ソウル・オブ・メモリーズ~幕間の章~(凍結中)   作:アユ夢

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第84話・白兎と仔犬と剣の姫

「・・・いい、天気」

「お日様が眩しいね」

「うん」

 

 

二十四階層の事件から三日後の朝。

僕とアイズさんは連れ立って、ヴェルフさんの工房まで足を運んでいた。

 

 

「ヴェルフ~」

「おっ!四葉か!・・・なっ!?」

 

 

その工房の扉の前で中に向かって声をかけると、すぐにヴェルフさんが出てきてくれた。

最初は嬉しそうな顔だったのに、アイズさんを見た途端、ヴェルフさんは一気に顔を青ざめさせた。

 

 

「おはよう、ヴェル・・・フゥ!?」

「今度は、【剣姫】かよ!!お、お前は、俺を殺す気か!」

「痛い!痛い!」

「!?」

 

 

そして、ヴェルフさんはものすごい勢いで僕を小脇に抱えられて、小声で僕に言いながら、拳で頭をグリグリしてきた。

 

 

「そ、そんな事しないよ。今日は、お願いがあって来たんだよ」

「お願いだぁ?」

「こ、これ、直せる?」

「えっ?」

 

 

そうされながら、僕は、ヴェルフさんに十階層で拾ったベルさんのプロテクターを見せた。

 

 

「これなら、すぐに直せるが」

「本当!じゃあ、直して?お金は」

「前に貰ったやつで十分だ。けど、コレお前のじゃないだろ?」

「うん。持ち主に返したいんだけど、その前に綺麗にしておきたくて」

「なるほどな。ちょっと、待っててくれ?」

「うん!」

「あっ、そうだ。注文の品出来てるぞ?」

「本当に!?」

「あぁ。そこにおいてあるから、確かめてくれ」

「うん!」

 

 

ヴェルフさんは僕からプロテクターを受け取り、その代わりに、ヴェルフさんは置かれた沢山の武器達を指差した。

 

 

「すごい、四葉、こんなに沢山、注文したの?」

「・・・ここまでのつもりじゃなかった。あっ、刀もある」

 

 

新しい、兎刀と黒兎刀を始めとして、今、巷にある武器の種類が全部と盾が揃っていて、弓を除く、全部二対有って、兎刀と黒兎刀に合わせて、白と黒だった。

 

 

「名付けて、四葉スペシャルだ」

「四葉スペシャル」

「あぁ。俺も色んな武器を作れて楽しかったよ。どうだ?注文通りか?」

「注文以上だよ!ヴェルフ!ありがとう!」

「おう!」

 

 

その多さにはビックリしたけど、コレで僕の準備は終わった。

何の準備かと言うと、八日後と決まった“次の遠征”のだ。

 

 

「ほら、こっちも出来たぞ」

「ありがとう、ヴェルフ。はい、アイズさん」

「うん。ありがとうございます」

「い、いえいえ」

 

 

そして、ヴェルフさんは綺麗に直してくれたプロテクターを渡してくれて、それを持ってきた白布で包んでアイズさんに渡した。

アイズさんがヴェルフさんに頭も下げると、ヴェルフさんは大慌てだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「エイナさん」

「四葉ちゃん!・・・それに、ヴァレンシュタイン氏?」

「おはよう、ございます」

 

 

その後、ヴェルフさんに作ってもらった武器達を【幻書の術】に入れると、ヴェルフさんに別れを告げて、僕等はそのままギルド本部にいるエイナさんを尋ねた。

尋ねたのは、二重の意味がある。

一つは、プロテクターの事、もう一つは、僕のランクアップの件だ。

 

 

「わかりました。私から、ベル君・・・ベル・クラネルにプロテクターをお渡しします。お話の方も伝えておきますので」

「あの・・・」

「?」

「・・・直接、返したいんです」

 

 

まずは、プロテクターの件を、これまでの事情を含めて伝えると、エイナさんは微笑みを浮かべて言った。

それにアイズさんは若干緊張しながらその意思を伝えた。

 

 

「わかりました。では、私も協力します」

「?」

「彼が逃げ出さないように、いえ逃げ出せないように、場を設けます。きちんと面と向かわせますので」

 

 

