夢を見た、楽しい楽しい仲間たちとの世界を巡る大冒険。
氷の魔竜と炎の巨人、どっちを倒すか揉めた。けれども大勢いる仲間を半分に分けて、どっちが先に倒して戻って来れるのか競争になって楽しかった。でも同時に戻ってきて結局また揉めた………。
世界を変えれるほどの秘宝を見つけた。皆で大喜びして、その日は興奮して誰も眠れなかったのを覚えてる。大切に保管しようと言う話から、仲間内で一番弱い私が持つことになった。
理由を聞いたら、ちょっと横暴だと思ったけど、笑いながら続く言葉がすごく嬉しかった。
困ってる人を助けようとしたら大勢に追い回されたこともあった。異形種なだけで気持ち悪いって殺されそうになってすごく怖くて、それ以上に逃げることしかできなかった自分に腹が立った…。
仲間たちが助けに来てくれたけど、相手もどんどん人が増えてきて、どうしようもなくなりそうだった。
私は仲間たちを護るため、世界を変える秘宝を使った。そして…………。
「ご―――ったな――――いろ」
「かしこまりました。では御前、失礼します」
声が聞こえてきた。片方は途切れ途切れにしかきこえなかったが、威厳のある声。もう片方はハキハキとした言葉遣いの凛とした声の女性。
目を開けると、見慣れた家の天井ではなく、ユグドラシルプレイ中に何度も使っていた、ナザリック地下大墳墓の九階層、その自室だった。
キングサイズの天蓋付きベットに寝かされていたエールは、首だけを動かして声の聞こえた方を向く。そこには漆黒のガウンを纏った骸骨が黒い後光を背負い、魂を冥界に連れて行こうと死ぬのを待っている死神の様に、こちらの様子を窺っていた。
「ももんがさん?」
「はい、ぐっすり寝れましたか?急に倒れるからびっくりしましたよ」
寝起きで呂律が回らない喋り方のエールに、いつもと同じような優しい声音で返事をする骸骨ことモモンガ。
寝惚けたまま上半身を起こし、身体を伸ばしてベットから降りようと縁に腰を掛けて、モモンガの言葉で一時停止されたかのように硬直して思い出す。
「あ、アルベドが!?モモンガさん!アルベドが勝手に喋って動き出したんですよ!?きっとタブラさんがまた私を怖がらせようと隠しプログラム仕込んだんですよ!バカなんですか!?あの人の作るホラー系ギミックはすごいですけども!!」
「ちょ、エールさん落ち着いて…」
「ニグレドだけならまだしもアルベドまで………うぅ………もう玉座の間に近寄れないじゃないですか!?」
「いや、違………」
興奮して捲し立てるエールは、頭を抱えて怒ってるのか褒めてるのか訳がわからなくなってきていた。
延々喋り続けるエールにモモンガは、ただ黙って聞きに徹することしかできなかった。というか割り込むタイミングを失ってそうするしかなかった。
「ホラー映画は苦手って言ってるのに!そもそもあのタコさんはですね!………イカでしたっけ?」
「どっちも違うでしょ………はぁ、もういいですか?」
「イヤ、タコラサン、ヤク、ゼッタイ」
「やめなさい、ニグレドのとこに放り込みますよ?」
肩をビクつかせて青白い顔になったエールは、カタカタと歯を鳴らして首を横に振りながら拒否していた。
やっと話ができると思ったモモンガは、隣に腰掛けるとエールの頭に骨の手を乗せて、傷付けないように優しく撫でながら落ち着かせる。
「しないから大丈夫ですよ。………タブラさんのことそんなに嫌いですか?」
そう聞きながら隣の様子を窺う。顔を俯かせて表情は窺えないが、先ほどより強く首を横に振るエール。
「………タブラさんの作ったTRPG、怖いの多かったけどすごく楽しかったです………神話関係の雑学も、いっぱい話してくれました………だから、タブラさんのことは好きです………」
「………そうですか。タブラさんも、エールさんのことは気に入ってるって言ってましたよ?」
なんだかんだ文句を言いつつも、同じギルドに所属する者同士仲が良い。その一言を聞けただけでモモンガは安心した。
