「この鎮守府の提督を今すぐ出せぇ!」
「人類の敵である深海棲艦を匿っている提督を出せ! どういうことなのか説明させろ!!」
「提督殿は多忙だ! 貴様らのような一般人に構っている余裕はない!」
鎮守府の門付近で、暴徒と化した一般市民と憲兵総勢三十人が睨み合いになっている。暴徒が何か言えば憲兵がどすを利かせた声で威嚇して黙らせるが、それでも暴徒の数は暴力的なため多勢に無勢である。
少しずつ憲兵の威嚇も追いつかなくなると、暴徒は待っていたとばかりに声を張り上げていった。
ちなみに暴徒の中身を簡単に説明すると、「深海棲艦を提督が匿ったことで単純に怒っている市民」と「艦娘を提督の手から解放しようとするはた迷惑な慈善集団」に「深海棲艦を捕獲して自分の欲を発散させたい屑」である。
「た、隊長! ダメです! 抑えきれません!」
「耐えろ! 提督殿に迷惑をかけてはならん! 我々が食い止めるぞ!」
「ですが、門がもう持ちません! 侵入されます!」
「ッ、やむを得ん。総員戦闘準備! この際市民を殺傷しても構わん! 何としても鎮守府内に侵入させるな!」
やむを得ず憲兵隊長が銃を抜いたのと同時に、暴徒が門を破壊して中へ雪崩れ込んだ。
騒ぎを聞いて駆け付けた艦娘は目を丸くするも、鎮守府内へ侵入しようとしていることが分かると目の色を変えた。
一部の暴徒が艦娘に対して甘言を投げて引き込もうとするも、愛する提督が大切にしている鎮守府を守るために決意を固めた艦娘は答えることなく暴徒を制圧しにかかった。もっとも、提督を殺そうとしている集団に味方する訳がないので当たり前の結果である。
連絡係からの一報を受けて駆け付けた時雨と加賀も加わり、戦闘はより激化していく。
暴徒は手に持った凶器を振り回して攻撃しようとするが、数は少なくても実力は精鋭揃いの艦娘と憲兵の手によって次々と制圧されていく。
「ぐはぁ!? な、何をするんだ! この鎮守府の提督は深海棲艦を匿っているんだぞ! 人類の敵である深海棲艦をだ! そんな奴が提督でも良いのか?!」
「……何も知らないくせに仰々しく語らないでくれるかな。深海棲艦がこの鎮守府に居るのは確かだけど、あの人の事を少しでも知ってから行動を起こしてくれよ」
主砲を鈍器として扱い、また一人を地面と熱烈なキスをさせながら時雨は静かに憤る。夏美の存在を知らないとはいえ、深海棲艦という枠組みでしか物を見ないで早とちりする人間に彼女は心から怒った。
同時に、人間を守る必要はないのではという黒い思いが彼女の心を少しずつ蝕んでいく。それは戦闘している他の艦娘も同じだ。
「愛する提督さえ守れたらそれで良い」
艦娘という存在である以上、本来は人類のために動くのが普通だ。しかし、色々な意味で常軌を逸脱している提督の下で働く彼女たちもまた常軌を逸脱した考えを自分なりに纏めるようになっていた。
余りにも数が多いため、流石に数十人では対処が追い付かずに何人かは鎮守府内に侵入していく。それらは殆ど侵入した瞬間に艦娘の手によって完膚なきまでに叩きのめされているが、それすらもすり抜けて数人は鎮守府内の部屋を片っ端から探索して提督を探す。
一方、外で未だに戦闘を繰り広げる暴徒はどこから調達したのか艦娘にも有効な弾薬を装填したマシンガンの使用を始める。艦娘の身体に付く傷は非常に小さなモノであるが、それでも艦娘に通用するという時点で普通ではないマシンガンを何丁も持ってジリジリと鎮守府に迫っていく暴徒。
艦娘は小さな傷は気にしないとばかりに制圧を続けるが、数が多すぎて制圧が間に合わない。
そして鎮守府内に侵入した暴徒の一人が、手術室へ繋がる地下への隠し扉を見つけたのか「あったぞ!」と声を張り上げた。
その声によって一層勢いをつけ、とうとう艦娘と憲兵の壁を乗り越える者が徐々にだが増えてきた。
「負けてらんないのよ! アンタたちのようなクソ野郎に!」
曙が吠える。その声に呼応して他の艦娘も思いの丈をぶちまけながらより過激で強烈な一撃を繰り出して暴徒を鎮圧、または殺していく。
