盲目の提督と艦娘の物語   作:Hetzer愛好家

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遅くなりました。忙しいとどうしても描く時間ががが……。


第七話

提督から噴き上がる尋常ならざる殺気に暴徒が二歩も三歩も後退る。夏美の殺気を受けても倒れることがなかった暴徒たちだったが、それ以上に冷たく恐ろしい提督の殺気には耐えられない。

 

一人、また一人と武器を落として腰を抜かしていく。中には失禁して意識すらも手放す者も居た。

 

だが、提督のことを恐ろしく思っているのは暴徒だけではない。それは時雨も同じであった。

 

提督が本気で怒った場面は何度も見てきたはずだった。出撃の際にヲ級を見つけて積年の恨みを晴らすかのように所謂“キレた”のも見たことがある。

 

だが、今の提督はこれまで時雨が見てきたどの提督にも当てはまらない。あまりに冷たく、そしてあまりにも暗い。

 

その姿は何と表せば良いのだろう。鬼神なのか、それとも悪魔なのか。もしかしたら幽霊や悪夢その物なのかもしれない。

 

「……質問を繰り替えす。貴様ら、私の大切な家族に何をした?」

 

提督の左目の輝きが増していく。確かに視覚があるのか、目をギョロギョロと動かしながら暴徒を一人ずつ凄まじい形相で射抜く。

 

手術からそこまで時間が経過していないことと、麻酔を無理やり抜いて起きたこともあって提督の顔色はまるで深海棲艦のように蒼白い。しかし、それが却って恐怖を煽る。

 

「き、きき。貴様がこの鎮守府の提督かっ」

「……その通りだ。私が提督だ」

「貴様が、あの深海棲艦を匿ったんだろ! 艦娘を指揮する提督という立場でありながら、人類の敵である深海棲艦を撃滅するという使命を忘れたのか!」

「使命? 半ば無理やり押し付けられたクソみたいな目標を使命と?」

 

提督の使命というか目的は、自分の家族や友人を殺した深海棲艦を探して己の手で殺してやることであり、他の深海棲艦の撃滅など心底どうでも良いのである。

 

それも今では、家族と友人を殺した本人ではなくその原因を作った者を殺そうとしているため、ますます深海棲艦を撃滅するという使命など頭の隅にも入っていない状態だ。

 

むしろ肥え太り汚れきった人間に失望にも近い感情すら持っている。必要ならば人類を見捨てる覚悟だって既に済ましていた。そんな感情も相まって、提督の怒りは軽く頂点に達した。

 

神速で振られた腕が数人の首元を通り、その一秒後にはズルズルと首が地面に落ちていく。

 

「なっ――」

「ひっ」

「人類を守れだとか、提督は深海棲艦を殺すべきだとか色々思うところはあるらしいが、生憎なことに私は誰かに何かを押し付けられるのが大嫌いな性分でね。とてもではないが我慢も出来るとは言いにくい」

 

ビッと血を払って静かに言葉を発する提督を見て、本能のままにこの場から何とか逃げ出そうとする暴徒。数人がかりで拘束していた時雨や明石をアッサリ解放し、点々バラバラに外目指して一目散に走って行った。

 

それを提督はゆっくりと追いかける。時雨と明石も慌てて彼のことを追おうとするが、提督に「待て」と言われて足を止めた。

 

「夏美を見ていてくれないか。誰が誰なのか私には分からないが、それでも君たち二人なら信用できる。ここは頼まれてくれ」

 

普段の癖で心音を聴き取り、今の容態が最悪レベルの夏美を感知したが故の発言である。提督は誰がどんな姿なのか把握していないため、目の前に立つ二人が時雨と明石だということは理解していない。少なくとも艦娘であるとしか認識していないのである。

 

しかし、それでも長年一緒に戦ってきたからなのか「この二人は大丈夫」と思って夏美を任せた。提督の、艦娘に対する信頼の厚さが垣間見える。

 