ギルドの調整役をやっていると、この手の悩みや相談はいくつも聞いてきたし、間に自分が入って緩衝材になるようなこともした。一部どうしようもできないのもあったが………
しばらく頭を撫でていたモモンガは、いつまで女性の頭を触っているのかと思い、ハッと骨の手を放して誤魔化すように一つ咳払いをしてから本題に入る。
「ゴホン!…落ち着きました?じゃあこれから現状の確認と、今後の相談をしましょう」
「………相談?」
改めて居住まいを正すモモンガ、それに倣うようにエールはベットの上に正座で座り直す。そして聞かされる今の現状、ユグドラシルからログアウトされず運営との連絡も着かない、NPCが自我を持って動き喋り出したこと、ユグドラシル内では沼地の中にあったはずのナザリック、今は周りを草原に囲まれた所在不明の場所にいること、
ユグドラシルのアバターそのままに
「今わかってるのはこれくらいですね」
「………前にペロロンチーノさんが言ってました。「俺もゲームの主人公に異世界転生しねぇかな~」って、今の状況、まさしく異世界転生ってやつですね………」
「あのエロ鳥は………はぁ、あと転生じゃなく転移、ですね。俺たち死んだ訳じゃないので」
「………………」
ギルド一の変態紳士、エロゲーマスターと呼ばれた仲間が何に影響を受けたのかわかるモモンガは飽きれ混じりにため息をつく。そして急に黙りこんでしまったエール。
「さて、現状は理解できましたね?では、今後どうするか」
「………はい」
「まずは身の安全、NPCに関してです。これは問題ないと思います。俺たちの事を至高の四十一人って呼んで、忠誠心MAXか振り切ってるので敵対することはないはず」
「えぇ~………」
エールが気絶したあと主要なNPC、階層守護者とメイドたちの代表でセバスを集めて確認したことを告げる。
それと、万が一のために
「ヤバイですよ………美の結晶とか端倪すべからざるとか言われましたよ………骨に美しいって……ねーよ………端倪ってどういう意味だよ………」
「なんか、すごいんですね………」
「はぁ………まぁ、そこは置いときましょう。次、
「………………」
「エールさん?」
「………………」
またも黙りこんでしまうエール。何かおかしい、モモンガは疑問を覚える。
そういえばユグドラシル終了の時も、再開の言葉じゃなく別れの言葉だった。また一緒に楽しくゲームをしたり、リアルでオフ会を開いて皆で再開することだってできるはず。今まで引退していった仲間たちは「またね」とか「どこかで会いましょう」とは言ってくれたが、「さよなら」なんて言った人は一人もいなかった。
何かを隠してる?聞かれると都合が悪い?こんな状況でお互い隠し事をして仲違いなんてしたくないモモンガは一歩踏み込んで聞いてみる。
「エールさん、今はお互い協力して
「な、何も隠してないです!た、ただ………リアルのことなので………モモンガさんに話しても迷惑になるだけだし………私は………」
「リアルのことですか………それは俺にはどうしようもできないけど、話くらいならいくらでも聞きますよ?言いたくないなら無理に話さなくてもいいですけど」
「……………私がユグドラシルに来なくなったのって、いつか覚えてます?」
「え~と、確か………四年前くらい?」
エールがログインしなくなったのは約四年前、それはギルドメンバーの大半が引退してからだいぶ後。
ギルドメンバーが引退する時、好きにしていいからと手持ちのアイテムをモモンガにすべて渡してからいなくなったが、エールだけがなんの音沙汰もなかった。仕事が忙しくなったとか生活環境の激変でユグドラシルをプレイしてる暇すらないと、一言くらいないのかと思っていた。
「そう、四年前の話です。でも、私にとっては………三ヵ月前の話です………」
「………は?」
「今でもよく覚えてますよ………大きな街に素材を探しに行って、
「でも私の記憶はそこまで。気付いたら四年も経ってるんです。訳わかんないですよね?あはは………」
