向こうのモチベが若干死んでしまっているので仕方ないか(重罪)
なんだ、ここは。暗くて冷たくて、心細い。嫌な場所だな……。
──父さん。母さん。俺、なんか今日は嫌な予感がするんだけど
あれは、私か?
──そうだなあ。最近、この村の近くによく深海なんちゃらが出没するみたいだし、確かに何かあるかもしれないな
父さん……?
──不吉なことばかり口にすると本当に起きますよ? あまり滅多なことは口にしないでくださいよね
母さん……!
──カカカッ。それもそうだなあ! おい聖。今日はそんな嫌な予感を吹き飛ばすぐらいの稽古でもするか!
──脳筋みたいなこと言わないでくれよ……
──では、私は聖の好物の焼き芋でも作って待ってますね。あなた、程々にしてくださいよ?
これは、あの日の……?
だとしたら……!?
おい! 早く逃げろ! 逃げてくれ!
そこに留まったら……!
──あん? なんか妙な音がするな。まるでプロペラの風切り音と……これは何かが落ちる音か?
──え? 父さん、何を言ってるん
バキ! ベキベキベキ!
カッ……!
父さん! 母さん!
何で……何でなんだよお! 何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ! 俺が何をしたって言うんだ!
「誰か……誰か、助けて……」
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「だれ、か……ハッ!?」
「うわ、急に起き上がらないで! まだ倒れてからそんなに時間が経ってないんだ!」
「しぐれ……か?」
提督が意識を取り戻し、倒れてから数時間しか経過していないというのに跳ね起きたので時雨の手によって即座に仰向けの状態に戻される。
提督の額には汗が点々と浮かび上がっており、顔色も非常に悪い。酸欠で倒れたにしては異常なぐらい唇を震わせていることから、時雨は彼の身に何かあったのかを疑った。
「……大丈夫? 提督、凄く魘されてたよ」
「魘されて……? そうか、あれは夢、なのか……」
「怖い夢を見たの?」
「まあ、そうなのかな。怖い夢だったのかもしれない」
怖い夢。トラウマの元。凄惨な過去。それらを余すこと伝える勇気を提督は持ち合わせていない。彼は時雨の顔があると思われる場所から顔を背け、肯定とも否定とも分からない表情を浮かべる。しかし、付き合いの長い時雨は何を提督が見たのかをある程度察し、それ以上の追求はせずに彼の手を優しく握った。
時雨は提督ではない。彼の抱える恐怖心は到底理解できていない。だが、容易に共感できないほど深く暗く冷たい物だとは理解している。故に多くを聞き出すのは愚の骨頂と悟った。
時雨の気遣いが心地良く感じる提督。しかし、次に浮かんだ疑問が快感など全て虚空の彼方へ吹き飛ばしてしまった。
「そうだ。拿捕したヲ級は?」
「……曙が監視してるよ。ついさっき、目を覚ましたみたいなんだけど、深海棲艦としての本能みたいな物はこれっぽっちも見られなかったってさ」
「そうか。そう、か。良かった……」
「……ねえ、提督。やっぱりあのヲ級は提督の許嫁、なの?」
殆ど断言のような形で言い切った提督の言葉が未だ信じられない者は多い。そもそも彼が深海棲艦の生まれるプロセスについて知っていることそのものが疑問であり、いくら時雨や曙でも信じ難いものがあるのである。
それは提督も百も承知である。しかし今は、説明よりもヲ級に質問したいという欲が勝った。
フラフラしながらも立ち上がると、彼は自分の聴覚が導くままに歩き始めた。慌てて付き添う時雨には意識を寄越さず、ただひたすら己の欲望を叶えるために自分の身体を労ることなく歩を進める。
重ねられる質問にも答えず歩いた甲斐もあってか、あっという間に提督はヲ級が居ると分かる心音が鳴り響いている部屋の扉を開けた。
「ノックぐらいしなさいよ! ここには重症患者が……ってクソ提督ぅ!?」
