Fate/√knight  【ムラサキノウエ】   作:わが立つ杣

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第五次聖杯戦争開始前の間桐邸より


第1話 ~序章~

 Prologue

 

 

「・・・・繰り返す都度に五度、ただ満たされる刻を破却する。

 告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば応えよ」

 

 暗闇の中に、抑揚のない少女の声が木霊していた。

 そこは地の底。

 (おびただ)しい数の奇怪な虫の群れが這いずっている。

 石造りの床には、魔術師と呼ばれる存在が描く召喚の門である魔法陣が刻まれており、薄っすらと光が湧き出ていた。

 

「誓いを此処に。我は常世全ての善と成る者。

 我は常世全ての悪を敷く者」

 

 陣の前には、肩にかかる程の長さの菫色の髪を桃色のリボンで結わえた少女が立っていた。

 そして、その少し後ろに、ウェーブのかかった青い髪をした少年と、(よわい)百に届くのではないかと見える杖をついた老人が立っている。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 カッッ―――

 

 少女の言葉、即ち召喚の詠唱が終わると同時に、魔法陣の中心から一層の光が溢れ出る。

 その眩い光により一瞬、中の様子が全くわからないほどになった。

 光が収束し、やがて落ち着くとともに一人の女性の姿が浮かび上がる。

 

「・・・サーヴァント、ライダー。召喚に従い参上しました」

 

 女性としてはやや低く、落ち着いた声で簡潔な口上が発せられた。

 先ほどの少女よりは薄い紫色の髪。ただし、その髪は地面に届くほどに長い。また、かなりの長身で、少女の後ろに立っている少年とほぼ同じ程度の高さがある。

 体を覆う衣服は、黒を基調としているが、肩から胸元にかけて覆うもののない煽情的なものであり、そこから覗く肌は白く透き通っていた。

 最も異様なのは両目に桃色の眼帯をしており、完全に目を隠している事であろう。ただ、その異様さを差し引いたとしてもなお、美しい女性であることが窺えた。

 

「あなたが、私のマスターですか?」

 

 眼帯の女性は、目の前の少女にそう問いかける。

 

「・・・ええ・・・確かにそうです。だけど・・・」

 

 少女の返答は、少し曖昧なものであった。

 

「いや、お前の主人はこの僕だ!そんなグズじゃない!」

 

 割って入ってきた声の主は、少女の後ろに控えていた青い髪の少年だった。

 

 

 R turn

 

 

 ・・・何やら事情が混み入っているようですね。

 召喚された直後で、自身も若干の酩酊感がある中、目の前で繰り広げられたやり取りは不快に感じるものだった。

 何事もすんなりといかないのは慣れているとは言え、心の中で嘆息する。

 聖杯戦争や現代の知識は一通り与えられて、現界した。

 生前、雄々しく戦場を駆け抜け名を馳せたような、真っ当な『英雄』であれば、再び自身の力を奮う機会が訪れたことに心躍らせることもあるのだろう。

 しかし、私はそのような存在ではない。

『戦争』などに駆り出されることは決して望ましいものではないし、意義も見出せない。

 ただの怪物に過ぎない自分としては、無理矢理与えられた仕事を忠実にこなさなくてはいけないという感覚しかなかった。

 そして、今更、聖杯に託す望みなども見当たらない。

 そんな気乗りしない状態で、召喚された直後に知らされたのは、実際に召喚した当人である『どこか儚げで気になる少女』ではなく、『やたら態度だけは偉そうな少年』が自身のマスターになるという内容だった。

 少年からは魔力も感じない。

 しかし、その手にした本【偽臣の書】の力により私は、彼をマスターとして強制的に認めざるを得ない重圧を感じた。

 その本からは微量ながら魔力も供給されているのを感じる。

 

「承知しました」

 

 と、簡潔に少年をマスターとして認めた。多くの言葉を費やす必要性は見出せそうになかった。

 その場で、意識を割くべきなのは、少女のほうのように思えた。

 直観に過ぎないが・・・

 自分に似ていると、そう思ったのだ。

 

 

 

「聖杯戦争の開始までは、しばしの時があろう」

 

 その見解は、少年【間桐慎二】と少女【間桐桜】の祖父であるという老人【間桐臓硯】のものだった。

 現時点で、現界したのは自分を除くとバーサーカーとキャスター。未だ4体が現界しておらず、それらの全てが召喚されるまでは、一月程度はかかるだろうとのことだ。

 その間、魔力の増強などもしたいところだったが、老人はあまり早期に目立つことも避けるべきであると言う。

 

「当面は、マスターである慎二に同行し、この街の様子を確認したり、魔術師の動向を密かに情報収集するがよかろう」

 

 

 

 慎二は、学生なので学校に通っている。ここで戦闘になることは少ないように思えるが、何が起きるかわからない。また、校内には魔術師が一人居るということがわかっている。情報を得るため、私も霊体化して学校を訪れる機会が何度もあった。

 

「よう衛宮。そのおかず僕に分けてくれない?今日、弁当忘れちゃってさ」

 