そんな中、時雨は嫌な予感がして一足先に手術室へ向かった。現在時刻はヒトロクヨンマル。手術開始から既にほぼ半日が経過している。提督と夏美は手術が終了して麻酔が切れるのを待っているところだろう。
そう信じて、彼女は手術室の扉を開けた。
「明石さん!」
「わわ! 今は入ったらダメだって! って、そんなに汚れてどうしたの?」
「大変なんだ! 一般市民が提督を殺すために攻めてきて……!」
普段の冷静さは何処へやら、時雨の焦った様子で厄介事が起きていると分かった明石は彼女の説明を聞きながら手早く様々な作業を終了させる。
ベッドに寝かされた提督と夏美は、現在酸素マスクを取り付けられた状態でスヤスヤと眠りに落ちている。時雨はその様子を見て、とりあえず手術は成功したのだと悟った。提督の左目に巻かれた包帯と夏美の左目に付いていない眼を見れば何となく分かるのだろう。
「提督はあとどのくらいで起きる?」
「最低でも三時間は必要かな。手術が終わったのが一時間前。麻酔が抜けるのにもそれなりに時間が必要なの。夏美さんはもうすぐ起きるかもだけどね」
「……起きるのを早めることは出来ない?」
「出来なくはないけど提督の身に何かあるかもしれない。あまりやりたくはないね」
こうしている間にも暴徒は部屋を覗いては物色し、提督かヲ級が居るかを探している。既に執務室や艦娘の私室は滅茶苦茶に荒らされており、残すところは地下の手術室だけだ。悠長に構える時間はない。
現在進行形で戦闘を繰り広げてはいるが、艦娘と憲兵の壁を突破する者が増えてきた今はゲリラ戦闘に移行するべきだ。そのためにも提督と夏美の身の安全は早く確保したいというのが時雨の考えるところである。
いや、夏美は少し別かもしれない。何故なら……。
「……話は聞いた」
「うえっ!? もう起きたんですか!?」
夏美が身体を起こしていたからである。一時間ぐらいは寝ているだろうと思っていた明石は間抜けな声を上げてしまう。夏美は少しフラフラしているが、その足取りもやがてしっかりとして平常と変わらない様子になった。
近くの机に置いてあった杖を手に取り、頭によく分からない生物を装着した。目は深海棲艦らしく冷たい色になり、提督の命を狙う人間を確実に殺りにいくという意思をこれでもかと感じさせる。
「私も戦って時間稼ぎする。その間に、聖くんを起こして。彼なら大丈夫。この程度で帰らぬ人になるほど弱くないから」
「で、でも貴方はまだ麻酔が抜けてないでしょ!? そんな状態で戦っても!」
「悠長にしている暇はない。幸いなことに私の身体は丈夫だから、簡単には倒れない。最低でも彼が起きるまでの時間を稼ぐことはできる」
有無を言わせない夏美の迫力に明石は押し黙る。それを見ても尚、不満はあるのか納得していない表情だ。麻酔によって寝ている提督を無理やり起こすのはリスクが高く、幾ら夏美が大丈夫だと言っても「はい分かりました」と即答することは流石にできないのである。
しかし、こうして悩む時間も惜しいぐらいにひっ迫した状況だ。明石は渋々と。本当に渋々とだが首を縦に振った。そしてそれを見た瞬間に、夏美は外に飛び出していった。それを時雨も追いかける。
後に残された明石は、麻酔の効力を打ち消すために覚醒ガスを液体状にした物を提督の体内に点滴を通して注入していく。
「……必ず、生きて帰ってきてくださいね。でないと提督は絶対に怒りますから」
明石の声は、虚空へと吸い込まれていった。
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「貴様がこの鎮守府に匿われていたという深海棲艦かっ」
「……如何にも」
夏美の氷のような視線が暴徒を射貫き、絶対零度の声色が突き刺さる。深海棲艦の身体で扱う冷たい視線と低い声というのは絶大なる威圧感を与え、攻撃をしなくても時間稼ぎになる。しかも夏美はついさっき手術を終えたこともあって左目はポッカリと穴が開いて深淵が覗いている。威圧するには十分すぎる。