そういうエールは、自分も訳わかんないんですよと困ったような顔で語る。
翌日、仕事の通勤途中で事故に巻き込まれたらしい。らしいというのは詳細を教えてもらってないからだそうだ。被害者であるエールは事故時の記憶がなく、痛みを感じる間もなく一瞬で意識をなくしたので下手に詳細を伝えて精神的に病んでしまわないように、医者が配慮してくれてたんじゃないかと思ったらしい。それならそのまま聞かなくてもいいかと軽く考えてたみたいだ。
「手術でなんとか一命は取り留めたらしいですけど。事故の影響で、頭と腰を強く打ち付けたらしく、太ももから下の麻痺と重度の昏睡状態………いわゆる植物状態ってやつです」
「………」
「そして三ヵ月前、奇跡的に目を覚ましたんですよ。施設では植物状態から回復した初の患者だったんですって」
「施設?」
「はい、そういう人たちのお世話をするところです」
動けない、ただ生きているだけの人間を何の目的もなしに世話するわけない、その施設が何を目的にした施設なのかすぐにわかった。
「そこって………!?」
「はい、なのでリハビリすごくがんばったんですよ?四年近くも寝たきりの人間が三ヵ月でよくここまでって褒められたんです。」
腕の筋肉ムキムキなんですと言いながら腰に手を当て、力こぶを作って胸を張るエール。話の内容がすさまじく、見ててとても痛々しかった………
「そして昨日、一日だけ外出許可をもらって会社と家族に会いに行ったんですよ。やっぱり四年も経ってるのでさすがにクビになってると思ったんですけど、そこは社会人として謝りに行こうと思ったんですよ」
「慣れない車イスでの移動だから疲れて疲れて、やっと会社に着いて、謝罪しに行ったらなんて言われたと思います?お前、生きてたのか!?だって!ひどいですよね~。勝手に殺さないでほしいです!あ、会社は当然解雇されてましたけどね!」
「……………」
「もう怒ってすぐ会社を飛び出して、家族に会いたいー!って家に行ったんですよ。またそこで車イスの弊害ですよ。家に帰るだけで四、五時間くらいかかったんでじゃないかな?そしてやっと家に着くと、なんとそこには誰もいませんでした!てか何もなかったんですよ!?」
「いや~、まさか誰もいないどころかそもそもそこには人が住んでなかったなんて、ドッキリにも限度がありますよね!?」
笑い話にでもしようと、努めて明るい口調で話すエール。幼い頃、母親を失っているモモンガは、家族がいなくなる辛さは嫌というほどわかる。
「エールさん………」
「もう茫然自失ってやつですか?こうなったらユグドラシルでもやって今日は帰ろうと思ったら、その日がサービス終了日じゃないですか!急いでログインしましたよ!」
「それであの時間に………じゃあ、あの最後のさよならって………」
「はい、施設に帰るつもりだったのでもうネットできないだろうなと思って………」
「………」
「ほ、ほら~、空気重くなっちゃったじゃないですか~、こんな話聞いても気分悪くなるだけですよ。それより
隣にいたモモンガの骨の手がエールの頭に置かれる。腰掛けていたベットから降りてエールと目線を合わせる。
「よく頑張りましたね」
優しい声音で、まるで親が子を誉めるように、ゆっくりと優しく頭を撫でる。
肩を震わせながら涙声で思いの丈を打ち明けていく。
「だって………がんばらないと………あんなとこ………それに………し、仕事だって………もしかしたらって………で、でも、生きてすら………うぅ、思われてなくて………」
「か、家族だって………心配してると、お、思ってたのに………誰も………もう何もなくなって………どうすればいいかわかんなくて………」
「そんな状況でユグドラシルに来てくれたんですね」
「だって………!私には、もうそれしか残ってなくて!!それもなくなるって………こ、こんな身体じゃ………こ、こんなことになってるなら!目なんか覚めな「エールさん!!」………っ!?」