「構わないぞ。お前の好きな卵焼きもあるしな」

 

 慎二が絡んでいる赤毛の少年は事も無げに答えた。

 嫌がる素振りは一切ない。

 ちなみに慎二が弁当を忘れたというのは嘘だ。単に自分の嫌いなおかずが多くて残したので、腹が満たされていないだけである。

 

「慎二も自分で料理してみたらどうだ?」

 

 赤毛の少年の名は、【衛宮士郎】という。

 学校内で、慎二とまともに会話をする男子生徒は彼だけのようだった。

 勿論、全くいないというわけではない。だが、上辺だけの会話に留まっているという印象だった。慎二の会話の目的があくまでも自身に利するものだけということを、話しかけられたほうも分かってしまうようだった。

 

「なんでこの僕が、そんな使用人みたいなことしなくちゃいけないんだよ」

 

 要するに、慎二は大抵の生徒から嫌われているということなのですが・・・

 この【衛宮士郎】だけは違った。

 慎二の性格を把握したうえで、受け止めているように感じる。

 当の慎二は、それが分かっていて甘えているのか、あるいは慎二自身が彼を特別視しているのかはわからない。

 しかし、傍目には他の男子生徒に対する時と同じ態度や口調にしか見えない中でも、親しくしようという気配がある。

 

「衛宮は八方美人だからね。誰にでもそうなのさ。そんなにしてまで、みんなからの好感を得たいのかねえ。生徒会長には尻尾降るように、太鼓持ちやっているしね」

 

 そんな憎まれ口にも、微妙な感情が少し含まれているように感じられた。

 

 

 

 私の本来のマスターである間桐桜も、この学校に通っている。

 その桜とも、衛宮士郎は仲良くしているようだった。

 桜も兄とは違う理由で、あまり親しく話す相手がいない。

 彼女はどんな相手からも一歩ひいているというか、距離を保つような雰囲気を醸し出している。

 周囲の生徒の若い感性は、そのシグナルを敏感に受け取るため、はっきりと嫌われるわけではないが、敢えて距離を詰めてくる生徒も殆どいない。

 

「桜、朝伝えたように今日はバイトが遅くなるから、晩飯は作りにこなくても大丈夫だからな。桜も友達との付き合いとかがあるだろうから、そっちを優先してくれていいんだぞ」

 

 そんな中で、やはり衛宮士郎だけは特別だった。

 聞けば桜は毎日のように、彼の家を訪れて食事を作っているという。

 私の生前過ごした世界は貞操観念がやや雑であり、男女の交流は肉体関係も含めて頻繁にあったものだ。しかし、この年代の若い女が男の家に頻繁に通うというのは、この国、この時代の一般常識ではあまり例のないケースのようだ。

 

「いいえ、今日は部活もありませんので、先輩が帰ってきてから食べるものを準備しておきます。遅くなる前に、家には戻りますから心配しないでください。変な気を回さないでくれると嬉しいです」

 

 桜は、なるべく少年の家に行きたいという思いが強いようだ。

 

「う~ん。そうなのか。桜がそう言うなら敢えて断る理由もないな」

 

「はいっ。それに晩御飯がないとわかったら、藤村先生が暴れだしますからね」

 

 桜が朗らかに応え、相好を崩す。

 それはこの少女が間桐邸では見せない自然な笑顔だった。

 

 

 

 ある日、慎二が軽い風邪をひいて学校を休んだため、私が単独で学校に行く時があった。必ずしも学校に行く必要はなかったが、本来のマスターである桜の様子を、見守ろうと思ったのだ。

 その日は、朝方は快晴だったのに、下校の時間近くになって、突然の雨が降ってきた。

 当然のように多くの生徒は、傘を持ってきておらず、桜も同様だった。

 

「どうしよう・・・」

 

 途方に暮れながらも、桜は正面玄関に向かう。

 周囲の生徒達は、意を決して雨の中に駆け出していく者もいれば、友達と傘を共有している者もいた。

 私は、急いで家から持ってきてあげたかったが、霊体化しているため、桜に傘を渡す手立てがなかった。

 

「あれ?先輩?」

 

 下駄箱の手前にいたのは、衛宮士郎だった。

 その手には少し薄汚れた傘がある。

 彼は、傘もないままに外へと出ていく同級生達に少し申し訳なさそうな目を向けていた。彼らに傘を貸そうとしない自分に罪悪感を覚えているかのような表情だ。

 

「桜。良かった。まだ帰っていなかったんだな」

 

 桜を待っていたのだろう。

 ほっとしたように、硬かった彼の表情が崩れた。

 

「先輩。私を待っていてくれたんですか?」

 

 桜が驚きながらも、嬉しさを隠しきれずに華やいだ声で訊いた。

 

「たまたま一成に頼まれて直した傘があって、借りられたんだ。一緒に帰ろう」

 

「はい。ありがとうございます。先輩」

 

 桜は即答して、笑顔を見せた。

 

 

 

「先輩・・・話したことなかったんですけれど、私、先輩の事を中学の頃から知っていたんです」

 