「……意識は戻り、深海棲艦としての本能も見られないと聞いたが、本当に大丈夫なんだな?」
「え、ええ。もう二時間ぐらい経過しているけど問題は見られないわ。てかアンタはまだ寝てなさいよ! ここはアタシが見ておくから!」
「休むのは後で良い。私は今、彼女に聞きたいんだ」
「……」
目は合わない。そのはずなのに、提督とヲ級はまるで最初から打ち合わせしていたかのようなタイミングで顔を見合わせた。まるで熟年の夫婦のような行動に二人が呆気に取られている隙を見て提督はヲ級が寝転がっているベッドに腰掛ける。
「……久しぶり、だな」
「………うん。久しぶり」
深海棲艦の特徴的な、高音でキンキンと響く声ではない。普通の、その辺に住んでいそうな女の子の声でヲ級は喋る。光の宿らない瞳ではない事も正気をある程度は取り戻した証拠だ。
ちなみにヲ級が受けた傷は一つもない。それは提督の剣術を見切って躱した何よりの証拠であり、最後の一撃以外は無傷だ。その最後の一撃も感情を斬ったに過ぎないので実質ヲ級は無血開城されたようなものである。
ヲ級flagship。そしてまたの名を、八雲聖の許嫁「西園寺夏美」は深海棲艦の身体ながらもしっかりと提督の事を認識していた。まあ、声は残念ながらヲ級のままだ。そればかりはどうしようもないのか、ヲ級は悔しそうな表情を浮かべる。
あの悲劇から生き残った者と、悲劇を作った者の二人が何の因果か、ここに揃った。
「五年ぶりか? あの日以降、君の姿は一度も見ていない」
「その通りだよ。とても、会いたかった」
「……残念だが、俺はこの通り全盲になった。君の正確無比な爆撃を受けたからな。こうして会えたとしても、二度と君の事を俺は真っ直ぐと見ることは出来ない」
皮肉気に言葉を吐く提督。かといってその言葉尻にはどこか冗談めかした色が見受けられる。一人称も事務的な「私」から「俺」になっていることから、彼がどんなに夏美の事を信頼しているかが分かるだろう。
本当なら、この光景を見て嫉妬心を持つのは良くない。しかし、それでも曙と時雨は夏美に嫉妬心を持った。付き合いの長い二人ではあるが、それは艦娘の間だけの話で夏美には到底敵わない。だから仕方のないことだが、それでもその感情を拭い払うことは出来なかった。恋する乙女は複雑である。
「でも、こうして話せている。目では見れなくても、心で見れるでしょう?」
「そうだなあ。これは一本取られた。と、まあ他愛のない話はここまでにしよう。色々聞きたいことがある」
「……分かってる。何で今更になって会いに来たのか。そして、あの日何で貴方の目と家族を奪ったのか。これで正解?」
「流石だ」
「まずは一つ目の疑問の答え。貴方に逢いたかったから来た、というのはただの建前。本当は、漸く決心が付いたから」
決心。その言葉は一気に場の空気を鉛のように重たくする。ゴクリと唾を飲み込んだのは曙だ。隣に控える時雨は唇をキュッと締める。特に代わり映えがないのは提督だけだ。
夏美は、彼女が付けたという決心について語り始める。
それは、提督に対し自分の目を移植するという事だった。
「目を……」
「貴方が傷付けた私の左目。視力は右目と比べて落ちているけど、それでも一般生活を送っていく上では何の問題もないぐらいには見える」
「甲乙丙で言ったら乙と丙の間ぐらいという事だな。しかし、それには多大なリスクを双方背負うことになるのはしっかりと理解しているか?」
「理解していなければこんな決意はしない」
夏美は説明を続ける。深海棲艦の身体の一部を生身の人間に移植するのは非常に危険なことだ。深海棲艦の身体に流れる血がそのまま人間の身体に入るのというのは人体の崩壊を示している。人間にとって、深海棲艦の血は劇薬にも近い物なのだ。
しかし、それは深海因子の生み出す負の感情が濃い場合だ。これまで確認された深海棲艦は彼女のように負の感情を振り切った者は居なかった。だから、そんな状態で人体実験しても失敗するに決まっているのである。それに気が付かない限りは次々と人間が減っていく……。