たどたどしく、そしておずおずと懇願するアイズさんにエイナさんは真剣な表情で頷いた。

まるで保護者の、いや面倒見の良いお姉さんのようにエイナさんは提案した。

同時にベルさんへ“全く失礼なっ”と怒るように語気を少々強めた。

アイズさんはそれにクスリと小さく笑い、アイズさんとエイナさんの間で予定の調整を進めた。

窓口で始まる話し合い。

迷宮探索で多くの冒険者が出払っているロビー内で、エイナさんとアイズさん、ついでに僕は、注目を集めた。

そして、遠征前にエイナさん同伴のもと、面談用ボックスに閉じ込めてアイズさんが強襲する、という計画を真摯かつ前向きに検討しいる。

 

 

「!?」

「「??」」

 

 

と、唐突に、正面にいるエイナさんの目が、こちらの背後を見て、はっと見開かれた。

小首を傾げ、アイズさんとほぼ同時にその反応を追うように振り返ると、そこには僕と同じ白髪に、僕とは違う紅い目の人、基、ベルさんがいた。

今日は、ダンジョンに行かないのか、装備を着けていなかった。

言葉を掛け合うことを忘れた僕等は、それぞれの体勢で、動きを完全に停止させてしまっていた。

 

 

「・・・」

「あ」

「え」

 

 

まさかの異常事態にエイナさんが動揺し。

固まっているアイズさんと僕がその目と視線を合わせていると、ベルさんは、ぎこちない動きで、こちらに背を見せた。

僕とアイズさんが呟くのとほぼ同時に、ベルさんは逃走した。

しかも、全力で

 

 

「ベ、ベル君!?待ちなさい!」

「ア、アイズさん!ショック受けてる場合じゃないよ!!追いかけなきゃ!!」

「お、追って下さい!ヴァレンシュタイン氏!!」

「!?」

 

 

エイナさんの言葉も耳に入っていない様子のベルさん。

その全力疾走ぷりにアイズさんはかなりのショックを受けている様子で、僕は、パタパタと腕を動かして、エイナさんもそんなアイズさんに声を飛ばした。

すると、アイズさんは、はっ、とした様子で、手をぎゅっと握り込むと、建物玄関を飛び出したベルさんを捕捉し、疾走した。

それも、かなりの本気で。

ギルド本部のロビーを瞬く間に一過し、玄関口を速攻でくぐり抜け、逃走するベルさんの背後にすぐさま追い付く。

神速の風を伴いながら、そのまま、ベルさんを追い抜いた。

 

 

「・・・」

「ーーーいっっ!?」

 

 

正面に立ちはだかったアイズさんは、止まることも出来ず突っ込んでくるベルさんを、えいっ、とあっさりと受け止めるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「何やってるの、ベル君!いきなり逃げるなんて失礼でしょ!」

「すっ、すいませッ、あっ、で、でもっ、あっ、あのっ、何がどうして・・・!?」

「ヴァレンシュタイン氏が、君に用があるそうなの」

 

 

その後を追いかけた僕とエイナさん。

ベルさんはエイナさんから事情を聞いても動揺が抜け切れない様子だった。

 

 

「後は二人で話をつけなさい」

「!?」

 

 

そして、エイナさんにそう言い付けられると途端、ベルさんは飼い主に見捨てられた小動物のような顔をした。

 

 

「ごめん。僕もエイナさんに用があるから、ベルさんはアイズさんと話してて?」

「えっ!?」

「四葉ちゃんが私に用事か~、何かな?」

 

 

けど、僕には僕の用が有るし、先にエイナさんを尋ねたのは僕なので、先に譲って貰おう。

ベルさんは僕にまでそう言われて、驚いた顔をして、エイナさんは嬉しそうな顔をして、僕の視線に腰を落として僕に要件を聞いた。

 

 

「ランクアップしたから、報告に来た」

「「!?」」

 

 

だから、答えた。

すると、ベルさんとエイナさんが雷にでも打たれたかのように、目を見開いて驚いていた。

 

 

「よ、四葉ちゃん?もう一回、言って貰える?」

「ランクアーップ!」

 

 

エイナさんはずれた眼鏡を指で押し上げて、僕にもう一度言ってと言った。

だから、僕は、両手を振り上げて、ジャンプして言った。

 

 

「・・・ヴァレンシュタイン氏、本当ですか?」

「は、はい」

「・・・そうですか。フ、フフフ」

 

 

アイズさんにも確認をとって、本気で僕がランクアップしてることを知ると、エイナさんは顔を伏せて妖しく笑った。

 