提督が目を覚ますまで必要な時間を夏美は知らない。しかし、明石の手腕を信じるとすれば少なくとも半時間粘れば何とかなるだろう。
威勢よく飛び出してきたは良いが、彼女の身体は既にボロボロだ。深海因子が引き起こした肉体の崩壊はもう始まっている。更に手術後なのもあって戦闘可能な時間を計測するなら実際は一分ぐらいだ。修復材を使っても肉体の蘇生は不可能なため、こうして戦闘をしようとしている時点で夏美はいたずらに命を削っていっている。
「人間。何故、貴様らはここにやって来た。この場は貴様らには相応しくない」
「人類の敵である深海棲艦が俺たちの住む町の近くに匿われているんだ! 貴様と、貴様を匿った提督を殺しに来るのは当たり前だろう!」
「そうだ! 人類の敵を殺さずに助けた時点でこの鎮守府の提督は極刑に相当する! それを俺たちが代わりにしようとしてるだけだ!」
「私刑を選ぶとは実に愚かだな、人間」
実に重たい空気だ。鉛を肩に背負わされているようで、呼吸することすら辛い。そんな空気。
私刑を選んで己の正義を満たそうとする市民に呆れて夏美の表情は無から侮蔑へと変わる。その中には怒りや悲しみも多少は混ざっているが、それ以上に侮蔑の念が大きい。
「そもそも人間。我ら深海棲艦が人間を襲うのは一人の人間がこの世の中に復讐心を持ったからだ。それを持たせた元凶は当然だが人間。我々の多くはその人間が植え付けた感情の思うがままに襲っている。だが、私は戦いの最中に自我を取り戻した。それも知らないで、貴様らは私が深海棲艦というだけで私刑を選ぶのか?」
発言したものの、どうせ芳しい答えが返ってくるとは期待していないため夏美は大きな溜息を一つ吐き出して杖をユルリと暴徒に向ける。
と同時に、夏美から溢れ出す殺気に暴徒が一歩後ろに下がった。元は提督と共に剣術を習った身。彼女の出す殺気は軽く常軌を逸脱している。五年もの歳月の間、様々な戦いを得てきたこともあってその殺気は非常に重々しい。
ここまで稼げた時間は約十分。威圧のみでここまで稼げたなら必要十分と言えよう。
「まあ、鼻から人間には期待をしていない。利権にしか興味がなく、己の欲求を満たすためだけに動く下等生物がマトモな答えを発せるとは思えないからな」
「き、貴様っ」
「正論で何も言えないか? それとも、事実を突きつけられても認めたくないか? 残念だが、それが人間という下等生物だ」
「言わせておけば生意気を……!」
「生意気? 事実だと言っているだろう」
察知こそされないが夏美の額に汗が出てくる。そろそろ言葉だけでの時間稼ぎも苦しくなってきたのだ。かと言って直接戦闘に入ってしまったらそこまで長持ちはしない。ヲ級としての力を行使するには狭すぎるこの空間で使えるのは己の剣術だけだ。
そこへ時雨がやって来た。が、それでも不利には変わりない。防衛線を突破してこの廊下に到達する暴徒も増えてきた。数の暴力に対して直接戦闘で稼げる時間は五分が限界であろう。
だからと言って、今さら逃げるわけにもいかない。
「時雨さん、行ける?」
「当たり前だよ。提督を守るためなら、僕は奴らを殺す」
人類の守護神たる艦娘に「殺す」と言われて少なからず動揺したのを見た時雨は不敵な笑みを浮かべた。もう艦娘は人類の守護神ではない。市民の考える深海棲艦と同列の存在。もう二度と取り返せない物を、人類は失ったのである。
「き、君は艦娘だろ! 深海棲艦を殺さなくて良いのか!?」
「良いんだよ。僕はもう、人類の守護神ではないんだから」
「時雨さん……」
「ここは譲れない。提督をやらせはしない!」
時雨は主砲を構え、これまで多くの深海棲艦を委縮させてきた視線で人間を射貫く。佐世保の時雨と呼ばれた長い艦歴と、練度99以上の実力を発揮できる彼女の思いの強さ。全てが揃った彼女を止められる者はいない。
夏美も時雨の隣に立った。深海棲艦と艦娘が共に並び立つ記念すべき瞬間だ。生憎なことに、こんな有事なのでそれを祝う者はいないが。
最初に仕掛けたのは時雨だ。主砲から殺傷力の低い演習弾を放ち、威嚇したと同時に主砲を鈍器とした近接格闘を開始した。