突然両肩を強く捕まれ、びっくりしてモモンガの顔を見る。眼窩に灯った赤黒い炎は、ギラギラと燃えるようで、骨の表情は変わらないものの、纏った雰囲気と後ろの黒い後光が合わさり、怒っているのがわかる。
目を合わせづらくなって逸らすエールにモモンガは言う。
「それ以上は言うな!………俺はエールさんが来てくれてよかった。最後まで誰も残らない中、エールさんだけが一緒にいてくれた。それだけで俺は、ギルドを維持してきたのは無駄じゃなかったって思えるんです。もし一人でユグドラシルの最後を迎えてたら、そんなことすら思わなかった。俺一人しかいないギルドだったけど、最期にエールさんが来てくれて俺は救われたんです」
ギルドメンバーは一人、また一人とユグドラシルを去っていき、最期に残ったのはモモンガ一人。もはや残骸のようなギルドだが、また気が向いたら来てくれるかもしれない仲間のために、毎日毎日ギルドの維持費を稼いではログアウトする日々だった。
最終日に来てくれたのは僅か数名だった、でも最後の最後まで一緒に過ごしてくれたのが例え一人だけでもいてくれた。
ギルドを維持するだけの虚しい日々だったが、モモンガの心はそれだけで救われた。
「だから、それ以上は俺のために言わないでください」
「ご、ごめんなさい………私………」
「うんうん、いいですよ。いっぱい泣いて全部吐き出しちゃいましょ」
「うぅ………うわぁぁぁぁぁぁ!なんで!?なんで私なの!?私なにも……!!起きたら足は動かない!しかもあんなところに入れられて!!私は誰かの
ただ黙って聞いていた。しかし頭に置かれた手は止まることなくエールを宥めるように撫で続けた。
どれくらい時間が経っただろうか、いつの間にか抱き着かれていたモモンガのガウンは、涙を吸って大きな染みが出来ていた。
いつまでもガウンに顔を埋めるエール。すすり泣く声が聞こえなくなった頃合いを見て、優しく声をかける。
「スッキリしましたか?」
「はい………ごめんな………いえ、ありがとうございました………」
「どういたしまして。さて、エールさんも落ち着いたことだし話を戻しましょう。
ビクッと反応するエール、その反応だけで答えがわかるモモンガは続ける。
「………それはやめましょうか」
「え………?わ、私のことなら!モモンガさんの生活だってぶっ!?」
顔を上げて抗議するエールを制するように、再度ガウンに顔を押し付けて黙らせるモモンガ。口が塞がってるせいでモガモガ何か言ってるが無視して話を進める。
「実を言うと、俺も帰りたいと思わないんですよね」
幼い頃に両親は失くなり、友人も恋人もいない天涯孤独の身。ユグドラシルでの友人はいたが、そのユグドラシルもサービス終了してしまった。
他のゲームを始めてみてもいいが、ユグドラシルほど熱中するとは思えない、そう考えると
「それに、あんな話を聞いたらエールさんを
彼女が帰りたいと願うならなんとしても帰る方法を探すつもりだったが、彼女は帰ったところで………なら大切な友人を放っておくわけにはいかない。
「大丈夫、俺がエールさんを守りますよ。エールさんも帰る気がないなら、二人で頑張って生きていきましょう」
「……………ふふ、なんかプロポーズみたいですね?少しドキッとしちゃいました」
「ちゃ、茶化さないでくださいよ、真面目な話なんですから………それに、考えてみてください」
揶揄われたと思ったモモンガは、誤魔化すように別の話題に切り替える。
「ゲームが現実になった。それが本当なら………ここがエールさんの自室になって、九階層にある設備全部使えるんじゃないですか?」
ぐるりと室内を見渡してモモンガは言う。
九階層には、凝り性だったギルドメンバーたちが自室のみならず、大浴場・BAR・雑貨店・食堂・ネイルアートショップ等の様々な設備を配置していた。
これらの設備は雰囲気を出すために作っていただけで何の意味の無い物だったが、ゲームが現実になった今、もしかしたら使えるのではないだろうか?