 桜と衛宮士郎は、一本の傘の中に二人で入り、冷たい雨の中を歩いて下校する。衛宮邸へと二人で向かうその途上で、桜がそんな話を切り出した。

 

「そうなのか?」

 

「ええ。私が中学に進学したばかりの頃です。放課後、校庭で走り高跳びの練習を一人だけで何時間もやり続けている男子生徒がいたんです・・・」

 

 ああ、それが衛宮士郎だったのですね。

 一通り、桜がそのエビソードを話して終わっても、彼自身はすぐに思い当たるところがなかったようだった。

 

「その人が、今、私の目の前にいる先輩だったりします」

 

 桜はその人物が衛宮士郎と確信を持っているようだった。

 それは間違いではないはずだ。

 

「そっか・・・何か恥ずかしいところを見られていたんだな・・・」

 

 少年は、いまだにピンと来ていないようだった。

 おそらく、彼にとってはその出来事は特別なものではなかったということだろう。

 彼は、頬をかきながら恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 学校には、もう一人観察すべき人物がいる。

【遠坂凛】という女生徒だ。

 校内にいる唯一の魔術師。

 そして、御三家と呼ばれるこの聖杯戦争の核となる家系の当主だ。優秀な魔術師で、今回の聖杯戦争でも強力な相手になるだろうと間桐家内では評されている。

 

「なあ、遠坂。お前、たまに弓道場に見学に来ているみたいだけど、何が目的なのかなあ?」

 

 なぜか慎二は、彼女にかなりご執心のようで、何かと絡もうとする。

 

「ただの通りがかりよ。練習の邪魔になっているようなら控えるわ」

 

 絡まれた側の少女は、決まってつれない態度を取る。

 

「そんなことないさ。僕くらいになれば、多少ギャラリーがいたほうが却って集中できるくらいさ。そのうえ、遠坂なら大歓迎だ」

 

「あなたに歓迎してもらう謂れはないわ、間桐慎二君。何か勘違いをしているようだけど、少なくともあなたを見に来ているわけでは決してないので、そこのところはっきりご認識いただきたいわね」

 

 きっぱりとした態度で彼女は慎二を拒絶する。

 なかなか清々(すがすが)しい物言いである。

 

「何だと!遠坂!お前~!」

 

 案の定、慎二が激昂する。

 彼女は慎二を怒らせるツボを的確に刺激するような言葉を使う。

 ・・・あの・・・狙ってやっているわけではないですよね?

 

 

 

 控えめに言っても、慎二はクズである。

 

「ライダー。わかっていると思うけど、お前は僕のサーヴァントなんだから・・・絶対服従だからな。な」

 

 召喚されて2週間ほど経った頃だろうか。ある夜の出来事。

 そう言って、彼は少しずつ私ににじり寄ってくる。窓から差し込む月光が照らし出すその顔は少し赤味がかっていて、息も荒い。

 一言で言えば興奮している。

 ここは慎二の部屋だ。

 この男が何を求めているかは一目瞭然だった。

 今更この身を男に委ねることに抵抗感などない。

 サーヴァントは他者の体液により、魔力供給を受けることもできる以上、場合によっては必要な行為とも言える。

 ただ、少なくとも今の状況はそんな必要に迫られてのものではない。

 単に私に欲情しているだけである。

 

「お前が悪いんだからな。そんな・・・体と恰好しているから・・・いや。これはお前の力を高めるために必要な行為なんだ。仕方なく抱いてやるんだ。有難く思えよ」

 

 滑稽極まりない言い草だった。

 淫夢に落として、本人に満足感だけ与えることも可能だが、その労力を費やすことすら疎ましい。

 

「承知しました。ご随意に」

 

 私は知っている。

 この男は、妹も抱いている。いや犯している。

 それを私は既に知ってしまっている。

 だからなのか、それは自分にもわからなかったが・・・何もしないことにした。

 桜の苦しみのほんの一端でも共有しようと思ったのか、これで彼女に向けられる慎二の欲情を僅かでも反らすことができると思ったのか。

 自分のこの『何もしない』という選択の理由(わけ)を明確に見出すことは難しかった。

 慎二の指が私の太ももに触れる。そしてその指が私の中心部に近付いてくる。

 怖気が走る。空っぽにした心で、気持ちの悪い感触が自分を蝕むのを感じながら私は眼を閉じた。

 私の肌の表面を(おぞ)ましい虫が舐め回しているかのようだった。

 そう思った時、

 ほんの僅かではあるが、目の端に湿ったものを感じた。

 

「え?」

 

 私は、思わず小さく呟いた。

 何事も諦めているつもりだった筈だ。

 それなのに。

 いつ、どこにいても私はこんなままなのだろうか・・・

 そんな感傷が自分に残っていることに少しだけ驚いた。

 




お読みいただきありがとうございます。
今後のライダーさんの活躍にご期待いただければと思います。
概ね物語中の1日を2話に分けて投稿していきますが、文字数が多くなり過ぎた時は3話になるかと思います。
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