一気に混乱に陥る暴徒だが、それでも何人かは艦娘にも有効な弾薬が装填されたマシンガンを乱射する。しかし佐世保の時雨とまで呼ばれた彼女の幸運度合いは伊達ではなく、弾が勝手に逸れていく。
業を煮やした暴徒は何とか手術室に辿り着こうと前進するが、夏美が一振りした杖に殴られて後退してしまう。
夏美の肉体の自壊が始まっていることを知っている時雨はなるべく夏美に近づけないように奮闘しているため、一人また一人と暴徒が命を落としていく。
「クソ、邪魔するなっ」
「こ、この化け物めがっ!」
「囲め! 囲んで一気に攻めれば!」
「ダメだっ。艦娘が邪魔で!」
「くっそぉ! 何でだ! 何で討ち取れない!」
「いや、落ち着け! 僅かだが確かに攻撃は効いている。今は焦るな!」
杖を振るって敵を薙ぎ払い続ける夏美。所々にはマシンガンによって出来た擦過傷や近接戦闘による打撲痕が生まれている。また、指先から少しずつ、ほんの少しずつだが確実に肉体が崩れていた。時雨が少々無茶とも言える動きで敵の数を減らしてはいるが、元より限界が近い夏美の命は風前の灯火だ。
本来なら当たることのない攻撃まで命中し、徐々に夏美は苦しそうな表情になっていく。それを待っていたかのようにマシンガンが発する鉄の嵐が殺到し、彼女は痛みに顔を歪める。
「今だ、攻めろ!」
「しまったっ。夏美さん!」
時雨が叫ぶも既に時遅し。
夏美に殺到した暴徒はマシンガンを接射しては離脱を繰り返して夏美を甚振る。青色の血を流しても尚、杖を振り回して数人は暴徒を殺す夏美であったが、数の暴力には勝てなかった。
遂には膝を付き、吐血しながらうつ伏せに倒れる。
「夏美さん!!」
実弾を発射して後続の暴徒を一掃し、夏美に駆け寄ろうとする時雨だったが数人の男が羽交い絞めにして漸く動きを封じた。
塞ぐものは扉ののみ暴徒は三重になっている扉を数人がかりで力任せに蹴破った。
手術室内に居たのは明石と点滴に繋がれた提督だ。暴徒は言葉にならない絶叫を上げながら明石を押し退け、遂に提督の元へ辿り着く。
時雨と明石が口々に叫ぶも、それらを無視して暴徒は提督に繋げられていた点滴を取り外して地面に投げ捨てた。そして歓喜によって打ち震える心臓を抑えながら動ける者全員がマシンガンを構える。そして銃口をピタリと提督の頭や心臓に合わせた。
見せしめのようにゆっくりと引き金に指をかけた暴徒たち。ここでトリガーが引かれれば、提督の身体には残酷極まりない無数のハチの巣が生まれ大量の血液が体外へ流れ出す事だろう。
「提督! 提督起きて!」
明石が叫ぶ。
「ダメだ。ここで死んだらダメだよ提督! お願いだから起きて!」
時雨が懇願する。
「ひじり、くん……」
夏美が呟く。
無情にも提督の生を願う言葉は暴徒に届かない。
ゆっくりと指が動き、そして……。
ゴウッ!!!
風が吹いた。
地下の手術室であるのに、強風が吹いたのである。
唐突に起こった不可解な出来事に眉をひそめ、ほんの数瞬だけ迷いが生まれる。
その迷いが命取りとなった。
「グエッ!?」
提督の一番近くに居た暴徒の首筋に、長刀が深々と突き刺さった。
驚いて暴徒は意識がないはずの提督を見やる。
さっきまではダラリと脱力していた彼の腕は斜め上に伸びていた。そしてその手には、何時抜かれたのか分からない長刀の柄が握られていた。
そして、提督の顔に巻かれていたはずの白い包帯は取れていた。そこから覗いていたのは……。
二度と光が宿らなかったはずの瞳が爛々と輝き、夏美と同じ色のおどろおどろしい光をボンヤリと放っていた。
提督の腕が軽く揺れると長刀が刺さっていた首がポーンと間抜けに空を舞う。そしてグシャリと地面に落ちて辺り一面を血だらけにした。
夏美が時間稼ぎを始めてから半時間も経っていない。それでも、提督は確かに意識を取り戻した。
鬼神が目を覚ましたのである。
ユラリユラリと立ち上がり、地面に転がる生首を躊躇なく踏み潰した提督は恐ろしく静かな声で呟いた。
「……貴様ら。私の大切な家族に何をした?」
次回は提督ガチギレ回です。