勢いを殺して受け流す。

 

提督の武器はあくまでも愛刀“時雨”のみだ。母の忘れ形見である懐中時計以外に防具と呼べるものも身に着けていない。対して男は遠距離攻撃にも近距離攻撃にも使える武器を満載している。

 

誰がどう見ても提督が不利である。

 

……というのは、一般人の考える浅い想像だ。

 

提督は「ハァ」と一つため息を吐くと、短く言葉を紡ぐ。

 

「貴様は私に勝てないさ」

 

下段に“時雨”を構え、呼吸を整えると提督は“縮地”を使って動き出した。

 

機銃弾をばら撒き、連装砲から榴弾を発射して提督を嬲り殺そうとする男だが、今度は一発も当たるどころか掠りもしない提督の身のこなしに動揺する。

 

その動揺を見逃す提督ではない。

 

「八刀一閃」

「ナニヲ言ってグウア!? ほ、砲身ガァ!?」

「幾ら鉄とて、この名刀の乱撃を耐えることは出来ないようだな」

 

砲身を提督は“斬った”。どんなに硬い鉱物だとしても同じ場所を何度も攻撃すれば何時かは壊れる、と提督は言いたいのだろう。

 

いやいや、幾ら刀でも鉄を何度も斬りつけたら刃毀れするだろう。そう思うだろうが、提督の愛刀である“時雨”はこれまで一度も刃毀れしたことがないのである。

 

それは深海棲艦を斬っても変わらないため、“時雨”には何か特別な力が備わっているのではないかと提督は疑っている。“時雨”が生まれてから既に数世紀が経過しているが、その歴史上でただの一度も刃毀れしてないと伝わっているので間違いないと彼は思ってる。

 

とはいえ“時雨”のことを知らない男からすれば砲身を斬られたというのは異常事態以外の何でもない。動揺がさらに大きくなる。

 

「どうした? 動揺しているみたいだが、そんな状態で弾を当てられるのか?」

「ウ、うるサイ! これデモ食ら『遅い』グアッ!?」

 

神速の蹴りが男の腹部を捉え、見事に突き刺さりお手本のように後方へ吹き飛ぶ。口からは青色の血を吐き出し、瞳の光は一層輝きを増す。

 

憎しみと怒りに支配された男の精神は既に人間の物ではなかった。感情のままに動き、そして破壊するただの怪物と表現するのが正しい。理性なんて物は消えてしまった。

 

冷静さを失った出鱈目な砲撃は一発も当たることがない。それにすら気が付かず、感情が要求するがままに撃鉄を起こし提督を肉塊にせんと死の弾をばら撒き続ける。壁を削り、地面を抉り、倒れ伏せる深海棲艦をミンチにする。血飛沫が飛び散り、鉄の生臭い匂いが充満した部屋は正にこの世の地獄であった。

 

「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ……」

「……言葉が聞こえない、か」

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!」

「貴様……」

 

提督が男に向けた視線は侮蔑のものではない。憐れみと悲しみであった。怒りや憎しみを確かに抱えながらも提督からは悲しみの感情が出てくる。彼が昔から持っている心根の優しさというのは半ば深海化しているというのに、目の前に親と許嫁を殺した仇が居るというのに少しも失われなかったのである。

 

柄をギリリと握り締め、暴れ狂う男の事を睨みつける。脳裏に浮かぶのは親の焼け死体と夏美の最後に見せた笑顔。そして降りしきる時雨と雪。彼の心中に湧き上がるのは怒り、憎しみ、憐れみ、悲しみ。

 

そして、全てを断ち切るべく噴火した「殺意」である。

 

敢えて鞘に刀を納め、腰を落として鍔に親指をかける。提督が一番得意とする抜刀術の構えである。何より、夏美と最も多く鍛錬した技術だ。

 

繰り出すのはただの抜刀術。しかし、基本の技術であっても鍛錬を続けて極めることが出来たなら、その技術は必殺技と名乗るに相応しい一撃を放つことが出来るようになる。

 

ドグシャッ!

 

ジリリ……カチンッ

 

ブシュッ!

 

縮地で踏み込み、地面をへこませた提督が抜刀した瞬間に体を右方向に捻じる。

 

そしてその勢いを利用して右腕を振り抜き、左膝を付いて男から体を背ける。

 

最後に俯きながら納刀した。完全に納刀したと同時に提督が顔を上げると、男の胸元から噴水のように血が噴き出した。

 

「ウグアアアアアアアアアアアア!?」

「眠れ。貴様の命も、その醜い野望もここまでだ」

「ナ、ナゼダァ! ナゼコウモジャマガハイルンダァ! オレハタダ……!」

「そんなことも気が付けないのか。その答えはとても簡単でシンプルなものだぞ」

 

──弱いからだ

 

無情にも提督の声が男の胸に突き刺さる。

 

提督の言葉には様々な意味が込められていた。しかし完全に負の感情に呑まれた男は表面上の意味しか理解できず、もっと、もっとと負の感情を爆発させて腹から血の洪水を流しながらも提督に迫ろうとする。

 