 

「四葉ちゃん、ちょーっと、お姉さんとお話良いかな?」

「「「ひっ!?」」」

 

 

そして、エイナさんが顔を上げた時、その貼り付けられた笑みを見て、僕もアイズさんもベルさんも三人まとめて縮み上がった。

 

 

「い、良いよ。僕、か、帰るから」

「遠慮しなくて、良いんだよ?四葉ちゃん?」

「え、遠慮、す、するよ。じゃあ、ぼ・・・グエッ!?」

 

 

そんなエイナさんから後退きながら逃亡を計ろうとした僕は、何時かのように、そして、リヴェリアさんのように首根っこを捕まれて、御用となった。

 

 

「ヴァレンシュタイン氏?」

「は、はい」

「コレ、少しお預かりしますね?」

「ど、どうぞ」

「!?どうぞしないで!!アイズさん!!」

「フフフ、許可は下りたわよ?行きましょうね?」

「やだよ!!アイズさん!!」

「・・・」

「なっ!?」

 

 

そして、エイナさんはアイズさんに僕を預かる許可を取ると、アイズさんはエイナさんに怯えながら許可を出し、僕がそれを取り消して欲しくて、アイズさんの名前を叫ぶと、プイッとそっぽを向かれた。

 

 

「やだ!!僕、やだ!!アイズさん!!アイズさん!!」

「・・・ごめん、四葉。お姉ちゃんには助けられない」

「!?」

 

 

おまけに、両手で顔まで覆って、アイズさんは言った。

 

 

「・・・」

「ご、ごめん。僕も助けてあげられない」

「なっ!?」

 

 

そして、ベルさんも同じようにして、僕から視線を反らして、見ないようにした。

 

 

「さぁ、四葉ちゃん?行きましょうね?」

「い、嫌だ!!離して!!離して!!離してぇぇええっ!?アイズさんのバカぁぁああああ!!」

 

 

最終的にアイズさんに手を振られた。

なんだか、デジャブ感半端ないけど、僕は、アイズさんに泣き叫びながらエイナさんに連行されていった。

なんだか、さっき、飼い主に見捨てられた小動物のような顔をしたベルさんの気持ちが良く分かる。

そして、これから先、僕は、ランクアップして、エイナさんに報告しに幾度に毎度毎度同じ目に合うんじゃないかと思えてならなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「・・・あの、これ」

「!」

「この前、ダンジョンでオークに襲われてたよね?」

「は、はい。どうしてそれを・・・」

「コレ、君が居なくなった後に落ちてたから、返そうと思って」

「それじゃ、あの時、助けてくれたのは・・・あれ?綺麗になってる」

「傷だらけだったから、四葉の知り合いの鍜冶師さんに直して貰ったの」

 

 

今だに僕の泣き叫ぶ声を聞きながら、アイズさんは意を決して声をかけ、プロテクターを差し出す。

ベルさんもプロテクターを受け取った。

 

 

「ごめんなさい」

「え・・・?」

「私が倒し損ねたミノタウロスのせいで、君に迷惑をかけて、一杯傷付けたから・・・ずっと謝りたかった。ごめんなさい」

 

 

アイズさんはベルさんの顔をじっと見つめると、緊張を始めとした色々な感情を胸に抱きながら、思い切って謝った。

申し訳なさからつい目を伏せがちにしてしまうと、息を呑む気配が伝わってくる。

 

 

「ち、違います!悪いのは迂闊に下層へもぐった僕でっ、ヴァレンシュタインさんは、貴女は全然悪くなくて!?むしろ助けてもらった命の恩人で!前に、あの子にも謝られたけど、謝らないといけないのは、お礼を言わずに散々逃げ回っていた僕の方でっ・・・ご、ごめんなさいっっ!」

「!」

 

 

アイズさんが顔を上げると、ベルさんはそれまでの動揺を忘れたかのように、一気に声を連ねた。

堰を切ったように言葉を溢れさせる少年に、謝り返されたアイズさんは驚いてしまう。

 

 

「その、えっと、だからっ・・・」

「・・・」

 

 

一段と顔を赤くして、必死に言葉を探している姿に、何と言ったらいいかわからない、不思議な感情もまた覚えてしまう。

(こんな風に、喋るんだ・・・)