提督の声はとても穏やかとは言えない。しかし、幾分か優しさを見られたので時雨と明石は頷いて倒れ伏せた夏美に駆け寄った。それを見届けた提督は、ゆっくりと鎮守府の入り口へ歩を進めた。

 

一目散に数人の暴徒が逃げたことで、手術室を目指そうとした者とぶつかって更なる混乱を起こしている最中、提督がやって来る。

 

「……出てけ。この鎮守府から」

「き、貴様が――」

「最終通告だ。今すぐ出て行け。命が惜しければ尻尾を巻いて走り去れ」

 

飛びかかった命知らずを斬り捨て、血塗れの刀を突き付けて威嚇する提督。

 

とてもではないが、実戦経験の乏しい暴徒では提督のプレッシャーに耐えられなかった。声にならない悲鳴を上げながらドタバタと逃げていく。

 

そうすることで、提督が目覚めてから数分で鎮守府に侵入した暴徒は全員外へ追い出された。

 

最後に提督が鎮守府内から外へ出て、唖然とする艦娘には目も暮れず未だ戦闘を続けようとする暴徒のど真ん中に向かっていった。

 

命知らずの若い暴徒は直情的な感情に突き動かされるがまま提督に襲い掛かる。が、半径三メートル以内に近づくと容赦なく首と両腕を斬り落とされる。あっという間すぎて瞬きをする時間すら与えない提督に恐れ慄いたのか、数人は赤ん坊のように泣き喚きながら走り去ろうとする。

 

まあ、当然艦娘はそれを逃すほど甘くないので逃げられた暴徒は誰一人として存在しない。

 

「さて。貴様らは私と匿ったと思われる深海棲艦を殺すために襲撃した、で間違いないな? ああ、悪いが嘘を吐こうと思うなよ。嘘なんざすぐ見抜けるんだからな」

「そ、そうだ。深海棲艦を町の近くに連れてくる提督なんて危険すぎるからこうして来たんだ!」

「そうか。だが、ここに来たのはそれ以外にも理由があるな? 近頃、大本営の過激派は拿捕した深海棲艦を自分の欲求を満たすために使い潰すらしくてな。貴様らの一部にはそんな野望を叶えるために来た者も居るだろう」

 

一切動かない提督の瞳がより一層恐怖を引き立てる。それを暴徒は黙って見つめるしかない。本当なら目を逸らしたいのに、何故かそれが許されないので心臓の動悸が急激に上がり、少し歳の食った者はバタバタと倒れていった。

 

彼は全く意識していないが、深海棲艦の目を移植された提督はテレキネシスによって金縛りを発生させることが出来るようになっている。この能力は偶発的に発現した物であり、艦娘はおろか、これまで確認されてきた深海棲艦も保持していない。

 

そのテレキネシスは非常に強力であり、提督が出す威圧感も相まって簡単に人を殺してしまう。

 

「……何が悪い」

「ああ? 言いたいことがあるならハッキリ言え」

「人類の敵を捕まえ、それを使って欲を満たすことの何が悪いと言っている!」

 

この状況でよく喋れたものだ。提督の威圧によって声はたどたどしいが、それでもハッキリと欲望を口にした。その勇気はある意味で讃えるべきなのかもしれない。

 

「貴様も同じ提督なら知っているだろう! 過去に捕らえられた捕虜がどうなったのかをなあ!」

「……それと今を結び付け、捕虜に対して人権を与える必要はないと?」

「そうだ! それに貴様、私より下の階級で随分な口を叩くな!」

「ほう? 私は一応これでも大佐だが、貴様はそれよりも上だと? なるほど、どうして深海棲艦がこの鎮守府に居るという情報が漏れたのか気になっていたが、貴様と繋がる人物がいたという事か」

 

提督が睨みつける中年の男は横須賀の鎮守府の提督だ。大湊からかなり離れてはいるが、彼は大湊鎮守府に送っていた密偵から情報を掴んで今回の騒動を起こしたのである。

 

彼の性格は一言でいえば「クズ」であり、また「古い」だ。

 