「これってリアルの裕福層よりも贅沢な暮らしが出来るんじゃないですか?」
「おぉ!?本当に使えるなら私、大浴場と食堂行ってみたいです!」
「お風呂いいですね。俺もスチームバスしか入ったことないので入ってみたいですね。食堂は………骨の身体になったから食べれないだろうな………」
お互いあれもこれもと意見を言い合う。モモンガはこういうのが大好きだった。
仲間たちとの冒険も好きだが、こういう取り留めのない話をする時間が一番のお気に入りだ。冒険も行かないで丸一日、それこそ徹夜で雑談する日もあった。
「ふふ、やっと笑ってくれましたね」
「恥ずかしいところ見せちゃいましたね………でも!モモンガさんのおかげで元気出ました!よーし、頑張りますよ!!私にできることならなんでも言ってくださいね!」
「………今言いましたね?」
「………………え?」
途端、纏う空気が変わったような気がした。
そちらを見ると、顎に手を当て、ぶつぶつとなにかを考えているモモンガが映る。エールの直感が告げる、今すぐ撤回しろ。あれは良からぬことを考えてる。早くしないと手遅れになるぞ、と………。
「あ、あの………も、モモンガさん?やっぱり………」
「フッフッフッ、じゃあ早速やってもらおうか。<
「私だ………例の件に関してだ………そうだ、そろそろ皆に教えてもいいと思ってな………そうだな………一時間後に玉座の間に全ての僕を集めてくれ、一般メイド達もな………構わん、一時的なものだ………ふむ、可能な者は参加するようにしてくれ………それと転移門の制限は解除して構わん、それも一時的なものだしな………では、頼んだぞ」
魔王のような威厳ある声で誰かに連絡を取るモモンガ。エールはそれをただ呆然と見つめることしかできなかった。
ただ一つだけわかったのは、今から一時間後に全てのNPCに会うことだけであった。
「もう逃げられませんよ。さぁ、一緒にやりましょうか〝支配者ロール〟を!」
「…えぇー!?」
ナザリック地下大墳墓第一〇階層最奥部 玉座の間
その広大な空間には、ドラゴン・悪魔・蟲・植物・四足獣・吸血鬼など、他にも様々な異形の者達が見事な隊列を作り、玉座に向かって臣下の礼を取りながら静かに主人の言葉を待っていた。
玉座に座っているのは、まさに死の権化とでも言うような人物、豪奢なアカデミックガウンを纏う骸骨の顔、眼窩に灯る赤黒い光はゆらゆらと揺れ、黒い後光を背負った姿はまるで死の神のような存在。ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者、モモンガである。
「頭を上げよ」
伏して跪いていた全ての僕が示し合わせたかのように、一糸乱れぬ動きで主人の威光に触れようと頭を上げる。
その光景はまるで、魔王と今から勇者討伐に向かう魔王軍のようだった。
「皆、急に呼び出してすまなかったな」
「謝罪などおやめください。至高の御方のご命令とあれば、他に優先することなどございません。我らナザリックの僕一同、お呼びとあれば即座に参上いたします」
僕たちの代表としてアルベドが返答する。
モモンガは他の僕たちを窺うが、全員が全員アルベドの言う通りですというような自信満々な表情だった。なんでこんなに従順なんだと改めて思った。
「そ、そうか………まず、集まってもらったのは、日頃ナザリックのために尽力していくれている皆のために吉報を持ってきたのだ」
動揺が走った。主人の為に役に立つ、それだけでとても幸福なことなのに、わざわざ主人自らが自分たち僕風情に場を設けて知らせてくれる。なんと慈悲深い主人なのだと、玉座の間にいるすべての者達が感動で心を震わせていた。
「一部の者達はすでに知っているが、お前たちもすぐにわかる。再度、伏して待て」
モモンガの言葉通り再び頭を下げて待つ僕達、しばしの静寂が玉座の間を支配する。
そして、またも動揺が走る。しかし先のものとは比べ物にならないほどであった。
気配を感じる、己の忠義、そして全てを捧げられる絶対的支配者。そのオーラとでも言うような気配が、玉座に座る死の支配者からはもちろんのこと、後方からも同じ気配を感じる。
いる。玉座の間、扉一枚隔てたその先に、もう一人の支配者が。
歓喜の波が身体中を駆け巡る。しかし、無様な姿は見せられない、主人が待てと言うのだから大人しく待つのだ。
そして女神と悪魔が、もう一人の支配者を迎え入れるように、ゆっくりと扉が開かれていく、コツコツと床を踏みしめる足音が玉座の間に響き渡る。