にわかには信じられない話である。しかし、提督の疑念を初めから悟っていたかのように夏美は言葉を紡いだ。
「怪我した状態で漂流していた人間に私の血を分けたことがある。結果は、深海棲艦のように海に潜れるようになって泳いでいった」
「……血を手に入れた人間は、深海棲艦としての性質を開花させるという事だな」
「ん。それに、貴方の両目を奪ってしまったという事実を少しでも良い物へ変えたい。出来る事なら今すぐにでも」
「それは……もう少し考えさせてくれ。既に目が効かない状態で五年も過ごしているから簡単に変えられる気がしないし、何より君の目を貰うというなら此方にも覚悟が必要だ。それよりも今は、あの日何で襲ってきたのかを知りたい」
「分かった……でも、そんなに大層な話じゃない」
思い出すのが苦痛なのか、顔を歪めながら質問に答える夏美の手を提督が握る。少し目を見開いた夏美だが、すぐに我を取り戻すと事の顛末を話す。
「あの日。お母さんと港まで出かけていた私は抵抗すら許されず深海棲艦に連れ去られた。意識を一度失って、また目を覚ました時にはもう身体がコレだった。そして、最後に一人の男が何故こんなことをしたのか、仰々しく話した」
『これは、私の実験を認めなかった国に対する復讐だ。お前らはそのための使い捨ての手駒だ』と。
「その話が終わると、タイミングが計られていたかのように私の理性は深海棲艦の物に飲み込まれた。そして、男の命令通り貴方の家を爆撃した。させられた」
「……君の意志ではなかった。だが、深海因子が引きずり出す負の感情に従って動いたという事か。それが分かれば十分。今後、誰を斬るべきかもハッキリした」
「また、人を斬るの?」
「仇を完全に取るまでは終わらないさ」
極力声に感情を乗せないように話してるが、それでも長年付き添った夏美には提督の声色が黒く冷たくなっていることを察して、さっきのように今度は彼女が彼の手を握り締める。
いっそ哀しく見えるほど提督の怒りと憎しみは深く、夏美でも到底受け止められない。僅かな動きから提督の底知れぬ感情を感じ取った曙と時雨は顔を青ざめさせ、カタカタと小刻みに震えていることから、夏美は彼の感情が如何なる物なのかを理解してしまった。
外はまだ晴れない。斬ったヒトの数だけ雨が降る。あと二日は止まないだろう。もしかしたら、提督が救われるまでは本当の意味で雨が止むことはないのかもしれない。
提督を救えるのは彼自身のみ。それが叶うのはまだ先になりそうだ。
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「一度、気持ちを整理してくる」
そう言って提督は部屋を出ていき、場には夏美、曙、時雨の三人だけが残された。残されたのは良いのだが、お互いが遠慮して口を閉ざしているため、非常に居心地が悪くなっている。
その空気に耐えられなかったのか、夏美が曙の肩を叩いた。
「ひゃ、ひゃい!?」
「あ、ごめんなさい……ビックリさせちゃった?」
「そ、そそそんなことないわよ! 急だったから体が勝手に撥ねたというか!」
「……それはビックリしたんじゃ」
「うるさいわね! 兎に角ビックリはしてないわよ!」
キャンキャン吠える曙に時雨は飽きれた目線を寄こし、夏美は確認された深海棲艦ヲ級がおよそ見せたことのない笑みを浮かべた。口に手を当ててクスリと笑う様子はどう見ても人間そのものだ。
「……ちょっと、質問がしたいの。二人とも、あの人の事が好き?」
「はにゃ!?」
「ちょ、いきなりその質問は……」
「私を看病してくれた曙さんは何度も『クソ提督は大丈夫かしら……』と呟いてた。それに、時雨さんはフラフラのあの人にピッタリくっ付いていた。でもこれだけじゃ確信が持てないから、こうして聞いてる」