多くは聞いたことがなかったベルさんの声は、意外にも大きかった。

慌てて喋る姿はアイズさんの想像よりずっと素直で、子兎っぽくて、面白かった。

童話の中の登場人物が紙の世界から飛び出して、目の前に降り立ったような感覚。

その姿と声に色が付き、アイズさんの知らなかった表情を沢山浮かべる。

今いる場所をつい忘れ、胸をほのかに温かくする透明な感情にアイズさんがたゆたっていると。

 

 

「何度も助けていただいて・・・本当に、ありがとうございました!」

「・・・」

 

 

ベルさんはややあって、勢いよく頭を下げた。

感謝の言葉がアイズさんに届く。

しばらく腰を折っていたベルさんは、恐る恐る体を戻した。

色々な誤解が解けた音が聞こえた。

少なくともベルさんはアイズさんの事を恐れてなどいなかったし、アイズさんと同じように伝えたい言葉を抱いていた。

・・・なんだろう、嬉しい、と。

目を見開いていたアイズさんは、ゆっくりと、顔を綻ばせる。

それは、誤解が解けた晴れやかな気持ちと、喜びが半々に交ざった、小さな微笑みだった。

唇からこぼれたアイズさんのその微笑みを見て、ベルさんは何故かまた、顔を真っ赤にしてしまったが。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

やることを終え、伝えることも告げて、会話が途切れる。

お互いの手が触れ合える距離でアイズさんはたたずんだ。

そこに、静かな時間だけが流れていく。

 

 

「・・・ダンジョン探索、頑張ってるんだね?」

「は、はいっ!?」

 

 

ベルさんは立ちつくすのみで、思い出したように身動ぎをし、アイズさんの目とばっちり合ってしまうと慌てて視線を剃らした。

もう少し話をしたい、声を聞いてみたいと思うアイズさんだったが、自分の口数の少なさには自覚があった。

残念ながら共通の話題でもない限り碌に会話はできないだろう。

自分はティオナさん達のように喋れない。

そこで、ふとアイズさんはとある事柄を思い出した。

アイズさんに声をかけられ、ベルさんが大きな反応を返してくる。

 

 

「もう、十階層に辿り着いたみたいだったから・・・すごいね」

「い、いえっ、それは色んな人に協力して貰ったおかげでっ、ぼ、僕は、全然まだまだというか!?も、目標にも全く手が届かなくて・・・!」

 

 

アイズさんはどうしても気になっていたことを、ここで触れた。

先日、依頼を受けて、ベルさんを僕と共にダンジョンで探し回っていた時に抱いた違和感。

そして、興味。

駆け出しの冒険者から十階層のモンスター達を相手取るまで急速に成長した目の前の少年にアイズさんの関心は傾いていた。

照れ臭さを誤魔化すように、取り乱しながら謙遜するベルさんを見つめる。

同時に、考えてしまう。

僕とは違う成長の速さ。

もし、それに秘密があるのなら、と。

(私は、今より・・・)

脳裏に過るのは、赤髪の女、レヴィスとの一戦。

そして、数日後に迎える未到達領域五十九階層への進攻。

数々の頂がこの先で自分を待ち構えている。

予断ではなく、確信だ。

恐らくファミリアの仲間も巻き込んで、アイズさんは激しさの増す戦いに身を置くことになる。

今以上の強さが求められることになる。

後悔だけは、したくない。

何かを失うことが、在ってはならない。

ここから更に、高みへ。

レベル六に至ってもなお、あの二十四階層の事件を経て、アイズさんは強くそう思ってしまった。

 

 

「戦い方だって、我流というか素人というか、変なことをしてモンスターにやられそうになることだってよくあって、もっと強くならなくちゃいけないのに、とにかく全然ダメでっ、全然なっちゃいなくてっ、えーと・・・!?」

「・・・」

 

 

そのために知りたい。

成長の秘訣を。

高みへの可能性を。

この短期間の内に劇的な躍進を遂げた、ベルさんの力を。

顔を赤くして言葉をまくし立てているベルさんを前に、アイズさんは黙考する。

悩みに悩みに悩んで、色々なものを天秤にかけ、自分の心の奥を見つめ直して。

 

 

「それじゃあ・・・私が教えてあげようか?」

「・・・えっ?」

 

 

やがて、おずおずと。

アイズさんは、ベルさんへと切り出した。

戦い方を教えると。

そして、アイズさんは。

ベルさんに師事されることになった。


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