道を作らなくては、しかし主人からは待てと言われている。どうするべきか悩んでいると、頭上を通りすぎる気配がする。
血の気が引いた、やってしまった………と。主人にわざわざ飛び越えてもらうという手間を掛けさせてしまった。
そうこうしてる間に、飛び越えてきたもう一人の支配者が、カツンと靴音を鳴らして舞い降りる。
息遣いすら聞こえないほどの静寂が支配する玉座の間に、主人の声が木霊する。
「皆、頭を上げよ」
その言葉でようやく頭を上げることを許される。早くその御姿を視界に納めたい、もしかしたら自らの創造主かもしれない、はやる気持ちを抑え、不敬にならないよう早すぎず遅すぎないよう頭をあげる僕達。
眼に映ったのは、炎を纏った翼が二対四枚、太陽の光を思わせる色合いの翼が二対四枚の計八枚の翼を背負った天使のような後ろ姿だった。
「喜べ!我が友、エール・F・フィアーの帰還だ!!」
玉座の間に歓声が響き渡る。
NPCの態度でわかってはいたが、モモンガは内心ホッとしていた。仕方なくとは言え、何年もユグドラシルを離れて突然帰ってきたのだ。ゲームの時ならばよく来てくれた、と快く迎え入れたが、今はゲームが現実となってしまいNPCに自我が宿り動き出してしまった。
自分達は捨てられたと思っているNPC達が突然帰ってきたギルドメンバーに、どのツラ下げて帰ってきたんだと刺されるんじゃないかと思わなくもなかった。そうなったらなったで、エールを連れて宝物殿に逃げ込むだけだが、その心配も杞憂だった。
モモンガは片腕を上げて僕達を静める。また静寂が訪れると、エールに向かって小さく顎を引いて合図を出す。
「お前たちがそこまで喜んでくれて、私も嬉しく思うぞ。さて、せっかくだからエールさんからも皆に一言を」
そう言われたエールは、覚悟を決めるように大きく頷き、モモンガと向き合っていた身体をNPC達の方にゆっくりと向き直す。
振り向いたエールの姿は妙齢の女性ではなく、全身を赤毛の羽根で覆い尽くされた異形の姿だった。
白地の布に金糸で意匠を凝らしたチョーカーを首に巻き、背中の翼を避けるように開かれた金色のドレスを身に纏い、腰からは下に向かって孔雀の様な尾羽生えておりその内三本だけ足元に向かって伸び、ゆらゆらと揺れている。
姿形は人とまったく同じだがその頭部は鳥のような顔。
エールの選んだ異形種、それは
跪く僕たちをゆっくりと見渡し、努めて威厳ある声で告げる。
「アインズ・ウール・ゴウン四十一人が一人、エール・F・フィアー、只今帰還しました」
後ろのモモンガから無言の圧力が掛かる。ダメみたいだった。威厳のある声を出したつもりだったが、結局いつも通りだった。
しかもNPCには、上司が部下に命令するみたいな偉ぶったような言い方でって言われたのに、普通に敬語を使ってしまった。
「ナザリックの僕一同、心からご帰還をお待ちしておりました。おかえりなさいませ、エール・F・フィアー様」
内心焦りまくってあたふたしてるエールを他所に、またアルベドが代表として答える。
他の僕達も声には出さないが本当に心待ちしていたようだ。
待っていた。何もかもを失い死んだも同然の自分を、いつ帰ってくるかもわからないのに、NPCたちはずっと待っていてくれた。
仲間たちとの思い出が蘇る。遅れて来たにも拘わらず、待ってたよと快く迎えてもらったあの時………NPCたちに仲間の姿が重なる。
ああ、まだあった。私には、こんなにも素敵なものが残ってたじゃない。
一度、モモンガの方に振り返ったエールは目配せをして、NPC達に再度向き直る。そして
「ごめんなさい!」
心を込めて謝罪した。
「エール・F・フィアー様!?お止めください!我ら僕風情に頭を下げるなど!!」
アルベドから悲鳴のような声で懇願される。
こちらがびっくりするほど狼狽えるNPCたち、まさか謝るだけでこうなるとは思ってなかったのですぐ頭をあげる。
「仕方がないとはいえ、ナザリックを長い間離れてしまって………モモンガさんを一人にしちゃって………でも!私はもうどこにも行かない!!みんながナザリックを、モモンガさんを護ってくれたように、私も護りたい!もう失くしてしまわないように!!」
玉座の間に再び歓喜の声が響き渡る。先程の比ではないほどの興奮が熱気となって渦巻く。
絶対的支配者、至高の四十一人の一人が帰ってきた。もうお隠れにならないと、これほど喜ばしい事はない。
抱き合ったり、お互いに肩を叩き合ったりと皆が皆、涙を流しながら喜びあった。
エールは最後に一言、これを言わなければ帰ってきたとは言えない。
「みんな………ただいま!」