横須賀鎮守府は日本国内でも有数の大きさを誇る。保有する艦娘の量も多い。しかし、内部の実態は最悪と言っても過言ではない。

 

艦娘が「道具」として扱われるのは当たり前。暴力セクハラも当たり前。少しでも攻略に行き詰まれば捨て艦作戦。極めつけは横須賀に務める憲兵は提督に買収されていることで本来なら罰せられるべき行為が見逃されていることだろう。

 

ちなみにこれまで何度か深海棲艦を捕獲しているのだが、そうなった彼女らの末路は悲惨だ。ある者は男共の欲求の捌け口にされ、またある者は人体実験の犠牲となり、さらにある者は艦娘の艤装の標的となる。

 

そんな横須賀の提督の階級は大将だ。確かに大佐の提督より上である。彼は、若くして自分よりも優秀とされる提督を排除するのと、単に深海棲艦を手に入れるためにやって来たのだ。

 

「私より階級が上な提督は横須賀のクソ野郎だけだ。そのクソ野郎は貴様という訳か」

「き、貴様ぁ! 言わせておけば……!」

「悪いが、私は貴様を上に立つ者として認識していない。この世に生まれたゴミにわざわざそんな感情を持つこともないがな。軍法会議にかけられようが、この認識は覆らないだろうよ」

「この若造があああ!」

 

震える足を無理やり動かし、回らぬ舌で訳の分からない言葉を発しながら横須賀の提督は軍刀を抜いた。冷たい目を崩さない提督は、ゆっくりとした歩みでクズに向かっていく。それに一層逆上したクズは大上段に軍刀を振り上げて斬りかかる。

 

ガキンッ!

 

しかし素人のように降ろされた剣で提督の命を絶つのは不可能だ。何の予備動作もなく上げられた提督の鞘によって受け止められ、更に刀の柄で殴って突き放すと、血を吐きながら地面に倒れたクズの頭を容赦なく踏みつけた。

 

「クズに生きる資格はない。ましてや提督など、日本海軍の名が汚れる」

 

そしてドスッと刀の切っ先をクズの太腿に突き立てる。濁った悲鳴を上げるクズを見ても、提督は眉一つ動かさなかった。

 

視力が利いている状態で人を斬るのは初めてのはずなのに、彼はわざと苦しみを与える太刀筋を使う。振り切れた怒りはそれほどにまで人間を恐ろしくしてしまう。

 

「こ、こんなことが許されるはずがない! この私がこんな!」

「貴様はもう用済みだ。先にあの世で遊んでろ。そして後で、その感想を聞かせてくれ」

 

宿らない瞳の光。その奥で彼は何を見ていたのか。それを知る者はいない。

 

しかい、この場に居る者が共通で見た物。それは、醜く顔を歪めて血に塗ったくられ、見るも無残な姿に変わったクズの生首であった。

 

 

やけに刀を鞘に納めた音が鳴り響き、それで漸く我を取り戻した暴徒は一目散に来た道を戻った。今度は、艦娘に砲撃されることもなく逃げ切り、すぐに家に入ると彼らはそれぞれの布団に潜り込んだ。そして、瞼の裏にこびり付いて離れない鬼神の姿に怯えて眠ることも許されずに、ただ震えるのだった。

 

静けさが戻った鎮守府前。そこまで出て暴徒を見送った提督はふと空を見上げる。

 

 

ポツリ、ポツリと雨粒が空から降り注ぐ。雨粒は提督に付着した血をゆっくりと洗い流していく。

 

 

天は泣くのを止めない。それを引き起こした張本人にこれでもかと涙を叩きつける。

 

 

五年来に戻った視力で最初にじっくりと見た光景が泣き顔の空模様。止まない雨や止まらない涙はないと知りながら、提督は自分が存在する限り天を泣かせるのだろうと思って苦笑を零す。

 

 

哀しくも大きい提督の背中。それを艦娘はただ眺める事しかできなかった。

 




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