場外れにも程がある恋愛トークに曙は口をパクパクさせ、時雨は顔を真っ赤にした。しかし夏美が一つも表情を動かさずに二人を交互に見ているため、遂には二人とも陥落せざるを得なくなった。
渋々と。本当に渋々といった様子で曙が口を開く。
「……まあ、嫌いではないわ」
「時雨さんは?」
「僕も……好き」
時雨に至っては顔が熟れたてのリンゴのように真っ赤なため、何故だか夏美の心底にあるサディスティックな面が顔を出しそうになる。
しかしそれをグッと抑えた夏美は、続けて質問する。
無論、質問に対する黙秘権はない。提督の許嫁という立場は強かった。
「それじゃあ曙さん。どうしてあの人の事が好きになったの?」
「そ、それも言うの?」
「……」
「わわ、分かったからそんな目で見ないで!」
曙は、最初に会って少し経った頃から好意を持っていたと投げやりに伝えた。そしてそのまま、ヤケクソ気味にその顛末も話す。
曙は生前、汚れた役を無理やり被せられて報われることもなく戦後を迎えたという過去がある。そのせいで彼女の性格は曲がった物になってしまっている。
無論、彼女が最初に提督に会った時は「こっち見んなクソ提督!」と突っぱねた。
当然だが、上官に対して暴言を吐くのは重罪である。鎮守府によってはその瞬間に鉄拳制裁をしたり、即刻銃殺することも珍しくない。それを知った上での暴言であるのだから、いかに彼女が生前辛い思いをして来たのか少しは分かるだろう。
しかし、提督の反応は曙の想像の遥か上を行った。
「生前は口に出す事すら許されなかった辛み恨み。だが、今は遠慮せず私にぶつけて良い。私が甘んじて、全部受け止めよう」
咎めるどころか、むしろもっと言っても大丈夫だと促したのである。軍人としては有り得ない言葉に曙が唖然としていると、提督は続けて「君が辛い思いをしないように、私も全力を尽くそう」と言ってその場を立ち去った。
「その後自分の部屋に行って、クソ提督が言ってくれたことを反芻して。そこからかしらね。アイツを見るたびにドキドキするようになったのは」
「……そう」
「な、何よ。これで全部よ」
「いえ、あの人が変わっていないと分かって安心しただけだから。私が知っている誰よりも優しくてカッコいい人だから……」
「サラッと惚気るな!」
「うん……でも、僕も提督の優しいところが好きになったから、誰が言っても変わらないんじゃないかな」
提督が優しくてカッコいいは大湊鎮守府に所属する全艦娘が思っていることである。ちなみに優しいというのは主に彼の聖人並みに綺麗な心に触れた者の意見であり、カッコいいというのは提督が最前線に立って戦闘している姿を見た者の総意だったりする。
「時雨さんは、あの人に助けられたの?」
「勘が良いね。まさにその通りだよ」
「アンタ、昔はしょっちゅうクソ提督に戦闘でも事務でも助けられてたわよね」
「また一人になると勝手に思い込んでたから周りが見えてなかったんだよ。でも、提督は何度も僕と一対一で優しく相談に乗ってくれた。そんな彼に惹かれるのは当然の結果だと思わない?」
過去のトラウマから来る恐怖心を聞き出し、その都度最適な答えを見つけ出してはカウンセリングを根気よく続けた甲斐あって提督に強い想いを寄せている者は多い。むしろ、そこから彼に対して恋愛感情を持った者が大多数だ。
そこまで話したところで、曙が大きな疑問に気が付いたのか怪訝そうな表情で質問する。
「ていうか、何でクソ提督の許嫁であるアンタにこんな話する必要があるわけ? 許嫁ならそれらしくクソ提督と結婚すれば良いじゃない。それなのに、何で他人の気持ちを聞く必要があるのよ」
「……」
「それは……そうだね。言われてみれば不思議だよ」
曙の質問に、夏美は唇を噛み締めた。
もう一度彼女が口を開いたのは、タップリ二分は経過してからだった。
「……もう、先は長くないから」
ザッと、雨が降り注ぐ音が鳴り響いた。
伏線をはたして回収しきれるのだろうか……。