年に一度、いや数年に一度。無性に「ラムネ」が飲みたくなる時がある。
「コーラ」でもなく「サイダー」でもなく「ラムネ」である。
日用品の買い出しついでに近所のスーパーで探していると驚いた。「ラムネ」自体はあるのだが、容器が全て「ペットボトル」なのだ。「ラムネ」と言えばあの特徴的な形をした「ビン」と蓋の代わりに詰められた「ビーダマ」、そして特徴的なプラスチックの飲み口・・・
ペットボトルに詰められた「ラムネ」など「ラムネ」ではない。
それから、本物の「ラムネ」を見つけるため周辺のスーパーを探すも全てからぶり。やはり時期が時期だけに売っていないのか?しかし、どうしても「ラムネ」が飲みたい。
仕方なく、某通販サイトで探してみたところバラ売りは行っておらず、2~30本単位での販売。
1本辺りの値段も250円前後と、何だか子供の頃100円ちょっとあれば買えたときと比べると随分値上がりしている。勿論即日配達で購入し、今日はぐっと堪えよう。
次の日、待ちわびた「ラムネ」が遂に到着する。すぐさま冷蔵庫にボウルに水とこれでもかと氷を入れた容器に「ラムネ」を入れて待つこと数十分。キンキンに冷えた「ラムネ」を取り出し、キャップ上のビーダマに備え付けの「押し込み機」(プラスチックのピンクのあれ)を添えて、手のひらで一気に押し込む
「シュワッ」という恒例の音共に、ビーダマが沈み代わりに透明な液体が堰を切ったように溢れてくる。
やはり「ラムネ」はこうでなくては。そうして、そのまま直で途中何度も邪魔してくる「ビー玉」と格闘しながらのみ進めていく。
「コーラ」とも「サイダー」とも違うなんとも言えないこの懐かしい味。何とかして書き記そうと考えたが言葉が出てこない。飲んだものにしかわからない「懐かしい」としか表せない味だ。
たしか、あの作者の著書にも「ラムネ」ついて書かれていたはずである。
あれはたしか・・
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築地界隈をぶらぶらしながら写真をとる。
このあたりには意外に緑が多く、新しいビルやマンションが建ちならぶ中に、むかしの民家が清らかに残っている。つまり、むかしの民家の生活がまだ息づいているのである。
日曜日のこととて車輛の響みも絶え、初夏の夕闇の中に、町がすばらしいハーモニーをかもし出していた。近いうちに、また、このあたりをゆっくりと歩いてみよう。
それから地下鉄で下谷の稲荷町まで行き、下谷神社の祭礼風景を撮る。
縁日の屋台でラムネを買ってのんだが、まるで水のようだ。
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・・・よくお酒で「上質な酒は水のようである」と言われるが、恐らく縁日にのんだこの「ラムネ」はこれではなく「水」のように味気ないものだったとのべているのだろう。
私の感覚では十分に旨い「ラムネ」でも、昭和の感覚で言えば「水」のようになってしまう。
どこに違いがあるのだろうか? 残念ながら、インターネットや書籍等を探しても昭和の「ラムネ」がどんなものであるかはわからなかった。
現在の「ラムネ」が「水」ようだと言われてしまうほどおいしい昭和の「ラムネ」
いったい何が違うのか?
「炭酸」の割合?はたまた水の質?それとも砂糖の分量?考えれば考えるほど無限に出てくる。
もしかしたら、昔の「ラムネ」には「お酒」が含まれていたのかもしれない。
インターネットで調べたところ現在ビン「ラムネ」の容器を作っている会社は日本には存在しない。そのため既存の「ラムネ」容器が全て壊れてしまった場合、日本では一生ビン「ラムネ」は飲めなくなってしまう。
恐ろしい限りである