莫大な殺意を迸らせ、見る者を圧倒する威圧感を放つ男。しかし提督が振り向くことはなかった。言葉すら投げかけなかった。

 

彼が取った行動は、ただ立ち上がって鞘を握り、ほんの少し後ろに突き出しただけ。顔にはさっきまで浮かんでいた複雑な表情は消えていた。

 

「ぐふっ」と奇怪な声が辺りに響き渡り、そしてその数秒後にドサリと何かが倒れた音が鳴る。

 

提督は、一瞬鞘越しに感じた重い感触を握り締めるように拳を作り、青い血を諾々と流して息絶えた男を一瞥する。

 

あまりにも呆気なく終わった提督の復讐。おとぎ話のように胸がスカッとしたなんてことはない。残されたのは、ただの虚しさ。

 

「……いや、まだ終わりじゃない。深海棲艦を一匹残さずこの世から消さなければ」

 

提督個人の復讐はここまで。ここからは全人類と大切な家族(艦娘)のための戦いだ。全ての深海棲艦を滅亡させ、ひとまずの世界平和をもたらすべく彼は動き出した。

 

提督が男と戦闘していた場所は鎮守府で言う会議室のような物だったらしく、特にめぼしい物は見当たらなかったので提督は本拠地内を探索する。

 

見張りとして巡回していたはずの深海棲艦も提督を殺すために投入されたからなのか、彼を襲う者は一人も居なかった。不気味なぐらい静かな本拠地に提督の足音と呼吸音だけが響く。

 

部屋を覗いては立ち去り、また別の部屋を探すということを繰り返していると、提督はとある場所に辿り着いた。

 

そこは地下室であった。そこかしこにカプセルのような物が置いてあり、その中にはその辺から拾ってきたであろう魚から普通の人間と様々な生物が入っている。そしてそのカプセルの近くには手術台や注射器もある。

 

「これは……そういうことか。ここで、奴らは生まれてきたのか」

 

カプセルに触りながらポツリと提督は言葉を零す。このカプセルに入っている人間は大体の者が自分の意志関係なく無理やり連れてこられている。

 

見れば若い人間が多いことから、提督は彼らには今後もっと明るい未来があったはずだと思ってただ哀れに思うのだった。

 

「そしてこれが全ての深海棲艦をコントロールするための装置、か。こんな技術があるなら他にもっと活かせただろうに……」

 

多数のモニターと色々なスイッチが取り付けられた巨大な機械を目の前に提督は立ち止まる。モニターには様々な景色が映し出されているが、その何れにも艦娘の姿が映っていることから提督はこの機械こそが深海棲艦を操っている中枢のような物だと理解した。

 

スイッチの近くに記されている言葉を読めば、感情の増幅スイッチや機能停止スイッチ、そして自爆スイッチなんてものまであるらしく提督は僅かに眉をひそめた。

 

迷わず提督は“機能停止”のスイッチを押してモニターの電源を切り、中枢機械の内部機構を滅茶苦茶にして火花が散っている所に燃えやすそうな物を放り込んで火事を起こした。

 

そして巻き上がった火の手へ目がけて生物を深海棲艦へ変えると思われる液体や資料等の全てを投げ込み、燃え尽きたのを確認してから出口へ向かう。

 

カプセルの外に出た人間からは心音が聞こえなかったことから、既に死んでしまっていると察した提督の表情は悲しみに染まっているが、遂に後ろを振り返ることはなかった。

 

深海に飛び込んで急速浮上を提督が開始したその次の瞬間。

 

ドゴオオオオオオオオオオオオン……

 

くぐもった爆発音が深海を伝わって提督の耳に入った。振り返ることはしなかったが、彼はその爆発音で一端は決着がついたのだと悟った。

 

深海でなら涙を零しても誰にも気がつかれない。ましてやこの暗く冷たい海中で提督を見つけられる者は存在しない。

 

あの日、無惨にも命を落として天国へと旅立ってしまった両親と友人。最後まで提督の身を案じた夏美。そして巻き込まれてしまった全ての生物に対し、提督は悲しみの涙を流した。

 

海面に近付くにつれて水滴が海面をバシバシと叩かれているのが彼の目に入る。今日も空は涙を流しているようだ。

 

水中から顔を出し、真珠湾に上陸した提督は過去と同じように空を仰ぎ見る。

 

相変わらずの泣き顔を晒す大空は、彼の目には少し霞んで見えた。目を何度擦っても霞む空に、提督は目を数回パチクリして何かを悟ったのか、苦笑を浮かべた。

 

ゆっくりと提督は艦娘が待つ場所まで歩を進める。

 

いつも通りの空。いつも通りの雨音。

 

そんな彼が一つだけ、いつもと違う光景を見た。

 

守ろうと思った大切な家族たちが雨に濡れながらも構わず自分の方へ走り、満面の笑みで自分の胸に飛び込んできた。

 

そんな光景を見るのは初めてだった提督は、抱き付かれた拍子に尻餅をつくもまずは苦笑を、そして最後には曇りの欠片もない本物の笑みを顔に浮かべるのだった。




あと何話続くだろうか…()
展開はまとまってるのですがどのくらいの話数になるかは未定です。
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